父が腐男子で困ってます!

あさみ

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7・文学少年

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子供の頃から本が好きだった。
本を読むと知なかった知識がたくさん入ってきた。
自分ではない別の人間の人生を体験できた。

特に好きだったのはミステリー小説だ。
犯人と探偵の知恵比べ。作者と読者の知恵比べ。それに熱中した。

ミステリーと呼ばれる本は端からどんどん読んでいった。
有名作家の本はすぐに読み終わった。
無名の作家にも手を出した。
でもそれが良かった。

無名作家の作品でも面白い本はたくさんある。
いや、逆に有名作家の本が物足りなと思える位に、マイナー作家の本は突き抜けていた。

突拍子もない設定もたくさんあったが、それがまた良かった。
特殊設定の上で起こるミステリーの世界では、登場人物が分裂したり、合体したり、人格が入れ替わったり、超能力が使えたりした。
それでもラストは正統派で、推理と証拠を積み重ねて事件が解決するのだ。
この作家達はいったいどんな脳をしているのだろうと思った。
普通ではない。
普通の人間に、登場人物が合体するミステリーなど考えつかない。

だがインタビューを見ると、作家先生というのは意外な事に、普通で善良な人ばかりのようだった。
グロいシーンを書くのに暴力は大嫌い。
性的なシーンが多いのに恋愛には奥手。
強姦や殺人や近親相姦に同性愛にカニバリズム。全部が入った作品を書く作家も犯罪者ではない。
善良な市民なのだ。

最初は不思議に感じたが、やがて作家のその想像力に感動するようになった。
自分ではやりたくない犯罪も、物語の上では書けてしまう。
犯罪者の気持ちを想像して描き切ってしまう。

好きな作家は「神」だと思う境地にまで達してしまった。

そんな時に、書店でそのポスターを見かけた。
『尾崎宗親先生のサイン会開催決定!!』

立ち止まった少年はそのポスターをじっと見つめた。





了は変装をしていた。
帽子を被りメガネをかけ、マスクで顔を隠した。
以前会った、奏の事務所の先輩芸能人の相場弘樹と同じような格好だ。
了は芸能人ではないが、今日は顔を隠さずにはいられなかった。

○○駅近くのおしゃれなビルの中に、その本屋はあった。
5階までは雑貨や洋服の店舗が入っていたが、6階には本屋や画材ショップ、眼鏡店に眼科などが入っていた。
6階にある『金貨堂』というその本屋で、父である尾崎宗親のサイン会が開かれようとしていた。

来たくなかった。俺は来たくなんかなかったんだ。
了は拳を握りしめて、眼科の横から本屋を眺めていた。

本屋のスペースの中に不自然に置かれた、事務的なテーブルに宗親が座っているのが見えた。
側にいるのが店員なのか、出版社の人間なのかは分からなかったが、横には一人の男性がいた。
宗親と頻繁に話している。
来る前はイケメン編集者でも連れて来ているんではと怯えていたが、その人は普通の顔をした中年の男性だった。
これなら宗親も息子受妄想はしないだろう。
最近、了はわかってきていた。
宗親は学生×学生が好きだ。兄弟モノも好きだと公言していた。
どうやらストライクゾーンはかなり狭い。
世の中にはおじさん攻とか受とかあるようだが、それは好きではないらしい。
多分、自分に年が近いのはリアルで嫌なんだろう。

BL妄想のための策略があるのではないかと考えていたのだが、今の所そんな様子は見えなかった。
これなら大丈夫か?
そう思ったが用心の為に近づきたくはない。

本当は家に居たかったのだが、響が面白そうだから絶対に行きたいと言い、ミズキもサインを貰いたいと言いだした。
奏は二人が行くならとノリで、友人達の参加が決まってしまった。
そうなると様子が気になってしまい、了は会場の本屋まで来ていた。

