あやとり

吉世大海(キッセイヒロミ)

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六本の糸~地球編~

23.天使と悪魔

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「少尉。気を付けてください。この前のようになってはいけません。」

 シンタロウはドールに乗り込んだレイラに言った。

「わかっている。」

 レイラはそう言うと赤銅色のドールを操作し始めた。

 レイラが返事をしたことを確認するとシンタロウもサブドールに乗り込もうとした。

 ふと誰かの視線を感じて振り返った。

 白衣の女がレイラとシンタロウを見ていた。

 目が合うとシンタロウはサブドールに乗り込むのを止め、女に駆け寄った。

「どうかしました?」

「いえ、あなたの大変ね。厄介な人の補佐になって・・・」

 女は楽しそうにシンタロウを見ていた。

「・・・厄介な人の助手よりもましです。」

 シンタロウは女を横目で見た。

「マーズ研究員のこと?それなら私の方が可哀そうよ。厄介な助手がいるんだもの。」

「自分より能力の高い助手か・・・」

 シンタロウの言葉に女は鋭い視線を向けた。どうやら図星の様だ。

 そして、彼女自身もかなり気にしているようだ。

「レイラちゃんが無事任務を果たすことを祈るわ。」

 そういうと白衣の女は立ち去ろうとした。

「どこへ行くのですか?」

 シンタロウは不審に思い聞いた。

「私は研究所に行くわ。」

 そう言い女は手を振った。

「送りますよ。」

 シンタロウはそう提案したが

「送るならヘッセ少尉のそばをサブドールでうろつきなさいよ。・・・軍曹さん。」

 女はシンタロウの方を振り返らずに歩いていた。

 シンタロウは女の背中を睨みつけた。

 だが、そんなことには気づくはずもなく女はいなくなった。









 ドールに乗り込んだハクトは全神経を張りつめさせた。

 明らかにドール小隊にはこの前のドールがいる。だが、もう一つは未知であった。

「新兵器か・・・・・小隊も厳しいのにな・・・・」



 ハクトは作戦を思い出した。



「そうだ・・・・時間を稼げばいいんだ。」

 そう自分に言い聞かせた。

 ハクトは思い出していた。軍本部の廃墟でロッド中佐が月のドーム「天」にいることがわかった。自分たちはもう任務を果たす時間がないことを

 本部で見たロッドの暗殺計画はハクト達に時間がないことをわからせるには十分すぎた。

 なぜ、あの部屋にそんなメモが置かれていたのかわからない。だが、急ぐべきはロッド中佐を助けることであった。

 計画が立てられていたことから近いうちに実行される。

 キースとも話したが、おそらくハクトは殺されることは無い。

 キースは敵の動きを見て察したようだが、ハクトは違う。殺されない根拠があった。

 だからこの作戦にも乗った。

「フィーネが宇宙に出るまで稼げばいい・・・」



 そう呟くハクトの前にはドールの小隊・・・・でなく大群がやって来た。

「・・・・・嘘だろ・・・」

 ハクトは察知能力が疲労により弱まっていることが分かった。





「大群じゃないですか・・・・・艦長一人じゃ無理ですよ。」

 リリーは軽く30はいるドール部隊を見て顔を青くした。

「ハクトの奴・・・・勘も鈍っている。やばいな・・・・」

「少佐・・・・少佐も出れば倒せるんじゃ・・・・」

