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マウレツェッペ
1-5 母性
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オックスを先頭に城壁内の庭を堂々と歩き、城門に辿り着いた一行は憲兵に止められていた。
「どこへ行くのだこんな夜更けに? 傭兵団だなお前達、城内が大変な時にお出かけか?」
剣呑な目付きで槍を突き付ける門番に、オックスは平然と構え言い返す。
「なんだ? 城内で不埒者が出たってえ聞いて無いのかい? 俺達ぁそのお陰で城壁外部の見回りだあ、城壁内部は騎士団様がやっていなさるから、外部は俺達下賎の者の役割なんだってよ、城壁の外周で夜明かしだが行かなくて良いのなら、戻るが?」
城内の人間は城壁の外に出る事を極端に嫌がる。道路整備のされていない埃っぽい町並みと、下水設備の整っていない町並みの臭いが、城壁内部に住む人間には苦痛らしい。
「ふん……不埒者を捕まえるまで戻って来なくても良いぞ」
門番達が長槍で塞いでいた門を開放し、オックス達を外に出す。ここで傭兵達に難癖を付けて自分達が城壁外周の警備をする事になれば、仕事が増えてしまうので、深く追求せずにさっさと行かせた方が得なのだろう、唯でさえ自分が夜勤の時にこの大騒ぎだ。何か責任問題があれば傭兵団に被せれば良いと言う腹積もりなのだろう。
「へえ、それじゃお勤め頑張ってくだせえ」
荷物を背負ったオックス、ベルフ、ビフと続き、ローブを目深に被った小次郎が門を通り抜けた時に、門番が待ったをかけた。
「何かありやしたか?」
オックスが緊張を隠しながら振り向いた。
「一番最後のお前! 顔を隠してるな? ローブを取れ!」
小次郎が後ろを振り向かずにゆっくりとローブを外すと、門番からは黒髪が確認出来た。
「やはり下賎の者か、行け」
小次郎は松明に髪の毛だけ照らされる様な角度で、軽く会釈をしてローブを被り直した。
「手間取らせんな新入り!」
スパンと響くような音でビフが小次郎の頭を叩いた。
「ようく教育しとけよ!」
門番もニヤニヤと笑いながら、尻馬に乗る様な態度で偉そうに指図をする。
「すんません……」
小次郎も慌てて一行の後を追った。
五分ほど歩いた辺りでビフが小声で振り向かずに謝罪した。
「すまねえな兄さん、あれが俺達の普通のやりとりなんだ」
「わかってますよ、全然気にしてません」
あの場で使えない新人イビリの様な扱いを受けなければ、門番のストレス発散の為にもっと酷い扱いを受けていたかもしれないと、小次郎は理解していたので、ビフに憤りを感じるどころか感謝をしていた。
城下町に辿り着き、オックスが案内したのは町の外れにある一軒家であった。
「おう! 来たぜ!」
「もう来んなって言っただろ!」
ドアを開いた途端に香るアルコールの香りで、オックスが連れて来た場所は城下町の飲み屋だと容易に理解が出来た。
建物の中で一行を迎えた不機嫌な女性は、眉間に皺を寄せオックスを睨み付けると、野良犬を追い払う様に、店の隅に立て掛けてあった箒を振り回した。
「まあ、まあ落ち着けよ、カレン、今夜は頼みがあって来たんだ」
店の中で箒を構えるカレンは女性にしては逞しい腕を、益々パンプアップさせて声を荒げた。
「あんた達が持ち込む碌でもない事に巻き込まれて、あたしがどれだけ苦労したか解ってんのかい!」
眉を吊り上げ、目を真っ赤に充血させながらどなりつけるカレンを右手で制しながら、オックスがゆっくりと背中に担いでいたリュックサックを下ろし、中からヨダレを垂らしながら寝ているムサシを優しく取り出し、カレンの鼻先に突き付けた。
「はうあ、こ、こんなんじゃ騙されないよ!」
