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Lap 8 「因縁と火花」
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富士チャンピオンレース──スポット参戦の舞台は富士スピードウェイ。
TOYOTA GR Supra GT4 でプロクラスのエントリーだ。
古川代表、スタッフ数名に加え、ドライバーは早矢。そしてサポートとして悟の姿もある。
初めて訪れる富士のパドックを、悟と早矢が並んで歩いていると──
その様子を、ある男が遠巻きに見つめていた。
「……あいつが噂の“大物”ドライバー? はは、ただのオッサンじゃねぇか」
椎名崇人。
早矢と同世代の若き実力派ドライバー。
だがその走りは粗く、勝つためには押し出し上等という危うさも併せ持っていた。
彼はかつて、早矢と同じチームに所属していた。その後、早矢が電撃的にガレージ風馬へ移籍──以降は顔を合わせることもなかった。
そんな椎名が、いきなり風馬レーシングのガレージへと乗り込んでくる。
「よう、久しぶり。……ウチから逃げて、随分たつよな」
早矢は即座に顔をしかめた。
「何の用?」
「いやー、ちょっと懐かしくなってさ。あんだけ走り込んだ仲じゃん? ……でも正直、驚いたよ。なんで急に移籍なんかしてさ」
椎名は、風馬レーシングのピット内を見渡す。
「こんな──パーツもろくに揃わなそうな貧乏チーム、どこに魅力があるわけ?」
その言葉に、周囲のメカニックたちがピリついた空気を放つ。だが早矢は取り合わない。
「あいにく、私はこのチームが気に入ってるの。だから、もう用がないなら──帰ってくれる?」
椎名は肩をすくめながら、悟の方へ目をやる。
「……そっか。じゃあ、その理由ってのは──もしかして、そっちのおっさん?」
悟が振り返ると、椎名がニヤついたまま近づいてきた。
「 ……悪いけど、おっさんはジャマしないでくれる? ドライバー気取りなら、コース出る前に首痛めるだけだぞ」
「ちょっ──」
悟が言葉を返すよりも早く、早矢が一歩前に出る。
「“おっさん”とは何よ! この人──悟さんはね、あんたなんかより、メチャクチャ速いんだから!」
悟は完全に虚を突かれた表情だった。
「お、おい早矢ちゃん……?」
椎名は目を細め、皮肉を込めた笑みを浮かべた。
「へぇ~……そりゃ面白ぇ。じゃあさ──そのうち、俺とも走ってくれよ。楽しみにしてるぜ?」
挑発的に片手を上げると、椎名はくるりと背を向け、去っていった。
「気にしなくていいです。ああいう奴なんで」
早矢は腕を組んで、ため息をついた。
──決勝日の午後
決勝レースは好天の下、サーキットに甲高いエンジン音が響き渡っていた。
ポールポジションは椎名崇人。その後方、予選7番手から早矢が追いかける形でレースはスタートした。
序盤、椎名は完璧なスタートダッシュでホールショットを奪うと、そのまま危なげない走りで周回を重ねていく。
コーナーの立ち上がりではやや強引にラインを押さえる場面もあったが、そのテクニックはやはり本物だった。
一方、早矢も食い下がった。レース中盤には4番手まで順位を上げ、3位争いに加わる。
だが、残り10周を切ったあたりで、無線が飛ぶ。
「水温が高い、冷却系の圧が抜けてるかもしれない……!」
その報告に、風馬レーシングのスタッフが動揺する。
だが早矢は「走れる」と即答し、マシンの挙動と相談しながら慎重にペースを維持。終盤はバトルを避けて、クリーンに走り切る判断を選んだ。
──最終ラップ。
先頭でチェッカーを受けたのは、やはり椎名崇人。後続を大きく引き離しての完勝だった。
早矢は懸命にマシンを運び、なんとか4位でフィニッシュ。レース後、ピットに戻ってきた彼女に、スタッフたちは労いと称賛の言葉を投げかける。
そこへ──ヘルメットを脱いだ椎名が現れた。
「よぉ」
早矢は呼吸を整えながらも、真正面から椎名を見据えた。
「……おめでとう。悔しいけど……速かったわ、あんた」
椎名は口角を上げて、白い歯を見せる。
「だろ? でもな──正直、こんな下のカテゴリーじゃ物足りねぇわ」
そして少しトーンを落として、だが真剣な目で言った。
「早矢。俺は、お前のこと……諦めないからな」
「はぁ? ……ちょっと、何言ってんの? 私はね、あんたのこと──大っ嫌いなの!!」
鋭く跳ね返された椎名は、むしろ嬉しそうに笑った。
「そういうとこも、好きだぜ」
言い残すと、ひらりと手を振って去っていく。
その一部始終を、ガレージの隅で見ていた悟。近寄るでもなく、ただ距離を取って見守っていた。
やがて、早矢がその様子に気づき、駆け寄ってくる。
「……悟さん、今の聞いてました?」
「……ああ、少しだけな」
「気にしないでくださいね、あんなの。一方的に言ってるだけですから!」
早矢は少し照れたように笑う。その様子に、悟は一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「……気にしてないよ。ただ……」
「ただ?」
「……お前みたいな子が、変な噂立てられるのは、ちょっとな」
「……噂って……」
早矢は悟の顔をじっと見つめた。だが、悟は視線を外す。
「……悪い。俺が気にしすぎだな」
「……」
早矢は何か言いたげに口を開きかけたが、結局何も言わず、そっと視線を落とした。
TOYOTA GR Supra GT4 でプロクラスのエントリーだ。
古川代表、スタッフ数名に加え、ドライバーは早矢。そしてサポートとして悟の姿もある。
初めて訪れる富士のパドックを、悟と早矢が並んで歩いていると──
その様子を、ある男が遠巻きに見つめていた。
「……あいつが噂の“大物”ドライバー? はは、ただのオッサンじゃねぇか」
椎名崇人。
早矢と同世代の若き実力派ドライバー。
だがその走りは粗く、勝つためには押し出し上等という危うさも併せ持っていた。
彼はかつて、早矢と同じチームに所属していた。その後、早矢が電撃的にガレージ風馬へ移籍──以降は顔を合わせることもなかった。
そんな椎名が、いきなり風馬レーシングのガレージへと乗り込んでくる。
「よう、久しぶり。……ウチから逃げて、随分たつよな」
早矢は即座に顔をしかめた。
「何の用?」
「いやー、ちょっと懐かしくなってさ。あんだけ走り込んだ仲じゃん? ……でも正直、驚いたよ。なんで急に移籍なんかしてさ」
椎名は、風馬レーシングのピット内を見渡す。
「こんな──パーツもろくに揃わなそうな貧乏チーム、どこに魅力があるわけ?」
その言葉に、周囲のメカニックたちがピリついた空気を放つ。だが早矢は取り合わない。
「あいにく、私はこのチームが気に入ってるの。だから、もう用がないなら──帰ってくれる?」
椎名は肩をすくめながら、悟の方へ目をやる。
「……そっか。じゃあ、その理由ってのは──もしかして、そっちのおっさん?」
悟が振り返ると、椎名がニヤついたまま近づいてきた。
「 ……悪いけど、おっさんはジャマしないでくれる? ドライバー気取りなら、コース出る前に首痛めるだけだぞ」
「ちょっ──」
悟が言葉を返すよりも早く、早矢が一歩前に出る。
「“おっさん”とは何よ! この人──悟さんはね、あんたなんかより、メチャクチャ速いんだから!」
悟は完全に虚を突かれた表情だった。
「お、おい早矢ちゃん……?」
椎名は目を細め、皮肉を込めた笑みを浮かべた。
「へぇ~……そりゃ面白ぇ。じゃあさ──そのうち、俺とも走ってくれよ。楽しみにしてるぜ?」
挑発的に片手を上げると、椎名はくるりと背を向け、去っていった。
「気にしなくていいです。ああいう奴なんで」
早矢は腕を組んで、ため息をついた。
──決勝日の午後
決勝レースは好天の下、サーキットに甲高いエンジン音が響き渡っていた。
ポールポジションは椎名崇人。その後方、予選7番手から早矢が追いかける形でレースはスタートした。
序盤、椎名は完璧なスタートダッシュでホールショットを奪うと、そのまま危なげない走りで周回を重ねていく。
コーナーの立ち上がりではやや強引にラインを押さえる場面もあったが、そのテクニックはやはり本物だった。
一方、早矢も食い下がった。レース中盤には4番手まで順位を上げ、3位争いに加わる。
だが、残り10周を切ったあたりで、無線が飛ぶ。
「水温が高い、冷却系の圧が抜けてるかもしれない……!」
その報告に、風馬レーシングのスタッフが動揺する。
だが早矢は「走れる」と即答し、マシンの挙動と相談しながら慎重にペースを維持。終盤はバトルを避けて、クリーンに走り切る判断を選んだ。
──最終ラップ。
先頭でチェッカーを受けたのは、やはり椎名崇人。後続を大きく引き離しての完勝だった。
早矢は懸命にマシンを運び、なんとか4位でフィニッシュ。レース後、ピットに戻ってきた彼女に、スタッフたちは労いと称賛の言葉を投げかける。
そこへ──ヘルメットを脱いだ椎名が現れた。
「よぉ」
早矢は呼吸を整えながらも、真正面から椎名を見据えた。
「……おめでとう。悔しいけど……速かったわ、あんた」
椎名は口角を上げて、白い歯を見せる。
「だろ? でもな──正直、こんな下のカテゴリーじゃ物足りねぇわ」
そして少しトーンを落として、だが真剣な目で言った。
「早矢。俺は、お前のこと……諦めないからな」
「はぁ? ……ちょっと、何言ってんの? 私はね、あんたのこと──大っ嫌いなの!!」
鋭く跳ね返された椎名は、むしろ嬉しそうに笑った。
「そういうとこも、好きだぜ」
言い残すと、ひらりと手を振って去っていく。
その一部始終を、ガレージの隅で見ていた悟。近寄るでもなく、ただ距離を取って見守っていた。
やがて、早矢がその様子に気づき、駆け寄ってくる。
「……悟さん、今の聞いてました?」
「……ああ、少しだけな」
「気にしないでくださいね、あんなの。一方的に言ってるだけですから!」
早矢は少し照れたように笑う。その様子に、悟は一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「……気にしてないよ。ただ……」
「ただ?」
「……お前みたいな子が、変な噂立てられるのは、ちょっとな」
「……噂って……」
早矢は悟の顔をじっと見つめた。だが、悟は視線を外す。
「……悪い。俺が気にしすぎだな」
「……」
早矢は何か言いたげに口を開きかけたが、結局何も言わず、そっと視線を落とした。
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