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六本の糸~地球編~
11.親と子
しおりを挟む夜も昼も関係ない。汚染された地球は汚い。日光に照らし出されると空気の淀みが目立つ。夜は淀みが目立つわけなくただ単に濁って暗く視界が悪い。
「いつ見ても慣れるものではない。」
ロッド中佐はある場所に向かいながら言った。
向かう場所は地上主権主義連合国の管轄内のドームだ。
向かう途中も彼は口元を歪めていた。そしてたまに笑っているのか泣いているのか怒っているのか分からないが肩を震わせた。
「甘く見られたものだな・・・・私も。」
軍本部のドームからおよそ250キロの地点に彼の目的地であるドームはあった。
「こんな近くにいて、私がわからないとでも思っているのか・・・・」
ロッド中佐は片頬を吊り上げて笑った。
もはや、彼の頭の中にはコウヤのことはなく目的のことしかなかった。
探る様にドームの上空に浮かび辺りを見渡していた。
「さあ、見つけた・・・・・」
ロッド中佐はドームのある一か所を見て笑った。そして、そっとドームの上に着地し、ドールの片手を押し当てた。
頭の中に神経接続したドールの機械的な声が聞えた。
【接続完了・・・・・目標捕捉】
「これが、私のやり方だ・・・・・」
中佐はドールの片手に光を溜めた。
はたから見ると何かを撃つ前に力を溜めるようであった。
「さあ、始めよう」
手から放たれた光はかつてコウヤが放ったものに似ていた。
その何倍もまとまっていたが。
石造りの建物の中は、人が集まり大げさな会議をすることを目的としているようで、建物内の会議室らしき場所には、いかにも身分が高そうな者たちが集まっていた。
彼等の視線の先にはヘッセ総統がいた。
「こんなところまで来て大丈夫なのですか?」
「早くお帰りになった方が・・・・」
彼を心配してだろうか、に不安そうな声が上がった。
そんな者たちに初老の男は力強く言った。
「ここから始まるのだ!!敵に慄き安全な場所で待つより敵に立ち向かい新たな一歩を進めた方がよいではないか!?」
演技をするように優雅に手を差し出し、演説をするかのように男は続けた。
「いいか、私たちはここから地球に住み着きゼウス共和国の民に地球への希望を持ってもらうのだ!!」
周りの者たちはヘッセ総統の言う言葉にや、彼の動きに目が離せないようだ。
「そうですよね・・・・さすがです。」
「付いて行きます総統!!」
彼の言葉に浮かされたように頷く者もいれば、とワザとらしく同意する者もいた。
「しかし、総統・・・・本部には黒いドールが・・・・」
「いくら黒いのが強くてもわからなければ何もできまい。・・・・聞くところによるとあいつは本部のドームから滅多に離れないと・・・・」
「しかし、ドール使いは強ければ変な察知能力があると・・・・」
「私の元にはドールパイロットとして最上位に入る者が二人いる。黒いドールのパイロットは地獄を生き抜いたと言われているが、元は凡人で「天」出身の没落貴族のお坊ちゃんだ。」
ヘッセ総統は「天」という単語を言うときにわずかに口元を歪めた。
「そこまでご存じで・・・・」
感心するように誰かが言った。ヘッセ総統は微かな反応にも目を向け頷いた。
「それに、どんなに強くてもドールプログラムの真の力の前では無力に等しい。我らの手に鍵があることを皆は知っているはずだ。そして、他の鍵も手に入れることが出来つつあると・・・・」
ヘッセ総統は、口元に不敵な笑みを浮かべていた。
ゴゴゴゴ
「な・・・・なんだ!?」
会議室が騒がしくなった。
「こ・・・これは、いったいなにが・・・」
状況を掴めていない者たちは口々にいろんな災害説を唱えた。
だが、一人だけ正しい答えを言った。
「・・・・諸君・・・・ドームが破壊されている。」
