あやとり

吉世大海(キッセイヒロミ)

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六本の糸~「天」編~

39.再恐

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 6人の少年少女が楽しそうに笑っていた。

「君たち黙りたまえ。読書の邪魔だ。」

 クロスが眉を顰めて低い声で言った。

 それを見てレイラとユイは大笑いした。

「どうしたのクロス?それおもしろい。」

 レイラは転げまわっていた。

「え?クロスはキャラクター変更したの?」

 ユイも涙を流しながら笑っていた。

 クロスは困った顔をしていた。

 見かねたコウヤが

「それ、ディアの真似だろ。」

 というとすさまじい勢いでディアとハクトが振り向いた。

「当たり。よくわかったね。コウ。」

 クロスはやっとわかってもらえたのか嬉しそうな顔をしていた。

「わ・・・私の?」

 ディアは眼鏡の位置を直しながら声を震わせた。

「そう。どうだった?」

「ディアはそんな怖い言い方しない。」

 ハクトがきっぱりと言った。

「そうなの?僕の中で怖いのってディアの話し方だからな。」

「こわい?」

 ディアは驚きの声を上げた。

「悪い意味じゃないって。つかめない感じでね。」

 そう笑う少年は優しい微笑みをしていた。

「私から言わせれば、クロスは優しい話し方な分、恐ろしいものを秘めてる気がする。」

 ディアは納得してないのか、言い返すように言った。

「ねーねーディア。私は私は?言い方優しいでしょ?」

 ユイが満面の笑みでディアに聞いた。

「君はちょっと頭が軽そうだ。」

「ひどい!!」

「まあ、ユイは馬鹿だから。」

 コウヤも納得したように言った。

「コウまで!!」

「これには僕も同意せざる得ないね。」

 クロスも頷いていた。

「ひどい。レイラはそんなこと言わないよね。だって、私と同じくらいのおバカさんだから。」

 ユイが期待を込めた目でレイラを見た。

「ごめん。私、ユイよりは賢いと思っている。」

 とばっさりと切られた。

「そんな・・・ハクトは・・・」

「多数決なら結果は出てるだろ?」

 ユイはしばらくすねていた。





「馬鹿じゃないもん」

 機械に繋がれた少女は、ゆっくり呟いた。

 その時の彼女の表情は柔らかかった。







「いい演出だ。」

 ディアは満足げだった。

 微笑むディアの視線の先には先ほどから放送されている戦艦フィーネとそれを取り巻くドール群が映っていた。

 ただし、大半のドールが動けない状態になっていた。



『これは警告だ。殺さずにいるのは、彼らが騙されているからだ。私も同じだった。』

 画面はどうやら青と黒のドールのコックピットに繋がったようだ。

『彼らは騙されている。私が味方に撃たれたように。』

 画面にはあるサングラスをかけた男が映っていた。

 男は端正な造りの口元を大げさに歪めていた。

『私は、かつて地連で軍人をしていたレスリー・ディ・ロッド。先ほどの映像ののち、このフィーネに命からがら逃げてきた。』

 そう言うとロッド中佐は不敵な笑みを口元に浮かべた。

 画面を通すと、彼の演技のような抑揚のつける話し方は映えて、ウィンクラー総統よりも様になっていた。



「やはり、総統より彼の方が画面映えするな。」

 ディアは感心していた。

 その横でコウヤは目を見開いて画面の男が幽霊ではないのか疑っていた。





『警告する。私はネイトラルに助けられた身であり、地連に見捨てられた身だ。かつて同じ軍だったものを手にかけたくない。そして、騙されてうごく兵を殺したくない。だが、もし向かってくるようなら、フィーネを沈めるようなら・・・・手加減はしない。』

