1 / 81
1巻
1-1
しおりを挟む1 サラミ! パンチ! OL!
死というものは、意外と冷静に受け止めることができるみたいで……。
自分の死でさえ、冷静に「あー、ぶつかる。これは駄目だな」なんて考えたり、「そういえばDVDのレンタル期限、来週だっけ……」などと、どうでもいい心配が頭をよぎるもので……。
まあ、そこそこいい人生でした。
四十五年の人生を終えるには、交通事故でポックリってのは、悪くないな。
嫁も子供もいない身だったし。
次の人生は、嫁も子供も欲しいな……。
あ……意識が遠くなってきた。
大道寺凱、享年四十五歳……。
「おい……」
ん?
「おい!」
なんか、呼ばれてる?
目を開けると白い空間が……。
まさか……転生系? ちょっと頬が緩む。
「起きんかぁ! ごらぁ!」
ドスの利いたおっさんの声が辺りに響き、鉄製のロッカーを蹴りあげたような音が続いた。
「はいいい!」
反射的に地面から飛び上がって声の主を探すと、正面に、パイプ椅子に座ってこちらを睨みつけているパンチパーマのダンディーなおじ様が。
顎をしゃくりながら「ちょっと、こっち来いや」などとおっしゃっている。
俺は「誰のことかな?」と辺りをくるりと見回してみたが、二十畳ほどの真っ白な部屋の中には、彼の他に俺しかいない。
震える指で自分を指し「ボクデスカ?」と尋ねたところ――。
「お前しかおらんやろが!」
パンチの王子様がそう怒鳴ったと同時に、彼のすぐ横に鉄製ロッカーが現れた。そして彼に一発蹴られた直後、ロッカーは消える。え? 何、今の?
パンチ王子の足が床に下ろされた時に「チャリリ……」と鉄っぽい音がしたので、おそらく履いているのは雪駄だろう。
着ている服は白いジャージ、腕には昇り龍の刺繍が施されている。
はだけたジャージの胸もとから覗くのは、某遊園地マスコットのパクリっぽいキャラの刺繍が入ったTシャツと、極太の金のネックレス。
手首には健康ブレスレット。
指輪はたくさん。
サングラスの縁、金。
心の中で「パッシブスキル・隠密」を唱え続けるが、彼のサングラスのレンズには、今にも気を失いそうな俺の姿がハッキリと映し出されたままだ。
頭の中に「○○は逃げ出した。でも回り込まれた。○○は逃げ出した。でも回り込まれた」という文字の羅列が延々とスクロールされる。
押し潰されそうな沈黙……そんな中パンチ王子は地面にツバを吐き、喋り始めた。
「お前ぇよ、とりあえず死んだから」
「はい! ありがとうございます!」
「ありがとうじゃ! ねえよ!」
ロッカー召喚!
「すいませんでしたあ!」
「ったくよ、俺ぁ、お前ぇみたいなのが大嫌いなんだよ!」
「ありがとうございます!」
「とりあえず、お前ぇあれだ、トレード出すから。地球にイラネ」
「ありがとうございます。……へ?」
「へ? じゃねえよ! お前ぇ、もう地球に転生しねぇから」
「えーと……ひょっとしてあなた様は、神様でしょうか?」
「見りゃわかんだろ? ああ?」
「どうりで神々しいと思いました」
「おだてても何も出ねえぞゴラ! ……サラミ食うか?」
パンチ王子は、いかにもパチンコ屋の景品みたいなベビーサラミを地面に放った。
俺は光の速さでそれを拾うと「ご馳走になります!」と言って、包み紙ごと食う。
「お前を欲しがってるとこがあってなぁ。うちの世界にお前はそぐわねぇから、トレードになったってわけだ。大体地球じゃあ使えない『魔法』を手前ぇは何十年も練習しやがって……地球はなあ、筋肉と気合いで生きてく世界なんだよ! それを手前ぇは何年も何年も、魔法なんか使いやがって」
パンチ王子はため息をつきながら、心底呆れた様子で頭を振った。
「えと……魔法なんて、自分使えないっすけど……童貞も三十前に捨てたし」
パンチ王子は、またこちらを睨みつける。
「手前ぇ、毎晩寝る前、ナニやってた?」
「寝る前っすか? 最近は年のせいもあって、そんなにエロいことやってないですけど」
「そうじゃねえよ! 他にも日課があっただろうが!」
寝る前の日課? 何やってただろう……。
あ……。
「もしかして……アレっすか?」
「おう! アレだ!」
俺はその場にしゃがみ込んで、みるみるうちに顔を真っ赤にしてしまった。
やめてくれええええええ!
