父が腐男子で困ってます!

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8・カードは出揃った

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世界で一番有名な探偵は、おそらくホームズだろう。
小説を見た事がない人間もホームズという名前を知っていて、なんとなくどういう設定なのかを理解している。
探偵のホームズと助手で作家のワトソンが事件を解決するのだと。

この探偵と助手兼作家という図式は、すでに日本ミステリー界では鉄板のお約束と言えた。
どの作家も探偵と助手の作品を書いている。

最近は男女のコンビも増えたが、昔から人気があるのは男性二人のコンビだ。
この探偵と助手は、どの作品でもおかしな位、信頼し合い、ヘタをすると独身で同居までしている事がある
ケンカばかりで、互いを嫌っているコンビもいるが、読者からするとイチャイチャして見える。

推理をして話を進める上で必要な事なのかもしれないが、一緒にいすぎだろう。
他に友達はいないのかと聞きたくなる。

設定上、二人で山奥の孤立した村や、洋館に泊まりに行く事もよくある。
仲良すぎだ。
そこでは絶対に殺人事件が起きて、町への道は崖崩れなど天変地異で遮断されてしまうのだ。
そのお約束を楽しみに読者は読んでいるのだが、一部の人間が違う目線で楽しんでいる事も知っていた。
いわゆる腐女子という人達だ。

いや、むしろこのお約束のミステリーを読んだが上に、腐女子になってしまった人もいるだろう。
だっていつも二人一緒で、命がけで過ごしているのだ。
あれ、もしかしてこの二人? と考える人がいても仕方がない。

そう考えるとミステリー大好きで、ミステリー作家にまでなってしまった宗親が腐男子なのも納得と言えた。



昼休み。了はいつものメンバーと昼食をとっていた。
日差しが強くなったので、最近は校舎内の購買近くのホールで食べている。

「昨日、帰ってから気付いたんだけど、あの生徒会長っていつリョウの家から帰ったんだ? ぜんぜん気付かなかったけど、俺達がいる間に勝手に帰ったんだよね?」
奏に聞かれ、了は神妙な顔になる。

「いや、それが、俺も父さんもみんなも完全に忘れてたけど、ずっと書斎にいたんだよ……」
響が食べていたパンを詰まらせた。慌てて飲み込んでから呟く。
「それって結構ホラーだな」
了は青い顔で頷く。
「うん、完全放置だった。ちょっとヒドイ扱いだったかもしれないと思った」
「まぁ仕方ないんじゃないか? 普段いない人だし、忘れてしまっても」
ミズキが結構冷たく言った。
確かにそうなんだが、あんな印象的な人間を完全に忘れて放置するんだから、自分達も反省しないといけないと思う。

「じゃあ、書斎で遭難してたわけだ。で、発見されて無事に帰ったんだな。もしかしてあの人、書斎でずっと泣いてたのか?」
響が問いかける。
「いや、そうじゃないんだけど、まぁ、あの後もいろいろあったんだよ」
宗親の本を読んで腐男子に目覚めた事は言えなかった。
勝手に話して良い事だとは思えなかったからだ。

「あの人、結構感じ悪かったよな」
響が遠慮なく言った。確かに第一印象は悪かった。
「ごめん、きっと俺が一緒にいたせいだよ」
謝ったのは奏だった。
「え、なんでカナデのせいになんだよ?」
響が首を傾げる。

「俺は金髪みたいな派手な髪してるし、芸能活動もしてる。それがチャラチャラして見えたんだと思う。俺のせいでお前らの印象まで悪くしてるなら、明日にでも髪染めてくるよ」
「いや、大丈夫だよ!」
了は慌てて止めた。
「綺麗な色の髪だし、似合ってて格好良いのにもったいないよ!」
奏の表情が変わる。
「え、もしかしてこの髪の色ってリョウに気に入ってもらってる? だったらすごく嬉しいな。一生この色にする」
「や、別に黒くても格好良いと思うけど」
ストレートな奏の反応に了は困惑ぎみだ。顔が熱なる。

