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第1章~生きる~
第5界 死は罰?栄誉?
しおりを挟む功さんを天へ送ってから10日。
私たちは穏やかな日々を過ごしていた。
「奥様!」
アナリア女官長の小言も変わらず。
ただ、スヴァリだけ、なぜかよそよそしい。やっと神官に復帰できたのにどうして?
私は城の廊下をルルーと共に歩いている。
「アナリア。私なんかしたかな。」
他の女官に指示を出しながら書類に目を通しているアナリアに私は聞いた。アナリアは目を丸くして「え?」と聞き返された。
「いきなりどうなさったんです?」
ルルーもアナリアと同じように聞き返す。
「スヴァリが変なのよ。なんか、よそよそしいっていうか…」
私はため息まじりに話す。
「確かに…旦那様、もともと静かな方でしたけど、最近はより静かというか…泉様をお城へ連れ帰ってきてからは明るくなったと思いましたのに…」
「これ。ルルー。そのようなこと気軽に申してはいけません。」
アナリアにそう言われ慌ててルルーは頭を下げる。
「あ、いいの。アナリア。本当のことだし。」
そう。わかってるの。
スヴァリが私に対しておかしな行動ばかりすることはしっかり。静かな日々を過ごしてるつもりだけど、実際は嫌なことから目を背けてるだけなのよね…そんな惨めな気持ちなんてなくなって仕舞えばいいのに…
「義姉上!」
ルルーとともに廊下を歩いている私は、廊下で呼び止められて振り向くとそこにはルサファが立っていた。
「あら、ルサファ。どうしたの?息切らして。」
私がそう聞くと、ルサファは少し口元を緩めて私と目線を合わせた。ルサファの瞳に私が写ってなんだかわからないけど目をそらしてしまう…
「いきなりどうしたの?」
「バルメディ様が私を正式に神官補佐として働くことを決めてくださったから、そのお祝いのパーティーも開いてくださるらしくて、その時誰かエスコートしなくてはならないから、義姉上どうかな?」
「私?!え、なにすればいいか分からないし…そうだわ!ルルーといってらっしゃいよ」
私はルルーの方を向いていう。
ルルーは焦って首を振りながら、後ずさりをしている。
「そんな、私などがダンスのお相手など…」
「ダンス?!」
私は驚いて声を上げてしまった。だって、ダンスなんて私したことないのよ。ルルーのいうダンスって要はあれでしょう?お金持ちの人が踊る優雅なあれ。私にはできっこない!
「余計に無理無理無理!私踊ったことないし、まず基本のステップさえ知らないのよ?ルサファに恥かかせるだけだし…ルルーがダメなら、アナリアとか他の人に頼んで。ごめんね。」
私はそそくさとその場を立ち去ろうとした。だが、それはルサファに腕を掴まれたことで失敗…
「義姉上でなければ嫌です!」
「ルーサーファー!!なんでそんなにこだわるのよー!他にたっくさんいるじゃない!ルサファに似合うかっわいい女官たちが!」
わたしも意地になってルサファに掴まれていた腕を勢いよく引き剥がした。無理だってば!
「義姉上じゃなきゃ嫌なんです!」
「だからなんで?!」
「何故わからないんですか!義姉上が好きだからですよ!」
そう言われて、びっくりするほど素早く触れるだけのキスをされた。私の頭の中はもう訳がわからない。
そしてその数秒後、ルサファは、顔を真っ赤にしながら、頭を下げて謝った。
「義姉上!こ、これは…申し訳ありません!!」
なんでルサファが恥ずかしがるのよ…恥ずかしいのはこっちよ…。ルルーにも見られたし…。ルサファが正気になってくれてよかったけど…。あれ、私なんでこんなに冷静に分析してるんだ?今、キスされたのよ?ルサファに…スヴァリの弟のルサファに…キス…キス?!
