もふもふと異世界でスローライフを目指します!

カナデ

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4巻

4-3

 ◆ ◆ ◆


 今朝も俺は、いつもの時間に目が覚めた。まだ日の出前だし、昨日は宴を夜遅くまでやっていたので皆を起こさないように、そっとスノーと外に出て階段を下りる。

「おはようございます。早起きですな」
「おはようございます。習慣になっていますので。今から朝食の準備をしますが、ご一緒にどうですか?」

 一階へ着くと、ちょうど奥から出てきた長老と行き合った。長老は、この集会所の奥の部屋で暮らしているそうだ。

「食事は当番の者が持ってきますが……。そうですな、ではお言葉に甘えてごちそうになりますかの。お話ししたいこともありますので」
「お話とは、もしかしてティンファの耳のことですか? ティンファは様々な種族の血を引く家系らしいのですが、あのような特徴の耳に心当たりはありますか? 精霊族の血が出た先祖返りではないか、と思うのですが」

 話と聞いて、真っ先に思い浮かべたのはティンファの耳。気になって、つい先走って聞いてしまった。
 あのキーリエフさんでさえよくわからないと言っていたから、いくら森の中の集落の長老でも、知っている可能性は低いだろう。
 それでも、初めて挨拶した時から「もしかしたら」と思い、折を見て聞こうと思っていたのだ。

「ふむ。それについてわしが知っていることはあまりないのですが……精霊族の姿を見たのは、遥か遠い昔のことです。はっきりとは思い出せませんが、子供の頃に王都よりも奥の集落へ行った時、精霊族とエルフとの混血の人をお見掛けしたことがありました」

 その人の親が精霊族だとは限らない。二代、三代、下手をしたらティンファのように、いつの頃だかわからないくらい遥か昔の先祖ということもあるのだ。
 純粋な精霊族など、今ではいるのかどうか。キーリエフさんでも知らないと言うほど、精霊族は稀少な種族となっている。

「そ、それで。その人にはティンファのような羽の耳はありましたか?」

 ルーツがわかったからと言って、ティンファみたいな先祖返りの例はほぼないだろうから、どこまで役立つ情報なのかはわからない。けれど、どうしても気になってしまう。

「いえ、残念ながらありませんでした。その方に精霊族の話を色々としていただきましたが、確か羽のような耳のことは聞きませんでしたな。本人は随分きゃしゃで、エルフにしか見えませんでした。ただ髪の色がエルフでは見かけない水色で、いかにも消え入りそうだったため記憶に残っております。聞けば、彼が血を引く精霊族は、姿が細くはかないがりんとした雰囲気を持つ流水のような方だったと。精霊族といっても、様々な種族に分かれているそうですよ」

 そう言われて、ミランの森でお世話になったリアーナさんを思い出した。
 そういえばリアーナさんも、ドライアドとエルフの混血だと言っていたよな。リアーナさんはドライアドとしての力を持ち、髪にも特徴が出ていた。
 やっぱりティンファのことは、これ以上知ることはできそうにないか……。

「そう、ですよね。ティンファ自身も、親に精霊族の先祖返りではないか、と言われただけで、実際にどんな種族の血が入っているかはまったくわからないそうですから」
「不安になりますか? 先のことが」

 そう真っすぐに俺の目をのぞき込んだ長老のまなしが、とても深い色を宿していて。その瞳に、何も言えなくなっていた。
『先がわからないなんて当然です。今を大事に生きましょう』と笑うティンファの顔が、どうしてもちらついてしまう。
 あれは本心からの言葉だったと思うが、自分のことを知りたくないかといえば、そんなことはないだろう。

「ふふふ。人は大事に思うものが増えるたびに不安になり、おくびょうになっていきますな。それは幸せなことです。でも、忘れてはいけませんよ。その人の人生は、その人しか歩むことのできない道なのです。貴方には貴方の道があるように、ティンファさんには生まれながらのティンファさんの道があります。どうあがいても、その道を変えることはできません」

 ああ……。
 俺は祖父母を亡くした時、体調が悪いと告げてくれなかったことを寂しく思い、少し恨んだりもした。でも、二人を先に見送ることは、ずっと覚悟していたのだ。
 だが、ティンファは?
 ティンファがそばからいなくなってしまうことに、おびえているのか、俺は。
 自分の寿命がわからないのは不安だ。だからこそ旅にも出た。
 でも、その不安は俺の考え方次第でどうにかなるはず。
 じゃあ、ティンファが思いがけずいなくなってしまったとしたら?
 そうだ。俺はこんな気持ちになるのは初めてのことなのだ。