「チャラチャラって言われた件なら、カナデじゃなくて俺のせいだと思うなー」
響が呟いた。
「否定はしない」
ミズキが短く言う。
「ちょっとミズキくん、そこは一応否定しようね? でもまぁ、俺のせいなのは間違いないと思うんだけどね」
「なんかあったの?」
奏が聞くと響が頷く。

「実は生徒会のメンバーに友達がいるんだけど、この前、俺と遊ぶのに生徒会の仕事サボったらしいんだよ」
「うわーそれは印象悪いかも。良くない友達にそそのかされた的な?」
了が言うと響は手を振って否定する。
「いや、俺は知らなかったんだよ。生徒会の仕事サボって来てたなんてさっ」
「アレだな。友達って女子なんだろ?」
奏が聞くと、響はビクリと反応した。

「うわー、やっぱ女子だ。それはチャラチャラ言われるよ」
そう言う了の肩を、響は掴んで揺する。
「女子でも友達は友達だろ! 別に恋愛感情とかないし!」
「よけいにダメなヤツだろ」
ミズキにまで突っ込まれていた。
暫くみんなで響の悪口大会になった。人でなし。人たらし。八方美人。スケコマシ。女好き。ジゴロ。
口々に言っていた時だった。

「楽しそうな所、邪魔して悪いんだけど、ちょっと良いかな?」

テーブルの前に現れた人物に全員が固まった。
噂していた生徒会長の小清水隼人だった。

「え、えっと、昨日はどうも」
了が慌てて挨拶した。
「ああ、うん、こちらこそ昨日は世話になってしまって悪かった。ちょっと浮かれて、おかしなところを見せてしまったと反省してるよ」
昨日とのギャップに了は言葉が出ない。
宗親のファンとしての態度や、腐男子に目覚めた時のハイテンションとは大分違う。
多分、この話し方と表情は外向きの顔なんだろう。生徒会長としての。

「実は昨日の事を謝りたいと思っていたんだ」
「昨日の事って?」
奏が不愉快そうに訊ねた。人間不信の彼は、まだ隼人を信用してはいないのだろう。

「君達の印象について思い込みで悪く言ってしまって、本当に申し訳なかったと思っている」
隼人が頭を下げたので、誰も何も言えなくなっていた。
「宗親先生に君達の人柄を聞いて、俺の誤解があるんだと分かったんだ。今日、生徒会のメンバーで君達について良くない話をしていた人間に確認したら、こちらが嘘を言っていた事がわかった。本当にすまなかった」
「い、いえ、大丈夫です」
響が答えた。
さっき話していた通りなんだろう。仕事をサボっていた生徒が、響のせいにしていたが、そうではなかった。

「お詫びも兼ねて生徒会室に君達を招待しようと思うんだが、今日の放課後の都合はどうだろう?」
「え、生徒会室? そこに行くと何か得でもするんですか?」
響が訊ねた。
「特に何もないけど、お詫びに俺がお菓子でもケーキでも、なんでも買って用意しておくよ」
「はいはい! じゃあ俺、唐揚げが食べたいです!」
響が手を上げて叫んだ。
「わかった、用意するよ」
「やったー!」
響が唐揚げにつられたせいで、全員で生徒会室に行く事になってしまった。





生徒会室は二階の特別教室の並びに存在していた。いつも放課後の待ち合わせに使っているベンチからも近い。
了は緊張しながら生徒会室の中に入った。
てっきり豪華な椅子やソファがあるのだと思っていた。例えば校長室のような、あるいはベルサイユ宮殿のような。
白い壁に金の装飾。猫足家具に紫の布張りの椅子など。
だが目の前にあった部屋は予想とまったく違った。

「え、なんか普通の会議用の椅子とテーブルなんだ?」
がっかりという感じで響が呟いた。
部屋は普通の教室の半分位の大きさだった。
中央に机が並べられ、左右の壁には大きな棚が並んでいた。
「漫画やドラマじゃないし、公立の学校なんてこんな物なんじゃないか?」
ミズキがフォローのような発言をしていた。

