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「引き分けにしてくれるかしら?」
ガーラは動かすことのできない白のキングを見つめて言った。対戦者のフローは軽やかに笑った。
「そだね。楽しい試合だったぜ。また一戦する?」
「いいわよ。そろそろ私も黒を持ってもいいかしら?」
ガーラは毛足の長い絨毯の上に乗せた盆から杯を手に取り、ブランデー入りのアイスコーヒーを一口口にした。フローも手元に置いてある同じ飲み物を喉に流して、短く答えた。
「OK! 勝ちは譲らないけどさ」
二人がふかふかの絨毯の上でチェスを楽しんでいる時、クオがガーラのお供のディアドラと一緒に厨房から出来たての料理を運んだ。
「二人とも夕食だぞ」
クオはガーラの館のダイニングテーブルに三人分の食事を並べた。ディアドラは、いつも三人とは別の場所で蛇の姿で自分にあった食べ物を食べる。
フローはガーラと共にチェスセットを片付けると立ち上がり、食卓のクオの向かいの席に付いた。
「サンキュー、クオ」
ガーラはクオの隣に座った。
「美味しそうね」
食卓には、白パンと、雉肉と野菜を合わせた料理が並んだ。三人が一緒に旅をするようになって、食事は当番制で回し、食料はそれぞれが自分の財布で三人分の食料を購入して料理を作っていた。
ディアドラが三人の空いたグラスにワインを注ぐ。色は赤い。
「クオの選んだワインはやっぱり美味しいねえ~」
フローがぐいと呑む。ガーラも頷く。
「そうよね。香りが良いし、料理に合うのよね」
「二人とも、褒めても何も出ないぞ」
クオは淡々と食事をしながら言った。
三人の旅は、付かず離れずだった。それぞれが自分の仕事をしながら、一緒に暮らした。
クオは町で魔術の依頼があれば請け負った。「チェス」のプレイヤーになったこともあり、魔術を教える仕事もたくさん入った。
フローは何やらシーフのつてで、魔術解除が必要なクエストに呼ばれたり、クオとガーラには特に説明の無い裏の仕事をして、数日間二人に顔を見せなかったりした。
ガーラは、旅の中で土地の人々に珍しき商品を売ったり、仕入れたりした。たまに気が乗れば夜の酒場でカジノを開いた。
三人は気ままに互いを縛ることなく、西大陸を旅した。一緒にクエストに参加することもあった。時間が合えば、三人か、もしくは二人連れで町で買い物をしたり、名所を回ったりした。
三人は、広い場所があればガーラの館で過ごし、旅の移動中はそれぞれ分かれてテントで眠った。
食事が終わると、クオは皆の分の食器を厨房の流し台へ運んで洗い始めた。その隣へフローが立った。フローは洗った食器を布で拭いていった。クオは礼を言った。
「ああ、悪いな、フロー」
「ん、別に。手が空いてたからさ」
クオはふと昔を思い出した。
「子どもの頃は、町の酒場で手伝いをしていて、お前と並んで食器洗いをしていたこともあったな」
フローはクオの思い出の中に佇んだ。
「そだね。ウィンデラの子どもはだいたい小さい頃から町のどこかで働くのが普通だからね。町でもそれを受け入れるのが普通だったし」
「同じまかない料理を食べてたな」
「懐かしいね~。おにぎり、クオは焼いたたらこの具が好きだったよね~」
「お前は辛子明太子だったか。お前にはピリ辛唐辛子を掴まされたこともあったな」
フローは大人しく笑った。
「もうしないって」
「そうだな。分かってる」
クオは小さく呟いた。
「お前は俺が一人にならないように、そばにいるようにしていたとは気付いていた。まぁ、今だから言えるんだが」
クオは全部を洗い終えると、布巾で手を拭った。フローはクオの心を受け取った。
「そだね。町の人達もクオを見守っていたんだけどさ」
「そうだな」
クオはあっさりと肯った。言葉は短かったが、思いが深かった。