「そう、ですね。気にしても仕方ないことだと、理解したつもりだったのですが……」

 寿命のことを気にするのは、覚悟できない別れに怯えてしまうから。
 俺は一人で生きているつもりで、ずっと隣に誰かにいて欲しかったのだ。

「貴方も見た目のままの人族ではないようだ。どうかあなたの道を、穏やかに進んでいかれますよう。迷う時があるのは、別に悪いことではないのですよ」
「ありがとう、ございます。……そんなに俺、悩んでいるように見えましたか?」

 こんな話をしてくれるほど、俺が思い詰めていると感じたのだろうか。

「いやいや。ただの老婆心ですよ。それで、話したいことというのは改めて昨日のお礼と、貴方たちが北の辺境地まで向かう、ということでしたからな。この先の森のことをお話ししようかと思ったのですよ。ここ以外にも、人の住む集落がありますのでな」

 そう言って、長老は優しく微笑んでくれた。

「あ、ありがとうございます。といっても、俺たちがこの森の中で道もない場所を正確に辿れるかはわかりませんが……」
「ふふふ。森の歩き方も合わせて、朝食の時にお話しいたしますよ。目印があるのです」
「そ、そうなんですね。では、俺は朝食の準備をしてきます。集会所での食事でいいですか?」
「ええ。昨日いただいた焼肉もスープも美味しかったです。楽しみに待っています。それと、昨日の狩りの後に渡していただいたマジックバッグというものについても、聞かせてください」

 そう笑ってくれた長老さんと別れ、集会所のテーブルに調理器具を並べて準備を始める。
 ……ああ、さすが長老、というかなんというか。
 あの瞳には、老成を越えた者の穏やかさが漂っているように思えた。
 それは寿命が短い人では辿り着けない境地かもしれないが、長命であるがゆえのものだけではないとも思う。
 全てを包んでくれるみたいないつくしみを受け、そういうものに慣れていない俺は戸惑ってわたわたしてしまった。
 どうしようもなく恥ずかしいような、くすぐったいような気分でふわふわしながらも、手は次々と下ごしらえをして朝食を作り上げていく。

「アリトさん、おはようございます。また遅くなってしまいました」
「おはよう、ティンファ、レラル。あとは味付けして終わりだよ。長老さんも一緒に朝食をとることになっているから、呼んできてくれないか?」
「はい、わかりました。戻ったら器によそいますね」

 すでにスープの野菜は煮えていて、大きなフライパンいっぱいのオムレツがもうじき焼き上がる。
 オムレツの中身は、昨日の残ったオーク肉を入れて野菜と炒めたものだ。あとはパンを切ってお皿に盛れば終わりだ。

「これはまた、美味しそうな匂いですな。卵など、しばらく食べていません。ありがとうございます」
「いえ、エリダナの街でたくさん仕入れたので。今はいぜんしますから、座って待っていてください」

 食べている間に、この森での集落を辿る目印を教えてもらった。この集落も森の中に溶け込んでいるし、それぞれの集落の位置をどうやって確認しているのかと疑問だったのだ。
 その目印は、昔から伝わる方法で木に刻まれているとのこと。それを見分けて辿ることができれば、迷うことなく森を歩けるらしい。
 北の辺境地まで補給に寄れる場所はないと思っていたのだが、ここから北へ進む通りやすい道と、途中の二つの集落のことを教えてもらえた。

「目印や他の集落のことを俺たちが知っても大丈夫なんですか? それに、教えていただいた集落を訪ねても」
「ええ、もちろんです。この森の道を教えるのは、信頼した者にのみ。だから目印を知っている者を疑う人はおりません。それに、もし集落で欲しているものを何かアリトさんから譲っていただけるなら、私どもにとっても非常にありがたいことなのです」

 昨夜、宴用の料理を始める前に、肉を持ち帰るために渡したマジックバッグのことを長老にも伝えた。
 その時一緒に、不足しているという小麦をはじめとした食材や、この森では採れない薬草なども渡したのだ。お礼として、ここら辺で採れて余っているものを旅立つ前に貰うことになっている。

「……マジックバッグは、長時間保存できるわけではありませんが、街への買い出しにはとても便利でしょう。昨日のものの他に、もう二つ渡しておきますね。まだ在庫は十分ありますから、大丈夫ですよ」
「それは……。ありがとうございます。とても助かります。ここから王都までは片道一週間もあれば着きますが、森の中で大量の荷物を運ぶのは大変なのです」

