あやとり

近江由

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六本の糸~地球編~

13.迷走する憎悪

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 地球に滞在するゼウス共和国の戦艦により回収されたレイラは当初呆然として過ごしていた。



 心のよりどころのヘッセ総統を亡くしたからだ。



 ヘッセ総統を失ったと同時に同じドームにいて避難船に乗ったはずの要人たちも亡くなった。どうやら避難船に攻撃があったようだが、数少ない生き残りのレイラは周りを見ている余裕もなかったため、地連の攻撃とゼウス共和国側は決め、更に敵対心を強くした。



 大きなけがはないが、犠牲の数が数であったため、レイラは厳重な聴取を受け、更には厳重な治療を受けていた。



「・・・・殺してやる・・・・あの男・・・・」

 大けがを負ったわけではないが、何もできずに負けたこと。そして、2度に渡って見逃され生き残ったことに腹が立った。何よりも大切な人間を殺されたことだ。



 動かないでいるのはもう限界だった。縛り付けられるように強いられた入院も、彼女の憎しみを煽る時間としては十分すぎた。



「ヘッセ少尉!!動かないでください。」

 周りにいた世話係のような兵士が、起き上がり歩き出したレイラを止めにかかった。



「どけ!!!父上が殺されたんだ!!あの男、殺してやる。」

 大切なものを殺され、プライドをズタズタにされたレイラは、止めにかかる兵士たちをぶっ飛ばして、自分のドールの元に向かった。



 自分に新たに与えられた赤と黒のゼウスドール。だが、それを奮うわけでなく負けたのだ。



「ドール戦で今度こそ・・・・」

 コックピットに向かおうとしたとき、昇降機の前を阻むように一人の白衣の女性がいた。



 レイラの行く道を塞いでいる。



 レイラは苛立ちを露わにした表情で彼女のそばに寄った。



「・・・・どけろ。」

 言葉短く脅迫するような睨みを利かせて言った。



「あら、あなたがレイラちゃんね」

 女はそんなレイラの態度に驚くこともなく初めて気づいたように話しかけてきた。



「・・・・わかったらどけ・・・・」

 レイラは女を無理やり退かせた。



「ちょっと・・・・あんた力強すぎでしょ!!」

 女はレイラの片手の力だけで退かせられた。



「なんだ?まだ何か用なのか?」

 レイラはいかにも不機嫌そうに女を睨んだ。



「そんな怖い顔しないで!!私、昔ね「希望」のムラサメ博士のもとで働いていたことあったの・・・・覚えている?」

 女は子供に訊くように言った。



「雑魚のことなんか覚えていない。とっとと失せろ。」

 レイラは腹が立ったのか罵詈雑言を浴びせた。



「クロス・バトリー君とか・・・・コウヤ・ムラサメ君とか・・・私、お友達覚えているのよ。」

 女は不敵に笑った。二人の名前を出した途端にレイラは表情を変えた。



「なんで、その名を・・・・」



「言ったでしょ?・・・・「希望」で働いたことがあるって・・・」

 女はレイラに手招きをし近くの個室に入った。レイラは警戒しながらも女の後を追った。



 部屋には危険なものはなく女はレイラの態度を気にすることなく椅子に腰かけた。



 レイラはその場で腕を組み女を見下ろした。



「あら?・・・別にそんな警戒しなくていいわよ。私、あなたに協力したいだけだもの。」

 と女はどこからか煙草を取り出し吸い始めた。



「・・・・やめろ。吸うなら潰すぞ。」

 レイラは煙草を嫌っているようだった。それを聞いた女は



「あら、ごめんなさい。あなたも嫌いだったわね。クロス君が嫌っていたのは覚えていたけど」

 と明らかにわざとその名前を出した。



「話は早くしろ。長いと馬鹿らしくなって聞く気が起きない。」

 レイラは苛立ちながら言った。



「はいはい、あなたに新しいドールをあげる。」

 女は煙草をふかしながら言った。



「新しいドール・・・・?」



「そう、ムラサメ博士とカワカミ博士がドールプログラムの開発者なのは知っているでしょ?」



「だからなんだ?」



「私もドールプログラムの研究をかじっていたから、新たな機能が付いたドール作れるのよ。といっても、作ったのは部下だけどね。」

 と微笑んだ。



「だが、何で私に?」



「あなたが特殊だからよ。あなたは何かしらの理由でドールプログラムに適した体になったの。・・・・理由は私も知らないわ。でも、ドールの適合率を見ればわかるわ。訓練で上げたわけではない天然ちゃんよ。訓練で適合率を上げることが可能なのはわかっているし、地獄の様な経験が引き金になっても上がることもある。それを踏まえて、このドールは黒いドールを倒すには欠かせないわ。」

 女はレイラの耳元にささやいた。



「黒いドール・・・・・」

 レイラは息を呑んだ。



「そうよ。あの黒いドールのパイロット、レスリー・ディ・ロッドは調べたけど、偶然元の適合率が高くて、地獄の様な経験で適合率と能力が高くなっているだけの奴よ。あの男には使えないドールよ。」

 その言葉にレイラは食いついた。



「適合率が高いだけでない・・・・特殊な条件って何かあるのか?」



「それはね・・・「希望」にいたことがあるかどうかよ。」



「「希望」に?でもゼウス軍にもいたけれど弱い奴も多かった。」



「一つの条件よ。全員ではないわ。・・・・もっともまだ私にもわかっていないのよ。」



「・・・・その特殊さとムラサメ博士やカワカミ博士の身近にいたことは関係があるのか。」



「へえ。鋭いのね。・・・その通りよ。あのレスリー・ディ・ロッドは「希望」滞在歴もないし、本人とムラサメ博士とは何の接点もなかったのよ。ただ、彼の過去はとてつもないわ。元の能力にも恵まれたようだし、まして若いうちから死線で戦い地獄を経験しているわ。彼のは偶然と経験の産物よ。」