ヘッセ総裁のその一言で会議室はパニックに陥った。
耳元に虫が飛んでいるような不快な感覚があった。その感覚にレイラは振り向いた。
「な・・・・なに・・・・この感覚は・・・・・」
それは何かを見落とした不安によく似ていた。
レイラはヘッセ総統のいるドームから約40キロ離れた地点にいた。
自分が何かを見落とすなどありえない。だが、感じる感覚では何かを確実に見落としていた。
『ヘッセ少尉・・・・どうかされましたか?』
急に立ち止まったレイラに近くにいた仲間が声をかけてきた。
「戻るぞ・・・・ドームが心配だ。」
レイラはヘッセ総統の待つドームに向かった。
本部の格納庫だというのにドールの装備はフィーネと同じか少ないくらいだった。普段多くドールを出さないというのがよくわかる。それに人も少ない。というよりもほぼいない。
それでも格納庫の前には人がおり、手続きは必要であることがわかった。コウヤは許可証を見せた。事務的にコウヤの手にはドールのキーが渡された。どうやらこのキーがないと動かせないようだ。
フィーネではそんなことがなかったので新鮮だった。
「ドールに鍵なんてあったんだ・・・・・」
コウヤは慣れない鍵を持ち指示されたドールの元に向かった。格納庫にあるドールとは違い、いくつかのドアの向こうにそのドールは用意されていた。
コウヤは自分に用意されたドールを見て驚いた。
「これは・・・・」
今まで使っていたドールとは違った。ハクトのドールともキースのドールとも違う白銀のドールが立っていた。そして、おそらく性能もいいとわかる。
「なんで、あの人はこれを俺に・・・・」
コウヤは思った疑問をそのまま口に出した。
「このドールは中佐の使っているドールの何倍も性能がいいです。」
後ろから聞き覚えのある声がした。
「コウヤさん、中佐はあなたを必要以上に買っているようです。」
そこにいたのはロッド中佐の補佐であったルーカス中尉であった。
「ルーカスさん・・・・なんであなたが・・・」
「あの人がどんな手を使ったのか知りたくて・・・・ここのドールを見張っていたの。ニシハラ大尉もいます。」
イジーが顎で示したところにハクトもいた。
「コウヤ君。中佐はドールで出た。あの人は何をすると言っていた?」
ハクトの言葉にコウヤは助けを求めようかと思った。だが、彼の力を借りて何が言えるだろう。コウヤはハクトの問いに口をつぐんだ。
「コウヤ君。止めはしない。あの人の言う言葉に惑わされるな。」
ハクトの言葉はコウヤに響いたが、それよりもロッド中佐の言葉の方が大きかった。イジーは二人の様子を見て心配そうにしていた。彼女に対しては淡々としたイメージを持っていたため意外だった。
「私にはあの人がどんな意図であなたにこれを与えたのか分からないけど、早く乗りなさい。嫌な予感がする。使えたら早く中佐を追いかけなさい。」
イジーはコウヤにスーツを渡した。
手渡されたスーツをコウヤは受け取り前に進んだ。
ロッド中佐は何かを待つように壊したドールの外で待機していた。
「ほお・・・・・もう到着か・・・・」
彼の視界には1体の赤と黒のゼウスドールと何体かのグレー一般機がいた。
ゼウスドールが明らかに動揺しているのがわかった。
中佐はその様子を見て口元を歪めた。
「緑のやつか。」
彼の言う通り、ゼウスドールにはレイラが乗っていた。
『お前は・・・・・この前の』
レイラは黒いドールを見て歯ぎしりをした。
1体の一般機が黒いドールに立ち向かってきた。
『やめろ・・・・無茶はするな!!』
一般機は装備していた剣を振り上げ、そして振り下ろした。
『へ・・・・へへ・・・このやろう』
手ごたえがあったのか、一般機に乗ったパイロットは笑った。だが、その顔もすぐに青くなった。振り下ろした剣の下を見たると、そこにはドームがあった。
そして、剣はドームの中の町に深々と刺さっていた。
「状況を見て戦わないとは・・・・・教育不足だな・・・・」
黒いドールに乗ったロッド中佐は当然のように避けており、一般機を見下ろしていた。
慌てる一般機と更に破壊が進むドームの様子を見て、ロッド中佐はその場を離れた。
『ま・・・・・待て!!』
ゼウスドールに乗ったレイラが追って行った。
それを追うように他のドールも続いた。
ドームの中は地獄と化していた。
さっきまであった町は、汚れた空気とレーザー砲に加えどこからか落ちてきたドール用の剣で生命力のないものになっていた。
避難船に乗り込んだヘッセ総統は顔を歪めていた。ヘッセ総統をはじめとしたゼウス共和国の重鎮がこの避難船に乗っていた。
「どこから嗅ぎつけてきた。誰が裏切った・・・・・?」
どうやら誰かが情報をリークしたと思ったようだ。そして避難船の中から外を飛び回る1体の黒いドール見た。
そのドールはまるでヘッセ総統を見ているかのように上から避難船を見つめていた。
「総統・・・・あのドールは・・・・ひいいい!!」
慌てふためく周囲の者は、ヘッセ総統の視線の先にある黒いドールを見て怯え更に騒ぎ始めた。
「安心しろ・・・・もうすぐであの黒の奴の時代は終わる。」
ヘッセ総統は通信用の端末を取り出した。それを操作し、耳にあてる。
「・・・・私だ。黒いのが出た。・・・・そうだ。奴を終わらせろ。」
ヘッセ総統の口元には笑みが浮かんでいた。だが、途端船が大きく揺れた。
「総統!!大変です!!黒いドールが張り付きました。」
「なんだと!?」
避難船の中は更にパニックになった。
「総統・・・・・防護服を着て降りましょう。」
恐怖で冷静な判断ができないものは窓から飛び降りようとし始めている。
すると、どこからか警備の軍らしきものが走ってきた。
「大変です・・・・ドールのパイロットが乗り込んできました。」
その言葉とほぼ同時にどこからか銃撃戦の音が聞えた。
「・・・・・はは・・・・アホですね。敵の船にたった一人で乗り込んでくるなんて・・・・」
周りの男たちは安心したように言った。
「ここは警備の者に任せて奥に行きましょう。」
周りの男たちの安心した様子とは逆にヘッセ総統は表情を曇らせていた。
レイラは、ヘッセ総統を探してた。片っ端から黒いドールそっちのけで捜していた。
「パパ・・・どこなの」
レイラはあたりを見渡して泣きそうな顔をしていた。耐え切れなくなり、外気用マスクをつけてドールから降り、壊れた町を走りはじめた。
「いやだ。・・・・・もう失いたくない。」
壊れたドームを見ると嫌でも記憶が蘇る。炎の向こうに消えた大切な人や、宇宙の瓦礫しか残らない思い出の場所のこと。
レイラは石造りの建物に乗り込み父親を捜していた。失う恐怖で心が一杯の彼女は冷静に物事が見ることができなくなっていた。彼女のいる建物の上空に、黒いドールが張り付いた避難船があることに気付かず、想像もしていなかった。
ロッド中佐はドール用のスーツと外気用のマスクをして、銃を片手に持ち物陰に隠れていた。周りは血の海だが彼には傷一つなかった。
そんな彼の見えないところでは
「なんだよ・・・・黒い奴のパイロット・・・・えらい細身だな」
と機関銃を構えた大男が言った。
「油断はダメですよ・・・・」隣の兵士達が注意するように言うと。
「バーカ・・・・あんな奴ドールに乗っていなければこっちのものだ・・・」
そう言うと彼は駆け出した。
身体の大きさに似合わない速さで確実に潜んでいるロッド中佐に銃口を向けた。
「おい・・・・お前が黒い奴のパイロットだな・・・・」
銃口の先にいるロッド中佐に向かって聞いた。
「なんだ?・・・・この船の兵か。まだいたのか・・・」
ロッド中佐は呆れたように言った。
それを聞き大男は
