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終章 ~広い世界へ~
そして、新たな世界を目指して
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名家に生まれ、才能に恵まれ、嫉妬も羨望も名声も欲しいまま、将来を約束され──誰の目から見ても全てを持ち得たエリッサの事を、アレクシアは誰よりも妬み、誰よりも羨んでいた。
〝出来損ない〟と数えきれないほど痛めつけられ、終いには濡れ衣を着せられ──そんな暴虐を平然と与えてくるエリッサの事を、アレクシアは誰よりも憎み、誰よりも恨んでいた。
だからこそ──自分と真逆なエリッサを、アレクシアは誰よりも憧れていた。
だからこそ──自分では叶えられない夢を、アレクシアはエリッサに見ていた。
全てが覆った失望幻滅は、酷い痛みをアレクシアに与えた。
ほんの僅かでも嘲笑う気になれない程、どうしようもなく哀しかった。
アレクシアにとって、エリザヴェータ・シュトルメアとは、それほどまでに大きな存在であった。
だから、
『私も、〝出来損ない〟として腐っていたんでしょうね。でも、それももう終わりにする‥‥‥いえ、終わりにしなきゃいけない』
そのために、こういう形の場を用意してもらった。鏡華や燐耀たちには、随分と無理をしてもらった。
本当の意味で、〝出来損ない〟と決別するためにも。
『だから私は、もう神聖帝国には帰らない。神聖帝国に帰った貴方がどうなろうと、私は知らない』
エリッサにとっての苦労は、むしろこれから──神聖帝国に帰ってからだ。
禁術を無断使用とその失敗による犠牲者を出した事を始めとする様々な隠蔽工作。
揚々と敵国に潜り込んであっさり返り討ちにされた挙句虜囚となったこと。
〝帰る〟ではなく、〝帰される〟──意図的な脱出や撤退ではなく、敵対国の温情による解放。
その失態と醜聞は、エリッサやシュトルメア家を疎んじてる貴族達にとって、格好の攻撃材料になるだろう。今までの華々しさを考えれば、尚更。
それらの始末の苦労など、アレクシアにも想像もつかないし、もしかすればそれこそ陽出で死んでいた方がマシだったかもしれない──そんな不躾なことを、アレクシアは自然と考えていた。
あれほど大きく占めていたエリッサの存在は、その程度のモノになっていることを、アレクシアは寂しさと共に理解した。
『‥‥‥そろそろ行きましょうか。乗って』
アレクシアは、浮揚機の扉を開けて促した。
それからは一切の会話も言葉も無いまま、浮揚機は送還のための船が横付けされた埠頭で停止した。
そこには、先ほど工房に現れた黒服達が待っており、彼らに挨拶と道草を食った侘びを入れて、エリッサを引き渡す。もっとも、どこで何していたかなど、彼らには筒抜けだろう。エリッサと二人きりだったように見えるが、実際には護衛や監視が張り付いていたのだ。
黒服達は、短く挨拶とねぎらいを返して、エリッサを船へと連れていく。乗り込むのは、国境警備を主とする哨戒艦で、速度重視のためか小振りである。もっとも、それは先ほど見た艦に比べればの話であって、神聖帝国では大型船に分類されるだろう。ここでもまた、互いの圧倒的な差は明白になった。
『‥‥‥ねえエリッサっ』
昇降用の階段を上り、船の中へ入ろうとしたエリッサの背中に、アレクシアは声を張り上げた。
『貴方の言う通り、私はこの陽出という世界に染まってるのかもしれない。だから──馬鹿にされても虐められても見放されても、我慢して泣いてれば良かったあの頃とは違うわ』
恨み、憎しみ、羨み、憧れ──エリッサに対する僅かに残った蟠りを、全てぶつけるつもりで。
『貴方はどうなのよ、エリザヴェータ・シュトルメアっ? このまま可哀想な〝悲劇の娘〟で終わるつもり? 〝出来損ない〟に出来て、〝稀代の天才〟に出来ないなんて、まさか言わないわよねっ?』
答えはなく、振り返ることもせず、エリッサは船の中に消えていった。
どこまで届いたか、そもそも聞こえていたのかも怪しい。
