あやとり

吉世大海(キッセイヒロミ)

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六本の糸~「天」編~

36.色眼鏡

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 ロッド家にミヤコが来て3日経った。

「コウヤ、あなたどうするの?」

 ミヤコは幸せだが、何も進まない日常に満足しながらも戸惑っていた。

「ハクトの動きを待ってるんだ。それに、シンタロウのことも気になる。」

 コウヤはシンタロウのことを思った。

「執事さん。あの、シンタロウの記録ってありますか?」

 執事はコウヤの言葉に首を振った。

「いえ、調べても出てこないのです。おそらく偽名でしょう。そうだとしたら、相当レベルの高い偽造パスでドームに入港してきてます。」

「そうですか・・・ありがとうございます。」

 コウヤは執事に礼を言った。コウヤの顔は曇っていた。

 《偽造パス・・・たぶんゼウス共和国の方で準備していたんだ。》

 コウヤはどう考えてもシンタロウがゼウス共和国にいる理由がわからなかった。

「コウヤ・・・」

 ミヤコは心配そうにコウヤを見ていた。



「ミヤコ様・・・」

 執事はミヤコの方を見た。

「はい。」

「あなたには、地球の安全なドームに降りていただきます。」

 執事はミヤコに頭を下げた。

「え?私には・・・って」

 ミヤコはコウヤを見た。

「それがいいよ。母さんは安全なところにいて。」

 コウヤはミヤコに頷いた。

「あんたはどうするの?」

 コウヤは首を振った。

「母さん。この前言ったとおり、俺にできることをやる。」

 ミヤコは分かっていても別れたくないのが本音であった。

「わかっているけど、私もいたらだめなの?」

 コウヤはその言葉に笑顔になったが、首を振った。

「敵は卑怯な奴だ。おそらく、俺のことがバレたら母さんを人質にとる。」

「人質・・・・」

 ミヤコは絶句した。

 執事はその二人を見ていた。

「わかった。ただし、必ず戻ってきてね。」

 ミヤコはコウヤの肩を掴み、顔を近づけて言った。

 コウヤは驚いたがすぐに表情を固め

「当然だ。」

 と強く頷いた。







 そこに屋敷に人が来た合図の鈴の音が鳴った。

「・・・来ましたか・・・」

 執事は頷き玄関に向かった。

「コウヤ。この前写真の子達の紹介途中で切っちゃったけど・・・最後のユイって子・・・特別なんでしょ?」

 ミヤコはコウヤに茶化すわけでもなく笑いかけた。

「え・・・どうして」

「わかるわよ。だって母親だから。」

 ミヤコは得意げに笑った。

 コウヤはその様子をみて幸せを感じた。

「母さん。ユイはゼウス共和国のドール実験のサンプルにされているんだ。それを助けたいんだ。」

「好きな女の子のためなら止めにくいわよ。」

 ミヤコはコウヤを冷やかすように言った。

「そんな・・・もっと大事なこともあるし・・」

「でも、アリアちゃんと話はきちんとしなさいよ。」

 ミヤコは表情を硬くした。

 コウヤは戸惑ったがすぐに表情を戻し

「当然だ。」

 強く頷いた。







 二人が話していると部屋に見覚えのある人物が入ってきた。

「コウヤ君。久しぶりだね。」

 コウヤはその人物を見て驚いた。

「・・・・レイモンドさん」

 レイモンドはコウヤ達に微笑んだ。

「すまないな。なにやら、私が来たら拘束するようにと通達されているようで、撒くのに数日かかった。」

 レイモンドは執事を見てすまなそうに頭を下げた。

「とりあえず、レイモンド様がとっとと地球に降りたようにデータ上では偽装しました。今頃追手は地球に走っているでしょう。」

 執事は淡々と言った。

「すまないな。」

 レイモンドは感心したように礼をした。



「コウヤ君のお母上ですか?」

 ミヤコは突然声をかけられて驚いた。

「はい・・・」

「私はレイモンド・ウィンクラー。地連で厄介者の大将をしています。」

「大将・・・・」

 ミヤコは地位の高い軍人に驚いていた。