 そう言うロッドの声は冷酷な戦士と言われていたとは思えない響きを持っていた。



「行くぞ。コウ。あの戦艦に。」

 ディアは車から降りて目の前の戦艦に走った。

「ああ。」

 コウヤも彼女に続いた。





『そんな・・・奴は・・・・死んだはずじゃ・・・・』

 ウィンクラー総統は、もはや演技する気力すらなかった。

 それどころか怯えを前面に出してしまい、情けない顔を晒していた。



「くそ!!あの役立たずめ!!」

 タナ・リードは小型テレビを床に叩きつけた。

 ハクトは呆然としていた。

「ロッド中佐が生きている・・・・」

 《・・・・あの時俺らは、フィーネをあそこに停めることが大事だったのか・・・中佐はずっとフィーネに潜んでいたのか・・・・》

 ハクトは大きな光を再び取り戻した気がした。







 フィーネの中では

「怖かった」

 テイリーが泣きそうになっていた。

「それにしてもモーガンも絶妙だね。画面の切り換え。」

 リリーは感心したように言った。

「いやいや。これもこの人が電波を乗っ取ってくれなかったらできなかったよ。」

 モーガンは照れながらも操舵室に座る一人の初老の男を見て言った。

「本当。輸送船に乗っているのを見つけたときはびっくりしたけど、味方だっていうし。」

 キースはその時のことを思い出しているのか笑いながら言った。

「いえいえ、とんでもないです。私はただ、皆様のお役に立ちたいだけです。」

 初老の男は恐縮したように言った。

「でもおじさん名乗ってくれないのなんで?」

 モーガンは初老の男を探る様に見た。

「私はしがない執事です。どうか、執事と呼んでください。」

 執事はそう言うと、かしこまったように挨拶をした。

「でも、中佐かっこいいな・・・見てみて、ドールの大群怖気づいてる。」

 モーガンはモニターを見てため息をついた。

「彼とこのフィーネなかで過ごす日々は、本当に怖かったです。」

 テイリーはよっぽど気を遣ったのか疲れた顔をしていた。

「ハンプス少佐は知っていたのですか?」

「まあな。フィーネがどこに停まったかとか、フィーネに入るのに必要なコードとかな。ハクトとコウヤが俺を仲間外れにしていたから俺もこっそり動いてやった。」

 キースはやり切った表情をしていた。

「大尉はご存じなのですか?」

 リリーは心配そうにキースを見た。

「知らない。あいつは嘘を付けないだろ。」

 キースの言葉にリリーとモーガンは頷いた。







 恐怖の象徴、畏怖の象徴である黒いドールのパイロット

 レスリー・ディ・ロッドの生存は地連の軍を大きく揺るがせた。



「なんだと・・・あの男は死んだのではなかったのか!!」

 最初のテレビ中継での堂々さが嘘のように、地連軍のウィンクラー総統は怯えていた。

「聞いてない。聞いてないぞ!!」

 圧倒的な力、圧倒的な存在感、圧倒的な恐怖

 それが再び彼を支配していた。

 そんな彼をよそに戦場に出ている若い兵士は全く違う反応をしていた。

 レスリーに手をもがれ激痛にのたうち回っていた地連のドール使い達は

 みな、目を輝かせていた。痛みを凌駕するほどの尊敬と憧れ。

「ロッド中佐が生きていた。あの人は死なないんだ!!」

「あの人が戦場に戻ってきた。ついていくべき人だ!!」

 宙に浮遊する動けないドール。だが、不思議と活力に満ちたパイロットたち。



 一人動かなければまた一人、若いものほどロッドの力は眩しく感じる。

 それは敵軍であったゼウス共和国の軍も同じであった。



「・・・地連と協力するなんて・・・卑怯だと思わないか?挙句手を結ぶとは何を考えているんだ?」

 あるゼウス共和国のドールが他のドールに通信を取った。

「確かに、俺らは手を結ぶために戦っているんじゃない。」

 それに呼応するように他のドールパイロットも発言し始めた。

「地連は憎い。だが、あの船にはネイトラルの総裁が・・・そして、地連が沈めたがっているフィーネを沈めていいのか?」

「そもそもあの男にゼウス軍を殺させていたのは誰だ。」

「黒いドールの男は憎い。それ以上に地連が憎い。」

「今回の騒動は地連が主導権を握っているのではないのか。我々は利用されているのではないのか。」



 ゼウス軍はロッド中佐より地連の軍に対しての憎しみを叫んでいた。

 一人声を上げればまた一人

 ロッドの恐怖を知っている者たちは彼が敵であれ命を奪わないという一時的な優しさに、恐怖で麻痺した心は響いた。



 そんなドールの中で、最初に発言したゼウス軍のドール内では一人の男が微笑んでいた。

「言っただろ・・・・逆転すると・・・」

 男はそう言うと目線をロッドが乗っているドールに移した。

「俺の望みを終わった。後はあんただ。」

 祈るように男は呟いた。







「天」周辺の宇宙空間、フィーネの周囲を満たしている熱気。それは、コウヤ達の前にある戦艦にも同じく満たされていた。

「中佐・・・・やっぱりあの人しかいない!!」

「何を言っている!!早く出港してフィーネを・・・・」

「黙れ!!老害!!指示しかしないくせに!!」

 若い兵士の熱気は、地連の作戦を続けようとする兵士たちを追い出した。

「失礼する。」

 その空気のなかに、ディアが身を投げた。

「・・・・あなたは・・・・」

「私はディア・アスール。先ほど総統様に悪女呼ばわりされた者だ。」

 誰もディアに悪意の目を向けていなかった。

 それを感じたのかディアは堂々と話し続けた。

「実はロッド中佐から、亡命の話を聞いていた。」

 これに戦艦の兵たちはどよめいた。

「ただ、彼は力ある軍人。望まれている間は軍を離れられない。そして、若くて才のある君たちのような兵が心残りだった。」

 兵士たちはディアの言葉に息を呑んできた。

 ディアは視線をきっちり全員に向けて再び話し始めた。

「君たちもわかるだろ?あの任務。あれは生きて帰ることを望まれていない。自分がこれ以上地連にいても何もできない。彼はその葛藤の中、死んだことにして身を隠した。」

 兵士たちはディアの言葉に強く頷いた。

「身を隠す必要があったのは、君たちならわかるはず。そして、彼がなぜ再び姿を現したのかは君たちならわかるはず。」

 ディアは戦艦の兵士たちを順に見て行った。

 兵士たちはディアと目が合うと彼女に頷いた。

「今の地連はゼウス共和国と手を結ぶと言っている。そして、ネイトラルを叩くと言っている。そのあとはどうなる?」

「アスールさん・・・・我々はどうすればいいのです?」

 一人の兵士がディアに聞いた。

 ディアは微笑んだ。

「ディアで構わない。私も君たちと同様若者だ。」

「・・・ディ・・・ディア!!俺らはどうすればいい?」

 ディアは待っていたという顔をした。

「君たちは地連の軍をひっくり返すんだ。ロッド中佐はニシハラ大尉やハンプス少佐とともにそうするつもりだった。」

 若い兵たちはその者たちを知っているのか、目を輝かせた。

「ただ、ニシハラ大尉を助ける必要がある。」

 ディアは声を低くし兵士たちに暗い視線を向けた。



「この戦艦を使ってください!!」

 一人の兵が叫んだ。

 戦艦の空気はその叫びに呼応するように更なる熱気を帯びていった。

 ディアは後ろにいるコウヤに頷いた。コウヤもディアを見て頷いた。







 青と黒のドールのコックピットでは一人の男が笑っていた。

「ははは・・・なんという無様さだ、ウィンクラー総統どの。」

 肩を震わせ愉快そうだった。

 男は笑い終えると通信を戦艦フィーネに繋げた。

「フィーネの諸君。私はこのまま研究用ドームに行く。そこで助けるべき仲間を助ける。」

『ちょっと急ぎすぎじゃないですか?ロッド中佐。』

 キースがたしなめるように言ったが

「ゆっくりしている余裕はないはずだ。そこの執事様にも聞いてみるといい。」

 ロッド中佐は全く聞く気は無いようだった。

『執事様って、もっと準備をしてからじゃないと・・・・』

 キースが話している途中で

「君たちは準備をするといい。私は先に行く。」

 ロッド中佐はそう言うと通信を切った。

 彼は目線を月の上に建てられたあるドームに向けた。

 歯を食いしばり口元に焦りを浮かべた。

「待ってろ・・・・今回こそは・・・・絶対に」

 彼はそう呟くとドールを飛ばした。





「くそ!!あの中佐様は焦りすぎだろ!!」

 キースは通信を一方的に切られたことに腹立たしさを感じていた。

「きっとロッド中佐には考えがあるんだよ。ニシハラ大尉を助ける必要があるし。」

 モーガンがキースをなだめるように言った。

 キースはモーガンを少しだけ睨むと執事の方を見た。

「執事さん。あんたロッド中佐が言っていたことの意味を分かっているのか?」

「・・・・そうですね。」

 執事は頷いていた。

 リリーもモーガンも執事の方を見た。

「執事さん。何が起きているの?」

「・・・・・ドールプログラムを完全に解明するには、いくつかの細かいプログラムを解明する必要があります。それを解明するのに・・・ひらくのに必要なのは・・・鍵と言われる者です。」