 ソフィがキースにそう言うと

「それじゃだめだ。俺等の目的は月に上がりロッド中佐の暗殺を阻止すること・・・それは艦長も理解している。」

 モーガンが厳しい表情で言った。

「だからって・・・・艦長を置いてなんて・・・・」

 リリーは縋るようにキースを見た。

「少佐もいないのはダメだ。万一の時の戦闘要員がいなくなる。それは艦長だって理解している。」

 モーガンは追い打ちをかけるように言った。

「その通りだ。俺等にできることは・・・・フィーネを宇宙に飛ばせるまでハクトを援護することだ。」

 キースはそう言うとフィーネを動かした。

「大丈夫だ。あいつは絶対に殺されない。」

 キースは申し訳なさそうな表情をしていた。

「打ち上げ施設は幸い使えます。・・・・・あと30分あれば打ち上げに取り掛かれますよ。」

 モーガンはそう言うと立ち上がった。

「打ち上げ施設の準備がひと段落したら、俺はそっちの作業に取り掛かります。」

 モーガンは複数の武器の操作盤を行き来していた。









 相変わらずレイラは早かった。だが、後ろにいるドール隊のことを考えて飛んでいた。さらに言うならサブドールに乗るシンタロウを気にかけているようだ。

 有難く思いながらも、レイラに対して厳しい目を向けていた。

 徐々に見える標的は予想通りだが、実際に見ると悲しい気分になった。

「戦艦フィーネ・・・・・」

 シンタロウははるか向こう側にあるかつて自分が乗っていた戦艦を見た。

 そして、親友が乗っていた赤いドールが飛びだしてきた。フィーネは赤いドールだけの様だ。

「・・・怖いな。」

 シンタロウは呟くと視線を自分以外のドールに向けた。

 敵であるから叩こうとするのだろう。もちろん赤いドールはシンタロウにもかかってきた。

 突っ込もうとするから叩かれる。敵意のあるドールを無意識に取捨選択している。

 誰だか分からないが、偉く紳士的な戦い方をする。

「・・・分かるのか?敵意が。」

 シンタロウは一歩引いて他のドールの後ろに回った。

 赤いドールに躊躇いなく進む他のドールは潰された。だが、戦闘不能程度だ。

「いい敵だな。」

 自分なら絶対にそんなことはしない。と考え一番の不安の種であるレイラを見た。

 レイラも観察状態のようで、潰されるドールから距離を置いて赤いドールを見ていた。

 サポートしやすいように近くに行くのがいいだろうとレイラのもとに向かった。だが、そんな行動を赤いドールは許してくれなかった。

「目をつけられたのか・・・」

 シンタロウは舌打ちをして、他のドールを盾にしながら赤いドールの攻撃を躱した。

『おい、お前あまりいい動きするな。目をつけられるぞ。』

 レイラから指摘が入った。

「いい動きなんかしていない。」

 シンタロウは予想外の指摘に戸惑った。

『もう手遅れの様だ。下がれ、後ろで見ていろ。』

 レイラはまだ正常の様だが、シンタロウはレイラの命令に従う気は全くなかった。

 目の前の赤いドールには前回同様に友人が乗っているのかもしれない。

 シンタロウは赤いドールに通信を取れるほどドールを操作できなかった。登録されているドールや戦艦以外はドールで電波の調整が必要であった。

 その調整は本当に微調整であるので並みのドール乗りでは簡単にはできない。ドールでの感覚が優れている者は瞬時にできるらしいが、たたき上げで適合率を上げたシンタロウは動けても感覚的なものは劣る。