「やっぱり、リョウもサイン会に参加すれば?」
後ろから声をかけられて、ビクリとした。
さっきまで本屋の中にいたはずの奏が立っている。
「せっかくなんだから、みんなで一緒に並んでサイン貰おうよ」
「いや、無理。だってサイン貰うってあの机の前に立つんだぞ。父親に名前を名乗るんだぞ? そんな恥ずかしい事出来ないだろ」
「まぁ、自分に置き換えると身内のサインは恥ずかしいか」
奏は理解してくれたようだった。
「つーか、来てるのバレるだけでも恥ずかしいから、ちょっとカナデ悪いけど離れてて」
「え、何で俺がリョウから離れないといけないの?」
奏は不服そうに唇を尖らせる。
「いや、だってカナデ目立ってるし!」
さっきから多くの女子が奏に見惚れている。

「目立ってるのはリョウの方だよ。その変装」
「え、変かな?」
「違うよ、眼鏡にマスクしてても美少年オーラ消えてないから。みんな芸能人が顔隠してるって思って見てるよ」
「ちょっと待った。美少年とか芸能人とかカナデに言われるの、いたたまれないからっ」
奏は首を傾げる。
「事実なんだけどな」
「良いから、早くヒビキ達の所に戻りなって」
了は奏の背中を押す。
サイン会の列が本屋の横にある階段に伸びている。
当日、新刊を買うとサインを貰えるというシステムなので、飛び込みのように、たまたま見かけた人もサイン会に参加できるようになっていた。

実は誰も集まらないんじゃなかと心配していたのだが、マニアなファンがいたようで、参加人数はそれなりになっていた。
ミーハーな人が、サインが貰えるなら買おうかなと話しているのも聞こえてきていた。
どんな理由でも、父親の本を買ってもらえるのは嬉しかった。

「じゃあ、そろそろヒビキ達の所に戻るよ。終わったらデートしようね」
頬に触れられて言われた。
「デートじゃないから! みんなでメシに行くって話だっただろ!」
奏は突っ込む了を見て、クスクスと笑っていた。

告白から後、奏のアピールが強くなった気がしていた。
照れるし困惑するが、本気で嫌な気がしないのが自分でも困る所だと思っていた。


サイン会が開始されて暫くはその様子を眺めていたが、全部見ているとストーカーみたいなので、途中で見切りをつける。
エスカレーター前のベンチに移動する事にして歩いていると、女の子の声が聞こえた。
「見て、あの人すっごい格好良い! ほらサイン会に並んでる人」
「本当だ、芸能人かな?」
奏に見惚れているのだろうと思って振り返ったが、そこにいたのは奏ではなかった。
後ろ姿で顔は見えなかったが、その人物の髪の色は黒かった。
世の中には意外と美形が溢れているんだなと思った。


携帯をいじっているとあっという間に時間はすぎた。
戻ってきた奏達と合流した後は、当初の予定通りに食事に出かけた。




夕方前に帰宅したが、宗親はすでに家にいてダイニングでワインを開けていた。
「ワインなんか飲んじゃって、なんかご機嫌だな」
了の言葉に、宗親は満面の笑みを向ける。
「そりゃそうだろう? なんと言っても自分のファンに直接会って、褒め称えられて来たんだから」
「ああ、はいはい」
適当に流しながら、了は麦茶を用意して向かいに座る。
宗親はテーブルで荷物に囲まれながら手紙を読んでいた。

「なに、それ? ファンレター?」
「ああ、そうだよ。みんな手紙を書いてきてくれたり、プレゼント持ってきてくれたりしてくれたからな」
「ふーん」
意外と人気があったんだなと思った。
手紙を読む宗親の顔を覗きこんだが、ニヤニヤとしていた。
いつものBL妄想の時とほぼ同じ顔だ。
よっぽどファンレターが嬉しいんだなと思った。



