波が覚えているから

橙と猩々

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灯標

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 実家が経営する牡蠣小屋や漁場は梨花の子供の頃の遊び場だった。
 併設した牡蠣の身を剥がす工場の裏には穏やかな海が広がっていて、入り江を守る突き出た防波堤の先端に白い灯台が立っている。昼間はそこまで駆けて行って、鴎やフナ虫を蹴散らすのが楽しかったが、夜は風情が変わった。怪しげな緑の光を放つ灯台の下で異国の肌と髪の青年達が集まって騒ぐのだ。濃くなる潮の匂いに、低い大人の声や歌声が混じるのが、子供心には恐ろしかった。
 あれから十年程経って、東南アジアから来た青年達は日本の技術や技能を習得する為に来た事を梨花も知っている。彼らの顔ぶれは二、三年したらすっかり変わってしまうが夜に灯台の下に集まるのは変わらない。ギターとは違う弦楽器を弾いて大声で歌う。そしてその輪にあの青年が加わった。梨花が高校生になった春のことだ。
 梨花は部活終わりにわざわざ海辺の工場に寄っては、近寄り難い流行りの洋楽や異国の調べを聞き、彼の姿を探してしまう。
 褐色の肌。黒い髪と瞳。身長は梨花とあまり変わらないけれど、筋肉質な背中。
 仲間からウィアーと呼ばれていること。
 梨花が知っているのはたったそれだけだったけれど。


「可愛い灯台デスね」

 海を見やったままローサリーが言った。梨花の目には子供の頃よりも草臥れて小さくなったように映る。

「反対側には赤い灯台もあるよ。白い灯台は緑色に光って、船に港口を教えているんだ」
「光のメッセージですネ」

 梨花は穏やかな波音の狭間に教授達の会話を聞いていたが、突然話を振られる。

「そうだ、梨花さん。僕たち君のお父さんからを頂きに来たんだ。受領書を渡したいから一緒に大学まで来てくれないかな」

 そう言って、教授はクーラーボックスを持ち上げた。
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