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マウレツェッペ

1-3 下賤の者

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 付き添いの兵士達が連れて来た食堂は傭兵団用の簡易食堂であり、国の希望と称される者達が歓待を受ける場所では無い事が容易に見て取れた。


「この世界の食べ物は、初めてだから楽しみなんだよ!」

 とスキップをするムサシの手をしっかりと握りしめ、食堂で埃を立てる様な歩き方を注意する小次郎が、早朝の傭兵団食堂では一際目立っていた。

「なんだ? あのガキ共は?」

「どうせ何処かの貴族の坊ちゃんが、視察とかに来てるんだろ?」

「いい気なもんだ」

 配給所で受け取ったトレイの上には、天然酵母パンが一つと木のマグカップに入った牛乳。シチュー皿に入れられた僅かな量のラズベリーが乗せられていた。

 奇異の目に晒されながら、二人が並んで席に着くとムサシが先ず、天然酵母パンに齧り付くが歯が立たない、その様子を見て傭兵団の兵士達はゲラゲラと下品な笑い声を上げて囃し立てる。

 むすっとむくれたムサシが牛乳を口にした時に、ムサシが目を剥いて驚いた。

「はっはっはあ! 嬢ちゃん! 吐き出す時には表に行きな! それは貴族様が嫌がる牛の乳だぜ! 遊牧民の命の糧だ貴族様の耐えられる味じゃねえぜ!」

「美味しい! 何この味の濃さ! こんな美味しい牛乳は初めて飲んだんだよ!」

「へ?」
 兵士達が動きを止めた。

「ああ、これは確かに美味しい牛乳だな、新鮮だからかな?」

「あれ?」
 傭兵団の兵士達が騒めき始める。

「ムサシ貸してごらん」

 小次郎がムサシのトレイに置かれている硬いパンを小さくちぎって、ラズベリーの器に入れ始め、全てちぎり終わるとその上から並々と牛乳をかけ始め、牛乳粥を作り上げムサシに渡した。

 スプーンで掬い上げ一口、口の中に入れたムサシはガタンと椅子の上に立ち上がり、スプーンを高々と掲げた。

「んまーい! こんな美味しい物は食べた事が無いんだよ!」

 ムサシのオーバーなリアクションに、兵士達は一瞬動きを止めた後に一斉に歓声を上げた。

「そうだ! 牛は下賤な物じゃ無え! 生きる糧だ!」

「解ってるじゃ無えか嬢ちゃん!」

 ドンドンと踵を踏み鳴らし、拳を振り上げて大騒ぎを始める。

「ムサシ、場の空気を読むのも程々にしてくれよ」

「これもアイドルの務めなんだよ!」

 ボソボソと小声のやり取りをしている二人の前に、身長二メートルは優に超える傷だらけの顔を持つ大男が、対面の席にドカリと座った。

 それまで大騒ぎをしていた兵士達は、水を打ったように静まり返り、大男の動向を注視する。

「嬢ちゃん、これを入れてみな?」

 大男の腰にぶら下がった革の巾着袋から取り出されたのは、小石程の大きさの真っ黒な塊だった。

 ムサシはありがとうとお礼を言い、何の躊躇も無く自分の牛乳粥の中に放り込み、スプーンでかき混ぜ出した。

 白い牛乳が見る見る茶色く染まり出し、牛乳粥の面影が見る影も無くなったそれをムサシはまたもや躊躇無く口にした。

「んまーい! 何コレ甘くて良い香り! 幸せになるよ!」

 トロリと蕩けた顔のムサシがまたもや大声を上げる。

「黒砂糖だ。甘いキビの茎を煮詰めると少しだけ採れる物だがな、俺の娘の大好物だったんだ」

 大男は傷だらけの顔をくしゃりと歪め、ムサシの頭を撫でた。恐らくは笑っているのだろう。

「少しだけしか採れないのにムサシ食べちゃったよ……ごめんねおじさん」

 ムサシは目の前の茶色く染まった牛乳粥をスプーンで掬って、大男の顔にこぼさない様に差し出した。

 大男は一瞬目を剥いて驚き、周りをキョロキョロと見回した後に、恥ずかしそうにパクリと咥えた。

「ああ、本当に美味いな」

 大男はニカリと笑い、ムサシの頭をガシガシと撫でた。

「うわ……頭がもげちゃうよ!」

 ムサシの抗議に大男は豪快に大笑いをしている、目の前に座る小次郎の目には大粒の涙が大男の目から溢れているのが見える。大男は「娘の好物だった」と過去形で語った。小次郎は「そう言う事なんだろう」と見えない振りをして、目の前のチーズに噛り付いていた。