翌日。
いつものメンバーで昼食をとっていると奏が呟いた。
「よく話題にあがる、リョウの幼馴染みのゴウキにさ、俺だけ会った事ないんだよね」
箸を持ったまま了は考える。
「そう言えばそうだったな」
「ゴウキに会うのは難しいのか? レアキャラ?」
一時期はバスケへの熱が薄れていたが、了と話した後は情熱が戻り、剛輝は前と同じように毎日練習をしている。
「バスケの練習が忙しいみたいだけど、でも部活の休みの日はあるらしいから、今度みんなで会えるか聞いてみるよ」
了の言葉に響が手を上げた。
「じゃ、俺が連絡するよ。善は急げってヤツだ。俺もゴウに会いたいしー」
話しながら響は携帯画面を開き、高速でメッセージを送信していた。
「あ、みんな都合が悪い日あったら申告してね!」
「平日なら部活の日以外希望」
ミズキが言うと響が答える。
「了解、カナデは?」
響がどんどん仕切っていく。響はこういうイベント毎の計画は得意なので、任せておけば良いなと思った。



その日、家に帰ると見知らぬ靴が玄関にあった。
もしかしてまた紫苑が来ているのだろうか。
考えながら進むと、リビングのソファに座る紫苑が見えた。
「リョウ、お帰り」
「た、ただいま、シオンさん」
紫苑に出迎えられ、なんだかすっかり家族のように馴染んでいるなと思いながら、鞄を床に置く。
「今日も父さんと偶然会ったとかですか?」
「いや、前から招待されてたから来たんだよ。聞いてなかった?」
向かいに座っている宗親を睨む。
「なんで教えてくれないんだよ?」
「聞かれてないからな。あと今日はほら、紫苑君はお前じゃなくて俺に会いに来てくれたからね」
勝ち誇ったように言われてカチンとした。そもそも宗親に会いに来たとはどういう事だろう。
「今日はちょっと相談みたいのがあったんだ」
「相談……」
美姫さんの事だろうかと思った。

宗親と紫苑が連絡を取り合っているのは別に構わない。
親子になるかもしれないし、そうでなくても大人に相談したい事もあるだろう。
でも自分には相談してもらえない事を少し淋しく感じた。
二人だけが親しくなるのは淋しいなんて、子供の発想だろうか。
紫苑にも、宗親にもどちらにも嫉妬しているような気がして、自分で情けなくなった。

「実はさ、紫苑君と今後の事について話してたんだよ」
「今後の事?」
了は首を傾げた。
何も聞かされていないが、もしかして親達の間に何かあったのだろうか。もしや婚約とか結婚とか……。

「紫苑君の受験する大学なんだけど、どこも紫苑君の家より、ウチからの方が近いんだよ! だからウチから大学に通えば良いんじゃないかって、今、そんな話をしてるんだよ」
「え、ええ?」
予想外の展開だった。
「ほら、うちは部屋がたくさん余っている豪邸だろう? いや、父さんはいつか下宿という新たな手で、攻キャラを獲得しようと思ってたワケじゃないんだよ? ないんだけど、なんかそんな感じになっちゃったっていうか? 紫苑君からしたら大学に通いやすく、俺からしたら兄弟モノBLを毎日見ているような、そんな一石二鳥な展開、実現しないわけにはいかないだろうって、今話し合ってたんだよ!」

目眩がした。
紫苑が下宿というか、同居するのは嫌ではない。嫌ではないが宗親がうるさいに決まっている。
今すぐに反対も賛成も出来ない内容だった。

「紫苑君がどうしたいか、正直な気持ちを教えてもらえないかな?」
先ほどまでのハイテンションではなく、真面目に宗親が訊ねた。
紫苑は了を見た後で告げる。
「俺は下宿させてもらえたら嬉しいですけど、でもリョウが少しでも気を遣ったり、嫌だと思っているなら遠慮したいです」
ズキンと胸が痛んだ。
紫苑は了の気持を優先して考えてくれている。
そんな優しさの前では、父親の妄想なんてどうでも良いと思える。
「あの、取り合えず受験が終って、合否が分かるまではこの話は保留で良いですか?」
紫苑が宗親に申し出た。

「そもそも、大学合格できるか分からないし」
謙遜だし、嘘だと思った。元々、父方親族はインテリ一家だし紫苑もかなり頭が良いのだろう。
そもそもあの紫の制服は、調べてみたら有名進学校の制服だった。
「いいよ、じゃあ、この話はまたその時にしよう」
宗親が言った。
先延ばしされた事に了は安堵した。

「取りあえず、久しぶりだろうから二人で話したら良いよ。俺は新しいお茶を用意してくるよ」
宗親が立ち上がった。
「えっと、じゃあ、俺カバンを部屋に置いて、手を洗ってから戻ってきます」
了は紫苑に告げると、待たせないように二階へ小走りで向かった。

手を洗ってリビングに戻ると紫苑の声が聞こえた。
「危ない! リョウ、気をつけて!」
「え、何?」
何が起こっているのか分からない了は、廊下で立ち止まる。
見ると紫苑が左手を翳して止まれのポーズをとっている。
「な、なんですか?」
青い顔で紫苑が呟いた。
「ごめん。間違ってマキビシ撒いちゃって」
「マキビシ? マキビシって? 俺が知っているマキビシって、忍者が逃げる時に追っての邪魔する為にまく、小さい武器なんですけど……」
「ああ、そのマキビシだよ。うっかりカバンからまき散らしてしまって」
「ちょっと待って! マキビシ持ち歩いている人初めて見たんですけど!? というか使う事ないですよね! 何に使います!?」
頭を抱える了に、紫苑は真顔で告げる。

「最近、世の中物騒だからね、ひったくりとかカツアゲとか、強盗とかに遭った時の為に持ち歩いてるんだ」
「確かに物騒だけど、でも発想がマキビシにいきますかね!?」
興奮して叫んだせいで一歩踏み出してしまった。紫苑が慌てて止める。
「動かないで! ケガしたら大変だ。でももしケガしても手当はすぐするから安心してね。傷口は綺麗に舐めて包帯を巻いてあげるよ。歩けないなら俺がお姫様抱っこで、どこでも連れていくから!」
「ケガしないんで、早くそれ片付けて下さい!」
紫苑と暮らしたら、突っ込みがおいつかないかもしれないと思った。


夕食前に帰るという紫苑を見送りに、一緒に外に出た。
夕方だというのに、空はまだ明るかった。
夏至をすぎたばかりで、一年で一番日が高い季節だ。

「さっき、下宿の話が出たじゃないですか」
紫苑がビクリと反応した。了はこれだけは言いたいと思っていた。出来れば宗親のいない場所で。
「さっきはすぐに返事が出来なかったんですけど、俺、シオンさんと暮らすの嫌じゃないですよ」
「本当に?」
紫苑の顔が明るくなった。
「はい、すぐに答えなかったのは父さんの喜ぶ顔が見たくなかったってだけです」
「宗親さんの?」
「うちの親、腐男子なんです」
「え、ああ……」
紫苑は驚くではなく納得と言う顔をしていた。
「そういえば、よく母さんと電話で盛り上がってたよ」
電話してたんだ! 
意外な事実を聞いてしまった。でもなんとなく恋愛的な意味ではなく、同志的な意味で仲が深まっているような気がした。
逆に二人の再婚が遠ざかっているような。

歩いていた紫苑が、住宅街の小道で立ち止まった。
「返事は保留にしたけど、でももし俺が居候させてもらう事になったら、その時は俺の事、本当の兄だと思ってくれると嬉しいな」
真っ直ぐな言葉に胸が熱くなる。
きょうだいも友達もいなかった不器用な紫苑は、多分他の人より淋しがりやで愛情深いんだろう。
だから自然と口にしていた。
「はい、兄だと思って頼りにします」
紫苑は満面の笑みを浮かべた。

「どうしよう、凄く嬉しいよ! 何かあったら俺に何でも言って、頼ってね! 勉強も教えるし、虐められたら助けるし、マキビシの撒き方も教えるよ!」
マキビシは銃刀法違反にはひっかからないんだろうかと素朴な疑問を抱いた。

「それに憧れだったんだ。兄弟で風呂に入るの」
「え?」
予想外の方向の発言だった。
「弟の頭の先から足の指の先まで、綺麗に洗ってあげて、お風呂から出たらバスタオルで隅々まで拭いてあげるんだ! みんなそうしてるって聞いたし!」
「いや、それ赤ちゃん相手の時じゃ?」
「でも、もうリョウは赤ちゃんじゃないし、俺の弟はリョウだから」
「え、えっと……」
「好きな食べ物も全部譲ってあげるよ。お肉でもケーキでも、いっそ毎食、俺が食べさせてあげるよ。リョウはお箸もスプーンも持たなくて良いよ!」
「それ介護なんじゃ!?」
つい我慢できずに突っ込んでしまった。でも分かった。
紫苑のテンションは、初めて出来た恋人に何でもしてあげたい彼氏みたいだと。
紫苑にとっては恋人よりも、弟という存在の方が憧れなんだろう。
モテそうだから、彼女は今までいっぱいいただろうし。

紫苑のハイテンションの理由が分かると共に、心に引っかかる物があった。
紫苑の憧れは「弟」を世話したり構う事にあって、相手が「了」ある必要はないという事だ。
見合い相手が別の人で、他の連れ子がいたなら、きっと紫苑はその子の世話を妬きたがったのだろう。
そう考えると、さっきまでは「ウザイぞ、この人」と思っていた感情が消えて、淋しさを覚えた。

「……もし美姫さんが他の人と再婚したら、俺はシオンさんの弟になれなくなっちゃいますね」
「そんな事ないよ」
即答だった。つい真顔で整った紫苑の顔を見上げる。

「さっきも言ったけど、俺はもう、リョウの事を弟だと思ってるんだ。だからリョウの世話を焼けるのが嬉しいんだ。もし母さんが誰かと再婚しても、リョウへの愛情は変わらないよ」
トクンと心臓が鳴った。
両親はまだ再婚していない。するかも分からない。
でもこの人はすでに家族としての愛情を持ってくれているんだ。
その思いはとても暖かかった。



響が仕切ってくれたお陰で、剛輝と奏を会わせる日が決まった。
今週の放課後に、またも了の家という事になった。
無駄に広いから良いんだが、みんなはよくあの父親に文句が出ないなと了は感心してしまう。


当日、駅で剛輝と合流すると、いつものメンバーを連れて了は家に帰った。
玄関を開けると見知らぬ靴があった。
また紫苑が来ているんだろう。それなら丁度良いなと考える。
紫苑も友人として、みんなに紹介しても問題ないだろう。

「ただいま、みんなを連れてきたよ」
声をかけながらリビンングに入り、了は固まった。
そこに居たのは紫苑ではなかった。
でもその人物の事を了は知っていた。
後ろから歩いてきた響が声を上げた。

「え、生徒会長? なんでリョウの家に生徒会長がいるの?」

そこにいたのは了達が通う高校の生徒会長、小清水隼人だった。

みんなが呆然としている中、宗親は笑顔で出迎えた。
「やぁ、みんな、いらっしゃい! いっぱいお菓子もパンも用意したからたくさん食べてね!」
「いえーい、やったー!」
一人、状況をよく分かっていない剛輝が声を上げた。

「じゃ、最初に紹介しておくね。こちら先日のサイン会に来てくれてファンレターまでくれた、小清水隼人君。偶然にも君達の高校の生徒会長なんだよ!」
ニコニコの笑顔で宗親は隼人を紹介した。

隼人は目を見張る美貌の人物だった。同じ美形でも紫苑は柔らかい雰囲気だったが、隼人は違う。
黒い髪と怜悧な黒瞳が、意思の強さを感じさせる。
姿勢も美しく、ただ立っているだけで見惚れてしまう。
王子様というよりは皇子様、公家や武士など日本文化的な和の雰囲気を醸し出している。
ミズキもそれに近いが、彼はいつも一歩下がって後ろに控えている印象だ。
それに対して隼人は人を従える側の人物に見えた。
人の上に立つのが当たり前の支配者。

「ふーん、生徒会長ね。賢そうな顔してるもんな。あ、俺、こっちに座るよ」
剛輝は勝手にソファに座り込んで、早速パンを食べだしていた。丁度隼人の向かいだった。

了はなんとなく理解した。
入学式で目をつけていた美少年。小清水隼人が自分のファンである事に、宗親は気づいたんだろう。
例えばPTA役員の仕事で学校を訪れた時に、自分の本を読んでいるのを見かけたとか、以前からファンレターを貰っていた事に、ある時、気付いたとか。
だから近場でサイン会を行う事にしたんだ。
そこで顔見知りになってしまえば、息子と同じ学校だから遊びに来ないか、などといくらでも声をかけられる。
そして当然のように、偶然を装って了に隼人を紹介する気だったんだ。自分のBL妄想のために。

「ハヤト君にも紹介しよう。息子のリョウとその幼なじみのゴウ君。同じ学校の友人のヒビキ君に、ミズキ君にカナデ君だ」
「同じ学校の人達は知っていますよ。さすがに目立つ人達なんで」
生徒会長サマに知られていた事に驚きつつ、まぁビジュアル的に目立つ友人達ではあるなと考える。

「チャラチャラしてそうで、嫌いなタイプだなって思ってました」

いきなりの爆弾発言で部屋が静まり返った。
生徒会長はただのイケメン優等生だと思っていたのだが、もしや毒舌キャラなのか。
とんでもないキャラぶち込んでくるなよ、と恨みがましく宗親を見る。

「え、えっと、仲良くしてくれるかな?」
さすがの宗親も焦った様子で、隼人に声をかける。すると隼人の顔が先ほどまでと変わる。
「はい、先生がそう言うなら仲良くします! 俺は先生の言う事には何でも従います! 先生は俺の神です!」
キラキラした目で宗親に訴えていた。
これはヤバイ位の、作家『尾崎宗親』のファンだと分かった。ファンというより、もはや信者だ。

「そうだ、さっき俺の仕事場が見たいって言ってただろう? 書斎見に行く?」
場の空気を変えようしたのか、宗親が隼人に提案した。
「良いんですか? 光栄です。そこであの名作『流星荘殺人事件』が生まれたんですね。感動です! 俺、あの話の叙述トリックには最後まで気づきませんでした! 名作ですよね。まさか探偵が殺人鬼だとは思わなかったです!」
ネタバレ満載で語っていたが、どうやら彼がかなりのミステリーマニアだという事だけは理解した。

「あ、おじさんの書斎、俺も見たいです!」
歩き出した宗親に響が言った。
「良いよ、みんなおいでよ」
結局、全員で書斎見学に向かった。付き合いで了も向かう。

「これが先生の仕事場なんですね! ああ、本棚にはこんなにミステリーが!」
感動したような瞳で隼人が本棚を見上げた。そして端から端まで本のタイトルを見ていく。
「やっぱり凄いな。先生のコレクション、ほぼ俺の好みと同じです」
「へぇ、そうなんだ。なんか俺も嬉しくなるな」
宗親は本当に嬉しそうだった。いつものBL妄想の時と同じような幸せそうな笑みだ。
やはり自分と同じジャンルが好きな人間には親近感がわくのだろう。

「やっぱり探偵モノが良いですよね。ホームズとワトソンみたいな探偵と助手が事件を解決するのが最高です。あと最近は特殊設定モノも好きなんですよ。先生の書かれる、特殊設定も感動しました。まさか人間が巨大化するとか透明になるとか、眼球が移動するとか」
「いやーそんなに褒められると照れちゃうな」
宗親の機嫌が益々目に見えて良くなる。隼人は更に熱い瞳で語る。

「先生は天才ですよ! 俺は先生の書く小説はどの作品も好きです! 正統派も変化球も、毎回感動しています!」
「ええ、そうなの? いやーじゃあ、特別にこっちの本棚も見せちゃおうかな?」
宗親は調子に乗って、本棚のボタンを押した。
以前見た時と同じように棚が移動して、後ろから新しい本棚が現れた。
「これは……」

了は額を押さえた。中から現れたのは無数のBL本だ。
小説に漫画に薄い本。全部が全部BLだ。タイトルを見ただけで汚される。
「ま、まさか、これは……」
隼人の体が震えていた。
「ああ、BL本だよ。俺、腐男子なんだよ。あ、あとこっちのコーナーは俺が書いた別名義のBL小説。こっちも気に入ってもらえると嬉しいな」
「ええ!?」
部屋が揺れる程の大声を出したのは了だった。
「え、な、なに、どうゆう事? え、あれ? 父さんてミステリー作家じゃ?」
動揺する了に、宗親が意外そうな顔を向ける。

「あれ、リョウは気づいてなかったのか? ミステリーだけで家は建たないぞ。この家はほぼBL本の仕事で建てた家だ。お前はBL御殿に住んでいるんだ」
「ちょ、待って! 漁師で言うホタテ御殿とかみたいに言わないで!」
動揺していた了だが、友人達の反応に気付いた。
「え、あれ、みんな、なんで普通の顔してんの?」
響と奏が顔を見合わせる。
「まぁ、予想はついてたよ。趣味がBL妄想で職業が作家なら当然な」
響の言葉にミズキが頷いた。
「多分、お前以外の全員が気づいてたよ」
「マジか……」
了は驚いたが立ち直りは早かった。
目の前の隼人に比べれば。

「そんな……先生がこんなふしだらなモノを読んで、書いているなんて……」
隼人は床に手をついて四つん這いになっていた。
よくネットで見かけたorzの格好そのままだった。
本当に人間てショックを受けるとこうなるんだなと思った。

「よっし、見学も済んだし、パン食いに行こうぜ!」
場違いに大きな声で剛輝が言った。
相変わらず食べ物優先のようだった。



リビングに戻ると、お菓子やパンを食べながらみんなで会話を楽しんだ。
剛輝は運動部らしく人見知りもしないので、奏ともすぐに仲良くなったようだった。

「そう言えばさっき、お父さんにこれ渡されたんだけど」
奏が広げた紙に、了はお茶をふきだしそうになった。
「カナデ、それは受け取ったらダメなヤツだよ!」
「でもミズキとヒビキは書いたって聞いたよ」
「ああ、俺はアンケートみたいで面白かったからな」
響が言うと、奏が紙を見て指さした。
「この質問にはみんな何て書いたんだ? ゴキ○リが家に出たらどうしますかって質問。ちなみに俺は多分、普通に退治出来るけど」
「俺は母ちゃん呼ぶって書いたな」
響はこういう時、他力本願だ。

「俺は自分で退治出来るよ。たぶん素手でも潰せる」
「ちょっと待った、ミズキ! 素手はやめよう、素手は」
了も奏も必死にミズキを止めた。
「そう言えば、ゴウキは書いてないんだっけ? でも書くならなんて書く?」
奏は好奇心で剛輝に訊ねたようだった。
パンを齧っていた剛輝は一瞬食べるのをやめて答えた。
「ん、そうだな、マヨネーズつければ食べれるんじゃね? 的な?」
「絶対に食うなよ!!」
了は本気で叫んでいた。


あっという間に数時間がすぎた。
自分の親しい友人達が、仲良くなってくれたのは嬉しかった。

了は帰宅する友人達を宗親と共に玄関まで見送った。
「じゃ、また明日」
「またそのうちな」
「今日はありがとう」
「おやすみ」
それぞれが別れの挨拶をして帰っていった。
急に静かになった事に淋しさを感じた時、玄関に残された靴に気付いた。

「あ!!」
了は今の今まで隼人の存在を忘れていた。おそらく宗親も。



書斎のドアを開けるのには勇気が必要だった。
あんなにショックを受けてうなだれていたのだ。泣いているかもしれない。
いや放置時間を考えると泣き疲れて寝ている?