心の中で隠密を唱える!
「『カメハメ』何だっけ? あと、『ス○シウム』何とかってのもあったよな?」
パンチ王子はニヤニヤしながら、言葉の殺人コンボを繋げていく。
「『錬成』とかもかなりやってたろ? お前ぇ、職場が鉄工所だったもんな。『等価交換』がどうのこうのって、俺も最初わかんなくてよ、どこのパチ屋かと思ったぜ」
「あれは、寝る前の軽いストレッチで……」
「魔力、出まくってたがなあ」
「魔力? だから、魔法なんて使えないっすよ?」
「使えるぞ」
「いや、けど自分童貞でもないし、って……え?」
「地球でも使えるぞ。ただな、俺が魔法なんて軟弱なもん嫌いだから、発動させないようにしてるだけだ」
「自分、魔法使ってたんすか?」
「そうだよ。発動しなかっただけだ。普通は子供のうちにバカらしくなって諦めるもんだが、どっかのアホは四十半ばになっても魔法を使い続けてな……しまいにゃ、地球に存在しねぇ『スキル』まで使えるようになりやがった」
「スキルなんて、自分使ってないっすよ?」
パンチ王子は、またため息をつく。
「お前ぇ、最初俺様を見て、何やった?」
俺は考えを巡らし……はたと気づいた。
「えと……隠密っすか?」
「そうだよ……そんなもん地球には存在しねえ。それを手前ぇはゲームみたいにホイホイ使いやがって……あと荷物!」
「荷物っすか? 何も持ってないっすよ?」
「違ぇよ! お前、バッグやポケットに物しまう時、何か使ってただろ?」
「えと……『亜空間収納』とか念じながら……」
「それだ! 実際使えちまってるんだよ、その亜空間なんちゃら」
「まさか……ははっ、あり得ないっすよ……」
「実際に増えちまってるバッグやポケットの容量は〇・一立方ミリとか〇・一グラムだけどな。それでも神が魔法の発動を抑えてんのに、その世界の人間が使っちまうのが大問題なんだよ!」
ロッカー召喚!
どうやらこの神様、怒るとロッカーを召喚して蹴る癖があるらしい。
「あー、だからな、お前ぇこの世界からリストラだ。ちなみに交通事故は俺が操作した。文句あっか?」
「文句なんかありません! ご褒美ありがたぁっす!」
「おう。じゃあ、とりあえずリストラ先そこのドアの向こうだから、行って受付で話つけろ。さっさと去ねや、軟弱者が!」
いつのまにかトレードからリストラになっていたが、この場を離れられるならどこでも天国と思い、すぐ横に現れたドアを開けて転がるように転生先に――。
……って、ドアの向こうも、また白い空間だった。
キョロキョロと見回すと、事務机に座ったOLっぽい女性が微笑みかけている。
「あのー……受付って、こちらでよろしいですか?」
おそるおそるその女性に声をかけると――。
ビキッと音を立てて、女性が持っていたボールペンが折れた……。
「えーっと、私がこの世界の神ですが?」
パンチ王子に劣らない凄まじい威圧感が、白い部屋を包む。
「ああああ! ごめんなさい! 隣のパンチが受付って言ってたから、つい」
「ほほぅ……あの腐れパンチ、そんなことを? ……とにかく、そこに掛けなさい」
目の前に椅子が現れた。
もちろん、椅子の隣に正座した。
「で……あなたがパンチの世界、地球から送られてきた人ね?」
書類をパラパラめくりながら、こちらをチラチラ窺うOL女神様。
「はい……」
「うちは魔法がウリの世界なのよねぇ……あら、すごい魔力。ふふん」
女神様は書類をめくりながら、にこやかに笑う。
「まぁ、なんであなたに来てもらったかって言うと、こっちの世界、文明が行きづまってるのよねぇ。魔法が使えるから色々便利なんだけど、皆、新しく何かを生み出すってことを考えなくなってるっていうか。パンチの世界もそうだけどね。あいつは筋肉同士でぶつかり合う暑苦しい世界を造るつもりだったのに、実際は筋肉のない者が機械を造り出して、移動するのも物を作るのも人を殺すのも、機械に頼る世界になっちゃってるでしょ。私の世界は、今存在する魔法で皆満足しちゃって、新たに何かを生み出したり、変革を起こしたりしようっていう気概が足りないのよね。だからいまだに、パンチの世界でいえば中世のヨーロッパみたいっていうか、インチキファンタジーみたいな世界観で何百年も……」
OL女神様はつらつらと、自分の世界の現状やパンチ王子の愚痴を喋り始め、止まらなくなった。
こうして俺の体感で四時間ほどの愚痴を聞かされたあと――。
「というわけで、あなたにはかなり期待しているのよ」
なんか期待されているらしい。
「自分に何ができるんすか? 結構、能力的には底辺だと思うんですけど」
「あー、腐れパンチの世界とは違うから。そうねえ……とりあえず、魔法とスキルの解放をしときましょうか」
指をパチンと鳴らしたあとに――「ね?」という顔をするOL女神様。
対する俺は、わけがわからずキョトンとするばかりだ。
「あーそっか、使い方わかんないと、解放されてもそんな顔になっちゃうわよねえ」
「はぁ」
「自分のやり方で構わないわよ。むしろそのほうが、世界で変革が起こせるかもだしね。じゃあ、なんかやってみせてよ。ほら早く!」
昔、頭数合わせで呼ばれた合コンで、酔った女の子に一発芸を強要されたことを思い出しながらも――。
「じゃあとりあえず、自分に何ができるかの確認から……」
「カメハメ何とかでも、スペ何とかでもいいわよー!」
やめてえええええええ!
