あやとり

近江由

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六本の糸~地球編~

10.蜷局を巻く

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 地球のとあるドームに豪華で厳重な戦艦が到着した。その戦艦を出迎えるように港には大げさなほど人がいた。



「パパ。着いたよ。ここが新しい国になるの?」

 戦艦に乗っているレイラは甘えた声で言った。



「そうだな、ここは争いもない平和な国になるんだ。そのために今があるんだよ。」

 ヘッセ総統はレイラに優しく言った。



「うん、わかっているわ。だから私はパパについてきたの。」

 レイラは悲しそうな顔をしたが、その後にうっとりとした表情をした。



「お前が失ったものを取り戻すこともできる。・・・だから、レイラそれまで働いてくれるか?」

 ヘッセ総統はレイラの肩に手を置き真っ直ぐレイラを見た。



「うん!!」

 レイラは笑顔で答えた。



「ありがとう。きっとつくるよ。お前が望んだ世界を。」

 ヘッセ総統はゆっくりと手を差し出し、レイラの頭を撫でた。



「きっと、クロスもこんな世界を望んでいるわ。」

 レイラは寂しそうに呟いた。



 それを聞いたヘッセ総統は動きを止めた。わずかに唇を震わせていた。

「レイラ・・・・彼は死んだんだ。前に進まなきゃいけない。それを彼が望んでいることはよく知っているだろ?」

 ヘッセ総統は自分にも言い聞かせる様に、頷きながら言った。



「うん・・・・クロスは私の幸せを願ってくれる。でも、心からクロスがいなくなるのは嫌なの。どんなにことがあっても、クロスのすき間は埋められない。」

 レイラは申し訳なさそうに言った。



「気にすることない。そう思ってもらえてクロス君は天国でも幸せだと思う。お前は自分のやることをやりなさい。」

 過剰に身振り手振りでヘッセ総統はレイラに言った。力づけるような声色に対してヘッセ総統の顔は青白かった。







 大きな扉があった。



 実際はそこまで大きくないのかもしれない。



 だが、とある条件を満たしていることでコウヤには大きく見えた。



「どうした?コウヤ君。まだ体は完全ではないだろう。」

 偶然なのか、部屋の主がコウヤの後ろにいた。



 コウヤはその人物を見上げた。よく見るとやはり若いのがわかる。



 サングラスと深く被った軍帽で顔のほとんどは見えないが、かろうじて見える口と鼻は端正であり、輪郭はシャープで相当な美形だとわかる。



「・・・・今日は自分のことをではなくあなたのことで来ました。」

 コウヤは彼の見えないサングラスの奥の瞳を見据え言った。



「そうか・・・・どうした?」

 その人物は腕を組みコウヤに向き合った。



「なぜ、軍に入ったのですか?ロッド中佐。」

 そう言うとロッド中佐は部屋の扉に手をかけた。



「時間がかかりそうだから中で話そうか。」

 ロッド中佐はコウヤを部屋に招き入れた。



「さあ、かけてくれ。」

 ロッド中佐はコウヤに席に座るよう勧めた。



「失礼します。」

 コウヤは椅子に座ると中佐も向かいになるように椅子に座った。



「さあ、君の質問だったな。・・・・なぜ、私が軍に入ったか・・・であったな。」

 ロッド中佐は指を組みコウヤに改めて訊いた。



「・・・・はい、そうです。」



「私は質問に答えよう。・・・・ただし、君も私の質問に答えてもらう。」



「わかりました。」



「私が軍に入った理由は簡単だ。自分の目的のために一番近い道だったからだ。」

 ロッド中佐は口に営業的な笑みを浮かべた。



「・・・・その目的とはなんですか?」

 コウヤは疑問的な目を向けた。



「・・・・誰にだって、取り戻したいものはある。・・・・そして、取り戻せないものもある。」

 ロッド中佐の声は沈んだ。少し息を吸って。



「私は、失ったものを取り戻したいのだ。そして、奪ったものにそれ相応の反撃をしたい。」

 最後の言葉に力を込めた。



「失ったものですか。それは取り戻せるものですか?」



「おそらく、もう無理だろうな。」



「なぜです?」



「私が力を持ち過ぎていたからだ。」

 ロッド中佐はあっけらかんと答えた。



「納得です。では、今は奪ったものに・・・・」

 コウヤは力という言葉で自分が見た残酷な光景を思い出して顔を歪めた。



