あやとり

近江由

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六本の糸~地球編~

12.おも惑

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「痛い・・・痛いよ・・・・助けてコウ・・・コウ・・・・どこにいるの・・・・」

 少女の泣き声が廃墟となったドームで響いた。



 損傷した紫のドール。



 中にいるのはまだ若い少女に近い女であった。



 泣き声の主は彼女であった。



 片手のもがれたドールに張り付きただ泣いていた。

「・・・・痛いよ・・・・コウ・・・・」



 彼女は廃墟の汚れた空気を気にせず泣き続けた。











 軍本部では、珍しくロッド中佐以外の発案で会議が行われていた。



「どういうつもりだ・・・・そんな指示出していないぞ。」

 会議室でたくさんの怒声が響いた。



「・・・・・私はただ、外を見まわっていたら偶然敵軍と遭遇してしまっただけです。・・・・第一あのドームは地連のモノでしょう。」

 的となっているロッド中佐は何も感じていないようにしらを切った。



 どうやらこの会議は彼をつるし上げる目的があるようだ。



「・・・・そ・・・そうだが・・・・だが何であそこに敵軍がいるとわかった・・・」

 一人の身分の高そうな軍人が焦るように訊いた。



 その問いにロッド中佐は薄笑いを浮かべた。



「な・・・なにがおかしい!?」

 身分の高そうな軍人はロッド中佐の態度に怒りを露わにした。



「私が何も知らずにこのドームの守りをしていたとでも?」

 ロッド中佐のその言葉に身分の高そうな軍人は怯えの表情を浮かべた。



「・・・・・お前・・・・まさか・・・・最初からこれが目的で・・・・・」



「なんのことでしょうか?私は偶然察知した地連のドームにいた敵軍を叩いただけです。」

 そう言うとロッド中佐は立ち上がり会議室の中にいるほかの軍人を見下ろした。



「あなた方はあのドームに誰がいたのか知っていたのですか?」

 ロッド中佐のその問いに周りは静まり返った。



 その様子をみたロッド中佐は不敵な笑みを浮かべ

「そうですよね。ここにいるのは地連の名将の皆さん・・・・・まさか敵軍が自国のドームにいたことを見過ごしていたなど・・・・ありえませんよね。」

 何かを脅迫するようにロッド中佐は言った。



 サングラスで見えない瞳はここにいる軍人を見下しているだろう。

 彼のその言葉で周りの者はみな固まった。



「大丈夫ですよ。私はこの国の軍人です。ゼウス共和国を倒すための軍人ですよ。・・・・・脅威になる前にゼウス共和国とそれに協力するもの・・・・すべて消しますよ。」

 ロッド中佐は片手を差し出し、挨拶をするように優雅に礼をした。









「何のつもりですか!!あなたは」

 ハクトは目の前にいる上官に向かって怒鳴った。



「何のつもりとは・・・・どういうことだ?・・・・説明したとおりだ。」

 上官であるロッド中佐は本日二回目の怒声にびくともせず飄々と言った。



「・・・・ヘッセ総統を殺すなんて・・・・そんな直接的な手段・・・・・」

 ハクトは目の前にいる男を畏れるような目で見た。



「君は、聞かなかったのか?・・・・敵軍に遭遇し戦ったら偶然殺してしまったのだ。なにせ、向こうは変なドールを所有しているゼウス共和国だ。」

 表情を少しも変えずハクトに責められたロッド中佐は言った。



「・・・・あなたほどの使い手なら避けることができたはず。」

 ハクトは何かを悔やむように言った。



「・・・・・ああ、そうだ。ヘッセ総統の娘は確かゼウス共和国のトップパイロットだったな。」

 その言葉にハクトは固まった。



「・・・・・はい、でもなんでそんなことを・・・・・」

 手が震えていた。



「・・・・たいしたことないな、予想よりずっと弱かった。」

 平然というロッド中佐をハクトは固まったまま見つめた。



