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ライラック王国の姿~ライラック王国編~
頼れる元お姫様
しおりを挟むおそらく他の一般的な馬車に比べ豪華であろう馬車の中でミナミは待っていた。
この馬車を豪華であると明確に判断できないのは、ミナミが王族でありこのような馬車が常に乗っているものだからだ。
ただ、豪華な馬車のことよりも今、頭の中にあるのはオリオンと帝国のことだ。
ここまでミナミを遠ざける必要があるのか分からないが、城の内部がまだ危険であるのはよくわかっている。
お前が帰ってこられるようにする
オリオンが言った言葉は、いずれミナミを出迎えることを前提としている。
彼がそのためにどう動くのかは考えられないが、彼がこのまま一人でいるのはよくない。
ミナミはフロレンスに思いを抱いているのは確かだ。
彼の悪い噂は聞くのは苦しいが、オリオンを害するのなら積極的に聞いて対策を取って欲しいと願っている。
それに彼とオリオンの関係が悪くなるのは良くない。
世界的に見ても赤い死神とまだ王子のオリオンの関係が悪いのは良くない。
「…マルコム…」
ミナミはエミールが言っていたお尋ね者の名を思い出した。
ミナミでも何となく聞いたことがある気がする名だから、きっとさぞかし有名な者なのだろう。
その人物がもし帝国側の前に現れたら…オリオンは楽になるだろうか?
“帝国側”と考え、なるべくフロレンスと特定して考えないのは、やはりミナミの抱いている恋心のせいだろう。
だが、その者にフロレンス“が”拘っているうえに因縁もあるというのは確かだ。
そう言えば、エミールの表情もそのようなものだった。
ライラック王国は、貿易の拠点として大事だが、そこまで軍事力のある国ではない。
実際に帝国の脅しに簡単に屈する。
その国に、帝国騎士団の副団長と、赤い死神が二人で来るのは…
「…考えすぎかな…?」
ミナミはふと思ったことを払い去った。
別のことを考えようと、頭を切り替えようとしたとき、馬車のドアが開いた。
ミナミは慌てて兜を被ろうとした。
だが、ドアの先を見てそれを止めた。
「…ミナミ…」
「…お姉様…」
そこにいたのは、黒い喪服を着たアズミだった。
アズミは慌ててドアを閉めて馬車のカーテンを閉じた。
綺麗に結い上げられている艶やかな茶色の髪は、彼女がいい暮らしをして居ることをあらわしている。
コンプレックスだったそばかすも化粧で隠しており、控えめな色の口紅は上品な色気を醸し出している。
アズミはホクトの一つ下で去年嫁いだばかりだ。
彼女はかなり若いが、もう大人の女性の魅力が具わっている。
「…よかった…」
アズミは涙をこらえるように顔を歪めると、ミナミに抱き着いた。
大人の女性の魅力を具えたとしても、やはり彼女はミナミの姉だった。
面倒見の良くて、明るくて優しい…
「お姉様…」
ミナミはアズミに甘えるように縋りついた。
身に着けている鎧がガシャガシャとうるさいが、この際気にしない。
「辛かったわね…私がいなくなってからのこと聞いたわ」
アズミはミナミの頭を撫でてあやすように優しく言った。
「…お姉様…オリオンお兄様が…」
「…ごめんなさい。私には、帝国をどうにかする力はないのよ…」
アズミは申し訳なさそうに目を伏せた。
彼女の言うことはよくわかる。それほどまでに帝国の力は巨大だ。
「できるのは…父との思い出に浸るために町に馬車を走らせること…」
アズミはミナミに座席に座るように促した。
「悲しみで…私は誰が乗っているのかもわからないから…私は一人でずっと話し続けて、幻覚が答えてくれるの…」
アズミはミナミの向いに座り微笑んだ。
彼女の目は、ホクトと同じ青い目だった。
「…ありがとう…お姉様」
「お礼はいいわ…これしかできない私を許して欲しいわ」
アズミは悔しそうに歯を食いしばった。
オリオンのことに対して何もできない立場の自分に苛立っているのだろう。
そして、ホクトのこともだ。
アズミは窓から顔を出して御者に声をかけ、馬車を出してもらうように言った。
その声は少し急いでいるように思えた。
彼女なりにミナミを逃がそうと必死なのだろう。
しばらくすると、馬車はゆっくりと動き始めた。
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