「ご心配しないでください。レイモンド様はこちらの人間です。」

 執事はミヤコの困惑を軍人だからと思ったそうだ。

 コウヤはレイモンドに言わなければならないことを思い出した。

「レイモンドさん」

 コウヤは立ち上がりレイモンドの前に立った。

「どうした?コウヤ君」

 コウヤは勢いよく頭を下げた。

「申し訳ございません。おれ、ロッド中佐を助けられなかったです。」

 レイモンドは驚いたのか動きが一瞬止まった。

「コウヤ君、頭を上げてくれ。」

 レイモンドは優しい声で言った。

「でも、俺は中佐を」

「君のやるべきことはこれからまだまだある。それに、ここで止まるのを彼は許さない。」

 レイモンドはコウヤを諭すように言った。

「さて、お母上を地球のドームに連れて行くけど大丈夫かい?」

 レイモンドはどうやらミヤコを迎えに来たようだった。

「はい。」

「もっと話したいことはないのか?」

 レイモンドは念を押すように言った。

「いえ、また会えるのでその時にいいだけ話します。」

 コウヤはそう言うとミヤコの方を見た。ミヤコもコウヤの方を見た。

「じゃあ、またね。コウヤ」

「母さんも、レイモンドさんに迷惑かけないでね。」

「子供じゃないんだから。」

 ミヤコはそう言うとレイモンドの後について行った。

 二人が部屋から出て行くのを見送るとコウヤはさみしくなった。

「執事さん。」

「はい。」

「ありがとうございます。」

「いえ、ミヤコさんが無事に地球のドームにたどり着けるまでが大事です。」

 執事はそう言うとコウヤの方に向き直った。

「なので、それまでは行動は控えていただきたいです。少なくともあと4日はやめた方がいいでしょう。」

 コウヤは地球に行くまでの時間を考えた。

「わかりました。」

「動かないことに不安を覚えないでください。あなたは今までずっと動いてきたのです。」

 執事はコウヤの内心を見透かしているのか

 コウヤが感じている不安を当てた。

「今は、あなたの変化とあなたのまわりを考えてください。」

「・・・執事さんありがとうございます。」

「いえ、私はこのようなことしか言えないので・・・」

 執事はそう言うと部屋から出て行った。

「・・・・どうして執事さんはここまで俺に、俺らに良くしてくれるんだろう。」

 コウヤは部屋を出て行った執事の行動に感謝しながらも疑問を抱いていた。

 ロッド家と父さんの間に何があったのだろう・・・



 母さんのドナーだったっていうのも俺は憶えていなかった。

 母さんが病気だったことも



 コウヤは自分の蘇っていない記憶にまだ、何かあるのであろうと結論づけた。







 コウヤの母親が「天」を立ってからおよそ2日後

「天」の港に大きな船があった。

 シンプルながらも大きく威圧感のある船、この船の主は若い少女だった。

 彼女は操舵室のモニターに向かっていた。

「そっちは無事ついたか?」

 楽しそうにモニターに笑いかけていた。

『総裁・・・・自分の役目ってこのドール回収ですか?』

 モニターの向こうから疲れた男の声が聞こえた。

 総裁、もとい元総裁のディアは笑った。

「それだけじゃない。いずれそこにお届け物をする。」

『それより、地連にこのドール渡さなくていいんですか?これ、コウヤ君が使っていたやつですよね。』

「それは個人の所有物だ。地連に見せたら血眼になって持ち主を探すだろうがな。」

 ディアは皮肉気に笑っていた。

『とりあえず、この船の機能は全部生きていますので「天」に着けるようにします。それで、ドールを総裁のいる船に隠れて回収ですよね。』

 男は何かを数えながら指を折って言った。

「それはだめだ。おそらく、これから最悪の事態になる。」

 ディアのその言葉に男は飛び上がった。

『なんですか?それ!!俺は知らないですよ。』

 男は急いでモニターに近付いたのか、途中で転びそうになりながら来た。

「テイリー。何のために「天」にいるネイトラル国民を避難させたと思っている?」

 ディアは男に問題を出すように言った。テイリーは最初はぽかんとしていたが、顔色がどんどん悪くなってきた。

『総裁・・・まさか』

