19 / 20
飛べない動物と武官
7 3と4の和 ③
しおりを挟む
「モイセイ、あなたは男性?」
道に面して煉瓦で積み上げられている建物を縫うように進む。たくさんの露店や店が色とりどりの土産物――布や茶器、毛皮等、を所せましと並べんでいるのを見て興味を引かれつつ、前を進む白衣姿に声を掛けた。肩で跳ねる黄味掛かった髪が僅かに振り返る。
「いいえ。男でも女でもありませんが、どちらでもあります」
モイセイがにやり、と笑んだ。
「両生体ということ?」
「いいえ。私は自ら繁殖できる種なんです。
良いでしょう?生殖を他の生き物に頼る必要がないんですよ」
子供なんて生まれにくいご時世ですけどね、とモイセイが付け加えた。私は数秒考えに耽ってから顔を上げる。
「ああ、アベメタタリアにそういう生物がいますね」
確かカメは単為生殖が可能だ。メスはオスがいなくても卵を産む。
「さて、先祖は何の生き物と交配したんでしょうね。私には外見的特徴はありませんから分かりませんが、この能力は助かった。子供に自分以外の遺伝子が混ざるなんて鳥肌ものです」
当然のことのようにモイセイが言った。
普通は雄と雌の遺伝子が混ざり合って子孫を残していく。それを嫌がるなんて、それこそ特徴的なノーニスの反応なんじゃないか?私は首を傾げたが、違う事を口にする。
「イベロメソルのノーニスは本当に多様ですね。カービロストラ市長も長寿のようだし」
「彼女は見た通り植物のノーニスですから。木は千年以上生きることもあると聞きます」
カービロストラの細身だが安定した存在感や伸びやかな緑色の腕。それは草花というよりは、養蚕が盛んなこの地で目にする桑の木を連想させる。
「そうですね。彼らは光合成ができる個体も多いんでしたっけ」
「ええ、だからここは彼らのようなノーニスには具合が良いのでしょうね。
この日差しですから」
モイセイが空を振り仰ぐ。高い建物の無いこの町では、視線を少し上げるだけで広い空が分かるのに、と可笑しな気分になった。
程無く工場に着く。
大型の機械がたくさん入って力任せな作業をしているのだろうと思っていたから、ガレージくらいのこじんまりとしたサイズの空間に驚く。工具が剝き出しの煉瓦の壁に掛けられている様や充満したオイルの匂いは本当に整備場のような雰囲気だ。隅にはくたびれた車まである。私が回りを気にしていると、奥の庭から作業員たちが戻って来た。雇用主に挨拶に来たようだ。休憩中に悪いね、とモイセイが朗らかな顔を向ける。
「ここでどんな作業を?」
私は特に屈強というわけでもない作業員に声を掛ける。
「ただ持ち込まれるものを分解していくだけですよ。ここで働く奴はみんな4の質なんです」
力仕事とは無縁そうな中年の男が答えた。自らの数字の質の力で作業をするのだから、体が鍛えられることはないのだろう。
4の質とこの土地の4の性質を合わせると8の力。
それはなんでも元の姿に分解する。
水は酸素と水素へ、飴は砂糖と水飴へ、煉瓦は土へ―――そして、車は鉄に。
「さて、この工場の何が貴女の関心を引きましたか?」
モイセイが言葉とは裏腹に磊落な調子で言う。
「ここの責任者はいますか?最近、車の分解依頼がなかったか知りたい」
ウィラビィがカラ城から逃走した際に奪っていった車の行方が気になっていたのだ。車はこの町では目立つから、砂漠に乗り捨てたのだろうと思って詰め所の兵に探させていたが発見されていない。さては4の質のノーニスに分解させたのでは、とあたりを付けたのだが、工場の従業員達は呆れた顔をした。
「車ですよね?そんな高価なものをなんだって分解しちまうやつがいるんですか?」
「首都の官吏様は言う事がちがいますねぇ」
モイセイまでがにやにやと皮肉を向けてくる。しかし、依頼自体があり得ないものだと気づかされる。
「一応確認してみますかね。工場長は何処へ行きましたか?」
モイセイが尋ねると、男達が困惑した顔を見合わす。そして、中年の男性が観念したように口を開いた。
「実は昨日から欠勤で。隠していたわけじゃないんですよ…ほら、工場長は良く酒に呑まれますから…また二日酔いかと」
上司の失態を庇うような声を聞きつつ私はその場を離れる。
ぽつり、ぽつり。
気になる音がある。
スクラップにされてもおかしくないような車の奥。
私の動向に気づいて視線を向けて来る従業員達に質問する。
「この車は?」
「それは修理で預かったものなんですが…」
「整備ができる人がいるの?」
「は、はい。工場長が」
声に動揺がある。私の警戒した動性に不穏なものを感じたのだろう。
車の後部に回ると、音の正体が分かった。
ぽつり、赤い滴が車の下部から滴って煉瓦に染みを作っている。
私は袖からピックを出すと、反対の手でトランクを開けた。
「……!」
周りの男達が息を飲んだ。
トランクの中に、色の無い顔をした小太りの男が詰め込まれている。
「彼は?」
「……工場長です」
モイセイが静かに答えた。
道に面して煉瓦で積み上げられている建物を縫うように進む。たくさんの露店や店が色とりどりの土産物――布や茶器、毛皮等、を所せましと並べんでいるのを見て興味を引かれつつ、前を進む白衣姿に声を掛けた。肩で跳ねる黄味掛かった髪が僅かに振り返る。
