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初恋の人
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「な、な、な……」
何事? と聞きたかったが声が出なかった。
すると宗親にキスするように壁ドンしていた男が了に気付いた。
「おお! リョウ君か? 久しぶり、大きくなったな!」
見知らぬ男は笑顔で近づいてきた。
「わー、近くで見ると昔の宗親に似てるな。いや、ムネチーよりかわいい顔をしてるな。そこはお母さん似だ!」
「え、あの」
どうやら母と宗親の知り合いらしいと分かった。
しかも昔、了とも会った事があるらしい。
男は宗親とほぼ同じ30代後半に見えた。宗親とはまた少し違うタイプのイケメンだ。
線は細いがワイルドな顔つきをしている。
了は困惑しながら宗親を見た。
宗親は微妙な顔で頭をかきまぜていた。
「あーそいつは俺の高校からの友達の品川ワタルだ。昔、お前が小さい頃に会った事も、まぁある。覚えてないだろうけどな」
「あ、そ、そう……」
それは良いんだが、今の状況を説明してくれ。そう思ったが怖くて聞けない。
これはふざけたBLではなくリアルBL。大人のBLではないか?
そう思っていると宗親が慌てた様子を見せる。
「あ、もしかしてリョウは今のシーンを誤解してるのか!? 言っておくが今のはただのおふざけだぞ! 決して俺とこいつが変な仲ではない! 俺は美女しか眼中にないからな!」
必死な様子の宗親に引きつつ、了は頷く。
「まぁ、父さんが美女が好きなのは知ってるけどさ……」
了はワタルと言われた人物を見た。
問題はこの人が宗親をどう思っているかではないかと思った。
「え、あ、俺の事疑ってる? 今のはただの冗談だよ? 俺は昔のムネチーは好きだったけど、おっさんには興味がないから。いや、俺は美少年が好きだからさ」
想像よりはるかにヤバイ人だと分かった。
逃げ腰になる了の肩をワタルは掴む。
「いや、リョウ君は本当にキレイになったな。マジで俺の好みなんだけど」
宗親がワタルにケリをいれた。
「これ以上、リョウに近づくなよ」
真剣な顔の宗親に了は驚いていた。
いつもはあんなにBL妄想をして了を困らせるのに、今日は了を守ってくれている。
やっぱり宗親も普通の親なんだなと思った。
「俺は少年カップルが好きなんだよ! オヤジ攻めとか、受けとかまったく興味ないからリョウに近づくな!」
「俺の心配じゃなくカップリングの好みの問題かよ!?」
突っ込まずにはいられなかった。
カバンを部屋に置いた了は、リビングのソファに移動した。
改めてワタルと向かいあう。
「あの、父とはどういう関係なんでしょうか?」
緊張しながら訊ねたが、ワタルはニコリと笑う。
「あ、もしかして本気で俺とムネチーの仲を疑ってる? 残念だけどただの友達だよ。いや、高校の頃はアリかもとは思ってたけど」
「……」
非常に返答に困った。
宗親はキッチンでお茶の用意をしているので、今はワタルと二人きりだった。
「俺と宗親は高校の同級生だよ。元々小説や漫画の話とかしてたんだけど、ふとした事でお互いに腐男子だって事を知ってさ、それから更に親しくなったんだよ」
宗親はその頃から腐男子だったのか。意外と歴史は長いなと思った。
「俺は親友だって思ってたのに、ムネチーは結構冷たくて、結局大学もどこ行くか教えてくれないし、連絡してもあんまり返信ないし、最近はあんまり会ってなかったんだよ」
「そう、ですか……」
宗親は基本的に人間が大好きで、誰とでも仲良くなるのに、どうしてワタルとは疎遠になったのだろう。
「もしかして、父さんに告白とかしたんですか?」
聞いてから失敗だと思った。
こんなデリケートな事を聞くべきではなかった。
「あ、すみません、変な事聞いて、忘れて下さい!」
了は慌てて言ったが、ワタルは微笑んでいた。
「いや、気にしないで良いよ。確かにそれっぽい事も半分本気、半分冗談みたいに言ってはいたよ」
「そうなんですか?」
「うん、でも宗親も本気で受け取ってないっていうか、ノリ突っ込みみたいにしてたよ」
微妙だった。
もしかして宗親はワタルの告白を本気と受け取って避けていたんだろうか。
「まぁ、でも俺もムネチーもいつもだいたい彼女がいたしね」
「え?」
「あれ、何でそんなに驚いてるの? 俺も宗親も女の子大好きだったよ。まぁ、俺は両方いけるんだけどね。ちなみに俺は独身で彼氏彼女は募集中だよ」
「そ、そうですか……」
二人の関係がよく分からなかった。
普通の親友には見えない。
宗親の性格的に、親友と長い間会わないとか、連絡を取り合わないとは思えない。
やっぱり避けるような何かが、過去にあったんだろう。
後で宗親に聞いてみたい。でも自分が聞いても良い事だろうか?
了は思案した。
「はい、お茶が入ったよ」
宗親がお茶のトレイを持ってやってきた。
来客用の茶器だった。お茶もお客様用の物だとわかる。
丁寧にもてなす気があるようなので、ワタルの事を嫌っているという事ではないんだなと思った。
「急に来るから、ちゃんとしたお菓子は作れなかったよ」
宗親は市販品のお菓子を盛りつけた皿をテーブルに置いた。
「だって事前に連絡したら都合悪いとか言って、俺を避けようとするだろ?」
「……気のせいじゃないか?」
宗親にしては歯切れが悪かった。
「もう、ムネチーは冷たいな。俺がこんなに愛してるのに」
ワタルは宗親の頬に触れた。
どうやらさっきもこんなノリで壁ドンしてたんだなと理解した。
「俺のかわいい息子に誤解されそうだからやめろ」
宗親に言われて、ワタルは手を離す。
「あ、ごめんリョウ君、どん引いた? 冗談だよ?」
「いや、大丈夫なんで」
ワタルは安堵したように息を吐いた。
「そう言ってもらえて良かったよ。俺、つい調子に乗っちゃうからさ。いつもはBLごっことか、普通の人は引くからしないようにしようと思ってるんだけど、相手が宗親とかその家族なら良いのかなって気になっちゃって。いや、本当にごめんね」
「俺は大丈夫なんで。それに父さんも、いつもそういう悪ふざけするし」
「あ、やっぱりそうなの?」
ワタルは身を乗り出して聞いてきた。
「なんだ、やっぱりムネチーもBLごっこが好きか。だったら良かったよ」
「俺は良いけど、お前のBLごっこは禁止だ」
キッパリと宗親が言った。
「え、なんで俺はダメなの?」
「駄目なものはダメだ」
いつになくきつい口調だった。いつものようなノリではない。
どうやら本気で拒否しているようだ。
「……しょうがないな。ここはお前の家だし、お前のルールに従うよ」
ワタルは渋々という感じで呟いた。
ワタルは暫く話した後、夕飯前には帰っていった。
食器を洗う宗親に了は話しかける。
「ワタルさんてノリが良いし、父さんと話も合いそうなのに、あんまり仲良くなかったの?」
「……」
宗親は渋い顔をしていた。
やっぱりワタルの話はしたくないのだろうか。
「えっと、もしかして告白したとかされたとか、そういう系?」
「ぜんぜん違うよ」
即答だった。
「じゃあ、なんでワタルさんを避けてたんだよ? 嫌いだったの?」
「嫌いというワケじゃない」
「嫌いじゃないけど、なんかあるワケ?」
宗親は食器を置くと了に向き直った。
「話すのも苦痛というのが世の中にはあるんだ」
「え?」
宗親の真剣な顔に驚いた。
いつもふざけたような態度なのに、今回は違う。
了は何も言えなくなった。
了は学校の授業中も宗親の事が気になっていた。
ワタルと宗親の間にいったいどんな過去があったのだろう。
深刻な物でなければ良いなと思った。
昼休み、教室にはいつものメンバーが集まっていた。
その中の一人、いつも明るく社交的な響が大きなため息をついた。
みんなが響に注目する。
「どうかしたのか? いつも元気なのに、ため息なんかついて」
金色に近い髪の美少年、奏が聞くと響は頷いた。
「家でちょっとね」
「家って、もしかしてきょうだいゲンカでもした?」
響には妹と弟が二人いる。了が聞くと、響は首を振った。
「いや、親子喧嘩」
「お母さんと……」
先を促すように了が見つめると響が言う。
「母さんと、いずみの大喧嘩」
「あの二人が?」
いつも寡黙なミズキが怪訝な顔で呟いた。
いずみは響の妹で隠れ腐女子だ。性格は面倒見が良い優等生という印象だった。
「趣味も同じで、何でも話し合う仲良し親子に見えたけど……」
「まぁ、親子喧嘩なんか、どこの家でもあるんじゃない?」
了は心配して聞いたが、奏はサラリと言った。
「そうなんだけど、母さんといずみが機嫌悪いってなると、今日の晩飯は誰が用意するんだろうって、俺はそれが心配なんだよ」
「あー、なるほど」
了は理解した。
「二人共怒ると家事放棄すんだよ。いつも料理してる二人が二人共機嫌悪いと思うと、飯がどうなるのか不安でさ」
「ヒビキは作れないんだな?」
奏に聞かれ響は頷く。
「弟二人は?」
了は念のため聞いてみた。
響が険しい顔をする。
「あいつらが作ったらとんでもないモノになるよ。本人たちは楽しそうだけど、ほぼ泥遊びって感じで恐怖しかない」
「あー、想像つくな」
響には悪いが、それはそれで面白そうだなと思ってしまった。
「ちなみに何が原因でケンカしたんだ?」
ミズキが聞いた。
すると響は微妙な顔をする。
「それが下らない理由なんだよ」
「下らない?」
了は首を傾げる。
「そう、下らない理由」
「それはどういう?」
了が更に聞くと響は頭をかいた。
「じゃあ、言うけど本当にビックリだからな」
前置きしてから響は言った。
「今、人気のアニメがあるらしいんだけどさ、それが白の王国と黒の王国の戦いの物語らしいんだよ。どっちの国にも主役がいて、それぞれが頭脳戦を繰り広げてるんだよ。母さんは白の国の主人公が好きで白の国派。いずみは黒の国の主役が好きな黒の国派。先週、黒の国の一人が白の国の人気キャラを殺しちゃってさ。母さんは号泣してるのに、いずみは邪魔なキャラが消えて良かったってうっかり言っちゃって、もう物を投げ合う大バトル」
「うわー」
了はつい呟いていた。
響は下らないと言ったが、これは漫画やアニメなどのファンではありがちな問題だった。
自分の好きなキャラやその味方を悪く言われたくないのは当たり前だ。
主人公が一人だけで勧善懲悪モノならこんな問題は起きないが、主役が複数いて、多方向から描かれる話では、それぞれのファンが出来るから揉め事が起こる。
中学時代、了も似たような経験をした。
その時に学んだ事はただ一つ。
白の国と黒の国、どちらが好きか聞いた後、自分と違う方が好きだと言われたら、二度とこの話はしない事だ。
自分がいくら白の国が好きで、白の良さを言っても、相手の心が黒から白に変わる事はほぼない。
限りなくゼロに近い位ない。
相手がどんなに仲が良い友人でも、大好きな人でも、この問題はいくら話しても解決しない。
この話題は二度としないというのがベストだ。
もし白の国の良さを誰かと語り合いたいなら、同じ白の国が好きな人を探す方が良いんだ。
「俺はそのケンカの深刻さがわかるな」
「え、そうなの?」
響は驚いたように了を見た。
「いや、俺も理解できるな」
言ったのは奏だった。その横でミズキも頷いていた。
「え、なんで、みんなわかるんだよ?」
響は不思議そうな顔をしていた。
「まぁ、ヒビキは雑食なんだろうな」
「雑食?」
了の言葉に響が首を傾げる。
「ヒビキってみんなと仲良くしてるし、一人を崇拝するようなタイプじゃないじゃん。広くみんなと仲良くしたい派だろ? 漫画も出てくるキャラを割と平等に好きになるし、全部を応援してるって感じ。だから白国も黒国も好き。いや灰国もなかなか良いぞって思うだろ?」
「そう、かも……」
「これってBLとかにもあるけど、なんでもOKって人は雑食って言われてるんだよ。固定カップリングだけが好きとか、総受け好きって人とは話が全く合わない」
「なるほど。てか、リョウちんBLに詳しいな」
響に言われて、ちょっと恥ずかしくなった。
「まぁ、父さんが日々いろいろ口にしてるから用語も覚えるんだよ……あっ」
了は口を押さえた。
急に気づいてしまった。
なんで宗親がワタルを避けるのか。
放課後。
帰る準備をしながら、了は響に声をかけた。
「どうだった? おばさんから返信あった?」
響はニコリと笑うと、携帯を翳して見せた。
「いずみが謝罪のメッセージくれて仲直りしたって返信があった。晩御飯も作ってくれるって!」
「良かったな」
了は安堵した。
「実はいずみからも連絡があったんだよ。さすがにアレは失言だったって、母さんに何か買って帰るつもりだってさ」
「一件落着みたいで良かったな」
そう言う了の横で、ミズキも頷いていた。
遠山家の問題はどうやら解決したようだった。
やっぱりあの家族には仲良くしていてもらいたい。
大家族には笑顔が一番似合う。
そして了は20年位こじらせている人たちの事を思いだした。
気分は名探偵だった。
山奥の洋館に集められた面々。
探偵は理路整然と推理を進めて、ある人物を名指しする。
「これが事件の真相だ!」
玄関を開けた瞬間、口にしていた。
「間違えた……ただいま」
言い直して了は家に上がった。
夕飯を食べた後、了はリビンングにいる宗親に声をかけた。
「あのさ、話しがあるんだけど」
「ん、どうした、素敵な彼氏が出来たのかな? それとも素敵な男子に告白された?」
「真面目な話なんだけどさ」
宗親は微妙な顔をした。
なんとなく話題を察しているようだった。
「ワタルの事なら何も話したくないからな」
了はため息をついた。
「父さんの気持はわかってるよ。なるべく父さんの気分を害さないように言うよ」
宗親は黙っていた。どうやら覚悟を決めたようだった。
「父さんがワタルさんを避ける理由って、カップリング問題なんでしょ?」
宗親の体がピクリと反応した。
「高校時代、父さんとワタルさんは同じ腐男子だとわかって仲良くなった。でも話しているうちに気付いたんだね。カップリングが自分の趣味と合わないって。それで父さんは何も言わずにフェードアウトしようとした」
宗親の体がプルプルと震えていた。
「仕方ないだろ! 話せば話す程、好みが合わないんだ! 俺は主人公大好き総受け人間だ! ワタルは何でもOK雑食系な上に、一番の好みは脇役受け! チームもので俺が熱血元気系の赤受けで想像してる横で、あいつは緑のインテリメガネとか、斜に構えてクールな青受けとか、まったく合わない事を言いだすんだ! 緑も青も攻めだろうに! しかも会話が噛み合っていない事にも気づかず、俺達趣味が合うなとか思ってるワケだ! そんなのグッバイに決まってんだろ!」
「いや、そこは違うでしょ? 趣味と友情は別でしょ?」
了が冷静に言うと、宗親は我を取り戻したようだった。
「ああ、ごめん。今のは高校の頃の俺の気持だ。今はさすがに大人だからな、趣味が合わないって事で避けたりはしないよ。もちろん自分の趣味を押し付けるつもりもない。ただ俺も高校の頃は子供だったって事だ」
今も子供っぽいけどという突っ込みは堪えた。
「正直に言えば良かったのに。俺は眼鏡とかクール受けは嫌いだって」
了が言うと宗親は眉を顰めた。
「緑受けとか、そういう例を出すのも苦痛な位だったんだよ。逆カプは口にするのも文字で見るのも嫌なんだよ」
「うーん、わかるけどさ、ニガテなのは言わないと相手にも伝わらないでしょ? ワタルさんは悪気なかったわけだし」
宗親は身体を震わせる。