「・・・・そのドールを今すぐ私によこせ。」

 レイラは鬼気迫るように言った。



「・・・・いいけど、すぐには使いこなせないわ。・・・・これは、あなたにぴったりのプログラムかはわからないから。」

 白衣の女は首を傾げて笑った。



「プログラム?」



「ええ。ドールプログラムの中にも幾つかの小さなプログラムがあるのよ。それがドールの動きを助けてくれる。あなたはそのどれかのプログラムを扱える存在なのよ。」

 女は楽しそうに笑い、レイラを見た。



「力なら何でもいい。・・・・私はもう失うものも・・・・ない。」

 暗い声でレイラは言った。



「何も・・・・ね。」

 女は呆れたようにため息をついていた。









 グスタフに気に入られたことにより、シンタロウの訓練生活は一変した。



 まず食事に混ぜ物が無くなったのから始まり、教官の態度も変わった。



 人体改造もどきの名残と訓練から教官よりもシンタロウの方が腕が立つようになったからだ。だが、それは生き残った他の訓練生たちも同じであり、教官はもはや銃を手放せなくなっていた。



「シンタロウはいくつなんだ?」



「18歳です。」



「18か・・・・ドールパイロットでなく今から研究者を目指さないか?」



「いえ、自分はドールパイロットになりたくてここに来たので。」

 最初に教官に言われたようなことを最近はグスタフに言われるようになった。



 そして、彼は最近、ことあるごとにシンタロウを呼び、雑用をやらせたりもする。



 他の者には決して触らせないのに書類の片づけを命じたり、意味もなく食事を共に摂るようにされたりと様々だ。



 正直呼び出しは有難かった。他の訓練生たちと過ごすよりも彼と過ごした方が気が楽なのだ。生き残っている訓練生たちは、能力は間違いなくシンタロウと同様に高くなっているが、皆死んだような目をして、意思のないただ生きているだけの状況なのだ。それでもたまには発狂する者が現れる。



「よく映画とかでは訓練を共にした仲間は強い絆で結ばれるとあるが、君たちはそうならないのか?」



「そうならないようにシュミュレーションや神経接続での介入と薬で操作しているんですよね。この前片づけさせた書類に書いてありました。」

 グスタフはシンタロウにわざと書類を読ませたり、訓練内容をわからせようとしたりする。シンタロウは有難くすべての情報を享受している。そして、シンタロウが察するたびに彼は嬉しそうな顔をするのだ。



「そうだ。君は、薬は無くなったと言っても他の訓練は受けているのだろ?どうだ?」



「別に、薬の存在を知った段階で意志を奪う真似をされると思っていたので、それなりに構えていました。」

 事実だ。シンタロウはなるべく彼には嘘は言わないようにしている。だが、本音も言わないようにしている。事実は言うが、本音は言わないのが彼との最良の付き合い方だと判断していた。



