7 / 8
第7話 旅立ちの日
しおりを挟む
朝の厩舎は、やけに静かだった。小鳥の声も、いつもより遠くに感じる。
スターライトゼリーは馬房の中で、包帯を巻かれた脚をそっと浮かせていた。
痛みは薄れたようだったが、走ることはもうできない。
唐沢真司は、清掃用のほうきを握ったまま立ち尽くしていた。
「……行っちゃうんだな」
横から沢調教師が来て、帽子を軽く押し上げた。
「昨日、馬主さんから連絡があった。ゼリーは牧場に戻り余生を過ごすってよ」
「……そうですか」
「よくやったよ、真司。お前の手で勝たせてやれて、本当によかった」
真司は何も言わずに、馬房の前に膝をついた。
ゼリーが顔を寄せてくる。その瞳は、どこまでも澄んでいた。
「お前、ほんと強かったな」
手のひらで頬をなでる。ゼリーは静かに鼻を鳴らした。
⸻
その日の昼。
馬運車が厩舎の前に止まった。白い車体が、まるで別れを告げる儀式のように見えた。
愛美がいた。涙で目を真っ赤にして、カメラを持って立っている。
「真司さん……少し、いいですか?」
真司は振り向く。
「下野さん……」
「最後に……撮ってもいいですか?」
「……もちろん」
彼女はゼリーの前に立ち、そっとシャッターを切った。ゼリーが少し耳を動かし、愛美の方を見た。
まるで、「ありがとう」と言っているように。
愛美は、静かにカメラを下げた。
「真司さん、ゼリーはきっと幸せですよ」
「……そうだと、いいな」
⸻
「じゃあ、行くぞ」
沢が声をかける。ゼリーが馬運車に乗り込む。右前脚をかばいながらも、姿勢はまっすぐだった。
ドアが閉まる。真司はその場に立ち尽くした。排気音が響き、車がゆっくりと動き出す。
――ゼリーが、最後に一度だけ振り向いた。
その視線が、まっすぐに真司を射抜いた。
涙が勝手に頬を伝う。
「……ありがとな」
声にならない声で、彼は呟いた。
⸻
夕方。
厩舎には静けさが戻っていた。
真司は、ゼリーのいた馬房の前に立ち、ブラシを見つめていた。
その柄の部分には、ゼリーの毛が一本だけ絡んでいた。夕陽がそれを金色に染める。
「俺も、もう一度……頑張ってみるか」
空を見上げると、うっすらと雲の切れ間に星が浮かんでいた。
――スターライトゼリー。
その名の通り、彼は空の光になった。
スターライトゼリーは馬房の中で、包帯を巻かれた脚をそっと浮かせていた。
痛みは薄れたようだったが、走ることはもうできない。
唐沢真司は、清掃用のほうきを握ったまま立ち尽くしていた。
「……行っちゃうんだな」
横から沢調教師が来て、帽子を軽く押し上げた。
「昨日、馬主さんから連絡があった。ゼリーは牧場に戻り余生を過ごすってよ」
「……そうですか」
「よくやったよ、真司。お前の手で勝たせてやれて、本当によかった」
真司は何も言わずに、馬房の前に膝をついた。
ゼリーが顔を寄せてくる。その瞳は、どこまでも澄んでいた。
「お前、ほんと強かったな」
手のひらで頬をなでる。ゼリーは静かに鼻を鳴らした。
⸻
その日の昼。
馬運車が厩舎の前に止まった。白い車体が、まるで別れを告げる儀式のように見えた。
愛美がいた。涙で目を真っ赤にして、カメラを持って立っている。
「真司さん……少し、いいですか?」
真司は振り向く。
「下野さん……」
「最後に……撮ってもいいですか?」
「……もちろん」
彼女はゼリーの前に立ち、そっとシャッターを切った。ゼリーが少し耳を動かし、愛美の方を見た。
まるで、「ありがとう」と言っているように。
愛美は、静かにカメラを下げた。
「真司さん、ゼリーはきっと幸せですよ」
「……そうだと、いいな」
⸻
「じゃあ、行くぞ」
沢が声をかける。ゼリーが馬運車に乗り込む。右前脚をかばいながらも、姿勢はまっすぐだった。
ドアが閉まる。真司はその場に立ち尽くした。排気音が響き、車がゆっくりと動き出す。
――ゼリーが、最後に一度だけ振り向いた。
その視線が、まっすぐに真司を射抜いた。
涙が勝手に頬を伝う。
「……ありがとな」
声にならない声で、彼は呟いた。
⸻
夕方。
厩舎には静けさが戻っていた。
真司は、ゼリーのいた馬房の前に立ち、ブラシを見つめていた。
その柄の部分には、ゼリーの毛が一本だけ絡んでいた。夕陽がそれを金色に染める。
「俺も、もう一度……頑張ってみるか」
空を見上げると、うっすらと雲の切れ間に星が浮かんでいた。
――スターライトゼリー。
その名の通り、彼は空の光になった。
0
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
雪嶺後宮と、狼王の花嫁
由香
キャラ文芸
後宮に降る雪は、呪いではなく嘆きだった。
巫女として献上された少女セツナは、
封じられた狼王の“花嫁”としての前世を思い出す。
人と妖、政と信仰の狭間で、
彼女が選ぶのは従属ではなく均衡。
雪嶺を舞台に描く、異種婚姻×後宮伝承譚。
思いを込めてあなたに贈る
あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる