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番外編
第五章番外編 高倉夢月―育んでいたもの― 2/3
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奈江島は意外と真面目な奴なんだなと思い始めてから、少し経った頃。
私は驚きの近況を耳に入れる。
奈江島綺瑠が石の子の攻撃を受けて、重症を負って入院をしている。
秋田財閥のトップである秋田総作が、石の子の攻撃を受けて死んだ。
研究所は「これからの研究所はどうなる」「次に代表になるのは誰」など、奈江島が死ぬ事を確信していた。
そうだ、石の子の攻撃を受けた人間で、生きて帰ってきた奴なんて化物以外にいない。
今は重症という形で入院していても、やがて奈江島は秋田と同じように死に至るだろう。
私は思わず溜息が出た。
別に奈江島の死を悲しんでいる訳じゃない。
せっかくできるはずだった金蔓が死んでしまうのが残念だった。
私はなんて運が無いんだろう。
こんな素晴らしい頭脳を持っていても、人が理解し得ない能力を持っていても、運が無ければ人生は面白くない。
私は思わず、自分の死について考えていた。
ウィルスに感染して生まれた人間の殆どは、若い内に亡くなると言われている。
私も今まで、何人ものウィルス持ちが死んでいくのを見てきた。
目、鼻、口、耳…穴という穴から血が流れるようになったら、死の近い合図だった。
私もやがてそうなる。
別に自分の死は怖くなかった。
私が死んでも、悲しむ人間なんて誰一人いないから。
生まれた時から一人で、研究所に育てられてきて、機械開発に興味を持ってからはずっと機械ばかりを作っていた。
私が作ってきた機械には、感情というものはない。
作ろうと思えば作れると思うが…、私が死んだ時にそんなものを持っていたら…悲しむのかな、そう考えてしまった。
だから作れなかった。
自分が好きで作ってきた、大好きな機械達に悲しい思いはさせたくないから。
私は京介の頭を撫でながら、そんな事を考えていた。
京介はただ私を見上げて、鳴き声を上げるだけだった。
それから数日後、もっと信じられない近況が耳に入った。
奈江島綺瑠が目を覚ました。
研究員の偉い奴等はこぞって病院まで足を運んでいるらしいが、奈江島が面会を許してくれないらしい。
私も本当か知りたかった。
結婚を許した仲だし、もしかしたら会えるかも…?
以前奈江島が私にした通り、私も心配してやったらアイツもこそばゆい思いするかな?
そう思いながら病院へ足を運んだが、そうもいかなかった。
病室の前には沢山の人。
私は人を押しのけて最前列に来るが、扉には張り紙がされていた。
『研究員は立ち入り禁止。久坂は特別入室OK!』
その『久坂は特別入室OK!』の文字に棒線が引かれ、『来るわけねぇだろバーカ』とあった。
多分久坂って研究員の字だ。
奈江島と久坂って研究員は、たまに食事に出かけるほど仲が良かった…って聞いた事がある。
研究所でも、二人はいつも一緒にいる。
『研究員は立ち入り禁止。』か。
いくら結婚の約束をしたとは言え、奈江島の反応を見るに結婚なんて大したものではないんだろうな。
結婚相手なんて誰でもいいんだろうな、私じゃなくても。
あの日見せた誠意も、きっと秋田と同じ…表面上の誠意だ。
私は一線を引かれた気がして、気が引けた。
そこに、研究員でもない見知らぬ男性がやってくる。
その男性は張り紙を見てクスリと笑うと、扉を開いた。
中からチラッと見える奈江島。
奈江島は元気そうだった。
奈江島はこちらに笑顔を向けた。
でもその笑顔は、私ではなくその男性に向けていた。
恐らくこの男性は、奈江島の友達。
そのまま扉は閉ざされる。
奈江島の奴、私の事を一切見てなかった。
いや、見ていた気がしたけど…
多分、私に気づいてなかった。
追い打ちはそれだけでは終わらなかった。