「構えておけば対処できるのか?」

 シンタロウの話した内容に興味を持ったようにグスタフは読んでいた書類から目を上げた。



「さあ?・・・いうなれば、的を作るのですよ。イメージですね。」



「的・・・?」



「はい。」



「なるほど。それを守るのか?自分の心を形としてイメージして守ることで意思を壊されないようにするのか?」



「いえ、逆です。何かあるたびにぶっ壊します。」



「はあ?」



「的は偽装です。守るための盾として思い浮かべるのです。俺はここにきて幾つぶっ壊したかわかりませんが、代わりに壊れてもらうんです。」

 シンタロウはグスタフを探る様に見た。



「・・・・実験と同じような考え方だ。」

 考え方が気に入ったのか、グスタフは考え込み始めた。



 言う言葉に目を輝かせることは多いが、本当に気に入るようなことだと彼は考え込むのだ。接していて気付いたことだった。



「では、自分は訓練の時間があるので・・・・」

 こうなったら彼は何も聞かないのも知っていた。シンタロウはさっさとグスタフの部屋から出て行った。





 部屋を出ると教官が立っていた。一瞬シンタロウを見て驚いたが、よく部屋に呼ばれるのは教官の間では有名だった。特に咎められることもなく、礼をして立ち去ろうとした。



「・・・・どんな手をつかった?」



「はい?」

 呼び止められたことに加え、予想外の問いにシンタロウは変な声を上げてしまった。



「研究員どのだ。どんな手を使って取り入った?」



「彼ですか?特には、自分が暴れたやつを抑えたからですかね?」



「何を言われている?」

 教官は探る様にシンタロウを見ていた。その様子から、教官たちは訓練の内容は知っても目的は知らないようだ。



「別に、いつも何を考えて訓練を受けているのか、仲間の状況や自分の成績の変化についての実感ですかね。・・・・まともに会話を出来るのが俺だけだからじゃないですか?」

 シンタロウの言葉に教官は口をつぐんだ。



「・・・・訓練場までやはり教官の目が届かない所にいるわけにはいかないと思います。」

 シンタロウは教官の様子を探る様に見た。教官は驚いた顔をしていたが、直ぐに頷いた。





 教官は何も知らないからシンタロウの知っていることを知りたがっているのだ。シンタロウはそう判断し、そしてそれは事実だった。



「何を知っていますか?」



「いや、見張りとドール操作や肉体訓練の様子を見るくらいだ。内容は今までやったものと同じだが・・・・成長が異常に早い上に脱落者が異様に多い。」

 思った通りであり、この訓練施設は最近おかしくなり始めているようだ。この教官はここに配属されて長いと話していたからこの推測は正しいだろうと判断した。



「薬物のことも知らなかったようですから、詳しい内容は聞いていないのですね。」

 シンタロウの言葉に教官は大きく頷いた。



「お前に言われるまでは俺たちも全く気付かなかった。・・・それがきっかけか?お前が気に入られたのは?」



「わかりません。おそらく、彼は俺がどんなふうに耐えているのか知りたいのでしょう。彼は何やら焦っているようでしたし。」



「焦って?」



「ええ。計画性があるかは分からないですが、スケジュールが過密になるのに比例して彼の表情も変わっています。数値を確認する回数も多くなっていますし、記録員を叱責するのも目立ち始めました。」

 シンタロウはグスタフが焦っていると思っていた。シンタロウの言う通り、過密になるにつれて彼が数値を見る回数が増えている。しかも何度も確認するようにだ。一度見ればいいだろうに。そして、記録員が遅いと叱責することが目につくようになった。今までではなかったことだ。彼は表情には出さなかったが、行動に出してしまう。器用ではないタイプの人間だ。



「・・・・お前、訓練生がそこまで見る余裕があるのか?」



「ないでしょうね。・・・・俺の場合は成功例といってもいいようで、周りがよく見えるようになりました。」

 教官は考え込むように黙ってシンタロウを見た。



「・・・コウノ。お前、サブドールでのサポートを主軸に訓練をしてみないか?」



「グスタフさんの許可なしで変更できるのですか?」



「これがひと段落したらだ。訓練生はもう半分以下だ。」

 教官は少し苦い表情をしていた。彼の様子から脱落者が死んでいることを知らないようなので、シンタロウは言わないでおこうと思った。



「お前も大変なときに来たな。昔はもっと活気があってよかったのだがな。」

 教官は憐れむようにシンタロウを見た。



「おかげで俺はもう軍人になるなと言われることは無いと思います。」

 とんでもない人体実験に巻き込まれているが、能力が上がっているのは事実だった。欲しい者が手に入りつつあるのだ。



「お前の原動力は、やっぱり復讐心か?」



「それ以外にないです。」

 シンタロウは断言した。



 父と母を殺したゼウス共和国を潰したいという思いは変わっていない。他の訓練生もそうであろう。どんなことがあったのか知らないが、残っている力は憎しみの惰性だ。









 戦艦フィーネの空気は重かった。



 新たな仲間にコウヤ・ハヤセ二等兵、アリア・スーン二等兵が加わったからか・・・・それとも・・・・



「いいのか?ハクト」



「いいんです。今回俺はドールに乗りません。」

 大破したドールとかろうじて直すことのできたドールとコウヤの新たなドールの2体しか乗せられなかった。



 フィーネのメンバーは前回と同じだった。

「・・・・しかし、あの男は一体何を考えているんだか。」

 キースは今回の任務の目的がわからなかった。



「・・・・とりあえず、第16ドームに行きドールの材料調達の手伝いですよ。」

 とハクトは言ったが彼もまた腑に落ちないような表情をしていた。



「・・・・・俺は、ロッド中佐がわからない。」

 その言葉を聞き



「・・・・俺もですよ。・・・・・あの人の驚異的な強さは尊敬しますよ。でも、あの人はしてはいけないことをした。」

 ハクトは友人であったレイラの身を案じた。ディアの言葉が本当なら、彼女の傍にクロスはいないと思われる。なら、彼女には父親しかいなかったのだろう。その父親をロッド中佐が奪った。