「他の人はいないんですか?」
了が訊ねると隼人は頷く。
「今日は生徒会の仕事がないからね、ああ、でもお茶くみに一人だけ来てもらってるんだ。紹介するよ」
奥に扉が一つあり、そこから女子生徒が現れた。
「はい、会長! お呼びになりましたか?」
「ああ、お茶を人数分淹れて来て欲しい」
「はい、了解です!」
小柄でハキハキした茶髪のショートカットの少女だった。

「えっと、生徒会の人ですよね、書記とか会計とか、よく分からないけどそういう」
「ああ、ただの下僕だから気にしないで良い」
全員が固まった。
隼人は気にした風もなく、テーブルの中央の席に座った。
「好きな所に座ってくれ」
「え、ああ、はい……」
全員なんとなく気まずく席に座る。さっきの下僕発言が引っ掛かって仕方ない。

「お茶お持ちしました!」
少女が隣の部屋から再び現れた。彼女は湯呑を全員の前に配っていく。
「下僕の佐川みどり君だ」
「あの、本人を前に下僕って……」
思わず了は突っ込んだ。
「彼女は生徒会メンバーじゃないんだ。俺の個人的なファンでね、あんまりストーカーが酷いから、更生させるという意味で、下僕という仕事を与えているんだよ」
隼人が言うと、みどりが笑顔で頷く。
「はい! みどりはストーカーでした、会長イケメンでしたのでつい! でもみどりは更生しました! 側にいられるなら下僕で良いです!」
いろいろ衝撃の事実に言葉が出ない。
みどりは響のリクエストの唐揚げも並べていく。他にもお菓子やケーキなどたくさん出てきた。

「会長は凄いんですよ。生徒会の仕事をしながら、みどりみたいな素行不良の生徒を更生させてるんです。他にも万引きしてる生徒をこっそり注意して、大きな騒ぎになる前に更生させてるんです。彼は今、手芸部で大活躍です! なんと言っても手先が器用ですからね!」
隼人は黙ってお茶を飲んでいた。

「な、なんか生徒会長っていろいろしてるんですね」
響が呟いたが、その横で奏が顎をつまんでいた。
「カフェオレ持ったストーカーに心当たりがあるけど、そっちも更生させてもらえるよう頼めないだろうか……」
ミズキは無言で唐揚げに手を出していた。

「実は君達に報告があるんだ」
隼人はテーブルの上で手を組んで微笑んだ。
「実は宗親先生の本を読んで感動してしまってね、俺は昨日から腐男子になったんだ」
「ブッ!」
了は飲みかけていたお茶をふきだした。
正面に座っていた隼人にかかる。
「す、すみません!」
謝る了の前で、みどりが隼人の顔を拭こうとする。
「いや、このままで良いよ。リョウに舐めとってもらうから」
部屋の空気が凍り付いた。
ミズキと奏の額に青筋が浮かんで見えた。その瞬間、隼人はニコリと笑った。

「うん、良い反応だ。ミズキ君にカナデ君だね。君達はどうやらリョウの事が好きなようだ。良いよ、そういうのを期待していたんだよ」
隼人はとても楽しそうだった。一瞬怒りをあらわにしていた、ミズキも奏も困惑している。

「BLにハマったばかりの俺は、今最高にテンションが上がっているんだ。腐男子がこんなに楽しいモノだなんて思っていなかったよ。昨日はあの後、宗親先生のBL本を30冊位買って帰ってね、昨夜はほぼ徹夜で読んでたんだよ」
「そ、そうですか……」
隼人のハマり具合にもビックリだが、宗親のBL本が30冊以上あるらしい事の方が驚きだ。
息子として一応読むべきか。いや、やはりそれは怖い気がする。
了が考えている間も、隼人はBLについて熱く語っていた。