私は慌ててその場から逃げ出した。その後ろからルルーが名前を呼んでるのも構わずに。
後から恥ずかしいのがこみ上げて来た…。私告白されたのよね…。そう言われても私はスヴァリの妻になる予定であって…もう何が何だか…
「奥様?」
走っている私にヴォントが話しかけてくる。
顔が真っ赤になっていることを確認しながらも冷静にいつも通り「あら、ヴォント」そう言ってみる。
「奥様。ルサファ様をお見かけになりませんでしたか?」
「る、る、ルサファ?!」
私のこの慌てように首をかしげるヴォント。
「…どうかなさったのですか?」
「え?!ううん!なんもないなんもない!!ル、ル、ルサファならもう少し先の廊下にいたよ!と、とりあえず私もう行くわね!」
「ええー!泉様?!ヴォント様失礼します!ちょっ!お待ちくださいー!泉様ー!」
再び走り出す私を見て慌てて追いかけてくるルルー。
私は御構い無しに走り続けて、中庭でようやく立ち止まった。やっと気持ちが落ち着いて来た。何よ…キスごときで何をこんなに…自分に言い聞かせ続ける。
「泉様!やっと止まってくださいましたね…」
息切れを抑えながら、ルルーは呆れ顔で言う。
「ご、ごめん…ルルー…見てたよね…?」
「…もちろん見てしまいましたが…」
「やっぱり…」
ため息をつきながら地面に座り込む。
「で、でも!あれは不可抗力ですよ。泉様。大丈夫です!旦那様にも見られてませんし!アナリア女官長もいらっしゃいませんでしたし…だから…その…」
必死に私を慰めようと?元気つけようと?しているルルーを見てホッとした…ルルーも焦ってるんだわ。私だけじゃない。
「…ルルー…あなた、私の妹みたい…」
「え?」
突然の言葉に顔を上げるルルー。そんな仕草もまるで…
「私の妹…空って言うの。」
「空様…?」
「やだわ。そう言う仕草もそっくり。ほんのちょっと…人間界を離れてそんなに月日が経っているわけでもないのに、ホームシックかな…」
「泉様…よかった…ルサファ様のこと、少し落ち着かれましたね」
「お、落ち着いてなんかいないわよ!」
あ…つい怒鳴っちゃった…
「ふふふ。よかった。いつもの泉様です。」
それなのに、ルルー…あなたは笑うのね。
空のように、素直で優しくて、純粋で…あなたがそうしてくれるのなら、私も、冷静になるように心がけなきゃならないわね。そうでしょ?おばあちゃん。
「次のお仕事は、如月杏奈さん。15歳。この子なの?スヴァリ。」
たくさんの資料を前に、ワインを飲むスヴァリに聞いた。いつもワインばっかり飲んでるんだから。体に悪いって思わないのかしら。
「ああ。そいつだ。」
「この子は、未練とかは…?」
「今の所問題ないらしい」
「こんなに若いのに…どうして…」
「さぁな。大方、病かそこらだろ」
「大方って、資料読んでないの?こんなに広げてるのに」
「…」
私の言葉に反応一つせず、ワインを黙々と飲んでいるスヴァリ…私もこれには少しカチンと来た。
「もう!最近何を怒ってるの?話しかけても上の空で、バルメディ様の宮殿から帰って来てからスヴァリ変よ?いきなり、何を怒ってるの?」
それからもしばらく答えないスヴァリ。ほんともうやんなっちゃう。お母さん見てる気分。私はスヴァリの飲んでるワインの近くにある水をグラスに入れて口をつけた。
「別に、怒ってるわけではない」
「じゃあ何があったっていうのよ…」
「…泉、」
「ん?」
「ルサファとなんかあったか?」
「ブフォ!!!」
ルサファの話をいきなり持ち上げられて、私は飲んでいた水をまるで漫画のように吐き出してしまった。私は慌ててそれを持っていたハンカチで拭きながら「な、なんも?」そう言った。明らかに不審に思ったであろう勘の鋭いスヴァリは私に近づいて来た。私もそれにつられて後ずさりをしていたら、もう後ろは壁、という逃げられない状況を作られた。これはやばい。やばすぎる。おばあちゃん…流石にこの状態で冷静さはもてない…
「何かあったんだな?泉。」
スヴァリの目は私だけを写している。目を合わせるしかないこの状況でなんて言ったら……
「いやぁ…なんでもないっていうか…なんでもあるっていうか…ちょっと…言いにくいっていうか、その、えっと…」
コンコン
まさに絶体絶命!そんな時に響いたのはノック音。なんて素晴らしいタイミング!舌打ちをしつつ扉を開けに行くスヴァリを見つつ、私は慌てて壁から離れた。
「失礼します。旦那様。」
「何の用だ。レリッシュ。」