退院した奈江島は、死んだ秋田の代わりに財閥を背負いつつ、別の研究に没頭。
私の約束を果たさずにいた。
ただ、本人から言われた事と言えば…
「ごめんね高倉、結婚の話はなかった事にしたいんだ。
それ以外で、何か願いがあったら…」
約束を破るなんて、秋田の子っぽくない。
もしかしたら秋田より最悪かもしんない。
私は不思議と、非常に強い怒りが込み上がってきた。
奈江島を怒鳴って、その後は辞職届を出して仕事を辞めてしまった。
私は家にずっと篭っていた。
何もせずにずっと。
機械に触れると、研究所の事を思い出してしまうから。
私は外で起こっている事なんて興味なかった。
別に、私は長生きができない身。
世界が消えようが、何が起ころうが、どうでも良かった。
植物人間の騒動が完全に収まった、ある日の事。
世界に平和が戻っても、私の生活には影響ない。
だけど…私以外の人々の生活は、大きく変わっただろう。
仕事を辞めたのにも関わらず、朝から家のインターホンが鳴った。
誰だろう…。
私は寝巻きのまま出ると、そこには奈江島が。
私は驚いた。
奈江島は笑顔を向けてきた。
「久しぶりだね高倉。
そんな格好で無防備にも扉を開いちゃ駄目だろう?泥棒だったらどうするの?」
私に怒鳴られた事を忘れたのか?ってくらい清々しい笑顔だった。
私は扉を閉めようとすると、奈江島は扉に足をかけて扉を無理に開いた。
「あのさ、あれから考えたんだよ。
僕って君にかなり失礼な事したなって。」
「それが何。」
「ごめんなさい。」
奈江島の言葉に、私は手を止めた。
また謝罪してる。
嫌になって、もっと強く扉を閉める。
奈江島は続けた。
「お願い、僕にもう一度チャンスを頂戴よ…!」
「今度は何が目的!?もう研究所の手伝いはしないから!」
「僕とデートして!」
驚いたあまり、私は扉から手を離してしまった。
玄関に腰を打って転ぶ私。
奈江島は扉を開いて自分の半身を玄関に入れると、私に言った。
「デートは言い過ぎ…か。
あの時は結婚を急いでてさ、翌々考えてわかったんだ。
僕は結婚に興味がないんだって。
だから断っちゃったけど…あまりにも説明不足だったなって、約束をしたのに失礼な事をしたなって思ったんだ。
君の事を何も知らないのに、結婚をOKするのも変だし。」
そうなの?
結婚ってお互いを知ってないと成立しないもの?
すると奈江島は私の視線までしゃがみ、私に手を伸ばして優しい笑みを向けてきた。
「だから今から僕と友達に。
君を好きになるチャンスを、ください。」
私は頭が空っぽになった。
僕と友達に。
友達って、なんだろう。
生まれてこの方ずっと孤独だったもので、友達なんてわからない。
一緒に遊んだり話したりするんだって、聞いた事ある。
それって面倒なもの?
ああでも、退屈凌ぎにはなるかな?
私は言った。
「いいよ。」
「本当!?」
友達でも何でもいい。
もう残り少ない人生、コイツで遊んでやる。
そんな私の本音も知らず、奈江島は無邪気に笑顔を向けてきた。
なんて眩しい笑顔なんだ、私には永遠に無縁の顔だ。
奈江島はそれからクスクスと笑うと、手提げの大きな紙袋から何かを取り出す。
それは髪に使うアイロン。
奈江島は言った。
「身嗜みがなってないって、研究員の噂は本当みたいだね。」
「いいじゃない、興味ないんだし。」
「これから遊びに行くんだよ?少しくらい整えないと。」
奈江島はそう言うと、私の手を取って勝手に家に上がった。
「ほらほらこっち!今からイメチェンしよう!」
コイツ勝手に…!
洗面所に着いて、私の長い髪にくしを入れ始める奈江島。
でも私は、不思議と抵抗する気にはなれなかった。
奈江島が私に触れてとても楽しそうな顔をするんだ、悪い気はしないだろう。
時々、肌に奈江島の指が当たる。
温かい指だったから、全然気にならなかった。
私の瓶底眼鏡を取って、ボサボサの髪をストレートにして、奈江島は目を丸くした。
「どうして今まで身嗜みに気を使わなかったの?美人じゃん。」
知るかボケ!
例えそうであっても、私は化物なの!こんな容姿に生まれたから!
口に出せば良かったけど…出せない。
「フン、研究所でトップクラスの頭脳を持っているのに、容姿まで見せつけたらみんな僻むでしょ。」
思わず強がってしまった。
面白かったのか、奈江島は笑った。
「確かに、研究員がこんな彼女を連れていたら羨ましいかも。」
話が全然違くない…?
とりあえず髪を触られるのは気分がいいので、暫く奈江島の自由にしておいた。
暫くして、奈江島の声が聞こえる。
「できた!あとはこの服を着て!」
「え?」
急に押し付けられる、高級服屋エンジェルスネイティブのシンボルが刻まれた紙袋。
「君の素顔を知らないから適当に選んじゃったけど、それでも着てみてよ!」
「う、うん…。」
私は言われるがまま部屋に入り、服を着た。
生地は薄いんだけど、体全体を覆い隠すような黒い服。
服のデザインには詳しくないけど、なんというか…とっても可愛い服だった。
そうだ、もうすぐ夏だったな。
でも、それなら半袖を選ぶような…
私は違和感を感じつつも、着替えを終えて奈江島の前に出た。
奈江島は私の姿を見ると目を丸くして、まじまじと見つめてくる。
私を奇怪の目で見つめる人間は今まで沢山いたけど、奈江島の目は…なんか違う。
なんかわかんないけど、奈江島に見られると恥ずかしくなる…!
「何よ!言いたい事があれば言えば!?」
「あ、ごめんごめん!黙っちゃうくらい可愛くてさ!」
か、可愛い…?
…なんだ?この胸につっかえる気分は。
奈江島はもう一つ、私につばの長い黒ハットを被せた。
私は思わずつばを両手で掴むと、更に奈江島はもう一つ。
私の手に小洒落た白い日傘を渡した。
奈江島は笑顔で言う。
「陽の下が苦手なんだってね。
これ全部プレゼント、良ければ全部受け取って欲しいな。」
…これ全部?
というか陽が嫌いって、知ってたんだ…。
「あ、この日傘ね、中は黒なんだよ!
紫外線は地面からも反射するから、内側は黒の方がいいって聞いてね!」
楽しそうに話す奈江島。
なんで私を見て、こんな顔をするの?
そんなに私は滑稽なの?
私は奈江島が笑うほどの容姿を、鏡で見てみた。
それを見て、私は思わず目を丸くした。
滑稽なんかじゃない…
別に自分を褒めるつもりはないが、一瞬でも可愛いと思ってしまった。
ストレートにされた髪は、ふわっとしたものに変わっていた。
下側は外側に優しく広がるようにウェーブしている。
三つ編みまでされていて…奈江島って案外髪をいじるの得意なのね…。
まるでお人形みたい。
奈江島は、これを見て喜んだの?
私は聞けないまま、呆然としていた。
すると奈江島は、玄関へ向かうと言う。
「さ!遊びに出かけようか!
あ、持ち物がないなら持ってこなくてもいいよ、僕の奢りだし。
部屋を見た感じ、服に合うバッグ無かったからね。」
さらっと貶すな…!
そして奈江島は私に、手を伸ばしてきた。
奈江島はいっつも両手に黒い手袋をつけている、変なの。
というか、急にお出かけなんて…!
友達ってこういうものなの?
手を繋いだりもするの?