「……といいうワケで、リアルBL妄想を楽しめるように、リョウには生徒会に入ってもらいたいと思っている」
突然、聞こえた声に現実に戻される。

「は!? 今、なんて?!」
叫ぶ了に隼人は告げる。

「さっきも言ったように、生徒会の仕事を、嘘をついてサボたっていた彼女は、除名処分にしたんだ。その空いた席に、リョウに入ってもらいたい」
「なんで俺が?!」
「君が入ってくれたら、君の様子が気になって、ミズキ君もカナデ君も遊びに来てくれるだろう? そこで、ふふ、ふふふ、リアルBLが見られるという、そんな最高な状況が訪れるんだよ」
「そんなの嫌に決まってるでしょ!」
了は叫んだ。
「……でも生徒会のメンバーが一人減ったのは事実だ。しかもそこにいるヒビキ君が原因でね」
響の名前を出されてドキリとした。
問題の彼女が悪いわけだが、響は無関係ではない。そう思うと友人としては断りにくい。

「えっと、じゃあ、俺が生徒会に入るんじゃダメですか? 俺が原因だし」
響が言ってくれた。
「却下だ」
「どうして!?」
叫ぶ了に隼人は答える。
「生徒会の女子生徒は他にもいる。ヒビキ君が入ったら、また仕事にならなくなるかもしれない」
了は響を睨んだ。
実はすごくモテるんだな、こいつ! 
複雑な気分だった。

了は改めて隼人に訊ねる。
「そもそも生徒会メンバーって勝手に変えて良いんですか? 選挙とかそういうのは?」
「知らないのか? 選挙があるのは会長選だけだ。あとのメンバーは会長の指名で決定する。役員を信任するかのアンケートが全校生徒に配られるが、不信任になる事はまずない」
「……そうですか、でも俺は嫌なんで、お断りします」
はっきり断ったが、隼人は笑顔のままだった。

「大丈夫だよ。君の気が変わるように、この俺が口説き落として見せるから」
自信満々の美しい顔で宣言された。
『口説き落とす』が違う意味で聞こえた。

夏なのに急に冷気を感じた。
見るとミズキと奏の二人がブリザードを吹かせていた。
二人共見た事がない暗い顔をしていた。ミズキが呪いの言葉をブツブツ呟いているように見える。
了は慌てて叫ぶ。
「ちょっと小清水さん、変な言い方しないで下さいよ! ほら、ミズキもカナデも落ち着いて! 生徒会長の冗談だから、冗談!」

慌てる了を、隼人は楽しそうに見つめていた。
その顔を見て、了は気付いた。
隼人の性格は宗親にとても似ていると。



家に帰った了は宗親のいる書斎に向かった。
宗親はPCに向かって仕事をしていたが了に気づくと微笑んだ。
「珍しいな、お父さんの仕事の見学かな? 働く俺は格好良いからな!」
「いや、違うよ」
「そうか、何を書いているのか知りたいのか。今、丁度良い所なんだ。剣士ミズーキが秘めていた恋心を爆発させて、王子リョウガに告白して押し倒すシーンだ」
「書いてたのBLかよ! しかもその登場人物、俺とミズキをモデルにしてない!? 絶対に名前変えろよ!」
本題の前に了は突っ込み疲れた。

「それで、俺になんの用なんだ?」
真面目な顔で宗親が聞き直してきた。了は一瞬ドキリとしながら声を出す。
「えっと、父さん、隠し子とかいないよね?」
「隠し子?」

宗親と隼人は同じミステリー好きで、BL好きの腐男子だ。
しかも了の友人×了で妄想をして楽しむ所まで好みが同じとなると、血の繋がりを疑いたくなる。

「隠し子? それはあれか? 新しい兄弟が欲しいのか? 新しい恋人候補が欲しいと!?」
「言ってないから! 俺はただ小清水さんと父さんが、あまりに似た性格だから心配になっただけです!」
思わず敬語で叫んだが、宗親はあっさりしていた。
「なんだ、そんな心配か。残念だけど隼人君は俺の息子じゃないよ。あ、でもそういう展開も良いかな? 設定に追加しておこう」
どうやら後半は自分の書いているBL小説のアイデアのようで、PCに文字を打ち込みだした。
了は黙って部屋を後にした。