「鍵?」



「そうです。ある人物から、レイラ・ヘッセというゼウス共和国の軍人が研究施設に連行されたと聞きました。」

「おい、ヘッセって」

「ゼウス共和国前総統の娘として知られています。彼女も鍵です。これで、今、研究施設に鍵が3人いることになるのです。」

「鍵ってなんだ?」

「・・・・とにかく、ドールプログラムを開かれてしまったら、大変なことになります。」

「執事さん。残りの鍵って誰だ?一人はハクトだろ?」

 キースは執事を疑わし気に見た。

「・・・・もう一人は・・・ユイ・カワカミ・・・・あなた方ならご存じのはず。」

 ユイ・・・・その名前に聞き覚えがあった。

「コウヤ君がかばった子・・・・」

 リリーとモーガンが顔を見合わせて叫んだ。

「そう、聞いております。」

「とりあえず、船を飛ばす。そして、その鍵たちを助けるんだろ?」

 キースは執事の方を見た。執事はキースを見て頷いた。

「お願いします。」

 力強く言った。

「よし!!目指すは研究用ドーム!!行くぜフィーネ!!」

 進みだしたフィーネ。彼らを阻んでいたドールは彼らを止めず、見送っていた。



「降りたい・・・・」

 そんな彼らから完全に疎外された、現ネイトラル総裁は悲しそうに呟いた。







「ロッド中佐が研究用ドームに向かったか・・・」

 ディアはすごい勢いで飛び去ったドールを眺めていた。

「ディア、俺らも行こう。」

「そうだな。だが、その前に兵たちを焚きつけた以上彼らに役割と使命を与える。」

 《ディア、だいぶ落ち着いてきたな・・・》

 コウヤはディアがハクトのことで取り乱していたのを思い出していた。

 ディアは戦艦の兵たちに体を向けた。

「諸君。君たちには地連の軍本部を任せたい。」

 その言葉に戦艦の兵たちはどよめいた。

「本部って俺らがですか?あなたやロッド中佐では・・・」

「私は完全なる部外者であって、協力者なだけだ。君たちは現在軍にいる。上に立つべき人間を選ぶ理由もあり、立つ資格を持つ者だ。決めるのは君たちだ。」

 ディアは兵たちを見回した。

「私たちはそのために、研究用ドームに囚われた者たちを助ける。本部に行き、変えるかどうかを選択するのは君たちだ。」

 ディアは言い終えると微笑んだ。

「決めるのは君たちだ。」

 繰り返し言った。

 ディアの発言が終わると兵士たちは沸いた。

「これで、地連は安泰だな。」

 ディアはコウヤにこっそり言った。

「お前も大した役者だな。」

 コウヤはディアにこっそり言った。

「では、下ろすものを下ろしてハクトの元に行くぞ。」

 ディアは表情を一変させた。







「いったー・・・・」

 アリアは手術が終わったばかりの頭を撫でた。

 《この中に機械が・・・》

 覚悟したはずなのにアリアは急に怖くなった。

「・・・・大丈夫。すべてはゼウス共和国をぶっ潰すため・・・そう」

 アリアはそう自分に言い聞かせると暗い表情になった。

「シンタロウ、コウヤ・・・・」

 アリアはどうやら個室に一人でいるようであった。

「・・・・私はドール使いになる。そして、たくさんのゼウス共和国の兵士を・・・屠る」

 彼女の目には強い憎しみが宿っていた。

 個室のドアが開いた。

「!!なによ」

 アリアはドアの方向を見て叫んだ。

「あらー失礼。でも、あなたの尊厳はもうないから、別にプライバシーもないでしょ?」

 入ってきた白衣を着た女は悪びれる様子もなくケラケラ笑っていた。

「・・・・」

「あら、そんな納得した顔しないで。もうちょっと反抗してもらわなきゃつまんないわ。」

 女は寂しそうにアリアを見た。

「・・・・別に、言い返す気力もないだけ。早くゼウス共和国の兵を倒したい。」

「あらーあなたここがゼウス共和国と共同の施設だって知らないの?」

「え?」

「それに、ゼウス共和国と地連は共同してネイトラルを潰すことにした。いわば、今は味方同士よ。」

 女はにやりとアリアを見つめた。

 アリアは血が逆流しそうだった。怒りと憎しみが心を占めた時

「いた!!!」

 頭が強く痛んだ。

「あら、感情的になっちゃった?」

「・・・・なんで、ゼウス共和国と・・・・」

「あら、大丈夫よ。ネイトラルさえ倒せば、また楽しい敵同士よ。」

 女は楽しそうに笑った。

「そうだった。あなたのその気性が、あるプログラムに合うと思うのよ。」

 女はアリアの腕を掴み個室の外に出た。

「・・・歩ける。」

「あらそう。」

 アリアがそう言うと女は手を放した。

「・・・・見たところ沢山の・・・実験体がいるみたいね。」

「そうよ。沢山いるの。でも、これは雑魚~」

 女はそう言うと一つの厳重に閉められた部屋を指さした。

「あそこはVIP中のVIPのお部屋。」

「・・・・VIP?」

 女は笑顔で頷いた。

「あなたの経歴を見たから、あなたのわかる人物で言うと、ニシハラ大尉ね。」

「!?」

 アリアは意外な名前を聞いたのか驚いた。

「あら?あの人のドール技術見てないの?彼は特別。ま、彼の優れているところは砲撃の指示だから、察知した気配の位置の把握能力ね。」

「・・・・なにそれ?そんな特殊能力みたいなの・・・」

「だから、特別なのよ。」

 アリアは女の言っている意味が分からなかった。

 そこの部屋のドアが開いた。

「あら?噂をすれば・・・」

 どうやらドアが開いたのは誰かを入れるためだったようだ。

「あら・・・」

 運ばれてきたのは金髪の少女であった。

「レイラちゃんか」

 少女を見て女は頷いた。

「・・・あれも特殊なの?」

 アリアは運ばれてきた少女を指さした。

「ええ。彼女も特別。気性が荒くて操りやすかったけど、扱いにくかったからここのサンプルとしては最適。戦場に出したら暴れちゃう。」

 女は楽しそうに語った。

「・・・・あんな子も戦場に・・・・」

 アリアはそう言いかけたが、コウヤがかばった少女のことを思い出した。

「・・・・・」

「あの子、ドールプログラムにうまくはまったんだけど、いかんせん暴れん坊だからね。ドーム一つ壊しかけたわ。」

 その言葉にアリアは耳を疑った。

「・・・・壊しかけた?まさか・・・」

「え?ああ。地連の第6ドームよ。軍施設をがっつりやっちゃってね。まあ、プログラム解析の手がかりと数値をくれたし、あれぐらいはいいってことよ。」

 アリアは女の声はもう聞こえてなかった。

 ただ、扉の向こうに消えた金髪の少女のことを考えていた。

 《あの女がシンタロウを・・・・》

 彼女の目には強い憎しみが宿った。

 感情的になることで頭痛がするらしいが、もはや痛みより憎しみが強かった。









「・・・もう終わりですよ。」

 ハクトは目の前のタナ・リードを見た。

「・・・・君の運命は変わらない。そして、ドールプログラムを開いた時、全ては変わる。」

「父上。フィーネ沈まなかったのね。」

 ソフィはつまらなそうな顔をしていた。

「・・・・・ソフィ・・・・」