 そう、この集落ならまだ片道一週間だが、もっと奥に行くにつれて運搬作業は難しくなっていくし、物資は貴重になるはずだ。
 長老が話していた「集落で欲しているものを何か譲ってもらえるなら」というのは、つまり、これから立ち寄る集落にもできたらマジックバッグや食材を融通して欲しい、ということだろう。
 皮はまだまだあるから、マジックバッグを作ることはできる。

「俺たちも安全な場所で寝られて、とても助かりました。それに食料や薬草なら、まだまだ十分に持っていますので。教えていただいた集落へも、寄らせてもらおうと思います」

 二晩、この集落でゆっくりと眠ったことで、ティンファの顔に浮かんでいた疲労がかなり薄れた。この先も集落で泊めてもらえるなら、どれほど助かることか。

「あとはエリダナの街で新しく作られた調理器具も渡します。昨日いただいた芋をかしたら美味しいと思いますよ。あとで女性に使い方を教えますね」

 昨日食べた煮込み料理の芋が、蒸かしたらホクホクしそうな感じだったのだ。あの芋も今日、お礼として貰う予定になっている。
 芋は集落近くの森の中で作っており、育ちもよく量も多く収穫できるため、主食にしているそうだ。

「それは……。大変ありがたいですが、そこまでしていただいて大丈夫でしょうか」
「はい。キーリエフ様にたくさんいただいたので。ただ、マジックバッグはまだ街でも売っていないので、出回るまでは気をつけて使ってください。それに他言はしないでいただけると助かります」
「それは、しっかりと守らせていただきます。本当にありがたいことです」
「気にしないでください。恐らくキーリエフ様も、こういう集落へは優先的に送ると思いますので」

 ドワーフのドルムダさんは、しばらくキーリエフさんの屋敷に滞在して作ると言っていた。だからそのうち広まるだろう。
 それから集落を出るまでの間は、昨日約束した通り、この辺で採れるものを貰い、代わりに蒸し器とマジックバッグの使い方を教えた。
 そして昨夜食べた煮込みに使われていたハーブのことも忘れずに教えてもらってから、もう一日と引き留められる中、昼前には集落を出発したのだった。




 第四話 覚悟


「これだ。わかるか? 見渡して目に入るギリギリの間隔で木に印がつけてあるから、これを辿れば次の集落まで行ける」

 集落を出て、エティーさんとジリオスさんに目印を教えてもらった。
 示された場所を確認してから周囲を見回すと、集落の木にも同じ特徴があることがわかる。

「なるほど。これは教わらないと見分けられないですね」
「本当ですね。これがずっと昔から伝わっているなんて、凄いです」

 その目印とは、木の幹の皮が不自然によじれたものだ。魔法で木に働きかけてつけるそうで、俺の目線よりやや上の位置にある。
 ちなみに、狩りや採取の際に使う一時的な目印は、木の枝につけるとのことだ。木の枝なら、風で折れたり成長したりすればわからなくなって、外の人に見つかりにくいかららしい。
 幹の目印も風化や成長で目立たなくなってくるそうだが、その時は気がついた人が改めて残す。そうしてずっと引き継いできたという。

「これを辿って行き来しているのですね。ありがとうございます。これなら俺たちでも次の集落まで行けそうです」

 もし目印を見失ったとしても、リアンとイリンに探してもらえば辿ることは容易だろう。
 教えてもらったのはほぼ真北へ向かう道で、遠回りにもならなそうだ。

「いや。本当に、俺たちのほうこそ世話になったからな。アリト君が欲しいと言っていたハーブの群生地まで案内してから、北に向かうこの目印のある道まで送るよ」
「ありがとうございます、ジリオスさん。あのハーブは手に入れておきたいので、うれしいです」
「私もうれしいです! お茶にできるかどうか、やってみますね! もし美味しいのができたら、集落か街で預けますので」

 集落同士で地元ネットワークのようなものがあるそうで、街にも集落の人の行きつけの場所があるらしい。そこに預けておけば、この集落の人に届けられるというわけだ。このことも長老から教わっていた。

「ティンファさんの作ったハーブティーは女性たちに人気だったから、こちらもありがたいよ」

 別れ際にティンファがハーブティーを渡すと、集落の女性はとても喜んでいたもんな。

「では、ハーブの群生地へ案内しよう」
「お願いします」

 先導するエティーさんとジリオスさんに続いて森へと入っていく。

『アディー。魔物がいたら知らせてくれよな』
『ああ。だが自分でも警戒しろ』

 空からの偵察をアディーに頼んだが、群生地までは何事もなく着いた。
 木々の間から日が差し込む少し開けた場所に、群生地はあった。そこで料理に入っていた葉と同じものを採っていく。