私はそう思っていたが、奈江島の笑顔が見えて、その難しい思考は消えてしまった。
奈江島の笑顔はなんだか不思議。
モヤモヤした私の思考を晴らしてくれる。
その笑顔は今までは、狂った秋田によく似てるってだけだったのに。
私は今日はバッグを持たず、ただ肩に京介を乗せる。
そして言われるがままに、奈江島の手を取った。
奈江島の手は、手袋越しであっても温かかった。
体温高いんだろうな、いっつも元気ハツラツしてるもん。
開かれる玄関から入る陽の光。
私にとっては眩しすぎる光だが、それ以上に明るい奈江島の笑顔の前じゃ暗く感じてしまった。
私は驚きの近況を耳に入れる。
奈江島綺瑠が石の子の攻撃を受けて、重症を負って入院をしている。
秋田財閥のトップである秋田総作が、石の子の攻撃を受けて死んだ。
研究所は「これからの研究所はどうなる」「次に代表になるのは誰」など、奈江島が死ぬ事を確信していた。
そうだ、石の子の攻撃を受けた人間で、生きて帰ってきた奴なんて化物以外にいない。
今は重症という形で入院していても、やがて奈江島は秋田と同じように死に至るだろう。
私は思わず溜息が出た。
別に奈江島の死を悲しんでいる訳じゃない。
せっかくできるはずだった金蔓が死んでしまうのが残念だった。
私はなんて運が無いんだろう。
こんな素晴らしい頭脳を持っていても、人が理解し得ない能力を持っていても、運が無ければ人生は面白くない。
私は思わず、自分の死について考えていた。
ウィルスに感染して生まれた人間の殆どは、若い内に亡くなると言われている。
私も今まで、何人ものウィルス持ちが死んでいくのを見てきた。
目、鼻、口、耳…穴という穴から血が流れるようになったら、死の近い合図だった。
私もやがてそうなる。
別に自分の死は怖くなかった。
私が死んでも、悲しむ人間なんて誰一人いないから。
生まれた時から一人で、研究所に育てられてきて、機械開発に興味を持ってからはずっと機械ばかりを作っていた。
私が作ってきた機械には、感情というものはない。
作ろうと思えば作れると思うが…、私が死んだ時にそんなものを持っていたら…悲しむのかな、そう考えてしまった。
だから作れなかった。
自分が好きで作ってきた、大好きな機械達に悲しい思いはさせたくないから。
私は京介の頭を撫でながら、そんな事を考えていた。
京介はただ私を見上げて、鳴き声を上げるだけだった。
それから数日後、もっと信じられない近況が耳に入った。
奈江島綺瑠が目を覚ました。
研究員の偉い奴等はこぞって病院まで足を運んでいるらしいが、奈江島が面会を許してくれないらしい。
私も本当か知りたかった。
結婚を許した仲だし、もしかしたら会えるかも…?
以前奈江島が私にした通り、私も心配してやったらアイツもこそばゆい思いするかな?
そう思いながら病院へ足を運んだが、そうもいかなかった。
病室の前には沢山の人。
私は人を押しのけて最前列に来るが、扉には張り紙がされていた。
『研究員は立ち入り禁止。久坂は特別入室OK!』
その『久坂は特別入室OK!』の文字に棒線が引かれ、『来るわけねぇだろバーカ』とあった。
多分久坂って研究員の字だ。
奈江島と久坂って研究員は、たまに食事に出かけるほど仲が良かった…って聞いた事がある。
研究所でも、二人はいつも一緒にいる。
『研究員は立ち入り禁止。』か。
いくら結婚の約束をしたとは言え、奈江島の反応を見るに結婚なんて大したものではないんだろうな。
結婚相手なんて誰でもいいんだろうな、私じゃなくても。
あの日見せた誠意も、きっと秋田と同じ…表面上の誠意だ。
私は一線を引かれた気がして、気が引けた。
そこに、研究員でもない見知らぬ男性がやってくる。
その男性は張り紙を見てクスリと笑うと、扉を開いた。
中からチラッと見える奈江島。
奈江島は元気そうだった。
奈江島はこちらに笑顔を向けた。
でもその笑顔は、私ではなくその男性に向けていた。
恐らくこの男性は、奈江島の友達。
そのまま扉は閉ざされる。
奈江島の奴、私の事を一切見てなかった。
いや、見ていた気がしたけど…
