選定書官リンネと飛べない動物たち

橙と猩々

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飛べない動物と武官

7 3と4の和 ②

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 儀式は粛々と進んでいた。
 誰も言葉を発することなく信者から信者へ松明から移された火が灯る蝋燭が渡されていく。それが行き渡った所で、信者達は松明を囲み祈りを捧げ始めた。すると袖から白衣の人物が現れる。目元意外を白い布で覆った姿は黒衣の信者達から浮き出るように広間の中央に立った。それだけで会場が静謐な空気に包まれる。
 そして静まった空間に祈りの歌が広がった。

「彼――あの白衣の者は?」

 性別が分からずに言いよどむ。
 衣服のシルエットも声も中性的だ。
 なんとも優しい歌声は広場の人間を魅了した。

「祭祀のモイセイですね。相変わらず美しい歌声だわ。
 ……先程はジブリ―の書をお持ちの選定書官様に大変失礼を申しました。後であの祭祀を紹介してもよろしいでしょうか?」
 
 私は軽く頷く。カービロストラはほっとした顔をすると、その後は何事もなかったかのように歌に聞き入った。程無くして儀式が終わると火の信者達も舞台から姿を消す。

「それではリンネさん、この町に新しい言葉の祝福を頂けますか?」
「いいでしょう……」

 私は立ち上がると青い柱へ近づく。目の覚めるような色だ。見上げた塔の先は空に吸い込まれるようにずっと遠くにあった。私は皮の手帳を開いて詠みあげる。

「  胡旋の女 胡旋の女
   心は弦に應じ 手は鼓に應ず
   弦鼓一聲 双袖挙がり
   回雪飄揺し 転蓬舞ふ
   左に旋り右に轉じて疲れを知らず
   千匝 萬周 已む時無し
   人間物類 比すべき無く
   奔車 輪緩 旋風 遅し
   曲終り再拝して天子に謝す
   天子之が為に微かし歯を啓く1 」 

 すっ、と最後に息を吸い込むと、青い塔が更に輝きその存在を知らしめる。
 澄み渡った空から祝福を受けたように鮮やかだ。
 観衆が声援を上げると、脇に控えていた楽団の演奏が再び始まり、皆それぞれ踊り出した。
 右に回り、左に回り、手を曲に合わせて振り手首を細かく動かす姿はまるで今読み上げた言葉の如く。

「良い祝福を有難うございました。もしこの地が帝政のままなら、天子も喜んだことでしょう」

 カービロストラが隣でそっ、と声を掛けて来る。その言葉に私も頷いた。祝福に使用した文章は二度と誰の目にも触れず、声に出して読み上げられることもない。このアヴィスから消滅してしまう理だ。それを残念に思わなくもないが、今の詩を受け取るならイベロメソル市が適当だろう。

「モイセイ!こちらへ!」

 カービロストラが手を上げて人を呼び止める。そうすると、彼女の長身が更に高くなる気がする。伸びやかな緑色の腕の向こうから、白い装束の人物は特に急ぐでもなく優雅な足取りでこちらにやって来た。

「紹介します。先程祭祀を務めたモイセイです」
「初めまして、リンネです」

 紹介を受けて私は名乗りながら右手を差し出す。モイセイはのんびりと頭部を覆った布を取り払い握手に応じた。長く細い指の感触を気にしつつ、褐色の整った顔を見つめていると亜麻色の瞳が細められる。

「これはご丁寧にどうも。首都の選定書官様にお目通りが叶うとは至極恐縮です」

 言葉とは裏腹なお道化た言い回しだ。そして、話声も歌のように中性的でやはり性別が分からない。

「しかし、言葉の祝福とは凄まじいものですね。あれじゃ我が神も形無しだ」

 やはりあっけらかんと言うと、祝福の言葉をもう一度聞きたいと続けた。それに私は頭を振る。

「贈った言葉は二度と口に出来ない」
「そうですか。それは何だか申し訳ない気がしますね…では替わりに私が貴女に讃歌を歌いましょう!」

 モイセイが勢いよく息を吸い込んだところでカービロストラが慌てて止めにかかった。

「モイセイ!リンネさんは英知に触れた名高い選定書官様なんですよ!」
「…火の信仰はアヴィスを軽んじるものだと?一つのアヴィスに上も下もないでしょう?」

 モイセイが不思議そうに頭を傾げる。カービロストラが式典でのやりとりを気にしての事だということは明らかだが、モイセイの言に裏はないだろう。モイセイは

「火を信仰することが悪いわけじゃない。同じく一つの理なのだから。
 …しかし歌も結構ですが、モイセイを私に紹介するには何か理由があったのでは?」

 カービロストラを見ると彼女は心なしか緑の肌を更に青くしていたが、すぐに気を取り直した。

「このモイセイはイベロメソルの商工会の一員で、幾つか会社を経営しつつ、信者達の職業斡旋なども行っています。町へのの貢献は大変なものですが、最近彼の身の回りで奇怪な事件が起こりまして、是非リンネさんのお力をお貸し頂きたいのです」

 思わぬ相談に気の抜けた返事をする。

「はぁ、その事件と言うのは?」
「実はある日を境に、多数の社員の行方が分からなくなったんですよ。複数の会社から失踪者が出ているんですが、 その家族も突然のことで驚いているみたいなんです。彼らは何処に行ったんでしょうね?」

 モイセイが説明するが内容と明るい声の調子が全くかみ合っていない。そして、カービロストラがと呼んだからには男性なのか、とぼんやり考える。

「失踪者の捜索ねぇ。私は管轄外なんだけど、場合によっては首都の警察に掛けあうよ。……彼らに何か共通点は?」
「これが性別も年齢もばらばらで。ただ、力の制御に長けていたようですね。現場で重宝されていたそうです」

 力!急にひらめくものがある。

「ひょっとして今月の初旬から数日前に失踪した?」
「そうです」

 モイセイが端正な顔でにっこりと笑う。私は質問を続けた。

「人数は四十人くらい?」
「そうです」
「皆信心深い?」
「そうです。熱心な火の信仰者達です」

 私は溜息を吐いた。カラ城の襲撃者達はほど近いこの町から調達されたはずだ。

「その事件なら、もう都市警察が解決してるよ。今日にでも説明があると思う」

 モイセイはカービロストラと顔を見合わせたが、私に向き直ると再び微笑んだ。 

「そうでしたか。どうやら、うちの従業員が貴女のお手を煩わせたようですね」
「いえ……ところで、モイセイ。あなたはどんな会社を経営しているの?」
「織物に関するものが多いですね。製糸工場とか。変わった所で言うとスクラップ工場も所持しています。この町は4の性質ですから、4の質のノーニスが力を使えば物資を分解することが出来ますからね」

 鉄くずでも貴重ですよ、ここではね、と言われて思いつくことがある。

「スクラップ工場か……」

 小さく呟いたのをモイセイがじっ、と見つめる気配がする。私はそちらに向き直った。

「連れて行って貰えないか?興味があるんだ」
「では、早速ご案内しましょう」
 
 カービロストラに挨拶すると、二人で広場を離れてスクラップ工場へ向かうことになった。



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           引用文献
 
1 白楽天 「新楽府」の「其八胡旋の女」より

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