「そうだ。建前で私は会談に向かうが、それからは巻き込まれるだろうな。」

『ゼウス共和国との争いですか?』

 テイリーは恐る恐る訊いた。ディアは首を振った。

「違う。」

『じゃあ、何と戦うんですか?』

「地連とゼウス共和国だ。」

 テイリーは飛び上がった。

『そんなこと・・・我が国は中立を叫んでいたのに。』

「だからこそかもな、中立というのはどちらにもつかないということだ。」

『でも、ゼウス共和国と地連が手を組むなんて』

 ディアは時間を気にし始めた。だがモニターの方に目をやって

「利害の一致だろう。ネイトラルの元の形を知っている。」

 テイリーは諦めたようにうなだれた。

『あ・・総裁、あと一つ相談があるのですが・・・』

 テイリーは何か大事なことを思い出したようにモニターに近付いた。







「研究用ドームですか?」

 ハクトは待っていたと内心思いながらもポーカーフェイスを務めていた。

「そうだ。君はドール使いとして優秀だ。その資質を生かしてほしい。」

 そう話す上官を見ながらハクトは冷たいものが心を満たすのを感じた。

 《何を言っている。人体実験のサンプルだろ。』

「どうだ?別に強制はしない。君は戦場が長かった。だからこそ、いったん離れないか?」

 上官は柔らかな口調だったが、押しが強い語調であった。

「そうですね。戦場では、いろいろなものを失いました。」

 ハクトのその言葉に上官をわざとらしいほど頷いた。

「そうだ。君は心を休めるべきだ。戦場での傷を癒すのも大事だ。」

 ハクトはその言葉にうすら寒さを感じたが、自分の目的通りに進んでいたのを安心していた。

「いつからいきますか?」

「いけるなら明日からでも行ってほしい。」

 上官は嬉しそうに言った。ハクトは作り笑顔で頷いた。

「そうだ。今日、実は会談でな。」

 上官は何か思い出したように言った。

「会談?」

「そうだ。遠目になるが見てみないか?」

 上官の言葉に少し嫌な感じがあった。

 《聞いてないぞ・・・・》

「ほら、君が以前お守りしてくれた方が来ている。」

 上官はなにやら厭らしい笑い方をしていた。

 ハクトはある人物とのやりとりを思い出していた。







「地連とゼウス共和国が手を結ぶ可能性?」

「そうだ。真っ先にネイトラルが潰されるな。」

「どうしてだ?中立国だろ?」

「ネイトラルの元の姿は研究機関を支援していた財閥だ。」

 横に座るディアはハクトの肩に寄りかかっていた。

 二人は恋人のように寄り添っているが、話している内容は甘くなかった。

「だからこそ、敵に回したくないはずだ。」

「ムラサメ博士の同僚の誰か・・・・ゼウスか地連・・・どっちかにいるのだろう。」

 ハクトは記憶をたどった。

「思い出そうとしても無駄だろう?君はムラサメ博士位しか顔をしらないだろ?」

 ディアはハクトの顔をみておかしそうに笑った。

「ディアは知っているのか?」

 ハクトの言葉にディアは曖昧に頷いた。

「ムラサメ博士に一番近かったのは、ユイの父親だ。彼の顔は知っている。」

「それ以外にいるのか?」

「いる。その人物の顔がわからない。」

 ディアは記憶を探るように眉間にしわを寄せた。

「珍しいな、お前が思い出せないことあるなんて。」

「女だったのは憶えている。だが、途中から化粧が濃くなったのが印象的だった。それに、臭いの記憶が強い。」

「臭い?」

「ああ。化粧品の臭いとタバコの臭い。クロスが嫌がっていたのを覚えてる。」

 ハクトは考え込んだ。

「ユイがゼウス共和国にいたということは、カワカミ博士がいる可能性が高いということは・・・・」

「その可能性が高いのは私も思っている。だが、もしカワカミ博士がゼウス共和国にいたとしたら解明が遅すぎる。カワカミ博士だったらとっくに解明し、プログラムを把握していてもおかしくない。」

「カワカミ博士ではないと・・・・?」

 ハクトの言葉にディアは頷いた。

「当初はカワカミ博士が人体に対するドールプログラムの使用と実験を主張していた。だが、ムラサメ博士が・・・・おかしくなってからは、カワカミ博士はプログラム自体を廃棄したがっていた。」

