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大槌幼女は喋るヌイグルミの夢を見るか

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「ぶるるあ!」

 怒り狂ったオークが、棍棒を振り下ろす。

 棍棒は地響きと共に地面に深くめり込んだ。

「ぼよ~ん」

 獲物を仕留め損ねたオークは、再度獲物に向けて棍棒を振り下ろす。

「ぷる~ん」

 怒りで脳内麻薬の分泌が始まったのだろうか、涎を絶え間なく流し、目は真っ赤に充血し始めている。

 この状態に入ったオークは、筋力が通常時よりも増大し、狂った様に振り回す棍棒に擦りでもしたら、普通の人間ならば部位欠損コース真っしぐらである。

 その代わり攻撃の隙が多くなり、防御を考えない雑な動きを撮り始める。

 仕留め時だ。

 先程から怒り狂ったオークを相手取る小さな影は、自分の身の丈程もある大きなハンマーを振り被り、オークの踝くるぶしに叩きつけた。

「ぶいいいいい!」

 踝くるぶしを破壊された事でオークのフットワークは制限される。

 踝、膝、手首、肘、と末端から順に破壊され、三十分も経過した頃には、身体の自由を奪われたオークが身体を横たえ、牙を剥く事しか出来なくなっていた。

 オークを翻弄した小さな影が、止めとばかりに頚椎けいついに向かいハンマーを打ち下ろす。

「ぽんよよよ~ん」


「……」

「ぷるんぷる~ん」

「テンカイ……うるさい」

 小さな影は羽織っていたローブのフードを上げて素顔を晒す。
 フードの中から現れたのは十歳程の幼女であった。
 幼女は自分の革鎧の胸元に差し込んだヌイグルミに向かい話しかける。


「ボリュームの乏しい隙間に押し込まれて、こっちは退屈してるんだ! せめて擬音くらいは豊かになりてぇだろ?」

「……」

「クッション性が悪いんだよ、クッション性がよ、もうちっとこう、ぷるんぷるんしたクッションが無いと、身体が擦り切れて綿がはみ出して来ちまうよ」

 白と黒のモノトーンな柄のペンギンのヌイグルミが、女の子に向かい堰を切ったように話し出す。

「あと五年経てば……」

「五年? 本当に五年か? なんでそんなに自信満々なんだ? 五年でバインバインのナイスバデーになって、道行く男達が前屈みしまくる魔性の女に慣れるってのか?」

「……七年……」

「はい出たー上乗せどーん!」

「う……うるさい」

 幼女はペンギンの言葉を無視して、オークの討伐部位を剥ぎ取りにかかる。

 オークの討伐依頼証明部位は首なので、幼女は足首に差し込まれている剥ぎ取りナイフを取り出し、首の切断にかかる。

「うわ! グロ! きつ!」

「……」

「ひいい! 血が! 血が!」

「うるさい……」

 幼女はオークの首を切り取り皮鞄に放り込む、思ったよりも大物だったので獲物用鞄が一杯だ。

 幼女は本日の稼ぎに思わず笑みがこぼれた。

「幼女がオークの生首眺めて、ニヤニヤするのは俺ぁどうかと思うぜ? なんだ? イケメンなのか? 惚れたのか? お父さんはオークとの結婚は許しませんよ? いや……待てよ……アリか?」

「う……うるさい……」

 幼女は赤面した顔を隠す様にフードをかぶる。

「おいおい……冗談だったのに……まじか?」

「ほんとうるさい」




**********************************************


 最近受付嬢のあけみは楽しみがある。

 一月前位に流れて来た冒険者がいるのだが、ゴツくて臭くてむかつく冒険者の中で、あけみの荒んだあけみの心を洗い流す様な天使が現れたのだ。

 しかも腕の良い冒険者で、小さい体躯に見合わない大物を度々仕留めて来る。


「ステアちゃあああああん! こっちこっちいい! あけみお姉ちゃんはこっちよおおお!」

 冒険者ギルドの入り口を潜った小さな人影は、一瞬怯んだが諦めた様に受付嬢のあけみのカウンターに向かう。

「ちょっと! あんた達ステアちゃんの半径2メートル以内に近寄るんじゃないわよ! 臭くて泣いちゃうでしょ! 散った散った!」

 あけみのひどい言い草に、冒険者の大男達は涙ぐみながらカウンターから離れる。

「ステアちゃん今日はどうだった? 良いもの狩れたかなあ?」

 ステアと呼ばれた小さな人影は、ローブのフードを外し顔を出した。

「ステアちゃん、可愛すぎるうううう!」

 幼女はあけみと視線を合さずに、胸元からペンギンのヌイグルミを取り出す。

「おうおう! 今日もいいおっぱいしてんな、あけみ! 1000円やるからちょっと揉ませろよ! 先っぽ突かせろ!」

 ペンギンが流暢に喋り出す、ギルドに出入りする冒険者には慣れた物だが、最初に現れた時にはギルドの時が止まった物だった。

「うるさいわね、エロペンギン! 下らない事はいいから成果だけ話しなさいよ!」

「誰がエロペンギンだ! 俺ぁテンカイって立派な名前ぎゃああああああ」

 ステアと呼ばれた幼女がヌイグルミの首を捻る。

「オークを……仕留めたぜ……」

 テンカイが依頼内容を伝え、ステアが討伐証明部位を差し出す。

「ステアちゃんすごーい! 今報酬を出すからねえ、ちょっと待っててねえ」

 あけみは討伐証明部位を受け取り、手際よくバケツに放り込み重さを量る。

「はいはい、Bランクオークに認定されたから、依頼書クリアねおめでとうステアちゃん、報酬は約束通りに25万円ね確認してね」

 ステアはあけみと視線を合わせない様に無言で確認して、間違いが無いことをぼそぼそとテンカイに伝える。

「ステアがおっぱい揉ませろだってよ」

 ステアがテンカイの首を捻る。

「もおおおお! ステアちゃんならいくらでも揉ませてあげる! 先っちょだって許しちゃう」

 ステアは顔を真っ赤にして足早にギルドを出て行く。

「ステアちゃんまた明日ねええええ!」

 あけみはぶんぶんと手を振るが、ステアは俯き振り向かないように外に出て行った。

 扉の外ではテンカイの声がまだ聞こえている。

「なあなあ! ステア! その金でキャバクラ行こうぜ!」

 上気した顔で「ほう……」と溜息を吐くあけみの背後で、ギルドマスターが声をかける。

「チルドレンの今日の成果はBオークか……常軌を逸しているな……」

 ステアの依頼完了報告書を覗き見て、こめかみを押さえる。

「マスター、チルドレンじゃありません! ステアちゃんです」

 睨みつけるあけみの視線に、軽く肩を竦めながら自室に戻って行く。

 ギルドマスター執務室の椅子に腰掛け、引き出しの奥から引き出した書類の束の表紙には『チルドレン災害に対する防災マニュアル』と書かれていた。

「負の遺産か……」

 ギルドマスターは書類を引き出しに仕舞い込み、パイプに火を点けて煙を燻らせた。
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