そっとドアを開けてみた。
するとそこには床に座り、黙々と読書をしている隼人の姿があった。
「えっと、小清水先輩?」
了が怖々声をかけると「ん……」と適当な返事が返ってきた。
隼人は本から視線を離さない。
「えっと?」
了が困惑していると宗親が隼人に近寄った。

「隼人君」
宗親の声に隼人はガバリと顔を上げた。
読んでいた本を両手で抱きしめる。その目が潤んで見えた。

「先生! 俺、先生の書いたBL本をずっと読んでました! 最高でした! BLがこんなに切なくてキュンとして、面白いなんて思わなかったです!」
宗親の目が輝く。
「さすがはハヤト君だ! 君が腐男子に目覚めてくれるなんて想像以上だよ!」
「有難うございます。俺、本当に感動したんです。先生の書かれる本は、ミステリーもBLも関係ありませんでした。どの本も最高傑作でした! ああ、特にこの騎士×騎士のケンカップルは最高でした! じれったくて早くキスしろよって突っ込みまくりです!」
隼人は手にしていた本を翳して見せていた。

その本が騎士×騎士かよ。なんだよ、異世界ファンタジーかなんかか?
了は冷ややかな目で隼人を見ていたが、宗親は最高の笑顔だった。

「心の友よ!!」
「先生はやっぱり俺の神です!!」

「……」
抱き合う二人にどん引きして、了はそっとドアを閉じた。
なんだか出会ってはいけない二人が、出会ってしまった気がした。

暫くすると二人がリビングにやってきた。
いろいろ残念な面を見た後だったが、現れた隼人はやはり神々しい美しさを放っていた。
「さっきはいろいろ取り乱して悪かったね」
「えっと、はい……」
まだ隼人のキャラを掴みきれていなかった。ドエスキャラなのか、ただの変人なのか。

「今まで先生と話していたんだけど、俺はどうやら君の友達の事を誤解していたようだ。さっきは失礼な事を言ってすまなかった」
素直に謝られて了は戸惑った。
「い、いえ、こちらこそ……」
了が言うと隼人は笑った。
「そう言ってもらえて良かった。これから君とは親しくしないといけないからね」
「え?」
何を言われたのかよく分からなかった。
隼人は宗親を目にした時のように、瞳を輝かせた。

「俺は憧れの先生のようになりたいんだ。今まではミステリーが俺のすべてだったが、今はBLがある。俺も先生のように好きなモノに情熱を傾けたい!」
「は、はぁ、それでえっと、俺とは何の関係が?」
「俺も先生のように、君の友人×君で腐男子生活を満喫しようと思う!」
「は!?」
「今までは勉強して生徒会の仕事をして、休み時間にミステリーを読むだけの学校生活だった。でもこれからは違う。君達を見るだけで、幸せな気持ちになれるんだ! 俺は君の恋を応援するよ!」
「誰にも恋してないんで、応援されても困るんですけど!?」
「え、そうなのか?」
困ったなと言う風に隼人は首を傾げた。暫くの間の後で、隼人は「よし」と頷いた。

「だったら、俺の事を好きになるのはどうだろう?」
「え?」
「ほら、この通り顔だけは良いんだ。もし君が俺を好きになってくれたら、先生も喜んでくれるしどうだろうか?」
見ると隼人の後ろで、宗親がうんうんと頷いていた。

「いや、無理ですから!」
了は涙目で叫んでいた。

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