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Lap 14 「しばしの休息」
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レース翌日、ガレージ風馬には静けさが戻っていた。だが、車体のダメージは静かにその余韻を物語っている。
リアのタイヤ周辺を見つめながら、古川がため息をついた。
「しばらくGT4のレースはお預けだな。車、直さなきゃ」
隣でそれを聞いた早矢が、ふと悟の顔を覗き込む。
「悟さん、どうする? また箱(ハコ)のレース、ちょこちょこ出たりする?」
悟は空を見上げ、小さく伸びをする。
「うーん……ここ最近、ずっとレース三昧だったからな。少し休もうかな。
それに、うちの86(AE)も構ってやりたいし」
その言葉に、早矢の瞳がきらりと光った。
「──あ、それじゃ……あの、私も、AE乗りたいな……」
最後の言葉は小声で、頬を少し染めていた。
助手席に、の意味を込めて。
それを見ていた古川が、ニヤリと笑いながら肩をすくめる。
「んじゃ、気晴らしにどっか行ってこいよ。
正直、この前のレースから取材やらスポンサーやら、しつこくてな。
お前(悟)、そういうの嫌いだろ? だったら、お前いない方が都合いいんだよ」
「……へぇー?」と早矢がジト目で睨む。
「で、私には取材受けて店の宣伝やらスポンサーやら、ぜーんぶ押し付けると?
あっはっは、いい性格してますねぇ、店長ぉ?」
古川が口を開く前に──
「悟さんっ!」
早矢が手を取るように駆け寄る。
「出かけましょ~♡ どこか行きましょっ!」
悟は呆れつつも、ゆっくりと笑ってうなずいた。
「……じゃ、出かけてくるわ」
残された古川は、2人を見送るだけだった。
「……。」
その背中に、まるで“勝手にしろ”と言いたげな空気だけが漂っていた。
──
8月の富士スピードウェイ。
真夏の太陽がアスファルトを照らす中、国内最高峰のGTレース──スーパーGTが開催されていた。
メインゲート前は、朝から多くの来場者で賑わいを見せていた。
早矢と悟もその中に混ざり、カジュアルな服装で歩いていた。
「やっぱスーパーGTは、華やかだね~!」
早矢は目を輝かせながら、場内の巨大モニターやステージを見上げた。
メーカーブース、トークショー、グッズ販売……コース外でも多彩なイベントが繰り広げられ、出店の匂いが空腹を誘う。
「ほら悟さん、これ美味しそうだよ! 富士宮やきそば!」
「お、いいね。じゃ、そっちは唐揚げとビール頼むわ」
「……え、もう昼から飲むの?」
笑い合いながら、2人はフードエリアでテーブルを囲んだ。
──そんな穏やかな時間の後、早矢は小さくウインクして言った。
「実はさ、コネでパドックパス取っておいたんだ」
「えっ、マジか。やっぱプロは違うな……」
「えっへん♪」
首から下げたパスを見せ合い、専用ゲートを通ってパドックエリアへ。そこには、GT500・GT300のマシンが整備中で、ピットロードは熱気に包まれていた。
悟は目を細めながら、GT500車両を見つめる。
「すげぇな……ゲームと違って、全部が“実物”なんだな」
「でしょ? 空気の振動も匂いも、全部リアル」
「……たまらんね」
GT500のNSX、Z、GR Supra……。その先、GT300クラスのマシン群の前で、早矢がふと足を止めた。
「ん? どうした?」
「──あ」
ちょうどその時、一人のドライバーが歩いてきた。つなぎ姿、均整の取れた体格、清潔感ある笑顔。
「……やっぱ早矢じゃん! 久しぶり!」
「あ、悠斗!」
現れたのは、GT300クラスに参戦中の若手ドライバー・朝倉悠斗(あさくら ゆうと)。
早矢と同い年、カート時代からの同期であり、今やプロとしても注目株の一人。
「元気だった? レース見たよ、この前の富士! めちゃくちゃ凄かったな!」
「ありがと~! あ、こっちが……悟さん。今一緒にチームやってるの」
早矢に促されて、悟が軽く頭を下げる。
「……あ、ど、どうも……」
