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恋と友人
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了は悩んでいた。
好きになった人間、隼人は自分に気がない。
完全な片想い。この先、両想いになれる気配もまったくない。
それとは逆に、自分の事を好きだと言ってくれている人間がいる。
この場合、自分の事を好きだと言ってくれる人間を選ぶ方が良いのではないか?
その方が楽だからという理由ではない。
その方が誰かを幸せに出来るのはなないかと思うのだ。
自分が好意に応える事で、喜んでくれる人がいる。
それならその人を幸せにする方が良いのではないか?
「いや、ダメだ」
了は呟いた。
自分を好きだと言う人間が一人だけなら良いが、現在は複数いる。
その中から一人を選んだら、他の人間を傷つける。
それなら誰も選ばない方が良い。
「何かお悩みかな?」
明るい声で聞かれた。見ると横に佐川みどりがいた。
生徒会の雑用をしている隼人の元ストーカー。今は隼人の下僕の少女だ。
了は戸惑いながら一緒に廊下を歩く。
「み、みどりさん、何かな? また盗撮?」
みどりにはよく盗撮されている。
「違うよ。だって今、リョウ君一人でしょ? ミズキ君とかカナデ君がいないと会長が喜ぶ写真が撮れないですから」
「そ、そうだね……」
「あ、でもリョウ君が脱いだら会長喜んでくれるかも!? リョウ君脱いで!」
みどりは了の服を引っ張った。
「ちょっとやめてくれますか!? というか今、俺を心配して声かけてくれたんじゃないんですか!?」
了が突っ込むと、みどりは手を放した。
了は腹までめくれあがっていたシャツを戻す。
「そうそう、思いだしましたよ。なんかリョウ君悩んでそうに見えたんですよ」
意外と鋭いのかなと思った。
みどりは遠慮なくズカズカと言う。
「これはやっぱり恋の悩みですか? 恋の事ならこのみどりにお任せあれです!」
「えーっと……」
みどりの意見は参考にならないような気がした。何せ相手の迷惑を考えずストーカーになるような人物だ。
「あ、今、みどりの事、ストーカーだったくせにって思ったでしょ!」
「え」
「顔に書いてあるよ!」
「ご、ごめんなさい」
了は素直に謝った。みどりは腰に手を当てて頷く。
「まぁ、許してあげます。みどりが危ないストーカーだったのは事実ですから」
「事実ですか……」
呆れるように了は呟いたが、みどりは気にせず言う。
「昔の事です。今はもうしてないですよ。それにみどりは学んだんですよ。真実の愛を!」
「真実の愛?」
気になる言葉だった。
そもそも『真実の愛』とはなんだろう?
それこそ人それぞれに考え方があって、真実の愛も、人の数だけあるんではないだろうか?
了は気になったので訊ねた。
「真実の愛って何ですか?」
みどりは胸を張って答える。
「それは好きな人の幸せを願う事です」
普通だ。いや、当たり前の事って言った方が良いだろうか。
よく聞く言葉だと思った。
「えっと、それはみどりさんが考えて、いきついた答えですか? それとも小清水さんに言われて?」
「会長に教わったです」
「でしょうね」
みどりは更に言葉を続ける。
「好きな人の幸せがみどりの幸せなんです。だから会長の望みは叶えてあげたいし、喜ぶことをしてあげたいです」
「いつも俺のBLっぽい写真狙ってますもんね」
「リョウ君にはいつもお世話になってます! お陰で会長は幸せになり、みどりも幸せです!」
了はため息をついた。
隼人だけでなく、みどりにもBL展開を期待されている。
了はやけくそのように言った。
「じゃあ、みどりさんは、俺がミズキとかカナデとくっついたら良いって思ってるんですね?」
「それとこれとは別です」
「え?」
予想外のセリフにマジマジとみどりを見る。
「あくまでもミズキ君やカナデ君との絡みは、会長が喜ぶ趣味として応援してるんで、別に本当にリョウ君が彼等とくっつく必要はないんです。だいたいリョウ君がお友達と付き合ったって、会長の真の幸せになるとは思ってないです」
「それってどういう意味ですか? 真の幸せって?」
了は混乱していた。
「え、簡単ですよ。会長が好きになった人と結ばれるのが、会長の真の幸せだと思ってるだけです。今はほら、会長は恋に恋してる……じゃなくて、BL妄想という趣味に一直線ですが、そのうち好きな人ができると思うのですよ。だいたい腐女子ってBL妄想して、あんなに楽しそうにしてるのに、ちゃんと恋愛して彼氏いるじゃないですか? 会長も趣味は趣味で、そのウチちゃんと恋愛するとみどりは思ってるんですよ」
目からウロコだった。
隼人の望みは、了がミズキや奏など、男友達とくっつく事だと思っていた。
そうすれば単純に喜ぶと思っていた。
でもそう。
多くの腐女子が、いくらBLが好きでも、それはそれで自身はちゃんと恋愛して結婚もしている。
隼人だってきっとそうなのだろう。
BL妄想は趣味のままで、腐男子として、いつか誰かを好きになって恋をする。
「えっと質問ですが!」
了は勢いよくみどりに声をかける。
「なにかにゃ?」
「例えば小清水さんが、みどりさんと俺が付き合えば良いなーって思ってたとして、小清水さんを喜ばせたいからって、みどりさんは俺と付き合いますか?」
「付き合うワケないですよ」
即答だった。そしてケラケラと笑う。
「ぜんぜん、まったくないです。そもそもBL写真撮って会長を喜ばせてるのも、よくやったと褒めてもらえるからだし、ほんの少しでも会長からの好感度が上がるのが嬉しいからだし、そのうちみどりを好きになってもらえるかもって、ちょっとした期待もあるからですからね」
了は納得した。
そう。好きな人には幸せになって欲しい。喜んで欲しい。
でも一番の願いは、自分を好きになってくれて、一緒に幸せになってもらえたらという事だ。
おそらく隼人はまだ誰にも恋していない。
ならばまだ諦める必要はないのではないだろうか。
少なくとも隼人に好きな人が出来るまでは……。
「おや、なんだかリョウ君、さっきより元気になったように見えますが?」
みどりに言われた。
「あ、はい。なんだか少し吹っ切れました」
「ふーん、それは良かったです。もしかしてそれはみどりのお陰ですか?」
「あ、はい、そうです」
みどりはニヤリと笑うとスマホを取りだした。
「なんだかわかりませんが、お礼にみどりに写真を撮らせて下さい! 思いきり、やらしー感じのが良いです!」
「急に何言いだしたんですか?」
了は慌てて逃げようとするが、みどりは制服の裾を掴む。
「ちょ、待って、俺が脱いでるだけの写真なんか、小清水さん喜びませんから!」
了が廊下の柱に抱きつこうとすると、みどりが言った。
「ほら、そこにミズキ君がいます。今すぐここで絡んで下さい」
タイミングよく廊下を歩くミズキの姿が見えた。
「ミズキくーん、ここです! ここにリョウ君がいるですよー! カモンでーす!」
みどりはスマホを持ったまま、ミズキに手を振っていた。
呼ばれて振り向いたミズキと目が合った。了は首を大きく振った。
こっちに来ないでくれ。ここに来たらBLな写真を撮られてしまう!