「くそ・・・・・どうすれば・・・・」

 シンタロウは友人かもしれない者とお互いがわからないまま争うのは悲しいと考えていた。

 とにかくレイラの邪魔をしようと結論をつけてドールを盾にしながら動こうと残りのドールを見た。







 赤銅色のドールはハクトに飛び掛かった。それを躱したがそこには他のドールの大群がいた。

 それも綺麗にかわしているが攻撃は受けてしまうようであった。

 ふと赤銅色のドールに周りをうろつくサブドールが目についた。

 他がドールなのに一体だけサブドールであるから目立ったが、動きがよかったからよく覚えている。

 無意味に思えるレベルで赤銅色のドールの周りをうろついている。そのおかげで瞬間的にだが敵の動きが止まる。

「意図的か・・・?」

 味方のドールもそのサブドールの動きが目についたのか味方に関わらず攻撃しようと動いた。

 動き出すより早くサブドールは下がり、結局味方ドールは攻撃できずにいた。

 その動きは助かるが、赤銅色のドールは止まらない。なによりも量が多い。

 ハクトは躱すので精いっぱいで攻撃がロクにできないことに危機を抱いていた。

 本来1対1でもきつい相手を大群相手にしながらは、無謀としか言えなかった。

 それに、近づいてくる気配は間違いなくドールだ。

 ハクトは覚悟を決めた。

 傷を負ってでも死んででもフィーネを飛ばす。

 これが、自分についてきてくれた乗組員にできること。

 自分が30分ドールを動かせればいい計算で動き始めた。





 赤いドールは捨て身の行動に出たようだった。

「艦長・・・・」

 その様子をただ見ているだけしかできないリリーは少しでも助けになりたくてひたすら砲撃を続けた。

「弱気になるんじゃない。」

 キースの叱る声が響いた。だが、捨て身の行動にハクトが出たということは残った乗組員はハクトを犠牲にして月に上がらなければならない。

 それは暗黙の了解、いや、避けようがない現実であった。

「リリーちゃん。艦長が何のために動いているか考えてね。」

 ソフィはリリーを励ますように言った。





 サブドールがいちいち前を通るせいで決定的な攻撃ができない。レイラは舌打ちをしながら補佐である部下に通信を繋げた。

「邪魔するな!!」

『ヘッセ少尉。お言葉ですが、あの戦艦は沈めるべきではありません。』

「お前はどうであれ、ゼウス軍の兵士だろ。」

『少尉。いや、レイラ。あの戦艦の艦長は・・・・』

 シンタロウが何か言いかけた時、頭に鋭い痛みが走った。

「が・・・」

『レイラ・・・?』

 異変に気付いたシンタロウが心配そうに声をかけた。

「・・・た痛い。」

 レイラは頭を抱えてうずくまった。

 とにかくシンタロウと話して気を落ち着かせようとしたが、気が付くと通信が切れていた。いや、繋がらなくなっていた。

「おい・・・どういうことだ?」

 シンタロウに繋がらないことにレイラは慌てたが、頭痛でそれどころじゃなくなった。

「痛い・・・くそ。だめだ。」

 痛みで思考を投げ出したときに何が起きたのかレイラは思い出した。

 モニターに目を戻し、赤いドールを見た。どうやらエネルギー消費量が上がったようだ。

 つまり、さっきまでより本気で戦っているということだ。思わず口元に笑みが浮かんだ。

「・・・・・潰し甲斐がある」

 レイラは自分のエネルギー消費量を赤いドールに対抗するように上げた。

 動き出すときに近くのドールを数体破壊したが気に留めなかった。

「・・・・邪魔ね。」

 その一言で終わらせていた。

 背中部分に収納されているいくつもの建物を破壊したドール用の剣を取り出した。構え、赤いドールに向き合った。

 レイラの味方をなぎ倒していく赤いドールと同じようにレイラも味方ドールをなぎ倒しながら、潰しながら向って行った。





 レイラと通信が繋がらなくなったことにシンタロウは慌てた。いや、慌てても仕方ない。