――十五分ほど床にうずくまったあと。
「じゃあ、やります……」
「意外とメンタル弱いわね……」
といっても、何をしたらいいのか。
まずは……ステータスとかの確認かな。
「ス、ステータス」
そう唱えてみると、目の前に、前世で使っていたタブレットPCのような画面が浮かび上がった。
そこには、ステータスが表示されている。
【名前】 なし
【年齢】 45
【レベル】 1
【職業】 なし
【STR(筋力)】 10
【VIT(体力)】 20
【DEX(機敏)】 5
【INT(魔力】 1300
【CHA(魅力)】 20
【魔法】 土・火(ファイヤボール)・水(ウォーターボール)・風(ウィンドボール)
【スキル】 隠密・土下座・妄想・空間付与・鑑定
【加護】 土・OL女神
こんなん出ました。
OL女神は、俺のと同じタブレットPCふう画面を、自身の前に出現させた。
「へええ、便利だこと。これは、地球のゲームとか小説の知識ね? 人間の能力値をここまでザックリ仕分けしちゃうとは、恐れ入ったわ。あ、説明はいいわよ、あなたの知識はもうある程度わかってるから」
そう言って、正座している俺に画面を突きつけてくる。
「ちなみに、これがこちらの世界の男性の、平均的なステータスね」
【STR】 50
【VIT】 30
【DEX】 10
【INT】 20
【CHA】 5
「なんというか、俺……チート系主人公としては微妙っすね」
ため息が出た。
もっと圧倒的なステ差で、「俺TUEEEE」できるかと思っていたのに。
「あらぁ、破格よぉ? あなた、『加護』が二つもあるじゃない? 土と、OL? って私のこと? まぁいいわ。土の加護は……あなた、土とか鉱石関係の仕事やってた? 土魔法に強くなれるわよ。あと、私の加護は、レベルね。こっちの世界にはレベルなんて概念ないんだけど、あなたには特別につけてあげる。ステータスで見られるからね」
「えーと、ありがとうございます」
「どういたしまして。あと他に、なんか願いとかある? このまま現地に送ってもいいけど、慣れない土地で早死にされても困るから」
「あ、じゃあ、ちょっと若返らせてもらってもいいですか? 最近腰痛とかきつくて。あとは、神様にお願いっていったら……健康と長生きくらいしか思いつかないっす」
OL女神はヒラヒラと手を振りながら、言った。
「あー、おっけーおっけー。やっとくー。じゃあ、転移いくよー」
目眩がしたあと――。
視界一面に、壮大な自然が広がっていた。
その風景の中で、一頭の巨大な猪が、こちらを見てキョトンとしていた。
俺と目が合う。
すると猪はにやりと笑い、牙を光らせ、雄叫びを上げて走ってきた。
やばい!
俺はすぐさま身を翻し、隠れる場所を探そうとしたが――足が動かない。
「状態異常」だ。
なぜ?
正座か……。
あんのクソ女神、なんて場所に転移させとんじゃあ!
とにかく、こ、ここは魔法だ!
スキルでもいい!
とっさに発動したのは――「アクティブスキル・土下座」。
「許してください」
地面に擦りつけられた俺の頭を、大猪がギュムッと踏む。そして「フン!」と鼻を鳴らして、森の中へ帰っていった。
「危なかった……」
とりあえず今やるべきことは、足のマッサージだな。
その場にかがみ込んだまま、ひたすらふくらはぎを揉み込むチート主人公がここにいた。
10
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