「まだ・・・とは、お前・・・・ここは天下のゼウス共和国の船の・・・・」
そう言いかけたとき大男は気づいた。
彼がここまで来るまでにいた大量の仲間たちをどうやって・・・・
「安心しろ・・・・数人は生かしている。」
ロッド中佐は男のほうを振り向いた。サングラスの下の目は見えないが、口元には自信にあふれた笑みがある。
その笑みを確認した瞬間大男は恐怖したようで、手に持っていた機関銃を乱射させていた。
大男の行動を予想していたようにロッド中佐はその場から離れた。冷静でない大男は彼の動きをすぐに察知できない。目線で追ってもすぐに銃を向けれない。そんな様子をあざ笑うかのように、華麗に踊るように壁をつたい、人間離れした脚力で弾丸から逃れ、確実に近づいてくる。
《敵わない・・・・》
大男は本能的に悟った。
ヘッセ総統は防護服に身を包み船から降下しようとしていた。
「総統。外で外気の危険に触れるよりも警備が守ってくれる中にいた方が・・・・」
と止めにかかった男に
「外でレイラに気づいてもらう方がよっぽど安全だ。」と吐き捨てた。
ヘッセ総統は急ぐように脱出用の小型飛行機で船から出て行った。彼の手には変わらず通信用の端末が握られている。
「予想外だ。ドールを下りてきた。・・・・避難船ごと潰せ。」
ヘッセ総統は、冷たい声で端末に話しかけた。
コウヤは自分の信じるがままに進んだ。
ロッド中佐がどこに行ったのかなんかわからなかったが、自然と胸騒ぎする方向に進むことにした。
しばらく進むと煙らしきものが目に映った。
コウヤは驚いた。
本部の近くではないが、地連の管轄内にこんな大規模なドームが存在したことと、その周りを飛んでいるのがゼウス共和国のドールであることに、そして、そのドームが煙を上げ壊れていることを。
「・・・・・これは・・・・誰が・・・・」
コウヤはふと避難船らしきものに気づいた。
そしてその上に張り付く忘れもしない黒いドールを・・・・誰が手を下したのかは一目瞭然だ。
だが、進もうとしたコウヤはいくつかのドールによってはばまれた。
グレーの一般機がコウヤに立ち向かってきた。避けようとしたとき、ダンカンと名乗った少年が乗っていたのと同じドールであると気付いた。
その瞬間、黒いドールが少年の乗ったドールを潰す光景を思い出した。
「う・・・・・うあああああああ」
何かをかき消すようにコウヤは腕を振るった
その腕は立ち向かってきたグレーのドールの腹を貫いた。そこは、コックピットであった。
コウヤは自分の動かすドールの重さを感じた。白銀のドールは性能がいいのだが、動きが重い。だが力も強かった。
コウヤには制御できなかった。頭ではそんなことを考えながらコウヤは自分が潰したドールを見た。
あまりのあっけなさに嘘だと思った。だが、そこには命があったことが嫌でもわかった。高い適合率で手には感触が残る。
「え・・・・俺が、殺し・・・・」
これを止めるために自分は来たはずだ。
自分は何のためにここに来たのかわからなくなっていた。
たしか、自分がこれからどうしたいのか考えるために再び力を振るう機会をもらったはず。
そして、再び戦場を作ろうとしているロッド中佐を止めるためにここにいる。
だが、目の前にはコックピットを貫かれた無残な1体のドールがあった。
「何やってんだ。違うだろ。これは嘘・・・・」
コウヤは再び前を見た。光景は変わらない。
上空には避難船が見える。人の叫びが溢れているのがわかる。町は破壊されている。
目の前の命が消えた。
これと似たことがあった。あったのだ。
「これは・・・・」
デジャヴなのか、何かが頭の中ではじけた。
それは、自分の中にあった感情だった。
コウヤは一人ぼっちだった。
どうやら友達はみんなどこかに行ってしまったらしい。
自分の首には約束の証であるネックレスがぶら下がっていた。
コウヤは自分の父と思われるものと母と思われるものに手を引かれていた。
なぜかわからないが安心していた。寂しいのに満たされていた。優しい安心するものだった。
周りの風景は曖昧なのに、両親の姿は、ぼやける背景に合成されたもののようにはっきりとしていた。
すると警報の音が周囲に響いた。
たくさんの見たこともない制服の兵隊が自分たちを囲んできた。
一人の男が
「ムラサメ博士・・・・・例の件・・・・考えていただけましたか・・・?」
と恭しく訊いてきた。
自分の父親らしき男が
「何度も言ったはずだ・・・・断る。」と強い口調で言った。
すると周囲の兵隊は自分にめがけて発砲してきた。考える暇もない一瞬だった。
自分は叫んだ。目の前に血が、たくさんの血が舞った。
血が地面に落ちる瞬間に隣にいた母が自分の前で倒れていた。
あまりの現実味がない光景に声が出せなかった。
呆然とするコウヤの元に大きな影がやって来た。隣にいた父が叫んだ
「逃げろ・・・・すべてはお前の思うままに・・・・」
そう言った父は優しい顔をしていた。
撃たれた母も優しく笑いかけていた。
「生きて・・・・・コウヤ。」
テレビの電源が切れたように、そこからの世界は暗転した。
「は・・・なんだよこれ。」
コウヤの中で不明瞭だが確実な憎しみが先行し、記憶よりも大きく爆発した。
がむしゃらにコウヤはドールを飛ばした。性能の良いドールと高い適合率のパイロットを乗せたドールはすさまじい速さで動いていた。その動きに他のドールは一瞬たじろいだ。
だが、あまりにドール慣れしていない様子のコウヤの動きに勝機を見出したのか、まとまって向かってきた。
「ううう・・・・ああああああ」
向かってくる敵には、さっきまでダルトン達が重なっていた。だが、爆発したように溢れた記憶や感情に父と母を撃った兵士が浮かんだ。目的をもって腕を振ると、さっきまで感じていた重さが嘘のようにドールが自分の言うことを聞いてくれた。
攻撃を受けたドールはたちまち粉砕されていった。動きが重いと思ったが、その通りで重い分力も強いのだ。
粉砕されたドールを見ても不思議と辛くなかった。それどころか目の前に浮かんだ兵士の影が薄くなった。
コウヤはもう中に人が乗っていることなんか考えていなかった。
『コウヤ』
耳元で懐かしい声がした。これは父だ。
『コウヤ』
耳元で懐かしい声がした。これは母だ。
二人が大好きだった。だが、失ったのは確実だった。それはあまりにも不条理で残酷なことだった。
自分の記憶はこんなに悲しいものだったのか。そう思うと同時に赦せなくなった。
こんなに悲しいことを忘れていたことや、思い出してしまったことに、そして、悲しい記憶の元凶をだ。
腕を振ってはドールを粉砕する。敵が向かってきたなら自分も向って行くだけ。
「どうして・・・どうしてだよ!!」
コウヤが叫んでも誰も答えてくれない。
コウヤは鬼神の如く敵を倒し、死神の如くたくさんのドールの残骸を作った。
空に飛ぶ大型の避難船にはたくさんの人がいた。
「そうか・・・・降りたか・・・・」
乗組員の銃を突きつけ一人だけドール用のスーツを身にまとったロッド中佐は呟いた。
「・・・・は・・・はい。」
銃をつきつけられて怯えている乗組員は震えていた。
「生き残りたくば、このまま船に乗って逃げろ・・・・」
そう言い捨てるとロッド中佐は走り去って行った。
「・・・・・逃げたか・・・・だが、何だこれは・・・。」
避難船の出口を目指し、外を眺めながら男は走っていた。
「君が地獄を作るのか・・・・」
その男の視線の向こうには白銀のドールがいた。
地上にいたレイラはやっと異変に気付いた。
さっきまで目に見えていた味方のドールが見えない。
それだけではない。敵のドールの気配が増えている。