 考えただけで胸が苦しくなった。



「・・・・コウヤ君もおかしい、彼のことには常に気をつけよう。」

 キースはハクトに警告するように言った。



「・・・・わかっていますよ。」







「ねえ、コウヤは何で軍に志願したんだ?」



 堅苦しい表情を作り、艦内の空気を重くしていたコウヤの元にモーガンが寄ってきた。



「・・・・モーガン。別に・・・この戦争を終わらせたいって考えているだけだ。」

 コウヤはそう言い捨てるとその場を立ち去ろうとした。



「・・・・・コウヤ、おかしいよ。君はもっといい子だった。」

 モーガンはコウヤに問うように言った。



「別に・・・真実を知っただけだ。」



「・・・・真実?」

 モーガンは首をかしげた。



「そう。俺は、敵兵でも殺したくない。あの日、ロッド中佐を止めるつもりでドールに乗ったんだ。」

 コウヤはロッドにドールを渡されたことを思い出した。



「あの人も俺が止めに来ることを考えていたみたいだった。」

 コウヤの様子が変わったのをモーガンは感じた。周りの船員たちも息を呑んで二人の会話を聞いていた。



「俺は、あの時我を忘れた。」

 コウヤは自分が作った沢山の兵士の棺桶となったドールの残骸、爆発した感情を思い出した。



「俺は、あの時・・・・ザックだったダルトンとダンカンを殺したロッド中佐を責めた。でも、俺がしたことは、向かってくる敵をひたすら潰したことなんだ。」

 そう言うコウヤの表情は冷たかった。



「・・・・・潰すって・・・・まさか」

 モーガンは信じられないようなものを見るような目でコウヤを見た。



「そう。俺はたくさんの敵兵を殺した。それに、中佐が止めなければ俺は死んでいた。」

 コウヤの顔には前まであった平和的な雰囲気は消えていた。



「・・・・そうか・・・中佐が。」

 モーガンは機械を整備しに倉庫に戻った。そのコウヤの様子を見ながらアリアは不思議と悲しくならなかった。



 ソフィはそんな二人を見て、悲しそうだが、目が離せない様子で見ていた。



 第6ドームで仲間と言ったコウヤとはもはや別人であった。









「機影発見。戦闘機のようです。登録されていません。」

 新米のアリアが初々しい声でオペレーターとして話した。



 そこにハクトが流れ込むように走ってきた。



「・・・・極力ドールでの戦闘は避けろ。砲撃だけで退けろ。」

 艦長の顔でハクトは命令した。



「了解。」



 ハクトは目を凝らしレーダーに映った戦闘機の位置を確かめた。



 コウヤはハクトのそんな行動が目に付いた。



「・・・・・行かなきゃやられるんじゃ・・・・」

 と言いかけたところで



「北に16度砲撃。同時に東に40度に砲撃。」



 ハクトは目を開き力強く言った。その迫力にコウヤは気圧された。



 砲撃が放たれた振動が艦内に伝わった。



 慣れない振動に壁に手をかけ立ち再びレーダーに目を移したコウヤは驚いた。



 さっきまで映っていた戦闘機が減速している。



「・・・・遅くなっている・・・・?」

 すると1機が、また1機がレーダーから消えた。



「ハヤセ二等兵・・・・艦長の言った通り極力戦うのを避けるのよ。」

 ソフィは注意するように言った。コウヤはそんな声聞えていなかった。



 ハクトの人並み外れた砲撃の感性にただ口を開いたまま呆然としていた。



 キースから聞いていたが、実際にはどんな状況から命じているのか知らなかったからだ。



 確かに戦っている最中のサポートは評価できた。



 《すごい・・・・こんなことできるのか・・・・》



「・・・・この芸当は大尉しかできないぞ。ハヤセ二等兵。」

 考えていることを見抜いたのかキースがコウヤのそばで囁いた。



「・・・・ハンプス少佐」



「前にも言ったが、あいつはドール乗りとしても優秀だが、最前線での艦長としても優秀なんだ。」

 と言いキースはコウヤを引っ張りながら操舵室から出た。



「ちょっと・・・・ハンプス少佐・・・・痛いです。」

 腕を引っ張られながらコウヤは言った。



「ああ、悪い悪い・・・・・ちょっと言いたいことがあってな。」

 キースは手を離した。



「・・・・・はい。なんでしょうか?」

 腕をいたわるようにしてからコウヤはキースに向き合った。



「ハクトに突っ掛かるなよ。・・・・苛立つのはわかるが、お前に正直に接せない理由があるんだ。」

 キースはコウヤに諭す様に言った。



「・・・・・別にまだ突っ掛かってないです。なんでそんなことを?・・・・」



「別に・・・・お前が以前よりハクトに対して厳しい目を向けていることくらいすぐわかるさ。」

 キースはコウヤの頭を鷲掴みにした。



「痛いです!!ハンプス少佐・・・・」

 コウヤはキースの手を払った。



「気持ちを強く持てよ。・・・・・おそらくこれからお前には過酷なことが待っている。」

 キースは歯がゆそうな顔をした。



 コウヤにはその表情の意味が分からなかった。







「これが好物なのか?」

 グスタフはシンタロウが食べている漬物を見て首を傾げた。



「まあ。自分は小さいころからこれで育ったので。」

 よく母親が付けていた漬物を思い出した。家庭によって味が違うのよと言い、毎日糠を混ぜていた。



「漬物・・・・僕も小さいころから食べていた漬物みたいなものがある。」

 グスタフは別に自室なのだから気にしなくていいものを、周りを見渡して、そっと小瓶を取り出した。



「これは?」



「瓜のハーブ漬けだ。中々出回っていないものだ。」



「・・・嗅いだことない匂いですね。」

 シンタロウはそのハーブの匂いを嗅いで、昔読んだ図鑑に載っていた植物を思い出した。



「そうだろ。まあ、中々難しい環境だから出回らないのだろう。もったいないからあまり食べないのだが、匂いをかぐだけでも落ち着くんだ。」

 グスタフの言葉にシンタロウは頷いた。



「そうですね。・・・・自分を構成するものですから。」

 シンタロウの言葉にグスタフは無邪気に笑った。



「もう少しお前が歳いっていたら、酒が飲めるのに・・・」



「訓練生と、研究者が飲むもんじゃないです。」

 シンタロウはグスタフの提案を一蹴した。グスタフは悲しそうな顔をした。



 いつもは彼の表情を気にするが、それよりも気になるものがあったのだ。それは、彼が持ち出したハーブ漬けのハーブだ。これは、シンタロウの頭にある知識では、とある地域でしか作っていないものだ。



