シャ・ベ クル

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人間ドール開放編

第二十話 ニコライの眼

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 大きな白い屋敷に広い庭、正にお金持ちの住む家と言えるこの屋敷。
ここは正実の家。
この大きな屋敷の二階の一室では、先日ロシアからやってきたヴァルヴァラがいる。
そう、ヴァルヴァラは正実の家でホームステイする事になっていた。
ロシアから日本に来たヴァルヴァラは、日本に滞在してもう一週間以上経過している。

ヴァルヴァラは与えられた自室で、着替えをしていた。
そこでだ、正実は部屋のノックもしないで入ってくる。

「おはようヴァルヴァラ、調子はどうだい?」

ヴァルヴァラは着替えの途中で下着姿だったもので

「きゃ…!」

と声を上げてすぐに近くのカーテンに身を潜めた。
正実はその様子に笑うと言う。

「ああお着替え中だったんだね!別に隠さなくたっていいじゃないか。君は綺麗なんだから。」

正実の言葉にヴァルヴァラは若干眉を潜めたが、満面の笑みで

「ごめんなさい。でも恥ずかしいものは恥ずかしいですわ。」

と答えるのだった。

「あっそう。」

正実は微笑むと、更に

「朝ご飯出来てるから下までおいで。」

と付け加えて部屋を出ていく。
ヴァルヴァラは正実が立ち去った事を確認すると小さく溜息をついた。

(人の着替え覗いて謝りも無しだなんて最低…!あの人はいっつもいっつも着替えやら風呂やら覗いてきて…!
変態の域を超えた、正真正銘のクズ…!)

と怒った様子のヴァルヴァラ。
それもその筈、正実は可愛い容姿のヴァルヴァラに興味津々。
ヴァルヴァラとの距離を詰めようとしてるのだろうか、出過ぎた行動をしている様だ。

(こんなド変態がニコライの店のお得意様だなんて、こっちが恥ずかしくなってきますわ…!
もう…神様と一緒に生活したかったのに…!)

ヴァルヴァラは不満を心の中でブツブツ。
ヴァルヴァラは身支度を整えると、廊下に出た。

陽の光が綺麗に差し込む廊下、長い階段に高級そうな壁紙、絨毯、照明。
家は完全に洋風で、家の中でも靴で過ごす。
まるでお嬢様になった気分で、ヴァルヴァラは居心地に関しては良しとしていた。
ただ、廊下の飾り物を除いては。

正実の家には至る所にガラスの容器で守られたリアルな人形達が飾られていた。
ヴァルヴァラからしたら本物の人間がこっちを見ている様で、人形を見る度気が引ける。
だが人形はどれも美しく、置物と思う事さえできればいずれ慣れるだろうと思っていた。
ヴァルヴァラは人形の視線が気になり、急いで正実の元に向かうのであった。



 数分後、ヴァルヴァラと正実は朝の食事をしていた。
高級な食器にコーンの香ばしい匂いがするスープ、数個のバターパンなど、朝食は庶民的な食事。
しかし広いテーブルに火のついていない燭台、食事をするにしては十分過ぎる広さの部屋で食べる食事は、例え朝食だとしても豪勢な気分になれるだろう。
ヴァルヴァラは静かに食事をしていると、ふと正実からの視線が気になった。
正実はこちらをずっと見つめているのだ。

「なにか…?」

とヴァルヴァラは聞くと、正実は微笑む。

「ふふ。ねえ、君のお兄さん…ニコライの右目について聞いていいかな?」

その正実の質問に、ヴァルヴァラは首を傾げて

「大怪我をしているとの事ですよ。私は見た事ないので…。」

と言った。
正実は

「そっか…」

と微笑んだまま呟くと、部屋の隅にある人形を見る。

「これを見てよヴァルヴァラ。これはね、君のお兄さんが作ったものなんだよ。」

ヴァルヴァラは人形を見てみると、それはなんとも美しい人形だった。
部屋の影に設置されているのにも関わらず、光を映し出す硝子の様な瞳。
良質でストレートな髪が、その人形をお淑やかに魅せる。
正実はヴァルヴァラが人形を見ると同時に話した。