レイラは急いで自分の乗っていたドールの元に戻ろうとした。
すると、空から小型の避難船が降りてきた。
「・・・・パパ!!!?」
一人乗り用の避難船からにヘッセ総統を確認してレイラは走り出した。
「うわああああああ!!!」
コウヤは何かを振り払うようにドールの腕を振り回した。
コウヤ・ムラサメ・・・・・それが俺の名前。ディアに言われて知っていたが、初めて自分がコウヤ・ムラサメであると自覚した。
自覚した理由は、父親と母親が自分を庇った映像のフラッシュバックであった。
『やばい・・・・こいつも危険だ。』
さっきまで近くに寄ってきていたグレーの一般機たちは次々と離れていった。
「逃げるのか・・・・・」
コウヤはその影を追った。
「父さんは・・・・母さんは・・・・・逃げる暇もなかったんだ。」
コウヤは両手を持ち上げ、掌を逃げていく一般機に向けた。少しの溜めの時間もなく掌からレーザー砲が放たれた。
逃げていた一般機たちは瞬く間に灰になった。
「そうだ。俺は・・・・」
初めて思うように使える力を有難いと思った。この力さえあれば自分はできる。何をできるのかは分からないが、目の前に広がる灰はコウヤに十分すぎる自信を与えた。
人に鋭い視線を向けられたような気配を感じた。コウヤは感じるがままに飛びあがった。
コウヤのいた場所にレーザー砲が撃ち込まれた。
「なんだ・・・・・お前は」
残骸になったドールを踏みつけコウヤは背後に立つ新たなドールを睨みつけた。
そのドールは紫色に光っていた。
「なんだ・・・・・お前もこの国の味方か?」
コウヤは両手を前に出し紫のドールに向けた。
紫のドールは手に持った銃をコウヤに向けた。
武器を余裕をもって向けられたような気がしてコウヤは苛立った。苛立ちを感じると同時に両手から再びレーザーを放った。紫のドールはその瞬間横に素早く動き銃を放った。
銃からはコウヤが放ったようなレーザーが放たれた。コウヤは両手を素早くひき飛んだ。
「直接ぶっ潰す。」
コウヤの呟きに呼応するように、紫のドールも続いて飛び立った。
2体のドールは空中でぶつかった。
凄まじい轟音をあげまた腕をぶつからせた。1体が腕を振るうとそばの瓦礫が吹き飛んだ。
「邪魔するのか・・・・」
コウヤは何も判別がつかなくなっていた。
地上に着陸した小型の避難船からヘッセ総統が出て来て、レイラは彼に駆け寄った。
「大丈夫?早く綺麗な空気のところに・・・・・」
レイラがそう言った途端、目の前に一人の男が降り立った。
レイラは目を疑った。
その男は避難船から高いビルを辿りながら降りてきたのだから。
男は細身の長身でドール専用のスーツを着ていた。
「・・・・あんた・・・・何者?」
レイラは腰に付けた銃に手をかけた。
「・・・・・どけ。私はそこの男に用がある。」
男はレイラに銃を向けた。
横の男とは自分の父親であることをすぐにわかったレイラは
「・・・・あんたなんかにパパは渡さない。」
狙いを定め引き金を引いた。
男は体を横に軽くずらした。レイラの撃った弾は空を切りどこかに飛んで行った。
「こ・・・・この男・・・・」
レイラは仕方なく銃を撃ちながら走り寄った。
「冷静でないのなら、お前は取るに足らない。」
男はレイラをあざ笑うと、銃を持ちながらも撃つ気配無く凄まじい脚力で地面を蹴り、放たれる弾から逃れた。
「どけろ。」
威圧するようにレイラに叫んだ。
声の圧にレイラは一瞬たじろいだ。この軍人の声には彼女には理解できないほどの感情が込められていた。そして、何よりも冷静でないとはいえ、自分が彼に負けつつあることに驚いていた。
「ありえない・・・・」
そう呟いたのはレイラではなくレイラに守られていたロバート・ヘッセであった。
「そんなはずない・・・・鍵であるレイラが・・・・敵わないなどは・・・・」