「いいえ。男でも女でもありませんが、どちらでもあります」
モイセイがにやり、と笑んだ。
「両生体ということ?」
「いいえ。私は自ら繁殖できる種なんです。
良いでしょう?生殖を他の生き物に頼る必要がないんですよ」
子供なんて生まれにくいご時世ですけどね、とモイセイが付け加えた。私は数秒考えに耽ってから顔を上げる。
「ああ、アベメタタリアにそういう生物がいますね」
確かカメは単為生殖が可能だ。メスはオスがいなくても卵を産む。
「さて、先祖は何の生き物と交配したんでしょうね。私には外見的特徴はありませんから分かりませんが、この能力は助かった。子供に自分以外の遺伝子が混ざるなんて鳥肌ものです」
当然のことのようにモイセイが言った。
普通は雄と雌の遺伝子が混ざり合って子孫を残していく。それを嫌がるなんて、それこそ特徴的なノーニスの反応なんじゃないか?私は首を傾げたが、違う事を口にする。
「イベロメソルのノーニスは本当に多様ですね。カービロストラ市長も長寿のようだし」
「彼女は見た通り植物のノーニスですから。木は千年以上生きることもあると聞きます」
カービロストラの細身だが安定した存在感や伸びやかな緑色の腕。それは草花というよりは、養蚕が盛んなこの地で目にする桑の木を連想させる。
「そうですね。彼らは光合成ができる個体も多いんでしたっけ」
「ええ、だからここは彼らのようなノーニスには具合が良いのでしょうね。
この日差しですから」
モイセイが空を振り仰ぐ。高い建物の無いこの町では、視線を少し上げるだけで広い空が分かるのに、と可笑しな気分になった。
程無く工場に着く。
大型の機械がたくさん入って力任せな作業をしているのだろうと思っていたから、ガレージくらいのこじんまりとしたサイズの空間に驚く。工具が剝き出しの煉瓦の壁に掛けられている様や充満したオイルの匂いは本当に整備場のような雰囲気だ。隅にはくたびれた車まである。私が回りを気にしていると、奥の庭から作業員たちが戻って来た。雇用主に挨拶に来たようだ。休憩中に悪いね、とモイセイが朗らかな顔を向ける。
「ここでどんな作業を?」
私は特に屈強というわけでもない作業員に声を掛ける。
「ただ持ち込まれるものを分解していくだけですよ。ここで働く奴はみんな4の質なんです」
力仕事とは無縁そうな中年の男が答えた。自らの数字の質の力で作業をするのだから、体が鍛えられることはないのだろう。
4の質とこの土地の4の性質を合わせると8の力。
それはなんでも元の姿に分解する。
水は酸素と水素へ、飴は砂糖と水飴へ、煉瓦は土へ―――そして、車は鉄に。
「さて、この工場の何が貴女の関心を引きましたか?」
モイセイが言葉とは裏腹に磊落な調子で言う。
「ここの責任者はいますか?最近、車の分解依頼がなかったか知りたい」
ウィラビィがカラ城から逃走した際に奪っていった車の行方が気になっていたのだ。車はこの町では目立つから、砂漠に乗り捨てたのだろうと思って詰め所の兵に探させていたが発見されていない。さては4の質のノーニスに分解させたのでは、とあたりを付けたのだが、工場の従業員達は呆れた顔をした。
「車ですよね?そんな高価なものをなんだって分解しちまうやつがいるんですか?」
「首都の官吏様は言う事がちがいますねぇ」
モイセイまでがにやにやと皮肉を向けてくる。しかし、依頼自体があり得ないものだと気づかされる。
「一応確認してみますかね。工場長は何処へ行きましたか?」
モイセイが尋ねると、男達が困惑した顔を見合わす。そして、中年の男性が観念したように口を開いた。
「実は昨日から欠勤で。隠していたわけじゃないんですよ…ほら、工場長は良く酒に呑まれますから…また二日酔いかと」
上司の失態を庇うような声を聞きつつ私はその場を離れる。
ぽつり、ぽつり。
気になる音がある。
スクラップにされてもおかしくないような車の奥。
私の動向に気づいて視線を向けて来る従業員達に質問する。
「この車は?」
「それは修理で預かったものなんですが…」
「整備ができる人がいるの?」
「は、はい。工場長が」
声に動揺がある。私の警戒した動性に不穏なものを感じたのだろう。
車の後部に回ると、音の正体が分かった。
ぽつり、赤い滴が車の下部から滴って煉瓦に染みを作っている。
私は袖からピックを出すと、反対の手でトランクを開けた。
「……!」
周りの男達が息を飲んだ。
トランクの中に、色の無い顔をした小太りの男が詰め込まれている。
「彼は?」
「……工場長です」
モイセイが静かに答えた。
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた
しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。
すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。
早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。
この案に王太子の返事は?
王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる