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序章
一歳になり、喜びを知り
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一歳の誕生日を迎え、なんとか話せるようにもなってきた今日この頃、俺は鼻腔をくすぐる良い匂いに誘われて目覚めた。
自室から出る。匂いを辿る。神に導かれるようだ。
階段を下り、リビングへ。
「あら、おはようクー。今日は早いのね」
母親がいた。既にテーブルにいる。テーブルにはまだ何も置いてない。後から運んでくるんだろう。後は食べるだけって姿勢だ。
「……ママ、おはよう。顔洗ってきますね」
頭がボーとする。眠気が強い。
「ちょっと待ってよ。その前にー、今日は何の日でしょーか、当ててみて」
「たんじおび」
「惜しい」
「……誕生日」
「正解」
母親は笑顔を見せた。上機嫌だな。
それにしても、この地方で話されている言語は難しい。眠気のせいもあるけど、今も素で間違える。
英語っぽいが、義務教育で習ったものとは微妙に違う。訛っているのかもしれない。
顔を洗いに行くついでで窓の外を覗いてみると、なんとも素っ気ない風景があった。
そこには原っぱが広がっていた。他には何も無い。いや、(我が家の敷地外に)田畑はある。しかし、まだ収穫時期じゃないから、作物の姿は見当たらない。あと井戸と獣道。それ以外は本当に何も見えない。
もちろん、電線も見えない。電線がないんだから、当然ではあるが、電気も繋がってないみたいで、料理や風呂を沸かせる火力を、薪に頼っている生活。ド田舎っぽいし、……ここら辺の言語は、究極に訛った英語説に俺は一票を投じた。
俺は外に出た。玄関前に置いてある水瓶を覗き込む。十分雨水が溜まっていた。手ですくって顔を洗い、両頬を叩く。
少しはマシになった。
俺が顔を洗って帰ってくると、玄関前に女がいた。首には首輪。変な首輪だ。石でできてるようだが、緑色の綺麗な宝石? がついている。安そうな布切れを身にまとい、頭巾を被って、物語冒頭のシンデレラみたいだ。布が薄いのか、胸から腰のラインがハッキリしていて生々しい。それと、耳が異様なまでに長い。人じゃない、別の種族かもしれない。
彼女は一年間、ずっと家にいるが、どんな人物なのかよく分からない。名前も声も知らない。そもそも家族なのかすら怪しい。前述の通り、召使いなんじゃないか、と俺は考えている。
両親は彼女を避けているように見える。いや、父親とは比較的距離感が近いか。それでも排他的な態度を取っているように見えるが……。
彼女は俺の顔を見ると、ボソッと呟くように言った。
「……クー様、できました。アンナ様がお待ちです……」
女が俺の顔を見て、確かにそう言った。
俺は息を呑む。
「話せるの!? てっきり✕かと思ってたけど……」
俺はハッとして、それ以降の言葉を押し殺した(✕は差別用語だ)。
「……」
彼女は黙りこんだ。回れ右をして、そそくさとリビングの扉の方へ向かっていく。
「いや、ちょっと待ってよ」
俺は彼女の背中を追いかけた。
リビングにて、誕生日パーティーが始まった。
俺は母親の向かい側に、あの女は俺の隣に座った。
豪勢な料理が並んでいた。誕生日だから奮発したのだろう。不味い料理に見える。いや、“見えていた”。
俺は手を合わせる。
「いただきます」
俺は木製のスプーンを手に取ると、シチューを口に運ぶ。
「……うまい。うまい!? 」
何か熱いものが、頬を伝っていく。
なんだよこれ。死ぬほど美味いぞ。
「あらあら、クー。そんながっつかないで、落ちついてって……ッ!! ちょっとどうしたの!? 泣かないでよ~」
味が違う。まともな料理を食うのは久しぶりだ。母上の作る料理は不味かった。しかし、今日は美味い。
そもそも、つい最近までは母乳だった。母乳……、最初こそテンションが上がったが、流石に飽きた。
