父が腐男子で困ってます!

あさみ

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デートしよ!

「な、な、な、何を……」

濡れた首筋を手で押さえながら了は呟いた。
驚きすぎてまともに言葉がでなかった。
そんな了を楽しそうに見つめて、蓮太郎と名乗った少年は呟いた。

「また可愛らしい反応だね。見てて本当に楽しいよ」
ご機嫌な様子だった。

了はマジマジと目の前の少年を見つめた。
彼は蓮二郎と同じ顔をしていた。
似ているというレベルではない。
本当に同じ顔だった。

了の頭の中で、今までに読んだミステリー小説がいくつも思いだされた。
ミステリーは物語の展開上、そっくりな人物が出てくる事が多かった。
その場合考えられるのは、双子、多重人格、ドッペルゲンガー、整形。
どのパターンも読んだ事があった。

今回はどれだ?
考えながら見つめていると蓮太郎は笑顔を見せた。

「そう睨まないでよ。せっかく可愛い顔してるんだから」

どうやら目の前の人物は、蓮二郎と正反対の性格のようだった。
蓮二郎が陰キャラなのに対して、彼は陽キャラという印象だ。
同じ顔なのに、醸し出す雰囲気がまるで違っていた。

「僕の事はレンレンから聞いてなかったんだね?」
「レンレン?」
首を傾げる了に蓮太郎は頷く。

「そう、蓮二郎だからレンレン。僕の事はレンって呼んでよ」
「レン……」
「うん、蓮太郎なんて呼びにくいし、イメージじゃないでしょ?」
確かに蓮太郎より、レンの方がしっくりきた。

「それでは改めて、僕は皆川蓮太郎。蓮二郎の双子の兄だよ」
「双子……」
やっぱりと思った。
多重人格も整形も小説の中では見かけるが、現実的には起こりにくい。
ドッペルゲンガーに至ってはもう超常現象だ。

そもそも最初から気づくべきだったと、今になって思った。
蓮二郎という名前は普通、長男にはつけない。
太郎がいて二郎になるんだ。
そう考えれば双子だと知らなくても、蓮二郎に兄がいる事は明白だった。
自分は探偵には向かないなと思った。

「苗字が違う事には驚かないんだね? じゃあ、うちの両親が離婚している事は知ってるんだ?」
了は頷いた。
「ふーん、なる程ね、所で、そろそろ君の名前を教えてくれない?」
顔を寄せて言われた。
「あ、ごめん。俺は尾崎了。レンジ君とはその……知り合いって感じ」
友達とは言えなかった。

「気になる言い方だな……」
考えるように顎をつまんで、蓮太郎は呟いた。
「ね、ちょっと時間あるなら付き合ってよ」
「え?」
蓮太郎は再び顔を寄せると微笑んだ。

「デートしよ!」
「は?」
「まーお茶でもしましょうって意味。良いよね? そもそも君が勝手に僕の事引っぱってきたんだから。あ、大丈夫、さっきまで一緒だった友達には連絡しとくから」
高速でメッセージを送ると、蓮太郎は了の腕を掴んで歩き出した。
了はそのままついていくことにした。
聞きたい事が了の方にもあった。


チェーン店のコーヒーショップで、蓮太郎と向かい合って座った。
蓮太郎はコーヒーのカップを掴んだまま、前のめりで了に問いかける。

「レンジと知り合いって言ってたけど、どこで出会ったの? 君があの田舎の村に住んでるんじゃないよね? お上りさんって感じじゃないし」
「あ、俺はずっとこっちに住んでるよ。レンジ君とは村に旅行に行った時に出会ったんだ。彼のお父さん、えっと君のお父さんの、人形作家の篠崎ともかさんと俺の父親が友達なんで、今、丁度レンジ君はうちに泊まってるんだ」
「へー、そんな繋がりがあったんだ。なんだ、こんな可愛い子と出会えるなら、俺が父さんについて行ったら良かったかな?」
調子良く言われたが、さっきから『可愛い』という言葉がひっかかっていた。
可愛いって何だよ、誰の事だよと突っ込みたい。

「でも、結果は一緒か。僕は母さんについて行ったのに、こうやって君と出会えてるんだからね。もうこれは運命だね」
顔を寄せて微笑まれた。
了は身を引きつつ訊ねた。
「……さっきから気になってるんだけど、可愛いって何? 俺はぜんぜんかわいくないし、それにその、なんか口説かれてるみたいなヘンな気分になるんだけど、初対面の人に誤解を与えるような発言はどうかと思うよ」