心の中でミズキにメッセージを送ったのだが、ミズキは了が困っていると思ったのか、こちらに近づいてきた。
ああ、またBLっぽい写真が増えてしまう。
「朝から楽しそうだね」
ミズキが来るとみどりは了を突き飛ばした。
ミズキが了を受け止めるとシャッター音が鳴る。
「良い写真が撮れましたです! 会長に送信です!」
「みどりさん何気に仕事出来る人ですね! 手際が良すぎるんですけど!?」
了が突っ込むと、みどりはニコリと笑う。
「えへ、みどりはこういうのには慣れてますよ。なにせ以前は、町で見かけるイケメンを隠し撮りしてコレクションしてましたから。電車で見かけたイケメンの後をつけて家まで突き止めてもバレなかったですし、隠し撮りも、隠密行動も得意です」
「それ自慢しちゃダメです! 二度としちゃダメです!」
改めて隼人がみどりを更生させてくれていて良かったと思った。
「あ、会長から返信が来ました」
「え」
つい隼人の名前に反応してしまった。
「えっと、小清水さんなんて?」
「もっとエロい画像が欲しいそうです。仕方ない、さっき撮ったリョウ君の腹チラ単体画像送ります。あとは自分で合成して下さいです」
「ちょっと待った! さっき服捲った時に写真撮ってたっけ!?」
「撮ってたですよ。リョウ君が気づかないのも無理ないですが、ほら、みどりは隠し撮りのプロですから」
「自慢しないで!」
了が叫んでいるとみどりが呟いた。
「会長から今送ったのの返信が来たです」
ドキリとした。
自分の腹チラを隼人はどう感じたのだろうか。
「リョウ君単品ではなく、画像加工してミズキ君との絡みにしてから送るように怒られました」
「はいはい、そうでしょうね! そういう感想でしょうね!」
了はやけくそのように叫んだ。
「あ、会長、この窓から見える所にいるようですよ」
「え?」
了は校舎の窓に向かった。
昇降口に向かって歩く隼人の姿が見えた。
いつものように姿勢良く、美しく歩く隼人。
それを見ただけで、了はつい微笑んでしまっていた。
昼休み。
了達のいる教室に奏がやってきた。
寒さが厳しくなったので、最近は教室に集まって昼食をとっている。
パンを齧りながら奏が呟いた。
「さっきパン買いに購買に行った時、あのヤバそうな副会長を見かけたよ」
「えっと、相馬ミツルさん?」
了が聞くと奏は頷く。
「そう。怖そうだからか、副会長だからか、彼の周りだけ人が避けてて、購買がすいてた」
目に浮かぶようだった。
彼が昔不良だったという事を知らない人もいるだろうが、なんとなく近寄りがたい雰囲気は残っている。
そもそも素手でバスケットボールを破壊する人だ。
日々、何かしらの事で正体がバレていそうだ。
体育の授業でテニスのラケットをへし折っているかもしれないし、素手でボールを握り潰しているかもしれない。
「ハヤトさんが購買前の廊下でミツルさんを待ってたよ。いつも二人で昼飯食べてるのかな?」
「え?」
奏の発言に箸を持つ手が止まった。
動揺しながら奏を見る。
「小清水さんもいたんだ? 偶然じゃなく?」
「パン買った後で合流してるの見たから、一緒に来たんじゃない? あの二人ってクラス一緒なの?」
「いや、知らない」
学年も違うので、二人の事はほとんど知らなかった。
隼人と会っても生徒会の話やBL妄想や宗親の事ばかりで、隼人個人の事はあまり聞く機会がなかった。
今更ながらに何も知らないという事に愕然とした。
「もしかしてあの二人って付き合ってるのかな?」
奏は軽いトーンで言ったが、了は立ち上がっていた。
「違うんじゃないかな!? 小清水さんて正直者だから、付き合ってたら隠さずに言うと思うし!」
「……」
力説する了を、友人達が無言で見つめていた。
恥ずかしくなって了は椅子に座りなおした。
響が顎をつまんで呟く。
「まぁ、確かに付き合ってはないんじゃないか? そんな甘い雰囲気感じた事ないし」
この中では一番恋愛経験が豊富そうな響の言葉に安堵した。
「でも、副会長の相馬さんが会長の事を立ててたり、尊敬してるのはわかるよ」
ミズキはそう言いながら了を見た。
「恋愛かは分からないけど、相馬さんて、会長に好意を持ってるんじゃないかな?」
「それは……まぁ、そうかもだけど……」
了はボソボソ言いながら弁当箱を見つめた。
すっかり食欲がなくなっている。
ミツルが隼人の事を好きなんじゃないかとは、了も思ってはいる。
でも他人から改めて言われると微妙な気持ちになる。
「それってあくまで友情じゃないか?」
響の発言に了は顔を上げた。
響は箸を持ったまま、指揮者のように熱弁する。
「あの人、元ヤンで、それを更生させたのが会長なワケだろ? それってまんま少年漫画で見かけるヤツじゃん。少年漫画はBLじゃないから恋愛感情じゃなくて友情なんだと思うな」
「ヒビキの言う通りだと思う!」
了は叫ぶと響の肩に手を置いた。
「俺も同意見だ!」
「ん、ああ、そう……」
了の剣幕に響は戸惑っているようだった。
響が友情だと言ってくれたお陰で、胸が少し軽くなった。