カレンは傭兵達にも負けない逞しい腕に、眠ったままのムサシを抱き締めながら、起こさない様に小声で文句を言うと、ベフが横に立っている小次郎のローブをスルリと剥いだ。
「こいつは小次郎だ。カレンの腕の中で寝ている嬢ちゃんとセットだ」
小次郎が訳も解らずにキョトンとしていると、突然カレンが空いた手でガッシリと小次郎を抱き締めたかと思うと、白眼を剥いて鼻血を吹き出した。
「ら、らめぇ……」
ここカレンの店は傭兵団も一目置く、元モンスターハンターカレンの経営する酒場である。彼女の腕っぷしによる恐怖経営により、荒くれ者の傭兵団や、がめつい商人、大人しい農民等が仲良く肩を並べて飲める稀有な酒場であり、彼女のファイトスタイルに惹かれた店の常連達には「メスゴリラ」「モンスターハーフ」等の愛称で親しまれている。
彼女の唯一の弱点はほとばしる程の母性本能であった。
「落ち着けよカレン」
オックスが見かねて声をかけるが、カレンの上腕二頭筋にはピクピクと脈打つ血管が浮き上がり、両手にはスヤスヤと眠るムサシと怯える小次郎が、未だ収まっていた。
「お、落ち着いてるわよ! 何なのよ、何なのこの可愛い子達は! 何処から攫って来たのよ! こんな手には乗らないわよ!」
「いや……まんまとヤラレちまってんじゃねえか」
「私の身体が目的なの?!」
「いい加減にしねえと、討伐依頼出すぞお前ぇ……」
ようやく落ち着いたカレンは、怯える小次郎を解放したが、眠り続けるムサシは膝の上に抱いて離さなかった。
「まあ、そんな訳でよ、こいつらを匿って欲しいんだよ、俺がこの町で一番安全だと思えるのはこの店なんだ」
オックスがカレンに向かい頭を下げて頼み込んでいる。
「わ、私にこの子達の親になれって言うの?」
「違うって言ってんだろ? この小次郎はこんなヒョロイ身なりだが、かなり上位の治療術師だ」
オックスが小次郎の肩に手を置いた。
「え? 気付いてたんですか?」
小次郎はこっそりと魔法を使っていたので、気付かれていないと思い込んでいた。
「全員解っていたぜ、ムサシちゃんに調子を合わせていたがな、お前ぇここで闇医者やらねえか? 響きは悪ぃが金が無くて治療術師にかかれねえ奴らを癒す正義の味方だ。ここで働いて金を稼いで、高飛びしたら良いさ」
オックスが親指を立ててウインクをしたが、カレンがその親指を摑んでボキンと折った。
「ぎゃあああ!」
「何が闇医者よ? こんな子供が治療術師な訳が無いでしょ? それに高飛びって何よ?」
小次郎が慌てて立ち上がり、オックスの親指にヒールを唱える。
「お、おおう……助かったぜ小次郎」
「あら? 本当に治療術が使えるのね?」
カレンがムサシを抱えたままでコロコロと笑う。
気を取り直したオックスが話を続けた。
「こいつらは王城でちょいと大暴れをしちまってな、これから逃避行の準備を整えなきゃいけねえんだ。傭兵団はどいつもこいつも貧乏だからな、餞別の一つも渡せ無え、せめて安全な場所を紹介してやりてぇんだ。頼むぜカレン」
頭を下げられたカレンは渋い顔で考え込んでいたが、考えを追い出す様に頭を振る。
「そうは言ってもねぇ、危ない橋を渡るのはこっちだって怖いんだよ?」
オックスは溜息を吐き、諦めた様だった。
「まあ、無理強いはしねぇさ……騒がせちまったなカレン」
オックスがカレンの膝の上で眠るムサシを抱き上げようと、優しく頭を撫でるとムサシがむずがる様に、カレンの胸にしがみ付いた。
「んにゅう……」
その瞬間カレンの母性本能に紅蓮の炎が灯り、巨大な岩の様な拳がオックスの顎を打ち抜いた。
「ウチの子に何すんじゃあゴラアア!」
一瞬で脳を揺さぶられると同時に、彼の鍛え抜かれた太い首からは「ボキン」と鈍い音が酒場に響き渡った。