「そうだ。それ相応の反撃をするつもりだ。」



「俺から見ると、もう十分反撃を加えていますよ。」

 コウヤは責めるように言った。



「私に向かってくる敵はどうせ捨て駒だ。殺したって、奴は何も感じない。」

 ロッド中佐は片頬を吊り上げて笑った。



「・・・・・その考え方があなたを冷酷にしているのですか?」



「はははは・・・そう来たか。君はなかなかいいところを見るな。・・・・・だが、私のこの考え方が冷酷な私を作っているのではない。」



 ロッド中佐は自暴自棄のように大げさに笑った。コウヤは笑い声に驚き飛び上がった。だがすぐにロッド中佐を睨んだ。



「あなたの強さは俺も感じましたからわかります。すごく強いです。・・・・・でも、敵意がないかとかは考えないのですか?」



「君の戦っていた敵のことか?」



「はい。俺は戦った敵とその前に会っています。・・・・普通の少年でした。ただ、いた国が違っただけでした。」

 コウヤは熱弁するように唾を飛ばした。



「君は純粋だな。だが、それは何も知らないことなんだ。」

 ロッド中佐は呆れたように首を傾けた。



「あなたに純粋な時はありましたか?」



「誰しも純粋な時代はある。・・・・・私はそれを壊されたから今、ここにこうしている。」



「壊された・・・・?」

 コウヤは眉を顰めてロッド中佐を見た。



「君に教えてあげよう・・・・」

 中佐は人差し指を口の前に差し出し、秘密の話しをするように小さく言った。



「私は、近々ここを出て地球降下したゼウス共和国の輩にわからせてやろうと考えている。」



「また、そんなことを・・・・・人を殺すんですよ!!」

 今度は愉快そうにロッド中佐は笑った。



「君には何も言えない。なにせ、何も知らないのだから、私とは、今ここに同じ部屋にいるだけの関係なのだから。そして・・・・・」

 中佐はコウヤに顔を近づけた。



「君には止めるすべがないからだよ。」

 その言葉にコウヤは固まった。この人は何でこんなことを言うのだろう。そんなことは十分わかっている。



「それを選ぼうとしていないのなら尚更だ。」

 中佐は付け加えるように言った。



 そのとおりだ。確かに平穏な今までの生活に戻ることを考えると安心する。それと同時に罪悪感もある。



 はたして、自分がドールに乗らないで普通の生活を送ることで誰かが代わりに死ぬのだろうか。



 そして、何も力を奮わずにいたことを後悔するときが来るのだろうか・・・・





『コウヤ・・・・俺、軍に入るよ。』



 シンタロウは理由があった。両親を殺され孤独になった彼はゼウス共和国との戦いに身を投じることで悲しみのはけ口を得た。



 そんな親友を思い出しながら自分はどうだろうかと無意識に問いかけていた。



 呆然とするコウヤを見てロッド中佐は口元に笑みを浮かべていた。



「近いうち出発する。・・・・・君に考えるチャンスをあげよう。」

 中佐はドールの操縦許可を渡した。



「・・・・・これは」



「今一度、君に力を奮う機会を与えよう。」

 中佐は口に不敵な笑みを浮かべていた。



「私の君に対する質問は、今度しよう。・・・・今の君は考える時だ。」

 コウヤにはこの人の意図がわからなかった。



 だが、コウヤにはこの人を責めることがもうできなかった。



 この人を責めるために、自分のもやもやを解消するために用意していた言葉が簡単に力を失くした気がした。



 たった『君には止めるすべがないからだよ。』



 その一言でコウヤのすべてが変わった。



 自分はあの時止めることもできずただドールの中で叫んでいただけだ。



 あの時は止めるすべがあった。そして、あの時を逃したのだった。いや、止められるはずなないのだが止められる気がした。



 気が付いたらコウヤはすべての矛先を自分に向けていた。









「ゼウスドールも充分性能はいいんですよ。ですが、搭載されているプログラムというのを考えると、動きはいくらか重くてもいいかと考えました。」

 マックスは端末を持ち、白衣の女に見せながら言った。



「そうね。」

 女は納得したように頷いた。



「ドールの動きを助けてくれるプログラムというのがよくわからないので、状況を記録するレコーダーをどうにか組み込みました。通信機能が付けられることから遠くでもドールの適合率の動きとプログラムの状況を観察できるようにしました。」