 酒・・・・その言葉にシンタロウはあることを思いついた。



 その場はそのまま過ごし、部屋を辞して、すぐに教官のところに向かった。





 教官室にシンタロウが来ると皆驚いた顔をしたが、分かったことがあると情報をちらつかせるとすぐに話を聞く体制を整えてくれた。



 以前詳しいことを聞いた教官が対応してくれたようで、彼と向き合う形で椅子に座った。その様子を興味深そうに見る他の教官たちが視界に入った。



「・・・悪いな。お前があまりにもトロッタ研究員に気に入られているから変な噂を立てている奴もいる。」



「いえ、面白みのない訓練生をずっと見ているとそうなりますよ。」

 教官たちの中には自分をそんな風に思っている者がいることはとっくに気付いていた。



「自分の名誉と、まあ、彼の名誉のためにも言いますけど。彼は男色ではないです。」



「それは分かっている。」

 教官は気まずそうに笑った。この男も噂に参加していたな。内心舌打ちしたが、目的があったため特に気にしないことにした。





「実は、研究員が脱落した者についてとんでもないことを零していたんです。」



「え?」



「その口を割らせたいのです。無関心でいたにしても脱落者は同期です。」

 シンタロウは無感情な表情ではなく、本当に困ったように眉を寄せた。無感情な訓練生ばかり相手している教官はただ事でないと思ったようだ。



「・・・とんでもないこととは?」

 思った通り食いついてきた。



「・・・なにやら、死んでいるようなことを言っていたんです。もしかしたら殺されているのかもしれない。」

 たぶん殺されたのだろう。これは心の中で言ったことだがこれが真実だろう。



 シンタロウの情報に教官は顔を青くした。



「なので・・・・酒が必要なんです。俺なら彼は酒を飲んでも気にしない可能性があります。」



「・・・だが、疑うだろ?」



「ええ。あなたが飲ませてください。」



「はあ?」

 教官は大声を上げた。その声に他の教官たちの視線は集中した。



「だから、あなたが聞き出そうとしているふりをして、俺が彼の部屋に来ます。」



「いや、それは」



「俺には気にしない可能性が高いです。さらに、救出した人物には口は軽くなると思います。」



「だが・・・・」

 シンタロウは目の前の教官を見据えるようにした。いつの間にか人を見る目が変わってしまった。内心思ったが、これは仕方のないことだと自分に言い聞かせた。



「・・・・死んだかもしれない仲間のためです。いえ、仲間になれなかった奴らのためです。」

 教官は悩むように俯いていた。









 白衣の女は椅子に座り、じっと動かない少女を見つめて困った顔をした。



「大丈夫?・・・・・ユイ」

 白衣の女性が一人の俯いた少女に訊いた。



「・・・・ここは?コウは?・・・・・コウはどこ?」

 少女は女性に掴みかかった。



「待って、あなたは特殊なんだから、手を離して。」

 とゆっくりと少女の手を外した。



「・・・・ここは?・・・・あたしコウを見つけた!!」

 と少女は立ち上がり嬉しそうに飛び上がったりした。



「見つけたって・・・・どこに?」

 女性は呆れて訊いた。



「すぐそこのドームに行く!!いいでしょ!!!だって約束だもんね!!」

 といい少女は駆け出し部屋の外に出た。



 その言葉を聞いた女性は呆然とした。



「・・・・コウ・・・ってあの子死んだんじゃ、だいたい、あの惨状で生きてる方がおかしいのよ。」

 彼女はポケットから煙草を取り出し火をつけた。



「・・・・・ユイを泳がすのも・・・・アリか」

 そう考えを呟きながら煙を吐き出した。









 コウヤは複雑であった。



 キースによって出端を挫かれたようなものであったからだ。



 コウヤはこの戦艦に乗ったらハクトに自分のことを問い詰めるつもりであった。



「・・・あの人・・・鋭すぎ」

 コウヤは自分に与えられたドールを眺めながらじっとしていた。



「コウヤ・・・・どうしたの?」

 入り口からアリアが入ってきた。



「・・・・・ああ、アリア・・・・」

 アリアが入ってきたのを見ると、他の部屋にいた人は何か申し訳なさそうに出て行った。



「・・・・来ちゃった。これがコウヤのドール?」

 アリアは目の前に立つ大きなドールを眺めて言った。



「・・・・・そう、ロッド中佐から使えって言われた。」



「すごい・・・・・綺麗なドールね。」

 アリアは白銀に光るドールをうっとりと眺めた。



「・・・・・アリア、俺、これで人をたくさん殺したんだ。」



「・・・・・知っている。さっきモーガンに話していたでしょ。」



「・・・・・モーガン、あいつ幻滅したのかな?俺をすごく悲しそうな目で見ていた。」



「でも、コウヤはコウヤよ・・・・・どうなっても私はコウヤだと思う。」

 アリアはそう言いコウヤの手を握った。



「・・・・・なにか、引っかかるんだ。・・・・・何でだろう。」

 コウヤはアリアの目を見なかった。



 アリアはそれにかまわずコウヤに体を寄せた。



「・・・・・いいじゃない。だって、わからないのなら何もできないわ。」

 コウヤはそんなアリアに手を回した。



「・・・・そうだな・・・・」

 アリアはゆっくりとコウヤに顔を寄せた。コウヤの目はアリアの目を見ていなかった。







 赤黒い、いわゆる赤銅色の大きなドールがレイラに与えられたドールだった。



「・・・・・・これが、新しいドール・・・・・」

 神経接続しなくてもわかるドールの力の大きさにレイラは笑ってしまった。



 接続してみると確信に変わる。強いドールであり、今までのとは根本的に違う。



 《これで、あいつを・・・・》

 レイラはどこから来たのかわからない自信でいっぱいであった。



「・・・・・レイラ・ヘッセ。出撃する。」

 レイラは足で力強く飛び出した。予想外の力の強さで高く飛び過ぎた。



「・・・・すごい、すごい。これなら、あいつにも・・・・」

 レイラは感激しながら、自分では扱うことのできなかったスピードを出し、はるか遠くへ進んでいく。



「・・・・まずは・・・・腕慣らしよ!!!」



 レイラははるか遠くに見える地連の機影を追いかけた。凄まじい速さで進むドールをレイラは制御しきれなかった。だが、そんなのは考えていなかった。



 速い景色ほど彼女を昂らせる。力を実感させた。



 近づいていくと敵の戦艦は砲撃をしてきた。レイラには全て止まって見えた。



「なによ、そんな豆鉄砲」

 笑いながら装備した刀で戦艦の主砲を切り落とした。慌てたようにドールが数体出てきた。



「・・・・・へえ・・・・叩けばドールを出すのね。」

 レイラは刀を戻し大きく旋回し出てきたドールに両手を広げ突進していった。相手のドールもレイラに向かってなにやら向かって来た。集団で来ている。連携を取るつもりだろう。



「小賢しい真似を・・・」

 レイラは大きく上に飛びあがった。援護するように敵の戦艦からレイラに向かったレーザーはことごとく外れ、ただ無駄弾を消費するだけだった。



「ふふ。これで・・・これでいいのよ。」

 レイラは勝ち誇ったように笑っていた。



 戦艦に乗ったレイラは刀を戦艦に突き刺した。



 戦艦が沈む。ゆっくりと火を噴きながら、小さな爆発があちこちで起きているようだ。



 爆発の様子と火を見てレイラは一瞬息を止めた。



「・・・・もう、いない。いない!!私には・・・いない!!」

 頼ってきた者達が浮かんだ。縋ってきた人たちが浮かんだ。



 どれも失った者だ。何がいい行動だったのかは分からない。だが、自分は頼って縋っていないと生きていけなかった。



「これでいいのよ。あはは・・・・・ははははははははは」

 レイラは笑った。手に余る力が自分の行いを肯定してくれている気がした。



 現実味のない破壊に、彼女はオモチャで遊ぶように無邪気に笑った。



 そして、爆発する前に戦艦から離れた。



「・・・・・すごいわ。これで、私は・・・・ぐ」

 強力なドールを無理に動かしたからか、一瞬レイラの頭に鋭い痛みが走った。だが、それもすぐに消え、彼女の頭は破壊に戻った。



 そして、目の前の戦艦が落ちるのを確認すると出てきたドールの方を向いた。



「・・・・さあて。私は、敵を逃がさないわよ。」

 両手を広げたドールはそのまま敵のドールに向かった。



「・・・・ふふ・・・・あははははははは。地連なんて・・・・壊れてしまえ。」

 レイラは狂気を混じらせた笑い声を響かせた。



 彼女は頭の中に一番近い地連のドームを思い浮かべた。



 彼女の頭の中には、親友もヘッセ総統も浮かばなかった。









 教官はどうやらシンタロウの言う通りにしてくれたようだ。



 グスタフの部屋に行くと、潰れかけた彼と教官がいた。



「教官・・・・」

 シンタロウは出来る限り深刻な表情をした。だが、それよりも教官は深刻な表情をしていた。



「・・・全て、吐いた。」

 絞り出すような声で教官は言った。どうやらシンタロウが来る前に脱落者がどうなったか話したらしい。実際見当がついていたシンタロウにとってはどうでもいいのが本音だった。