「悪気がなかったのか? あんなに俺の逆カプを連呼していて!? アレはワザトだったんじゃないのか!? 逆カプを連呼して俺を苦しめようとする!」
「ちょっと父さん、冷静になって!」
「しかも俺が勇気を出して、俺は逆カプなんだって言ったら、あいつは笑顔で『じゃあ、ここはリバって事で良いよな?』なんて言いだして、そんなの良いわけがないだろう! 総受人間にリバなんて禁句なんだよぉぉぉぉぉ!」
「と、父さん!?」
たまっていた物が爆発したようだった。
了は宗親が暴れだすんではないかと心配した。
思わず止めようと立ち上がりかけた時、宗親は呟いた。
「すっきりした」
「え?」
了は驚いて宗親を見る。
宗親はクールな顔に戻っていた。
「今までたまりにたまっていた物を叫べてスッキリした」
「あ、そ、そう」
憑き物が落ちたような顔をしていた。
宗親はテーブルにあった麦茶を飲んだ。
「ああ、麦茶がいつになく美味しく感じる」
「そ、そう、それは良かった。じゃあ、ワタルさんに正直に話してくれるね?」
「は?」
宗親が眉根を寄せた。
了は携帯を翳す。
「さっき連絡しておいたから。週末にまた家に遊びに来てくれるって!」
「何勝手な事を!? しかもなんで連絡先を知ってる!?」
「この前、ワタルさんが名刺を置いていったんだよ。何かあったら連絡してねって」
「破り捨てろ! あとスマホのアドレス帳からも削除だ! あいつ、お前を狙ってんじゃないか!?」
「違うって」
宗親がスマホを取り上げようとするので、それを背中に隠す。
「もう高校生じゃないんだから、ちゃんと仲直り出来るでしょ? 頑張ってくれよな!」
了はそう言うと逃げるように自室に向かった。
あとは週末、二人でなんとかするだろう。
週末。
了はリビングのソファで向かい合った宗親とワタルを見ながら、お茶の用意をしていた。
「今日はお招きいただいてありがとう、宗親とゆっくり話せると思うと嬉しいよ」
さすがにワタルも何か感じ取っているように見えた。
了は用意したお茶を出しつつ言う。
「ごゆっくり」
「ありがとう」
ワタルは笑顔で礼を言ってくれた。
了は無言の宗親を見つめた。心の中で応援の言葉を送る。
しっかり話せよ!
了は二人を残して、自室へ向かった。
ベッドの上で手にした本を読みながら、二人の事を思う。
考えてみれば、趣味が合わないというのはオタク以外にもよくある事だ。
応援するスポーツチームが違うだけで、険悪になる事はある。
ライバルチームの名前を聞くだけでも嫌だという人はたくさんいる。
でも、みんなそれぞれ折り合いをつけて生きている。
腐女子だって腐男子だってそうだろう。
ただ宗親の高校時代は、今ほどそういう価値観はなかったのかもしれない。
腐男子自体珍しかっただろう。
だから腐男子というだけで仲良くなれると思ってしまったワタルを、了は悪いとは思えなかった。
「そもそもハッキリ言わない父さんが悪いんだよ」
ベッドで寝ころびながら了は呟いた。
趣味が合わないならハッキリ言えば良かったんだ。
それでも嫌な言葉を言ってくるなら仕方がないが、ワタルには悪意はなかったはずだ。
あんなに好かれているんだから、もっと正直に話して、仲良くしていれば良かったんじゃないか。
「……あ、寝てた」
考えていたら寝てしまっていた。
すっかり夕方になっていた。
了は起き上がるとリビングに向かった。
近づくと楽しそうな笑い声が聞こえた。
見ると宗親とワタルはソファに座って肩を組んでいた。
了に気付くと宗親が笑顔を見せた。
「リョウ! ワタルとちゃんと話をしたぞ! 俺達は今、本当の親友になったぞ!」
右手にワイングラスを持っていた。
あ、これは酔っ払っているなとすぐにわかった。
夕飯前に宗親が飲んでいるのは珍しかった。
仲直りを祝して乾杯とか、そういうノリになったんだろう。
「リョウ君もワイン飲む?」
「ダメに決まってんだろ!」
「ははは、言ってみただけだって」
ワタルの冗談に宗親が突っ込んでいた。それだけで二人は大笑いしている。
酔っ払って、何を言っても楽しい状態なんだなと思った。
「俺はお茶で良いよ」
「ん、そうか。あ、あと今日はワタルが泊る事になったから」
「え? そうなの? 別に良いけど」
急展開だな。すっかり親友じゃないか。
「今日はもう出前を頼もう! 寿司だ、寿司!」
宗親が料理をしないのは珍しい。それだけ今は二人で話すのが楽しいんだろう。
普段と違う宗親を見て了は微笑んだ。
お茶を持ってリビングのソファに座ると、ワタルが顔を覗きこんできた。
「こうやって見るとやっぱりリョウ君はムネチーに似てるな。なんか昔のムネチー見てるみたいでドキドキする」
「そこまで似てはないだろ? 俺の高校時代はもっとシュっとしたイケメンだったからな」
宗親がワイン片手に否定した。
「自分でイケメンとか言ってるし」
了が突っ込むとワタルが真顔になった。
「いや、ムネチーは本当にイケメンだったよ。男もイケるかもと思ったのはムネチーが初めてだったからな。まぁ、アレだ。俺の男相手の初恋は宗親だ」
「お、なんだ、ワタルの初恋は俺か? いやーモテる男は辛いな」
宗親は冗談と受け取って笑っていたが、了には本気の言葉に聞こえた。
おそらくワタルは本当に宗親の事を好きだった時期があるのだろう。
それがBL的な物なのか、ブロマンス的な物かはわからないが。
了は改めてワタルを見た。
ワタルは今も宗親の事を好きなんだろうか?