翌日。登校途中でミズキに会った。
学校までの、初夏の木々が茂る坂道を二人で上がっていく。
早朝のせいか周りに人は見えない。

「なんかミズキと二人って久しぶりかも。凄く落ち着く」
宗親や隼人に振り回されて疲弊していたので、了は何げなく呟いたのだが、ミズキは立ち止まった。
「ん? どうした?」
夏なのにミズキを見ていると涼しさを感じる。無口で静かで、熱血とかウルサイとは真逆だ。
その性格が涼し気に見える。色で例えるとブルーだ。

「落ち着くって言われたら、前なら嬉しいと思ったかもしれないけど、でも最近はそう思えないんだ」
ミズキの手が了の頬に触れた。
冷たく見えたのに、触れられた手は熱かった。

「落ち着くって言うのが、意識されてないって意味なら、俺はリョウにドキドキして欲しい」
顏も体も熱くなった。了は目を細める
「ドキドキするに決まってるから、触るなよ……」
緊張から解放されたくて手を振り払おうとした時、カシャカシャと音がした。
「へ?」
二人で音がした方を振り向いた。
通学路に佐川みどりが携帯を構えて立っていた。
「は!? 何事!?」
動揺する了の前で、みどりは敬礼をする。

「おはようございます! ボス、いや会長の命令でお写真をお撮りしていました! 最近みどりに与えられた使命です! みどりは会長のストーカーから、会長のためのストーカーへと生まれ変わりました! 会長の為にリョウさんに張り付いてラブラブBL写真を撮りたいと思ってます!」
「ちょっと待って、突っ込みが追いつかないから! ボスって言った? あとストーカー更生してないよね!? あと盗撮は絶対やめてくれる!?」
みどりは携帯を操作しながら答える。
「あーはい、画像の送信が終りました。会長に褒めてもらえそうな仕事が出来てみどり幸せです。ご協力ありがとうございました」
みどりはペコリと頭を下げた。
「え、いや、感謝されても困るんだけど、お役に立てて何よりって、でももう撮らないで?」
みどりは携帯を見てから了を見る。
「ボス、じゃなくて会長から返信が来ました。隠し撮りが嫌なら、直接目の前で見せてくれって言ってます。生徒会カモーンだそうです。言う事聞かないと犯しちゃうぞって言ってます」
「いや、後半全部君の言葉だよね?」
「バレてましたか、てへ」
みどりは白状すると通学路をダッシュで駆け上がっていった。運動部顔負けの早さだった。
みどりに圧倒されたのか、単に通常運転か、ミズキは一言も発していなかった。





昼休み。了はいつものメンバーを置いて一人で図書室に来ていた。
友人達を置いてきたのは場所が図書室だったからだ。大勢で来て、いつもの調子で騒いだら迷惑になる。

今日の目的は宗親の本の寄贈だった。
子供の頃から新刊が出る度に、通っている学校の図書室に寄贈してきた。
宗親は変人だが本に罪はない。ミステリー好きな誰かが喜んで読んでくれるのであれば、了としても嬉しい。
BL本は読んだ事はないが、宗親のミステリーはひいき目なしで、普通に面白いと思っていた。
名探偵夕月が助手で作家の朝人と共に事件を解決していくシリーズが人気だ。
先日、隼人が褒めていたのはこの二人が出てくる本だった。

慣れた手続きで寄贈を終えた了は、書架の奥の四人掛けの席で、一人で本を読んでいる人物に気付いた。
無視しようと思ったのだが、その手にある本が気になった。

「それって秋月アキラ先生の新刊ですか?」
了が声をかけると隼人は顔を上げた。
「ああ、君か。新月先生の本、リョウも読んでるのか?」
「読んでますよ! この人の本良いですよね! 現代版、怪人20面相と少年探偵団みたいな設定!」
隼人の目が輝いた。
「君もその設定が好きなのか! ああ、本当にこのシリーズは最高だ!」
隼人は先日、BLについて熱く語っていたのと同じ熱量で、ミステリーについて語りだした。
犯人と探偵の知恵比べが好きな事。
正統派のミステリーが好きだったが、特殊設定のミステリーの面白さに目覚めた事。
更にはそういった小説を書く作家を尊敬するようになった事など。

