今日このごろの魔法使い

ナカリー=ポットマン

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7.魔王の魔法

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 都内の花火大会で、僕と綾は一緒に夜空を眺めていた。

 綾はその左手に、使い魔みたらしを抱きかかえていた。

 何をしているのか知らないが、綾の使い魔としての任務に邁進しているようである。親ネコのほうは、動物病院から連絡が来て、未だ予断を許さない状況であると告げられた。

 水しか飲まず、点滴を打ちながら何とか持ちこたえている状態であるそうだ。子ネコの為にも、無事に戻ってきてもらいたいところである。


 花火大会は終わりを迎えようとしていて、狂ったように大輪の花を止めどなく夜空に咲かせていた。

 会場は金魚すくいや綿あめ、りんご飴などの露店が連なり、花火大会を見に来た人たちで溢れかえっていた。花火が1発打ち上がることに、歓声が響き渡り、全員が夜空の祭典に酔いしれていた。今年の夏は天気にも恵まれ、例年よりも多くの人が集まっていたようだ。


 やがて花火は終わり、人々は巨大な波のように一団となって帰途につく。

 同時に露天も次々に火を落とし、辺りから明かりが消え失せていった。

 潮が引くように静まり返っていく花火大会の会場に、ポツポツと何人かの人が残っていた。何かを囁きあっているカップル、酔っ払って眠りかけている男、道が空くまで遊びまわっている学生たち……。

 その中で僕と綾は2人でまだ空を眺めていた。


 真木氏が指定してきた日時は7月7日午後9時、場所は花火大会の会場。 花火と同じ方角を見るようにと通達してきた。

 花火大会が午後8時に終わるので、その1時間後に魔王は魔法を見せると、魔法協会に宣言したのだ。

 魔法を見せると言うので、手品の会場のようなものを想像していたが、魔王の指定してきた場所はなんと花火の会場であった。

 詩織先生は、思ったよりも大掛かりな魔法を見せるつもりなのかもねと、電話越しに冷静にいつも通りの言葉で喋っていた。


 午後9時まであと3分。

「なんだか冷えてきてない?」

 綾はみたらしで温まるように、ぎゅっと抱え直した。表情に明らかに不安の感情が見て取れる。

「いや、別に気温は変わってないと思うが」

 真木氏が何をしようとしているのか知らないが、とにかく見てみないと始まらない。

 そんなことよりも、注意すべきはこの辺りにいる人間のような気がする。

「今ここに、魔法協会の人間がどれくらいいると思う?」

「さあ、それは分からないけど、」

 綾は辺りをキョロキョロ見回す。静まり返った花火会場の片隅に、未だに立ったり座ったりしたまま空を見上げている人間が何人かいる。

「今空を見上げている人達が会員なんじゃないかしら」

 僕はさっきから空を見上げている人間の数を数えていた。思ったよりも数は多い。僕の目に収まるだけで30人くらいはいる。当然ここにいる人たちだけではないので、それなりの数の人間が、魔法を見るために集まっているのではないだろうか。

「これは考えないと、まずいかもな」

「なんで?」

「魔法を唱えるのは1回だけって言うルールがあるから、こういう広くて人が集まれる場所の方が有利なんじゃないか?」

「魔法を見る人の数に差が出るってこと?」

「そういうこと。魔法を見ないと投票できないって言うルールがあるけど、みんなが守るわけじゃないから。真木の魔法しか見れなかったら、真木氏に投票するだろうし」

「それは言えるわね。勝とうと思うなら、人の集め方も考えなきゃいけないってわけね」

 ちゃんと2人の魔法を見たかどうかなんて、完全な自己申告制で、誰にも確かめようがない。審判はいないのだ。それゆえに「1回だけ」は厄介なルールに思える。


 ちらりと腕時計に目を走らせる。時間は残り1分を切っていた。

 特に会場には何の変化もない。先ほどから、ただゆっくりと時間が流れているだけのように思える。

「何も起きそうにないわね」

「その可能性も否定できないけど」

「見かけじゃ分からないような魔法?」

「まぁ、そんな感じかな」

 もし何も起こらないのであれば、理由はそんな高尚なものじゃないと思う。

 魔王はぶっちゃけ魔法を使えないんだ。魔法に頼らない、他の手を打ってくることは十分に考えられる。

「9時まで、あと10秒」

 腕時計を目の高さまで上げ、時計と夜空を同時に見張る。

 あたりは先ほどよりも静まり返って、しんとしてきているように思えた。

 5、4、3、2、1…… 。

「9時になったわよ」

「何も起きないな」

 静まり返った花火会場か少しだけざわついた。

 先ほどまで張り詰めていた空気も、なんだか緩んできたような感じだ。

 みたらしが、大きなあくびをして、そのまま目を閉じた。いつでもどこでも寝られるネコだ。


 その時だった。

「あ!」

 綾が大きな声をあげた。綾だけじゃない。この会場の中にいる何人かが、あまりのことに、感嘆と驚きの声をあげずにはいられずにいた。


 夜空には、いくつもの流れ星が落ちていた。

 それも1つの色ではない。

 赤、青、黄色……。

 空を切り裂く流れ星は、先ほどの花火に劣らない大スペクタクルを夜空に展開した。


 1つ落ちたと思ったら続けてまた新たな流れ星が降ってくる。

 映画の中でしか見られないような光景が、現実の世界に展開した。


 夜空を斜めに横切る流れ星。

 それはあまりにも美しい光景で、僕たちの周りには、夜空と流れ星しか存在しないように錯覚させるほどの美しさだった。


 実際は一瞬だったのかもしれない、

 呆然と見守る中、真木氏の魔法はその幕を閉じた。

「メテオストライク!」

 綾が信じられないというように声を絞り出す。

「メテオ?」

「隕石召喚魔法よ。魔法の中でも最上級と言っていい」

「隕石魔法?違う!それは違う!
 これは科学だ!商業用人工衛星から、何かを投下して、人工的に流れ星を作る技術だ!」

「科学?」

「そうだ!商業用として開発されてるっていう話を聞いたことがある!まさか本当に商品になってるなんて……」

 綾はぶんぶんと首を振る。

「そんなはずないでしょ!これは真木の魔法よ!」

 綾は明らかに取り乱していた。


 これはまずい。綾は純粋に魔法を信じている。こんなものを見せられたら、魔法だと信じても何の不思議もない。

 ここはきちんと説明をしたほうがいい。

 いや、綾だけを説得したのでは駄目なのだ。魔法協会会員全員を説得しなければ。

 だけどそんな方法は……

 僕は綾の両肩を掴んだ。

 綾は空を見上げたまま、小さく震えていた。

「とにかく落ち着け、大丈夫だ、大丈夫だから」

 そう言っていた僕の声も、もしかしたら震えていたのかもしれない。
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