 だが、教官を乗せるために使った方便のため、このままあっさりと部屋から追い出すわけにもいかない。



「グスタフさん。大丈夫ですか?」

 シンタロウはグスタフの意識を確認しようと彼に駆け寄った。



「何だ?シンタロウか?」

 若干呂律が怪しいが、しっかりと話せるようだ。だが、人物の区別はいまいちのようだった。これは使える。



「教官。彼は意識が朦朧としているので、聞かれたことを覚えていないことが期待できます。」



「コウノ。しかし・・・」



「今は事実を確認するためにあなたは教官室に何事もなかったように戻るべきです。自分が彼をどうにかします。」

 どうにかという意味も、彼が何を知ったのかも言っていないのがおざなりだが、動揺しているから大丈夫だろう。とシンタロウは体よく教官を部屋から追い払った。





「どうした?シンタロウ?研究者を目指すか?」

 酔っぱらいになったグスタフは笑いながらシンタロウに訊いた。



「いえ、なりません。それよりも大丈夫ですか?」

 笑い続けるグスタフをとにかく座らせようとシンタロウは部屋のソファに彼を転がした。



「くそう・・・・お前の協力があれば、俺はマーズに勝てるんだよう。あの野郎・・・」

 グスタフはブツブツと文句を言っていた。どうやら勝ちたい奴がマーズという名らしい。

 完全に酔っぱらっている。聞くなら今だろう。シンタロウはグスタフの目線に合わせるようにしゃがんだ。



「それよりも、驚きました。地連の研究者がまさか・・・・ゼウス共和国出身とは。」

 シンタロウはグスタフの表情を見過ごさないように彼の動き全てに集中した。



 飛び上がるわけでもなくグスタフはじっとシンタロウを見た。



「・・・・やっぱり気付いたか。」

 グスタフは諦めたような表情をしていた。どうやらシンタロウの言う通り彼はゼウス共和国の出身だったようだ。



「・・・・自分がゼウス共和国を憎んでいると知っていますよね。」

 冷静でいようと思っていても言葉に棘がある。これは仕方ないだろう。



「気付いていないんだな。みんな。みんなだ」

 グスタフは笑顔でシンタロウを見た。その顔にシンタロウは心底腹が立ち始めた。



「あなたがゼウス共和国出身であることですか?」



「違う―。ちーがーうーぞー。シンタロウー」

 愉快そうにグスタフは笑った。



「何が・・・?」



「だからー、全部ドールプログラムのためだってことだよー。」

 グスタフはケラケラ笑いながら言った。



「え?」



「戦争もぜーんぶだ。地連上層部もゼウス共和国もドールプログラムを解析したくて仕方ないんだよ。」

 グスタフは饒舌だった。ケラケラ笑いながら大声で言った。



「だから、俺は地連の上層部の依頼でここにいる。プログラム解析には人材が必要だ。ドールプログラムの鍵に近い人間が。」



「・・・・鍵?」

 この言葉が彼から出るのは二回目だ。



「ああ。ムラサメ博士とカワカミ博士が設定したのか?まあどっちかが設定したんだよ。ドールの適合率が高いだけでない特殊な人間にな。」

 シンタロウは今まで冷静でやってきたが、この時は震えを抑えられなかった。



「ムラサメ・・・・?」

 それはコウヤが言っていた本名の姓だ。



「ああ。でも、ムラサメ博士は死んだ。ラッシュ博士が言っていたから間違いない。カワカミ博士は行方不明だが、見つかるのも時間の問題だろう。ゼウス共和国と地連が総力で探している。」



「ネイトラルは?」

 グスタフが上げなかった国名をシンタロウは聞いた。



「ネイトラル・・・あはは。ネイトラルね。ドールプログラムを作った大元のアスール財団のくせに制御できなかったやつだ。だから地連とゼウス共和国に取られるんだよ。」



 シンタロウは崩れ落ちたかった。自分の中にあった憎しみが一瞬で無力化するような気がしたのだ。



「鍵とは・・・・?」



 グスタフは変わらずケラケラ笑っている。彼は知識を披露できるのが嬉しいようだ。

「鍵は・・・・もう死んだけどムラサメ博士の息子だっけ?あー・・・あとヘッセ総統の娘だっけ?とー・・・・ディア・アスールと地連の大好きなニシハラ大尉。カワカミ博士の娘となんだっけ?クロス何たらっていうこれも死人だっけ?」

 グスタフは記憶を辿るように指折り数えながら言った。



「・・・・ムラサメ博士の息子・・・・」

 シンタロウの頭に親友の顔が浮かんだ。そして、両親の顔が浮かんだ。



 《俺は・・・・誰に復讐すればいいんだ?》



 グスタフはケラケラ笑い続けていた。



「うちが持っている鍵は、ヘッセ総統の娘と・・・カワカミ博士の娘だっけ?ニシハラ大尉は地連がくれないんだよな。」



 口を尖らせてグスタフは拗ねるように言った。



 《繋がった・・・・コウヤの記憶とディアさんとハクトとの接点・・・・》



 震える足を引きずるようにシンタロウはグスタフの部屋を出た。



 後ろでグスタフがケラケラ笑い続ける声が聞こえた。





 視界が歪み始めた。保ってきた意志が崩れ始めたのだろう。憎しみが揺らぎ始めた瞬間に、今までの疲労と方便が蘇った。



 訓練生たちの顔、自分は他人の死すら利用する人間になれること。



 もう薬は飲んでいない。なのに、久しぶりに吐き気を覚えて、トイレに駆け込んだ。



 今度こそ、吐き出すと同時に憎しみが流れ出した気がした。戻せないものだ。



「何だよ・・・・これ。」

 嗚咽が、ずっと抑えていたのだろう。もう冷静でいる必要もないのかもしれない。



 憎むべきものが、作られたものだった。何を憎めばいいんだよとひたすら問いかける。



「俺、どうすればいいんだよ。・・・・なあ、コウヤ。」

 別れた親友にシンタロウは縋った。









 宇宙に上がるためには、打ち上げシャトルのある施設が必要だ。それに加えて宇宙空間を飛行できる船だ。



 宇宙と地球の行き来が活発な時代、それが可能なドームには人が集まる。



 限られたシャトルを有するドームの中でも地連の軍本部はもっとも人が多い。軍属本部だが、月ドームの「天」と「翼」両方への便があるからだ。利用するのは地連の人間だけでない。