 ムサシと小次郎が楽しい朝食を終えた後に食堂を出ると出口で待ち構えていた騎士団の兵士に両脇を固められて次の目的地へと連行されて行く。

「朝食は如何でしたかな?」

 小次郎の横を歩く兵士がニヤニヤと笑いながら尋ねて来た。

「大変美味しく頂きました。毎日あの食堂で食べたいですね」

 小次郎がにこやかに答え、ムサシも元気一杯で同意する。

 騎士団の兵士は小次郎達に視線をくれずに小さく舌打ちをした後に口の中で小さく「やはり下賤の者か……」と呟いたが、ムサシと小次郎は聞こえない振りをしながらにこやかに歩き続けた。

 二人が通された王宮の一室は数多ある王宮の部屋の中で一番狭い部屋であったがゲーム上の一室とは違って高級そうな調度品が揃った貴族向けの待機室だった。

「ようこそいらっしゃいました。召喚者殿。僭越ながら私めが召喚者殿達の教育を承りました学術士モームと申します。以後お見知り置きを」

 転移して来た時に教会で見かけた人達が、揃って着用していた服装とよく似た白い貫頭衣を着た白髪の老人が、白い髭を撫でつけながら優しそうな笑顔で出迎えてくれた。

「初めまして今回理由も解らずにこの世界に連れて来られました小次郎と申します。こちらは妹のムサシです。何分こちらの世界とは理が違うと言う理由で何も聞かされぬままに裸足で謁見の間に引き摺り出された挙句、地下の牢獄に監禁されてしまったものでして自分達の置かれた状況すら理解出来ていません。何卒ご教授の程を宜しくお願い致します」

 小次郎は今置かれている理不尽な状況に苛立ち兵士が立ち去った部屋の中で優しそうな老人に向かって精一杯の皮肉を込めて不満をぶつけてしまった。

「ほっほっほ、元気が良いのは何よりですな召喚者殿、しかし傍におる幼い妹御を守る気でいるなら短気は抑えた方がよろしいですぞ、王宮の中でも召喚者殿を快く思わない連中もおります故、妹御と離れ離れにするする輩も出て来ないとも限りますまい?」

 はっと我に返った小次郎は、ムサシを背後に庇うように一歩前に出る。

「ほっほっほ、これも勉強のうちですな召喚者殿。さあお掛けくだされ」

 ムサシと小次郎は木目の美しい大きなテーブルを指し示され、大人しく椅子に腰掛けた。

 その後モームにマウレツェッペ王国の成り立ちなどの歴史を聞かされたが、全てはムサシ達が親しんだゲーム上のイベントに絡んだ話ばかりだったので、知っている知識の擦り合わせの様な授業内容となり学術士モームを驚かせた。

「ほほう……あの出来事の裏にそんな活躍があったとは……召喚者殿の話を鵜呑みにする訳には行かないが、色々と筋の通る部分が有り中々に興味深いですな」

 見て来た様に話すムサシと小次郎は、実際見て来たのだから話の筋が通ってしまうのも無理は無い。

「なれば召喚者殿、歴史や地理においての教養は問題が無いとして次に問題になるのは祝福されし道標の儀においてなのですがな……」

 ゲーム上でも聞いた事の無い言葉に二人は顔を見合わせる。

「ええと、その祝福の何とかって言うのは聞いた事がありませんね」

 小次郎が正直に知らない事を告げるとモームが実に嬉しそうに話し始めた。

「神殿の神に向かい、自分の進みたい将来に願いを込める事により神からの祝福が舞い降りるのです。祝福を受けた者達はその方面への才能を開花させて、神の指し示した道標へと人生を歩んで行くと言うマウレツェッペでは一般的な行事ですな、召喚者殿の世界では如何でしたかな?」

 小次郎は言っている事が余りにメルヘン過ぎてポカンとしていると、学校や授業が大の苦手で消極的椅子に座っていたムサシが小次郎の袖を引っ張った。

「どうしたムサシ?」

「ジョブクエ……」

 ジョブクエとはムサシ達が遊んでいたゲームの中に存在する「ジョブ獲得クエスト」の略称である。

「ああ!」

 小次郎がポンと手を打ち頷いた。

「おや? 召喚者殿は祝福を既に受けておられるのかな?」

 風呂敷の様な包みから、石板の様な物を取り出しながらモームが尋ねて来る。

「いえ……此方の世界ではまだ祝福を受けていません、また向こうで受けた祝福が此方で有効なのかも解りませんし……」

 テーブルの上に置かれた二枚の石板を指し示し、ニコリと笑うモームは石板の上に各々の手を置く様にと告げた。

「この石板に神の指し示した道標が表示されますので調べてみましょう」

 小次郎が恐るおそる手を差し出そうとすると、横に座っていたムサシが躊躇無く石板の上に掌を乗せて覗き込んでいた。

「にゃにこれ?」

 小次郎が身を乗り出してムサシの石板を覗き込むと、石板に刻み込む様に現れた文字は「最適化して下さい」の文字だった。

「モームさん最適化って何ですか?」

 小次郎の疑問に学術士モームも眉間に皺を寄せて考え込んでいる。

「これは……神殿に行けば何か解るかもしれませんな、お二人共同じ神託ですかな?」

「そうと決まれば早速! さあ! さあ!」

 学術士の名に恥じない知識欲から来る行動力に、若干戸惑いながらもムサシと小次郎はモームの後に続いて神殿へ向かい部屋を後にした。
 二人が連れて来られた神殿は、光の加減で印象が変わってはいるが、昨日の夜に二人が呼吸困難で苦しんだ場所であった。

