あやとり

近江由

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泥の中

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 戻るとマリオだけでなくマツ中尉とサリヤン、ウォルトもいた。

「ソアレス!!」

 悲鳴のような声をウォルトは発した。

「血が・・・・・」

 顔を真っ青にしてサリヤンはソアレスを凝視していた。

「・・・・このドームに医療施設はあるか?」

 マツ中尉はソアレスを見て表情を変え、思案するような素振りをした。



「ドームの奥にある。だが、住居側だから行くのに時間がかかる。」

 答えたのはソアレスだ。

「お前は黙れ。そんな・・・ひど・・・ひどいけがして・・・・」

 ウォルトは泣きそうな顔をしていた。どうやらあまり血を見たことが無いみたいだ。

「戦艦を呼んだ。ここの軍事ドームの異常はもう本部に伝わっているはずだ。」

 マツ中尉はソアレスに寄り、傷を見て顔を顰めた。

「どうしてこんな怪我を・・・・」

「俺を庇ったせいです。」

 キースは俯いた。申し訳ない気がした。実際にキースを庇わなければソアレスは怪我をしなかった。

「俺が動かなければキースは死んでました。なら、俺の左腕の方がましだと判断しました。」ソアレスはキースを庇うわけでなく淡々と言った。

 マツ中尉はキースとソアレスを見ている。

 ウォルトとサリヤンは驚くような目でソアレスを見ていた。その様子から二人は何かを切り捨てる判断をしたことがないと分かった。

「それに・・・・その前にキースは俺を助けてくれてます。彼がいなければ、俺はここの兵士たちと同じく肉塊になってました。」

 ソアレスの言葉を聞いてウォルトとサリヤンは息を呑んだ。

「肉塊・・・・ここの兵士はそんなことに・・・・」

 マツ中尉は悲痛な表情を浮かべた。

「はい。俺らが見た中で人の原型をとどめているのは・・・・拷問された形跡のある通信施設の職員だけです。」

 キースはこの軍事ドームで見た兵士たちの無残な姿を思い出した。胃液がこみ上げてくる。横を見るとソアレスも同じようだった。

「・・・・コーダは間もなく来る。その時に艦長に話せよ。キング大尉は融通の利く人だ。」

 マツ中尉はなぜか誇らしげに言った。どうやらバング・キング大尉と良好な付き合いがあるようだ。







 マツ中尉の言った通りコーダはすぐにドームに到着し、大けがをしたソアレスはすぐに担架に乗せられ運ばれた。

「キース・ハンプス准尉・・・・」

 ドール乗りとして与えられた新しい階級を呼ばれた。その声色には厳しさと軍人というイメージの厳つさが詰まっていた。

 そんな声に気圧されながらキースは声の主を見た。

「なんですか?」

 返す声が臆病な気がしたが、気にしないでいた。

「君に訊きたいことがある。少しいいか?」

 厳つい声の主は、その声に合った風貌をしていた。

「艦長・・・・・はい。大丈夫です。」

 キースは声の主、バング・キング艦長に向き直り、姿勢を正し敬礼をした。

「こっちに・・・・」

 艦長はそう言うと別室にキースを招いた。



 招かれた部屋にはマツ中尉がいた。

「隊長・・・・」

 マツ中尉はキースをみるとニヤっと笑った。

「やあ、キース・ハンプス准尉。これからの作戦について話したい。」

 マツ中尉はそう言うと艦長がいるのに関わらず偉そうに椅子に腰を掛けた。

「お前は態度がでかいな。私がいることを忘れているのではないか?」

 キング艦長はマツ中尉をあきれ顔で見ながらも、ゆっくりと椅子に腰かけた。



「これは・・・・何の話を?だいたい・・・作戦の話なら他の隊長と合流してから・・・」

 キースの言葉にキング艦長は首を振った。

「マツ中尉は軍事ドームを怪しいと睨んで動いていた。他の隊は生きてこの船に戻れるかわからない。」



「は?」



 キースはキング艦長の言っている意味が分からなかった。