 港の打ち上げシャトルに接続された宇宙船の中は人で一杯だった。



「・・・・中佐・・・本当にいいのですか?」



「・・・ああ、いいんだ。私はずっと行きたいと思っていたからな。」

 乗客の中に紛れるようにイジー・ルーカス中尉とレスリー・ディロッド中佐は座っていた。



「・・・・・それに、もう地球にいてもやることがないからな・・・・」

 ロッド中佐は辺りを見渡し、笑った。



「・・・そうですか」

 やることが無いという言葉にイジーは眉を顰めた。気にしてもどうしようもないから手に持った名簿を確認した。



「・・・・どうした?ルーカス中尉?」

 動きを止めたイジーをロッドは黙って見つめた。



「いえ・・・・・」

 イジーは顔に出さないように努力した。ロッドは何も気づいていないようであった。



 名簿の作業員の名前のところに



 クロス・バトリー



 その名が並んでいた。



「・・・・悪い、ルーカス中尉。どうやら寝不足みたいだ・・・少し眠る。」

 と言いロッドは静かになった。サングラスで目が見えないから寝たかどうかわからない。



 だが、イジーはそっとその場から離れ他の席を見に行った。沢山の軍関係者が乗っているため軍服姿の二人が目立つことはない。動き回っても特に変に思われないのだ。



 イジーは必死になって捜した。彼女は動きを止めた。



 彼女は名前を見た時に捜していたのだ。



 それは、今、彼女の視線の先にいる作業着の少年を・・・・



『・・・・間もなく出発します。席についてください。』

 放送が船に響いた。









 耐え切れなくなって吐いてしまったが、この訓練所を生き抜かなければならない。



 ふらつく足を引きずり、再びグスタフの部屋に向かった。

 何やら嫌な臭いがした。鉄臭いのだ。



「・・・・まさか。」



 慌てて部屋に戻ると教官が立っていた。その足元でグスタフは倒れていた。



「教官!!」

 シンタロウの叫び声に教官は振り向いた。



「コウノ。お前も聞いただろ?脱落者の末路だ。」

 教官の手には銃が握られていた。そして、発砲されたのが分かった。彼の足元は血だまりになっていた。



 倒れるグスタフの顔にはもう命の面影すらなかった。

「殺されたといっても、彼を・・・」



「人体実験に使われているんだぞ!!みんなそうなるんだ。彼はそう言っていた!!」

 教官は狂ったような目をしていた。



「え?」



「教官も訓練生もみんな・・・数値を取ると口封じになるんだ!!」

 教官は大声で叫んでいた。グスタフがしきりにシンタロウを訓練生でなくならいかと誘っていたことを思い出した。



「脱落も関係なかったのか・・・・」



「そうだ!!コウノ。今から本部に連絡して・・・この訓練所のことを伝える」

 教官は銃をシンタロウに向けた。そして、シンタロウの後ろには他の教官がいた。



「教官。」



「悪いな。コウノ。お前は・・・・こいつに気に入られていた。お前を拘束する。」

 彼の合図を受けて複数の教官がシンタロウを押さえつけようとした。



 本部に連絡をしても無駄なことや、上層部までグルとは言えなかった。



 結果は変わらないことは目に見えていた。だが、何を思ったのかシンタロウは教官たちを避けた。今や現役の軍人と言えどシンタロウの方が動きは速い。



「コウノ!!」

 怒った声が聞こえる。



 避けた時に奪った銃を向けた。気付かなかったようで、銃を奪われた教官はシンタロウを睨んだ。



「本部には連絡をするな。」

 思ったより声は震えなかった。それどころか、場慣れしたベテランの様な据わった声だった。



「お前・・・まさか、最初からこいつの協力者だったのか!!」

 見当違いにもほどがあることを教官たちは叫んだ。



「・・・違う。」

 シンタロウは最善が何かを考えていた。



 最初はこのままグスタフに取り入り、研究者の方を選んでゼウス共和国とつるんでる上層部を探ろうと思っていた。だが、彼が殺された今、そうはいかない。



 なにより、忘れてはいけないのだ。



「コウヤに伝えないと。ハクトにも・・・」



 グスタフの部屋から飛び出し、この施設、いや、ドームから出て彼等に伝えないといけない。



 教官たちは連絡を取り合っているのか、シンタロウを止めようとしていた。

 施設の構造は覚えている。逃げるのは問題ないだろう。だが、手段は選べなかった。



 ふと両親の顔が浮かんだ。



「・・・・ごめん。父さん。母さん。」

 シンタロウは引き金を引いた。



 立ちはだかっていた教官が倒れた。それを見た他の教官がとうとう銃を構えた。



「遅すぎるんだよ。」

 シンタロウはまた引き金を引いた。



 憶えている通り、ドール格納庫にはドールがあった。



 最初の自分なら動かせなかっただろうが、今は違う。適合率も二桁であり、なによりも訓練をしてきた。



 動かせるドールもわかっている。すべてグスタフの部屋にあった書類に書いてあった。こんなことになると思ってシンタロウに書類を見せたわけではないだろうが、今は彼の思惑に感謝した。



 ドールに飛び乗り、何度もやった神経接続をした。



 訓練生の同期たち、人が良かったのであろう教官たちの顔が思い浮かんだ。



「・・・う・・・」

 収まった吐き気が蘇った。さらに、胸騒ぎがするのか落ち着かない。



「すまない。すまない。すまない。すまない。」



 口に出たのは謝罪の言葉だけだった。だが、まったく意味が無いのは分かっている。そして、自分が最善と思っていた選択は最悪の手段であったということも知っている。



 ドールの外ではシンタロウを探す教官たちがいるだろう。



 もう、出るしかない。ドールが出撃する時に巻き込むかもしれない。



 その時、辺りが揺れた。



「くそ。気付かれたか。」

 出来れば息をひそめて、最小限の被害になるときに出たかった。そう思ったが、何か違う揺れだった。



 飛び上がる前に、冷や汗が伝った。何か・・・・大変なものが近づいている。



 突如建物が大きく揺れ始めた。ドールが揺らされたのではない。建物が、いや、ドームが揺れている。そして、何かかつて経験したことのある、恐怖心を掻き立てられる揺れ方であった。



 そう、全てが始まったあの第1ドームが壊された日の・・・・



 シンタロウは急いでドールを動かそうとした。



 どうやら教官たちも異変に気付いたようであちこち騒がしく走り回りはじめている。そんなに動かれたら出発できない。



 更に、大きく建物が揺れた。



 今までの揺れとは比べ物にならない、地面ごと揺らされている感覚であった。



「くそ!!」

 シンタロウは仕方ないと思い、人が近くにいるが、構わず出発しようとした。



 だが、手遅れであることが天井からの音で分かった。何かが壊れる不吉な音だった。



 ミシミシ



 シンタロウの頭上に天井が落ちてきた。避けようと気づいたときは遅かった。

 格納庫は、地下だった。そして、その上には建物が続いている。



「・・・・悪い。」

 シンタロウ諦めたように笑った。



 衝撃音が響き、彼の目の前が真っ暗になり、意識は途切れた。
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