そう何か計算を間違えたようにヘッセ総統は頭を抱えた。
「・・・・・なるほど。鍵はドール能力だけでなく身体能力も高いのか・・・・」
それを聞いた軍人は笑っているようであった。
レイラは父親が何を言っているのかわからなかった。
「・・・・パパ・・・・?」
「・・・・・レイラは最強になりうるのだ。そうでなければ・・・・私は何のために娘を・・・」
「え・・・?」
レイラがヘッセ総統が呟いているものに目を向けている隙に、細身の男は彼女の背後にまわり顎に一撃いれた。
「がっ」
レイラは目を細く開けたまま倒れた。
「・・・・・ロバート・ヘッセ。私の名前はレスリー・ディ・ロッド。覚えていないか?」
その場に倒れ込んだレイラを避けて歩き細身の男・・・・ロッド中佐はヘッセ総統に近寄っていた。
「・・・・・レスリーだと?一体いつ・・・・」
「お前と最初に会ったのはもっと昔だが、最後に会ったのはお前の大好きな「希望」ではない。・・・・「天」だ。」
ロッド中佐が言い終える前からヘッセ総統は震え始めていた。
「・・・・・まさか。・・・・では、お前は・・・・・」
何かに気づいたようにヘッセ総統は怯えた。
「そう・・・・わかっていただければもういいです。」
ロッド中佐は口元に笑みを浮かべた。
「は・・・はははは!!これは、娘を殺める私に対する罰か。これはまるで・・・・鏡だな。」
ヘッセ総統は狂ったように笑い出し、手に持っていた通信用の端末を地面に叩きつけた。
レイラは薄れていく意識の中必死に耐えた。
どんな時でも思い浮かぶのはたった一人であった
『起きて・・・・レイラ・・・・』
自分の最愛の人にそう起こされた気がした。
記憶の中でまだ幼いままの彼は少女のように綺麗な顔で自分を見つめていた。
レイラに差し出した手は汚いものを知らない無垢な子供の手であった。
レイラはその手にすがるように意識を強く持った。
その瞬間目の前から彼は消え、クリアな視界になった。
彼女の視界には赤い雫が飛び散った。
やけにスローモーションであった。
ロッド中佐が片手に煙をまとわせた銃を持っていた。そして、スローモーションで倒れるのは・・・・
「・・・・・い・・・いやああああああああああ」
レイラの声が響いた。
「もう目が覚めたのか・・・・」
そう言うとロッド中佐は銃を下した。
レイラは倒れた男に駆け寄り、彼を起こし必死に呼びかけた。
「パパ・・・・パパ・・・・」
レイラの呼びかけもむなしく、ヘッセ総統は目を開けなかった。
ヘッセ総統が目を開けないのを確認すると、ロッド中佐はその場から歩き去ろうとしていた。
「待て・・・・!!!」
レイラは銃を向けた。
「私に向けるか・・・・」
彼は不敵に笑った。
「よくも・・・・パパを・・・・」
レイラは悲しみと憎しみに歪んだ表情で男を睨みつけた。
「あの時、ドール戦で私に負けた時点で悟ったはずだ・・・・今は、お前は私に敵わない。これは事実だ。私とお前では過ごしてきた年月と抱えているものが違いすぎる。」
彼のその言葉でレイラは腕を震わせた
「あんたが・・・・黒ドールの・・・・・」
震えた手ではもちろん引き金は引けなかった。
「哀れだな。・・・・レイラ・ヘッセ。」
彼はレイラを嘲り笑うと、また進んだ。
「・・・・あんたを殺してやる・・・・絶対に・・・・あんたを・・・・」
レイラは震える手で銃の引き金を引いた。
ドンドンドンドンドンドン
身体の力よりも感情が勝ったように手は震え、狙いは定まらなかった。
叫びながら、弾切れになるまで銃を撃った。だが、その先にはもう誰もいなかった。
レイラは地面を叩いた。自分にはもう何も無い。
「なんで・・・・・私ばっかりなの・・・・・」
レイラはヘッセ総統の遺体にすがりつき泣いた。
そのレイラの頭上では、主が戻った黒いドールが飛び立っていた。