「・・・忘れていた。このドールを用意したのはあんたらだったな。」

『ご名答。察しがよくて助かるわ。』

 登録していない匿名で通信が入った。いや、ずっと入っていたのだ。

『あまりレイラちゃんを混乱させないでね。ロウ君。そもそもあなた何者?』

 通信の向こうの白衣の女はきっとシンタロウに向けていた興味の目を通信越しに向けているに違いない。そして、彼女の傍にはマーズ研究員がいる。

「ただの補佐ですよ。」

『地連の戦艦の艦長を知っているなんて、情報通ね。』

 女は探るような口調だった。これではどこで聞かれているか分からない。下手にレイラを説得しようとはできないということだ。

 シンタロウは舌打ちをしそうになったが、感情的になるのも馬鹿らしくなりため息をついた。

「博士。自分は今、戦場にいるのです。逃げるのも精一杯なので、会話はこれで終わりにします。」

『生き残ったら、是非ともドールに乗ってね。』

 彼女は楽しそうに言っていた。きっと笑顔だろう。考えただけでも腹が立ってくる。

「それよりも、ゼウス軍というよりかはここにはプライバシーは無いのですか?」

『無いに決まっているでしょう?』

 解答を聞かずにシンタロウは通信を強制的に切った。

「クソ!!」

 思わずコックピットの壁を殴りつけてしまった。

 予想できたことだが、予想していなかった。レイラを直接説得は無理だということだ。

 いいとこ、辺りをうろつく程度だが、おかしくなったレイラに殺されかねない。

「・・・・補助に徹底するか。」

 シンタロウは前線から距離を置いてレイラと対する赤いドール両方を視界に入れた。






 赤いドールと赤銅色のドールが戦っている場所からかなりの距離があるところに、隠れるように戦艦があった。

「とんだ邪魔ものね。ロウ君は。」

 白衣の女は強制的に切られた通信機を見て困ったように笑った。

「博士。彼のサブドール技術は注目すべきではないですか?」

 彼女の近くにいたマックスは何となくシンタロウを庇うように言った。

「それは勿論よ。でも意外ね。あなたが嫌うような人種を庇うなんて。何かお話でもしたのかしら?」

 女はマックスを探る様に見た。

「いえ、ただ質問されました。ヘッセ少尉に何をしたか・・・ですが、機密と答えたらあっさりと引き下がりました。意外に聞き分けのいい男でした。」

「でも怖いのね。聞き分けがいいの?そうは思えないけどね。」

 女はマックスを見て笑った。

 マックスは咄嗟に目を逸らした。

「何か言ってしまったのね。何かしら?」

 女はマックスを諭すように目を合わせた。

「ヘッセ少尉に関してのことは何も、もちろん博士のことも言ってません。」

「そう。あなたにいいことがあるのよ。」

 女は思いついたように顔を上げた。

「いいこと?」

「貴方はこれから博士よ。研究員じゃないわよ。マーズ博士。」

 彼女はマックスをおだてるように肩を叩いた。

「博士・・・ですか?」

「そう。もうすぐ手に入る鍵をあなたの自由に研究していいのよ。あなたと因縁のあるフィーネの艦長だもの。」

 彼女はマックスに優しく微笑んだ。マックスは彼女から目を逸らした。

「でも、私のことを呼び捨てにしたら駄目だからね。マーズ博士。」

「・・・・はい。ラッシュ博士。」

 マックスの解答に女、ラッシュ博士は満足そうに笑った。

 ラッシュ博士はモニターに向き直りそわそわし始めた。

「ふふふ・・・レイラちゃんいい感じよ。早くそのドールのパイロットを引きずり出しなさい。」

 ラッシュ博士は何かを待つようだった。

「ラッシュ博士、ですが戦艦フィーネを野放しにしてもいいのですか?」

 マックスは心配そうに遠くを見つめていた。

「あら、いいじゃない。防ぐべきはニシハラ大尉とロッド中佐の合流でしょ?ニシハラ大尉は今頑張って戦ってくれているわ。」

 ラッシュ博士は変わらず楽しそうだった。

「でも、なんでそこまで地連側に詳しいのですか?」

「そりゃあ、私に協力してくれる優しい人がいるのよ。」

 ラッシュ博士は他人を誘惑するようなポーズを取り、笑っていた。

 マックスはモニターに映る赤いドールを静かに睨んだ。









 赤銅色のドールが味方を次々と潰してくれるおかげで赤いドールは動きやすくなったようであった。

「・・・・だが、やっぱりあのドール・・・・厄介だな。」

 ハクトは極限にまで高めた感覚で大量の敵をかわしていた。

『厄介な敵』

 そう言葉で考えたとき、ハクトは今まで表面に出さないでいた考えが出てきた。

 ユイがゼウス共和国側にドールパイロットとして拘束されていること。

 コウヤの才能、自分の力量と生け捕りを目的とされている可能性。



『レイラ・・・・』



 そんなことを考え尽くせるほど余裕はない。切り換えていかなければ間違いなく最悪の事態になる。

 極限にまで感覚を高めても、集中力と感覚は疲労により下がっていった。

 どんなに研ぎ澄ましても神経の疲労は誤魔化せなかった。

 空を舞い避けていたドール達の攻撃を少しずつ受け始めた。

 コックピットが揺れた。神経の接続率が高いハクトは痛みに顔を歪めた。

「・・・・こんなの、たいしたことない。」

 ハクトはディアを庇い大けがを負った時もかまわず動き続けた。

 歯を食いしばり自分が行動不能にした1体のドールを持ち上げた。そのドールを盾、武器として扱い数体のドールを退けた。

 だが、ハクトは肝心の赤銅色のドールに攻撃を与えることができなかった。

 そのドールはハクトが味方のドールを投げてきてもかまわずに潰した。

「この冷酷な奴め・・・・」



 レイラはわがままで気が強い少女だった。だが、優しさも持つ少女だった。

 《レイラのわけない。・・・だが、もし彼女だったら》

 このドールは仲間を殺しながら戦って罪悪感がないはずがない。

 考えた。

 味方のドールを壊すことを厭わないのなら数を減らすのに利用できる。

 事実、敵を減らされてだいぶ動き易くなっている。

 ハクトはドールの間を縫うように飛んだ。

 予想通り味方を壊しながら追ってきた。

「希望が見えてきた・・・・」

 ハクトは汗まみれの手を握りしめた。







「いやだーレイラちゃん。可愛い顔してえぐい戦い方するわね。まあ、させてんだけどね。」

 煙草をふかせながらラッシュ博士は楽しそうに笑っていた。まるで娯楽に興じるように。

「は・・・博士!!!」

 マックスがモニターを見て叫んだ。

「うるさいわね。何?もう捕獲するの?まだ・・・」

「違います。ものすごいスピードでこっちに向かってくる影があります。」

「え?」

 ラッシュ博士は表情をしかめた。

「これは、ドールです。でも、地連側は戦力をこちらに割くはず・・・」

「ちょ・・ちょっと、聞いてないわよ。何」

「こっちに来ます!!」

 肉眼に捕らえれるほど近くにドールが見えた。

 ラッシュ博士とマックスは息を呑んだ。



 だがそんな二人の乗る戦艦を何事もなかったかのように向かってきたドールは素通りした。



「た・・・助かった・・・のですか?」

 マックスは気の抜けた声で呟いた。

「今のドール・・・報告を聞いたことがあるわ。」

 ラッシュ博士は考え込むように親指の爪を噛んだ。

「地連側ですか?でもあんなドールは聞いたこと・・・」

 マックスは腰が抜けたのかその場にへたり込んだ。

 ラッシュ博士は顔を上げてモニターを睨んだ。



「ネイトラル所属・・・・よ。」

 ラッシュ博士は歯ぎしりをしながら呟いた。

「ネイトラル・・・?」

「あれ・・・出しましょうか。」

 ラッシュ博士は口元だけ笑い、通信機を取り出し、どこかに繋げた。

「・・・・私よ。試作段階のやつ。出して。」

 と口元を歪めながら言った。









「レイラ!!おい!!」

 レイラに通信が繋げられる状態になっていたことに気付いたシンタロウは、レイラに声をかけ続けることにした。