簡単に一言、ホモだと思われるよ? と言いたかったが、遠回しに言ってみた。
こういうのはデリケートな問題だからだ。

「え、口説いてるよ?」
サラリと返された。
奏やミズキの時のような真剣さを感じなかった。
了は取りあえず、スルーする事にした。

「それはもう良いよ。かわりに君の事を聞かせてよ」
「僕に興味があるの? 良いよ。何でも教えてあげる」
軽い返答に戸惑う。
見た目は蓮二郎と同じなのに、返ってくる反応が正反対という位に違う。
蓮二郎に『君の事を聞きたい』なんて言っても、何も答えてはくれないだろう。

「ウチの両親が離婚したのが小学生の時で、僕は母に引き取られ、レンジは父に引きとられたんだ。知っての通り、父は人形師で田舎暮らしが決まってたから、僕は都会に残る母についていったんだ。ちなみに母はもう再婚してて、皆川が今の父親の苗字だよ」
「そうなんだ……結構、複雑なんだね」
しみじみ言う了に蓮太郎は微笑む。

「ぜんぜん複雑でもないよ。新しい父親とも上手くいってるし、友達も多いから学校も何も問題ないよ。ただまぁ、これがレンジだったらいろいろこじらせてそうだけどね」

了は姿勢を正して訊ねる。
「君とレンジ君は仲が良いの?」
蓮太郎は首を傾げる
「んー、どうだろう? 僕の方は何も思う所はないけど、あっちにはあるかもしれないね。僕が連絡すると3回に1回位、返事がある感じ」
それはどうなんだろう。世の中の兄弟はこれ位が普通なんだろうか?
兄弟がいない了には判断が難しかった。

「君は、お父さんの篠崎ともかさんとは仲が良いの?」
蓮太郎はストローでコーヒーを飲んでから答える。
「別に普通だよ。連絡とり合っててたまに会うし」
了は少し緊張しながら訊ねる。

「レンジ君はともかさんと仲が悪いの?」
「レンジと父さん?」
蓮太郎は少しだけ考えるようにストローを叩く。

「昔は普通だったと思うけど、今はどんな暮らしをしてるか僕は知らないしね、反抗期になって口聞いてないってなっててもおかしくはないかな? ほら、レンジって面倒な性格してるだろ? 何でも悪い方に考えるし、基本他人に興味ないし」
頷きたくなるのを堪えた。
面倒な性格ではあるが蓮二郎は悪い人間ではない。陰口みたいにならないようにしたかった。

「君の方はどうなの?」
逆に蓮太郎に聞かれた。
「俺?」
「そう、君とレンレンはどんな関係? 知り合いって言ってたけど、友達じゃないって事だよね? まさか恋人とか言わないよね?」
「違うよ!」
了は手を振って大きく否定した。
すると蓮太郎は微笑んだ。

「そう、良かったよ。基本的にあいつと僕は趣味が合わないけど、双子だからね、好みのタイプが合う場合も考えられるからね」
「好みって……」
テーブルにあった手を握られた。

「僕と付き合わない?」
「いやいやいや」
了は慌てて握られていた手を引き抜いた。
「なんで初対面でそんなセリフ言えちゃうの?」
あまりに軽いので了は引いていた。蓮太郎はいつもこんな感じで軽いのだろか。

蓮太郎は不思議そうに首を傾げた。
「好きになるのは一瞬じゃない? 好きかどうかって、一目で判断すると思うけど?」
「え、いや、違くない? 好きになるのはこう、相手の事を知ってからでさ」
困惑する了に蓮太郎は自信満々に言う。
「相手の事を知るのは付き合ってからだよ」
「……」
蓮太郎の考えが理解できなかった。するとそれが伝わったのか、蓮太郎は細かく説明を始めた。

「人が恋に落ちるのは一瞬だよ。顔が好みとか優しくされたとか、それ以外にも理屈じゃなく恋に落ちる。でもそれが長く続くかはわからない。実際付き合ってみないと、性格なんか見えてこないでしょ? 友達として長く付き合ってもしょうがないよ。恋人として付き合わないと見えない部分が必ずあるからね。付き合ってみて合わなければ、その時に別れればイイんだよ。一瞬で恋に落ちたとして、好きだって気持がずっと続いて、これが愛だって確信が持てたら、それが理想ってもんじゃない?」
蓮太郎の言いたかった事が分かった。
確かにそういう考え方はアリだ。