隼人はモテるので、恋のライバルがいるのは当然だと思う。
でも自分の知っている人、しかも同じ生徒会にライバルがいるというのは複雑すぎる。
「噂をすれば……ってヤツなんだけど」
奏の言葉に顔を上げた。
視線の先に、廊下を歩く隼人が見えた。
「なんで下級生の階にいるんだろ?」
ドキドキしながら了は呟いた。隼人から視線をそらせない。
「前にうちのクラスのヤツが部活の事で、生徒会長のハヤトさんに相談してたから、その事で会いに来たんじゃないかな?」
了は隼人を見たまま、奏の声に反応した。
「ああ、なるほど……」
朝から二回も、隼人の姿を見る事が出来た。
それだけで今日は良い日だなと思えてしまった。
恋をしてから気付いた事があった。
好きな人、つまり隼人の姿が見られるだけで嬉しい。
登校途中も、校舎を歩いている時も、授業中ですら、隼人の姿を探してしまう。
休み時間、了は度々一人で図書室に来ていた。
ミズキや奏に付き合うと言われても断っている。
前にここで隼人と会った事があるので、また会えるのではないかと期待していた。
見たい小説を選んで借りたり、その返却をしたり、頻繁に来ているが隼人と会えた事はなかった。
「まぁ、そんな都合よくはいかないよな」
呟いて書架を抜けた時だった。
正面に隼人がいた。
「わ!」
つい大きな声がもれた。隼人は了に近づいてくる。
「君も本を借りにきたのか?」
「あ、いえ、返しにです」
どっちでも一緒かと思いながら了は続ける。
「小清水さんは本を借りに来たんですね」
「それもあるが、図書委員に個人的に用もあってきた」
「ああ……」
例の更生させた生徒の様子見かと思った。
「BL本を図書室に入れてくれるように頼んでるんだ。個人的な頼みなんで、生徒会ではなく、個人として図書委員を説得に来ている」
「相変わらずですね!」
「仕方ないだろう? 俺は腐男子デビューが最近だからな。宗親先生以外の作家の作品をまだまだ読めていないが、買うにも限度がある。だから学校の図書室を利用しようと思ったワケだ。ここにBL本が入れば読みたい放題だ!」
隼人のBLに対する情熱にはびっくりする。
これじゃ当分恋愛など眼中にないだろう。
「……そうなんですね。でも図書室にBL本はさすがに難しいんじゃないですか? マイナーすぎると言うか……」
「なんでだ? 市民図書館にはあるぞ」
「え、マジですか!」
「当然だ。BLは老若男女問わず読む人がいる人気ジャンルだ! マイナーではない!」
了は自分が世間知らずだったのだと悟った。
「BL読むのに忙しいみたいですが、もうミステリーは読んでないんですか?」
了が聞くと隼人は即答した。
「もちろん読んでいる」
意外だった。最近の隼人はBLばかり読んでいると思っていた。
「ただ……」
隼人は眉間を押さえて暗い顔をした。
「最近、ずっと読んでいた尊敬する作家先生が亡くなってしまった。この先も当たり前に次の作品が読めると思っていたのに……」
了は叫んだ。
「もしかして裏山仔猫先生ですか!?」
隼人は目を見開いた。
「君も読んでいたか!?」
「はい! 大ファンでした! 俺は猫好き名探偵シリーズのファンでした!」
「そうか、君もか!」
「はい! 猫を見ると我を忘れて、殺人事件の阻止ができなかったり、猫好きだというだけで犯人から除外してしまうのに、なんだかんだとミラクルで事件が解決したりと、予想不可能な展開が大好きでした!」
「心の友よ!」
隼人に手を握られた。
「え?」
了は動揺していた。
好きな人が自分の手を握りしめて顔を覗きこんでいる。
心臓が爆発しそうだった。
「やっぱり君とは好みが合うな!」
整った顔で見つめられて言葉も出ない。
こんな熱い目で見られると勘違いしそうになる。
もしかしたら少しは脈があるだろうか。脈までいかなくても可能性位は……。
「さすがは先生の息子だけある!」
がっかりした。はやり隼人にとっては宗親ありきなのだろう。
了は宗親の息子という価値しかない。そう考えると悔しくなった。
「俺って小清水さんにとったら、父さんの息子ってだけですか? 父さんとの繋がりとか、BL妄想以外では、小清水さんにとって存在価値ないですか?」」
了は低い声で問いかけた。隼人は掴んでいた手を放した。
その瞬間、はっとした。
真面目に聞くべきではなかった。いつものように突っ込んだり、流していれば良かった。
了が後悔していると隼人が真顔で言った。
「俺達の関係が、先生繋がりだけって事はないんじゃないか? 確かに出会いはそうだが、正直ここまでミステリーの趣味が合う人間は初めてだよ。多分、価値観とか道徳観が近いんだろうな」
ドキリとした。
宗親とも共通すると思うが、価値観や道徳観が近いというのは、確かにそうなのかもしれない。
だから隼人がやっている世直し的な事に共感して尊敬してしまう。
隼人はニコリと笑った。
「あと理屈じゃなく、君といるととにかく楽しいよ」
「え?」
心臓がまた早くなった。それはどういう意味だろう? いや、そのままの意味か?