「まさか……あのスティント走ってたっていう、島谷悟さん!? あのタイム本物だったんすか?」
驚いた様子で駆け寄ってきたのは、悠斗だけじゃなかった。そのチームスタッフたちも、口々に悟の名前を出し、スマホ片手に動画やタイムシートを見せ始める。
「うちのエンジニアがデータ分析しててさ、これヤバいって言ってたんだよ!」
「どこのドライバー? いや、誰も知らないって言うから逆に怖くて……」
「もしかして元プロですか? それとも海外経験者?」
──悟は困ったように首を振る。
「いやいや、ただの素人なんで……あの、すみません……」
その空気を察して、早矢が一歩前に出た。
「悠斗、ごめん、今日はデート中なんだよね。またね!」
笑顔でそう言い放つ早矢の言葉に、悠斗が一瞬フリーズする。
「デ、デート??」
その後ろから、チームスタッフたちがヒソヒソと声を漏らす。
「歳の差すご…、親子にしか見えない…」
「あ、ごめん!……またな!」
悠斗が恐縮したように頭を下げるも、早矢は手を振ってその場を後にした。
──
場内には、エンジン音と観客の歓声が響き渡っていた。早矢はその後、まるで子供のように興奮していた。
GT500のローリングスタート、壮絶なサイド・バイ・サイド、緻密なピット戦略──
「すごい! あのZの動きヤバい!横風なのにあのライン保ってる!」
「うわ!あのピットワーク速っ!しかもタイヤ4本交換してるのに!」
手を握り、足を小刻みに動かし、身を乗り出してレースを追いかける早矢。
悟はそんな彼女の横顔を、穏やかな笑みで見守っていた。
自分にはない、まっすぐな情熱。それがどこか、懐かしく、まぶしかった。
──
夕暮れ、レースが終わり、人々が帰路につく中、2人も駐車場へ向かった。
エンジンをかけたAE86が、夏の空気を裂くように走り出す。助手席の早矢は、先ほどまでの熱気が嘘のように、遠くの景色を見つめていた。
「……ねぇ、悟さん」
「ああ?」
「スーパGTって、やっぱすごいね。……なんか、別世界って感じ」
悟は黙ってうなずいたあと、ゆっくりと口を開いた。
「……早矢ちゃん、スーパーGT……乗りたいんでしょ?」
早矢は、少しだけ視線を下げた。
「……うん。言ってなかったけど、ずっと前から目標なの。トップカテゴリーで走ってみたい──あそこに立ちたいって、ずっと思ってた。
今日、悠斗見てたら……羨ましくなっちゃった」
窓の外、赤く染まりゆく富士の稜線を見ながら、ぽつりとつぶやいた。
悟は、アクセルを少しだけ踏み込みながら心の中で思った。
(よし……決めた)
早矢の夢を叶えるために、自分もその目標を持とう。一緒のグリッドに立つために、もう一度真剣にやってみよう。
サーキットで、夢の続きを見せてやろう──と。
隣を見れば、早矢は疲れ切ったように目を閉じ、静かに眠っていた。その寝顔は、まだ大人になりきらない子供のように、無垢で穏やかだった。
悟はそっとスピードを緩め、慎重にハンドルを握った。
夜の高速道路に、AE86のテールランプが小さく揺れていた。
リアのタイヤ周辺を見つめながら、古川がため息をついた。
「しばらくGT4のレースはお預けだな。車、直さなきゃ」
隣でそれを聞いた早矢が、ふと悟の顔を覗き込む。
「悟さん、どうする? また箱(ハコ)のレース、ちょこちょこ出たりする?」
悟は空を見上げ、小さく伸びをする。
「うーん……ここ最近、ずっとレース三昧だったからな。少し休もうかな。
それに、うちの86(AE)も構ってやりたいし」
その言葉に、早矢の瞳がきらりと光った。
「──あ、それじゃ……あの、私も、AE乗りたいな……」
最後の言葉は小声で、頬を少し染めていた。
助手席に、の意味を込めて。
それを見ていた古川が、ニヤリと笑いながら肩をすくめる。
「んじゃ、気晴らしにどっか行ってこいよ。
正直、この前のレースから取材やらスポンサーやら、しつこくてな。
お前(悟)、そういうの嫌いだろ? だったら、お前いない方が都合いいんだよ」
「……へぇー?」と早矢がジト目で睨む。
「で、私には取材受けて店の宣伝やらスポンサーやら、ぜーんぶ押し付けると?