『これ採る? 匂い強い。食べるのか?』
『ん? そうだよリアン。この独特の匂いがいいんだ。根を残しておけばまた生えてくるから、途中の茎から採るんだ』
『手伝う』
「え? 採れるの、リアン?」

 俺の横で作業を見ていたリアンは、ハーブに手を伸ばすと教えた場所からプチっとちぎった。
 おお、器用だな! やっぱりリスとネズミの特徴が混ざったような外見だからか、手が細かく動くみたいだ。
 採取したハーブは、地面に置いた袋に入れてもらう。

「ありがとう、リアン。助かるよ」
「あ、イリンも採ってくれるの? ありがとう」

 次々にちぎっては袋に入れるリアンを見ていると、ティンファの声が聞こえてきた。
 振り返ると、イリンもハーブをちぎっている。
 ふふふ。なんか小さい動物が一生懸命になっている姿は可愛いな。
 じゃあ、さっさと俺もハーブを確保するか。
 根を残し、全て採り尽くさないように注意しつつ作業しても、あっという間に大きめな袋がいっぱいになった。
 エティーさんとジリオスさんはその間、近くになっている木の実を採ってきてくれた。
 採り終わると、次の集落へ続く目印のある場所に案内してもらい、その場で互いにお礼を言ってから別れた。北への旅、再開だ。
 しばらく歩くと、アディーから念話が届いた。

『もう少し先に開けた場所があるぞ。恐らく休憩するためのものだな』
『ならそこで昼食にしようか』

 集落を出たのは日が昇ってかなり経ってからだったので、もう昼食の時間は過ぎていた。
 木々の隙間から空を見上げると、大きな太陽が見える。もう一つの太陽は、恐らく西に位置しているだろう。
 二つある太陽は、一日を同じ周期で昇ったり沈んだりしている時期と、ズレる時期があった。季節や場所の違いによって、ズレの度合いが異なる。
 今は夜になっても暗くなるのが遅い時期だから、寝る時間を間違えないように注意が必要だ。
 まあ、もうそんな生活にも慣れ、身体に時間の進み方が染みついているから太陽の位置はそれほど気にしていないのだが。

「ティンファ、もう少し先に休憩所があるって。そこで急いで昼食にしよう。集落の人が木を切って休憩場所を確保しているのなら、この先に野営できる場所もあると思うから、今日はそこまで頑張ろう」
「はい。もうお昼は過ぎてしまっていますものね。では少し急ぎます」

 とりあえず歩きながらの採取はめて、休憩場所へ急ぐ。

『アリト!』

 早く向かわないと、という思いが強くて、つい他のことがおろそかになっていたのだろう。
 スノーの鋭い警告の念話に、自分が警戒を解いてしまっていたことに気づく。
 エティーさんたちと別れた時、アディーが俺の修業のためにスノーたちに危なくなるまで警告はするな、と言っていた。だから、自分でしっかりしなきゃいけないのに。
 とっに警戒網を張ることができず、とりあえずティンファに下がるように合図を送ろうとしたのだが――

『違う、ティンファの後ろから来るのっ!』
「っ!? ティンファ、こっちだ、こっちに来るんだっ!!」

 俺の様子を見て下がろうとしたティンファの動きが止まる。
 その瞬間、足元にいたレラルがかくの声を上げた。
 直後、俺の視界に、ティンファの後ろの木の上から飛び降りてくる蜘蛛くも型の魔物の姿が現れた。

「ティンファっ!?」

 慌てて弓を構えても、ティンファの真後ろに見える魔物の角度に射線を合わせられない。風魔法を使うにしても彼女を巻き込む危険性がある。
 がくぜんとして動きが止まってしまった俺の横を、スノーが風のごとく駆け抜けた。
 それからの光景は、まるでスローモーションのようにゆっくりとはっきりと見えた。

つる!』

 そばの木に絡んでいた蔓が、リアンとイリンの魔法で蜘蛛型の魔物の足へ伸びていった。
 その蔓が複数ある足を捕らえそうになった瞬間、蜘蛛型の魔物は片側の足を全て上げ、斜めになりながら蔓をかわす。