第一印象は最悪だったのだが、話すうちに理解した。
隼人は本当に好きなモノに真っ直ぐなだけなのだ。
ミステリーにしろBLにしろ。
対象を愛する純粋さはまるで子供のようだと思った。

暫く二人でミステリーについて語りあってしまった。
宗親の影響もあって了もミステリーには詳しい。
先日は宗親と隼人の会話の間に入っていけなかったが、実は隼人とは好みが近いと感じていた。
特殊設定モノも読むし、ホラーよりの小説も好きだった。

だが一番はなんと言っても秋月アキラ先生の、名探偵と怪人と少年の現代ミステリーだ。
今まで秋月先生のファンに出会った事がなかったので、同志に出会えたのはかなり嬉しかった。

「今日は話せて本当に良かったです。その本読み終えたら感想聞かせて下さいね。めちゃくちゃネタバレで語りたい事あるんで」
了は笑顔で告げた。
「じゃ、俺、そろそろみんなのトコに戻りますね」
挨拶をして振り返ろうとした時、腕を掴まれた。
「え?」
困惑する了を、隼人は見つめる。

「秋月先生のファンで、ミステリーの事で話が合ったのは、同年代では君が初めてだ。もしかして君は俺の運命の相手なのか?」
暫く無言で見つめあった。隼人はいつものふざけた感じではなかった。

「あ、あの……」
了が声をもらした瞬間、隼人は我に返ったようで顔を赤く染めた。

「何、バカな事考えたんだ、俺は」
隼人は勢いよく椅子から立ちあがった。

「今の言葉は忘れてくれ! 何でもない! そして君はこれからも俺の妄想の為に、友人達といちゃついてくれ! 俺はそれを楽しみに残りの学校生活を楽しく過ごすから!」
「いや、だから、俺を巻き込まないで……」
突然、指先で顎を持ち上げられて声が止まった。
隼人が顔を寄せてくる。

「君は生徒会に入る事になるよ」

互いの前髪が触れそうな距離で言われて、心臓の音が大きくなった。
「ど、どうして?」
「俺がそう望んでいるから」
自信満々の言葉を発した後で、隼人は顎から指を離した。
そしてそのまま出口に向かって歩きだした。

了は呆然とそれを見送った。
ふと気づくと、図書委員の2年生男子がこちらを見ていた。

「す、すみません、図書室で騒いで」
大人しそうな少年は首を振った。
「大丈夫だよ、今は他に誰もいないし」
「そうですか、でもすみません」
頭を下げて帰ろうとしたら、声をかけられた。

「君はあの生徒会長の友達なの?」
慌てて手を振って否定した。
「いや、友達とかじゃないです、多分……」
いや、友達なんだろうか、すでに。
考えていると少年は勝手に話しだした。

「そう、じゃあ君は僕と同じなのかな? 会長は僕の恩人なんだ」
「え?」
了はつい少年を見つめてしまった。

「昔、僕は学校に居場所がなくて不登校だったんだ。家にいるのも嫌で、ネカフェで過ごしてた。それを救ってくれたのが彼なんだ。会長は図書委員の仕事を僕にくれて、学校に居場所を作ってくれた。最初は読みたい本も漫画もないから図書委員なんかやりたくない。ネカフェが良いって断ったんだけどね、会長が生徒会を通してラノベや漫画をこの図書室に入れてくれたんだ。そこまでされたら、ほら、やっぱり絆されちゃうじゃん。というか尊敬しちゃうよね」
黒い髪の大人しそうな少年はニコリと笑った。

「話が聞こえたわけじゃないけど、君も会長と関わったんなら、この先、絶対に救われると思うよ。だから彼を信じてよ、僕みたいに幸せになれるって」
少年は言いたい事を言うと、仕事に戻っていった。

