Decalogus

百尾野狐子

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魔法陣のあった場所は、どうやらこの国の神殿の敷地内らしく、魔力量を調べる部屋も同じ神殿内にあるようだった。
神殿と云っても、教会の様な造りではなく、ギリシャのパルテノン神殿の様な石造りの建物が幾つも点在し、それを渡り廊下や階段等で繋げていた。
魔法陣のあった場所から三つ程建物を経由して、一際大きな建物の中に案内された。
私達10人を引率しているのは宰相と神殿の長であるらしい神官長で、最初に挨拶した王様は公務の為に王城に帰ったそうだ。
神官長は如何にも神に仕える人と云う感じの、慈愛が滲み出た雰囲気の柔らかな容姿の人だ。年齢不詳で、服装は白いローブを着ている。
戦士に見えた防具を身に纏った人達は、半分は王様の護衛で、残りは神殿を護る聖騎士の人達だった。
私達10人は無言のままぞろぞろと歩き、観音開きの重厚な白い扉の前で一度止まった。
神官長は持っている杖で三度床を叩くと、扉がゆっくりと開いていった。
ゆっくりと部屋の奥に進む私達だが、召還された私達はキョロキョロと辺りを忙しなく見回した。
うーん。白いわ。
壁も天井も床も白。
調度品は一切無く、部屋の奥に大きな白い女性の像が設置されており、その前に祭壇の様なモノが有った。金色の台座に大きな水晶玉の様な珠が鎮座しているが、恐らくこれで魔力等を調べるのだろう。
案の定、神官長が珠に手を置くように促している。
最初に手を出したのはアメリカ系の女性で、彼女が手を置いた途端に珠が光った。
眩しくて目を細めた視界に、神官長の綻んだ表情が映った。
ああ、彼女は間違いなく聖女だったのだろうな。
淡い黄色とハッキリとした赤色の光を確認して、神官長は頷いた。
「…素晴らしい。聖女に相応しい光属性をお持ちです」
アメリカ系の女性はゴージャスな金髪を気だるげに掻き上げながら、何とも云えない表情で肩を竦めた。
「是非、救世の聖女としてお力をお貸し頂けないでしょうか」
神官長の腰の低い物言いに、姉御肌なのかアメリカ系の女性はしかたなさそうに頷いた。
「魔力が貯まったら帰るけど、それまでは、まぁ、協力くらいはしてあげるわ」
「ああ、有り難うございます!感謝致します、聖女様」
次は中国系の女性だが、彼女が手を置いた途端に珠はやはり淡い黄色に光った。アメリカ系の人と違うのは、赤ではなく桃色に光っていた。
お手入れの行き届いた綺麗な直毛の茶髪を揺らし、何故か満足そうに頷いていた。
神官長は彼女にも協力をお願いし、彼女もしっかりと言葉にして了承していた。
次に手を置いたのは脅えて泣いていた女性の一人。恐らく十代の高校生くらいのヨーロッパ系の女の子。
彼女が手を置いても珠は光を放たなかった。
「…ふむ…これは…」
神官長は眉を跳ね上げ、思案するように光らない珠を見ていたが、やがて柔らかな笑みを浮かべて女の子を見た。
「…あの?」
「ご心配なさらないで下さい。魔力が無くとも、貴女は大切な女性です。神殿にて救世の巫女としてお力をお貸し願いたい」
「み、巫女?」
女の子は戸惑った顔のまま、何となく頷いてしまったように見えた。
救世の巫女とはなんぞや?
神官長の言葉に私は何となく嫌な気持ちになった。
大切な女性…。妙な言い回しだ。
「お力をお貸し頂けますか?」
女の子にも丁寧に言葉で了承を願う神官長に、女の子は震える声で了承した。
「はい…私に出来る事なら…」
女の子の言葉を聞いた神官長は、満足そうな笑みを浮かべて感謝の言葉を伝えていたが、私にはその言葉が上滑りしているように感じた。
…何かがおかしい。
救世の聖女や巫女が、具体的に何をして瘴気や魔物を祓ったり浄化したりするのか説明されていないのに、召還された女性達は次々と協力を承諾していく。何かに操られているみたいに、余りにも無防備だ。
祓うとか浄化とか救世とか、何だか耳触りの良い語感に感覚が麻痺しているのだろうか。
私が考え込んでいるうちに、私以外の9人は全員調べ終わっていた。
今のところ聖女確定が5人、魔力無しが4人。全員協力を言葉にして承諾している。
…言葉。
「どうぞ、お手をお乗せ下さい」
神官長に促されて珠に手を置いたが、珠に反応は無かった。
「貴女様にも、救世の巫女として協力をお願いしたいのですが、ご了承頂けますか?」
神官長の優しい声を聞いていると、何となく頷いてしまいたくなった。
いや、待って。やっぱり変だ。
私は神官長の柔和な顔を見上げた。
淡い桃色の瞳が、私を優しく見つめている。瞳を見ていると、了承してしまいたくなる自分に気付いて瞳を逸らして首を横に振った。
「…ご協力頂け無いと云う事でしょうか?」
神官長は優しく聞いてくるが、背中にじわじわと嫌な汗が浮かび始める。
やっぱりおかしい。
神官長の瞳を見ていたら、承諾してしまいたくなった。
もしかしたら、何らかの力が働いて、了承するように仕向けられているのかもしれない。
そして、必ず承諾を言葉にさせるのは、言葉にする事によって何らかの強制力が生まれるのかもしれない。