 マックスは淡々と言った。



「素晴らしいわ!!万一だめでもデータは手に入る仕組みを作れるなんて。どうやって組み込んだのかしら?」

 女はマックスを見て嬉しそうに飛び跳ねた。



「わかりません。以前同じようなことをしようとして失敗したのですが、今回は成功しました。」

 マックスは首をひねっていた。



「そう。不思議ね。」

 女も考え込んだ。



「とにかく、このドールは現在のゼウス共和国ではトップのものです。」

 マックスは熱弁するように言った。



「貴方がいうなら間違いないわ。」



「それと、鍵とは・・・・」

 マックスの問いに女は頷いた。



「待ってね。・・・・連れて来なさい。」

 女は通信機を取り出し、どこかに連絡した。



 女の連絡から少し時間が経って、一人の少女と数人の兵士が来た。



 兵士の様子を見てマックスは鍵がその少女だと分かった。自分よりも年下だ。ちょうどダルトンと同い年くらいである。



「こんな少女なんですか・・・・?」



「そうね。あら、ちょうどあなたの弟と同じ年ね。」

 女はマックスに笑いかけた。マックスは表情を固めた。



「あら、ごめんなさい。あの子はずっとこれから18歳だものね。」

 いけないいけないと女は気を遣うような素振りを見せた。マックスは女から目を逸らし、鍵と言われた少女を見た。



「彼女が鍵というなら適合率を見てもいいですか?」



「いいわよ。」



「いや。」

 女が了承したと同時に少女が断った。



「本人に断られましたね。」

 マックスは何故か安心したように息を吐いた。女は少女に近寄った。



「ユイ・・・・・これに乗って悪い奴を倒せばあなた望みをかなえてあげる。それには、このお兄さんを適合率で納得させる必要があるのよ。」

 女はユイと呼ばれた少女に囁くように少女に話しかけている。



「いや。あたしは戦いたくない。」

 ユイは首を横に振った。



「私達の成果よ。」

 女性は一枚の紙を取り出した。



「これは・・・・」

 少女の顔色が変わった。



「レイラ・ヘッセ・・・あなたの探し人の一人、場所は不明確だけど見つけたわ。」



「?」

 女の言葉を聞いてマックスが首を傾げた。



「マーズ研究員。余計なことは考えないでね。」

 女はマックスに釘を刺すように言った。



「じゃあ・・・・・ホントに・・・・・」

 ユイは写真を見て、目を輝かせていた。



「ええ、まだコウヤ・ムラサメとクロス・バトリーは見つけていないけど・・・」



 《ムラサメだと?彼女は一体・・・・》

 マックスはユイ見て頭の中でいくつかの人物を思い浮かべていた。



「わかった。乗るよ。でも、約束よ。」

 少女は小指を差し出した。



「ええ、約束ね。」

 女性は少女の小指に指切りをした。



「・・・博士。鍵であるならこの少女を使うのはもったいないのでは・・・?」

 マックスは何となく少女を戦わせたくない気がした。



「マーズ研究員。」

 女はゆっくりとマックスに振り返った。



「ここまで来たら、黒いのを倒せるのは鍵レベルだけよ。」

 女はマックスを見透かすような目を向けた。



「黒いの・・・・」

 マックスは口元を強張らせた。



 少女の後ろには、マックスが設計した紫色に輝く巨大なドールがあった。