 ハクトはソフィを睨んだ。

「やだ大尉。そういう表情素敵ですよ。」

 ソフィは笑っていた。

「ニシハラ大尉。君にはドールプログラムを開く礎となってもらう。」

「・・・・そう簡単に行きますか?」

 ハクトは不敵に笑った。

「?」

 《この男たちは知らないのだ。ドールプログラム内で会話ができることを。》

 ハクトはユイの救出を心に誓い、研究用ドームに向かっていた。

 その強い誓いとは逆にハクトは強い眠気に襲われた。









「ディア。」

 コウヤは戦艦を動かすディアに話しかけた。

「どうした?コウ。」

「いや、ディアは戦艦も動かせるんだなって、すごいな。」

 コウヤは一人だけ平凡に過ごしていたことを強く感じていた。

「大したことない。君だって訓練すればすぐだ。私たちは特殊なのだから。」

「・・・・そうなんだ。あの、ディア。」

「どうした?」

「ロッド家と俺の家に繋がりがあった。ロッド家の所有する地球のドームは軍備がされていた。それに、父さんが噛んでいるとおもうんだ。」

 ディアはそれを聞き頷いた。

「そうだな。あの青と黒のドールはどう考えても違う。・・・・そう、違うんだ。」

 ディアは何か思いついたように呟き、うなだれた。

「ディア?」

「・・・・そうだな。人間一つの先入観で大変な見落としをしてしまう。それだと全てが繋がる。」

「何かあったのか?」

「・・・・いや。私が信じたくなかっただけだ・・・」

 ディアは寂しそうに呟いた。

「なんだそれ?」

「いや、怖いのを意識したのか・・・・」

 ディアは笑っていた。

「コウ。」

 ディアはコウヤの方を見て真面目な顔をした。

「どうした?」

「今から、悲しい話をする。」









『ハンプス少佐!!』

 フィーネに通信が入った。どうやら「天」の軍本部からのようであった。

「どうも。どうした?」

『軍本部は完全にこっち側が乗っ取りました。』

 その言葉にキースは目を見開いた。

「お・・・おう。」

『ディア殿の協力のおかげで軍の老害を退場させることが叶いそうです。』

 聞こえる声は、何かを崇拝しているようだ。

「おい、言っとくけど、大事なのはこれからだからな。」

 キースは念を押すように言うと

『はい!!すべてのことが終わった暁には、ハンプス少佐たちに上に立ってもらいたいです。』

「・・・その時がくることを願おう。がんばれ。」

『はい!!』

 そこで通信は切れた。

「・・・・はあ・・・」

 キースは疲れたようにしゃがんだ。

「ハンプス少佐・・・?今のって軍本部からですよね。」

 リリーは恐る恐る訊いた。

「そうだ。これで、軍本部も俺らの味方なわけだ。」

「じゃあ、軍をひっくり返すのが・・・・」

 モーガンは目を輝かせていた。

「成功したかはこれからだけど、恐ろしいな。アスール様は・・・」

 キースはそう言うと部屋の隅で縮こまっているテイリーを見た。

「そ・・・・元総裁は悪い方じゃない!!」

 テイリーは叫んだ。

「別に悪いとは言ってない。ただ、これはハクトを助けやすくするために焚きつけたな。ハクトも恐ろしい女に好かれたな。」

 キースは笑っていた。

「総裁はそんな恐ろしい方じゃないですよ。優しくて、頼もしい方だ。ハンプス少佐。」

「頼もしいぞ・・・恐ろしいほどに」







 どうやら電車は研究用ドームに着いたようだった。

「・・・・先生の手引きすごいな。」

 シンタロウは声を潜ませて周りを見渡した。