紫のドールとコウヤの操る白銀のドールは互角であった。
「・・・・くそ・・・・お前は・・・・」
コウヤはどうやら体力が限界なのか地面に下りた。紫のドールはそれを確認すると片手に握った銃を向けた。
『さよなら。』
聞こえなかったが、コウヤは確かに紫のドールに別れを呟かれた気がした。
その言葉を認識したと同時に紫のドールは引き金を引いた。銃から放たれたレーザーは、コウヤの乗る白銀のドールに向かった。
当たる瞬間、衝撃でなのか、砂煙が舞い立ちあたりを包んだ。
砂煙が晴れるのを待つように紫のドールは銃をゆっくりと下ろした。そして、コウヤの乗っていた白銀のドールの残骸を確認するように視線を下した。
その場所を確認したときに紫のドールは動きを止めた。そして再び銃を持ち上げ、警戒を露わにした。
なぜなら、そこには白銀のドールはおろか、残骸すらなかった。
紫のドールは何かを感づいたように上を向いた。視線の先には黒いドールに抱えられた白銀のドールがいた。
「・・・・あなたは・・・・」
コウヤは急に引き上げられて、予想外の浮遊感と疲労で顔色を悪くしていた。
『悪いな・・・・こいつはまだ私たちに必要でな・・・・』
黒ドールは片手に白銀のドールを抱えているにも関わらず紫のドールに向って行った。
「だめだ。中佐。俺を抱えた状態だと・・・・」
コウヤは黒いドールの動きを止めようと叫んだ。
『・・・・君は何のためにここに来たんだ?』
ロッド中佐は動きを止めることなく、冷たくコウヤに訊いた。
コウヤはその言葉で我に返った。
「・・・・・そうだ。俺は・・・・・」
紫のドールは再び銃を構えた。黒いドールの動きを、余裕をもって見ている。狙いを定めている時間がわかる。確実に仕留めに来ている。
「中佐!!俺を下ろし・・・・」
コウヤが叫ぶと同時に紫のドールは引き金を引いた。そして、それと同時にロッド中佐はドールを急加速させた。そして、片手を空に向け、レーザー砲を放ち、反動で一瞬着地し、コウヤの乗る白銀のドールを下ろした。紫のドールが放ったレーザーは空を切り、どこか遠くにあたり、何かを破壊した音が響いた。
紫のドールは予想外の事態だったのだろうか、身を退かせた。
それを狙ったように動き続けていたロッド中佐は再びドールを加速させた。今度は避ける動作は考えていなかった。
紫のドールは追ってくる黒いドールに恐怖心を覚えたように振り払おうとした。腕を振れば、また風を切る音が轟音として響いた。
だが、どんなに威力のある攻撃でも黒いドールには当たらなかった。逆に片手を掴まれた。
紫のドールは必死に振り払おうとした。ロッド中佐はそんな恐怖心すら利用し、いや、彼は人の感情を利用して戦っているのだ。
《この人は、恐怖に敏感なんだ。》
コウヤは圧倒的な力を感じさせる彼を見て、ふと思った。
そして、コウヤが考えている間に、紫のドールがもがく力を、腕を引きちぎることに利用した。
自滅するように片手をもがれた紫のドールはその場に座り込んだ。よほどの痛みなのだろう。もだえる様子がわかる。
ロッド中佐は紫のドールに止めを刺すことなくコウヤの方に向かって来た。
『・・・・帰るぞ。コウヤ君。』
通信の向こうの彼はどこか幻滅したようであった。
「・・・・・はい。ロッド中佐。」
コウヤは自分のやったことを改めて思い出した。
せっかく得た機かいを自らの手でぶち壊した。ただ、それだけしか思わなかった。
『・・・・・君なら止めるかと思ったのだがな・・・・』
そう言う中佐は寂しげであった。
コウヤはロッド中佐が何をしたのか知らないが、ただわけもわからず自分の行いを悔やむだけであった。その後悔する行いが何かは、コウヤは考えていなかった。
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