The Chess 番外編 王様の結婚篇

今日のジャム

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赤の章

赤六話

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 今宵もアキレスはコーヒー片手に王の私室で寛いでいた。今夜は王は仕事を持ち帰らず、ゆっくりとコーヒーを飲んでいた。アキレスは王に尋ねた。
「婚礼の儀の時は、多くの親戚が集まっていたな。蘭族の話を聞きたい」
 デンファーレ王は語った。
「西大陸の王家は皆花の名だが、その中で蘭族は大小様々な国がある。蘭族は横の繋がりが強い。同じ祖先を持つという連帯感がある。チェスでも蘭族の王は同じ蘭族の者を応援する。コチョウランやカトレアは最も有名であり、蘭族の顔になっている。
 蘭族はバラ族とおなじくらい古くからある国で、同じくらい気位の高い気質である。バラ族は横の繋がりは薄く、互いに一二を争っている。チェスでは同じバラ族同士で戦うこともあり、それはチェスの名物でもある。赤バラと白バラの戦いは百年に一度の大祭と言われる。
 蘭族の名を持つ旅人はよく城に迎え入れる。旅をする者は気位の高さはなく、気が良い者達だ。アキレスも良くしてやって欲しい」
「分かった」
 アキレスは肯った。

 それからしばらくしたある日、スウェルトの王城に吟遊詩人の女性騎士が一夜の宿を求めて王の間に現れた。デンファーレ王は快く騎士を迎えた。騎士は初めて会うアキレスに自己紹介をした。
「お初にお目にかかります、私はバニラと申します。蘭族の末端に籍を置く者でございます。私の国は小さく、私は跡を継ぐ者ではないため、諸国を旅しております。このお城にも泊めて頂くことも多く、私が小耳に挟んだ話をお聞かせして恩に報いております。
 この度は、アキレス女王陛下はデンファーレ王家に入られたばかりと伺い、お祝いに参りました。どうぞ宜しくお願い申し上げます」
 バニラは滑らかな口調で口上を述べると、薄い緑色の瞳でアキレスを見た。髪色は白く、若かった。アキレスは気の良い性格と見て、快く迎え入れた。
「ありがとう。ゆっくり王城に留まって欲しい」
 デンファーレ王がアキレスに説明した。
「バニラは私と同い年だ。七才から騎士と共に旅をして、十八才で騎士に叙任されてからは方々を巡り、王や城主たちに情報を与えている。きっと今回も城に泊まった後は、アキレスの評判を伝え歩くだろう。しかし悪いことは言わないので安心して良い。信頼のできる者だ」
 バニラは王に一礼した。その姿は優雅だった。デンファーレ王はバニラに言った。
「それではいつもの部屋が空いているので、そこを使うと良い。夕食には何か弾いてもらおう」
「かしこまりました」
 バニラは美声で答え、城の者に案内されながら部屋を去った。
「近しい者なのか?」
 アキレスは王に尋ねた。よく遊ぶ親戚のような間柄に見えた。王は答えた。
「私が王に即位した頃、西大陸の国々について話を聞かせてもらった。参考になったし、知りたい情報を取ってきてもらったりもした」
 その答えは冷徹であり、浮いた話ではないようだった。アキレスはふっと笑った。その様子を見てデンファーレ王は一言言った。
「安心して良い」

 夕食の後、バニラはハープを弾きながら一曲歌った。それは海の波のように、いつまでも聴いていられる心地良い声だった。

「中央大陸の東側に花が一輪咲いていました。
 西大陸の商人が花を見つけて花を連れて行きました。
 長い旅の間、花は新しいすみかは大丈夫だろうかと心配しました。
 この花は暖かい土地でないと生きていけないからでした。
 商人はスウェルトにやって来て、王城のそばに花を植え替えました。
 新しいすみかは暖かく、花はそこで根を伸ばしました。
 風は花に教えてくれます。
 同じ仲間が西大陸で元気に過ごしていると。
 スウェルトにはこの花は多くはありませんが、
 今でも王城のそばに咲いているということです」

 音楽が終わった。バニラは一礼して、アキレスに教えた。
「これはスウェルトに昔から伝わる“花”の歌でございました。スウェルトの方々は子どものうちからこの歌を歌われます」
 アキレスは礼を言った。
「ありがとう、バニラ。この花は王家の花だな」
 バニラは小さく笑って肯った。

 バニラは柔らかい声で王に尋ねた。
「このお城をお暇すると、次はシエララントのお城へ行くつもりですが、何か“伝えたいこと”はありますか、王よ」
 王は首を振った。
「いや、上手くやっていると語れば良い」

「今日はスウェルトの古い歌を聴いた。他にもこの国の古い昔話などがあるなら聞きたい」
 アキレスは王の私室で王に話を乞うた。美しい歌を聴いた後で、気持ちが高揚していた。デンファーレ王はゆったりと答えた。
「そう急かなくて良い、アキレスよ」
「私はこの国に早く慣れたい」
 王はアキレスを思い遣って答えた。
「無理をすることはない。時間はたくさんあるであろう?」
「……そうだな」
 アキレスは王の気持ちを受け取った。
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