「あなたは、何を・・・・・」

 ハクトは震える手をきつく握った。その様子を見たロッド中佐は呆れたように首を傾けた。



「殺すわけないだろ・・・・・」

 口元には笑みが浮かんでいた。



 それを聞いたハクトは安心したような表情に戻った。



「知り合いの危機に、動けないのは苦しいな。」

 と冷やかすように言った。



 それを聞いたハクトは首を縦に振ったが



「知り合いですけど・・・・中佐が期待しているような関係ではないです。」

 と断言した。



「当然だろうな・・・・」

 ロッド中佐は口元をほころばせた。



 ハクトは一礼をしてその場から下がった。



 去り際に

「ロッド中佐・・・・レイラ・ヘッセはあなたの思っている以上に脅威になります。いずれ彼女に殺される日が来てもおかしくない。」

 ドアノブに手をかけ、扉を開いた。そして



「あと、友人の父親を殺されたことを喜べません。」

 と付け足すように言い去った。



 ハクトが出て行った扉を眺めながら、ロッド中佐は穏やかな笑みを口元に浮かべて



「その通りだよ・・・」と小さく呟いた。

 それに応えるように一つの人影が部屋の隅から出てきた。



「・・・・すまない。俺のために・・・・」

 そう言う少年は深く被った帽子の奥からかすかに微笑んだ。



 少年は作業着のズボンの裾を引きずりながらロッド中佐に近寄った。



「・・・・・いつか、あんたのことをわかってくれる人が現れる。」

 それを聞いたロッド中佐は首を振った。



「・・・・現れるわけない。自分から捨てたのだからな。」

 と表情を変えずに言った。だが、どこか寂しさと悲しさを声に滲ませていた。



 それを聞いた少年は哀しそうな顔をした。



「俺はわかる。」少年はかつて行儀が悪いと言われたように机に腰を掛けた。



 中佐は少年から視線を外し、別の遠くを見るように顎を上げた。



「もう止まることはできない・・・・そうでしょう?父上。」

 ロッド中佐の口調にはどこまでも自嘲が混じっていた。







 ヘッセ総統の訃報はすぐさまに広まり、ゼウス共和国だけでなくネイトラルにも届いた。



「・・・・なんだと・・・・ヘッセ総統が死んだだと・・・」

 ディアは報告に来たテイリー追い詰めて訊いた。



「は・・・はい。表上は事故ですが、噂では黒いドールがやったらしいです。」

 その言葉にディアは息を呑んだ。



「・・・・ゼウス共和国のエースを張っている兵士はいなかったのか?」



「いや・・・・どうやら最強の布陣で護っていたらしいですけど、敵わなかったらしいです。・・・・・恐ろしいですね。憎しみの権化は。」

 とどこか憐れむようにテイリーは怖がった。だが、その口調は何故か黒いドールに同情的だった。



「・・・・あの男・・・・・何者だ。」

 その男はかつて自分に接触してきた地連の若き中佐、レスリー・ディ・ロッドであった。



 あの帽子とサングラスの向こうには一体何があったのだろうか・・・・

 彼の見えない表情をディアは絶えず考え続けた。



「テイリー君。君はかつて彼が地獄を生き抜いたと言っているが、知っているのか?」

 ディアはロッド中佐に同情的な補佐に探るような目を向けた。



「ええ。彼は「希望」ではなく「天」襲撃の被害者です。」



「「天」?貴族の屋敷と軍施設が攻撃されたものか?」



「ええ。その襲撃で彼は父親を失い、自身も怪我をしています。」

 ディアはそれを聞いて眉間の皺を深くした。



「・・・・・父親か。」

 ディアは親友の顔を思い浮かべていた。







 第6ドームの訓練所に住むようになって一週間近くが経った。



 数日しか経っていないが、みんなと別れて長く感じる。



 与えられた部屋でシンタロウは体操をしていた。元々体を動かすのは好きだったから筋肉はそれなりにあった。身体能力はコウヤに敵わなかったが、一般的に言うとシンタロウは運動神経がいい方だ。