勘違いだ。ぜんぜん違う。俺は逆に、迷惑かけられそうになってます。
そんな風に言いたかったけど言えなかった。
彼が救われて、幸せそうならそれで良いと思えた。

さっきまで、隼人が一人でここで読書していた事を少し不思議に思っていた。
持っていたのは私物の本だった。教室でも生徒会室でも読める。なのにわざわざここに来ていた。
もしかしたらあの図書委員の少年の様子を、見に来ていたのかもしれない。

それって生徒会長の仕事だろうか?
もう夜回り先生とか、そういうヤツじゃないかと思った。
でも隼人が変人なだけではない事がよく分かった。
見た目のオーラや美形というだけでなく、生徒会長に相応しい人格を持った、人を惹きつける人物なんだ。

「でも俺は絶対に生徒会には入らないからな!」
了はあえて声に出して言ってみた。
そうしないと、絆されて入ってしまうんじゃないかと不安になっていた。




夜。
風呂から上がった了は、いつものように冷蔵庫から麦茶を取り出した。
グラスに注ぎながら隼人とのやり取りを思い出す。

「君は生徒会に入る事になるよ」

そう言い切った隼人に胸がざわつく。
生徒会に入ったら何か変わるんだろうか?
具体的には何も想像できなかった。そもそも隼人以外の生徒会メンバーには会った事がない。
みどりは生徒会メンバーではないらしいが、あのキャラだ。他の人間も同レベルの個性の強さなんだろうか。

ただでさえ了の周りは濃いキャラの人間が多いのに、これ以上どうしろと言うのだ。
キャパオーバーだ。処理しきれない。
そう考えながらダイニングに行くと、一番濃いキャラの宗親が、テーブルで何やらやっていた。

「何してるの?」
「んーーお前の成長記録を更新してるんだぞ」
「成長記録?」
どうやら紙のアルバムに最近の写真を追加しているようだった。

昔と違い、現在はデジカメで撮った写真はプリントアウトしないといけない。
紙のアルバムというのは、手間暇かけた貴重な物ともいえる。
ヘタするとデータだけで、紙の写真はまったく持っていないという友人までいる位だ。


宗親は写真を見ながらニヤニヤしていた。
聞かなくてもわかる。
了の友人達の写真だ。
宗親はその写真を一枚ずつ、了に見せるようにテーブルに並べた。

幼なじみでバスケ部、宗親に何故か冷たい剛輝。
明るく誰とでも友達になるムードメーカーの響。
無口で大人びているのに、少し天然のミズキ。
人間嫌いの超絶美少年、奏。
愛情の伝え方がわからない、不器用な性格の紫苑。
尊敬できる生徒会長のはずなのに、少し残念な言動の隼人。

見せられた友人達にいろいろ思う事がある。
純粋な友情と家族愛のような親愛の情を示してくれる人。
淡いのか強いのか、恋愛感情を向けてくれる人。ちょっと困った人。

了は彼等に対してそれなりの愛着を持っていた。でもそれは恋ではない。
そう、まだそんな感情ではないハズだ。
時折、ドキドキさせられる事はあるが、彼らに対して持っているのは友情だ。

黙り込んでいた了の前で、宗親は口を開いた。

「お前の誕生日から早2カ月近く! 俺の見つけた理想の少年たちだ! いや、美少年たちだ!」
「なんでわざわざ言い直す?」
「だって美少年だろ。しかもとびっきりの。BL漫画から出てきたような!」
「いや、BL漫画見た事ないから知らないよ!?」
宗親は了の突っ込みを無視して続ける。
「偶然や運命の導きで、彼らはここに集ったのだ! お前を手に入れる為に!」

ライトノベルのノリで、宗親は悪の幹部のように大きく両手を広げた。見えないマントが大きく翻ったような気さえする。
宗親は美しい笑みを浮かべて問いかけた。

「さぁ、カードは出揃った! リョウ、お前は誰を恋人に選ぶ!?」
「誰も選ばないよ」

腐男子の父に困らされる生活は、まだまだ続きそうだった。
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