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飛べない動物と武官
2 アヴァイラ② 飛行する動物を意味する。
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「アブフィロプルマは絶滅したって本当?リンネも見たことがないの?」
アトリが向かい合ったソファに座っている。質素な食事の後に通されたリビングで、私は質問攻めに合っていた。
「ないな。でも彼らは他の質と混ざり合って子孫を残しているから、アトリのように1の質のノーニスが生まれる」
私はアトリが本を持っていることに気付いた。それは子どもの時に必ず与えられる本だ。生き物が可愛らしく描かれてある表紙が捲られる。私はそっと覗き込んで、文字を口にしてみた。
「1にアブフィロプルマ
2にアヴァイラ
3にアベメタタリア
4にノーニス」
かつて地上にはこの四種の生物が共存していたらしい。それぞれ違う数字の性質を有していたが、互いに交配した為、種を超えて様々な数字の性質が発現する様になったと言われている。
「アブフィロプルマはもういないけど、化石は見たよ。まるでアヴァイラのように飛ぶことが出来る生き物だったらしい」
「アヴァイラみたいな化石?それなら僕も見たことがあるよ。お父さんが集めてるんだ」
こんなところにも化石マニアがいるのか、と少し可笑しくなる。ちょうど父親が現れて、寝る時間だからとアトリを部屋へ連れて行った。私も暖炉の前の長椅子に体を横たえる。遠ざかる無邪気なアトリの声が聞こえて来た。
「お父さん、今日はいつものお客さんは来なかったの?」
それに対する父親の声は聞き取ることが出来なかった。
夜。
私は目を覚ました。床からの隙間風が冷たいのだ。砂漠の夜は気温が下がる。玄関や窓からの冷気ならば仕方がないが、それは床から直接ベッド替わりの長椅子に吹き付けて来る気がする。長椅子を避けて絨毯をめくってみる。節の多い穴だらけの板が張られた床には扉が付いていた。やはり床下に空間があるようだ。私は扉を持ち上げて支えを差し込む。カンテラに火を灯して覗き込むとあまり広くない地下室があった。貯蔵庫だろう。別に珍しくもないが、私は飛び降りてみた。少し屈んで様子を見る。狭い空間にはごろごろと石ばかりが積まれていた。一塊持ち上げて火を当てる。照らされた表面には土より色の濃い模様が幾つも入っていた。
これは見たことがあるな。遺跡で。
私は他の石も同じように照らしてみる。
石は所々に穴が開いていたり、欠けていたりして、今日見せられたものよりも状態が良くない。しかし、間違いなく化石だろう。
アトリが言っていた父親のコレクションか?
それにしては扱いが雑なんじゃないだろうか。ただ積まれただけの化石。まるでごっそり掘り起こしてそのまま 持って来た、という様子だ。
首を捻っていると外で物音がした。
私は手に持っていた化石を上着のポケットに詰め込むと、貯蔵庫から這い上がった。
外には車が停めてある。
夜盗が見つけたら感激して仕事に掛かるだろう。
私は静かに裏戸から車に近づいた。
体格の良い男が車のドアに手を掛けて力づくで開けようとしている。
その正体に気付いて思わず溜息が出た。
「車には鍵をかけてあります」
男が驚いて振り向いた。闇に視線を彷徨わせていたが、私を見つけて息を飲んだ。
「車はね、鍵がないと動かない。こんな夜中に何を?」
私が教えてやると、男――アトリの父親は後退ろうとして車に背をぶつけた。
「く、車が珍しくて、つい見に来ちまったんです」
だから物騒なものを仕舞ってくれ、と私が握った刃の付いたピックを見ながら言ってきた。
「まあ、いいでしょう。私も貴方のコレクションを勝手に見たところだし」
「え、地下の化石を見たんですか?」
「その筋のマニアがいるのは知っていますが、随分多いですよね。大切に扱っている様子もない。あれは何に使うんです?」
父親はあれこれと言い訳をしようと口を動かしたが、出てくるのは冷えた白い息だけだった。ついに観念して声を出す。
「あの化石は売り物なんだ。物好きはあんなものでも買っていく。お役人様だって分かるでしょう。こんな辺鄙な所で、蜂蜜売ってるだけじゃあ子供を養って食ってはいけねえ。偉大なアブフィロプルマかなにか知らないが、金になるなら売りさばいちまいますよ」
砂漠の考古学者が聞いたら卒倒しそうだ。そう言えばオストロムに託された封書の中身は何だろうか。随分重要そうなものだった。わざわざ書官を呼んで運ばせようとしたのは、届け出ではなく、封書の方か?
