7 / 50
赤の章
赤六話
しおりを挟む
今宵もアキレスはコーヒー片手に王の私室で寛いでいた。今夜は王は仕事を持ち帰らず、ゆっくりとコーヒーを飲んでいた。アキレスは王に尋ねた。
「婚礼の儀の時は、多くの親戚が集まっていたな。蘭族の話を聞きたい」
デンファーレ王は語った。
「西大陸の王家は皆花の名だが、その中で蘭族は大小様々な国がある。蘭族は横の繋がりが強い。同じ祖先を持つという連帯感がある。チェスでも蘭族の王は同じ蘭族の者を応援する。コチョウランやカトレアは最も有名であり、蘭族の顔になっている。
蘭族はバラ族とおなじくらい古くからある国で、同じくらい気位の高い気質である。バラ族は横の繋がりは薄く、互いに一二を争っている。チェスでは同じバラ族同士で戦うこともあり、それはチェスの名物でもある。赤バラと白バラの戦いは百年に一度の大祭と言われる。
蘭族の名を持つ旅人はよく城に迎え入れる。旅をする者は気位の高さはなく、気が良い者達だ。アキレスも良くしてやって欲しい」
「分かった」
アキレスは肯った。
それからしばらくしたある日、スウェルトの王城に吟遊詩人の女性騎士が一夜の宿を求めて王の間に現れた。デンファーレ王は快く騎士を迎えた。騎士は初めて会うアキレスに自己紹介をした。
「お初にお目にかかります、私はバニラと申します。蘭族の末端に籍を置く者でございます。私の国は小さく、私は跡を継ぐ者ではないため、諸国を旅しております。このお城にも泊めて頂くことも多く、私が小耳に挟んだ話をお聞かせして恩に報いております。
この度は、アキレス女王陛下はデンファーレ王家に入られたばかりと伺い、お祝いに参りました。どうぞ宜しくお願い申し上げます」
バニラは滑らかな口調で口上を述べると、薄い緑色の瞳でアキレスを見た。髪色は白く、若かった。アキレスは気の良い性格と見て、快く迎え入れた。
「ありがとう。ゆっくり王城に留まって欲しい」
デンファーレ王がアキレスに説明した。
「バニラは私と同い年だ。七才から騎士と共に旅をして、十八才で騎士に叙任されてからは方々を巡り、王や城主たちに情報を与えている。きっと今回も城に泊まった後は、アキレスの評判を伝え歩くだろう。しかし悪いことは言わないので安心して良い。信頼のできる者だ」
バニラは王に一礼した。その姿は優雅だった。デンファーレ王はバニラに言った。
「それではいつもの部屋が空いているので、そこを使うと良い。夕食には何か弾いてもらおう」
「かしこまりました」
バニラは美声で答え、城の者に案内されながら部屋を去った。
「近しい者なのか?」
アキレスは王に尋ねた。よく遊ぶ親戚のような間柄に見えた。王は答えた。
「私が王に即位した頃、西大陸の国々について話を聞かせてもらった。参考になったし、知りたい情報を取ってきてもらったりもした」
その答えは冷徹であり、浮いた話ではないようだった。アキレスはふっと笑った。その様子を見てデンファーレ王は一言言った。
「安心して良い」
夕食の後、バニラはハープを弾きながら一曲歌った。それは海の波のように、いつまでも聴いていられる心地良い声だった。
「中央大陸の東側に花が一輪咲いていました。
西大陸の商人が花を見つけて花を連れて行きました。
長い旅の間、花は新しいすみかは大丈夫だろうかと心配しました。
この花は暖かい土地でないと生きていけないからでした。
商人はスウェルトにやって来て、王城のそばに花を植え替えました。
新しいすみかは暖かく、花はそこで根を伸ばしました。
風は花に教えてくれます。
同じ仲間が西大陸で元気に過ごしていると。
スウェルトにはこの花は多くはありませんが、
今でも王城のそばに咲いているということです」
音楽が終わった。バニラは一礼して、アキレスに教えた。
「これはスウェルトに昔から伝わる“花”の歌でございました。スウェルトの方々は子どものうちからこの歌を歌われます」
アキレスは礼を言った。
「ありがとう、バニラ。この花は王家の花だな」
バニラは小さく笑って肯った。
バニラは柔らかい声で王に尋ねた。
「このお城をお暇すると、次はシエララントのお城へ行くつもりですが、何か“伝えたいこと”はありますか、王よ」
王は首を振った。
「いや、上手くやっていると語れば良い」
「今日はスウェルトの古い歌を聴いた。他にもこの国の古い昔話などがあるなら聞きたい」
アキレスは王の私室で王に話を乞うた。美しい歌を聴いた後で、気持ちが高揚していた。デンファーレ王はゆったりと答えた。
「そう急かなくて良い、アキレスよ」
「私はこの国に早く慣れたい」
王はアキレスを思い遣って答えた。
「無理をすることはない。時間はたくさんあるであろう?」
「……そうだな」