レリッシュは頭を下げたままスヴァリの部屋に入って、私がいることに気づくとまた深く頭を下げた。律儀な人…
「今取り込み中だ。用があるのなら、早く済ませろ。レリッシュ。」
「かしこまりました。では単刀直入に申し上げます。風向きが変わりました。」
「「?」」
単刀直入すぎてなんの風向きが変わったのかすらわからない。2人ともに首をかしげた。
「なんのことだ。」
「今回天へと送る、如月杏奈の死期が早まる可能性が高いゆえ、急ぎ地上へ行くように。とのバルメディ様からの命にございます」
「死期が早まった…だと?」
「申し上げました通り、あと10日もないかと…そして、厄介なことに、如月杏奈、自分から死ぬのを望んでいるそうで…」
「自分から?」
私も驚いて声を上げてしまった。
15歳の女の子が自分から死を望むなんて…
「レリッシュ。なんで自分から死を望むことがスヴァリの仕事にとって厄介なの?命を送りやすいのに。」
私は純粋な疑問を述べた。死にたいという気持ちは、人間としては大問題だけど命を天へ送る神官であるスヴァリとしては好都合じゃないのかしら…
「…それが、死にたいと強く願うことによって、死期が早まるということになるのです…」
「?…どういうこと?」
「死にたいという気持ちが強くなると、死期が早まり、予定よりも早く死を迎えてしまうと、本当にその日死ぬはずだったものが生き返ったり、あるいは明日死ぬものが今日死んでしまったりと色々なことが起こってしまいます。そしてそれは、神官様が命を送る期日を守らなかったこととされてしまうのです。」
「つまり、死期が早まると、命を送る期日も早まって、天界がめちゃくちゃになっちゃって、スヴァリが悪いってことにされちゃうってこと?」
「全くその通りです。」
1日に何人の人間が死ぬかはもともと決まっているらしい。そして、それを守らないと、誰かが死んで誰かが生きる。それは決してあってはならない大問題だ。
「スヴァリ!大変だよ!なんとかしないと!」
私がスヴァリの肩を揺すると、スヴァリはなんの反応もしなかった。それよりも、顔が青い…こんなスヴァリの顔初めて…
「スヴァリ?どうしたの?スヴァリ?」
『はぁ…はぁ…うっ』
『苦しいか…』
『大丈夫よ…ふふふ…死神なのに、心配性…』
『死神なんかじゃないさ』
『はいはい…神官でしょ?……ねぇ…』
『どうした』
『…私、人よりも愛されちゃった…』
『愛された?』
『スヴァリさんと…それと…もう1人…』
『もうひとり?』
『……神様よ』
どうして君は、こんな時に笑うんだ……
今から死ぬっていうのに…なのに、愛されたなんて、ロマンチックで優しい君にぴったり…君には何一つ残せなかった…何一つ…
「スヴァリ?!」
「…!どうした。泉。」
真っ青な顔をしたスヴァリがやっと正気に戻った。
「どうしたじゃないわよ。大丈夫?今から地上界に行くのよ?具合が悪いのなら…」
「大丈夫だ」
私の言葉を遮って言い切る彼。ほんと、なんか変。
「今からでも死期を元に戻さねばならない。泉。手助けできるな?」
有無を言わさないで仕事を大切にする元のスヴァリの瞳だ。さっきのはなんだったんだろう?そう思うけれど今は如月杏奈さんが最優先。
「もちろんよ!スヴァリ」
私たちは慌てて、服を地上のものへと着替えた。白い上品なワンピースに、優しいピンク色のカーディガンを羽織って、それに似合う可愛い靴。これは、アナリア女官長が用意した服の中からルルーが選んだ服だ。ルルーの趣味は優しくて、空の趣味と似ている。でも、こうやって、地上に行くことが多いのなら、地上から服持ってこればよかったなぁ。
「泉。準備できたか?」
扉越しに聞いてくるスヴァリ。私はその声を聞いて急いで扉を開けた。
「待たせてごめん!もう行けるわ。」
スヴァリの格好は、地上界でいうスーツだ。ま、これなら怪しまれないかな…
如月杏奈さんの資料には、長い間病院にいる。そう書かれていた。やっぱり病気…よね…でも、どうして、死にたい…15歳で望むなんて…そんなに闘病に疲れちゃったのかな…
地上界の杏奈さんのいる病室を訪ねた。個室で、心は休まるけど、寂しい…部屋。
ノックをすると、思いの外明るい声で「どうぞ」と言われた。
「あなたたちどなた…?」
当たり前だが、私たちに問われた。でも、それを問うたのは、杏奈さんではなく、杏奈さんの母親らしき人で杏奈さんはただ私たちを見つめるだけだった。
「…お母様。私のお友達よ。お見舞いに来てくださったの。」