「ひ、ヒール! ハイヒール! フルヒール!」
小次郎の悲痛な魔法詠唱の声が響く中、ムサシと小次郎の取り敢えずの住処がこの日決まった。
「どこへ行くのだこんな夜更けに? 傭兵団だなお前達、城内が大変な時にお出かけか?」
剣呑な目付きで槍を突き付ける門番に、オックスは平然と構え言い返す。
「なんだ? 城内で不埒者が出たってえ聞いて無いのかい? 俺達ぁそのお陰で城壁外部の見回りだあ、城壁内部は騎士団様がやっていなさるから、外部は俺達下賎の者の役割なんだってよ、城壁の外周で夜明かしだが行かなくて良いのなら、戻るが?」
城内の人間は城壁の外に出る事を極端に嫌がる。道路整備のされていない埃っぽい町並みと、下水設備の整っていない町並みの臭いが、城壁内部に住む人間には苦痛らしい。
「ふん……不埒者を捕まえるまで戻って来なくても良いぞ」
門番達が長槍で塞いでいた門を開放し、オックス達を外に出す。ここで傭兵達に難癖を付けて自分達が城壁外周の警備をする事になれば、仕事が増えてしまうので、深く追求せずにさっさと行かせた方が得なのだろう、唯でさえ自分が夜勤の時にこの大騒ぎだ。何か責任問題があれば傭兵団に被せれば良いと言う腹積もりなのだろう。
「へえ、それじゃお勤め頑張ってくだせえ」
荷物を背負ったオックス、ベルフ、ビフと続き、ローブを目深に被った小次郎が門を通り抜けた時に、門番が待ったをかけた。
「何かありやしたか?」
オックスが緊張を隠しながら振り向いた。
「一番最後のお前! 顔を隠してるな? ローブを取れ!」
小次郎が後ろを振り向かずにゆっくりとローブを外すと、門番からは黒髪が確認出来た。
「やはり下賎の者か、行け」
小次郎は松明に髪の毛だけ照らされる様な角度で、軽く会釈をしてローブを被り直した。
「手間取らせんな新入り!」
スパンと響くような音でビフが小次郎の頭を叩いた。
「ようく教育しとけよ!」
門番もニヤニヤと笑いながら、尻馬に乗る様な態度で偉そうに指図をする。
「すんません……」
小次郎も慌てて一行の後を追った。
五分ほど歩いた辺りでビフが小声で振り向かずに謝罪した。
「すまねえな兄さん、あれが俺達の普通のやりとりなんだ」
「わかってますよ、全然気にしてません」
あの場で使えない新人イビリの様な扱いを受けなければ、門番のストレス発散の為にもっと酷い扱いを受けていたかもしれないと、小次郎は理解していたので、ビフに憤りを感じるどころか感謝をしていた。
城下町に辿り着き、オックスが案内したのは町の外れにある一軒家であった。
「おう! 来たぜ!」
「もう来んなって言っただろ!」
ドアを開いた途端に香るアルコールの香りで、オックスが連れて来た場所は城下町の飲み屋だと容易に理解が出来た。
建物の中で一行を迎えた不機嫌な女性は、眉間に皺を寄せオックスを睨み付けると、野良犬を追い払う様に、店の隅に立て掛けてあった箒を振り回した。
「まあ、まあ落ち着けよ、カレン、今夜は頼みがあって来たんだ」
店の中で箒を構えるカレンは女性にしては逞しい腕を、益々パンプアップさせて声を荒げた。
「あんた達が持ち込む碌でもない事に巻き込まれて、あたしがどれだけ苦労したか解ってんのかい!」
眉を吊り上げ、目を真っ赤に充血させながらどなりつけるカレンを右手で制しながら、オックスがゆっくりと背中に担いでいたリュックサックを下ろし、中からヨダレを垂らしながら寝ているムサシを優しく取り出し、カレンの鼻先に突き付けた。
「はうあ、こ、こんなんじゃ騙されないよ!」
カレンは傭兵達にも負けない逞しい腕に、眠ったままのムサシを抱き締めながら、起こさない様に小声で文句を言うと、ベフが横に立っている小次郎のローブをスルリと剥いだ。
「こいつは小次郎だ。カレンの腕の中で寝ている嬢ちゃんとセットだ」
