49 / 50
白の章
白三十二話
しおりを挟む
魚たちが宙を泳いでいた。体は透明で、ガラスのような質感だった。
今、エーデルは魔書の中にいた。隣にはスターチス王がいて、同じように涼しげな風景を眺めていた。
七月はシエララントに夏が来た。夜も気温が下がらず、おのずと眠る時間も遅くなった。エーデルは夜をスターチス王とチェスで過ごした。ゆるりと攻防を繰り返すうち、エーデルはクイーンで戦うことがお気に入りになった。勝つことはないが、守りながら攻めるやり方に慣れてきた。
エーデルは冷たいお茶で喉を潤しながら呟いた。
「夏の暑さは好きですが、眠りが短くなるのは困りますね」
「昔はいつもひやりとする書庫で夏の夜を過ごしていました」
「それはいいですね。私も昼間は書庫で暑さを避けてみましょう」
スターチス王はにこりと笑った。
「いい本がありますよ。明日探して見せましょう」
翌日の大広間での昼食の時、スターチス王はエーデルに本を一冊渡した。青い表紙の厚い本だった。
「これは魔書です。ここでは何ですから、エーデルの部屋で見ましょう」
エーデルはタイトルをちらりと見ると、『夏の本』と書いてあった。
エーデルとスターチス王はエーデルの部屋へ行った。そして、長椅子に並んで座って、互いに本を見られるようにした。エーデルは本を渡され、それを膝の上に置き、目次を開いた。そして次のページを開いた。うっすらと光る文字で詩が載っていた。
「魚は空気の川を流れ 滝を目指す
滝は吹き上がり 鳥が虹を飲む ……」
「この文字に触れればいいのですね?」
「ええ、一緒に見ましょう」
エーデルは本に手を当てた。意識が本の中へ入り、椅子の背にもたれかかった。スターチス王は安全を確かめると、本の世界へ後を追って入った。
本の中は涼しかった。空気が水のように澄んでいた。ガラスの魚は風鈴のようなリンという音を時々立てた。
エーデルは本を持っていた。耳を澄ますと、ざざざーっという水の落ちる音が遠くで聞こえた。
「先に行ってみてもいいでしょうか?」
エーデルが好奇心でスターチス王に尋ねた。
「ええ、ご自由にどうぞ」
スターチス王は微笑んだ。
先を歩くと、エーデルは不思議な光景を見た。逆さまの滝だった。地上に川が流れ、一点で行き止まり、水が上に上って吹き上がっていた。それは巨大な噴水のようだった。水飛沫が飛び、本の中の旅人に跳ねた。エーデルは水に洗われた清涼な空気を一時楽しんだ。透き通った虹が滝の麓に現れていた。
開いた本の上から銀色のコップが二つ現れた。エーデルは詩を思い出した。“鳥が虹を飲む”……。
コップの一つをスターチス王が手に取り、水の中を歩き、虹の袂まで行った。エーデルも後に付いて行った。スターチス王は虹の中にコップを差し入れた。
「エーデルもどうぞ」
エーデルは本に水がかからないよう気を付けながら、透き通った虹をコップですくった。コップには虹が閉じ込められた。
「飲んでも大丈夫なのですか?」
エーデルの心配をスターチス王は安心させた。
「ええ。味わってみて下さい」
スターチス王は銀の杯をゆっくり干した。エーデルも一口飲んでみた。爽やかな味だった。空を水にしたらこんな味かなと思った。
空から大きな鳥が羽ばたいて、滝の上に止まった。鳥は水浴びをしているようだった。
「そろそろ一度戻ってもいいですか、エーデル?」
「そうですね、分かりました」
エーデルは手に持っていた本を閉じた。
エーデルはいつもの部屋に戻った。スターチス王は説明した。
「この本は、夏の暑さを和らげたくて作られた本だと後書きに書いてありました。逆さまの滝は西大陸に本当にある場所だということです。涼しくなりましたか、エーデル?」
「ええ。久しぶりに旅をした気分です。後から続きを見に行きますね」
エーデルは王から勧められた本を大事そうに胸に抱えた。