「そんなワケで僕は君を好きになったんだ」
「……」
どう返答して良いか困った。
「えっと、念のため言うけど、俺は男だよ?」
蓮太郎はふき出した。
「それは分かってるって。男でもイイと思って告白してるの。それだけ綺麗な顔してるんだから、今までだって男にコクられた事あるでしょ?」
ノーコメントにしておいた。
蓮太郎はコーヒーカップを手に持ったまま、うっとりするような顔で了を見つめる。

「それに運命的な出会いだったでしょ? こっちはいきなり知らない人間に、腕を掴まれて走らされたんだよ? 怒ろうと思ったら凄い綺麗な子だったからついてきてみた。そうしたらレンジと間違えていて、しかも、ふ……」
蓮太郎は堪えきれないようで笑い出した。

「カツアゲされてると思ってって言うんだから……こんなの好きになるでしょ?」
「……カツアゲの誤解で好きになるの?」
蓮太郎は美しい顔でニコリと笑う。

「双子の弟を、そんな風に心配して助けようとしてくれた人がいる事に感動したんだ」

今の一言で分かった。
さっき、蓮太郎は蓮二郎との仲をはぐらかしていた。
でも蓮太郎の方は間違いなく蓮二郎の事を大好きで大事に思っている。
だから嬉しくて、了に好きだと言うのだ。

「君の気持は嬉しいけど、俺は知り合ったばかりの人と、いきなり付き合うなんて出来ないよ」
了はハッキリ断った。だが蓮太郎は嬉しそうに笑った。

「うん、良いよ。だったら友達になって、君が僕を好きになるのを待つまでだから」

自信満々の発言だったが、嫌な気はしなかった。
恋愛的な意味では少し困るが、彼とは仲の良い友達になれる気がした。

「そうだ、この後行く場所があるんだけど、そっちも付き合ってくれる?」
言われて思いだした。先ほどのカラオケ店の前でもそんな事を言っていた。
「どこに行くの?」
聞くと蓮太郎は目を細めて微笑んだ。
「篠崎ともかの人形展」
「え?」
驚きで言葉がでなかった。

「じゃ、行こうか、リョウ」
「うん」
二人で席を立つ。カップを分別して捨てながら、了は蓮太郎に声をかける。

「あのさ、一応言っておくけど、俺、君より年上だからね?」
「え?」
驚いたように蓮太郎は振り向いた。
「本当に? ごめん、レンレンの友達ならてっきり同じ年かと思ってた」
「いや、まぁ、一個しか違わないし、良いんだけど……」
了が言うと蓮太郎は笑みを浮かべた。

「良いんだ? じゃあ、リョウって呼んでも良い?」
「良いよ」
「敬語でなくても良い?」
意外と真面目だなと思った。
「良いよ、今更だもん」
「ふふふ……」
蓮太郎はまた楽しそうに笑った。

「やっぱり、リョウは優しいな。このまま恋人になる?」
「それはダメ」
了が断っても蓮太郎は笑顔のままだった。


蓮太郎に連れられて、了は駅近くのデパートに向かっていた。
デパートの催事場で人形展が行われているという事だった。

エレベーターが混雑していたので、エスカレーターで移動する事にした。
8階の催事場まで話しながら向かう。

「今回は2週間の期間限定の展示会で、たまたま今日、覗きに行こうと思ってたんだよね」
「お父さんに会うのは久しぶりなの?」
了が聞くと蓮太郎は頷く。
「1年ちょっとぶりかな? あの人の方がたまに仕事でこっちにくるから、その時に時間があれば会ってる。ま、僕は誰とでもそつなく話せるし険悪になるような事はないよ」
「えっと、それはつまりレンジ君の方は……」
「母さんが再婚したのもあって、レンジは母さんと何年も会ってないんじゃないかな? リョウの様子を見るに、一緒に暮らしてる父さんとも上手くいってないみたいだしね」
了は何も言っていなかったが、蓮太郎にはバレバレのようだった。

「リョウもレンジと知り合いって言い方してたし、距離取られてるんでしょ?」
「まぁ、うん……」
手すりによりかかって呟くように答える。
蓮太郎はエスカレーターの二段上からリョウを見下ろす。