これはまずい。もしかしなくても、私はとんでもない世界に来てしまったのかもしれない。
「どうされましたか?」
黙っている私に痺れを切らしたのか、神官長が少し強めに言葉をかけてくる。
「…具体的な仕事内容の説明が無ければ、ご協力は致しかねます」
私は神官長の瞳を見ずに言った。
私の言葉に驚いたように、宰相と神官長は一瞬視線を交差させた。
それに気付いた私は思った。やっぱり、何かの魔法的な力が作用していたんだと。
「…ふむ…貴女はとても興味深い…」
神官長は優しく微笑み、宰相に視線を向けて頷いた。
「では、お待ち頂いている聖女様方と巫女様方は此方に。お部屋を準備させて頂いております。先ずはゆっくりとお身体を休ませて頂きたい」
宰相は丁寧に、けれど口を挟ませる隙を見せる事無く9人の女性達を次の行動へと促している。
9人の女性達は各々の思いを浮かべて私を見ていく。
心配そうな顔をしてくれたのは巫女となった女性達。聖女になった人達は、素直に承諾しない私に悪感情を抱いたようだ。
こんなに短時間で、人は洗脳されて行くのか。
信じてもいない神に選ばれた聖女なのに、聖女の立場で既に私を見下している。
選民意識、恐るべし。
「…さて、では貴女様のご要望である、具体的な仕事内容の説明をさせて頂きます」
私と神官長だけにされた空間に、ひっそりと神官長の声が響いた。
なんと、説明してくれるとは。いや、でも待って。
「説明すれば、ご協力頂けるのですよね?」
ほら、やっぱり。危ない危ない。
「内容次第では、ご協力出来ません」
「ふむ…」
神官長は優しく微笑みながら頷いた。
「どうやら、貴女には魅了の魔法は通じないようだ。まさか、この世にそんな女性がいるとは。貴女は誰も愛した事が無いのですね」
「…は?」
神官長の言葉に私は思わず視線を上げてしまった。
優しい微笑みを浮かべたまま、神官長は私を見つめていた。
淡い桃色の瞳を見てしまったが、今は特に何も感じない。
「魅了は、性愛を知らない者には効果が無いのですよ」
せ、性愛!?
「貴女は美しく聡明だ。願わくば、巫女として多くの愛を知り、やがては聖女となってこの世界を救って頂きたいのですが…」
ちょっと待って下さい神官長。意味が良く分かりません。
「…多くの愛を知るとは?」
私の問いに神官長は笑みを深くした。
「愛には種類がございます。エロス、フィリア、ルダス、アガペー、プラグマ、フィラウティア、ストルゲー、マニア」
講義の説明の様に話す神官長の言葉に、私の頭は混乱した。
「魅了はエロスが強い者程良く効きます。聖女様に選ばれた方々は、程度の差はあれど、全ての愛を知る方々です。光魔法は、本人の中にどれだけ愛が有るかによって種類や力が違ってきます」
神官長は一度言葉を切り、私の顔を確認した。出来の悪い生徒に向ける教師の様な顔だ。
「この世界を創造したアマーレ神は、愛を最も尊ぶ神です。そして、性愛は聖愛とも称され、生命を生み出す愛はこの世で最も重要な愛です」
神官長の話は長かった。
ぐるぐるする脳ミソを私なりに整理すると、つまり、全ての愛を知らない者は素養があっても光魔法に目覚めず、聖女にはなれない。だから巫女は、沢山の人との性愛を経験して、自分の中に愛を育ててゆく。
アマーレ神に選ばれた私達10人は精鋭だから、経験値を上げれば大聖女となれるそうだ。
性愛でなくても良いが、アマーレ神は性愛を尊ぶ神だから、魔力を効率良く高めるには性愛レベルを先ず上げるのがステップアップのコツだとか。
そして、現実的に重要な事は、この世の人口減少問題は解決しなければならない急務なのだとか。
色々な原因で人口が減り、出生率を増加させる為に早い結婚と子作りを推し進めた結果、早年出産によって生命を落とす女性が増え、結果的に女性の数が減った事で益々人口減少が進んでしまったそうだ。今の男女比は、7:3との事。つまり、結婚も出来ず、子孫も残せない男性が増え、益々人口減少に歯止めが利かない状態だと云う事だ。
女性が少ないと、欲を満たせない男性による犯罪が増加して治安が悪くなり、それを解消するために国と神殿が救世の巫女制度を作った。
そう…つまり、救世の巫女制度とは、合法化された売春制度。性欲を発散したい男性が、神殿に寄進して巫女と子作り行為をし、巫女は妊娠したら必ず出産し、産んだらまた役目に戻ると。
国によって政策が違い、人口減少対策として一妻多夫制度や、救世の巫女制度を導入したりしているそうだが、このアステル王国は最近になってやっと救世の巫女制度を導入したばかりだった。一妻多夫制度の導入は検討中らしい。
いやいや、本当に、勘弁して下さい。
何が悲しくて知らない人と関係無い世界の国の為に子作りしなくちゃならないのよ。
アマーレ神、勝手に選んでくれちゃって、どういうつもり!?ああ…あの像。壊してしまいたい。
大きな白い美しい女性の像に視線を向け、私は胸中でアマーレ神をなじった。
冗談じゃない、私は絶対に巫女になんかならないわよ!
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