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赤の章

赤七話

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 城を囲む野の西側には泉があった。城の中には井戸があり、城の中で使う水はそこから使っている。厨房や部屋などには魔法のかけられた水瓶が置かれてあり、井戸の水が出る。しかしこの泉の水は格別に美味しい。アキレスはデンファーレ王と城の外へよく散歩に出かけ、この泉に来る。アキレスは透明に輝く水を手ですくって飲んだ。口の中に甘い水が流れる。夏の匂いのする午後だった。
「今年もチェスが始まったな」
 泉の縁に腰掛け、アキレスは王に言った。王は隣に座り、遠くを見た。そばにはデンファーレの花が咲いていた。
「今年は賭けにならない結果の見える勝負でつまらない年だ」
「そうくさすものでもないだろう」
 アキレスははははと笑いながら王に答えた。
「いつも王はチェスで賭けをしてるが、どういう仕組みになっているか知りたい」
 王は眼を細めた。アキレスが賭けの話に乗ることは珍しい。王は再び遠くを見た。
「チェスの賭けを取り纏めているのは、西大陸の中央に位置するメリルという町だ。そこにある聖騎士銀行の口座に掛け金を振り込み賭けに参加している。
 メリルは西大陸最大の銀行聖騎士銀行の本店や新聞社の本社が並び立つ。西大陸最大の人口を擁する金融と情報の町だ。どこの国とも同盟を結ばない中立を保つ自由都市だと言われているが、銀行の大口の顧客には別の顔を持つ。この町は豊かな町なので、富豪も多く住んでいる。冒険者も多く集まり、活気ある町だ。
 町は夜の顔を持っていて、町に住む富豪たちを集めて賭け事をしている、賭博が盛んな町でもあるのだ。
 そこでは西大陸の色々な地方から集まる情報を使って、何でも賭けにしている。王家に未婚の兄弟姉妹がいれば、どの子が王になるかを賭けることもよくある。その賭けにその王家の者が情報を与えたり、賭けに乗ったりして政治的に絡んだりする。メリルの賭け事は煩わしいこともあるが、動向を追っていないと情報に遅れることもあるので、無碍にできない」
「メリルは情報の発信地でもあるのだな。チェスの賭けはいつも勝っているように見えるが、どうなのだろうか?」
「負ける時もある。だが、全体を通せば利益が多く出ている。勝ち筋を見分けるのは得意な方だ」
 王の遠くを見つめる眼は、確かなものを見つめる力強さがあった。アキレスはこういう時、自分の知らないものを見つめる王に憧れが湧き上がった。知らないことを知るのもいいが、先を走る者を眺めるのも心地良かった。距離があると、知らない分を温かな気持ちで見守ることができた。その気持ちは王にも伝わっている。
 王の元に伝書鳩が止まった。
「メリルでも賭けの趨勢が決まったようだ。今年は賭けの参加者も少ないようだ。私も今年は見送っていいだろうと思う」
「そんな年もあるのだな」
「たまにある。殖財の方法は他にもあるので気にすることはないのだ」
 蒼天に風は無かった。夏の陽の光はのんびりするのに丁度良かった。
「西大陸にはメリルのように大きな町はいくつかある。当たり前のように富が集まり、西大陸の顔を自認している。今度メリルに行ってみるか、アキレスよ?」
「いいのだろうか?」
 アキレスは王には執務があるのに大丈夫だろうかと思った。デンファーレ王はふっと笑った。
「大きい町を見た方が良い。メリルではバラ族や蘭族の長も出入りしている。西大陸の大きさを知るのにメリルは丁度良い。どうだろうか?」
 アキレスは王が乗り気なのを見て答えた。
「王がいいなら、私は行ってみたいが」
「では、決まりだ」
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