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漢字一文字タイトルシリーズ 「煙」
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俺が服役している刑務所に弁護士が突然訪ねて来た。法務省と掛け合って無期懲役にも拘らず、あと3ヶ月後で出 所できるらしい。しかも依頼主は、今まで会ったことのない俺の母親らしい。
俺は母親の顔を知らない。物心付いた時はいわゆる児童養護施設で厄介になった。擬似的に施設長や職員からの愛情を受けたとしても、所詮似非にしか過ぎなかった。施設の決まりにより、俺は18歳で追い出された。まともに親もいなければ、素性の知れない俺はまともに職に就く事すら出来なかった。仮にありついたとしても、港湾の手元作業や建築現場などの日雇いばかりだった。そんな俺にもささやかな楽しみは、競馬やパチンコなどのギャンブルだった。
ある日俺は大穴を当て様として、当時の有り金8万円を競艇につぎ込んだが、結果はボロ負けで喰うにすら困った。そこで思いついたのが追い剥ぎだった。
明くる日、信用金庫に出入りしていた如何にも銭を貯め込んでそうな、中年の女の後を付けねらって、ビール瓶で集中的に頭目掛けて殴りつけた。怯んだ隙にバッグを奪い現金を奪ったが、財布に入っていたのはたったの3千円。犯行に及んだ時間帯が正午過ぎということもあり、直ぐさまパトロール中の警官に取り押さえられた。強盗殺人罪で検察は死刑を求刑したが、判決は無期懲役。控訴する気力がなくそのまま刑が確定し、今に至る。
生まれてこの方、母親の記憶がまったくなく、ただでさえ母親の写真一枚すらない。差し詰め「美和子」と言う名前しか認識していない。ましてや21歳から東北の刑務所に喰らい込まれて31年間、今の今まで連絡してくれなかった母親が急に会いたいとはどういうことだろうか?
故に母の愛情を知らない俺にしてみれば、疑念を覚えざるを得ない。
それから3ヶ月後、刑務官の「二度と戻ってくるな」との餞別の言葉を受け、31年ぶりに娑婆へ出ることとなった。以前に弁護士から母と思しき人物が書いた手紙と、楕円形のレンズをもらった。ちなみにそのレンズは特殊な水晶で作られたもので、街のあらゆる煙を見る際、透明になったらそこが俺の母親の居所を教えてくれるらしい。出所の際にもらった僅かばかりの報奨金で、俺は在来線と高速バスを乗り継いで、母親が住んでいると思われる九州の工業団地がある街へと流れた。
刑務所を出て約二日間だろうか? 俺は九州某市に在る高速バスの停留所で降りた。ふと見廻すとビルのガラス窓や軒先に、「スマホ」だの「インターネット」だのと、未知のカタカナ言葉が俺の視界に迫った。それはどんな意味なのか考える暇もなく、俺は母が待ち合わせている場所へ歩みを進めた。
停留所から歩いて20分過ぎ、トタンで外壁を覆われた巨大な建物の前で立ち止った。白と赤の横縞の長い煙突から白い煙が立ち上っていた。楕円形のレンズで透かして見ると、ただそのまま煙が見えるだけで、ここに母はいないと判断した。門前の詰所からワシの様な鋭い眼差しで俺を睨む守衛の視線に、畏怖を感じながら俺は再び歩き始めた。
さらに15分過ぎ。とある街の片隅に在る銭湯で如何にも丸型の煙突から鈍色の煙が空へ空へと上り、俺はレンズをかざした。ひょっとしたら俺の母親がここで働いているのではないかと期待も昂った。しかしその煙はどこまでも鈍色だった。
時間はすでに西の空が茜色に染まり、諦めと疲労に支配されながら、俺は俯いて歩き続けるしかなかった。今、俺が居るのは街外れだろうか? 歩けば歩くほど、更地やスクラップされた車が山積みになったヤードの敷地が俺を絶望へ追い込もうとする。しかし顔を上げると、細いが煙らしきものが立ち上っているのが見えた。レンズをかざすと、まったく色がついていなかった。
よし! 会えるぞ!