「・・・・やっぱり、難しいな。」

 まだ数日だが、ドールの適性と適合率は確認する。適合率は5%と一般的には高いらしいが、それでもドール操作は歩くのがやっとだった。



「比べるもんじゃないな。」

 ふと親友を思い出して苦笑いした。同じ訓練所に入る者達からみたらシンタロウも能力には十分に恵まれていた。何よりも他の者よりも目を惹かれた能力があった。



 適性テストを受けた後、教官らしき中年の男に呼ばれた。



「君は、本当にこのままこの訓練所に来るのか?」



「はい。早くドールパイロットになりたいです。」

 質問にシンタロウは即答した。教官は唸って首を傾げた。



「君の話は聞いている。ご両親を亡くして憎いのは分かるが・・・・もったいない。」

 彼が差し出しのは、シンタロウの頭脳を示したものだった。



「第1ドームでの情報も残っていた。軍に入るなら君は前線組でなく、司令官を目指すべきだと思う。頭がいいんだよ。ここにいるのは脳筋が多い。私もそうだが、あまりにももったいない。」



「自分は戦艦フィーネに乗っている人たちを見ました。」



「ニシハラ大尉か。彼も頭がいいが、それ以上にドール使いや艦長としての能力が高い。だが、君は確かに素質はある。それ以上に頭がいいんだ。これは財産だ。」



「自分の意志は変わりません。」

 シンタロウは首を振った。



「そうか。では、どんなに君の頭がいいと知ってても、私は君を他の奴らと変わらず接する。後で文句を言うなよ。」

 教官らしき男はシンタロウに鋭い目を向けた。



「わかっています。」





 前もって言われたが、教官たちの態度はやはり違った。他の訓練生は別にシンタロウが一般的に言う優秀な頭脳を持っているとは知らない。



「コウノは教官たちの弱みでも握っているのか?」



「バーカ。こいつの乗った避難船は戦艦のフィーネだぞ。あのニシハラ大尉が艦長なんだ。そりゃあ違う目を向けられるだろ。」

 訓練生たちの話から、ハクトがかなり知名度の高い軍人であると分かった。だが、それは最初から検討のつくことだ。コウヤはどう考えていたか知らないが、明らかに部下の態度が違った。キースが頼っている様子からもわかるはずだ。



「それはあるかもしれんが、コウノは射撃がダントツだろ。ドールはまあ素質があるとしても、お前ドールパイロットよりも工作員として育成しようとか考えられているんじゃないか?」