「ガウッ!」

 そこにスノーが放った風の刃が飛び、バランスを崩していた蜘蛛の魔物の足場となっている木の枝を切り裂く。
 枝から落ちた蜘蛛の魔物は、固まっていたティンファの頭上の枝に糸を吐き出し、そのまま空を飛んだ。
 そしてティンファに迫った瞬間、口から液体を飛ばす。

「危ないっ!?」

 その時になって俺はやっと走り出し、ティンファに手を伸ばした。

「ピーーイッ!」

 これでは間に合わない!
 そう思った瞬間、空から急降下してきたアディーによって蜘蛛の魔物は地面に落とされ、そこをすかさずスノーとレラルが押さえて咬み殺した。

「ティンファ! 大丈夫か? 酸がかかっていないか?」

 蜘蛛の魔物の吐いた酸で、スノーが怪我をした時のことが脳裏をよぎって、一気に青ざめる。

「あ……だ、大丈夫、です。身体には何もかかっていません。それに、私には一体何がどうなったのか……」

 呆然としながらもくるりと回って問題ないことを教えてくれたティンファの姿に安心し、手を伸ばしてそっと抱き寄せた。

「よかった……。ティンファに怪我がなくて、本当によかった」
「アリトさん……」

 ティンファの無事を確認しながら抱きしめて、腕の中にある温もりに安心……。
 あれ? 俺、今、何やって……。
 ちょうど俺の肩にティンファの顔が当たり、安心するとともに吐息を意識してしまいそうになった、その時。

『怪我などあるわけがないだろう。風で酸を包んで逸らしたわ、このバカ者がっ!! 警戒を忘れるなと何度も言っているというのに、このざまかっ!!』

 バサバサという羽音とともに背中に重みがかかり、くちばしで思いっきり頭をつつかれた。

「い、痛いっ! ちょっ、待って、アディー!」
『言ってダメなら身体で覚えさせるしかないだろうがっ! このアホがっ!!』
「イタタタタタッ!? それ、違うだろっ、体罰だろ、これはっ!」

 肉が食いちぎられそうなほどの痛みに、ティンファを放して頭を両手でかばうと、その手までつつかれた。

「ご、ごめんっ! ごめんってばっ、アディー! 今回は、本当に肝が冷えたし、次はこんなことないようにする! 反省したからっ!」

 手を下げ、頭をつつかれながらも痛みに耐えて振り返る。

『……フン。俺やスノーに全てを任せっきりでは、お前が守りたいものは守れんからな』

 俺が宣言すると、やっとアディーはつつくのをめて肩にとまってくれた。
 守りたいものを守る、か。
 こうやってティンファの身を危険にさらしてやっと、俺が修業しているのは自分だけでなく、大切に想う人を守るためだということを思い出した。
 それなのに、何度アディーに注意されても、また失敗して……。
 いつも俺が、スノーや皆に甘えてばっかりだったから。

「わかったよ、アディー。もう目的地まで気を緩めない。ティンファ、ごめんな。すっかり俺が油断していたばっかりに……」

 ティンファにも、心配そうに見守ってくれているスノーやレラルたちにも頭を下げる。
 スノーたちは襲撃にはとっくに気づいていたはずで、俺のためにギリギリまで手を出さないでいてくれたのに。

「いいえ! この旅への同行を望んだのは私です。ちゃんと覚悟はできています! だからアリトさん、私にも警戒の仕方を教えていただけませんか? 私も甘えてばかりではダメだと、今のでわかりましたから。それでも足手まといになると思いますが、私もただ守られているだけでなく、できることはやりたいです」
「ティンファ……」

 山で逃げまどい、魔物の前でただ震えていたのはついこの間のことだったのに。
 本当に、いつもティンファは俺の予想を超えてくる。何でここまで真っすぐな強さを持てるのか。

「……そうだな。アディーに怒られてばかりなのに、『俺に任せておけ』なんて到底言えないし。警戒の仕方は身につけたほうが安全になるだろうから、今日の野営の時に、簡単に説明するよ」
「はい! お願いします!」

 そのまま俺の肩に乗ったアディーに指導されながら、警戒網を広げつつ歩いて休憩場所へと向かったのだった。
 この先は、どんどん森が深くなるばかりだ。今はまだ、下級から中級クラスしかいないが、これから先はさらに強い魔物や魔獣が襲ってくるだろう。
 それでも前へ進むと決めた。だから俺は、この世界で見つけた大切に想う人を、ティンファをどこでも守れるように頑張ろう。
 ……まあ守りきる、までは無理かもしれないけど、せめて無防備に危険に晒すことのないように。
 そう覚悟を決めて、歩き出した。


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