けれど、それでもいい──もう、エリッサに対してするべき事は無い。
彼女の心情など分かるはずもないし、分かろうとも思わなかった。
なのに──残っている奇妙な引っ掛かりは何なのか。
「‥‥‥お疲れ」
労いと共に肩を叩かれ、アレクシアは我に返った。
*****
エリッサを乗せた船が動きだすのと同時に、アレクシアを乗せた高桐家の浮揚機も走り出した。
「‥‥‥どうして二人がここに? 学校は、休日でも午前業でもないでしょ」
その証拠に、前席の二人は制服姿のままであった。
「お袋のお節介に決まってんだろ。迎えに行ってやれって」
操舵を握る蒼真は、さも面倒そうに吐き捨て、
「とか言いつつ、用意よく浮揚機で登校してきたようじゃがの」
助手席の燐耀は、すかさず茶々を入れる。
「とか言ってるお前は、終業の鐘と同時に窓から飛びだしてたみたいだがな。何かと思ってたら、人んち浮揚機に勝手に忍び込みやがって」
「皇龍の力を見縊るでないわ」
「威張れることじゃねえし、どう見ても無駄遣いだろ。警察と親父さんに通報されなかっただけ、有難く思えよな」
そんな蒼真と燐耀のいつものやり取りに見ている内に、アレクシアは残っていた引っ掛かりなど、どうでもよくなっていた。
「‥‥‥で、これからどうするよ? どっかに寄ってくか?」
「何を言うておる。アレクシアを拾ったら真っ直ぐ帰るよう、鏡華から言われとるじゃろうに」
「燐耀に賛成」
と、アレクシアも話に加わる。
「私もお腹空いちゃった。それに、今夜は山牛のシチューだって言ってたし」
「何じゃと? 尚更こんなところで悠長に油を売っとる場合ではないではないか。これ蒼真、もっと飛ばさんかっ!」
「専用道路にも入ってないってのに、無茶言うな」
「何だったら私と代わる? 今日は何だか調子が良いから」
「「却下っ!」」
即答され、アレクシアは肩を落とす──が、我知らずに笑みを浮かべていた。
どうでもよくなって初めて、引っかかりの正体が何のことはない未練──その残滓に過ぎないことを気づいたから。
出航した船が海面から飛び立ち、宵に入りつつ夕空へと消えていく。だが、アレクシアがそれを振り返ることは、もう無かった。
(‥‥‥さよなら、エリッサ)
心の中で別れを告げるだけに留め、最後の未練も吹っ切った。
自らの足で、新たな世界へ踏み出すために。
〝出来損ない〟と数えきれないほど痛めつけられ、終いには濡れ衣を着せられ──そんな暴虐を平然と与えてくるエリッサの事を、アレクシアは誰よりも憎み、誰よりも恨んでいた。
だからこそ──自分と真逆なエリッサを、アレクシアは誰よりも憧れていた。
だからこそ──自分では叶えられない夢を、アレクシアはエリッサに見ていた。
全てが覆った失望幻滅は、酷い痛みをアレクシアに与えた。
ほんの僅かでも嘲笑う気になれない程、どうしようもなく哀しかった。
アレクシアにとって、エリザヴェータ・シュトルメアとは、それほどまでに大きな存在であった。
だから、
『私も、〝出来損ない〟として腐っていたんでしょうね。でも、それももう終わりにする‥‥‥いえ、終わりにしなきゃいけない』
そのために、こういう形の場を用意してもらった。鏡華や燐耀たちには、随分と無理をしてもらった。
本当の意味で、〝出来損ない〟と決別するためにも。
『だから私は、もう神聖帝国には帰らない。神聖帝国に帰った貴方がどうなろうと、私は知らない』
エリッサにとっての苦労は、むしろこれから──神聖帝国に帰ってからだ。
禁術を無断使用とその失敗による犠牲者を出した事を始めとする様々な隠蔽工作。
揚々と敵国に潜り込んであっさり返り討ちにされた挙句虜囚となったこと。
〝帰る〟ではなく、〝帰される〟──意図的な脱出や撤退ではなく、敵対国の温情による解放。
その失態と醜聞は、エリッサやシュトルメア家を疎んじてる貴族達にとって、格好の攻撃材料になるだろう。今までの華々しさを考えれば、尚更。
それらの始末の苦労など、アレクシアにも想像もつかないし、もしかすればそれこそ陽出で死んでいた方がマシだったかもしれない──そんな不躾なことを、アレクシアは自然と考えていた。