清乃さんのような話し方で母親に話しかける杏奈さんは、病気を持っていると連想させるような白い肌だった。だけど、綺麗な、品のある顔をしていた。それだけでいい家の生まれだということは説明できる。
「杏奈のお友達の方、なのね。お名前を、教えてくださる?」
「お母様。初めて会った方にそのようなこと…」
「あなたのお友達よ。きっと、あなたのお見舞いに来る…最初で最後の方々に…なってしまうだろうから…」
そういう女性は、目にうっすら涙を浮かべて私たちを見つめた。最初で最後?入院している間1人として見舞いに来なかったってこと…?
「あ、私、九条泉と申します。こっちはスヴァリと言います」
話を合わせてくれた杏奈さんに少しでも礼を言うように私も話を合わせた。
「九条、泉さん。とても綺麗なお名前…杏奈に会いに来てくれて…本当にありがとうございます。」
涙を我慢できず流している女性に私もつられて涙が出そうになった。この人、杏奈さんがもうすぐ死ぬって知ってる…
「お母様。私、泉さんとスヴァリさんと、3人で少し話をしたいの。席を外してもらってもいいかしら…」
「…ええ。何かあったらすぐナースコールを押すのよ」
「ええ。わかっているわ。」
女性は私とスヴァリ、それぞれに頭を下げて、部屋を出て行った。
残された私とスヴァリと杏奈さん。私が杏奈さんを見ると、上品にニコッと笑っている杏奈さんがいた。
「あなたたち結局どなた?」
「さっきは私に合わせてくれてありがとうございます。杏奈さんと同じ学校なんだけど…」
「…私と、同じ学校?」
「違う学年だから一回も会ったことないけど…私は杏奈さんを知っています。」
「九条泉さんよね…ごめんなさい。存じ上げないわ」
「い、いいんです。私が一方的に知ってるだけなんだもの。一度、聞いて起きたかったことがあって…」
私は、杏奈さんと同じ学校だけど、違う学年で私は杏奈さんを知っているという設定だ。さぁ、合わせてくれるかしら…
「聞きたいこと?」
信じてくれた!
私は合気道の稽古中のような瞳に変えて、杏奈さんをしっかり見た。死期を元に戻すことを忘れちゃいけない。それが私とスヴァリの仕事。
「杏奈さん、どうして死を望んでいるのですか?」
杏奈さんは予想外だったのだろうか、呆気にとられた表情を浮かべて静かに笑った。杏奈さんの頬は、やはり白く、確実に痩せていた。
「ちょっと、外に出て話したいの。泉さん、車椅子押してくれるかしら。」
そして、私も予想外のことを言われて、頷くしかできなかった。
杏奈さんは、ゆっくりとフラフラとした足取りで立ち上がると倒れこむように車椅子に腰をかけた。まさに、特注、というのだろうかふわふわでソファのような車椅子だった。私がその車椅子を見て首を傾げていると、杏奈さんは、私の方を向いて「お母様とお父様が私のために買ってくれたオーダーメイドの車椅子なの。身長が伸びて、病気も進行して、ただ座るだけなのに、車椅子に乗るのも辛くなっちゃって、お父様とお母様が、私が少しでも楽に座れるようにって作ってくださったのよ。もう少しでこれともお別れ…ね」そう言いながら、車椅子を押してと言ったので私は杏奈さんに言われた中庭まで押していった。
中庭に着くと、静かに後ろを向いて、私に話しかけた。
「ずっと病室に入ると、気分が滅入ってしまうわ。久しぶりに外に出られた…暖かい日差しね。」
「…どうして、外に出られなかったんですか…?やっぱり、病気で、ですか?」
私が聞くと、杏奈さんは、静かに、でも悲しそうに笑った。
「……お母様、私がもうすぐ死ぬって知ってらっしゃるから、お母様ご自身があまり外に出たがらなくて…」
「お前1人でも外に出られるだろ。看護師がいるんだ。」
スヴァリは杏奈さんの言葉に重ねるように言い放った。
それは、優しい問いかけるような言い方ではない。冷たくて、それこそ、死神のような言い方だ。
「…スヴァリさん、でしたっけ…そう簡単には…」
「簡単だろ。自分がしたいようにすることがどんなに大変でも自分がやろうとしてないんだから、それじゃあいつまでたっても、あんたはそのまま、弱いまま死ぬ。」
「なんでそんなこと言うんですか…私だって…」
「頑張っているとでも言うのか?その状態を見て誰が頑張っていると言うんだ。自分のやりたいことを自分の母親、いや、誰でもいい。他の奴らにも言えないような奴が何をどうして頑張っているって言うんだ!」
「スヴァリ?」
また顔が真っ青…一体どうしちゃったの?