 上層部からよく中佐の状況を探る様に報告書の提出を迫られることが多かった。だが、そんなことをしても無意味なほど、ロッド中佐は力を持て余していた。



 本部に置いているのは最後の守りだとも言われているが、縛り付けているというのが本当だ。その縛り付けをしている間に本部はロッド中佐に乗っ取られている。



「補佐さんですね。」

 羨ましそうに目を輝かせた若い軍人がイジーを見ていた。この軍人はイジーよりも年上だが、一般的な若者の年齢だ。



「イジー・ルーカス中尉です。」



「内部勤務なのに尉官ですか。有能なんですね。」

 軍人は更に目を輝かせてイジーを見た。



「そんなことはありません。」

 有能でない新米だ。ただ、ロッド中佐に憧れていない若者ということでお守のような役割を与えられたのだろう。それに対する報酬で階級を貰っているのだとイジーは思っていた。



 最早、軍で階級というのは飽和している状態だった。今更尉官程度で尊敬されることもない。



「この前、中佐が出られたとのことをお聞きしました。圧勝だったようで、さすがです。」

 目を輝かせて言う軍人を見ると、ロッド中佐を上層部が捨てきれない理由がよくわかる。



「・・・・そうですね。」

 営業的な笑みを浮かべてイジーは返した。



「中佐がいれば、いずれゼウス共和国も潰せますね。」

 顔を輝かせて言う軍人をイジーは複雑な目で見た。



「ルーカス中尉。」

 後ろから聞き覚えのある声がかかった。その声に目の前の軍人はまた目を輝かせた。



「ニシハラ大尉!!」

 自分よりも年下であろうハクトに、若い軍人は姿勢を正しく敬礼した。



「あ、ああ。」

 急に大声で名前を呼ばれたハクトは驚いたが、若い軍人に目礼をした。



 ハクト・ニシハラ大尉も、若いにもかかわらず尊敬を集める者だ。ロッド中佐に次いで地連第二の実力者と言われるドール使いであるのは周知の事実だ。それに加えて、今回の出来事が大きい。



「ネイトラル総裁を、体を張って守った話、聞きました。」

 若い軍人はこれでもかというほど目を輝かせていた。この軍人の言う通り、今回のディア・アスール暗殺未遂は、ハクトの評判を更に上げる結果となった。



「言いすぎです。自分は情けなく撃たれただけです。」



「身代わりに撃たれることなど、普通は出来ません。」



「・・・・・」

 ハクトは考え込むようにして軍人を見ていた。きっとこの軍人との会話はキリがないと思ったのだろう。



「すまないが、ルーカス中尉に用がある。中佐について訊きたいことがある。」

 ハクトは遠回しに若い軍人にこれ以上付き合えないと伝えようとしたようだ。



「中佐・・・!!ニシハラ大尉とロッド中佐が交流を持つのですか!!」

 若い軍人は変わらず目を輝かせていた。



「・・・・・」

 マジかよ。とハクトの口は動いた。



 会話は終わらなさそうだ。それよりも嫌な噂が回りそうで仕方ない。イジーは仕方ないとため息をついて若い軍人を見た。



「ミゲル・ウィンクラー准尉。」

 イジーは若い軍人の名を呼んだ。どうやら彼の名はミゲル・ウィンクラーというようだ。



「は・・・はい!!」



「ニシハラ大尉。すみませんが今、私はあなたよりも准尉に伝える用事が優先です。何度か報告書を提出していることを伝えると中佐があなたのことを詳しく知りたいと言っておりました。」



