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追放された男
しおりを挟む「クリシュ。
お前を、この谷から追放する。
二度と、その顔を私に見せるな」
その声は、展望席の上から真っすぐに降ってきた。
冷たく、硬く、まるで氷柱みたいだった。
聞き慣れていた。
幼い頃から、何度も、何度も聞かされてきたあの声音。
――父だった人の声だ。
(……何も、できなかった。何も)
転がった木刀が目の端に映る。
あと少しで手が届く距離。でも、今さら意味はない。
勝てなかった。力を示せなかった。それがすべてだった。
「あ……」
かすれた声が漏れた。喉が震えて、言葉にならなかった。
涙が一粒、頬を伝って落ちる。冷たい石の床に、小さく音を立てた。
最後の機会だった。
この試合に勝てなければ、追放される。
そう、何度も言われていたのに。
ぼくは――
何もできないまま、武器を弾き飛ばされた。
開始の合図から、わずか一呼吸。
その一瞬で、すべてが終わった。
「ごめんなさい、クリシュ」
近くから聞こえた声に、顔を上げる。
そこにいたのは、エーレだった。
幼なじみで、親友で、いつも隣にいた彼女。
今は、手甲に手をやって立ち尽くしていた。
夕陽に照らされた彼女の影が、やけに長く感じられた。
「ごめんなさい、クリシュ。祖神様に誓って、手を抜くことはできなかったの」
彼女の声は震えていた。
でも、ぼくの口は動かなかった。
ただ、目を逸らすように、視線を下げた。
その日。
教団八頭首の長子、クリシュ・ニザールは、
一切の生きる権利を剥奪された。
この地に生きる人々にとって、教団はすべてだった。
癒しの力で民を導き、砂の過酷を生に変えるとされる――信仰の柱。
でもそれは、ただの信仰ではない。
教団の担い手は、癒し手であり、同時に暗殺者でもあった。
陰から秩序を保つ者たち。
その力を示すのが、魔力だった。
魔力回路を持たない者に、居場所はない。
成人の儀式で力を示せなければ、放逐される。
それがこの教団における、厳然たる掟だった。
(どうして……どうして、何もできなかった……!)
魔力が乏しいことは知っていた。
でも、それでも努力すれば届くと信じていた。
何倍も、何十倍も鍛えた。
技も、体も、心も。
でも――
それは、わずか一呼吸の中で砕かれた。
相手は、自分よりも細身のはずなのに。
正面から、容赦なく押し潰されたのだ。
「クリシュ、お前はもう私の息子ではない。ニザールを名乗ることも許さん。速やかに、この谷から出て行くが良い」
「ぁぁ……!」
声にならない叫びが喉で震えた。
でも、せめて、礼だけは伝えなきゃならない。
「ありがとうございました……!」
掠れたその声が、展望席に届いたかはわからない。
でも、父だった人がほんの一瞬、うなずいたように見えた。
ぼくは振り返らず、修練場をあとにした。
その場から――
この谷から、消えてしまいたかった。
涙とともに、ぼくの輪郭が、心ごと溶けていくようだった。
旅立ちの日
「……身体に気をつけてね」
谷を出る日、町の門まで見送りに来てくれたのは、エーレだけだった。
「ありがとう、エーレ」
なんとか笑ってみせる。
うまく笑えていたかどうかは、自信がない。
(これで……本当に最後かもしれない)
(最後……いや、違う。違うんだ。終わらせない)
「エーレ、僕はこれから海峡を渡り、西のニカイア王国へ行こうと思う」
「そうなんだ……。じゃあそこで、仕事を見つけて、可愛い子と結婚して、幸せに暮らしてね」
「違うよ、エーレ。僕は戻って来る。必ずだ…!」
「どういうこと? どうやって戻るつもり?」
「冒険者になるんだ。ランクを上げて、名声を手にできれば、思いのままさ」
「冒険者? 本気で言ってるの?」
「もちろんさ! 僕には、教団で学んだ魔技と剣の腕がある! まずは、頼りになる仲間を見つけて、それから――」
「クリシュ」
「無理よ、あなたには。夢は夢のままになさい」
「君がっ……」
「なに? 私なら、優しくしてもらえると思っていたの? おあいにくさま。もう私は、あなたのエーレじゃないの。もう子どもじゃないんだから、お互いに」
「エーレ、君が、君がそんなことを言うのか。僕は、君に認められたくて、歯を食いしばって来たのに」
「クリシュ、まだ分からないの? 人には向き不向きがあるの。あなたは優しい人よ。でも、強くはなれない。努力だけでは、どうにもできないことがあるのよ」
「それでも、それでも僕は…!」
「悪いことは言わないから、別の道を探しなさい、クリシュ。ハチにはハチの、アリにはアリの生き方があるの。どんなに望んでも、アリに羽が生えることはないわ。それに、もう私、婚約するの。だから、私に認められたいとか、そんなこと考えなくていいのよ」
「な、なんだって……!? だ、だれと?」
「あなたに関係ある、それ?」
「そんなっ、あっ、あっ」
「さよなら。幸せになってね」
「ぁ、ーーーっ! 必ず、必ず、戻って来るから」
「強くなって、立派な冒険者になって戻って来るから、だからっ……」
(……だから? 何だっていうんだ。そんなの、もう意味なんてないのに)
(でも、それでも――)
(それでも僕が、あきらめる理由にはならない)
口を噛みしめて、必死にこらえた。
もう、彼女の姿は見えなかった。
隊商の出発を告げる合図が鳴る。
ぼくは顔を上げた。
生まれ育った街。
山の上にそびえる僧院の塔。
そのすべてを、目に焼きつける。
(待っていろ。僕は戻ってくる。必ず……)
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***
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■ トリス
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