こんな感情的になっている彼を見るなんて、こんな状況で…スヴァリ?
私が名前を呼んでも、止まることなく、杏奈さんに対して冷たいことを言い続ける。
「…もうやめて!!!」
そしてそのスヴァリを止めたのは、杏奈さん本人だった。
杏奈さんは涙を流しながら、スヴァリを睨みつけている。
「もう、やめてください!仕方ない…のよ…うっ、、」
杏奈さんはいきなり口を押さえて、嘔吐してしまった。顔が真っ白になって、ぐったり気を失ってしまった杏奈さんを見た他の患者さんが病院の医師たちを呼んできて、今日はことなきを得た。
私はその時実感した。彼女は、あと10日ほどしたら死ぬんだ…そして、元の死期よりも早く…
それよりも気になるのは、彼女のいった、「仕方ない」と言う言葉。何が、仕方なくて彼女を死に望ませたのか…
私たちはまた病室に入るなんてことはできなくて、病室の前にある椅子に座っていた。
私たちが、杏奈さんに刺激を与えた。結局、どうして死にたいなんて願ってるのかは分からずじまい…
「はぁ…」ため息を一つ。
「泉さん。」
ため息をついた途端に、杏奈さんのお母さんに名前を呼ばれた。慌てて振り返ると、疲れた顔をしていた。
「…今日は本当にすみませんでした。私が外に連れ回したばっかりに…」
「いいえ。外に出たいと望んだのは、杏奈ですから。もう…いいんです。杏奈はもう眠りましたし。……少し、よろしいかしら…」
そう言われて、私たちは、一つの病室の前まで来て、話を聞くことにした。
その病室の名前のプレートには何も書かれていなかった。
「…あの…ここは…?」
「大谷豊くん…という14歳の少年がいた病室です。」
そう言ってから、杏奈さんのお母さんはまた歩き始めた。
「杏奈は、生まれた時から一度として学校に行ったことがありません。」
「…え?」
「生まれた時から心臓に重い病気を背負っていて、15年間ずっと、いろんな病院で入院していました。残念ながら、未だ治療法が見つかっていない病気で、世界にも数名いるかいないかで難病指定すらされていませんでした。それを知ってからは、私たち夫婦は、杏奈が一番安心して、落ち着ける病院を探し続けました。いろんな病院を訪ねて、入退院を繰り返して…今思えば…治らないのに、なぜそんなに病院にこだわっていたのか、家で少しでも家族と、とは思わなかったのか、そう聞かれたら、私たちは何も答えられません。少しでも、治る希望を持って、病院を探し続けました。そして、杏奈が14歳になって、初めてここの病院を訪れました。この病院には杏奈と同じ病気を持った男の子がいると知ったからです。それも杏奈と同じ年で。私たちは、この国で、杏奈と同じ病気を持った子がいる。それだけで微かな希望を持ち、この病院に杏奈を入院させることにしたのです。病気が同じだった大谷豊くんは、杏奈よりもずっと病態は重くて、それでも、同い年の同じ病気の2人は、すぐに仲が良くなって、車椅子なしでは行き来できない病室を毎日頑張って、私がいなくても、看護師さんを頼らずに、毎日あって、お互いの病室で遊んでいました。長くは生きられない体であると、豊くんのご両親も私たち夫婦も知っていましたから、少しでも、お互いが幸せであるように…少しでも、他の子供達と同じように楽しい生活が送れるように……して…」
話しながら、ついに、杏奈さんのお母さんは涙を流していた。自分が杏奈さんの前で悲しんでいたら、杏奈さんはもっと悲しくなる。それを知っているから、誰かに吐き出して一緒にいたかっただろう…
「豊くんは、本当に優しくて賢くて、杏奈といつも一緒にいてくれました。いつまでもこうしてみんないっしょに、笑って入られたら…それでも、時間はそれを許してくれなくて…豊くんは、私たちと出会って、5ヶ月後に命を引き取りました。一瞬…だったんです。1日のうちに急激に…病態は悪くなって、その日のうちに亡くなってしまいました。元々、豊くんの方が病態が重かったですし、当たり前と言われればそうですが、私は納得ができなかったんです。苦しくても、豊くんの顔を見れば杏奈は笑顔になる。そんな杏奈を見て私も…明るくいられた。なのに、まだ14歳だったのに……それなのに、杏奈は、一切泣かずに豊くんに、『よかったね』そう言ったんです。豊くんを失ったショックであの子は、死を望むようになってしまったんです。」
泣き崩れたお母さんを私はただ見ているだけしかできなかった。だって、おばあちゃんを失った悲しみと同じ。ただ1人、私の支えだった。生きててよかったんだって、そう思わせてくれたのもおばあちゃん1人…
「それは違うな。大谷豊は賢いんだろう。なら、自分がもうすぐ死ぬことを知っていたはずだ。如月杏奈は大谷豊に何か言われたんだろう。死ぬことを前向きに導く何かを…」
仕方ないって、そういうことなのね…杏奈さん。
豊くんが亡くなったことは、自分の死にも繋がる、そう気づいているのね…
「お母様から豊の話お聞きになったんでしょう」
次の日、スヴァリをおいて、私1人で杏奈さんを尋ねると、昨日と変わらないように話しかけられた。私が黙って頷くと、彼女は少しだけ笑った。
「私が死にたいと望むのはなぜかって…」
「え?」
「あなた私に聞きましたでしょ?その理由結局教えてあげていないままだったわ」
「…教えてくれるんですか?」
「豊が言ったのよ。突然大真面目な顔をしてね。
『杏奈…僕はもう直ぐ死ぬ。』
『…ど、どうしてそんなこと言うの…?』
『この病気が治らないってことは、杏奈も知ってるよね。』
『それは、もちろん…でも、死ぬなんてっ』
そう言った私の言葉をかき消すように、悲しい顔で、でも、微笑んで、私に言ったのよ…
『人はいずれ死ぬ。』
『……』
『誰にも逆らえない、生きている以上訪れてしまうことだよ。どんな偉い人だって、どんなに意地汚い人だって、誰だって、死ぬよ。…ただそれが、僕たちは、人よりも早い…それだけのこと。』
大真面目な顔で、豊がそう言うんだもの…。
死ぬことから逃げれないって、希望を持っても、誰だって最後は死ぬんだって、彼はそう言うの。私は絶望したわ。私の隣にはいつだって"死"があるんだって気づいてしまったから…それなのに、彼は、笑うのよ。
『僕たちはこの病気にいつまでも、嫌悪感を抱いていてはいけない。この病気のおかげで、僕たちは神様に深く愛されたんだ。』
彼は、神様に愛されたから人より早く死ぬってそう言ったわ…そしてそれは喜ばしい素晴らしい栄誉だと…それを聞いてやっと安心したのよ。死ぬことは怖いことじゃない。神様に愛される素晴らしいことだって。…もちろん、死ぬことを正当化するわけじゃない。自殺だって私はしないわ…自殺をしても、きっと神様は豊と同じ場所にはおいてくれないもの。私は豊と同じようになりたいの。病気で、死を迎えたい。逃げたくないの。"死"からは…絶対に。だから喜んで待っているの。迎えにきてくれる神様を…」
…そうか…だから杏奈さんはこんなにも死を望むのね。
ただ、自殺を望む人としてではなく、自然に死ぬことを望んで居る。その思いが強すぎるから、死期が早まってしまったのね…。
豊くんがいたからこそ、生きていたも同然。そして、それは豊くんも同じだった…。
豊くんは自分がもう時期死ぬ、それも、杏奈さんよりも先に死ぬということを知ってしまった。豊君はせめてでも、杏奈さんには死を怖がってもらいたくない。杏奈さんも死ぬ運命にあることを知って居るから…だから、豊くんは、「死」を前向きに導く、「神様に愛される」そういう言葉を使ったんだ。
杏奈さんのお見舞いからの帰り道、ふと考えてしまった。
美人薄命という言葉があるように、美人は、神様に好かれるのかも知れない。豊くんもまた、神様に愛されてしまった。でもそれは決して悲しいことではない。豊くんのように栄誉のあることだと…そう思ってもいいのかもしれない。
なら、私は…?