 レイラは今までよりおかしかった。シンタロウは確信していた。

 あの白衣の女の言っていたプログラムに確実に蝕まれている。

 完全に蝕まれたらどうなるのか・・・・

 シンタロウは寒気がした。

 後ろを見ると見たことのないドールが飛んできていた。調べていてもゼウス軍の登録機体でない。

「レイラ!!敵だ!!」

 シンタロウは叫んだ。レイラの乗った赤銅色のドールは後ろを振り向いた。

 どうやら聴覚までやられたわけではないようだ。安心したが、敵が増えたということは、シンタロウは赤いドールとレイラだけでなくその敵にまで気をつけないといけないのだ。

 歯を食いしばり、視野を広く持つように深呼吸をした。



『あんた・・・・あの時の・・・・・』

 レイラが呟くのが聞えた。

「レイラ!!」

 シンタロウは近づいてきた新たなドールから尋常ならない気迫を感じた。

 レイラに近寄るドールは純白のドールであった。

 レイラに行きつく前に他のドールが倒そうと試みたが見とれるほど華麗に舞うように躱した。







 ハクトは現れたドールに驚いていた。調べても地連のではない。

「味方なのか?こいつは・・・・」

 ハクトは一目で純白のドールが相当の腕まであることが分かった。さらに言うなら敵でないとも思った。だが、確信が持てない味方を信用できない。

 とりあえず通信を繋げことを試みた。

「お前は味方なのか・・・・・」

 ハクトは慎重に訊いた。するとクスリと笑う音が聞えた

「笑っているのか?」

 ハクトは目の前のドールに違和感を覚えた。

『君を助けないと後悔するのでな・・・・君が私にしたように・・・・』

 と優しく囁くようにかえってきた。



「お前・・・」

『行くぞハクト。まずは雑魚を散らす。』

 ハクトの問いに答える前に純白のドールは動き出した。それに合わせるようにハクトも動き出した。

 純白のドールが両手を広げた。とっさにハクトは下がり距離を置いた。

 ハクトが距離を置いたのを確認すると純白のドールは腕に格納されている武器を出した。片手ずつ格納されており、二つを合わせて大きな槍のようにした。

 武器のリーチを考えてハクトは距離を少しおいて純白のドールに続いて敵軍に突っ込んだ。







 ソフィは砲撃をハクトの近くにいるドールに合わせた。

「あれは・・・・敵なの・・・?」

 地連でないドール・・・・普通に考えれば敵だが戦艦内の者はハクトを助けるところを見ていた。

 キースが感嘆の声を上げた。

「すっごいな・・・あの白いドール・・・・ハクト並みの使い手だ。」

「あれは味方ですか?・・・・敵ですか?」

 リリーが鬼気迫るように訊いた。

「敵ではないだろう・・・・あれを見るとな・・・・」

 キースは白いドールが赤いドールと連携し敵の中に突っ込んでいくのを見て言った。

 白いドールが武器を振り回し、赤いドールが支えるように周りに散らばる敵を蹴散らす。

 不利だった戦況が一気に変わった。

 キースはハクトに通信を繋げた。

「よお、いいパートナーだな。惚れ惚れするぜ・・・・・」

 茶化すように言うと

『・・・・・・どうも・・・』

 とハクトの照れた声が聞えた。

「誰だ?白い奴は・・・・」

 キースは笑いながら白いドールに狙いを定めて訊いた。

「少佐。どうして照準を・・・・・」

 リリーは驚いて言うと

「・・・・万が一のためだ・・・・軍本部から送られた刺客かもしれない。」

 とキースは慎重に言った。

「刺客・・・ってそんな」

 ソフィの顔が青ざめた。すると知らない回線から通信が入った。

『大丈夫だ・・・・私は刺客ではない。』

 どこか落ち着きのある女性の声が聞えた。

「・・・・・女?」

『失礼・・・・名乗っていなかったな・・・・』

 通信だけでなく画像も繋がった。

 ソフィとリリーが絶句していた。

『戦艦フィーネの方々にはお世話になった。恩は返さなければならない。』