今、エーデルは魔書の中にいた。隣にはスターチス王がいて、同じように涼しげな風景を眺めていた。
七月はシエララントに夏が来た。夜も気温が下がらず、おのずと眠る時間も遅くなった。エーデルは夜をスターチス王とチェスで過ごした。ゆるりと攻防を繰り返すうち、エーデルはクイーンで戦うことがお気に入りになった。勝つことはないが、守りながら攻めるやり方に慣れてきた。
エーデルは冷たいお茶で喉を潤しながら呟いた。
「夏の暑さは好きですが、眠りが短くなるのは困りますね」
「昔はいつもひやりとする書庫で夏の夜を過ごしていました」
「それはいいですね。私も昼間は書庫で暑さを避けてみましょう」
スターチス王はにこりと笑った。
「いい本がありますよ。明日探して見せましょう」
翌日の大広間での昼食の時、スターチス王はエーデルに本を一冊渡した。青い表紙の厚い本だった。
「これは魔書です。ここでは何ですから、エーデルの部屋で見ましょう」
エーデルはタイトルをちらりと見ると、『夏の本』と書いてあった。
エーデルとスターチス王はエーデルの部屋へ行った。そして、長椅子に並んで座って、互いに本を見られるようにした。エーデルは本を渡され、それを膝の上に置き、目次を開いた。そして次のページを開いた。うっすらと光る文字で詩が載っていた。
「魚は空気の川を流れ 滝を目指す
滝は吹き上がり 鳥が虹を飲む ……」
「この文字に触れればいいのですね?」
「ええ、一緒に見ましょう」
エーデルは本に手を当てた。意識が本の中へ入り、椅子の背にもたれかかった。スターチス王は安全を確かめると、本の世界へ後を追って入った。
本の中は涼しかった。空気が水のように澄んでいた。ガラスの魚は風鈴のようなリンという音を時々立てた。
エーデルは本を持っていた。耳を澄ますと、ざざざーっという水の落ちる音が遠くで聞こえた。
「先に行ってみてもいいでしょうか?」
エーデルが好奇心でスターチス王に尋ねた。
「ええ、ご自由にどうぞ」
スターチス王は微笑んだ。
先を歩くと、エーデルは不思議な光景を見た。逆さまの滝だった。地上に川が流れ、一点で行き止まり、水が上に上って吹き上がっていた。それは巨大な噴水のようだった。水飛沫が飛び、本の中の旅人に跳ねた。エーデルは水に洗われた清涼な空気を一時楽しんだ。透き通った虹が滝の麓に現れていた。
開いた本の上から銀色のコップが二つ現れた。エーデルは詩を思い出した。“鳥が虹を飲む”……。
コップの一つをスターチス王が手に取り、水の中を歩き、虹の袂まで行った。エーデルも後に付いて行った。スターチス王は虹の中にコップを差し入れた。
「エーデルもどうぞ」
エーデルは本に水がかからないよう気を付けながら、透き通った虹をコップですくった。コップには虹が閉じ込められた。
「飲んでも大丈夫なのですか?」
エーデルの心配をスターチス王は安心させた。
「ええ。味わってみて下さい」
スターチス王は銀の杯をゆっくり干した。エーデルも一口飲んでみた。爽やかな味だった。空を水にしたらこんな味かなと思った。
空から大きな鳥が羽ばたいて、滝の上に止まった。鳥は水浴びをしているようだった。
「そろそろ一度戻ってもいいですか、エーデル?」
「そうですね、分かりました」
エーデルは手に持っていた本を閉じた。
エーデルはいつもの部屋に戻った。スターチス王は説明した。
「この本は、夏の暑さを和らげたくて作られた本だと後書きに書いてありました。逆さまの滝は西大陸に本当にある場所だということです。涼しくなりましたか、エーデル?」
「ええ。久しぶりに旅をした気分です。後から続きを見に行きますね」
エーデルは王から勧められた本を大事そうに胸に抱えた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる