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雷の夜【グラッスリド】
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外では雷が鳴っている。
壮年の男がひとり、雷に照らされた。
その男、グラッスリドは薄暗い部屋の中でひとり、無言のまま床に膝をつき複雑な魔法陣を描き続けていた。
知り合いは皆もうとっくに亡くなってしまった。
あの件を知っているものも、もう居ない。
戦争の時代は終わり、世間では平和な時が流れているようだ。
この城だけが、時を止めている。
長い間の深い沼に入るような先が見えない研究。そして無数の失敗が、グラッスリドの心を擦り減らしていた。
もう少しで成功に手が届くかもしれないという希望も、もう遠く見えなくなってしまっていた。
それでも、グラッスリドはやめる気にはなれなかった。
これをやめてしまえば、自分はどうすればいいのか、きっと全くわからなくなってしまうから。
妹の形見であるネックレスが重みを増した気がする。
罪悪感だけが、どうしても消えない。
自分だけが死から遠ざかってしまった。
もう二百年生きている。
けれど、妹はまだ、死んだままだ。
ミア。
もう一度会いたい。
謝りたい。
お前が作る少し焦げた焼き菓子を、文句を言いながら食べたいんだ。
その気持ちだけで、魔法陣を描いていく。
「今度こそ……」
本当にそう信じていられているかは、もうわからない。けれどグラッスリドはそう呟いた。最後の線を引き、ため息をつく。
「今日はここまでにしよう」
今日はもう魔力が少ない。このまま続けても、中途半端に終わってしまうだろう。
魔法陣の図形や文字を確認していく。
一つでも間違っていたらそれはもう意味をなさない。
幾重にも重なる図形が、複雑に影響しあっている。
「……ここは」
疲労の強い目をこすりつつぼんやりと見ていると、魔法陣の一カ所に違和感があった。
もしかしたら計算ミスかもしれないと考えた瞬間、ろうそくの灯がちらついた。
その不穏な動きに、グラッスリドは目を押さえた。
「やはり、考え直そう」
皮肉なことに、時間は無限にあるのだ。明日は書籍を読み直して一から組み立てなおしてみよう。
考えに沈み込んでいると、頭に響くような轟音が響いた。
外で雷が落ち、稲妻が城を激しく揺らしたようだ。
立て続けに鳴った雷に思わず目を瞑る。
次に目をあけた時、魔法陣は淡く光っていた。
「まさか、火が……!」
魔法陣が燃えている。
少なくとも、自分にはそう見えた。
グラッスリドはすぐに呪文を唱え火を消そうとしたが、何かがおかしい。
魔法が通じないどころか、逆に身体から魔力が吸い取られていっている。
それと比例し、魔法陣は光を増していく。
「なんだこれは……まさか……」
部屋に無数にある、失敗し途中で止めていたはずの魔法陣も光をもち、部屋全体がきらきらと輝き出した。
どうして魔力が吸い取られているのか。
理由はわからないが、原因は一つしかない。
何とか魔力の供給を止めなくては。
しかし抵抗も虚しく、魔力はどんどん吸い取られ身体はどんどんと重くなっていく。膝をついたまま、呆然と成り行きを見る事しかできない。
「起動している……」
完成していないいくつもの魔法陣が、動いてしまっている。
未完成の魔法陣の起動。末路は暴走による爆発だ。
幸いここは街から離れた森の中にある城だ。
何があったとしても、死ぬのは自分だけだ。
……あっという間に、諦めが全てを満たす。
最早自分だけの魔力ではない力が、魔法陣からは放たれている。
最早眩しすぎる光でよく見えないが。
「まあ、こんな風に終わるとは思わなかったけどな、ミア。はは、案外そっちで会おうという事だったのかもしれないな」
終わりを感じながらも、少し面白くなり笑みが浮かんだ。
笑うのなんて久しぶりだ。長らく忘れていた。
やっと終わりか。
魔法陣に光が溢れ、衝撃を受け入れようと目を瞑る。
ミアにあったら何を言おうなどと考え……。
しかし、予想に反し何も起こらなかった。
「……ちっ。また生き延びたか」
光が収まり、部屋の中は薄暗く雷といつの間にか降っていた雨の音が響き渡っていた。
馬鹿みたいだ。
苦笑と共に魔法陣を片付けようと立ち上がる。
その時、グラッスリドの目に人影が飛び込んできた。
「……まさか、ミア!」
なくなったと思っていた希望が胸をよぎる。
どきどきという心臓の音が妙に大きく聞こえ、世界が止まったように思える。
そうして、息苦しさと共にはやる気持ちで走った。
「ミア! ……ミア……」
しかし。
魔法陣の上には、妹とは似ても似つかない、やせ細った少女が横たわっていた。
壮年の男がひとり、雷に照らされた。
その男、グラッスリドは薄暗い部屋の中でひとり、無言のまま床に膝をつき複雑な魔法陣を描き続けていた。
知り合いは皆もうとっくに亡くなってしまった。
あの件を知っているものも、もう居ない。
戦争の時代は終わり、世間では平和な時が流れているようだ。
この城だけが、時を止めている。
長い間の深い沼に入るような先が見えない研究。そして無数の失敗が、グラッスリドの心を擦り減らしていた。
もう少しで成功に手が届くかもしれないという希望も、もう遠く見えなくなってしまっていた。
それでも、グラッスリドはやめる気にはなれなかった。
これをやめてしまえば、自分はどうすればいいのか、きっと全くわからなくなってしまうから。
妹の形見であるネックレスが重みを増した気がする。
罪悪感だけが、どうしても消えない。
自分だけが死から遠ざかってしまった。
もう二百年生きている。
けれど、妹はまだ、死んだままだ。
ミア。
もう一度会いたい。
謝りたい。
お前が作る少し焦げた焼き菓子を、文句を言いながら食べたいんだ。
その気持ちだけで、魔法陣を描いていく。
「今度こそ……」
本当にそう信じていられているかは、もうわからない。けれどグラッスリドはそう呟いた。最後の線を引き、ため息をつく。
「今日はここまでにしよう」
今日はもう魔力が少ない。このまま続けても、中途半端に終わってしまうだろう。
魔法陣の図形や文字を確認していく。
一つでも間違っていたらそれはもう意味をなさない。
幾重にも重なる図形が、複雑に影響しあっている。
「……ここは」
疲労の強い目をこすりつつぼんやりと見ていると、魔法陣の一カ所に違和感があった。
もしかしたら計算ミスかもしれないと考えた瞬間、ろうそくの灯がちらついた。
その不穏な動きに、グラッスリドは目を押さえた。
「やはり、考え直そう」
皮肉なことに、時間は無限にあるのだ。明日は書籍を読み直して一から組み立てなおしてみよう。
考えに沈み込んでいると、頭に響くような轟音が響いた。
外で雷が落ち、稲妻が城を激しく揺らしたようだ。
立て続けに鳴った雷に思わず目を瞑る。
次に目をあけた時、魔法陣は淡く光っていた。
「まさか、火が……!」
魔法陣が燃えている。
少なくとも、自分にはそう見えた。
グラッスリドはすぐに呪文を唱え火を消そうとしたが、何かがおかしい。
魔法が通じないどころか、逆に身体から魔力が吸い取られていっている。
それと比例し、魔法陣は光を増していく。
「なんだこれは……まさか……」
部屋に無数にある、失敗し途中で止めていたはずの魔法陣も光をもち、部屋全体がきらきらと輝き出した。
どうして魔力が吸い取られているのか。
理由はわからないが、原因は一つしかない。
何とか魔力の供給を止めなくては。
しかし抵抗も虚しく、魔力はどんどん吸い取られ身体はどんどんと重くなっていく。膝をついたまま、呆然と成り行きを見る事しかできない。
「起動している……」
完成していないいくつもの魔法陣が、動いてしまっている。
未完成の魔法陣の起動。末路は暴走による爆発だ。
幸いここは街から離れた森の中にある城だ。
何があったとしても、死ぬのは自分だけだ。
……あっという間に、諦めが全てを満たす。
最早自分だけの魔力ではない力が、魔法陣からは放たれている。
最早眩しすぎる光でよく見えないが。
「まあ、こんな風に終わるとは思わなかったけどな、ミア。はは、案外そっちで会おうという事だったのかもしれないな」
終わりを感じながらも、少し面白くなり笑みが浮かんだ。
笑うのなんて久しぶりだ。長らく忘れていた。
やっと終わりか。
魔法陣に光が溢れ、衝撃を受け入れようと目を瞑る。
ミアにあったら何を言おうなどと考え……。
しかし、予想に反し何も起こらなかった。
「……ちっ。また生き延びたか」
光が収まり、部屋の中は薄暗く雷といつの間にか降っていた雨の音が響き渡っていた。
馬鹿みたいだ。
苦笑と共に魔法陣を片付けようと立ち上がる。
その時、グラッスリドの目に人影が飛び込んできた。
「……まさか、ミア!」
なくなったと思っていた希望が胸をよぎる。
どきどきという心臓の音が妙に大きく聞こえ、世界が止まったように思える。
そうして、息苦しさと共にはやる気持ちで走った。
「ミア! ……ミア……」
しかし。
魔法陣の上には、妹とは似ても似つかない、やせ細った少女が横たわっていた。
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