アキレスは王の気持ちを受け取った。
「婚礼の儀の時は、多くの親戚が集まっていたな。蘭族の話を聞きたい」
デンファーレ王は語った。
「西大陸の王家は皆花の名だが、その中で蘭族は大小様々な国がある。蘭族は横の繋がりが強い。同じ祖先を持つという連帯感がある。チェスでも蘭族の王は同じ蘭族の者を応援する。コチョウランやカトレアは最も有名であり、蘭族の顔になっている。
蘭族はバラ族とおなじくらい古くからある国で、同じくらい気位の高い気質である。バラ族は横の繋がりは薄く、互いに一二を争っている。チェスでは同じバラ族同士で戦うこともあり、それはチェスの名物でもある。赤バラと白バラの戦いは百年に一度の大祭と言われる。
蘭族の名を持つ旅人はよく城に迎え入れる。旅をする者は気位の高さはなく、気が良い者達だ。アキレスも良くしてやって欲しい」
「分かった」
アキレスは肯った。
それからしばらくしたある日、スウェルトの王城に吟遊詩人の女性騎士が一夜の宿を求めて王の間に現れた。デンファーレ王は快く騎士を迎えた。騎士は初めて会うアキレスに自己紹介をした。
「お初にお目にかかります、私はバニラと申します。蘭族の末端に籍を置く者でございます。私の国は小さく、私は跡を継ぐ者ではないため、諸国を旅しております。このお城にも泊めて頂くことも多く、私が小耳に挟んだ話をお聞かせして恩に報いております。
この度は、アキレス女王陛下はデンファーレ王家に入られたばかりと伺い、お祝いに参りました。どうぞ宜しくお願い申し上げます」
バニラは滑らかな口調で口上を述べると、薄い緑色の瞳でアキレスを見た。髪色は白く、若かった。アキレスは気の良い性格と見て、快く迎え入れた。
「ありがとう。ゆっくり王城に留まって欲しい」
デンファーレ王がアキレスに説明した。
「バニラは私と同い年だ。七才から騎士と共に旅をして、十八才で騎士に叙任されてからは方々を巡り、王や城主たちに情報を与えている。きっと今回も城に泊まった後は、アキレスの評判を伝え歩くだろう。しかし悪いことは言わないので安心して良い。信頼のできる者だ」
バニラは王に一礼した。その姿は優雅だった。デンファーレ王はバニラに言った。
「それではいつもの部屋が空いているので、そこを使うと良い。夕食には何か弾いてもらおう」
「かしこまりました」
バニラは美声で答え、城の者に案内されながら部屋を去った。
「近しい者なのか?」
アキレスは王に尋ねた。よく遊ぶ親戚のような間柄に見えた。王は答えた。
「私が王に即位した頃、西大陸の国々について話を聞かせてもらった。参考になったし、知りたい情報を取ってきてもらったりもした」
その答えは冷徹であり、浮いた話ではないようだった。アキレスはふっと笑った。その様子を見てデンファーレ王は一言言った。
「安心して良い」
夕食の後、バニラはハープを弾きながら一曲歌った。それは海の波のように、いつまでも聴いていられる心地良い声だった。
「中央大陸の東側に花が一輪咲いていました。
西大陸の商人が花を見つけて花を連れて行きました。
長い旅の間、花は新しいすみかは大丈夫だろうかと心配しました。
この花は暖かい土地でないと生きていけないからでした。
商人はスウェルトにやって来て、王城のそばに花を植え替えました。
新しいすみかは暖かく、花はそこで根を伸ばしました。
風は花に教えてくれます。
同じ仲間が西大陸で元気に過ごしていると。
スウェルトにはこの花は多くはありませんが、
今でも王城のそばに咲いているということです」
音楽が終わった。バニラは一礼して、アキレスに教えた。
「これはスウェルトに昔から伝わる“花”の歌でございました。スウェルトの方々は子どものうちからこの歌を歌われます」
アキレスは礼を言った。
「ありがとう、バニラ。この花は王家の花だな」
バニラは小さく笑って肯った。
バニラは柔らかい声で王に尋ねた。
「このお城をお暇すると、次はシエララントのお城へ行くつもりですが、何か“伝えたいこと”はありますか、王よ」
王は首を振った。
「いや、上手くやっていると語れば良い」
「今日はスウェルトの古い歌を聴いた。他にもこの国の古い昔話などがあるなら聞きたい」
アキレスは王の私室で王に話を乞うた。美しい歌を聴いた後で、気持ちが高揚していた。デンファーレ王はゆったりと答えた。
「そう急かなくて良い、アキレスよ」
「私はこの国に早く慣れたい」
王はアキレスを思い遣って答えた。
「無理をすることはない。時間はたくさんあるであろう?」
「……そうだな」
アキレスは王の気持ちを受け取った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる