86の約束

仙道 神明

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Lap 9 「始動、GTワールドチャレンジ」

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「──悟、お前、GTワールドチャレンジアジアに出ろ」

 古川の言葉に、ピットの空気が一瞬止まった。

「……は?」

 思わず聞き返した悟に、古川はニヤリと笑いながら続ける。

「次の富士ラウンド、ジャパンカップってやつだ。車両はこの前使った、TOYOTA GR Supra GT4 Evo」

 ピットの奥に置かれたそれは、ボリュームのあるボディに、空力重視のフロントリップと巨大なリアウイングを備えていた。
 GT4カテゴリー専用に仕立てられたこのマシンは、3.0L直6ターボエンジンにレーシングABS、トラクションコントロール、空力パーツも市販車とは全くの別物だ。

「まあ、ウチにある“プロが乗れる車”って今はこれだけだからな。エントリーはプロアマ(Silver/Am)クラスだ。悟、お前は“アマ”枠で出ろ」

「──いやいやいや、俺なんかがこんな上のカテゴリーで……!」

 悟の声に、隣で声を弾ませたのは早矢だった。

「やったーっ! 悟さん、頑張りましょうね!」

 目を輝かせる彼女に、古川も嬉しそうに付け加える。

「テレビ中継も入るしな。宣伝効果もデカいぞ!」

「TV……? マジか……」

 自分が映ることを想像して、悟は思わず背筋を伸ばす。だが──

「大丈夫ですって!」

 早矢がパッと手を握る。

「私たちの“走り”で、魅せてやりましょう!」

 その言葉に、悟はふと目を伏せた。本当に俺で、いいのか……?

 だが、もう止まらない。

 こうして、GTワールドチャレンジアジア・ジャパンカップ──富士ラウンドに向けた準備が、静かに、そして本格的に始まった。

──

 富士スピードウェイ・パドック内

 白いテントの下、簡素なミーティングテーブルに古川、早矢、悟、それにエンジニア数名が集まっていた。前方のホワイトボードには、レースのスティント分けと、天候ごとのタイヤ戦略がびっしり書き込まれている。

「──基本はスプリント形式。ただし交代ありの耐久スプリントだ。今回は一時間。今日のレース1では前半を早矢、後半を悟。ピットインは30分あたりの予定」

 古川がレースの流れを簡潔に説明する。

「タイヤはピレリのスリック。今日の気温なら温まりも悪くない。ただし、午後から雲が出そうだな。もし怪しい雲が来たら、早めに交換判断する」

「わかりました」と早矢が頷く。

 悟は資料に目を通しながら、まだ少し表情が硬い。

「……GT3車両も混走なんだよな?」

「ええ。あちらは別クラスだけど、速度差が大きいです。特に富士はストレート長いですし──」

 早矢が悟の手元にサーキット図を差し出す。

「ダンロップコーナーの先と、最終の立ち上がりでブルーフラッグが出ると思います。GT3車両はラインを選べる速度で来るので……悟さんは無理せず、“見たら譲る”。それだけで大丈夫です」

「……ああ、なるほど。挙動乱さず、安全第一で、ってやつか」

「そうです! 悟さんは車を無事にゴールまで運んでくるのが大事です!」

 早矢の言葉に、思わず悟は口元を緩めた。

「……そう言われると、少しは気が楽になるな」

「でしょ?」とウィンクする早矢。

 その空気に、古川が軽く咳払いしてまとめに入った。

「というわけで──
午前中のプラクティス、最初の30分は悟、次の15分は早矢。残りはドライバー交代の練習とピット作業のシミュレーションな。各自、準備しろ!」

 テーブルが片づけられると同時に、ピットの奥からエンジンのスターター音が鳴り響く。
 TOYOTA GR Supra GT4 Evo、その精悍なフォルムがスタートの時を待っていた。

 悟は、ヘルメットを手に取りながら、静かに深呼吸をひとつ。

──いよいよ、本気のレースが始まる。
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