86の約束

仙道 神明

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Lap 13 「鬼ブロック」

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 残り時間わずか。レコードラインは乾いていた。悟が築いた30秒のリードも、椎名の猛追を受けてみるみるうちに削られていく。

「ドライならこっちのもんよ」

──残り3ラップ。

「……あと5秒差。背後まで来てる、ドライにすべきだったか……」

 モニターを睨みながら、古川がつぶやく。

 そのときだった。

 1コーナー、椎名がブレーキングで早矢の背後にぴたりと張り付いた。マシン同士の間隔は、もはや“ゼロ”に近い。

「っ……!」

 早矢は必死にインを締める。ラインを消し、アクセルをコントロールしながら絶妙なブロックを見せた。

「……これよ。早矢ちゃんにはこれがあるのよ」

 ピットで見守る悟の口元がわずかに緩んだ。

「鬼ブロックだよ。後ろのクルマのラインを完璧に消す。簡単じゃない、すごい技術だ」

 だが、椎名は引かない。

 次のラップ、同じ1コーナー。今度は強引にインを差してきた。

「悪いが──抜かせてもらうぜ!」

「っ、危ないっ!」

 ガツンッ!

 椎名のマシンが早矢のリアにヒット。2台のマシンが同時にバランスを崩し、ハーフスピン──!

 会場中が凍りついた。しかし──どちらもギリギリで立て直す!
 2台は横並びのまま、怒涛の勢いでコカコーラ・コーナーへ飛び込んでいく!

「よしっ……!ポジション、守った……!」

 早矢がインを押さえ、首位を死守。だが、椎名は執拗だった。わずかに接触しながら、リアにプレッシャーをかけ続ける。

 ピットウォール、古川が思わず叫ぶ。

「きたねえぞ椎名このやろ!!」

 早矢は唇を噛みしめた。

「くっ……負けられない……悟さんが、命がけで守ったトップの座……そんな簡単に、渡せるわけない!」

──最終ラップ。

 勝負は、シケインへ。

 椎名がラインを変え、一気に抜きにかかる。

 その瞬間──。

「……っ、あっ!」

 椎名のマシンが跳ねた。変えたライン上、まだ乾いていなかったのだ。ウェットパッチを踏んだ瞬間、リアが大きく流れ──

スピン!!

 白煙を巻き上げながら、椎名のマシンがコースアウト。早矢は後方を確認することなく、前だけを見て、ゴールラインを駆け抜けた──!

チェッカー・フラッグ!

 富士の決戦、勝者は──風馬レーシング with 悟と早矢。

 ピットで、悟がそっとインカムを外した。

「……お疲れさま。最高だったよ」

「チェッカー!!」

 モニターの“1位”表示が固定された瞬間、ピット内が歓喜に包まれた。早矢のマシンはウイニングランに入る。

 エンジン音だけが静かに鳴り響くコース。観客たちの歓声とともに、彼女は静かに拳を握った。

「……やった……!」

 ピットロードへ戻ってくるGR Supra。チームクルーたちが駆け寄るなか、早矢がヘルメットを脱いで車を降り──

「悟さぁん!!」

 駆け寄ると、反射的に悟の胸へ飛び込んだ。驚いた悟が一瞬たじろぐが、すぐに笑顔で受け止める。

「よく頑張ったね、早矢ちゃん」

 そのまま2人で肩を組み──

「せーのっ!」

 ガッツポーズ!

 カメラマンたちが一斉にシャッターを切る。

──数分後、表彰台前のスペース。

 シャンパンファイトが始まる。

「いっけぇー!悟さーん!!」
「わっ、早矢ちゃん!顔にかかるってば!」
「これがレースの味だよっ!!」

 泡まみれになりながら、チーム全員が笑い合う。勝利の喜びは、エンジンオイルや汗以上に、胸に染み渡った。

──そして。

 ピットガレージに戻った一同。ひと息つきながら、チームクルーがタオルで汗と泡をぬぐっている。

「本当に……ありがとうございました。悟さんのお陰で、勝てました」

 座っていた早矢が、隣にいる悟へと素直に頭を下げる。

 だが悟は、すぐに首を振った。

「何言ってんの。早矢ちゃんの“鬼ブロック”がなきゃ、椎名に抜かれてたさ。しかもリアのダメージ、けっこう深刻だったよね?スローパンクチャーしてたんじゃない?
さすがプロ…。あんなプレッシャーの中で、冷静だったね」

 早矢が照れくさそうに笑う。

 そのとき、古川が立ち上がって声を張った。

「今回の勝利は、ドライバー2人だけじゃない!
スタッフ、メカニック、みんなの勝利だ!このチームの力だよ!!」

「「うおおおおお!!!」」

 ピット全体が歓声に包まれる。

 悟がふと首を傾げる。

「ところで……椎名は?」

 古川が鼻で笑った。

「あー……センターに呼び出されて、ペナルティと“厳重注意”だってさ。ぶつけた上に謝罪も無し、そそくさと帰っちまったよ」

「え、こっちに一言もナシ?」

 早矢が眉をひそめる。

「ほんっと……やなやつ!」

「それよりも、リアの修理しなきゃな。賞金、使わせてもらって──」

 古川の言葉を遮るように、早矢が声を張った。

「今日は、賞金で──皆さんでパーッとやりますかっ!」

「いいねぇーーーーーっ!!!」

 どっと笑いが広がるピット内。

古川「……」

 その瞬間、誰もが心からこのチームでの“勝利”を実感していた。
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