「この人形の眼は硝子で作られている。こんなに美しい眼を持つ人間なんて、そういない。」

ヴァルヴァラはそれを聞いてご最もと思ったが、同時に違和感を感じた。

「この眼…美しいと感じるより、見ていて落ち着く眼ですわ。」

ヴァルヴァラが言うと、正実は笑う。
正実はヴァルヴァラの目を見るので、ヴァルヴァラも正実の目を見ると正実は言った。

「ニコライの眼はとっても綺麗だよね。」

それを聞いたヴァルヴァラはピクっと反応して、自分の兄の眼を思い出してみる。
彼の瞳は空を映したガラス玉の様な、美しい青の瞳だ。
正実はヴァルヴァラが驚いた顔をしていたので話を続ける。

「彼の眼は欲しくなるほど綺麗なのさ。だからね、彼の右眼も気になっちゃうんだ。
その眼は今でもあるのか、無いのか。無いならどこに持っていったのかとかね。」

ヴァルヴァラは今までニコライの眼なんて気にも留めていなかった。

(何…この人…。ただの人形好きにしては気味が悪過ぎるわ…)

ヴァルヴァラはニコライの眼の話よりも、正実の執着に気持ちの悪さを覚えていた。



 一方ロディオンと善光は、今日の講義はまだなので瑠璃を連れて部室へ向かう途中だった。

「ヴァルヴァラの入学手続き進めないとなぁ。でも時間が欲しいんだよなぁ。」

とロディオンはそわそわ。
善光は

「たまにはいいだろ。サークル活動だっていつもボランティアだし。」

と言うと、ロディオンは首を横に振った。

「俺さ、人形売買の闇取引について今調べてんだよね。」

その言葉に善光は眉を潜めると

「正実から聞けば大体わかるだろ。」

と言うので、ロディオンは笑顔で

「それもそーう!」

と言うのだった。
善光は更に

「なんで今頃…」

と聞くと、ロディオンは答える。

「ニコライが人形師してるからだよ!人間を使って作る人形だなんて…!そんな仕事早く辞めさせる!」

善光は呆れて溜息が出て

「正実からだけど、人形にされてる人間は、体の部位に魅力がある人間だって聞いた。その部位を人形のデザインに合わせて加工してから、繋ぎ合わせて一つの人形にする事も多いらしい。」

とさり気なく情報提供。
ロディオンは顔を真っ青にすると

「え…それってまさか…死んだ人間じゃなくて、殺されてるの…?」

と聞くと、善光は頷いた。

「大体は行方不明者で片付いちまうらしいな。それに人形を買うって言ったって正実だけじゃない、世界中のコレクターが人形を狙ってる。だから色んな業者が出てきて、そういう人間を狙うって噂だ。」

ロディオンはそれを聞いて、怒りの感情が高ぶったのか

「良くない!人形売買業者撲滅すべしっ!!お巡りさんに突き出す!」

と言う。
ロディオンはそれ以上の気持ちを上手く言葉にできないのでモヤモヤしていると、瑠璃は言った。

「そう言えば善光の兄、初めて会った時私を変な目で見てきたぞ。『人形みたい』だと言っていた。」

瑠璃は顔色を悪くすると、善光は顔を引きつって

「神様に!?神様が人形にされちまうかもしれねぇじゃん!」

と焦る。
ロディオンは

「え、じゃあセオーネも?セオーネにも言ってたよ正実。」

と言うと、善光は冷静になって言った。

「アイツが喜ぶって事は、他のコレクターも喜ぶって事だからな。狙われたら恐ろしいな…」

するとロディオンは走り出して

「セオーネにちょっと連絡してくる!!」

と部室まで全力疾走。

「おい待てよ!」

善光は瑠璃の手を引っ張り、部室まで走るのであった。
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