多分、私に気づいてなかった。
追い打ちはそれだけでは終わらなかった。
退院した奈江島は、死んだ秋田の代わりに財閥を背負いつつ、別の研究に没頭。
私の約束を果たさずにいた。
ただ、本人から言われた事と言えば…
「ごめんね高倉、結婚の話はなかった事にしたいんだ。
それ以外で、何か願いがあったら…」
約束を破るなんて、秋田の子っぽくない。
もしかしたら秋田より最悪かもしんない。
私は不思議と、非常に強い怒りが込み上がってきた。
奈江島を怒鳴って、その後は辞職届を出して仕事を辞めてしまった。
私は家にずっと篭っていた。
何もせずにずっと。
機械に触れると、研究所の事を思い出してしまうから。
私は外で起こっている事なんて興味なかった。
別に、私は長生きができない身。
世界が消えようが、何が起ころうが、どうでも良かった。
植物人間の騒動が完全に収まった、ある日の事。
世界に平和が戻っても、私の生活には影響ない。
だけど…私以外の人々の生活は、大きく変わっただろう。
仕事を辞めたのにも関わらず、朝から家のインターホンが鳴った。
誰だろう…。
私は寝巻きのまま出ると、そこには奈江島が。
私は驚いた。
奈江島は笑顔を向けてきた。
「久しぶりだね高倉。
そんな格好で無防備にも扉を開いちゃ駄目だろう?泥棒だったらどうするの?」
私に怒鳴られた事を忘れたのか?ってくらい清々しい笑顔だった。
私は扉を閉めようとすると、奈江島は扉に足をかけて扉を無理に開いた。
「あのさ、あれから考えたんだよ。
僕って君にかなり失礼な事したなって。」
「それが何。」
「ごめんなさい。」
奈江島の言葉に、私は手を止めた。
また謝罪してる。
嫌になって、もっと強く扉を閉める。
奈江島は続けた。
「お願い、僕にもう一度チャンスを頂戴よ…!」
「今度は何が目的!?もう研究所の手伝いはしないから!」
「僕とデートして!」
驚いたあまり、私は扉から手を離してしまった。
玄関に腰を打って転ぶ私。
奈江島は扉を開いて自分の半身を玄関に入れると、私に言った。
「デートは言い過ぎ…か。
あの時は結婚を急いでてさ、翌々考えてわかったんだ。
僕は結婚に興味がないんだって。
だから断っちゃったけど…あまりにも説明不足だったなって、約束をしたのに失礼な事をしたなって思ったんだ。
君の事を何も知らないのに、結婚をOKするのも変だし。」
そうなの?
結婚ってお互いを知ってないと成立しないもの?
すると奈江島は私の視線までしゃがみ、私に手を伸ばして優しい笑みを向けてきた。
「だから今から僕と友達に。
君を好きになるチャンスを、ください。」
私は頭が空っぽになった。
僕と友達に。
友達って、なんだろう。
生まれてこの方ずっと孤独だったもので、友達なんてわからない。
一緒に遊んだり話したりするんだって、聞いた事ある。
それって面倒なもの?
ああでも、退屈凌ぎにはなるかな?
私は言った。
「いいよ。」
「本当!?」
友達でも何でもいい。
もう残り少ない人生、コイツで遊んでやる。
そんな私の本音も知らず、奈江島は無邪気に笑顔を向けてきた。
なんて眩しい笑顔なんだ、私には永遠に無縁の顔だ。
奈江島はそれからクスクスと笑うと、手提げの大きな紙袋から何かを取り出す。
それは髪に使うアイロン。
奈江島は言った。
「身嗜みがなってないって、研究員の噂は本当みたいだね。」
「いいじゃない、興味ないんだし。」
「これから遊びに行くんだよ?少しくらい整えないと。」
奈江島はそう言うと、私の手を取って勝手に家に上がった。
「ほらほらこっち!今からイメチェンしよう!」
コイツ勝手に…!
洗面所に着いて、私の長い髪にくしを入れ始める奈江島。
でも私は、不思議と抵抗する気にはなれなかった。
奈江島が私に触れてとても楽しそうな顔をするんだ、悪い気はしないだろう。
時々、肌に奈江島の指が当たる。
温かい指だったから、全然気にならなかった。
私の瓶底眼鏡を取って、ボサボサの髪をストレートにして、奈江島は目を丸くした。
「どうして今まで身嗜みに気を使わなかったの?美人じゃん。」
知るかボケ!
