選定書官リンネと飛べない動物たち

橙と猩々

文字の大きさ
5 / 20
飛べない動物と武官

3 アベメタタリア① 体表を鱗で覆われた有羊膜類を意味する。

しおりを挟む
 彼女に初めて会ったのはもうすぐ暑い季節が始まるといった頃だった。
 薄手のロングワンピースを着た彼女は、遠目から見ても、素晴らしいプロポーションの持ち主だと分かった。
 私は高台のオープンカフェで紅茶を飲む手を止めた。テーブルに置きっぱなしの新聞には、首都の政権がどうだとか、公的施設への放火だとか、いまいち興味が湧かない記事ばかりで、少々暇をしていたのだ。石畳を登る彼女は避暑地を散策するように軽やかで、しばらく様子を眺めて楽しむことにする。彼女とはずいぶん離れていたし、カフェにはテーブルが幾つも出ていて繁盛していたので、私の不躾な視線は気づかれないだろうと思っていた。
 海に面したその町は時折突風が吹く。その時もふいに風が吹き抜けて、彼女はつばの広い帽子を押さえた。そして、カフェに視線をやると優雅に微笑んで私に手を振った。
 
 気付かれた?
 
 私の鼓動はどきどきと早くなった。それは驚いたからだけではないと分かっていた。

「やっと貴女に会えた。
 首都エナンティオから派遣されたウィラビィです」

 彼女は一直線に私のテーブルへやって来ると、正面の席に座りながらそう名乗った。
 十七、八くらいの年齢の割に色香のある声だ。
 声だけじゃない。
 緩くウェーブの掛かった長い金髪。
 セクシーな目元に厚みのある唇。
 知的な眼差し。
 近くで見ると増々美しい女性だった。

「書類を確認していただけるかしら?」

 彼女は書類と一緒にペンダントトップを並べた。小さな琥珀のようなそれは私が持つ物と同じもの。中には四色の羽毛が閉じ込められている。私はペンダントとして首から下げているが、彼女は…。

「身に着けていないの?」
「ええ、勿論。役人の証を首につけるなんて自虐趣味はないの。何より、私のファッションに合わないでしょう?」

 彼女が言い放った。私は笑いながら書類に目を通す。配任書だ。彼女が私の専任の護衛武官に就任したと書かれてある。注目すべきはその日付だ。半年前になっている。

「随分貴女を探したのよ、リンネ。
 国は数の少ない選定書官を守るために必死なようだけど、貴女には護衛が迷惑なようね?」
「まさか。貴女のような美人を袖にする筈がない」

 本心だ。だが、護衛が付くのを避けていたのも本当だった。一人の方が気楽で良い。

「私達は良いパートナーになれるでしょうね?」

 強い意志を込めた瞳が私を見る。彼女も仕事を全うする義務があるだろう。私は観念することにした。何より美しい彼女との旅は楽しいものになるだろう。美人な上に腕も立つというのだから。
 私は上着から小さな手帳を取り出してぱらぱらめくった。

「勿論、頼りにさせてもらうよ。
 私の専任武官殿に言葉の祝福を贈っても良いかな?」

 彼女の濃い茶色の目が一瞬大きく見開かれて輝く。このプレゼントは喜んでもらえそうだ。私は得意になって詠んだ。

「  ‶自然のなすことに何ひとつ無駄がないのは何によるのか。
   またわれわれが世界にみるすべての秩序と美とはどこから生じるのか” 」

 詠み終えると、ウィラビィの体が真珠色に輝いた。彼女が自分の体を見回している。

「素晴らしい力ね、リンネ。
 言葉の祝福を戴いたことだし、私は貴女のパートナーとしては申し分ないはずよ」

 よろしくね、と言って手を差し出される。私がその手を握ると、彼女は優雅に口づけを落した。
 
 実際、ウィラビィは優秀な武官だった。
 数か月の間に一緒に死地を潜り抜けたのは一度や二度じゃない。
 彼女の質は3だった。元は地を這う有鱗の生き物の質。司る性質は水。
 彼女の力は戦闘に特化していた。
 1の性質の土地では悪漢の体を爆発で吹き飛ばし、2の性質の土地ではライフル銃の先を鉱質の刃に替えて夜盗を切り刻んだ。
 軍人とはこうも戦い慣れているものなのか。
 殺戮を目の前で繰り広げられても、ウィラビィの優美さに変わりはなかった。

 彼女と深い仲になるのに時間は掛からなかった。

 
 私がその仲を順調だと信じて疑わなかった一月前。ウィラビィが砂漠の中に立つ城のパーティーに招待されないかと言ってきた。

「かつて帝政がひかれていた頃の要塞があるのを知っている?今はエナンティオが管理していて、今後一般にも公開される予定よ」
「カラ城のこと?」
「そうよ、知っているのね?カラ城で、エナンティオから新しく派遣されてくる指定管理者の着任式が十日後に開かれるの」
「指定管理?」
 
 あの城塞は一番近い都市のイベロメソルの管轄ではなかっただろうか。私はホテルの部屋のソファに座ったまま、首を傾げる。ウィラビィが紅茶のカップを差し出しながら答えた。

「エナンティオの直轄になったのよ。国最南の砂漠にあるあの城塞以外は何も無い所でしょう?利用価値は無いけれど、放っておいたら夜盗の巣窟になってしまうからイベロメソルも手を焼いていたみたいなの」
「そこでエナンティオが名乗り出たって?あの政府が慈善活動を始めたとは思えないな。何を企んでいるんだか」

 私はカップを口へ運んだ。この辺りでコーヒーは高給で手に入りにくいが、紅茶や緑茶はいける。ウィラビィはコーヒー党なので朝食の度に溜息をついていた。ここでも、何か言いたそうに手元の紅茶を眺め、一口含むとすぐにサイドテーブルへ追いやった。

「でも民間企業への委託のようだし、観光地化でもして砂漠に人を呼び込もうとしているのかもしれないわ。イベロメソル自体、エナンティオの統治都市と言えなくもないでしょうしね」

 この国には自治都市が多数ある。首都のエナンティオから離れた最南の都市イベロメソルは首都の統治下にあるといえ、文化も生活水準も全く異なっていた。はっきり言うと貧しいのだ。観光化もあり得る話かもしれない。

「せっかくだから、着任式に私達も行きましょうよ。エナンティオからの使者として」

 彼女は招待状を二通、テーブルの上に広げた。どう話を通したのか私達の名前が記載されてある。ウィラビィは部屋のクローゼットから洋服も出して来きた。

「貴女はこれを着てちょうだい。エナンティオから取り寄せた新作なのよ」

 それはターコイズブルーのウールツイードのジャケットとそろいのスカートだった。一目で高級なものと分かる。彼女は色違いのフューシャで、他に違いと言えば、私がフレアスカートに対して彼女はタイトなロングスカートだった。背の高い彼女には良く似合うだろう。

「カラ城は古い建物なんでしょう?今まで限られた人にしか登城は許されていないし、良い書物があるかもしれないわよ」

 彼女は片目を瞑ってみせた。言葉の祝福の引用元になる古書を収集することも選定書官の仕事だ。私達は砂漠の城へ向かうことになった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
                 引用文献

1 Isaac Newton 1704 Opticks or a treatise of the reflections, reflections, inflections and colours of light Warnock Library London

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...