「さあ、外は冷えます。部屋に戻りましょう」
アトリの父親が私の思考を遮った。へこへこして裏戸を開けて家の中に入るように促す。私は口をゆがめて笑った。
「良いの?私はてっきり今日来るはずのお客さんを待っているんだと思っていたけど」
「……アトリが何か言いましたか?」
父親が声の調子を落とした。
アトリが寝る前に言っていたいつも来る客とは、私が対峙した強盗だろう。始末したからここには現れなかったのだ。
「あいつらはちょっと顔を出したら、車が走ってるって言うんで取引もせずに行っちまいやがった。戻ってきたのはあんたと息子で……。あいつらはこの辺じゃ力のあるごろつきだった。なあ、ひょっとしてあんたそれを殺っちまったのか?…役人てのはとんでもないな。」
男が吐き捨てるように言った。しかし、少しの恐怖と侮蔑を灯した瞳はすぐに不安に揺れた。
「あいつらはどうしようもない奴らだ。でも取引すると、少しの金と肉を置いて行ってくれたんだよ……今日の夕飯に肉が入ってなかったから、アトリは気づいたのかなぁ」
父親は途方に暮れていた。金策に困ってだろうが同情は出来ない。
「取引は化石?」
「……そうです。
こっちは全て話しました。
役人なら俺たちの為に車を恵んでくれませんか?」
背中に硬いものが押し当てられる。銃か。
「動くなよ。刃物を捨てろ」
銃口を押し付ける男が言った。強盗の残党か。あの時子どもに気を取られて見逃したようだ。私はピックから手を放した。刃先が砂に刺さる音がする。
「役人とは恐れ入った。仲間をあんなふうに殺りやがって。どうしてやろうか」
背後から男の声がした。目の前の父親は狼狽している。
「ちゃんと連絡してやったんだ。金を少し恵んでくれたら車もやる。役人なんて殺したら面倒だからその辺に置き去りにすれば……!」
耳元で銃声が上がる。
父親の声は途中でかき消された。血を流しながらその場に崩れていく。
私は煙をあげる銃を握った強盗の手を掴んだ。5本の指に力を入れる。
物質を変える5の力。
一瞬で銃身を溶かして塞ぐ。驚いた男は私を振り払って銃口を向けると、引き金を引いた。銃が火を噴いた。暴発だ。男が右腕に移った火を消そうとする隙に、ピックを拾って男の首を裂いた。
血を噴き出して仰向けに倒れた男が事切れると、静けさが戻って来る。暴発の残り火にアトリの父親が照らし出されていた。近づいて脈を確認するがもう反応はない。
最悪な夜だ。
二つの死体を横目に車に乗り込む。イベロメソルに連絡に行かなければ。都市警察に後処理を任せたいし、アトリの保護もして貰いたい。
車のエンジンをかけると、驚いて飛び立つ羽音がする。
私は窓から外を見た。家の屋根に集まる影がある。
アヴァイラだ。
夜目が効かないと言われているが夜行性の種類もいるし、そもそもノーニスよりも目が良い。肉食のアヴァイラが、荒野では貴重な食事にありつきに来たのかもしれない。
都市警察が駆けつけた時には、人の姿は残っていないかもしれないな。
そう思いながら、夜の砂漠に車を走らせた。
アトリが向かい合ったソファに座っている。質素な食事の後に通されたリビングで、私は質問攻めに合っていた。
「ないな。でも彼らは他の質と混ざり合って子孫を残しているから、アトリのように1の質のノーニスが生まれる」
私はアトリが本を持っていることに気付いた。それは子どもの時に必ず与えられる本だ。生き物が可愛らしく描かれてある表紙が捲られる。私はそっと覗き込んで、文字を口にしてみた。
「1にアブフィロプルマ
2にアヴァイラ
3にアベメタタリア
4にノーニス」
かつて地上にはこの四種の生物が共存していたらしい。それぞれ違う数字の性質を有していたが、互いに交配した為、種を超えて様々な数字の性質が発現する様になったと言われている。
「アブフィロプルマはもういないけど、化石は見たよ。まるでアヴァイラのように飛ぶことが出来る生き物だったらしい」
「アヴァイラみたいな化石?それなら僕も見たことがあるよ。お父さんが集めてるんだ」
こんなところにも化石マニアがいるのか、と少し可笑しくなる。ちょうど父親が現れて、寝る時間だからとアトリを部屋へ連れて行った。私も暖炉の前の長椅子に体を横たえる。遠ざかる無邪気なアトリの声が聞こえて来た。
「お父さん、今日はいつものお客さんは来なかったの?」
それに対する父親の声は聞き取ることが出来なかった。
夜。
私は目を覚ました。床からの隙間風が冷たいのだ。砂漠の夜は気温が下がる。玄関や窓からの冷気ならば仕方がないが、それは床から直接ベッド替わりの長椅子に吹き付けて来る気がする。長椅子を避けて絨毯をめくってみる。節の多い穴だらけの板が張られた床には扉が付いていた。やはり床下に空間があるようだ。私は扉を持ち上げて支えを差し込む。カンテラに火を灯して覗き込むとあまり広くない地下室があった。貯蔵庫だろう。別に珍しくもないが、私は飛び降りてみた。少し屈んで様子を見る。狭い空間にはごろごろと石ばかりが積まれていた。一塊持ち上げて火を当てる。照らされた表面には土より色の濃い模様が幾つも入っていた。
これは見たことがあるな。遺跡で。
私は他の石も同じように照らしてみる。
石は所々に穴が開いていたり、欠けていたりして、今日見せられたものよりも状態が良くない。しかし、間違いなく化石だろう。
アトリが言っていた父親のコレクションか?
