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第一章 我が家のごたごた編
第1話 異世界転生していたが父親にガン無視されている
しおりを挟むこの国は、わたしが知るどこの国でもない。
だから、別の世界なのだと結論付けた。
そもそも、地球の日本という国でも、それ以外でも、おとぎ話以外に『魔法』というものは存在しなかったと思う。
日本で暮らしていた時、漫画やアニメ、小説などで『異世界モノ』というジャンルが流行っていて、わたしも少なからずそれらの作品を楽しんでいた記憶がある。
それらに照らし合わせると、やはりわたしは、
「いちぇかいてんちぇーしちぇる」
異世界転生しているのだと気が付いたのは、ようやく二歳になった頃。
家族や周囲の人々の話を聞きかじり、そう判断した。
あー、転生してるって事は、前世であの時死んじゃったんだろうなぁ。
尋常じゃない大雨で川が氾濫、ニュースじゃ「今すぐ逃げて下さい!」と連呼するアナウンサーの声に、「もう手遅れ」と洪水で一階が完全水没する様を窓から眺めてたわけ。
二階に避難してれば大丈夫だろうと思ったのが運の尽きだったのね。
水音だか地鳴りだかの不吉な音が聞こえたと思ったら、「あっ」という間に土石流に飲み込まれて、そこでブラックアウト。
あー、うちの子たち、学校でちゃんと避難出来てたかなぁ。
父さんたらこんな大雨の中、「畑の様子を見てくる」なんて止めるのも聞かずに飛び出して行って、かなり危険な状況に陥ってたんじゃないかなぁ。
母さんの職場は頑丈な建物の中だから、たぶん我が家よりは安全地帯にいたと思うんだけどねぇ。
わたし一人、休日で家にいたから一人で流されちゃった。
もう確認する術がない異世界に来ちゃったし、家族の無事をただ祈る事しか出来ないのねぇ。はぁ。
――で、生まれ変わった今のわたしはっていうと、どうやらお貴族様の令嬢で、名前は『ベアトリス・ラナ・ヴァルモワ』というの。
家格は侯爵家。
わたしが知っていたあちらの記憶に則していれば、まずまず高位の部類に入るんじゃない?
家族は侯爵家当主の父、正妻の母、三歳年上の兄とわたしの四人家族。
引退した祖父母は、領地の本拠地:領都ルーモアにあるヴァルモア城で暮らしていて、わたしが彼らと初めて会ったのは五歳になってからだったわ。
わたし達が今暮らしている所は、この国:ガルディアス王国の首都ガラティアにある王都別邸。
ラノベとかで異世界転生したら、中世ヨーロッパ的な時代遅れの住み難い悪環境っていうのがセオリーみたいな処があったけど、この世界、すっごく便利なのよぉ!
家電みたいな魔導具があって、インフラも整備されているから、元の世界に近いくらい暮らしやすいわ。
直には見てないけどね、映像(ニュースや教材に使う資料映像があるのよ)とかで見る限り、国の隅々まで道も整備されてるの。
その舗装されている街道を魔導車(自動車と馬車の箱モノが融合したような形の乗り物で動力は魔力)で走る事約一日の距離に領都はあるわけ。
さすがに高速道路はないから、出せる速度を考えると『青森⇔東京』間よりは遠くないだろうけど、一日中車に乗ってるのは疲れるしねぇ、面倒なんじゃないかしら。
ということで、直接会う機会はあまりないけれど、季節の折々や祝い事があれば、魔導通信機(映像と音声を伝えるテレビ電話のようなもの)で連絡をくれたり、贈り物も届くのよ。マメねぇ。
まずまず、じーちゃんばーちゃんには可愛がられていると思う。
だけど、その祖父母の一粒種、わたしの父親であるレイモンドからは、完全無視されているの!
なんでかなんて知らないわ。
そもそもこの王都別邸で父親と顔を会わせるのが、週に三回の晩餐の時だけって信じられる!?
邸は広いけど、同じ家に住んでてそれって異常だと思うのよぉ。
「一つ、お尋ねしたいのですが、お父様とお母様は、なぜお話をされないのですか?」
あらやだ、気取った喋り方してると思った?
わたしだって貴族令嬢だもの、きちんとそれ相応に躾も教育もされているのよ。
精神は“バツイチ子持ちのおばちゃん”だけれど、巨大な猫を被るのは当然でしてよ、おほほほ。
こほん。
えーと、つまりね、滅多に会わない父親にちっちゃな頃からずーっと話しかけていたのに、ずーっと無視され続け、精神的にちょっとやさぐれていた七歳のわたしは、大変デリケートな事をぶっちゃけて訊いてみたの。
子供らしく、無邪気な感じを首をコテンと傾げて演出もしてみましたー。
ただまぁ案の定、わたし以外の家族は固まってしまったけどね。
だってねぇ、夫婦だっていうのに両親の会話は挨拶の一言のみ。しかも視線も合わせないし、仲が冷え込んでいるって誰しもが思うでしょう?