今の酔っ払ってふざけている二人を見ても、それは分からなかった。
もしもワタルが今も宗親の事が好きだったらと想像してみた。
そして宗親もそれに応えたら……。
「いや、別に独身だし、好きにすれば良いよな」
単純にそう思った。
今更腐男子の父が同性愛者でもバイでも驚きはない。
ただ幸せになってくれるのなら、それで良いと了は思った。
何事? と聞きたかったが声が出なかった。
すると宗親にキスするように壁ドンしていた男が了に気付いた。
「おお! リョウ君か? 久しぶり、大きくなったな!」
見知らぬ男は笑顔で近づいてきた。
「わー、近くで見ると昔の宗親に似てるな。いや、ムネチーよりかわいい顔をしてるな。そこはお母さん似だ!」
「え、あの」
どうやら母と宗親の知り合いらしいと分かった。
しかも昔、了とも会った事があるらしい。
男は宗親とほぼ同じ30代後半に見えた。宗親とはまた少し違うタイプのイケメンだ。
線は細いがワイルドな顔つきをしている。
了は困惑しながら宗親を見た。
宗親は微妙な顔で頭をかきまぜていた。
「あーそいつは俺の高校からの友達の品川ワタルだ。昔、お前が小さい頃に会った事も、まぁある。覚えてないだろうけどな」
「あ、そ、そう……」
それは良いんだが、今の状況を説明してくれ。そう思ったが怖くて聞けない。
これはふざけたBLではなくリアルBL。大人のBLではないか?
そう思っていると宗親が慌てた様子を見せる。
「あ、もしかしてリョウは今のシーンを誤解してるのか!? 言っておくが今のはただのおふざけだぞ! 決して俺とこいつが変な仲ではない! 俺は美女しか眼中にないからな!」
必死な様子の宗親に引きつつ、了は頷く。
「まぁ、父さんが美女が好きなのは知ってるけどさ……」
了はワタルと言われた人物を見た。
問題はこの人が宗親をどう思っているかではないかと思った。
「え、あ、俺の事疑ってる? 今のはただの冗談だよ? 俺は昔のムネチーは好きだったけど、おっさんには興味がないから。いや、俺は美少年が好きだからさ」
想像よりはるかにヤバイ人だと分かった。
逃げ腰になる了の肩をワタルは掴む。
「いや、リョウ君は本当にキレイになったな。マジで俺の好みなんだけど」
宗親がワタルにケリをいれた。
「これ以上、リョウに近づくなよ」
真剣な顔の宗親に了は驚いていた。
いつもはあんなにBL妄想をして了を困らせるのに、今日は了を守ってくれている。
やっぱり宗親も普通の親なんだなと思った。
「俺は少年カップルが好きなんだよ! オヤジ攻めとか、受けとかまったく興味ないからリョウに近づくな!」
「俺の心配じゃなくカップリングの好みの問題かよ!?」
突っ込まずにはいられなかった。
カバンを部屋に置いた了は、リビングのソファに移動した。
改めてワタルと向かいあう。
「あの、父とはどういう関係なんでしょうか?」
緊張しながら訊ねたが、ワタルはニコリと笑う。
「あ、もしかして本気で俺とムネチーの仲を疑ってる? 残念だけどただの友達だよ。いや、高校の頃はアリかもとは思ってたけど」
「……」
非常に返答に困った。
宗親はキッチンでお茶の用意をしているので、今はワタルと二人きりだった。
「俺と宗親は高校の同級生だよ。元々小説や漫画の話とかしてたんだけど、ふとした事でお互いに腐男子だって事を知ってさ、それから更に親しくなったんだよ」
宗親はその頃から腐男子だったのか。意外と歴史は長いなと思った。
「俺は親友だって思ってたのに、ムネチーは結構冷たくて、結局大学もどこ行くか教えてくれないし、連絡してもあんまり返信ないし、最近はあんまり会ってなかったんだよ」
「そう、ですか……」
宗親は基本的に人間が大好きで、誰とでも仲良くなるのに、どうしてワタルとは疎遠になったのだろう。
「もしかして、父さんに告白とかしたんですか?」
聞いてから失敗だと思った。
こんなデリケートな事を聞くべきではなかった。
「あ、すみません、変な事聞いて、忘れて下さい!」
了は慌てて言ったが、ワタルは微笑んでいた。
「いや、気にしないで良いよ。確かにそれっぽい事も半分本気、半分冗談みたいに言ってはいたよ」
「そうなんですか?」
「うん、でも宗親も本気で受け取ってないっていうか、ノリ突っ込みみたいにしてたよ」
微妙だった。
もしかして宗親はワタルの告白を本気と受け取って避けていたんだろうか。
「まぁ、でも俺もムネチーもいつもだいたい彼女がいたしね」
「え?」
「あれ、何でそんなに驚いてるの? 俺も宗親も女の子大好きだったよ。まぁ、俺は両方いけるんだけどね。ちなみに俺は独身で彼氏彼女は募集中だよ」
「そ、そうですか……」
二人の関係がよく分からなかった。
普通の親友には見えない。
宗親の性格的に、親友と長い間会わないとか、連絡を取り合わないとは思えない。
やっぱり避けるような何かが、過去にあったんだろう。
後で宗親に聞いてみたい。でも自分が聞いても良い事だろうか?