「それをリョウは気にしてるんだ? もっと仲良くなりたいって」
「暫く一緒に暮らすワケだし、出来ればもうちょっと仲良くしたいなって思うでしょ。普通に」
蓮太郎はからかうように言う。
「それなのに弟じゃなくて、兄貴の方と仲良くなっちゃったんだね?」
「仲良く……」
仲良くなったのだろうか?
だが確かにこうやって二人で行動をしているし、どちらかと言えば蓮太郎との方が会話が弾んだ。

「8階に着いたよ」
到着すると蓮太郎は真っ直ぐに歩き出した。
どうやら展示会の場所はあらかじめ調べてあるらしい。

「父さんには会った事があるの?」
聞かれて首を振った。
話に聞いてはいたが、会った事はなかった。

「ともかさんの作った人形は見た事があるけど、本人に会った事はないよ」
「へー、じゃあ、今日が初対面か」
「え、お父さんここにいるの?」
「そうだよ。知らない? 絵画の展示とか、だいたい本人がいるものだよ。ま、今回は人形だけど」
「え、そ、そうなの? 急に緊張してきたっ!」
蓮太郎はクスリと笑う。
「何で緊張するの? 父さんの人形のファンとか、父さんが人間国宝とかならわかるけど、本人はただの中年のおじさんだよ」
「いやいや、だってあんな凄い人形作る人だし、父さんの友達だし、俺の事、何か聞いてるかもと思うと緊張するよ」
「そういうもの? ま、でも一人じゃないし、安心してよ。何でもそつなくこなす僕がついてるんだからさ!」
そう言われると心強かった。


展示会場に着いた。8階フロアの端にある、イベント用のスペースだ。
受付で名前を書いて中に進む。

美術館の絵画や、陶芸の展示のような場所を想像していたのだが、少しだけ違った。
人形はただ置かれているだけではなかった。
テーマがあるようで、タイトルが掲げられ背景が作成されていた。
最初はパーティー会場がテーマのようで『舞踏会』というタイトルがあり、ドレスアップした人形がダンスを踊るような姿勢で飾られていた。
その横には豪華な料理の並んだテーブルと食事をする人形があった。

次の場所は廃墟のような背景だった。
その中心に壊れたピアノを弾く人形が居て、横にはバイオリンを持つ人形が立っていた。

了はその完成度の高さに言葉が出なかった。
つい真剣に人形を見つめる。
蓮太郎の方は、展示会に慣れているのか、あるいは人形自体に慣れているせいか、流して見ているようにみえた。

「この背景も、ともかさんが作ってるの?」
訊ねると蓮太郎は首を傾げた。
「多分ね。前は全部一人でやってたよ。最近はどうかはわからないけど」
「そうなんだ、すごいね……」
どの背景も凝っていて、物語の一部を切り取ったような世界観だった。

人形のサイズはそれぞれのコーナーで差があった。
等身大サイズから40センチ位の物、もう少し小さい物など、どれもが個性豊かに飾られていた。
顔つきは男女とも、やはり美しく、ロシア人ハーフかビジュアル系バンドマンに見えた。

会場は思ったより広く、了は開け放たれたドアを進み、次の部屋に入った。
「え?」
そこにあった光景に驚いた。思わず蓮太郎を振り返った。
蓮太郎は複雑な顔で黙り込んでいた。

「これって写真撮っても大丈夫なのかな?」
了が聞くと蓮太郎は頷く。
「大丈夫みたいだよ」
了は安心して、そこに飾られていた人形の写真を撮った。
これを蓮二郎に見せてあげたかった。

その後も隅々まで人形を見て回った。
そこまで混雑しているわけではなかったが、やはり熱烈なファンが多いのか、写真をたくさん撮ったり、何十分も同じ場所を眺めている人がいた。

出口近くまで来た時、着物を着た男性が目に入った。
書道家か日本画家みたいな雰囲気の人だった。
「父さん」
蓮太郎がその人物に声をかけた。
「え」
この人が篠崎ともかさん?
了は呆然と二人を眺めた。ともかは了の想像とは少し違っていた。
もっとロシア人っぽい人を想像していたが、実際は和風の顔立ちの男前で、落ち着いた雰囲気だった。
宗親よりは少し年上に見えた。