「ふわあ! 昨日の場所はこんなに広かったんだね! ムサシの学校の体育館よりも広いよ! それにあれが女神像なのかな? おっきい!」

 ムサシが指差す巨大な女神像は、神殿に足を踏み入れる者に対して優しく見下ろす様に微笑みかけていた。

「ああ、大きいな……ゲームの中ではここまでのスケール感が無かったからな」

 小次郎も女神像を見上げながらその迫力に圧倒されていた。

「召喚者殿こちらへ」

 目を離した隙にモームが、神殿の奥に設置されている大理石でできた様な立派な造りのテーブルに促して来た。

 小次郎が近くに寄ってよく見ると、遠目で観察した通り白い石で出来ていて、所々にグレーのマープル模様が見て取れる。

「こちらに自分の望む道を書いて頂いて、女神像に祈りを捧げて下さい」

 モームが短冊の様な紙の束を渡して来る。

 白いテーブルの傍らには、書台が有り丁寧にインクとペンが用意されていた。

 慣れた様子のモームが、書台に向かってサラサラと短冊に何かを書き込み始めたのを見て、ムサシと小次郎はドキリとする。

「お、お兄ちゃん、日本語で書いてもいいのかな?」

「こっちの人は傭兵の人達以外金髪だったし、英語かも知れないな……」

 ボソボソと二人が文字について相談していると、一人書台で短冊に向かって何かを書いていたモームが振り返り、目を輝かせながら一枚の短冊を突き付けた。

「私としてはこの辺がオススメかと思いますな!」

 モームが突き付けて来た短冊には、達筆な文字で「勇者」と漢字で書き込まれていた。

 二人は現代日本人の未だ高い壁である英語の壁を不意に取り外され、揃って腰からズッコケた。

「どうなされた召喚者殿? ささ、こちらへ」

 モームは白いテーブルに短冊を置き、小次郎を手招きする。

「この祈りの白台に願いを書き込んだ短冊を置きまして、白台に手を付いて祈るのです」

「あの、祈るって言っても、祈りの作法とか僕達は全く……」

 小次郎がテーブルに触った途端テーブルから突然音が鳴り出した。

「ブブー……」

 クイズ番組の不正解の時に鳴り響く様な、いかにも残念そうな音が聞こえ、辺りはまた静寂に包まれた。

「やはり……」

 モームが静かに呟いた。

「やはり召喚者殿は祝福を既に受けておりますな、この音は祝福を受けた者が祈りを捧げた場合に鳴るものですな」

 モームが難しい顔で考え込む傍らで、ムサシがいつの間にか短冊を書き記し白台の上に置いて手を置いた。

「待てムサシ! 慎重に……」

「ブブー……」

 ムサシが書いた短冊には「まほう少女」と書いてあった。

「ムサシ……」

 ゆらりとムサシの背後に立つ小次郎は、両の拳でムサシのこめかみを挟み込んだ。

「いだだだ! ごめんなさいごめんなさい! 魔法少女にどうしてもなりたくて! 許してお兄ちゃん」

「あれ程漢字の勉強をサボるなって、お兄ちゃん言っただろ。帰ったら漢字の書き取りだからな」

「そっち?」

 二人の側で考え込んでいたモームがポンと手を打つ。

「お二人が召喚される前に修めていた職業とかはありますかな? 若しくは目指していた物とか、それに対して既に祝福が成されているのやも知れませんな」

 モームがモゴモゴと呟く様に二人に聞いて来る。

「ゲームの中での事でいいのかな?」

 ムサシが思いついた様に短冊に「ウィザード」と書いて白台に置いた。

「ブブー……」

「そんなあ……」

 ムサシはガックリと肩を落とし項垂れた。

「召喚者殿は何らかの祝福を受けているのは確かなので、思いつくままに試してみるのも悪くないですぞ? 短冊はまだまだあります故、どんどん試してみて下さい。幸い一週間はかかると見ていた歴史や、一般知識はもう既に問題が無いように見受けられますので、本日から神殿に詰めて頂いて結構ですぞ」

 モームが長く白い髭を撫で付けながら、楽しそうに笑った。

「それでは昼食はこちらに運ばせますので、ごゆるりとどうぞ」

 モームはペコリと頭を下げて、女神像に軽い祈りを捧げた後に神殿を出て行った。
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