了は思案した。
「はい、お茶が入ったよ」
宗親がお茶のトレイを持ってやってきた。
来客用の茶器だった。お茶もお客様用の物だとわかる。
丁寧にもてなす気があるようなので、ワタルの事を嫌っているという事ではないんだなと思った。
「急に来るから、ちゃんとしたお菓子は作れなかったよ」
宗親は市販品のお菓子を盛りつけた皿をテーブルに置いた。
「だって事前に連絡したら都合悪いとか言って、俺を避けようとするだろ?」
「……気のせいじゃないか?」
宗親にしては歯切れが悪かった。
「もう、ムネチーは冷たいな。俺がこんなに愛してるのに」
ワタルは宗親の頬に触れた。
どうやらさっきもこんなノリで壁ドンしてたんだなと理解した。
「俺のかわいい息子に誤解されそうだからやめろ」
宗親に言われて、ワタルは手を離す。
「あ、ごめんリョウ君、どん引いた? 冗談だよ?」
「いや、大丈夫なんで」
ワタルは安堵したように息を吐いた。
「そう言ってもらえて良かったよ。俺、つい調子に乗っちゃうからさ。いつもはBLごっことか、普通の人は引くからしないようにしようと思ってるんだけど、相手が宗親とかその家族なら良いのかなって気になっちゃって。いや、本当にごめんね」
「俺は大丈夫なんで。それに父さんも、いつもそういう悪ふざけするし」
「あ、やっぱりそうなの?」
ワタルは身を乗り出して聞いてきた。
「なんだ、やっぱりムネチーもBLごっこが好きか。だったら良かったよ」
「俺は良いけど、お前のBLごっこは禁止だ」
キッパリと宗親が言った。
「え、なんで俺はダメなの?」
「駄目なものはダメだ」
いつになくきつい口調だった。いつものようなノリではない。
どうやら本気で拒否しているようだ。
「……しょうがないな。ここはお前の家だし、お前のルールに従うよ」
ワタルは渋々という感じで呟いた。
ワタルは暫く話した後、夕飯前には帰っていった。
食器を洗う宗親に了は話しかける。
「ワタルさんてノリが良いし、父さんと話も合いそうなのに、あんまり仲良くなかったの?」
「……」
宗親は渋い顔をしていた。
やっぱりワタルの話はしたくないのだろうか。
「えっと、もしかして告白したとかされたとか、そういう系?」
「ぜんぜん違うよ」
即答だった。
「じゃあ、なんでワタルさんを避けてたんだよ? 嫌いだったの?」
「嫌いというワケじゃない」
「嫌いじゃないけど、なんかあるワケ?」
宗親は食器を置くと了に向き直った。
「話すのも苦痛というのが世の中にはあるんだ」
「え?」
宗親の真剣な顔に驚いた。
いつもふざけたような態度なのに、今回は違う。
了は何も言えなくなった。
了は学校の授業中も宗親の事が気になっていた。
ワタルと宗親の間にいったいどんな過去があったのだろう。
深刻な物でなければ良いなと思った。
昼休み、教室にはいつものメンバーが集まっていた。
その中の一人、いつも明るく社交的な響が大きなため息をついた。
みんなが響に注目する。
「どうかしたのか? いつも元気なのに、ため息なんかついて」
金色に近い髪の美少年、奏が聞くと響は頷いた。
「家でちょっとね」
「家って、もしかしてきょうだいゲンカでもした?」
響には妹と弟が二人いる。了が聞くと、響は首を振った。
「いや、親子喧嘩」
「お母さんと……」
先を促すように了が見つめると響が言う。
「母さんと、いずみの大喧嘩」
「あの二人が?」
いつも寡黙なミズキが怪訝な顔で呟いた。
いずみは響の妹で隠れ腐女子だ。性格は面倒見が良い優等生という印象だった。
「趣味も同じで、何でも話し合う仲良し親子に見えたけど……」
「まぁ、親子喧嘩なんか、どこの家でもあるんじゃない?」
了は心配して聞いたが、奏はサラリと言った。
「そうなんだけど、母さんといずみが機嫌悪いってなると、今日の晩飯は誰が用意するんだろうって、俺はそれが心配なんだよ」
「あー、なるほど」
了は理解した。
「二人共怒ると家事放棄すんだよ。いつも料理してる二人が二人共機嫌悪いと思うと、飯がどうなるのか不安でさ」
「ヒビキは作れないんだな?」
奏に聞かれ響は頷く。
「弟二人は?」
了は念のため聞いてみた。
響が険しい顔をする。
「あいつらが作ったらとんでもないモノになるよ。本人たちは楽しそうだけど、ほぼ泥遊びって感じで恐怖しかない」
「あー、想像つくな」
響には悪いが、それはそれで面白そうだなと思ってしまった。
「ちなみに何が原因でケンカしたんだ?」
ミズキが聞いた。
すると響は微妙な顔をする。
「それが下らない理由なんだよ」
「下らない?」
了は首を傾げる。
「そう、下らない理由」
「それはどういう?」
了が更に聞くと響は頭をかいた。
「じゃあ、言うけど本当にビックリだからな」
前置きしてから響は言った。
「今、人気のアニメがあるらしいんだけどさ、それが白の王国と黒の王国の戦いの物語らしいんだよ。どっちの国にも主役がいて、それぞれが頭脳戦を繰り広げてるんだよ。母さんは白の国の主人公が好きで白の国派。いずみは黒の国の主役が好きな黒の国派。先週、黒の国の一人が白の国の人気キャラを殺しちゃってさ。母さんは号泣してるのに、いずみは邪魔なキャラが消えて良かったってうっかり言っちゃって、もう物を投げ合う大バトル」
「うわー」
了はつい呟いていた。
響は下らないと言ったが、これは漫画やアニメなどのファンではありがちな問題だった。
自分の好きなキャラやその味方を悪く言われたくないのは当たり前だ。