 ディアは言いにくそうであった。ハクトもディアの言葉に眉を顰めた。

「コウヤはまだ、すべて記憶が戻っていない。・・・むしろ改ざんされている部分が見受けられる。」

「改ざん・・・・辛い記憶だけはどうしても思い出したくないのだろう。」

「辛い・・・か。」

「私たちのことは思い出してくれたようでうれしいが」

「俺らは・・・何かが違うのだろ?」

 ハクトは曖昧だが自信ありげに頷きながら言った。ディアはそんなハクトを見て笑いながら頷いた。

「よくわかっているみたいだな。君はプログラムを開いたかい?」

「開く・・・?」

「そうだ。それをある一定のプログラムまで行くと、その内部で会話が可能のはずだ。」

「会話?通信ではないのか?」

「そうだ。どうやら独自のネットワークがあるようだ。それにたどり着けるのはごく一部のものだ。だから、ユイの救出にはそれを利用する。外にばれないように彼女を目覚めさせる。彼女の自我さえ戻れば奴らは何もできない。」

「ドールで研究施設に行くということか?」

「そうだ。彼女がドールに乗っている時が狙い目だ。君は「天」に停めてる私の船に行くといい。それに私のドールを乗せている。それを使って戦艦フィーネにいるテイリーと合流してくれ。」

「お前はどうする?」

「私は拾う約束をしているものを拾う。君はコウと二人で「天」から出てユイの救出に外から向かってくれ。」

 ディアはハクトに寄りかかり空を見上げていた。

「・・・・拾うもの・・・・?」









 《ディアは何か嘘をつくとき俺の目を見てくれない。》

 ハクトはディアが自分に嘘をついていたことを確信した。

 その確信と同時にハクトはとんでもないことを思った。

 《彼女も自分と同じ考えをしていたのでは》

 やたらと自分を軍から離したがっていた。「天」から出る準備もしている。

 なにより、彼女はプログラムを開いた人間だ。

 ドール同士で会話ができると言っていたが、必要なのはドールプログラムだ。

 研究施設ならあっておかしくない。自分もそれを狙っていた。

「最悪の事態だ・・・・」

 ハクトは思わず口に出してしまった。歩くハクトの前には人が集まっている。

 警備の兵より奥は一定の距離が空けられ、その先には4、5人の貫禄のある老人と若い女性がいた。

 警備の兵より手前に人は群がっていた。その先にいる人物を見たいようであった。

 やはり軍というのは男が多い。見たがるのもわかるがあまり無遠慮だと神経に障る。

 ハクトの前には人がたくさんいるため、彼はその人物を途切れ途切れにしか見えなかった。

 揺れる人の隙間から、警備の兵より奥にいる女性と目が合った。

 女性は驚いたようで、普段表情を露わにしない彼女が目を見開いていた。

 《そんな顔するな。驚きたいのはこっちの方だ。》

 本来ならコウヤとディアの用意した船に乗る準備をし「天」から出るはずだった。

 コウヤは動いてくれているかわからない。

 人々は、女性の視線の先を気にし始めた。

 みな一様にハクトに視線をずらす。

 《だから、そんな目で見るな。》





 《なぜお前がここにいる。とっくに軍から逃げてコウと二人船に乗っているはずだろ?》

 ディアは視線の先にいる男を見つめていた。

 ディアは自分の考えていたことを思い返し、とてつもなく恐ろしい予感がした。

 《お前もか》

 自分と同じことを考えていたのだろう、ハクトは。

 本当にこの男は、私の気持ちをちっとも理解してくれない。

 研究施設に潜り込むということが何を意味するのか。

 どうせ、自分は元総裁である。現総裁ではないうえに、ここはいずれ自分にとって「敵国」のドームになる。

 そうなったときに、自分は捕虜か人質か殺されるか。

 捕虜や人質にするくらいならサンプルにされる。これは、ほぼ確信している。

 じゃなきゃ出向かない。



 おっと、ハクトを見つめすぎた。野次馬がハクトの方を見始めてしまった。

 視線を逸らそうとしても、ハクトは驚いた顔と困惑した顔をしている。そして、その中に恐怖がある。

 たぶん私も彼と同じ顔をしていたのだろう。

 《そんな目で見ないでくれ。》

 ディアは心の中で何度も何度も呟いた。









 会談の会場に通されるディアを遠目で見送りハクトは何とも言えない気持ちになった。

 道を歩く人々が一様にハクトを見つめる。好奇心、嫉妬、羨望いろんな視線があった。

 視線の種類などどうでもいい。彼女がここにいる意味を考えた時の恐怖心を思い出すと何も感じなくなる。

「ニシハラ大尉。」

 声をかけられた。振り向くと「天」に上がってから知り合った軍の同僚がいた。彼らはみなハクトに好奇心を示しているようであった。

「ニシハラ大尉はディア・アスールと知り合いなのか?」

「あれだけ見つめ合っていたら、恋人かと思うぜ。」

 ハクトは普段なら照れてしまうことを言われても、ただ首をてきとうに縦に振ることしかできなかった。

 自分は今どんな顔をしているのだろう。きっと気の抜けた顔だろう。

 話しかけてきた同僚を適当にやり過ごしハクトは軍施設に戻ろうとしていた。

 誰かとぶつかった。

「すまん」

 ぶつかった男はハクトにそういうと立ち去った。

 ハクトは去っていく男を見ていた。男は作業着の裾を引きずりながら走っていた。

 作業着の男が消えていくのを目で追いながら、ハクトは誰か頼れる人物はいないか考えていた。

 だが、誰が敵で誰が味方かわからなかった。味方はいる。だが、敵がどこにいるかわからない。

 《あの上官の様子だと・・・おそらくフィーネのメンツにあたった上司は敵だな。》

 イジーのことの気になる。誰がスパイかも重要だ。

 自分とディアの関係のことは関係者なら誰だって知っている。

 ハクトは何かに気付いたようで急に走り始めた。







 イジーは目の前の稀有な運命を追っている男を見ていた。

 男はそもそも関係者じゃない。だが、誰よりも彼らやドールプログラム、国同士の争いに巻き込まれている。

「イジーはドールの操作ってできるのか?」

 急に話しかけられてイジーは驚いた。

「え?」

「だからドールの操作。俺はとりあえずできるけど、サブドールでのサポートがメインでやっていたから、そっちの方が得意だ。なにより宇宙で戦ったことが無い。もしかしたら、戦力にはならないかもしれない。イジーは軍の訓練で操作やった?」

「私はやっていない。もともと戦闘員じゃなかったから。でも、車の運転は好きよ。」

「じゃあ、研究施設内ではイジーの運転する車で爆走しようか?」

 男は大げさに笑った。

「隠れ方教わっているのにのん気ね。」

 イジーは呆れた。この男は緊張しないのか。自分たちの出るときが近いことに対して。

「別にずっと気を引き締めていると辛いし、集中力は消耗品だ。」

 男はイジーの呆れる顔を見て、彼女の考えていることを当てた。

 イジーはこの男が、かなり周りを見ていることに驚いた。いや、自分がわかりやすい人間なのかもしれない。そして、この男は肝も据わっている。

 人間一度死にかけて、敵軍に潜入するとこうなるのか。

 元はただの学生で普通の生活を送っていたはずだ。だが、彼は普通とは程遠い運命を辿っている。それに、自分たちに話していないこともまだあるはずだ。

「シンタロウは緊張しないの?」

「俺は・・・・もう役割は果たそうと思っているだけだ。会いたい人はそりゃいるさ。けど、コウヤはもういない。」

「そういう男の友情って羨ましい。」

 イジーはユッタに嫉妬したことを思い出した。彼女は死んでいるにも関わらず、自分は小さな人間だ。

「友情でも、俺はコウヤに結構ひどいこと言ったことあるぞ。ドールを扱えるあいつに嫉妬もした。」

「その嫉妬はまだいいんじゃない?私は色恋沙汰での嫉妬だから。」

 イジーの言葉に男、シンタロウは意外そうな顔をした。

「へー、イジーはロボットみたいな子だと思っていたから意外だ。でも、俺だってその類の嫉妬したことあるよ。・・・・」

 シンタロウは何か少しバツが悪そうな顔をした。

「どうしたのシンタロウ?」

「いや、それでもう一人の親友に会うのが怖いと思っている。」

「うわ。その親友かわいそう。」

「ただ、それこそ色恋沙汰さ。俺は考えないようにしてきた。」

「女の人なの?」

「そうだな。俺は、彼女が妹のように思えてな。少し家庭に問題があって、俺が昔から相談に乗っていた。彼女のことは好きだったけど、彼女はコウヤが好きだった。だからこそ気まずい。たぶん彼女に会うのを逃げているんだ。」