小次郎が訳も解らずにキョトンとしていると、突然カレンが空いた手でガッシリと小次郎を抱き締めたかと思うと、白眼を剥いて鼻血を吹き出した。
「ら、らめぇ……」
ここカレンの店は傭兵団も一目置く、元モンスターハンターカレンの経営する酒場である。彼女の腕っぷしによる恐怖経営により、荒くれ者の傭兵団や、がめつい商人、大人しい農民等が仲良く肩を並べて飲める稀有な酒場であり、彼女のファイトスタイルに惹かれた店の常連達には「メスゴリラ」「モンスターハーフ」等の愛称で親しまれている。
彼女の唯一の弱点はほとばしる程の母性本能であった。
「落ち着けよカレン」
オックスが見かねて声をかけるが、カレンの上腕二頭筋にはピクピクと脈打つ血管が浮き上がり、両手にはスヤスヤと眠るムサシと怯える小次郎が、未だ収まっていた。
「お、落ち着いてるわよ! 何なのよ、何なのこの可愛い子達は! 何処から攫って来たのよ! こんな手には乗らないわよ!」
「いや……まんまとヤラレちまってんじゃねえか」
「私の身体が目的なの?!」
「いい加減にしねえと、討伐依頼出すぞお前ぇ……」
ようやく落ち着いたカレンは、怯える小次郎を解放したが、眠り続けるムサシは膝の上に抱いて離さなかった。
「まあ、そんな訳でよ、こいつらを匿って欲しいんだよ、俺がこの町で一番安全だと思えるのはこの店なんだ」
オックスがカレンに向かい頭を下げて頼み込んでいる。
「わ、私にこの子達の親になれって言うの?」
「違うって言ってんだろ? この小次郎はこんなヒョロイ身なりだが、かなり上位の治療術師だ」
オックスが小次郎の肩に手を置いた。
「え? 気付いてたんですか?」
小次郎はこっそりと魔法を使っていたので、気付かれていないと思い込んでいた。
「全員解っていたぜ、ムサシちゃんに調子を合わせていたがな、お前ぇここで闇医者やらねえか? 響きは悪ぃが金が無くて治療術師にかかれねえ奴らを癒す正義の味方だ。ここで働いて金を稼いで、高飛びしたら良いさ」
オックスが親指を立ててウインクをしたが、カレンがその親指を摑んでボキンと折った。
「ぎゃあああ!」
「何が闇医者よ? こんな子供が治療術師な訳が無いでしょ? それに高飛びって何よ?」
小次郎が慌てて立ち上がり、オックスの親指にヒールを唱える。
「お、おおう……助かったぜ小次郎」
「あら? 本当に治療術が使えるのね?」
カレンがムサシを抱えたままでコロコロと笑う。
気を取り直したオックスが話を続けた。
「こいつらは王城でちょいと大暴れをしちまってな、これから逃避行の準備を整えなきゃいけねえんだ。傭兵団はどいつもこいつも貧乏だからな、餞別の一つも渡せ無え、せめて安全な場所を紹介してやりてぇんだ。頼むぜカレン」
頭を下げられたカレンは渋い顔で考え込んでいたが、考えを追い出す様に頭を振る。
「そうは言ってもねぇ、危ない橋を渡るのはこっちだって怖いんだよ?」
オックスは溜息を吐き、諦めた様だった。
「まあ、無理強いはしねぇさ……騒がせちまったなカレン」
オックスがカレンの膝の上で眠るムサシを抱き上げようと、優しく頭を撫でるとムサシがむずがる様に、カレンの胸にしがみ付いた。
「んにゅう……」
その瞬間カレンの母性本能に紅蓮の炎が灯り、巨大な岩の様な拳がオックスの顎を打ち抜いた。
「ウチの子に何すんじゃあゴラアア!」
一瞬で脳を揺さぶられると同時に、彼の鍛え抜かれた太い首からは「ボキン」と鈍い音が酒場に響き渡った。
「ひ、ヒール! ハイヒール! フルヒール!」
小次郎の悲痛な魔法詠唱の声が響く中、ムサシと小次郎の取り敢えずの住処がこの日決まった。
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