でも、合法的に甘えられるのは良かったな。辛いこと、悲しいこと、苦しいことを全部肯定してくれる母性……最高だった。前世の母も、飲ませてくれたら……いや常識的に考えて不可能か。いやでも抱きしめるとかさ、頭を撫でるとかさ手段はあっただろ。
言葉じゃなくて、行動に移して欲しかった。うぅ、思い出すと涙が、また溢れてくる。
「もう、本当に泣かないでよ~。エクトルが居なくて良かったわ」
居たら今頃タンコブができてるわ。父はよくゲンコツを飛ばしてくる。前世の法律じゃ虐待ですよ、父上。
幸いドラゴン討伐か、戦争かは知らんが、甲冑を着てどっかに行ってくれたから、しばらくは安泰だろう。
……些細なことだが、俺は確かに喜びを得た。このささやかな幸せを、しっかりと噛み締めて生きていきたい……なんてね。大袈裟すぎるか。
俺は心の中で笑った。
「ところで、クーに聞きたいんだけど。“イタダキマス”って何? 」
料理の半分を食した辺りで、母が俺に聞いてきた。
「“いただきます”は、“いただきます”です」
「イタダキマス? 」
母は首を傾げている。
「えっと……命をいただきますの略です」
「まあ、そうなの。素敵だわ」
母の顔が明るくなる。
大袈裟すぎる。もしかして、この世界には食前に“いただきます”を言う文化がないのか。いや、前世でも日本だけの文化だったような気もする。
ガツガツ食べるから、必然的に俺の分の料理は一瞬で溶けるように消えていった。俺が一番に食べ終わるのも(胃袋の大きさも考慮して)、当然のことだった。
「ごちそうさまでした」
「クー、“ゴチソウサマデシタ”は……」
「ヒミツです」
よく子供が創造する謎言語だと思ってくれ。そうしてくれたら助かる。
俺は席を立つと、逃げるように自室へと足を伸ばした。
帰り際、あの女の方をチラッと見ると、涼しい顔で料理を口に運んでいた。
その瞳は若干潤んでいるが、濁っている。同族の匂いを感じる。なんか、本能的にそう思った。
ちなみに両親の名前が分かった。苗字は全員ベネット。父はエクトル、母はアンナ。そして、俺の名前はクーというらしい。
「クー」とはこれまた子供らしい名前だ。通称なのか本名なのかは謎。いずれ分かるだろう。
でも女は不明だ。未だに名前はわからない。まあ、いずれ分かるだろう。
自室から出る。匂いを辿る。神に導かれるようだ。
階段を下り、リビングへ。
「あら、おはようクー。今日は早いのね」
母親がいた。既にテーブルにいる。テーブルにはまだ何も置いてない。後から運んでくるんだろう。後は食べるだけって姿勢だ。
「……ママ、おはよう。顔洗ってきますね」
頭がボーとする。眠気が強い。
「ちょっと待ってよ。その前にー、今日は何の日でしょーか、当ててみて」
「たんじおび」
「惜しい」
「……誕生日」
「正解」
母親は笑顔を見せた。上機嫌だな。
それにしても、この地方で話されている言語は難しい。眠気のせいもあるけど、今も素で間違える。
英語っぽいが、義務教育で習ったものとは微妙に違う。訛っているのかもしれない。
顔を洗いに行くついでで窓の外を覗いてみると、なんとも素っ気ない風景があった。
そこには原っぱが広がっていた。他には何も無い。いや、(我が家の敷地外に)田畑はある。しかし、まだ収穫時期じゃないから、作物の姿は見当たらない。あと井戸と獣道。それ以外は本当に何も見えない。
もちろん、電線も見えない。電線がないんだから、当然ではあるが、電気も繋がってないみたいで、料理や風呂を沸かせる火力を、薪に頼っている生活。ド田舎っぽいし、……ここら辺の言語は、究極に訛った英語説に俺は一票を投じた。
俺は外に出た。玄関前に置いてある水瓶を覗き込む。十分雨水が溜まっていた。手ですくって顔を洗い、両頬を叩く。
少しはマシになった。
俺が顔を洗って帰ってくると、玄関前に女がいた。首には首輪。変な首輪だ。石でできてるようだが、緑色の綺麗な宝石? がついている。安そうな布切れを身にまとい、頭巾を被って、物語冒頭のシンデレラみたいだ。布が薄いのか、胸から腰のラインがハッキリしていて生々しい。それと、耳が異様なまでに長い。人じゃない、別の種族かもしれない。
