選定書官リンネと飛べない動物たち

橙と猩々

文字の大きさ
20 / 20
飛べない動物と武官

8 4と4の和 ①

しおりを挟む
 教えられた工場長の家はスクラップ工場のすぐ近くにあった。珍しくコンクリートに覆われた建物の前で少し悩む。ひょっとしたら煉瓦の上にコンクリートを塗っただけのもかもしれない。手荒に力を使えば崩れてしまうかも。木製の玄関扉をどうやって開けるか思案していたが、とりあえずその扉に手を掛けてみる。ゆっくり押すと、ずっ、と重たい音を立て奥へ開いた。鍵をかけ忘れたのか、殺される前に破られたか。私はピックを片手に慎重に中へ入る。
 小さな部屋だった。
 床には鮮やかな色彩のラグが引かれている。赤、黄色、緑の糸でテーブルクロスもクッションカバーも彼らには意味のある図案が刺繍されてあった。伝統的な柄。伝統的な生活。工場長は火の信仰者だった。この地方でそれは郷土愛に近いものかもしれないと思っている。
 まずは壁際の机を漁ってみる。
 無造作に置かれた冊子を手に取った。工場で依頼されたものや売上高などが細かく記載されてある。店の帳簿か。工場長の几帳面な性格を窺い知れるそれをぱらぱらと捲っていると、その間から、白い紙がひらりと踊り出た。すかさず掴み取って確認する。

「……化石の搬入量?購入額?」

呟いた自分の声にはっ、として室内を見渡す。特に変わった所のない一室だ。入ってすぐにテーブル、ソファ、奥にキッチン。気になるとすれば、寝台近くの壁は煉瓦造りということぐらいだ。外壁はコンクリートなのに?隣家を隔てる壁だろうか、と考えながら煉瓦に近づくと狭間を埋める為のモルタルがまだ新しい箇所がある。一辺三十センチメートル程の四角形の大きさだ。モルタルは乾燥に時間がかかる接着材だから、ここ一週間以内に埋められたものと見てとれる。私は8本の指をそこに押し付けてみた。8の分解の力を使おうとしているのだが、直ぐにとはいかないのがこの力だ。
 モルタルは水酸化カルシウムとポラゾンを混合することで硬化したもの。そしてその強度は含有するケイ酸カルシウム量で変化する。

「ケイ酸カルシウム…CaSiO3…」

 つまりそれを消滅させれば煉瓦がくっつかなくなるのか?カルシウムを燃やせば……いや、そもそも煉瓦が邪魔な
んだ、とぐるぐると考えを巡らせる。そうだ、私はこの力が苦手だ。煉瓦、煉瓦……

「……土へ還れ!」

 ひどく投げやりな発想だった。しかし途端に力は行使され、煉瓦もモルタルもぼろぼろと細かくなって崩れていく。小さく開けた空間は隠し棚のようになっていた。中には麻の袋が一つ置いてある。引っ張り出して中を覗くと白い小粒のものが大量に入っていたので、一粒つまみだす。

 それは白い錠剤だった。
 まさか、という声が漏れそうになる。
 化石の購入履歴に、隠された薬。

―――中毒性が高いから戦後も薬を求める者が後を絶たない。
―――アブフィロプルマの化石に1の質が残留している。
―――イベロメソルにH・Iの製造元がある。

 フェドゥーシアの声が蘇る。
 ウィラビィを追ってとんでもないものを掴んでしまったようだ。
 工場長がH・I製造の件に関わっていることは間違いない。モイセイはどうだろう? H・Iを作る為にはアブフィロプルマの化石を1の質を残したまま分解することが必要だ。ここは4の性質の土地。4の質のノーニスも雇用しているとすれば絶好の設備が揃っていることになる。彼が首謀者であっても不思議ではない。

 ではウィラビィは?
 
 彼女も無関係ではないかもしれない。ここにきてその存在が気になったが、私は頭を振って意識を戻した。憶測は現状を見誤るだろう。

「!」

 背後に気配を感じて身を翻す。
 急に目の前に迫るものに8本の指を向けた。
 8の力に分解された何かがさらさらと霧散していく。
 視界に舞った土埃が日差しを受けて輝いた。
 入口から投げつけられたものは……恐らく煉瓦だろう。
 先程壁を分解していなければとっさの反応は無理だったな、と冷静を保とうする。
 私は煉瓦を投げてよこした人物を注視した。

「へぇ、なかなかやるじゃねぇか。選定書簡さんよお?」

 掠れた低い声が不躾に響く。玄関扉に寄りかかる小柄な少女には見覚えがあった。

「俺の周りをちょろちょろするなと言っただろ。殺すぞ」
 青い瞳が剣呑に光る。本気の殺気が漲っていて、まずい相手に再会したと内心で溜息を吐いた。しかし、それ以上に霊廟で会った時よりもその可憐な容姿がはっきりと分かったことに私は頬をかく。

「私の後にやって来たのは君だし、君は私の事を知っているようだから…ひょっとして……ストーカーとか?」
「そんなわけあるかっ!てめぇは式典で目立ちまくってただろうが!」
「ああ、そうだった。じゃあ、君はどうして此処にいるのかな?」
「はっ!それはこっちの科白だ」

 少女は吐き捨てるように言うと、眇めた目つきで部屋を一瞥した。私は玄関が開け放たれたままに気付いた。ターバンを巻かれた少女の金髪が外光に反射している。ろくに手入れされていないような髪は、きちんと整えればさぞかしけぶるように艶めくだろうと思わせる。小ぶりの顔に大きな目。瞳は澄んだ湖面のような色をしていた。愛らしい外見と言動がアンバランスで、妙に目を引くようだ。その少女は部屋中を歩き回り、キッチンの前まで来ると急に足を踏み鳴らした。その途端、足元のタイルが軽い音を立てて動く。少女が次々とタイルを蹴り飛ばす側に寄って床を覗き込むと、むき出しになった土の中に紙幣が隠されているのが見えた。

「荒稼ぎしたらしいな」

 少女が次々と紙幣を掘り起こしながら言った。そして、何食わぬ顔でその一束をくたびれたコートのポケットに押し込む。私の胡乱な視線に気づくと舌を出した。

「ここの家主は殺されたんだろ?もう金は必要ねぇよな」
「どうしてそれを知ってる?……ストーカーでなければ殺人犯?」

 私の口から平坦な声が出る。少女はにやりと不敵に口元を釣り上げた。

「こんな小者に興味はねぇなあ。まぁ、この小金はどんな商売に手を出して隠すことになったのかは興味があるぜ」

 少女の手に弄ばれる紙幣の束を眺めながら、自分が握っている麻袋の存在に意識がいく。思い切って問うてみるか。

「君はこの袋の中身に想像がつく?」
「……」
「君は警察の人間?」
「はっ」

 少女は薄く笑った。
 赤い糸で刺繍された布地のターバンが揺れた。服装や子供とのやり取りは彼女を地元民のように馴染ませていてはいたが、訛りのない言葉や抜けるように白い肌がそうではないと気付かせる。

首都エナンティオから送られて来た官吏か」

 文化庁長官の話しぶりからH・Iの調査は進んでいるようだった。彼女が派遣されたフェドゥーシア子飼いの調査員だとすればここに現れても不思議ではない。
 少女は青い瞳をこちらに向けた。

に興味はねぇ」
「そっち?」
「あんたが持ってるやつさ。飼い主に探して来いって言われたんだろ?……ああ、こっちもか」
「?」
「なぁんにも、知らないって顔だな。まあいいさ。呑気なお嬢さんはご主人様の膝の上でせいぜい愛想を振りまいておくんだな」

 
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...