あれほど大きく占めていたエリッサの存在は、その程度のモノになっていることを、アレクシアは寂しさと共に理解した。
『‥‥‥そろそろ行きましょうか。乗って』
アレクシアは、浮揚機の扉を開けて促した。
それからは一切の会話も言葉も無いまま、浮揚機は送還のための船が横付けされた埠頭で停止した。
そこには、先ほど工房に現れた黒服達が待っており、彼らに挨拶と道草を食った侘びを入れて、エリッサを引き渡す。もっとも、どこで何していたかなど、彼らには筒抜けだろう。エリッサと二人きりだったように見えるが、実際には護衛や監視が張り付いていたのだ。
黒服達は、短く挨拶とねぎらいを返して、エリッサを船へと連れていく。乗り込むのは、国境警備を主とする哨戒艦で、速度重視のためか小振りである。もっとも、それは先ほど見た艦に比べればの話であって、神聖帝国では大型船に分類されるだろう。ここでもまた、互いの圧倒的な差は明白になった。
『‥‥‥ねえエリッサっ』
昇降用の階段を上り、船の中へ入ろうとしたエリッサの背中に、アレクシアは声を張り上げた。
『貴方の言う通り、私はこの陽出という世界に染まってるのかもしれない。だから──馬鹿にされても虐められても見放されても、我慢して泣いてれば良かったあの頃とは違うわ』
恨み、憎しみ、羨み、憧れ──エリッサに対する僅かに残った蟠りを、全てぶつけるつもりで。
『貴方はどうなのよ、エリザヴェータ・シュトルメアっ? このまま可哀想な〝悲劇の娘〟で終わるつもり? 〝出来損ない〟に出来て、〝稀代の天才〟に出来ないなんて、まさか言わないわよねっ?』
答えはなく、振り返ることもせず、エリッサは船の中に消えていった。
どこまで届いたか、そもそも聞こえていたのかも怪しい。
けれど、それでもいい──もう、エリッサに対してするべき事は無い。
彼女の心情など分かるはずもないし、分かろうとも思わなかった。
なのに──残っている奇妙な引っ掛かりは何なのか。
「‥‥‥お疲れ」
労いと共に肩を叩かれ、アレクシアは我に返った。
*****
エリッサを乗せた船が動きだすのと同時に、アレクシアを乗せた高桐家の浮揚機も走り出した。
「‥‥‥どうして二人がここに? 学校は、休日でも午前業でもないでしょ」
その証拠に、前席の二人は制服姿のままであった。
「お袋のお節介に決まってんだろ。迎えに行ってやれって」
操舵を握る蒼真は、さも面倒そうに吐き捨て、
「とか言いつつ、用意よく浮揚機で登校してきたようじゃがの」
助手席の燐耀は、すかさず茶々を入れる。
「とか言ってるお前は、終業の鐘と同時に窓から飛びだしてたみたいだがな。何かと思ってたら、人んち浮揚機に勝手に忍び込みやがって」
「皇龍の力を見縊るでないわ」
「威張れることじゃねえし、どう見ても無駄遣いだろ。警察と親父さんに通報されなかっただけ、有難く思えよな」
そんな蒼真と燐耀のいつものやり取りに見ている内に、アレクシアは残っていた引っ掛かりなど、どうでもよくなっていた。
「‥‥‥で、これからどうするよ? どっかに寄ってくか?」
「何を言うておる。アレクシアを拾ったら真っ直ぐ帰るよう、鏡華から言われとるじゃろうに」
「燐耀に賛成」
と、アレクシアも話に加わる。
「私もお腹空いちゃった。それに、今夜は山牛のシチューだって言ってたし」
「何じゃと? 尚更こんなところで悠長に油を売っとる場合ではないではないか。これ蒼真、もっと飛ばさんかっ!」
「専用道路にも入ってないってのに、無茶言うな」
「何だったら私と代わる? 今日は何だか調子が良いから」
「「却下っ!」」
即答され、アレクシアは肩を落とす──が、我知らずに笑みを浮かべていた。
どうでもよくなって初めて、引っかかりの正体が何のことはない未練──その残滓に過ぎないことを気づいたから。
出航した船が海面から飛び立ち、宵に入りつつ夕空へと消えていく。だが、アレクシアがそれを振り返ることは、もう無かった。
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