「はえ?」



「今、中佐は自室にいます。私に言われてきたと伝えてください。ちなみにこのことは内密にお願いします。」

 イジーの言葉にミゲル・ウィンクラー准尉は目を輝かせた。



「はい!!」

 と慌てて走り出した。ミゲル・ウィンクラー准尉の背中を見てハクトは呆れた表情をした。



「あいつ仕事の途中だろ。」



「でしょうね。」

 イジーは淡々と答えた。



「このこと中佐は?」



「知りませんよ。でもお部屋にはいるので対応してくださいます。」

 しれっと答えるイジーにハクトは目を丸くした。



「ルーカス中尉。面倒を中佐に押し付けるのか?」



「最近あの人のせいで嫌な想いをしたので仕返しです。」



「え?」



「いえ、なんでもないです。」

 イジーは作業着の少年に詳しい話を聞けなかった鬱憤を晴らしたようだが、そんなことハクトは知らない。



「それよりもニシハラ大尉。中佐の事で訊きたいこととは?赤いドールのパイロットのことですよね。」

 イジーはハクトの訊きたいことがわかっていた様だ。



「・・・・そうだ。あの人はコウヤ君に何を言ったか知っているか?」



「ドールの許可証を中佐がこっそり用意していました。もしかしたら彼に渡したのかもしれない」



「渡す・・・・どうしてそんなことを。」



「私が知るわけないです。あの人の考えは敵を徹底的に潰すということしかわかりません。」

 イジーは眉を顰めて言った。ハクトはその様子を見て不思議そうな顔をした。



「ルーカス中尉は中佐に心酔しているわけではないのですね。」



「するわけないですよ。あんな冷血な人。」

 思った以上に感情的な声が出た。ハクトはその様子を見て面白そうに笑った。



「失礼しました。」



「いや、俺は中佐に心酔している若者しか見たことが無かったから新鮮だと思ってな。よりによって近い人間にそんな風に思われているとは、中佐は知っているのか?」



「当然知っています。」



「即答か。しかし、ルーカス中尉は貴重な存在だと思う。」

 ハクトは、今度は安心したように笑った。



「貴重?」



「ああ。みんなあの人に浮かされるか、怯えるかしている。あの人の毒にやられている。だが、あの人と接して毒にやられていないのは貴重だ。」

 ハクトは誰かを心配しているようだ。



「・・・毒ですか。そうですね。あの人は毒のような人です。」

 イジーはハクトの言った毒という意味がよく理解でき、しっくり来た。そして、ロッド中佐を毒という言葉で表した途端、イジーはたまらなく不安になった。



 あの作業着の少年は、その毒に浮かされた者か、怯えた者であって、その毒のために生きているような気がしたからだ。そして、なによりも中佐の周りにクロスを感じているのが大きかった。あんな毒のような人の周りにあの優しい少年の影がある。



 ドール乗り同士の感覚でなくて昔に感じた懐かしさを中佐の周りに感じていた。



「だが、毒は薬にもなる。俺はあの人こそが必要な人間であると思っている。」

 ハクトは複雑そうな表情をして笑った。



「・・・知っていますか?中佐ってとても胡散臭い話し方をするんですよ。」

 イジーは秘密を明かすようにもったいぶって言った。



「それはよくわかる。」

 ハクトは吹き出すように笑った。









 本部の医者となるとよほどすごい人なのだろうと思ったが、コウヤの部屋に来てコウヤを診たのはフィーネに乗っていた医者だった。



「うん。問題ない。」

 満足そうに言う医者を見てコウヤも安心した。



「本当ですか?俺もう何やっても大丈夫ですか?」



「うん。大丈夫だよ。ただし、タバコとかは吸わない方がいいよ。」



「吸えないです。」



「じゃあ大丈夫。よかった。よかった。」

 医者は安心したように椅子にもたれかかった。



「ありがとうございました。」

 コウヤは医者に深々と礼をした。



「・・・・やっぱり、軍には入らないんだね。」

 分かっていたように医者は言った。



 今まで通りの生活に戻るのは、とてもいいことだ。



 そうだ。とてもいいことだ。だが、コウヤの中には疑問があったし不安もあった。



 それでも全て押さえつけてしまえばいい。



「そうだ。君に伝言がある。」



「え?」



「「止めるすべがあるだろう。」・・・と伝えてくれと言われた。」

 医者が誰から言われたのか言っていなかったが、コウヤにはわかった。



「・・・・なんだよ。」

 コウヤは抑えつけようとしていたものを見透かされた気がした。そして逃げるなと囁かれている気がした。



 何を考えているんだ。今更自分が怖くて辛い場所に戻ると思っているのか。



 あの人は自分に何を期待しているのか。



 ああ、今日あの人は人を殺しに行くんだ。



 コウヤは貰った許可証のことを思い出した。あれが何をさせるためのものなんだ。

 止めるすべを持った自分が彼を止めれたら自分は彼を責めることができるのだろうか。







 軍本部のドームは流石というべきか、時間による空の切り替えがしっかりとしている。



 外を探知するために外部を映すモニターは夜を映している。それを反映しているようにドームの空も暗い。今は夜だ。



 誰に咎められることもなく歩き、好きなところにいる。



 どんな悪巧みをしても誰もわかることはできない。だが、他の者のは手に取るようにわかる。



「隠せると思っていたのか?」

 苛立ちを含めて呟いた。誰も聞いていない。



 止められることもなくロッド中佐は真っ黒な自分のドールに乗り込んだ。



 誰も見ていない。見られないようにしているからだ。

 何かを期待して楽しみにしているように笑い、直ぐに口元は歪んだ。

 手慣れた様子でドール用のスーツを着て神経接続を始めた。



「コウヤ君は来るのだろうかな、私を責めに来るのだろうか。」

 ロッド中佐は楽しみに待つように笑った。



「だが、君がコウヤ・ムラサメであるのなら・・・・来るはずだ。」

 彼は確信をもった口調で言った。



 黒いドールはいくつかの武装をしていた。切り替えるようにロッド中佐は自身の頭を両手で包み、深呼吸をした。ゆっくりと片頬を吊り上げて笑みを浮かべた。



「待っていてください。・・・・父上。」

 絞り出すような声には期待も楽しさもなく、ただ憎しみしかなかった。







 嫌でもわかる。ロッド中佐はドールに乗っている。



 あの黒くて巨大でとても強く恐ろしい力がこれから振るわれるのだ。



 ここで進み出せば、彼を止められるかもしれない。そして、あの残酷な光景を責めることができる。しかし、進めば戻れない。



 コウヤは足を止めた。ドールに心惹かれるものがあるのはわかっている。なによりも、ドールに乗って自分の記憶は蘇ってきている。だが、再び戦場を見るのが耐えられない。



 一度、敵を目の当たりにしたコウヤは、敵に攻撃の手を向けることさえ苦しかった。ダルトンの最後の顔が頭から離れない。



「なんで、俺に答えを期待するんだろう。」

 自分の過去と、これからの事全てそうだ。シンタロウは自分が考えるようにと言った。ロッド中佐は答えを出すための機会を用意した。



「俺はなんなんだよ。・・・・ただ、ドールを偶然うまく使えただけだろ。」

 コウヤは呟くと廊下にうずくまった。



 再びドールに乗りロッド中佐のことを止めたいと考えたのだが、足が止まってしまった。



 廊下でうずくまっても物事は進まないのはよくわかっている。



 だが、進まないのに中途半端なのになぜか安心した。コウヤは答えを出すのが怖かった。



 なにか今までと変わってしまうというのがわかっていた。



 後ろに人の気配がした。



「コウヤ・ムラサメ・・・・・お前は何も知らない。だが、俺は知っている。」

 その声の主はどうやら若い少年のようだ。どうしてその名前を知っているのかわからなかった。



 コウヤは後ろを振り向いた。そこには作業着を着た自分と変わらないくらいであろう帽子を深く被った少年が立っていた。



「お前は・・・誰だ?」



「名前は名乗れない。・・・・ただ、お前に腹が立っている」

 少年はコウヤに近づいた。



「なんで、お前は何も分かろうとしない?逃げるのか?お前が逃げると事態は悪化するだけだ。」

 コウヤは心の中を見透かされた気分だった。



「・・・・どうやってわかればいいんだよ?なんで俺に考えて答えを出すことを求める?何で俺だけ?俺はほかの第1ドームの人たちと同じだろ!俺に回答を求めるなよ!!」

 コウヤは少年に向かって彼が知りえない疑問までぶつけていた。



「笑わせるな。みんなと同じだと?・・・・・お前は周りの目に気づいていないのか?」

 少年はコウヤの胸ぐらを掴んだ。



「周りの目だと?何だそれ・・・」



「お前はほかの人が同じようにドールに乗れると思うのか?お前のように使いこなし敵軍に勝てると思っているのか?・・・・お前だって薄々気づいているだろ!?」



「使えたって・・・・俺は軍人じゃない・・・・俺は・・・」

 コウヤはそこまでしか言えなかった。



「今回の第1ドームの破壊の後、軍志願者が増えた。このフィーネに残って本部に来た避難民はだいたいそうだ。わかるか?お前はみんなが振るいたい力を持っているんだ。」



「何をすればいいんだよ・・・・」

 掠れて泣きそうな声が出た。



「お前は何ができる?」

 少年はコウヤから手を離した。



 歩き出し少年は振り向かずに言った。



「使えるものがあっても使わなければそれは使えないのと同じだ。何ができるかわかっていてやらないのはわかっていないのと同じだ。お前は使えなくてわからずやの馬鹿なんだ。」



「俺はわかっていない!!」

 コウヤは叫ぶように少年に言った。少年はコウヤの方を振り向き、口元を歪めた。



「わかっていないのか。そこまでの力を持っていて、与えられても分かろうとしないのか?」

 少年はコウヤを見捨てるように視線を外し、廊下の奥の闇に消えるように歩きだした。



 コウヤは少年の後ろ姿を見送るしかできなかった。



 コウヤはロッド中佐の言葉を反芻した。



『君には止めるすべがないからだよ。』



 わかろうとしろと言われても、何をわかればいいのかが分からない。だが、自分がロッド中佐を止めたいと思っていることは分かる。おそらくロッド中佐はそう考えていることを見越して止めるすべを与えたのだろう。



 ここで、止めに行かなきゃもうなにも言えない。そんなことはわかっている。



 あの人は何を考えているのだろう。



 コウヤは誰かに手を引かれたように立ち上がった。











 地球のあるドームに造られた歴史的建造物を連想させる石造りの建物に、いかにも地位のあるという恰好をした男たちが次々に集まって来ていた。



 その男たちの中でもひときわ地位の高そうな恰好と厳重なボディーガードを連れたヘッセ総統は集まる人を見て満足そうな顔をした。



 自分を止めるものなどこの国に存在しないと実感していた。



 集まる人々が彼の機嫌を窺い気に入られようとしている。面白いほどだった。



「これでドールプログラムが手に入れば・・・・」

 思わず出た呟きに近くにいたボディーガードが不思議そうな顔をした。だが、それを追求するような無粋な者は近くに置かない。



「パパお仕事がんばって!!!私これから見回りに行ってくる。」

 満足そうに笑顔を浮かべるヘッセ総統にレイラの無邪気な声がかかった。



「わかった。レイラも頑張るんだよ。」

 極力優しい声をかける。彼女と会った時から彼女の心を開かせるために努めてきたことだ。



 ヘッセ総統の声にレイラは嬉しそうに笑った。



 《何かを失った者ほど弱い者はない。最初から失うものさえなければ人は強くあるのだ。》



 レイラの笑顔を見てヘッセ総統は暗い気持ちになった。



「じゃあ夕ご飯の時に。」

 レイラは笑顔で返し駆け出した。



 ヘッセ総統はレイラの後姿を見て不敵に笑った。



「また後でな・・・・・私の大事な鍵よ。」

 彼の目には優しさは無かった。
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