世間知らずのお姫様と二人の罪人の逃亡記

近江由

文字の大きさ
75 / 326
二人の罪人~ライラック王国編~

夢枕に立つ死神

しおりを挟む
 

 かつていた、暮らしていた場所の訓練所でマルコムは槍を振っていた。



 二本の槍を振る自分を相手にするのは、二本の剣を振る長い赤毛の青年。

 何度が武器をぶつけ、身軽な彼は力負けしながらも勢いを殺す。



 中々強い彼に、強くなった彼に、マルコムは少しだけ嬉しく思ったのは覚えている。



 だが、結局彼を突き飛ばし、マルコムが勝った。

 突き飛ばされた彼は、憎まれ口を叩くわけではなく、純粋に分析していた。



「…強くなったね。」

 マルコムは純粋に感心して彼に言った。



 彼は手に持つ二本の剣を主張して何かを話した。

 それがマルコムには理解できないものだったのはよく覚えている。



 それから彼と言い争いのような形になった。



 彼は負けたばかりだったのに、マルコムを弱いと言った。



 さっき負けたばかりなのに、彼は弱いと言った。



 それをマルコムは笑った。

 だが、認めたくないが内心焦りはあった。



「自分を支えるはずのものを否定する限り…何かあった時に崩れるのはお前だ。」

 彼は自信をもって胸を張って言った。



 支えるもの…それは自分の力だ。

 マルコムは自分の力を誇り自信に思っている。

 それは、今マルコムに負けたこの赤毛の青年も分かっている。

「…俺が崩れる?…何でだ?」

 口を歪ませて言ったのはわかる。



 崩れる理由はわからなかったのだ。その時は。

 ただ、彼の言っていたことは何となくわかった。



「後輩ながらわかる。お前、口では感情論批判しながら…感情でずっと動いているだろ。」

 彼はマルコムを睨んだ。



 彼の視線が何を言っているのか、自分を何で責めているのかよくわかった。

 だが、それを認めたくないし、認められるものではなかった。

 自分は“彼女”の死で影響を受けることは無いのだ。



「俺が?…ふざけるなよ。お前に言われたくない。」

 そして、マルコムは自分が効率的に動くと思い込んでいた。



 だが、目の前の彼は違うと言っている。

 事実、彼は今、感情的なマルコムに話している。





「そうだろうけどな、わかる。いつか絶対に…お前は崩れる。だから頑なになるな。」

 彼はマルコムを気遣うように見た。



 それが憐れんでいるように見えて、マルコムは苛立った。



「…馬鹿馬鹿しい。」

 マルコムは振り払うように彼から離れた。





 支えているもの…

 彼の言っているもの、言いたいことは分かっている。



 だが、それはもう無い。





「リラン。君の言う通りだったよ」

 決別の時に彼に言った。

 それを認めたとき、おそらくマルコムは強くなったのだろう。



 最早戻る事は出来ないが。









「起きた?」

 隣で寝っ転がっているシューラが赤い目を向けていた。



 マルコムは目をこすった。

 水気を感じたが涙ではない。



「すごい魘されていたよ。」

 シューラは自身の眉間を指差して言った。



 シューラは魘されているマルコムをずっと見ていたようだ。



「君…お姫様の護衛はいいの?」

 マルコムは起き上がり、ベッドから下りながら訊いた。



 ミナミが王城に行って戻ってから数日が経っていた。

 オリオンからの連絡を待ちながらアロウは情報収集と逃亡の用意に動き、ミナミとルーイは待機の日々だった。

 そして結構ミナミは魔力の扱いに慣れてきた。

 彼女がサラリとルーイの傷を治したときは驚いたが、癒しの魔力を持つのだから当然と思っていた。

 事実、今目の前にいるシューラも多少癒しの魔力を持っている。



 ただ、彼女が姉のアズミから聞いた話が引っ掛かっていた。

 ライラック王国の王族が持つのは、普通の癒しの魔力と違う。

 ただ強い癒しの魔力、というわけではないだろう。

 帝国の力を借りたいと思うほど、ここの王族は危険に晒されているのだ。



 そして、その話を聞いてから、本来アロウの用心棒のマルコムとシューラは今はミナミの用心棒の働きをしていた。

 アロウがそうさせているのだ。



「廊下にいると怪しまれるから部屋に戻れって言われたんだよ。隣だから何かあったらすぐにわかるし、お姫様と同じ部屋に入るのはあの兵士君に悪いからね。」

 シューラは口を尖らせて言った。



 ならば、別に寝ているマルコムのベッドに上がる必要は無いのではないか?と思ったが、言うのが面倒なマルコムはそれ以上は言わなかった。

 そして、シューラは変わらずベッドに寝っ転がっている。



「何の夢見ていたの?」



「死神だよ…最近よく夢に出て来るから鬱陶しいよ…」



「羨ましいよ。僕もそんな夢見たいな…」

 シューラは心からマルコムを羨ましがっているようだ。



「いいものじゃないよ…」



 マルコムは八つ当たりをするように寝っ転がるシューラの鼻をつまんだ。



 眉を顰め、無言で抗議を示すシューラを見てマルコムは満足そうに笑った。



 ザワリ



 マルコムは空気に微かな寒気を感じた。

 部屋に立てかけている槍を二本取り、一本を背負い、一本を手に持った。



 シューラも同じような空気を感じたらしく、ベッドから勢いよく起き上がり、彼も立てかけている刀を手に持った。



 念のために渡された簡易的な逃亡用の荷物をマルコムは持った。



 シューラはマルコムの準備が整ったのを見て頷き、廊下に出た。マルコムの彼に続いた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

処理中です...