「そうね。ここは最高の場所よ。」

 イジーも声を潜ませて周りを見渡した。

「道具確認。麻酔。小型銃。ロープ。」

 シンタロウは腰に付けたカバンの中を探った。

「ライター。ペン。催涙弾。」

 イジーも腰に付けたカバンを探った。

「あとは現地調達。」

 二人は指さし合い頷いた。

「イジー車の運転はいいのか。」

「そうね。これだけ大きい施設だから、移動用の車あるわね。」

「一台確保しとくか。」

「置き場から全部鍵抜いちゃいましょう。」

 二人はそう言うと動きは遅いが、物音を立てずに走り出した。

「しかし、最新の施設のくせに警備がおざなりだな。」

 シンタロウは侵入の容易さと動きやすさに不気味さを感じていた。

「おそらく、未完の施設なんだと思うわ。だから、今のうちに動くってことだと思う。」

「何で未完のうちにハクト達が必要なんだろうな。」

「・・・・これは私の推理よ。ドールプログラムの応用とかじゃないかしら・・・」

「応用もなにも・・・」

「ドールプログラムの開発者であるムラサメ博士はもともと兵器の開発何か絶対にやらない人だったのよ。」

「もともと?」

「ええ、平和志向の博士だったからね。」

 イジーは何かを思い出しているようだ。

「どうしてこんなものを?」

 イジーは少し暗い顔をした。

「ゼウス共和国に対する憎しみのせいよ。」







「コウ。もし私がゼウス共和国の男を殺しそうになったら止めてくれ。」

 ディアはコウヤに言った。

「え?・・・いいけど、誰かいるのか?」

「ああ。黒幕がいる。見ただろ?地連のトップの頼りなさ。あいつを操っているのはゼウス共和国の軍人だ。」

「いつから通じていたんだ?地連とゼウス共和国は・・・・」

「こういうのは、何か起きた時がポイントだ。お前の父親の研究だって、地連サイドに内通者がいないとゼウス共和国は察知すらできない。」

 ディアは口調をきつく暗くして言った。

「おいディア。あれ、フィーネだな。」

 コウヤは研究用ドームに近付いていく戦艦を指さした。

「そうだな。目指す場所は同じだからな。私たちも急ぐぞ。」

「ディア。ドールプログラムってなんだ?」

「知らない。」

 コウヤの問いにディアは即答した。

「お前の家の財団が作成を協力していたはずだ。」

「・・・・最初の目的はさっきテイリーが発言していた通り、宇宙作業機がきっかけだ。ここから先の一部は省略するが、綿密な機械との接続、そして、神経や脳に直接干渉することで宇宙作業の機械としては最高のものなわけだ。」

 コウヤはディアが省略した部分が気になった。

「ディア、省略したのはどうしてだ?」

「ドールプログラムは人間の脳に直接干渉すると言っただろ?だから、記憶を呼び覚ますことも・・・・改ざんすることも可能だ。」

「・・・・ディア?」

 ディアはコウヤから視線を外した。

「だから、お前はドールプログラムに頼らずに記憶を取り戻す必要があるんだ。」

「省略したのは・・・・俺の戻っていない記憶に関することか?」

「今はハクトを助けるのが第一だ。」

 ディアは曖昧に濁したつもりだが、そのことがかえってコウヤに確信を与えた。

 《ディアの言う、戻っていない記憶はなんだ?そして、どうしてそれがドールプログラムの在り様に関係するのか。》

 コウヤは自分の中に沸いた憎しみを思い出して首を傾げた。

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