例えそうであっても、私は化物なの!こんな容姿に生まれたから!
口に出せば良かったけど…出せない。
「フン、研究所でトップクラスの頭脳を持っているのに、容姿まで見せつけたらみんな僻むでしょ。」
思わず強がってしまった。
面白かったのか、奈江島は笑った。
「確かに、研究員がこんな彼女を連れていたら羨ましいかも。」
話が全然違くない…?
とりあえず髪を触られるのは気分がいいので、暫く奈江島の自由にしておいた。
暫くして、奈江島の声が聞こえる。
「できた!あとはこの服を着て!」
「え?」
急に押し付けられる、高級服屋エンジェルスネイティブのシンボルが刻まれた紙袋。
「君の素顔を知らないから適当に選んじゃったけど、それでも着てみてよ!」
「う、うん…。」
私は言われるがまま部屋に入り、服を着た。
生地は薄いんだけど、体全体を覆い隠すような黒い服。
服のデザインには詳しくないけど、なんというか…とっても可愛い服だった。
そうだ、もうすぐ夏だったな。
でも、それなら半袖を選ぶような…
私は違和感を感じつつも、着替えを終えて奈江島の前に出た。
奈江島は私の姿を見ると目を丸くして、まじまじと見つめてくる。
私を奇怪の目で見つめる人間は今まで沢山いたけど、奈江島の目は…なんか違う。
なんかわかんないけど、奈江島に見られると恥ずかしくなる…!
「何よ!言いたい事があれば言えば!?」
「あ、ごめんごめん!黙っちゃうくらい可愛くてさ!」
か、可愛い…?
…なんだ?この胸につっかえる気分は。
奈江島はもう一つ、私につばの長い黒ハットを被せた。
私は思わずつばを両手で掴むと、更に奈江島はもう一つ。
私の手に小洒落た白い日傘を渡した。
奈江島は笑顔で言う。
「陽の下が苦手なんだってね。
これ全部プレゼント、良ければ全部受け取って欲しいな。」
…これ全部?
というか陽が嫌いって、知ってたんだ…。
「あ、この日傘ね、中は黒なんだよ!
紫外線は地面からも反射するから、内側は黒の方がいいって聞いてね!」
楽しそうに話す奈江島。
なんで私を見て、こんな顔をするの?
そんなに私は滑稽なの?
私は奈江島が笑うほどの容姿を、鏡で見てみた。
それを見て、私は思わず目を丸くした。
滑稽なんかじゃない…
別に自分を褒めるつもりはないが、一瞬でも可愛いと思ってしまった。
ストレートにされた髪は、ふわっとしたものに変わっていた。
下側は外側に優しく広がるようにウェーブしている。
三つ編みまでされていて…奈江島って案外髪をいじるの得意なのね…。
まるでお人形みたい。
奈江島は、これを見て喜んだの?
私は聞けないまま、呆然としていた。
すると奈江島は、玄関へ向かうと言う。
「さ!遊びに出かけようか!
あ、持ち物がないなら持ってこなくてもいいよ、僕の奢りだし。
部屋を見た感じ、服に合うバッグ無かったからね。」
さらっと貶すな…!
そして奈江島は私に、手を伸ばしてきた。
奈江島はいっつも両手に黒い手袋をつけている、変なの。
というか、急にお出かけなんて…!
友達ってこういうものなの?
手を繋いだりもするの?
私はそう思っていたが、奈江島の笑顔が見えて、その難しい思考は消えてしまった。
奈江島の笑顔はなんだか不思議。
モヤモヤした私の思考を晴らしてくれる。
その笑顔は今までは、狂った秋田によく似てるってだけだったのに。
私は今日はバッグを持たず、ただ肩に京介を乗せる。
そして言われるがままに、奈江島の手を取った。
奈江島の手は、手袋越しであっても温かかった。
体温高いんだろうな、いっつも元気ハツラツしてるもん。
開かれる玄関から入る陽の光。
私にとっては眩しすぎる光だが、それ以上に明るい奈江島の笑顔の前じゃ暗く感じてしまった。
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