86の約束

仙道 神明

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Lap 23 「共鳴する鼓動」

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── 4月初旬、岡山国際サーキット。

 桜の花びらがひらりと舞う中、開幕戦の熱気がパドックを包み込む。

 その一角で、Lexus RC F GT3 のボディに手を添えながら、悟と早矢が並んで立っていた。

「……やっと、ここまで来たな」

 悟が呟くと、隣の早矢が小さく笑う。

「本当に。こうして並んでパドックに立ってるなんて、数年前じゃ想像もできなかった」

「ゲームの中だけで満足してた俺が、実車でスーパーGTの開幕戦か……なあ、人生ってのは面白いもんだな」

「でも、それを引き寄せたのは悟さんの腕と──  覚悟」

 悟はその言葉にわずかに肩をすくめ、照れたように笑った。

「……ま、そいつを証明するのは今日の俺たちの走りだ。見せてやろうぜ、“風馬レーシング”の名をな」

「うん!」

 早矢の声に力がこもる。それは単なる気合ではなく、この数ヶ月を共に駆け抜けてきた仲間としての、静かな信頼の証だった。

 古川はチームスタッフたちに最終確認を指示しながらも、時折ふたりのドライバーを見守る。

 早矢はレーシングスーツに身を包み、ヘルメットを手に静かに集中を高めている。

 悟はメカニックたちと車の最終調整を進めつつ、表情にはいつもの穏やかさの中に闘志が灯っていた。

 スタッフの声が飛び交い、ピット内はまさに戦いの舞台となっている。
 全員の視線はこれから始まる予選に向けて一つに結ばれていた。

──予選Q1開始

 空は明るく澄み、春の陽光がサーキットを照らしていた。だが、ピットの空気は重たく、静寂の中に焦燥と緊張が潜んでいた。

最初にコースインしたのは悟。

 Lexus RC F GT3のエンジンが唸りを上げ、ピットロードからゆっくりと滑り出す。その背中を、早矢とチームスタッフが無言で見送った。

「……悟さん……」

 早矢は小さく呟き、両手を胸の前でぎゅっと組んだ。ヘルメットを脱いだまま、悟のステアリング操作をモニター越しに見つめる。

──1コーナー、2コーナー、ラインは外していない。

 ただ、どこかぎこちなさが残る。タイヤの温まりが遅いのか、それとも……。

 古川も腕を組み、モニターを睨みつけていた。

「目……か?」
 
 悟のコクピット内。

 ヘルメット越しに伝わる自分の鼓動。息を整えながら、視線を先に送る。

「手が、鈍ってる……いや、目か……いや、どっちもだ」

 だがその瞬間、早矢の言葉がふと胸をよぎった。

「……一緒に乗ってる時、安心できるんです。悟さんとなら、限界ギリギリでも絶対大丈夫って思える」

「……そうか」

 左足をブレーキに、右足をスロットルに置き直す。シフトダウン、そして最終コーナーの立ち上がり。

「甘えさせてもらうぜ、早矢……俺は、まだ走れる

 タイムが更新された。

 9番手──ギリギリの突破。

 だが、堂々たるQ1通過。

 ピット内にざわめきが戻った。スタッフが拍手を交わし、古川は深く息をついた。

「やるな、じいさん……」

 モニターの前で、早矢は小さく目を潤ませながら微笑んだ。

「……やっぱり、悟さんは“本物”だよ」

──

 午後、Q2が始まった。

 澄みきった空の下、コースインしていくマシンたちの咆哮が、岡山国際サーキットの山あいに響き渡る。

「……いきます」

 無線越しの早矢の声には、迷いがなかった。
タイヤの熱が入り、グリップが立ち上がった瞬間を狙い、彼女はLexus RC F GT3を一気に全開へと持ち込んだ。

 各セクターで紫のタイムが灯る。メカニックの誰もが息を止める中、チーム“風馬レーシング”のガレージでは、モニターに映る走行ラインを固唾を飲んで見守っていた。

──フィニッシュライン通過。

 表示されたタイムは、1分25秒473。トップとの差は、わずかに0.1秒。

場内実況が告げる。

「トップはカーナンバー15、浅倉悠斗選手!2番手には風馬レーシング、カーナンバー86の宮下早矢選手!僅差です!」

「うおおおっ!」

 ピットに歓声が上がった。スタッフの肩が叩かれ、拍手が飛び交う。

 やがて、早矢のマシンがピットに戻ってくる。ヘルメットを外し、肩で息をしながらマシンを降りた彼女の顔には、わずかに悔しさがにじんでいた。

「……すみません。あと一歩、足りませんでした」

 だがその言葉に、古川がすぐさま笑い声で応じる。

「上出来上出来!なに言ってんだ、初戦でフロントロウだぜ?」

「たいしたもんだ、早矢」

 悟が歩み寄り、ポンと軽く彼女の肩を叩いた。

「よく攻めたな。お前の気迫、ちゃんと伝わってきたよ」

 早矢は目を伏せ、息を吐いたあと、小さく笑った。

「ありがとう。……でも、次は絶対ポール、獲るから」

 その背後、遠巻きにモニターを見ていた椎名が、苦い顔で自分の順位を確認していた──9番手。彼の視線の先には、悠斗と、そして早矢の背中があった。
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