俺はまだ残っている体力を振り絞り、煙の下へ走った。
そこは意外にも病院の中庭にあるゴミなどを燃やす焼却炉だった。とにかくここに母親が居ると確信した俺は、受付で母親の倅だと説明し面会を待った。しかし通されたのは病室などではなく、応接室だった。そこで白衣を着た院長が骨壷を持ってきた。実は俺の母は頭部を何者かに激しく殴られ、病院を盥回しにされた挙げ句、ここ九州の病院に搬送され治療の施し様がなく、息を引き取ったらしい。しかも最期に遺した言葉は、
「あの3千円があったら、養護施設から出た息子に、たくさん美味しい物を食べさせてあげたかった」
俺は母親の顔を知らない。物心付いた時はいわゆる児童養護施設で厄介になった。擬似的に施設長や職員からの愛情を受けたとしても、所詮似非にしか過ぎなかった。施設の決まりにより、俺は18歳で追い出された。まともに親もいなければ、素性の知れない俺はまともに職に就く事すら出来なかった。仮にありついたとしても、港湾の手元作業や建築現場などの日雇いばかりだった。そんな俺にもささやかな楽しみは、競馬やパチンコなどのギャンブルだった。
ある日俺は大穴を当て様として、当時の有り金8万円を競艇につぎ込んだが、結果はボロ負けで喰うにすら困った。そこで思いついたのが追い剥ぎだった。
明くる日、信用金庫に出入りしていた如何にも銭を貯め込んでそうな、中年の女の後を付けねらって、ビール瓶で集中的に頭目掛けて殴りつけた。怯んだ隙にバッグを奪い現金を奪ったが、財布に入っていたのはたったの3千円。犯行に及んだ時間帯が正午過ぎということもあり、直ぐさまパトロール中の警官に取り押さえられた。強盗殺人罪で検察は死刑を求刑したが、判決は無期懲役。控訴する気力がなくそのまま刑が確定し、今に至る。
生まれてこの方、母親の記憶がまったくなく、ただでさえ母親の写真一枚すらない。差し詰め「美和子」と言う名前しか認識していない。ましてや21歳から東北の刑務所に喰らい込まれて31年間、今の今まで連絡してくれなかった母親が急に会いたいとはどういうことだろうか?
故に母の愛情を知らない俺にしてみれば、疑念を覚えざるを得ない。
それから3ヶ月後、刑務官の「二度と戻ってくるな」との餞別の言葉を受け、31年ぶりに娑婆へ出ることとなった。以前に弁護士から母と思しき人物が書いた手紙と、楕円形のレンズをもらった。ちなみにそのレンズは特殊な水晶で作られたもので、街のあらゆる煙を見る際、透明になったらそこが俺の母親の居所を教えてくれるらしい。出所の際にもらった僅かばかりの報奨金で、俺は在来線と高速バスを乗り継いで、母親が住んでいると思われる九州の工業団地がある街へと流れた。
刑務所を出て約二日間だろうか? 俺は九州某市に在る高速バスの停留所で降りた。ふと見廻すとビルのガラス窓や軒先に、「スマホ」だの「インターネット」だのと、未知のカタカナ言葉が俺の視界に迫った。それはどんな意味なのか考える暇もなく、俺は母が待ち合わせている場所へ歩みを進めた。
停留所から歩いて20分過ぎ、トタンで外壁を覆われた巨大な建物の前で立ち止った。白と赤の横縞の長い煙突から白い煙が立ち上っていた。楕円形のレンズで透かして見ると、ただそのまま煙が見えるだけで、ここに母はいないと判断した。門前の詰所からワシの様な鋭い眼差しで俺を睨む守衛の視線に、畏怖を感じながら俺は再び歩き始めた。
さらに15分過ぎ。とある街の片隅に在る銭湯で如何にも丸型の煙突から鈍色の煙が空へ空へと上り、俺はレンズをかざした。ひょっとしたら俺の母親がここで働いているのではないかと期待も昂った。しかしその煙はどこまでも鈍色だった。
時間はすでに西の空が茜色に染まり、諦めと疲労に支配されながら、俺は俯いて歩き続けるしかなかった。今、俺が居るのは街外れだろうか? 歩けば歩くほど、更地やスクラップされた車が山積みになったヤードの敷地が俺を絶望へ追い込もうとする。しかし顔を上げると、細いが煙らしきものが立ち上っているのが見えた。レンズをかざすと、まったく色がついていなかった。
よし! 会えるぞ!
俺はまだ残っている体力を振り絞り、煙の下へ走った。
そこは意外にも病院の中庭にあるゴミなどを燃やす焼却炉だった。とにかくここに母親が居ると確信した俺は、受付で母親の倅だと説明し面会を待った。しかし通されたのは病室などではなく、応接室だった。そこで白衣を着た院長が骨壷を持ってきた。実は俺の母は頭部を何者かに激しく殴られ、病院を盥回しにされた挙げ句、ここ九州の病院に搬送され治療の施し様がなく、息を引き取ったらしい。しかも最期に遺した言葉は、
「あの3千円があったら、養護施設から出た息子に、たくさん美味しい物を食べさせてあげたかった」
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