一緒にいるだけで楽しい。嬉しい。
それは了が隼人と一緒にいる時と同じ感情だ。
「俺は君のその性格が気に入ってるんだよ」
ドキドキが止まらない。隼人に気に入られている。それはつまり、普通よりは好きという事だろうか?
了が期待と緊張の瞳で見ていると隼人は言った。
「いつも派手に驚いたり突っ込んだりしてくれるからな。BL要素なしでもからかいがいがあるよ」
「ああ、そうですね! からかいがいですね!」
了はいつものノリで突っ込んだ。
でも嫌な気分ではなかった。
からかうというのはコミュニケーションの一つだ。無視できない相手。つい声をかけたくなる存在。
それは決してマイナスの存在ではないだろう。
気になっている。気にかけずにはいられない。無視できない。
それらは好意に繋がるような気がする。
今日、隼人に会えて、話せて良かったと思った。
以前の好きかもしれないと思っていた頃より、感情が加速していた。
勘違いでもなんでもなく隼人が好きだ。
もう誤魔化しは必要ない。
ミズキや奏には本当の事を言うべきだろう。
二人を傷つけたり、友情が壊れてしまうのではないかと思うと怖い。
でもいつまでも黙っているのも良いはずがない。
ミズキと奏に話をしないと。
了はそう思ったが、タイミングが上手く掴めなかった。
そもそも教室で話す内容ではないし、帰り道で話すにしても、いつも四人一緒だ。
関係ない響がいる中で切り出せないし、そもそもミズキと奏と、一人づつ話をするべきだろう。
二人きりで話をする。
思ったよりもそれが難しい。
いっそメールか電話でとも思ったが、やはり顔を見て話すのが礼儀だと思えた。
「うーん」
了は額を押さえて、うなっていた。
「何か悩んでる?」
ミズキに訊ねられたが、ここで話せる内容でもない。
これから帰宅するのだが、ミズキと二人、ホールのベンチに座って奏が来るのを待っていた。
響は目の前で、昇降口を通る女子生徒に手を振っている。
「別に悩んではないよ」
了はミズキに笑ってみせた。けれどミズキはまだ何か言いたそうに了を見ている。
「お待たせ」
奏が現れた。
響が振り返り、いつもの四人が揃う。
「じゃ、帰ろうか……」
了が呟いて立ち上がると、横にいたミズキが言った。
「リョウって生徒会長の事が好きなの?」
「え?」
全員が固まった。
了は動揺しつつ三人を見た。
「な、なんで……?」
ようやく声を絞り出したが、ミズキは平然と言う。
「何でって、会長の話題が出た時のリョウの反応でそう思ったんだよ」
「いや、え、あれは、その……」
了はミズキの次に奏、響と視線を向けていく。緊張で心臓が痛かった。
「会長が具合悪そうって言ったら、走って様子を見に行くし、話題が出ると顔が変わるし、そういう事なんだなと思ったよ」
ミズキに言われて了は覚悟を決めた。
目を瞑って黙って頷いた。
沈黙が怖くて顔を上げられなかった。
こんな形で隼人への想いを告白するとは思っていなかった。
でもずっと言いだせずにいたから、丁度良かったのかもしれない。
了は顔を上げるとミズキを見た。
「ごめん、ミズキの言う通りだよ。俺は小清水さんの事が好きなんだ。言いだせなくて本当にごめん」
ミズキは黙って了を見ていた。
了は視線を奏に移す。
「カナデもごめん! せっかく俺なんかを好きになってくれたのに、小清水さんを好きになっちゃって」
「別に良いよ」
奏はサラリと言った。
予想外の発言にマジマジと奏を見る。
奏は普段と同じ顔、同じテンションで言った。
「だってリョウの片想いでしょ? なら俺は今までと同じように、リョウを振り向かせるよう頑張るだけだから」
「え?」
想像していたのとまったく違う言葉を言われた。
首を傾げていると奏はニコリと笑う。
「リョウが小清水さんを好きでも、俺の気持は変わらないよ。元々片想いだったんだし、何かこの先変えないといけない事ってある?」
「?」
聞かれてもわからなかった。言われてみれば何もない、ような気がする。
「付き合いだしたって言うなら諦めるけど、そうじゃないでしょ?」
了は頷く。
「うん、なら、同じだよ。俺は今まで通りリョウが好きだし、アピールするよ。それにここ最近のリョウは分かりやすかったからね、俺はハヤトさんが好きなのがわかった上で口説いてたし」
驚きに声が出ない。
了はついミズキを振り返った。
ミズキも頷く。
「俺も同じ気持ちだよ。それに俺の場合、別に二人が付き合っていても気持ちは変わらないよ。今付き合っても、将来はどうか分からないし、いつか俺の所に戻ってきてくれたら良いなって思う。ほら男は船で女は港みたいな」
「演歌かよ! てかみんな俺が小清水さんを好きだって気づいてたの!?」
叫ぶ了に向かって響を含めた三人が頷く。
「いや、だってリョウってば顔に出るし」
響にまで言われてしまった。
「俺はあんなに悩んでたのに……」
呟く了の肩に奏は手を置いた。
「俺達に気を遣わなくて良いよ。リョウが失恋したら慰めるし、上手く行って付き合いだしたとしても、学生時代の恋愛はだいたい数年で破局するから、この先もチャンスはあると思うしね、ずっと友達として見守るよ。あと希望もあるから、病んだりしないで前向きでいられるよ」
「それ前向きって言うの!? なんか俺の未来、結局上手くいかないっぽいけど!?」
了が突っ込むと奏は微笑んだ。
「この先、恋愛がどう転んだって、ここにいる四人の友情は変わらないって事だよ」
その言葉にはっとした。
自分が恋をした事で、友人が傷つくかもしれないと思った。
この友人たちとの関係も壊れるのではないかと不安になっていた。
でも恋がどうなるかは分からないが、友情は変わらないんだ。
そう思うと嬉しかった。
好きになった人間、隼人は自分に気がない。
完全な片想い。この先、両想いになれる気配もまったくない。
それとは逆に、自分の事を好きだと言ってくれている人間がいる。
この場合、自分の事を好きだと言ってくれる人間を選ぶ方が良いのではないか?
その方が楽だからという理由ではない。
その方が誰かを幸せに出来るのはなないかと思うのだ。
自分が好意に応える事で、喜んでくれる人がいる。
それならその人を幸せにする方が良いのではないか?
「いや、ダメだ」
了は呟いた。
自分を好きだと言う人間が一人だけなら良いが、現在は複数いる。
その中から一人を選んだら、他の人間を傷つける。
それなら誰も選ばない方が良い。
「何かお悩みかな?」
明るい声で聞かれた。見ると横に佐川みどりがいた。
生徒会の雑用をしている隼人の元ストーカー。今は隼人の下僕の少女だ。
了は戸惑いながら一緒に廊下を歩く。
「み、みどりさん、何かな? また盗撮?」
みどりにはよく盗撮されている。
「違うよ。だって今、リョウ君一人でしょ? ミズキ君とかカナデ君がいないと会長が喜ぶ写真が撮れないですから」
「そ、そうだね……」
「あ、でもリョウ君が脱いだら会長喜んでくれるかも!? リョウ君脱いで!」
みどりは了の服を引っ張った。
「ちょっとやめてくれますか!? というか今、俺を心配して声かけてくれたんじゃないんですか!?」
了が突っ込むと、みどりは手を放した。
了は腹までめくれあがっていたシャツを戻す。
「そうそう、思いだしましたよ。なんかリョウ君悩んでそうに見えたんですよ」
意外と鋭いのかなと思った。
みどりは遠慮なくズカズカと言う。
「これはやっぱり恋の悩みですか? 恋の事ならこのみどりにお任せあれです!」
「えーっと……」
みどりの意見は参考にならないような気がした。何せ相手の迷惑を考えずストーカーになるような人物だ。
「あ、今、みどりの事、ストーカーだったくせにって思ったでしょ!」
「え」
「顔に書いてあるよ!」
「ご、ごめんなさい」
了は素直に謝った。みどりは腰に手を当てて頷く。
「まぁ、許してあげます。みどりが危ないストーカーだったのは事実ですから」
「事実ですか……」
呆れるように了は呟いたが、みどりは気にせず言う。
「昔の事です。今はもうしてないですよ。それにみどりは学んだんですよ。真実の愛を!」
「真実の愛?」
気になる言葉だった。
そもそも『真実の愛』とはなんだろう?
それこそ人それぞれに考え方があって、真実の愛も、人の数だけあるんではないだろうか?
了は気になったので訊ねた。
「真実の愛って何ですか?」
みどりは胸を張って答える。
「それは好きな人の幸せを願う事です」
普通だ。いや、当たり前の事って言った方が良いだろうか。
よく聞く言葉だと思った。
「えっと、それはみどりさんが考えて、いきついた答えですか? それとも小清水さんに言われて?」
「会長に教わったです」
「でしょうね」
みどりは更に言葉を続ける。
「好きな人の幸せがみどりの幸せなんです。だから会長の望みは叶えてあげたいし、喜ぶことをしてあげたいです」
「いつも俺のBLっぽい写真狙ってますもんね」
「リョウ君にはいつもお世話になってます! お陰で会長は幸せになり、みどりも幸せです!」
了はため息をついた。
隼人だけでなく、みどりにもBL展開を期待されている。
了はやけくそのように言った。
「じゃあ、みどりさんは、俺がミズキとかカナデとくっついたら良いって思ってるんですね?」
「それとこれとは別です」
「え?」
予想外のセリフにマジマジとみどりを見る。
「あくまでもミズキ君やカナデ君との絡みは、会長が喜ぶ趣味として応援してるんで、別に本当にリョウ君が彼等とくっつく必要はないんです。だいたいリョウ君がお友達と付き合ったって、会長の真の幸せになるとは思ってないです」
「それってどういう意味ですか? 真の幸せって?」
了は混乱していた。
「え、簡単ですよ。会長が好きになった人と結ばれるのが、会長の真の幸せだと思ってるだけです。今はほら、会長は恋に恋してる……じゃなくて、BL妄想という趣味に一直線ですが、そのうち好きな人ができると思うのですよ。だいたい腐女子ってBL妄想して、あんなに楽しそうにしてるのに、ちゃんと恋愛して彼氏いるじゃないですか? 会長も趣味は趣味で、そのウチちゃんと恋愛するとみどりは思ってるんですよ」
目からウロコだった。
隼人の望みは、了がミズキや奏など、男友達とくっつく事だと思っていた。
そうすれば単純に喜ぶと思っていた。
でもそう。
多くの腐女子が、いくらBLが好きでも、それはそれで自身はちゃんと恋愛して結婚もしている。
隼人だってきっとそうなのだろう。
BL妄想は趣味のままで、腐男子として、いつか誰かを好きになって恋をする。
「えっと質問ですが!」
了は勢いよくみどりに声をかける。
「なにかにゃ?」
「例えば小清水さんが、みどりさんと俺が付き合えば良いなーって思ってたとして、小清水さんを喜ばせたいからって、みどりさんは俺と付き合いますか?」
「付き合うワケないですよ」
即答だった。そしてケラケラと笑う。
「ぜんぜん、まったくないです。そもそもBL写真撮って会長を喜ばせてるのも、よくやったと褒めてもらえるからだし、ほんの少しでも会長からの好感度が上がるのが嬉しいからだし、そのうちみどりを好きになってもらえるかもって、ちょっとした期待もあるからですからね」
了は納得した。
そう。好きな人には幸せになって欲しい。喜んで欲しい。
でも一番の願いは、自分を好きになってくれて、一緒に幸せになってもらえたらという事だ。
おそらく隼人はまだ誰にも恋していない。
ならばまだ諦める必要はないのではないだろうか。
少なくとも隼人に好きな人が出来るまでは……。
「おや、なんだかリョウ君、さっきより元気になったように見えますが?」
みどりに言われた。
「あ、はい。なんだか少し吹っ切れました」
「ふーん、それは良かったです。もしかしてそれはみどりのお陰ですか?」
「あ、はい、そうです」
みどりはニヤリと笑うとスマホを取りだした。
「なんだかわかりませんが、お礼にみどりに写真を撮らせて下さい! 思いきり、やらしー感じのが良いです!」
「急に何言いだしたんですか?」
了は慌てて逃げようとするが、みどりは制服の裾を掴む。
「ちょ、待って、俺が脱いでるだけの写真なんか、小清水さん喜びませんから!」
了が廊下の柱に抱きつこうとすると、みどりが言った。
「ほら、そこにミズキ君がいます。今すぐここで絡んで下さい」
タイミングよく廊下を歩くミズキの姿が見えた。
「ミズキくーん、ここです! ここにリョウ君がいるですよー! カモンでーす!」
みどりはスマホを持ったまま、ミズキに手を振っていた。
呼ばれて振り向いたミズキと目が合った。了は首を大きく振った。
こっちに来ないでくれ。ここに来たらBLな写真を撮られてしまう!
心の中でミズキにメッセージを送ったのだが、ミズキは了が困っていると思ったのか、こちらに近づいてきた。
ああ、またBLっぽい写真が増えてしまう。
「朝から楽しそうだね」
ミズキが来るとみどりは了を突き飛ばした。
ミズキが了を受け止めるとシャッター音が鳴る。
「良い写真が撮れましたです! 会長に送信です!」
「みどりさん何気に仕事出来る人ですね! 手際が良すぎるんですけど!?」
了が突っ込むと、みどりはニコリと笑う。
「えへ、みどりはこういうのには慣れてますよ。なにせ以前は、町で見かけるイケメンを隠し撮りしてコレクションしてましたから。電車で見かけたイケメンの後をつけて家まで突き止めてもバレなかったですし、隠し撮りも、隠密行動も得意です」
「それ自慢しちゃダメです! 二度としちゃダメです!」
改めて隼人がみどりを更生させてくれていて良かったと思った。
「あ、会長から返信が来ました」
「え」
つい隼人の名前に反応してしまった。
「えっと、小清水さんなんて?」
「もっとエロい画像が欲しいそうです。仕方ない、さっき撮ったリョウ君の腹チラ単体画像送ります。あとは自分で合成して下さいです」
「ちょっと待った! さっき服捲った時に写真撮ってたっけ!?」
「撮ってたですよ。リョウ君が気づかないのも無理ないですが、ほら、みどりは隠し撮りのプロですから」
「自慢しないで!」
了が叫んでいるとみどりが呟いた。
「会長から今送ったのの返信が来たです」
ドキリとした。
自分の腹チラを隼人はどう感じたのだろうか。
「リョウ君単品ではなく、画像加工してミズキ君との絡みにしてから送るように怒られました」
「はいはい、そうでしょうね! そういう感想でしょうね!」
了はやけくそのように叫んだ。
「あ、会長、この窓から見える所にいるようですよ」
「え?」
了は校舎の窓に向かった。
昇降口に向かって歩く隼人の姿が見えた。
いつものように姿勢良く、美しく歩く隼人。
それを見ただけで、了はつい微笑んでしまっていた。
昼休み。
了達のいる教室に奏がやってきた。
寒さが厳しくなったので、最近は教室に集まって昼食をとっている。
パンを齧りながら奏が呟いた。
「さっきパン買いに購買に行った時、あのヤバそうな副会長を見かけたよ」
「えっと、相馬ミツルさん?」
了が聞くと奏は頷く。
「そう。怖そうだからか、副会長だからか、彼の周りだけ人が避けてて、購買がすいてた」
目に浮かぶようだった。
彼が昔不良だったという事を知らない人もいるだろうが、なんとなく近寄りがたい雰囲気は残っている。
そもそも素手でバスケットボールを破壊する人だ。
日々、何かしらの事で正体がバレていそうだ。
体育の授業でテニスのラケットをへし折っているかもしれないし、素手でボールを握り潰しているかもしれない。
「ハヤトさんが購買前の廊下でミツルさんを待ってたよ。いつも二人で昼飯食べてるのかな?」
「え?」
奏の発言に箸を持つ手が止まった。
動揺しながら奏を見る。
「小清水さんもいたんだ? 偶然じゃなく?」
「パン買った後で合流してるの見たから、一緒に来たんじゃない? あの二人ってクラス一緒なの?」
「いや、知らない」
学年も違うので、二人の事はほとんど知らなかった。
隼人と会っても生徒会の話やBL妄想や宗親の事ばかりで、隼人個人の事はあまり聞く機会がなかった。
今更ながらに何も知らないという事に愕然とした。
「もしかしてあの二人って付き合ってるのかな?」
奏は軽いトーンで言ったが、了は立ち上がっていた。
「違うんじゃないかな!? 小清水さんて正直者だから、付き合ってたら隠さずに言うと思うし!」
「……」
力説する了を、友人達が無言で見つめていた。
恥ずかしくなって了は椅子に座りなおした。
響が顎をつまんで呟く。
「まぁ、確かに付き合ってはないんじゃないか? そんな甘い雰囲気感じた事ないし」
この中では一番恋愛経験が豊富そうな響の言葉に安堵した。
「でも、副会長の相馬さんが会長の事を立ててたり、尊敬してるのはわかるよ」
ミズキはそう言いながら了を見た。
「恋愛かは分からないけど、相馬さんて、会長に好意を持ってるんじゃないかな?」
「それは……まぁ、そうかもだけど……」
了はボソボソ言いながら弁当箱を見つめた。
すっかり食欲がなくなっている。
ミツルが隼人の事を好きなんじゃないかとは、了も思ってはいる。
でも他人から改めて言われると微妙な気持ちになる。
「それってあくまで友情じゃないか?」
響の発言に了は顔を上げた。
響は箸を持ったまま、指揮者のように熱弁する。
「あの人、元ヤンで、それを更生させたのが会長なワケだろ? それってまんま少年漫画で見かけるヤツじゃん。少年漫画はBLじゃないから恋愛感情じゃなくて友情なんだと思うな」
「ヒビキの言う通りだと思う!」
了は叫ぶと響の肩に手を置いた。
「俺も同意見だ!」
「ん、ああ、そう……」
了の剣幕に響は戸惑っているようだった。
響が友情だと言ってくれたお陰で、胸が少し軽くなった。
隼人はモテるので、恋のライバルがいるのは当然だと思う。
でも自分の知っている人、しかも同じ生徒会にライバルがいるというのは複雑すぎる。
「噂をすれば……ってヤツなんだけど」
奏の言葉に顔を上げた。
視線の先に、廊下を歩く隼人が見えた。
「なんで下級生の階にいるんだろ?」
ドキドキしながら了は呟いた。隼人から視線をそらせない。
「前にうちのクラスのヤツが部活の事で、生徒会長のハヤトさんに相談してたから、その事で会いに来たんじゃないかな?」
了は隼人を見たまま、奏の声に反応した。
「ああ、なるほど……」
朝から二回も、隼人の姿を見る事が出来た。
それだけで今日は良い日だなと思えてしまった。
恋をしてから気付いた事があった。
好きな人、つまり隼人の姿が見られるだけで嬉しい。
登校途中も、校舎を歩いている時も、授業中ですら、隼人の姿を探してしまう。
休み時間、了は度々一人で図書室に来ていた。
ミズキや奏に付き合うと言われても断っている。
前にここで隼人と会った事があるので、また会えるのではないかと期待していた。
見たい小説を選んで借りたり、その返却をしたり、頻繁に来ているが隼人と会えた事はなかった。
「まぁ、そんな都合よくはいかないよな」
呟いて書架を抜けた時だった。
正面に隼人がいた。
「わ!」
つい大きな声がもれた。隼人は了に近づいてくる。
「君も本を借りにきたのか?」
「あ、いえ、返しにです」
どっちでも一緒かと思いながら了は続ける。
「小清水さんは本を借りに来たんですね」
「それもあるが、図書委員に個人的に用もあってきた」
「ああ……」
例の更生させた生徒の様子見かと思った。
「BL本を図書室に入れてくれるように頼んでるんだ。個人的な頼みなんで、生徒会ではなく、個人として図書委員を説得に来ている」
「相変わらずですね!」
「仕方ないだろう? 俺は腐男子デビューが最近だからな。宗親先生以外の作家の作品をまだまだ読めていないが、買うにも限度がある。だから学校の図書室を利用しようと思ったワケだ。ここにBL本が入れば読みたい放題だ!」
隼人のBLに対する情熱にはびっくりする。
これじゃ当分恋愛など眼中にないだろう。
「……そうなんですね。でも図書室にBL本はさすがに難しいんじゃないですか? マイナーすぎると言うか……」
「なんでだ? 市民図書館にはあるぞ」
「え、マジですか!」
「当然だ。BLは老若男女問わず読む人がいる人気ジャンルだ! マイナーではない!」
了は自分が世間知らずだったのだと悟った。
「BL読むのに忙しいみたいですが、もうミステリーは読んでないんですか?」
了が聞くと隼人は即答した。
「もちろん読んでいる」
意外だった。最近の隼人はBLばかり読んでいると思っていた。
「ただ……」
隼人は眉間を押さえて暗い顔をした。
「最近、ずっと読んでいた尊敬する作家先生が亡くなってしまった。この先も当たり前に次の作品が読めると思っていたのに……」
了は叫んだ。
「もしかして裏山仔猫先生ですか!?」
隼人は目を見開いた。
「君も読んでいたか!?」
「はい! 大ファンでした! 俺は猫好き名探偵シリーズのファンでした!」
「そうか、君もか!」
「はい! 猫を見ると我を忘れて、殺人事件の阻止ができなかったり、猫好きだというだけで犯人から除外してしまうのに、なんだかんだとミラクルで事件が解決したりと、予想不可能な展開が大好きでした!」
「心の友よ!」
隼人に手を握られた。
「え?」
了は動揺していた。
好きな人が自分の手を握りしめて顔を覗きこんでいる。
心臓が爆発しそうだった。
「やっぱり君とは好みが合うな!」
整った顔で見つめられて言葉も出ない。
こんな熱い目で見られると勘違いしそうになる。
もしかしたら少しは脈があるだろうか。脈までいかなくても可能性位は……。
「さすがは先生の息子だけある!」
がっかりした。はやり隼人にとっては宗親ありきなのだろう。
了は宗親の息子という価値しかない。そう考えると悔しくなった。
「俺って小清水さんにとったら、父さんの息子ってだけですか? 父さんとの繋がりとか、BL妄想以外では、小清水さんにとって存在価値ないですか?」」
了は低い声で問いかけた。隼人は掴んでいた手を放した。
その瞬間、はっとした。
真面目に聞くべきではなかった。いつものように突っ込んだり、流していれば良かった。
了が後悔していると隼人が真顔で言った。
「俺達の関係が、先生繋がりだけって事はないんじゃないか? 確かに出会いはそうだが、正直ここまでミステリーの趣味が合う人間は初めてだよ。多分、価値観とか道徳観が近いんだろうな」
ドキリとした。
宗親とも共通すると思うが、価値観や道徳観が近いというのは、確かにそうなのかもしれない。
だから隼人がやっている世直し的な事に共感して尊敬してしまう。
隼人はニコリと笑った。
「あと理屈じゃなく、君といるととにかく楽しいよ」
「え?」
心臓がまた早くなった。それはどういう意味だろう? いや、そのままの意味か?
一緒にいるだけで楽しい。嬉しい。
それは了が隼人と一緒にいる時と同じ感情だ。
「俺は君のその性格が気に入ってるんだよ」
ドキドキが止まらない。隼人に気に入られている。それはつまり、普通よりは好きという事だろうか?
了が期待と緊張の瞳で見ていると隼人は言った。
「いつも派手に驚いたり突っ込んだりしてくれるからな。BL要素なしでもからかいがいがあるよ」
「ああ、そうですね! からかいがいですね!」
了はいつものノリで突っ込んだ。
でも嫌な気分ではなかった。
からかうというのはコミュニケーションの一つだ。無視できない相手。つい声をかけたくなる存在。
それは決してマイナスの存在ではないだろう。
気になっている。気にかけずにはいられない。無視できない。
それらは好意に繋がるような気がする。
今日、隼人に会えて、話せて良かったと思った。
以前の好きかもしれないと思っていた頃より、感情が加速していた。
勘違いでもなんでもなく隼人が好きだ。
もう誤魔化しは必要ない。
ミズキや奏には本当の事を言うべきだろう。
二人を傷つけたり、友情が壊れてしまうのではないかと思うと怖い。
でもいつまでも黙っているのも良いはずがない。
ミズキと奏に話をしないと。
了はそう思ったが、タイミングが上手く掴めなかった。
そもそも教室で話す内容ではないし、帰り道で話すにしても、いつも四人一緒だ。
関係ない響がいる中で切り出せないし、そもそもミズキと奏と、一人づつ話をするべきだろう。
二人きりで話をする。
思ったよりもそれが難しい。
いっそメールか電話でとも思ったが、やはり顔を見て話すのが礼儀だと思えた。
「うーん」
了は額を押さえて、うなっていた。
「何か悩んでる?」
ミズキに訊ねられたが、ここで話せる内容でもない。
これから帰宅するのだが、ミズキと二人、ホールのベンチに座って奏が来るのを待っていた。
響は目の前で、昇降口を通る女子生徒に手を振っている。
「別に悩んではないよ」
了はミズキに笑ってみせた。けれどミズキはまだ何か言いたそうに了を見ている。
「お待たせ」
奏が現れた。
響が振り返り、いつもの四人が揃う。
「じゃ、帰ろうか……」
了が呟いて立ち上がると、横にいたミズキが言った。
「リョウって生徒会長の事が好きなの?」
「え?」
全員が固まった。
了は動揺しつつ三人を見た。
「な、なんで……?」
ようやく声を絞り出したが、ミズキは平然と言う。
「何でって、会長の話題が出た時のリョウの反応でそう思ったんだよ」
「いや、え、あれは、その……」
了はミズキの次に奏、響と視線を向けていく。緊張で心臓が痛かった。
「会長が具合悪そうって言ったら、走って様子を見に行くし、話題が出ると顔が変わるし、そういう事なんだなと思ったよ」
ミズキに言われて了は覚悟を決めた。
目を瞑って黙って頷いた。
沈黙が怖くて顔を上げられなかった。
こんな形で隼人への想いを告白するとは思っていなかった。
でもずっと言いだせずにいたから、丁度良かったのかもしれない。
了は顔を上げるとミズキを見た。
「ごめん、ミズキの言う通りだよ。俺は小清水さんの事が好きなんだ。言いだせなくて本当にごめん」
ミズキは黙って了を見ていた。
了は視線を奏に移す。
「カナデもごめん! せっかく俺なんかを好きになってくれたのに、小清水さんを好きになっちゃって」
「別に良いよ」
奏はサラリと言った。
予想外の発言にマジマジと奏を見る。
奏は普段と同じ顔、同じテンションで言った。
「だってリョウの片想いでしょ? なら俺は今までと同じように、リョウを振り向かせるよう頑張るだけだから」
「え?」
想像していたのとまったく違う言葉を言われた。
首を傾げていると奏はニコリと笑う。
「リョウが小清水さんを好きでも、俺の気持は変わらないよ。元々片想いだったんだし、何かこの先変えないといけない事ってある?」
「?」
聞かれてもわからなかった。言われてみれば何もない、ような気がする。
「付き合いだしたって言うなら諦めるけど、そうじゃないでしょ?」
了は頷く。
「うん、なら、同じだよ。俺は今まで通りリョウが好きだし、アピールするよ。それにここ最近のリョウは分かりやすかったからね、俺はハヤトさんが好きなのがわかった上で口説いてたし」
驚きに声が出ない。
了はついミズキを振り返った。
ミズキも頷く。
「俺も同じ気持ちだよ。それに俺の場合、別に二人が付き合っていても気持ちは変わらないよ。今付き合っても、将来はどうか分からないし、いつか俺の所に戻ってきてくれたら良いなって思う。ほら男は船で女は港みたいな」
「演歌かよ! てかみんな俺が小清水さんを好きだって気づいてたの!?」
叫ぶ了に向かって響を含めた三人が頷く。
「いや、だってリョウってば顔に出るし」
響にまで言われてしまった。
「俺はあんなに悩んでたのに……」
呟く了の肩に奏は手を置いた。
「俺達に気を遣わなくて良いよ。リョウが失恋したら慰めるし、上手く行って付き合いだしたとしても、学生時代の恋愛はだいたい数年で破局するから、この先もチャンスはあると思うしね、ずっと友達として見守るよ。あと希望もあるから、病んだりしないで前向きでいられるよ」
「それ前向きって言うの!? なんか俺の未来、結局上手くいかないっぽいけど!?」
了が突っ込むと奏は微笑んだ。
「この先、恋愛がどう転んだって、ここにいる四人の友情は変わらないって事だよ」
その言葉にはっとした。
自分が恋をした事で、友人が傷つくかもしれないと思った。
この友人たちとの関係も壊れるのではないかと不安になっていた。
でも恋がどうなるかは分からないが、友情は変わらないんだ。
そう思うと嬉しかった。
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