あっはっは、いい性格してますねぇ、店長ぉ?」
古川が口を開く前に──
「悟さんっ!」
早矢が手を取るように駆け寄る。
「出かけましょ~♡ どこか行きましょっ!」
悟は呆れつつも、ゆっくりと笑ってうなずいた。
「……じゃ、出かけてくるわ」
残された古川は、2人を見送るだけだった。
「……。」
その背中に、まるで“勝手にしろ”と言いたげな空気だけが漂っていた。
──
8月の富士スピードウェイ。
真夏の太陽がアスファルトを照らす中、国内最高峰のGTレース──スーパーGTが開催されていた。
メインゲート前は、朝から多くの来場者で賑わいを見せていた。
早矢と悟もその中に混ざり、カジュアルな服装で歩いていた。
「やっぱスーパーGTは、華やかだね~!」
早矢は目を輝かせながら、場内の巨大モニターやステージを見上げた。
メーカーブース、トークショー、グッズ販売……コース外でも多彩なイベントが繰り広げられ、出店の匂いが空腹を誘う。
「ほら悟さん、これ美味しそうだよ! 富士宮やきそば!」
「お、いいね。じゃ、そっちは唐揚げとビール頼むわ」
「……え、もう昼から飲むの?」
笑い合いながら、2人はフードエリアでテーブルを囲んだ。
──そんな穏やかな時間の後、早矢は小さくウインクして言った。
「実はさ、コネでパドックパス取っておいたんだ」
「えっ、マジか。やっぱプロは違うな……」
「えっへん♪」
首から下げたパスを見せ合い、専用ゲートを通ってパドックエリアへ。そこには、GT500・GT300のマシンが整備中で、ピットロードは熱気に包まれていた。
悟は目を細めながら、GT500車両を見つめる。
「すげぇな……ゲームと違って、全部が“実物”なんだな」
「でしょ? 空気の振動も匂いも、全部リアル」
「……たまらんね」
GT500のNSX、Z、GR Supra……。その先、GT300クラスのマシン群の前で、早矢がふと足を止めた。
「ん? どうした?」
「──あ」
ちょうどその時、一人のドライバーが歩いてきた。つなぎ姿、均整の取れた体格、清潔感ある笑顔。
「……やっぱ早矢じゃん! 久しぶり!」
「あ、悠斗!」
現れたのは、GT300クラスに参戦中の若手ドライバー・朝倉悠斗(あさくら ゆうと)。
早矢と同い年、カート時代からの同期であり、今やプロとしても注目株の一人。
「元気だった? レース見たよ、この前の富士! めちゃくちゃ凄かったな!」
「ありがと~! あ、こっちが……悟さん。今一緒にチームやってるの」
早矢に促されて、悟が軽く頭を下げる。
「……あ、ど、どうも……」
「まさか……あのスティント走ってたっていう、島谷悟さん!? あのタイム本物だったんすか?」
驚いた様子で駆け寄ってきたのは、悠斗だけじゃなかった。そのチームスタッフたちも、口々に悟の名前を出し、スマホ片手に動画やタイムシートを見せ始める。
「うちのエンジニアがデータ分析しててさ、これヤバいって言ってたんだよ!」
「どこのドライバー? いや、誰も知らないって言うから逆に怖くて……」
「もしかして元プロですか? それとも海外経験者?」
──悟は困ったように首を振る。
「いやいや、ただの素人なんで……あの、すみません……」
その空気を察して、早矢が一歩前に出た。
「悠斗、ごめん、今日はデート中なんだよね。またね!」
笑顔でそう言い放つ早矢の言葉に、悠斗が一瞬フリーズする。
「デ、デート??」
その後ろから、チームスタッフたちがヒソヒソと声を漏らす。
「歳の差すご…、親子にしか見えない…」
「あ、ごめん!……またな!」
悠斗が恐縮したように頭を下げるも、早矢は手を振ってその場を後にした。
──
場内には、エンジン音と観客の歓声が響き渡っていた。早矢はその後、まるで子供のように興奮していた。
GT500のローリングスタート、壮絶なサイド・バイ・サイド、緻密なピット戦略──
「すごい! あのZの動きヤバい!横風なのにあのライン保ってる!」
「うわ!あのピットワーク速っ!しかもタイヤ4本交換してるのに!」
手を握り、足を小刻みに動かし、身を乗り出してレースを追いかける早矢。
悟はそんな彼女の横顔を、穏やかな笑みで見守っていた。
自分にはない、まっすぐな情熱。それがどこか、懐かしく、まぶしかった。
──
夕暮れ、レースが終わり、人々が帰路につく中、2人も駐車場へ向かった。
エンジンをかけたAE86が、夏の空気を裂くように走り出す。助手席の早矢は、先ほどまでの熱気が嘘のように、遠くの景色を見つめていた。
「……ねぇ、悟さん」
「ああ?」
「スーパGTって、やっぱすごいね。……なんか、別世界って感じ」
悟は黙ってうなずいたあと、ゆっくりと口を開いた。
「……早矢ちゃん、スーパーGT……乗りたいんでしょ?」
早矢は、少しだけ視線を下げた。
「……うん。言ってなかったけど、ずっと前から目標なの。トップカテゴリーで走ってみたい──あそこに立ちたいって、ずっと思ってた。
今日、悠斗見てたら……羨ましくなっちゃった」
窓の外、赤く染まりゆく富士の稜線を見ながら、ぽつりとつぶやいた。
悟は、アクセルを少しだけ踏み込みながら心の中で思った。
(よし……決めた)
早矢の夢を叶えるために、自分もその目標を持とう。一緒のグリッドに立つために、もう一度真剣にやってみよう。
サーキットで、夢の続きを見せてやろう──と。
隣を見れば、早矢は疲れ切ったように目を閉じ、静かに眠っていた。その寝顔は、まだ大人になりきらない子供のように、無垢で穏やかだった。
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