「そう。まだ好きなの?」

 イジーはシンタロウの顔色を窺っていた。

「妹のようだった。もうよくわからない。それに、彼女は俺たちを失ったと思っているはずだ。だから怖いんだ。」

 シンタロウは何かを心配するような顔をしたが、直ぐに表情を引き締めてドアをの方を見た。



 シンタロウが見たドアは勢いよく開かれ、作業着の青年もとい、先生が入ってきた。

「先生!!」

 イジーは先生がいら立っていることがわかったようで驚いていた。

「どうしたんだ?」

 シンタロウも同じくわかったようで、なにやらよくないことがあったのでは、と思っていた。



「あのくそカップル・・・・お互いが絡むととんでもない馬鹿思考になる。」

 先生は口を歪ませて吐き捨てるように呟いた。

「くそカップル?」

 イジーとシンタロウは声を合わせた。

「ディア・アスールとニシハラ大尉だ。お互いがお互いを思いすぎて最悪の事態だ。思考回路が似ているうえにお互いが絡むと冷静になれない。」

「ハクトがか・・・・あいつ普段冷静な感じなのに」

「私も、ディアさんはいつも知的な感じだと思っていた。最近も会ったけど余裕そうな表情をしていた。」

 イジーはディアと会った時のことを思い出した。あの時彼女は中佐と会っていた。

 思い出すと胸がまだ苦しくなっていた。

「今回の会談で本格的にゼウス共和国と地連は楽しい共同戦線。ネイトラルも馬鹿ではない。一般国民はとっくに避難させてる。ここで言っておくが、ネイトラルは普通の国ではない。後から国に流れてきた国民は別だが、もともとアスール家の私兵だ。」

「はあ!?」

 イジーは驚いた。

「目的はドールプログラムの解析を止めること。今はいいが。あれは危険すぎる。」

「待って。私も知らなかったけど、そんなことどうしてバレなかったの?」

「「希望」の破壊の後の混乱と、ゼウス共和国の暴走もあった。ネイトラルのトップが全く違う人物というとこも大きかった。最近総裁にディア・アスールが付いたからその可能性が考えられ始めた。」

 シンタロウは疑問に思った。

「何で隠し続けなかったんだ?ディアさんでなくてもトップに置く人物は誰でもよかったんじゃ・・・」

「戦艦フィーネの最初の任務はとあるプログラムの回収。これがすべてのきっかけだ。」

「とあるプログラム・・・?」

「これの悪用を止めるべくしてだと思う。あれが完全に使われるようになったら、地連もゼウス共和国もネイトラルもない。ただの地獄だ。」

「地獄・・・?」

「そのための時間稼ぎだ。目をネイトラルに向けさせそっちの処理に力を入れさせる。地連とゼウス共和国が手を結ぶことは想定外だったようだけどな。」

 シンタロウは不思議そうな顔をしていた。

「地獄ってなんだ?だいたいドールプログラムってなんだ?」

 イジーも頷いていた。

「日常生活に多用されているのもあるけど、私はドールという生体兵器を動かすものだって」

 先生は頷いた。

「そうだ。本来の目的を達成させるためにその形をとっている。今はまだ本来の姿をしていない。」

「本来の姿?」

 イジーとシンタロウは顔を見合わせた。

「そうだ。・・それを知っていてゼウス共和国と地連は躍起になってるのかは不明だ。そもそもどこまでが本当だかわからないのは事実だ。」

「そんなわからない事実のために私兵とはいえネイトラルを犠牲にするようなことができるのか?」

 シンタロウは考えられなかった。そんな曖昧なもののために国を犠牲にする理由が。

 先生は頷いた。

「言えるのは、ドールプログラムを作っている時のムラサメ博士は正常な状態じゃなかった。」

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