ガーラは動かすことのできない白のキングを見つめて言った。対戦者のフローは軽やかに笑った。
「そだね。楽しい試合だったぜ。また一戦する?」
「いいわよ。そろそろ私も黒を持ってもいいかしら?」
ガーラは毛足の長い絨毯の上に乗せた盆から杯を手に取り、ブランデー入りのアイスコーヒーを一口口にした。フローも手元に置いてある同じ飲み物を喉に流して、短く答えた。
「OK! 勝ちは譲らないけどさ」
二人がふかふかの絨毯の上でチェスを楽しんでいる時、クオがガーラのお供のディアドラと一緒に厨房から出来たての料理を運んだ。
「二人とも夕食だぞ」
クオはガーラの館のダイニングテーブルに三人分の食事を並べた。ディアドラは、いつも三人とは別の場所で蛇の姿で自分にあった食べ物を食べる。
フローはガーラと共にチェスセットを片付けると立ち上がり、食卓のクオの向かいの席に付いた。
「サンキュー、クオ」
ガーラはクオの隣に座った。
「美味しそうね」
食卓には、白パンと、雉肉と野菜を合わせた料理が並んだ。三人が一緒に旅をするようになって、食事は当番制で回し、食料はそれぞれが自分の財布で三人分の食料を購入して料理を作っていた。
ディアドラが三人の空いたグラスにワインを注ぐ。色は赤い。
「クオの選んだワインはやっぱり美味しいねえ~」
フローがぐいと呑む。ガーラも頷く。
「そうよね。香りが良いし、料理に合うのよね」
「二人とも、褒めても何も出ないぞ」
クオは淡々と食事をしながら言った。
三人の旅は、付かず離れずだった。それぞれが自分の仕事をしながら、一緒に暮らした。
クオは町で魔術の依頼があれば請け負った。「チェス」のプレイヤーになったこともあり、魔術を教える仕事もたくさん入った。
フローは何やらシーフのつてで、魔術解除が必要なクエストに呼ばれたり、クオとガーラには特に説明の無い裏の仕事をして、数日間二人に顔を見せなかったりした。
ガーラは、旅の中で土地の人々に珍しき商品を売ったり、仕入れたりした。たまに気が乗れば夜の酒場でカジノを開いた。
三人は気ままに互いを縛ることなく、西大陸を旅した。一緒にクエストに参加することもあった。時間が合えば、三人か、もしくは二人連れで町で買い物をしたり、名所を回ったりした。
三人は、広い場所があればガーラの館で過ごし、旅の移動中はそれぞれ分かれてテントで眠った。
食事が終わると、クオは皆の分の食器を厨房の流し台へ運んで洗い始めた。その隣へフローが立った。フローは洗った食器を布で拭いていった。クオは礼を言った。
「ああ、悪いな、フロー」
「ん、別に。手が空いてたからさ」
クオはふと昔を思い出した。
「子どもの頃は、町の酒場で手伝いをしていて、お前と並んで食器洗いをしていたこともあったな」
フローはクオの思い出の中に佇んだ。
「そだね。ウィンデラの子どもはだいたい小さい頃から町のどこかで働くのが普通だからね。町でもそれを受け入れるのが普通だったし」
「同じまかない料理を食べてたな」
「懐かしいね~。おにぎり、クオは焼いたたらこの具が好きだったよね~」
「お前は辛子明太子だったか。お前にはピリ辛唐辛子を掴まされたこともあったな」
フローは大人しく笑った。
「もうしないって」
「そうだな。分かってる」
クオは小さく呟いた。
「お前は俺が一人にならないように、そばにいるようにしていたとは気付いていた。まぁ、今だから言えるんだが」
クオは全部を洗い終えると、布巾で手を拭った。フローはクオの心を受け取った。
「そだね。町の人達もクオを見守っていたんだけどさ」
「そうだな」
クオはあっさりと肯った。言葉は短かったが、思いが深かった。
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