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五章 ~真の目覚めの時~

3:狂った使命

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 巨大な塊──無理にでも一言で括れというなら、そんなモノだった。
 砂鯨龍すらも小さく見えるほど、巨大な。
 岩塊、鉄塊、肉塊──見境なく集めて固められた、とても歪でとても醜悪な〝塊〟。
 それが、噴き上げた無数の瓦礫と共に、悠然と浮かび上がってきた。
 白い光を放ちながら。
『空間干渉による重力場の乱れにより、環境は不安定です。スイキョウから、不用意に離れないよう注意してください』
 空間干渉──つまり、
「アレは、十三番の仲間アルファオメガが操っているってことですか?」
『サクラの発言に同意します。中心部より、総数二十六の炉心の稼働、及び膨大な白月精を検知しました』
「ち、ちょっと待ってよ」
 塊から目を離せないマハルが、怖気を隠さず訊ねた。
「いくら炉心を二十六個集めたからって、どうしたらあんなになるのよっ?」
『詳細は現在解析中ですが、十三番に仕掛けられていた極小機械を逆に侵食し、掌握。それを利用し、アルファオメガの炉心を核として遺跡内の物質を無機有機を問わず吸収、融合している模様』
「つまり……目についたモノを手当たり次第に取り込んで、無理やり体を作ったってことだよ」
 ラヴィーネが、マオシスの話を要約した。
「……おかげで、アタマ・・・もイカれちまったみたいだけどね」
 無理矢理作られたというアルファオメガの〝体〟に、憐みの目を向けながら。
「今のアイツは、見た目通りのバケモノってこと。まあ、逆に侵食してる言っても、その前の段階でエリカ・クドーの極小機械の影響は確実にあるわけだから、このまま放っておけば自滅してくはずだけど……そうはいかないだろうね」
『ラヴィーネの予測に同意します。観測対象を中心に、半径五ラセクが白月精術により空間閉鎖されました』
 空間が閉鎖されてしまったことで、周囲が真っ黒に染まる。月と星の光が遮られて、それでも視界が利いているのは、〝塊〟から放たれる白い光のおかげであった。
「……っ」
 十三番が、苦しげに胸元を抑えて蹲る。
「ちょっとっ?」
「……問題ない」
 支えようとするマハルを、膝をつきながらも十三番は制した。
「もう一つの炉心が、動き出しただけ」
『肯定します。制限解除によって停止していた片方の炉心の稼働を検知しました。不調はその反動によるもののため、すぐに動けるようになるでしょう』
「それなら良いんだけど……」
 マオシスの診断に、マハルはひとまず安堵して手を引っ込め、
「それで、これからどうするの? 逃げるなら、早くした方が」
「やめた方が良いよ」
 投影されたいくつかの情報画面を見ながら、ラヴィーネはマハルの意見を遮った。
「スイキョウと十三番の能力なら脱出できるかもしれないけど、無理に突破しようとすれば導力干渉反応で原子分解するだろうし、空間転移すれば次元断層に巻き込まれて二度と戻ってこれなくなるし」
 専門的な話はともかく、要は逃げる方が危険、と言うことらしい。
『対象から多数の分裂体が射出されました。吸収した生物兵器、及び遺跡の瓦礫と思われます』
 〝塊〟から放たれる、大小の欠片、そして生物達──それらが向かう先は、ソーディス一家を手に乗せたスイキョウ。
『迎撃行動開始。振り落とされないように注意してください』
 スイキョウの周囲に無数の光点が現れ、それらは光条の矢になって放たれ、飛来する破片や生物兵器を撃ち落とす。そこから漏れたいくつかは、サクラ達が蒼月精術で撃ち落とし、更に漏れた分はスイキョウの周囲に展開された障壁が弾く。
「いかがなさるおつもりで?」
 光条を連射しながら、フィルが訊ねる。
「これでは、現状維持も良い所ですが」
「いかがも何も、あれを止めるしかないでしょうに」
 光条を放ちながら、サクラはスイキョウの右肩に移動。迎撃の範囲を、少しでも広げる。
「具体的には」
「……今考えているところなんですけどねっ」
 翼をもがれながらも眼前に迫ってきた生物兵器の大口に、サクラは光条を叩き込む。生物兵器は、内側から弾けて血肉の飛沫に変じた。
『警告。封鎖空間が圧縮を開始しました』
「っ」
 その意味に気づいたラヴィーネが、画面を進めて状況を確かめる。球状に展開された閉鎖空間が、徐々に縮んでいた。
 レイヤ達はおろか、張本人である〝塊〟も諸共に。
「……質量融合反応」
 呟いたのは、十三番だった。
「封鎖した空間を、内部の物質諸共極限まで圧縮、融合。再び封鎖を解いて圧縮された力を解放する。半径五ラセクの質量とこの位置なら、少なくともトリーレ大陸の全土が焼け野原か更地になる」
『十三番の発言を一部訂正。サクラとマハル、そして十三番の炉心も含まれるため、トリーレ大陸は確実に消滅、三大陸にも多大な被害を及ぼすでしょう』
「……この調子なら、圧縮完了まで十五分てとこだけど」
 それとは違う、もう一つの計算結果に、ラヴィーネは舌打ちした。
「私たちが死ぬ密度・・・・になるのに、十分かからないね」
「余計に悪いだろ……」
 何とも良くないマオシスの訂正とラヴィーネの計算結果に、レイヤは嘆くように顔を覆う──その奥で、それはもう楽しそうに笑っていたが。
「つまり、何としてでも、あれを止めなきゃいけないってことでしょう」
 サクラは、むしろ清々しい笑みで〝塊〟を見据え、
「今、ここで、それが出来るのは私たち以外にいないですし」
「とは申されますが、この状況では……」
 迫ってきた鳥の群れを一掃しつつ、フィルはぼやくように言った。
「何らかの決定打でも無ければ、不可能と言ってよろしいかと」
「……それは、私が実行する」
 蹲っていた十三番が、大きく息を吐き出しながら立ち上がった。
「私のもう一つの力で、アルファオメガを止める」
 透き通るような純白の髪を、吸い込まれそうな漆黒に染め上げて。
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