主人公が一人だけで勧善懲悪モノならこんな問題は起きないが、主役が複数いて、多方向から描かれる話では、それぞれのファンが出来るから揉め事が起こる。
中学時代、了も似たような経験をした。
その時に学んだ事はただ一つ。
白の国と黒の国、どちらが好きか聞いた後、自分と違う方が好きだと言われたら、二度とこの話はしない事だ。
自分がいくら白の国が好きで、白の良さを言っても、相手の心が黒から白に変わる事はほぼない。
限りなくゼロに近い位ない。
相手がどんなに仲が良い友人でも、大好きな人でも、この問題はいくら話しても解決しない。
この話題は二度としないというのがベストだ。
もし白の国の良さを誰かと語り合いたいなら、同じ白の国が好きな人を探す方が良いんだ。
「俺はそのケンカの深刻さがわかるな」
「え、そうなの?」
響は驚いたように了を見た。
「いや、俺も理解できるな」
言ったのは奏だった。その横でミズキも頷いていた。
「え、なんで、みんなわかるんだよ?」
響は不思議そうな顔をしていた。
「まぁ、ヒビキは雑食なんだろうな」
「雑食?」
了の言葉に響が首を傾げる。
「ヒビキってみんなと仲良くしてるし、一人を崇拝するようなタイプじゃないじゃん。広くみんなと仲良くしたい派だろ? 漫画も出てくるキャラを割と平等に好きになるし、全部を応援してるって感じ。だから白国も黒国も好き。いや灰国もなかなか良いぞって思うだろ?」
「そう、かも……」
「これってBLとかにもあるけど、なんでもOKって人は雑食って言われてるんだよ。固定カップリングだけが好きとか、総受け好きって人とは話が全く合わない」
「なるほど。てか、リョウちんBLに詳しいな」
響に言われて、ちょっと恥ずかしくなった。
「まぁ、父さんが日々いろいろ口にしてるから用語も覚えるんだよ……あっ」
了は口を押さえた。
急に気づいてしまった。
なんで宗親がワタルを避けるのか。
放課後。
帰る準備をしながら、了は響に声をかけた。
「どうだった? おばさんから返信あった?」
響はニコリと笑うと、携帯を翳して見せた。
「いずみが謝罪のメッセージくれて仲直りしたって返信があった。晩御飯も作ってくれるって!」
「良かったな」
了は安堵した。
「実はいずみからも連絡があったんだよ。さすがにアレは失言だったって、母さんに何か買って帰るつもりだってさ」
「一件落着みたいで良かったな」
そう言う了の横で、ミズキも頷いていた。
遠山家の問題はどうやら解決したようだった。
やっぱりあの家族には仲良くしていてもらいたい。
大家族には笑顔が一番似合う。
そして了は20年位こじらせている人たちの事を思いだした。
気分は名探偵だった。
山奥の洋館に集められた面々。
探偵は理路整然と推理を進めて、ある人物を名指しする。
「これが事件の真相だ!」
玄関を開けた瞬間、口にしていた。
「間違えた……ただいま」
言い直して了は家に上がった。
夕飯を食べた後、了はリビンングにいる宗親に声をかけた。
「あのさ、話しがあるんだけど」
「ん、どうした、素敵な彼氏が出来たのかな? それとも素敵な男子に告白された?」
「真面目な話なんだけどさ」
宗親は微妙な顔をした。
なんとなく話題を察しているようだった。
「ワタルの事なら何も話したくないからな」
了はため息をついた。
「父さんの気持はわかってるよ。なるべく父さんの気分を害さないように言うよ」
宗親は黙っていた。どうやら覚悟を決めたようだった。
「父さんがワタルさんを避ける理由って、カップリング問題なんでしょ?」
宗親の体がピクリと反応した。
「高校時代、父さんとワタルさんは同じ腐男子だとわかって仲良くなった。でも話しているうちに気付いたんだね。カップリングが自分の趣味と合わないって。それで父さんは何も言わずにフェードアウトしようとした」
宗親の体がプルプルと震えていた。
「仕方ないだろ! 話せば話す程、好みが合わないんだ! 俺は主人公大好き総受け人間だ! ワタルは何でもOK雑食系な上に、一番の好みは脇役受け! チームもので俺が熱血元気系の赤受けで想像してる横で、あいつは緑のインテリメガネとか、斜に構えてクールな青受けとか、まったく合わない事を言いだすんだ! 緑も青も攻めだろうに! しかも会話が噛み合っていない事にも気づかず、俺達趣味が合うなとか思ってるワケだ! そんなのグッバイに決まってんだろ!」
「いや、そこは違うでしょ? 趣味と友情は別でしょ?」
了が冷静に言うと、宗親は我を取り戻したようだった。
「ああ、ごめん。今のは高校の頃の俺の気持だ。今はさすがに大人だからな、趣味が合わないって事で避けたりはしないよ。もちろん自分の趣味を押し付けるつもりもない。ただ俺も高校の頃は子供だったって事だ」
今も子供っぽいけどという突っ込みは堪えた。
「正直に言えば良かったのに。俺は眼鏡とかクール受けは嫌いだって」
了が言うと宗親は眉を顰めた。
「緑受けとか、そういう例を出すのも苦痛な位だったんだよ。逆カプは口にするのも文字で見るのも嫌なんだよ」
「うーん、わかるけどさ、ニガテなのは言わないと相手にも伝わらないでしょ? ワタルさんは悪気なかったわけだし」
宗親は身体を震わせる。
「悪気がなかったのか? あんなに俺の逆カプを連呼していて!? アレはワザトだったんじゃないのか!? 逆カプを連呼して俺を苦しめようとする!」
「ちょっと父さん、冷静になって!」
「しかも俺が勇気を出して、俺は逆カプなんだって言ったら、あいつは笑顔で『じゃあ、ここはリバって事で良いよな?』なんて言いだして、そんなの良いわけがないだろう! 総受人間にリバなんて禁句なんだよぉぉぉぉぉ!」