 そこにはプラチナブロンドの髪をした精巧な作りの人形のような顔の女性が微笑んでいた。

「・・・・ディア・アスール・・・・」

 リリーが呟いた。

「ほお・・・・・総裁どのはドールも扱えたのか・・・・」

 キースは驚きを隠せないようであった。

『それに、ハクトは私の大切な人だ。ここで失うわけにはいかない。』

 と言って通信を切った。

「・・・とんでもねえ大物を味方につけたな・・・・・」

 キースは笑っていた。

 ソフィは安心したような表情をしていたがリリーは複雑そうな表情であった。







 だいぶ敵の数が減り、残るは数体のドールと一体のサブドールとそして赤銅色のドールになった。

「・・・・ディア・・・・・ありがとう。おかげで助かった。」

 ハクトはディアの方に手を伸ばした。

『礼はいい。私は私のために助けたんだ。』

 ディアはそう言うとハクトに背を向けた。

「どうする・・・・あのドールは・・・・」

 ハクトは不安そうに言った。

『殺さない・・・・私はそうしたい。』

「じゃあ・・・・お前の後援に回る・・・」

『その必要はない・・・・大丈夫だ。昔のようにいつもの奴が来る・・・・』

 ディアは笑っていたようだ。

「いつもの奴・・・?」

 ハクトは懐かしい思い出をたどった。





 いつも本ばかり読んでいるディアとどうしても一緒にいたかった。

 隣でいいからいたかった。

 そんなハクトを茶化すようにいつものぞきに来る奴がいた。

「遊ぼうぜ!!ハクト、ディア。」

 と笑いながらやってくる親友がいた。

 最初はハクトを誘うためにディアを誘っていたようだが付き合ううちにそんな考えは存在しなくなった。



「ディア・・・・コウヤは死んだ。」

 ハクトはディアに重い口調で告げた。

『そうか?・・・・・では私がコウの存在を感じるのはなぜだ?』

「・・・・存在を?」

『・・・・そうだ。神経の疲労が大きい君はわからないかもしれないが、コウの存在を感じる。』

 ディアは取り繕った気配が全くなく言った。

「・・・・来る・・・・」

 ハクトは大きな気配を感じた。

『・・・・困ったな・・・・別のが来たらしいな・・・・』

 ディアは新たに近づいてきた気配に苦笑していた。



 リリーが悲鳴のような声を上げた。

「接近してきます。・・・・・これは・・・・・」

 モニターに映った画像をズームすると見覚えのある機体が写っていた。

 キースは苦笑いしかできなかった。

「・・・・おいおい・・・マジかよ。」

「あの機体って・・・・」

 ソフィも顔を青くした。

 遠くにいるからまだ小さいがあの機体は黒銀と呼ぶのにふさわしい色をしていた。

「・・・・なんで、こんな時に・・・・」

 キースはモニターの向こうの機体を睨んだ。

 その機体はコウヤが命を懸けて庇った人が乗っていたものであった。







 レイラは頭痛で思考が正常に回らなかった。

 ただ、ひたすら動いた覚えもある。そして、新たな敵に対して苛立ちもある。

 純白のドールを見て舌打ちをした。

「痛い、なんなのよ・・・・」

 レイラは目の前に立つ2体のドールに向かい合った。目がかすんだ。

 すると通信が入った。

『はーい・・・・大丈夫?レイラちゃん』

 その声はあの煙草臭い白衣の女だった。

「・・・・なんのようだ?」

 レイラは顔を痛みにゆがめていた。

『味方を送ったわよ。あなた殺し過ぎだから。』

 と笑っていた。

「・・・・私が?」

『・・・・まあいいわ。黒銀のドールはあなたの味方よ。殺さないでね・・・・まあ、殺せないだろうけど。』

 といい通信が切れた。

 レイラは後ろに初めて気づいた。

 こんな近くに来るまで気づかないなんて・・・・

 黒銀のドールは純白のドールと同様に一目でただ者でないことが分かった。

 だが、直ぐに頭痛で考えることができなくなった。
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