子供としては気になるし、どうにかできないものかと“おばちゃん”は思ってしまう訳。
やっぱり、政略っていうか、血統重視で娶せられた夫婦って、愛が育まれないのかしらねぇ。
この国の貴族は血筋と魔力量を重視して婚姻を結ぶそう。
事業提携や派閥の兼ね合いなんかを鑑みた政略よりも、そっちを重視する傾向にあるみたい。
政略結婚よりも更に、本人たちの気持ちなんか知ったこっちゃないっていう結婚は、何か歪に感じるわー。
ウチの両親なんか、参加が義務付けられている年始の王宮大舞踏会だけにしか一緒に出掛けないのよ!? 仮面夫婦も極まれりってとこかしら。
晩餐の席で見る父親は、常に無表情で、淡々と言葉少なに兄の話にだけ時々相槌を打ってる。
母親は微笑みを浮かべて兄とわたしには話しかけるけれど、夫には無言の無表情。
ただ何度か、何かを言い掛けるように口を開いては閉じるを繰り返している様子を見せるので、もしかしたら歩み寄りたいと少しは思っているのかもしれない。
だから、代わりに無邪気な子供の疑問という形で、水を向けてみたのにさ。
「黙れ」
吐き捨てるような父親の一言に絶句。他の言葉が咄嗟に出て来ない。
すると、カチャリとカトラリーを置く硬質な音が隣の母の席から聞こえた。
この空々しくも冷たい食卓に妙に響くわー。
「ベアトリス、そんな事は良いから、食事を続けなさい」
“そんな事”ですか。そうですか。やっぱり余計なお世話だったのね。
確かに、夫婦間のあれこれに、子供が口を挟むのはよろしくないわ。
でも実はコレ、ダシに使ったのよ。
急にぶっちゃけた質問をぶつけたら、さすがに反応があるんじゃないかなぁと思ったから。まあ、あえなく玉砕だったわ。
反応はあっても、あれじゃ返事の内に入らないって。
あー、もうあの父親との親睦は諦めよう。
子供が気を遣ってるっていうのに、なんとも大人げないったらありゃしない。
兄は跡継ぎとして必要だけれど、血筋のスペアであるわたしはただの“おまけ”で、情を掛ける存在じゃあないって事かもね。
「はぁ、やってらんない。息が詰まる。ご飯が不味い」
父のいる晩餐は、美味しい料理も無味乾燥になり、食べた気がしない。
「何かおっしゃいましたか? お嬢様」
「大したことではないの。聞き流して」
専属メイドの、微笑を浮かべながらも圧のある視線に首をすくめた。
躾に厳しいので、たまに出る雑な言葉遣いも聞き逃さない彼女には、是非、“スルースキル”を獲得して欲しいわね。
――後日、今度は母親に思い切った質問をしてみた。
いやぁ、このお母さんったら美人なのよぉ。プラチナブロンドに青灰色の瞳で、ちょっと憂い顔が何とも悩ましい色気があるのよ。
プロポーションなんて、ボンキュッボンよ!
あのクソ親父、何の不満があるっていうのさ。
確かまだ三十歳そこそこのはず。人生やり直すには十分な若さがあるわ!
「お母様はお父様と離婚を考えておられないのですか?」
あら、刺繍をしていた母が完全停止したわ。
情の欠片もない夫婦関係を続けていても良い事ないわよぉ。わたしの前世の元ダンナなんて、浮気の上に借金まで作ってさ、即離婚に踏み切ったわね。
気まずい沈黙が流れる事数分。母が再起動した。
「……離婚はしません。正妻の座は決して明け渡さないわ」
この時の母の壮絶な微笑みは、ちょっとしたトラウマものだったわ。
“正妻の座”に強い拘りを感じたので祖父に聞き込みをした所、父には“内縁の妻”がいて、わたし達とは別の家族が余所にあるんだってよ!
――はぁ?!?
貴族の“内縁の妻”というのは、身分が低くて正妻に出来ない立場の人の事だけど、ちゃんと法律上認められている。
しかーし! 身分が低い人は大抵魔力も少ないから、血統主義の貴族は、身分のつり合った魔力の高い正妻を娶り、後継者を設けなければならない。
嫡出子にしか継承権が与えられないっていうのも理由でしょうね。
前世の日本人の感覚だと、妻が二人いる状態が意味不明。“内縁関係”でも妻は妻だってぇの。
こっちの内縁の妻は“愛人”とは違うようだし、“第二夫人”みたいな扱いなのかなぁ。なんだか混乱するわぁ。
とにかく、クソ親父は好きな人を内縁の妻として迎え、家族を作った。
つまり、父にとってはそちらが本物の家族って事か。
わたし達に冷たく無関心なのはそのせいですか。そうですか。
お前なんかいらねぇわ、このクソ親父!
ふと、前世の家族の事を思い出して、やるせない気持ちになったのも仕方ないじゃない。
中学生の娘は反抗期真っただ中だったけど、それでもフツーにささやかな愛がある家族だったんだもん。
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