「はあ?」

 シンタロウは急に言われた謎の憶測に変な声を上げた。



「どうして工作員だ?俺が人をだませると思うか?」

 シンタロウは首を振って無理無理と言った。



「嘘をつくとかじゃないんだよ。臨機応変だろ。」



「ありえない。俺はドールパイロットになりたいんだ。」

 シンタロウは改めて否定しながらも褒められたことを悪く思わなかった。





 身体づくりから始まった訓練だが、シンタロウは変に思い始めていた。



 勿論食事が制限されたりするのは当然だった。



「・・・・サプリメントだと?」

 渡されて飲むように言われたのはサプリメントで体作りに必要だからと説明を受けた。



 だが、これは違う。シンタロウは分かった。



「飲むな。これは、麻薬だ。」

 隣の訓練生に教えると不思議な顔をされた。



「はあ?何言ってんだ?」

 大声で言われ、教官に睨まれた。



「コウノ!!何が言いたい?」

 大声で教官はシンタロウを呼んだ。だが、ここで引き下がるわけにはいかない。間違いないからだ。これはサプリメントではない。



「これは幻覚作用のある薬だ。間違いない。」

 シンタロウは断言した。教官たちはシンタロウを睨んだが、あまりにも確信を持っているシンタロウの様子を見て顔を見合わせた。



「何故そうわかる?」



「臭いだ。」



「・・・・はあ?お前は犬か?」



「なら教官たちが飲むか成分を分析してください。」

 シンタロウは教官たちを睨んだ。教官たちは自分たちの方が圧倒的に立場が上なのに、動揺した。



「待て。」



 教官たちとシンタロウのやり取りを制する声が響いた。



 その声を聞いて教官たちは姿勢を正した。



「・・・・君、名前なんていうの?」

 声の主は軍人ではなかった。白衣を着た、いかにも神経質そうな顔をした細長い黒髪の男だった。



 《・・・・研究者か。》

 シンタロウは男を見てそう判断した。



「シンタロウ・コウノだ。」



「シンタロウ・・・か。そうか、君が・・・・鼻もいいんだね。」

 男はシンタロウを見て笑った。



 あ、このままだと俺は犬のようだと思われる。と判断したシンタロウはため息をついた。



「嘘だ。友達の親が飲んでいた。その錠剤まんまだ。」



「・・・じゃあ」



「臭いは嘘だが、サプリメントが嘘っぱちというのは本当だった。」

 シンタロウの告白を聞いて教官たちは烈火のごとく怒った。



「貴様!!嘘を言っていたのか!!」

 だが、訓練生たちはサプリメントが嘘だった言うことの方が衝撃だったようでざわつき始めていた。



「止めな。彼は正しい。」

 研究者のような黒髪の男はシンタロウを見て笑った。



「脅しか・・・・君いいね。」

 笑いながらシンタロウに近寄った。シンタロウは引き下がるわけもなく彼がこれでもかというほど近付いても姿勢を変えなかった。



「僕はグスタフ・トロッタだ。」

 研究者の男は名乗るとシンタロウに手を差し出した。



「・・・これは、握った方がいいのですか?」

 シンタロウは差し出された手を見て探る様にグスタフを見た。



「ぜひともそうして欲しい。」

 グスタフはシンタロウに笑顔を向けた。



「僕は、頭のいい人間が大好きだ。」

 シンタロウはしぶしぶ手を握った。









 その日のドール訓練からおかしくなった。



 訓練を終えた同期たちは吐き気を訴え、錯乱する者もあらわれた。



 確かにドール操作が急に難しくなり、シュミレーションも残酷な状況が多くなった。



 毎日適合率と何やら脳波を測られた。それを記録する者も白衣だが、一番地位が高いのはグスタフのようだ。



 数日するとシンタロウも吐き気を覚え始めた。数値を記録されているが、気が付いたら知ろうとしなくなった。体調不良の方が勝ったのだ。





 体調不良になり始めてから数日して、とうとうその時がきた。



「あ・・・ああああああ!!」

 一人の訓練生が叫び始めた。辺りは騒然として教官は飛び上がった。



 だが、さすがは現役の軍人である教官だ。すぐに叫び続ける訓練生を囲み、取り押さえた。



 数値を記録している最中であったため、記録に来ていた白衣の者たちは縮み上がっていた。

 グスタフは落胆したように叫ぶものを見ていた。



 取り押さえられた訓練生は、シンタロウともそれなりに話していた。それはみんなそうだろう。悲しいや仲間意識というのは浮かばなかった。余裕が無かったのだ。



 訓練の内容はどんどん過密になってきて、体力に自信のあるものも心を削られ始めていた。



 そして、ある時から食事に何かが混ざり始めていた。



 日にちを経るごとに暴れる者が増え、訓練生の同期は減った。



「・・・コウヤ、アリア。」

 シンタロウは親友の名を呟き、自分に渇を入れた。それだけでどうにかできるものではなかったが、脱落していく同期を見ているだけでは自分もいつかそうなると思ったのだ。



 食事を吐くのは当たり前になり、体はいつも痛んでいた。





 その日はたぶん一番体調がよくなかったのだ。ドール訓練の内容もただ耐えることが課題になってきていた。神経接続が辛いのだ。そこから頭をかき乱されるような感覚がする。



 シンタロウの前に並ぶ同期が脳波を測られている。もう見慣れた風景に、無感動になってきた。



 風景の横で動き始めた物体がある。同期だろう。そしてそれしかない。さらに言うなら暴れそうだ。教官は気付いているか分からないが、腰に装備している銃が狙われている。



 過密なスケジュールの中でシンタロウが最も成長したと思っているのは射撃だった。



 元々センスがあったと言われたが、それは更に伸びた。



 《でも、あいつは銃が下手だぞ。》

 暴れようとしている同期を見てシンタロウはため息をついた。



 シンタロウの予想は当たり、暴れようとしていた同期は教官から銃を奪った。



 銃を持たれては下手に近寄れないうえに、発狂しているのだ。危険極まりない。



 流石のグスタフも焦っていた。元々何か焦っているように思えていたが、今回はさらに焦っているようだった。



「あああああああ」

 発狂して銃を持った同期は叫び、明らかに危険な人物になっていた。



 記録員が持っているバインダーが目に入った。そういえば、記録したものを紙媒体に移していくのはこだわりが強いなと思っていた。



 教官たちは暴れる同期を刺激しないように距離を取り、宥めようとしている。



 《これはちょうどいい。》

 教官たちの動きは、カモフラージュになると判断し、シンタロウは傍にいた記録員のバインダーを取り上げた。



「え・・・?」

 シンタロウも暴れたと思われたのか、記録員は絶望したような顔をした。そんなのお構いなしに手に持ったバインダーを暴れる同期に投げつけた。



「!!」

 硬いバインダーが当たり、少しよろめいた。だが、手に銃は持ったままだ。



 同期は大声を上げながらシンタロウに銃を向けようとした。だが、バインダーにくっついていた記録用紙が舞い、視界が悪くなっている。



 狙いをつけようとできないようで、同期は引き金を引くのを丁寧に待っていてくれた。



 訓練の成果と言えばそうだろう。銃口の向けられた高さよりも明らかに低い位置に頭を置いて同期の胸元に潜り込み、そのまま立ち上がりとともに顎を殴り上げた。



 バキャン



 という厭な音が響いた。



「・・・・教官・・・」

 気が付いたら無感動な声で教官に銃を渡していた。



「あ・・・ああ。」

 最初なら拍手喝采であっただろうが、今は訓練生は自分で精一杯の状況だ。シンタロウの普段なら武勇伝になる活躍も日常の光景に吸収された。もちろんシンタロウも武勇伝と思えない状況だった。教官と記録員は完全にシンタロウを見る目が変わっていた。さらに言うなら、グスタフの目の輝きが異常だった。