「久しぶりだな。元気だったか?」
「うん、元気だよ」
ともかは蓮太郎と話した後で、了に視線を向けた。

「友達を連れてきてくれたのか?」
「ううん、恋人だよ」
蓮太郎の発言につい突っ込む。
「ちょっと待って! 嘘つかないで!」
大声になってしまい、つい口を押えた。すると、ともかの顔が変わった。
「もしかして尾崎了君?」
「え、あ、はい」
動揺する了に、ともかは穏やかな顔を向けた。
「ああ、すまないね、君の事は宗親から聞いていたし、写真も見ていたからすぐにわかったよ」
「あー、そうだったんですねー」
写真は普通のだろうかと心配だった。間違ってもBLっぽいモノではないと信じたい。

「レンはリョウ君と友達だったのか?」
「ま、いろいろあってね」
蓮太郎は了にウインクしてきた。父親の前でも相変わらずのノリだった。

「今、君達の家にレンジがお世話になっているそうだね。難しい子だろう? 君達に迷惑をかけてないかな?」
「あ、大丈夫です」
反射的に了は答えていた。
「こちらこそいつも父がお世話になっています。父は自由すぎる性格なんで、多分すごく迷惑かけていると思うので、本当にスミマセン」
「いや、構わないよ。俺はこの通りつまらない人間だから、宗親のような面白い人間の方が逆に馬が合うんだ」
「え、そうなんですか?」
「ああ、君にもぜひ息子達と仲良くしてもらえると嬉しいよ」
「あ、もちろんです! よろしくお願いします!」
またも反射的に答えていた。
蓮太郎が肩に腕をまわして抱きよせる。

「僕達はもう仲良しだよ。将来は結婚しちゃうかもね」
「レン!?」
了は激しく動揺したが、ともかは無表情だった。
「そうか、もう仲が良いならそれは良かった」
「……」
物事に動じないというか、おおらかな人だなと思った。




夕方。
了は一人で家に帰った。

リビングに行くと蓮二郎の姿が見えた。
テーブルに出ていたコップを片付けている。

「た、ただいま」
ぎこちなく挨拶すると返事が返ってきた。
「……お帰りなさい。ついさっきハヤトさんが帰ったところですよ」
「え、ああ、そうんだ」
「あなたに会えなくて残念そうでしたよ」
自分に会えない事ではなく、BL妄想が出来なかった事が残念だったんだろうなと思った。

「今日は僕が夕飯作るんで、テレビでも見て、どうぞゆっくりしていて下さい」
視線を合わさず、蓮二郎は隣を通りすぎて、キッチンに向かった。
了はそれを追いかける。
先ほどの出来ごとを伝えたかったが、どう伝えたら良いのかわからない。

「今日、レンに会ったよ!」
つい大きな声になった。

「レン?」
振り返って蓮二郎は首を傾げた。けれど次の瞬間、顔色が変わる。
「レンって、もしかして兄に会ったの? どうして?」
了は頭を押さえる。
「あ、いや、偶然なんだ。レンジ君だと思って声をかけたら、レンだったんだ。それでいろいろ話して友達になったんだ」
「友達……」
蓮二郎の目が細められた。

「何それ、会ったばかりで友達って……レンなんて呼び捨てにして、そんなすぐに仲良くなるもの?」
「いや、うん……二人でお茶して話したり、その後一緒に出かけたりもしたし……」
蓮二郎は無言で拳を握りしめていた。
その目が了の顔から首に移動した。

「何これ」
首を掴まれた。絞められるのだと思った了は後ろに下がる。
廊下の壁に背中がぶつかった。

「ね、これは何? レンにつけられたの?」
「え?」
了は何を言われているのか、わからなかった。
蓮二郎は眉をひそめて呟く。
「これってキスマークじゃないの?」
「え……」

蓮二郎は首筋に顔を寄せる。
「ほら、こうやって唇をつけて吸ったらこんな痕になるよね?」
「そ、それは……」
出会った時に蓮太郎に吸い付かれた事を思いだした。

「初対面なのに、もうそういう事する間柄なの? 信じられない」
軽蔑するような目で見られた。
「違うよ、これはレンが勝手にやった事で、別に変な関係でもない」
「呼び捨てにしてるくせに……」
呟いた蓮二郎が何に怒っているのかわからなかった。
いや、これは怒っているのではなく、傷ついているのか?

そう考えた了の首筋に蓮二郎がかみついた。
「いったっ!」
蓮二郎はすぐに了から離れた。
了は噛まれた首筋を手で押さえた。

「ご飯作るから! 邪魔だからどっか行っててよ!」
蓮二郎に言われ、了は二階にある自室に向かった。

本当はもっと、蓮二郎と話したい事があったが、とても話せる雰囲気ではなかった。


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