選定書官リンネと飛べない動物たち

橙と猩々

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飛べない動物と武官

7 3と4の和 ③

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「モイセイ、あなたは男性?」

 道に面して煉瓦で積み上げられている建物を縫うように進む。たくさんの露店や店が色とりどりの土産物――布や茶器、毛皮等、を所せましと並べんでいるのを見て興味を引かれつつ、前を進む白衣姿に声を掛けた。肩で跳ねる黄味掛かった髪が僅かに振り返る。

「いいえ。男でも女でもありませんが、どちらでもあります」

 モイセイがにやり、と笑んだ。

「両生体ということ?」
「いいえ。私は自ら繁殖できる種なんです。
 良いでしょう?生殖を他の生き物に頼る必要がないんですよ」

 子供なんて生まれにくいご時世ですけどね、とモイセイが付け加えた。私は数秒考えに耽ってから顔を上げる。

「ああ、アベメタタリアにそういう生物がいますね」

 確かカメは単為生殖が可能だ。メスはオスがいなくても卵を産む。

「さて、先祖は何の生き物と交配したんでしょうね。私には外見的特徴はありませんから分かりませんが、この能力は助かった。子供に自分以外の遺伝子が混ざるなんて鳥肌ものです」

 当然のことのようにモイセイが言った。
 普通は雄と雌の遺伝子が混ざり合って子孫を残していく。それを嫌がるなんて、それこそ特徴的なノーニスの反応なんじゃないか?私は首を傾げたが、違う事を口にする。

「イベロメソルのノーニスは本当に多様ですね。カービロストラ市長も長寿のようだし」
「彼女は見た通り植物のノーニスですから。木は千年以上生きることもあると聞きます」

 カービロストラの細身だが安定した存在感や伸びやかな緑色の腕。それは草花というよりは、養蚕が盛んなこの地で目にする桑の木を連想させる。

「そうですね。彼らは光合成ができる個体も多いんでしたっけ」
「ええ、だからここは彼らのようなノーニスには具合が良いのでしょうね。
この日差しですから」

 モイセイが空を振り仰ぐ。高い建物の無いこの町では、視線を少し上げるだけで広い空が分かるのに、と可笑しな気分になった。


 程無く工場に着く。
 大型の機械がたくさん入って力任せな作業をしているのだろうと思っていたから、ガレージくらいのこじんまりとしたサイズの空間に驚く。工具が剝き出しの煉瓦の壁に掛けられている様や充満したオイルの匂いは本当に整備場のような雰囲気だ。隅にはくたびれた車まである。私が回りを気にしていると、奥の庭から作業員たちが戻って来た。雇用主に挨拶に来たようだ。休憩中に悪いね、とモイセイが朗らかな顔を向ける。

「ここでどんな作業を?」

 私は特に屈強というわけでもない作業員に声を掛ける。

「ただ持ち込まれるものを分解していくだけですよ。ここで働く奴はみんな4の質なんです」

 力仕事とは無縁そうな中年の男が答えた。自らの数字の質の力で作業をするのだから、体が鍛えられることはないのだろう。
 4の質とこの土地の4の性質を合わせると8の力。
 それはなんでも元の姿に分解する。
 水は酸素と水素へ、飴は砂糖と水飴へ、煉瓦は土へ―――そして、車は鉄に。

「さて、この工場の何が貴女の関心を引きましたか?」

 モイセイが言葉とは裏腹に磊落な調子で言う。

「ここの責任者はいますか?最近、車の分解依頼がなかったか知りたい」

 ウィラビィがカラ城から逃走した際に奪っていった車の行方が気になっていたのだ。車はこの町では目立つから、砂漠に乗り捨てたのだろうと思って詰め所の兵に探させていたが発見されていない。さては4の質のノーニスに分解させたのでは、とあたりを付けたのだが、工場の従業員達は呆れた顔をした。

「車ですよね?そんな高価なものをなんだって分解しちまうやつがいるんですか?」
「首都の官吏様は言う事がちがいますねぇ」

 モイセイまでがにやにやと皮肉を向けてくる。しかし、依頼自体があり得ないものだと気づかされる。

「一応確認してみますかね。工場長は何処へ行きましたか?」

 モイセイが尋ねると、男達が困惑した顔を見合わす。そして、中年の男性が観念したように口を開いた。

「実は昨日から欠勤で。隠していたわけじゃないんですよ…ほら、工場長は良く酒に呑まれますから…また二日酔いかと」

 上司の失態を庇うような声を聞きつつ私はその場を離れる。
 ぽつり、ぽつり。
 気になる音がある。
 スクラップにされてもおかしくないような車の奥。
 私の動向に気づいて視線を向けて来る従業員達に質問する。

「この車は?」
「それは修理で預かったものなんですが…」
「整備ができる人がいるの?」
「は、はい。工場長が」

 声に動揺がある。私の警戒した動性に不穏なものを感じたのだろう。
 車の後部に回ると、音の正体が分かった。
 ぽつり、赤い滴が車の下部から滴って煉瓦に染みを作っている。
 私は袖からピックを出すと、反対の手でトランクを開けた。

「……!」

 周りの男達が息を飲んだ。
 トランクの中に、色の無い顔をした小太りの男が詰め込まれている。

「彼は?」
「……工場長です」

 モイセイが静かに答えた。
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