 グスタフは急いで記録員からシンタロウの適合率を奪い取り、食い入るように見た。







 その晩シンタロウはいつもよりも強い吐き気を覚え、晩御飯を全て吐いた。



 吐く度に、自分の中にあった憎しみが流れ出しているような気がして、その度に両親の顔を思い出した。



「・・・・父さん、母さん。」

 呟くとまた憎しみが蘇る。自分はやっていけると思った。



「シンタロウ君。」

 後ろからグスタフが声をかけた。やけに馴れ馴れしい声色だった。



「・・・・なにか?」

 最初は教官でないからタメ口だったが、気が付いたら敬語になっていた。この訓練を取り仕切っていると判断したから変えたが、少しわざとらしかったかもしれない。



「僕の部屋に今から来るんだ。」

 グスタフは期待するようにシンタロウを見ていた。





 データで残す時代だが、グスタフの部屋は書類が溢れていた。



「紙にはこだわりが?」



「え?」



「記録も紙です。機械のデータをそのまま持っていけばいいのに不自然だと思っていました。」

 シンタロウの質問にグスタフは目を輝かせて笑った。



「・・・・勝ちたい奴がいる。そいつの秘訣が紙でデータをまとめることなんだ。」

 グスタフは書類を取り出し、シンタロウに見せびらかすように言った。



「まあ、かけて。」

 グスタフは部屋の椅子に座るように勧めた。



 正直吐いたばかりなので、立っているのも辛かった。有難く座らせてもらった。



「自分を呼んだ用件はなんです?」



「君だけなんだ。成功したのが。」

 グスタフはシンタロウに縋るように見ていた。



「成功・・・?」

 シンタロウはグスタフの言っていることが分からないわけではないが、分からないふりをした。



「君の適合率は格段に上がっているんだ。当初も一般よりはまあまあ高かったけど、ここ一月ちょっとで、30%だ。脳波も君が一番鍵に近い。」



「鍵?」

 シンタロウの言葉にグスタフはしまったという顔をした。



「いや、とにかく、君が僕の最高傑作ということだ。」



 《はあ?ふざけんな。お前頭大丈夫か?》

 と内心言いながらシンタロウはグスタフの様子を見た。



 間違いなく人体実験だ。毎日精一杯だったため深くは考えていなかったが、彼の発言を聞いて確信した。



「・・・・途中で脱落した奴らは死にましたか?」

 シンタロウの言葉にグスタフは驚いた表情をした。



「なんで知っているんだ?」

 シンタロウはハッタリだったが、なぜか確信があった。



「ハッタリです。ですけど、そうだろうなとは思っていました。」

 嘘はつかずそのまま言った。



「今日の対応は君の視野の広さと冷静さが備わっていると分かった。そして、君は根性がある。僕や教官相手にテキトーを言えるんだから。」

 グスタフはシンタロウに好意的な目を向けていた。



 シンタロウは、自分はここの訓練所を生きて出れると確信した。



 ならば、ここで吐き出してもらった方がいいだろう。



「もう俺の食事には薬は混ぜないでいただきたい。合わなくて戻してしまう。」

 自分の発する言葉にいちいち嬉しそうに頷く、この研究者を利用できないかとシンタロウは考え始めていた。









 白銀のドールから降りるとコウヤはまた倒れてしまった。



 そのせいで再び検査され安静を言い渡されることになった。戦い終わった後の頭痛はそれはひどかった。なので長い安静期間はありがたかった。



 やっとベッド生活から抜けられると同時にコウヤは決心した。



「君は、本当に軍に志願するのか?」

 キースは悲しそうな顔をしていた。



「・・・・・はい。」



「理由を訊こうか?・・・・・君は戦場を離れたがっていたからな・・・・」

 キースは椅子に座り、向かい合う椅子をコウヤに進めた。



 コウヤも椅子に腰を掛けて、お互い間に挟まる机に肘を置いた。



「俺・・・・・記憶がないのは知っていますよね。でも、最近ドールに乗ってから、小さいころの思い出が蘇ってきているのも知っていますよね。」

 それを聞いたキースは興味ありげに身を前に乗り出した。



「なんだと?また何かが蘇ったのか・・・?」

 彼は強い口調で聞いた。



「はい。・・・・・ニシハラ大尉には言わないでください。」

 その言葉を聞いたキースは口をポカンとあけた。



「・・・・あ・・・ああ」

 だが、すぐ我に返り返事をした。



「俺、昔の記憶の中でハクトという少年と親友でした。他にも何人かいましたけど、彼しか思い出していないんです。・・・・・そして、「希望」というドームに住んでいました。」

 キースは何も言わなかった。



「・・・・そして、本名は・・・・コウヤ・ムラサメ・・・・」

 キースはそれを聞くと立ち上がった。



「なぜ・・・・なぜそれを早く・・・・早く言わなかった!!!」

 手を震わせていた。



「どうしたんですか?」



「君はこの戦争の大きな関係者だ・・・・・」



「え?」



「この戦争はドールを動かしているのプログラムが絡んだものだ。そして・・・・いや、よそう・・・」

 そう自分に言い聞かせるように言うとキースは椅子に座った。



「取り乱して悪い・・・・そして、なぜそれが軍に志願する理由なんだ?」

 一息をつき落ち着きを取り戻したキースはもとの調子で改めて訊いてきた。



「この前記憶が一つ蘇ったんです・・・・」

 コウヤは再びある光景を思い出した。



「両親が俺を庇って、ゼウス共和国の兵隊に殺されるところです。」

 コウヤは断言した。



「・・・・そんなことが・・・・・」



「わからないです。でも、あの軍が憎いんです。記憶があいまいのくせに感情だけは明確なんです。悲しいんです。母の顔、父の最後の言葉・・・・二人の姿が蘇っただけなのに、かつて経験したことと違和感なく思えるんです。」



「・・・・・君は、復讐したいのか?」

 キースは普段見せない真面目な表情だった。



「わかりません・・・・・ただ、苦しいです。このまま何もせずに父が死んだ理由を、母を殺した奴等との戦争を眺めるのは・・・・」

 コウヤは口元を歪めた。



「君なら即戦力だ。」

 キースは即答した。



「キースさん・・・・」



「君は軍人だ。私はハンプス少佐だ。コウヤ君」

 キースは厳しい顔で言った。



「はい。ハンプス少佐。」

 コウヤは慣れないように敬礼をした。



「これからよろしく頼むな。」

 キースは今までと違った表情でコウヤを見た。



「はい・・・・ハンプス少佐。」

 その表情を読み取ったコウヤは寂しくなった。だが、コウヤの目にも決意が現れた。









「ハンプス少佐と話したと聞いたが・・・・・どうした?体は大丈夫なのか?」

 廊下ですれ違ったハクトが訊いてきた。



「ええ。まあ。」

 コウヤはどこか堅苦しく言った。



「・・・・どうした?コウヤ君?」

 それを感じたのかハクトは不思議そうな表情を浮かべコウヤを見た。



「失礼、ニシハラ大尉。ハンプス少佐には、軍を志願する旨を伝えました。」

 そう言って敬礼をするコウヤを見てハクトは目を見開いた。



「お前・・・・軍に志願したのか・・・・・」



「はい、その通りですニシハラ大尉。」

 質問に答えたコウヤはハクトを力強く見ていた。



「・・・・・お前はこのドームに来るまで敵軍が目の前で死んだことに心を痛めていただろう・・・・何か見つけたのか?」

 ハクトは何かを期待するような目でコウヤを見た。



「見つけた・・・と言うわけではないです。」



「・・・・・戦争を終わらせたいとか、平和を作りたいとかか・・・・」

 ハクトが柔らかい表情で言うと



「違います。・・・・・・純粋にゼウス軍が憎いです。」

 コウヤはすべてをひっくり返すように言った。



 それを聞いたハクトは



「憎い・・・・・だと?何があった?」

 コウヤに詰め寄った。



「理由は別に関係ありませんよ。いいじゃないですか。大尉もゼウス軍を倒すために軍にいるのですよね。・・・・なら目的は同じですよ。」

 ハクトの腕を払うようにコウヤは言った。



「第1ドームが壊されたのは確かにひどいが・・・・お前は戦艦に乗った時、そんなこと・・・・」



「大尉・・・・俺もシンタロウと同じです。今なら、俺を羨ましがったシンタロウの気持ち・・・・・よくわかります。」

 コウヤはそういうとその場を立ち去った。



 立ち去ったコウヤの後ろ姿をハクトが何かを壊されたような表情で見ていた。



「そんな・・・・こんなはずでは・・・・・」

 ハクトはかぶっていた軍帽を握りしめた。



 何もできない自分が歯がゆかった。ハクトにはどうしても動けないわけがある。



「・・・・これがあなたの目的なのか?」

 ハクトは毒と表現した人間を思い浮かべた。









 アリアは初めて切る軍服に堅苦しさを感じていた。



「・・・・でも、制服だし・・・・・結構似合うかも」

 と鏡に向かってキメポーズをした。



「何している?」

 後ろから声が聞えた。



 アリアは勢いよく振り向いた。

「きゃあああああああ!!!」

 顔を真っ赤にしアリアは叫んだ。



「ちょっと!!!なんで俺に向かって叫ぶんだ!!」

 後ろに立っていたコウヤは耳を塞いだ。



「ご・・・ごめん。コウヤはどうしたの?」

 アリアは顔を赤くしたままコウヤの方を見た。



「アリアは何で軍服を着ているんだ?」



「え?・・・・私軍に志願したの。・・・だから・・・」



「そうか・・・・・俺も志願したんだ。」

 コウヤはなぜか安心したような表情になった。



「・・・・・なんでコウヤは安心しているの?」

 アリアは気になったのか訊いてきた。



「・・・・わからない・・・けど、いつも一緒だったからアリアがいてくれるのがうれしいんだと思う。」

 コウヤはアリアに安らぎを感じていた。



 アリアはその言葉を聞き表情を輝かせた。



「・・・・・コウヤ。私も・・・・・」

 そっとコウヤの服の裾を掴んだ。コウヤはその手を握った。



「ありがとうアリア・・・・」

 コウヤはどこか照れて嬉しそうに笑った。だが、どこかその表情は歪んでいた。



 アリアはそんなことに気づかずに差し出されたコウヤの手を掴み、彼に寄り添った。







 そんな二人の光景を見ていた一人の少年がいた。



 彼は深く被った帽子から二つの鋭い眼光を放っていた。



「現実から逃げても、無駄だ。コウヤ・ムラサメ。お前が逃げることなど・・・・・絶対に許されない。」

 少年は薄汚れた作業着のズボンの裾を引きずらせその場を立ち去った。
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【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

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