「と、父さん!?」
たまっていた物が爆発したようだった。
了は宗親が暴れだすんではないかと心配した。
思わず止めようと立ち上がりかけた時、宗親は呟いた。
「すっきりした」
「え?」
了は驚いて宗親を見る。
宗親はクールな顔に戻っていた。
「今までたまりにたまっていた物を叫べてスッキリした」
「あ、そ、そう」
憑き物が落ちたような顔をしていた。
宗親はテーブルにあった麦茶を飲んだ。
「ああ、麦茶がいつになく美味しく感じる」
「そ、そう、それは良かった。じゃあ、ワタルさんに正直に話してくれるね?」
「は?」
宗親が眉根を寄せた。
了は携帯を翳す。
「さっき連絡しておいたから。週末にまた家に遊びに来てくれるって!」
「何勝手な事を!? しかもなんで連絡先を知ってる!?」
「この前、ワタルさんが名刺を置いていったんだよ。何かあったら連絡してねって」
「破り捨てろ! あとスマホのアドレス帳からも削除だ! あいつ、お前を狙ってんじゃないか!?」
「違うって」
宗親がスマホを取り上げようとするので、それを背中に隠す。
「もう高校生じゃないんだから、ちゃんと仲直り出来るでしょ? 頑張ってくれよな!」
了はそう言うと逃げるように自室に向かった。
あとは週末、二人でなんとかするだろう。
週末。
了はリビングのソファで向かい合った宗親とワタルを見ながら、お茶の用意をしていた。
「今日はお招きいただいてありがとう、宗親とゆっくり話せると思うと嬉しいよ」
さすがにワタルも何か感じ取っているように見えた。
了は用意したお茶を出しつつ言う。
「ごゆっくり」
「ありがとう」
ワタルは笑顔で礼を言ってくれた。
了は無言の宗親を見つめた。心の中で応援の言葉を送る。
しっかり話せよ!
了は二人を残して、自室へ向かった。
ベッドの上で手にした本を読みながら、二人の事を思う。
考えてみれば、趣味が合わないというのはオタク以外にもよくある事だ。
応援するスポーツチームが違うだけで、険悪になる事はある。
ライバルチームの名前を聞くだけでも嫌だという人はたくさんいる。
でも、みんなそれぞれ折り合いをつけて生きている。
腐女子だって腐男子だってそうだろう。
ただ宗親の高校時代は、今ほどそういう価値観はなかったのかもしれない。
腐男子自体珍しかっただろう。
だから腐男子というだけで仲良くなれると思ってしまったワタルを、了は悪いとは思えなかった。
「そもそもハッキリ言わない父さんが悪いんだよ」
ベッドで寝ころびながら了は呟いた。
趣味が合わないならハッキリ言えば良かったんだ。
それでも嫌な言葉を言ってくるなら仕方がないが、ワタルには悪意はなかったはずだ。
あんなに好かれているんだから、もっと正直に話して、仲良くしていれば良かったんじゃないか。
「……あ、寝てた」
考えていたら寝てしまっていた。
すっかり夕方になっていた。
了は起き上がるとリビングに向かった。
近づくと楽しそうな笑い声が聞こえた。
見ると宗親とワタルはソファに座って肩を組んでいた。
了に気付くと宗親が笑顔を見せた。
「リョウ! ワタルとちゃんと話をしたぞ! 俺達は今、本当の親友になったぞ!」
右手にワイングラスを持っていた。
あ、これは酔っ払っているなとすぐにわかった。
夕飯前に宗親が飲んでいるのは珍しかった。
仲直りを祝して乾杯とか、そういうノリになったんだろう。
「リョウ君もワイン飲む?」
「ダメに決まってんだろ!」
「ははは、言ってみただけだって」
ワタルの冗談に宗親が突っ込んでいた。それだけで二人は大笑いしている。
酔っ払って、何を言っても楽しい状態なんだなと思った。
「俺はお茶で良いよ」
「ん、そうか。あ、あと今日はワタルが泊る事になったから」
「え? そうなの? 別に良いけど」
急展開だな。すっかり親友じゃないか。
「今日はもう出前を頼もう! 寿司だ、寿司!」
宗親が料理をしないのは珍しい。それだけ今は二人で話すのが楽しいんだろう。
普段と違う宗親を見て了は微笑んだ。
お茶を持ってリビングのソファに座ると、ワタルが顔を覗きこんできた。
「こうやって見るとやっぱりリョウ君はムネチーに似てるな。なんか昔のムネチー見てるみたいでドキドキする」
「そこまで似てはないだろ? 俺の高校時代はもっとシュっとしたイケメンだったからな」
宗親がワイン片手に否定した。
「自分でイケメンとか言ってるし」
了が突っ込むとワタルが真顔になった。
「いや、ムネチーは本当にイケメンだったよ。男もイケるかもと思ったのはムネチーが初めてだったからな。まぁ、アレだ。俺の男相手の初恋は宗親だ」
「お、なんだ、ワタルの初恋は俺か? いやーモテる男は辛いな」
宗親は冗談と受け取って笑っていたが、了には本気の言葉に聞こえた。
おそらくワタルは本当に宗親の事を好きだった時期があるのだろう。
それがBL的な物なのか、ブロマンス的な物かはわからないが。
了は改めてワタルを見た。
ワタルは今も宗親の事を好きなんだろうか?
今の酔っ払ってふざけている二人を見ても、それは分からなかった。
もしもワタルが今も宗親の事が好きだったらと想像してみた。
そして宗親もそれに応えたら……。
「いや、別に独身だし、好きにすれば良いよな」
単純にそう思った。
今更腐男子の父が同性愛者でもバイでも驚きはない。
ただ幸せになってくれるのなら、それで良いと了は思った。
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