それにしては扱いが雑なんじゃないだろうか。ただ積まれただけの化石。まるでごっそり掘り起こしてそのまま 持って来た、という様子だ。
首を捻っていると外で物音がした。
私は手に持っていた化石を上着のポケットに詰め込むと、貯蔵庫から這い上がった。
外には車が停めてある。
夜盗が見つけたら感激して仕事に掛かるだろう。
私は静かに裏戸から車に近づいた。
体格の良い男が車のドアに手を掛けて力づくで開けようとしている。
その正体に気付いて思わず溜息が出た。
「車には鍵をかけてあります」
男が驚いて振り向いた。闇に視線を彷徨わせていたが、私を見つけて息を飲んだ。
「車はね、鍵がないと動かない。こんな夜中に何を?」
私が教えてやると、男――アトリの父親は後退ろうとして車に背をぶつけた。
「く、車が珍しくて、つい見に来ちまったんです」
だから物騒なものを仕舞ってくれ、と私が握った刃の付いたピックを見ながら言ってきた。
「まあ、いいでしょう。私も貴方のコレクションを勝手に見たところだし」
「え、地下の化石を見たんですか?」
「その筋のマニアがいるのは知っていますが、随分多いですよね。大切に扱っている様子もない。あれは何に使うんです?」
父親はあれこれと言い訳をしようと口を動かしたが、出てくるのは冷えた白い息だけだった。ついに観念して声を出す。
「あの化石は売り物なんだ。物好きはあんなものでも買っていく。お役人様だって分かるでしょう。こんな辺鄙な所で、蜂蜜売ってるだけじゃあ子供を養って食ってはいけねえ。偉大なアブフィロプルマかなにか知らないが、金になるなら売りさばいちまいますよ」
砂漠の考古学者が聞いたら卒倒しそうだ。そう言えばオストロムに託された封書の中身は何だろうか。随分重要そうなものだった。わざわざ書官を呼んで運ばせようとしたのは、届け出ではなく、封書の方か?
「さあ、外は冷えます。部屋に戻りましょう」
アトリの父親が私の思考を遮った。へこへこして裏戸を開けて家の中に入るように促す。私は口をゆがめて笑った。
「良いの?私はてっきり今日来るはずのお客さんを待っているんだと思っていたけど」
「……アトリが何か言いましたか?」
父親が声の調子を落とした。
アトリが寝る前に言っていたいつも来る客とは、私が対峙した強盗だろう。始末したからここには現れなかったのだ。
「あいつらはちょっと顔を出したら、車が走ってるって言うんで取引もせずに行っちまいやがった。戻ってきたのはあんたと息子で……。あいつらはこの辺じゃ力のあるごろつきだった。なあ、ひょっとしてあんたそれを殺っちまったのか?…役人てのはとんでもないな。」
男が吐き捨てるように言った。しかし、少しの恐怖と侮蔑を灯した瞳はすぐに不安に揺れた。
「あいつらはどうしようもない奴らだ。でも取引すると、少しの金と肉を置いて行ってくれたんだよ……今日の夕飯に肉が入ってなかったから、アトリは気づいたのかなぁ」
父親は途方に暮れていた。金策に困ってだろうが同情は出来ない。
「取引は化石?」
「……そうです。
こっちは全て話しました。
役人なら俺たちの為に車を恵んでくれませんか?」
背中に硬いものが押し当てられる。銃か。
「動くなよ。刃物を捨てろ」
銃口を押し付ける男が言った。強盗の残党か。あの時子どもに気を取られて見逃したようだ。私はピックから手を放した。刃先が砂に刺さる音がする。
「役人とは恐れ入った。仲間をあんなふうに殺りやがって。どうしてやろうか」
背後から男の声がした。目の前の父親は狼狽している。
「ちゃんと連絡してやったんだ。金を少し恵んでくれたら車もやる。役人なんて殺したら面倒だからその辺に置き去りにすれば……!」
耳元で銃声が上がる。
父親の声は途中でかき消された。血を流しながらその場に崩れていく。
私は煙をあげる銃を握った強盗の手を掴んだ。5本の指に力を入れる。
物質を変える5の力。
一瞬で銃身を溶かして塞ぐ。驚いた男は私を振り払って銃口を向けると、引き金を引いた。銃が火を噴いた。暴発だ。男が右腕に移った火を消そうとする隙に、ピックを拾って男の首を裂いた。
血を噴き出して仰向けに倒れた男が事切れると、静けさが戻って来る。暴発の残り火にアトリの父親が照らし出されていた。近づいて脈を確認するがもう反応はない。
最悪な夜だ。
二つの死体を横目に車に乗り込む。イベロメソルに連絡に行かなければ。都市警察に後処理を任せたいし、アトリの保護もして貰いたい。
車のエンジンをかけると、驚いて飛び立つ羽音がする。
私は窓から外を見た。家の屋根に集まる影がある。
アヴァイラだ。
夜目が効かないと言われているが夜行性の種類もいるし、そもそもノーニスよりも目が良い。肉食のアヴァイラが、荒野では貴重な食事にありつきに来たのかもしれない。
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