彼女は一年間、ずっと家にいるが、どんな人物なのかよく分からない。名前も声も知らない。そもそも家族なのかすら怪しい。前述の通り、召使いなんじゃないか、と俺は考えている。
両親は彼女を避けているように見える。いや、父親とは比較的距離感が近いか。それでも排他的な態度を取っているように見えるが……。
彼女は俺の顔を見ると、ボソッと呟くように言った。
「……クー様、できました。アンナ様がお待ちです……」
女が俺の顔を見て、確かにそう言った。
俺は息を呑む。
「話せるの!? てっきり✕かと思ってたけど……」
俺はハッとして、それ以降の言葉を押し殺した(✕は差別用語だ)。
「……」
彼女は黙りこんだ。回れ右をして、そそくさとリビングの扉の方へ向かっていく。
「いや、ちょっと待ってよ」
俺は彼女の背中を追いかけた。
リビングにて、誕生日パーティーが始まった。
俺は母親の向かい側に、あの女は俺の隣に座った。
豪勢な料理が並んでいた。誕生日だから奮発したのだろう。不味い料理に見える。いや、“見えていた”。
俺は手を合わせる。
「いただきます」
俺は木製のスプーンを手に取ると、シチューを口に運ぶ。
「……うまい。うまい!? 」
何か熱いものが、頬を伝っていく。
なんだよこれ。死ぬほど美味いぞ。
「あらあら、クー。そんながっつかないで、落ちついてって……ッ!! ちょっとどうしたの!? 泣かないでよ~」
味が違う。まともな料理を食うのは久しぶりだ。母上の作る料理は不味かった。しかし、今日は美味い。
そもそも、つい最近までは母乳だった。母乳……、最初こそテンションが上がったが、流石に飽きた。
でも、合法的に甘えられるのは良かったな。辛いこと、悲しいこと、苦しいことを全部肯定してくれる母性……最高だった。前世の母も、飲ませてくれたら……いや常識的に考えて不可能か。いやでも抱きしめるとかさ、頭を撫でるとかさ手段はあっただろ。
言葉じゃなくて、行動に移して欲しかった。うぅ、思い出すと涙が、また溢れてくる。
「もう、本当に泣かないでよ~。エクトルが居なくて良かったわ」
居たら今頃タンコブができてるわ。父はよくゲンコツを飛ばしてくる。前世の法律じゃ虐待ですよ、父上。
幸いドラゴン討伐か、戦争かは知らんが、甲冑を着てどっかに行ってくれたから、しばらくは安泰だろう。
……些細なことだが、俺は確かに喜びを得た。このささやかな幸せを、しっかりと噛み締めて生きていきたい……なんてね。大袈裟すぎるか。
俺は心の中で笑った。
「ところで、クーに聞きたいんだけど。“イタダキマス”って何? 」
料理の半分を食した辺りで、母が俺に聞いてきた。
「“いただきます”は、“いただきます”です」
「イタダキマス? 」
母は首を傾げている。
「えっと……命をいただきますの略です」
「まあ、そうなの。素敵だわ」
母の顔が明るくなる。
大袈裟すぎる。もしかして、この世界には食前に“いただきます”を言う文化がないのか。いや、前世でも日本だけの文化だったような気もする。
ガツガツ食べるから、必然的に俺の分の料理は一瞬で溶けるように消えていった。俺が一番に食べ終わるのも(胃袋の大きさも考慮して)、当然のことだった。
「ごちそうさまでした」
「クー、“ゴチソウサマデシタ”は……」
「ヒミツです」
よく子供が創造する謎言語だと思ってくれ。そうしてくれたら助かる。
俺は席を立つと、逃げるように自室へと足を伸ばした。
帰り際、あの女の方をチラッと見ると、涼しい顔で料理を口に運んでいた。
その瞳は若干潤んでいるが、濁っている。同族の匂いを感じる。なんか、本能的にそう思った。
ちなみに両親の名前が分かった。苗字は全員ベネット。父はエクトル、母はアンナ。そして、俺の名前はクーというらしい。
「クー」とはこれまた子供らしい名前だ。通称なのか本名なのかは謎。いずれ分かるだろう。
でも女は不明だ。未だに名前はわからない。まあ、いずれ分かるだろう。
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