スヴァリのそばで役に立てているのだろうか…。家族や、友達を置いてまで求めた幸せは、今この手に存在しているのだろうか。スヴァリ自身、会った時と少しずつ性格が変わってきているような気もする。
私には、恋というものがよくわからない。それなのに、スヴァリとキスしてるなんて変よね…恋を経験する暇なんて、今までなかった。じゃあ、私の好きな人って…?スヴァリの顔と同時に、ルサファの顔も浮かんでしまった自分が情けない。たしかに…優しく笑うルサファの顔を見て、安心してるのは事実だ。…でも、それが恋なのかわからない。風華はすぐにわかるんだろうな…清乃さんは一緒に悩んじゃうだろう。…会いたいな…久しぶりに、風華や清乃さん…お父さん、お母さん、空……おばあちゃん。おじいちゃん。
豊…私の前に不思議なお客様がいらしたのよ。
私の死を探っている本当に不思議なお二方。豊がいたら、きっと会いたかったでしょうね。
…あのお二方は、この世の方ではない…ふふ…そんな気がしてしまうのよ…。それがどんなにあり得ないことだと、あなたに馬鹿にされても、これだけは確信を持てるような気がするの。特に、あのスヴァリさんという方…あの人は、他と違った。私に何かを重ねられているような気がするの。…ねぇ…豊。私…そろそろあなたの元へ行きたいわ…。もう、これ以上待てない…でも、自殺さえできない…こんな中途半端な私のことを神様はお嫌いになられたのかしら。ただ…あなたの元へ逝きたいだけなのに…どうして許してくださらないの?
『死を怖がるな。杏奈。』
『…そんなこと言っても…』
『…僕がいるだろう?何一つ怖いものはないさ。』
『豊がそばにいてくれる?いつまでも…』
『…もちろん。ずっとそばにいる。僕たちは一緒だよ。いつまでも…』
『本当に?約束よっふふ』
『約束だ。…約束』
嘘つき…約束をすぐに破ったんだから…
破った罰に私を一緒に連れて行ってくださればよかったのに…
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今回も面白かったです!
次話も待ってます!
ありがとうございます!
亀ペースですが、頑張ります!
こちらも拝見させていただきました。
悪魔界という設定がすごいなぁ…と思いました。
まだお気に入りのつけ方がわからずネットで調べているのですが…
本当にすみません…
次の話も楽しみにしてます(^^)
2度目の感想ありがとうございます!!
この作品は、国語の授業中ハッと思いついて、書きたくてしょうがない気持ちになり書かせていただきました。
まだまだ下手くそですし、文章の構成も、キャラクターの性格もわかりにくいと思います。1話目からグダグダでしたし……
こんな小説を読もうとしてくれたお気持ちだけで嬉しいのに感想もいただけるなんて死ぬほど、飛び回るほど嬉しいです!!
今は、3話目を書いています。もうすぐ更新できると思いますが、亀ペースでめんどくさいと思ってしまったら申し訳ありません。なるべくわかりやすい文章にしようと努めてまいりますので、お付き合いしてくれるとうれしく思います。感想どうもありがとうございました!本当に嬉しかったです!