「俺は密かにキング大尉に自分がどう動くか伝えていた。軍事ドームが怪しいという前提で動くと・・・・・お前だって見ただろ?油断しているとあの残骸のようになる。」

 マツ中尉が言っていることの意味も分からなかった。

 いや、分かったら怒るだろう。

 実際に今、頭に血が上りつつある。

 理解してはいけない。

 だが、もう手遅れだった。



「お前らは・・・・無駄死にを出しても構わないというのか?」

 キースは押し殺そうとしていた。だが、実際に出た声は部屋中に響いた。

 口に出すと意味を再び理解した。

「危険性を分かっていたうえで、他の隊に伝えなかったのか?犠牲が出て当たり前の作戦だろ?お前らは人の命をなんだと思っているんだ!?」

 言いだしたら止まらなかった。

「お前等の情報を伝えればヴィーデは沈まずに済んだのではないのか!?隠した情報のせいで出た犠牲は無駄死に以外の何者でもないだろ。人でなし!!」

 キースはまだまだ言いたいことがあったが、頭に溢れる言葉に口がついて行かない。

 マツ中尉どうして!?

 先ほどの戦闘で自分を止めてくれた。フォローしてくれた。

 言われたかった言葉をくれたことで、読めない彼に対して読めないなりの信頼を覚えていた。

 なのに彼の行動が、わかっていてなにもやらないという行動がキースには許せなかった。

 一度信じたからか、信頼しているからか。



「まあ、落ち着けよ。お前ならそう言うと思っていた。あと、なめんなよ。マリオット中尉もホルツ中尉も隊員を簡単に死なすことはない。生きて戻ってくる。」

 マツ中尉は特に気にかけていない様子だ。だが、キースが他の隊が犠牲になっていると思ったと感じたのか、そこだけは気にしていた。



「お前の言った通りだな。優秀なのはドール操作だけか・・・・」

 キング艦長はため息をつきながら言った。彼もまた、キースの発言を気にしていない様子だった。

「だけではないです。まあ、キース。お前だって見らだろ?ウィンクラー大将の意見が全く聞き入れられなかったこと。」

「耳に入れるだけでも・・・・」

「突っぱねられた。全く取り合ってもらえなかった。」

 マツ中尉は両手を広げ降参のポーズを取った。



「・・・・ハンプス准尉。これが現実だ。階級は与えられるが、我々前線組の意見が作戦に反映されることはない。だから、我々は臨機応変に動ける動く側に付くことでしか軍で生きていく術はない。」

 キング艦長は眉を顰めながら呟いた。

「・・・・・」

「ハンプス。お前の感覚を教えてくれ。」

 マツ中尉は黙るキースを見て言った。

「え?」

「俺はドールの適合率は二桁以下だ。お前には劣る。感覚はお前が一番優れている。これは事実だ。」

 マツ中尉は真面目な顔だった。

「感覚って・・・・」

 マツ中尉はキースの肩を掴んだ。

「軍事ドームに入る前に寒気がすると言っていただろ?それだ。オカルトは信じないが、ドールでの作戦では、共に行動する仲間の感情が恐ろしいほど読み取れる。死んだ人が発する感情か何かを察知できてもおかしくないのかもしれない。もしかしたら・・・・敵も」

 マツ中尉は話すほどに興奮していき、目がキラキラしていった。



「落ち着けマツ中尉。」



 キング艦長は興奮するマツ中尉の肩を掴み、キースから離した。

「ハンプス・・・作戦の犠牲を最小限に済ませることができるかもしれない。その感覚が冴えればだ。」

 マツ中尉は一呼吸を置いてから今度は落ち着いて話し始めた。



「余談はいいだろう。これからの作戦だが、希望付近の殲滅作戦は変わらない。軍事ドームが対象に入っただけだ。戦艦一つ沈められているのに本部は増援も出さないようだ。」

「え?」

 キースはキング艦長の言葉に呆然とした。



「階級は与えられるが、俺たちはいわば使い捨てだ。わかるだろ?だから、こうやって前線で作戦を練る。本当は犠牲が出る前に3艦集まって相談する予定だった。」

「艦長・・・・・」

 キング艦長の話し方には、沈められたヴィーデを悼む様子が見られた。



「作戦続行が不可な場合は撤退が許される。だが、連絡したところ・・・・俺たちが出発した軍事ドームは引き払っている。こんなあからさまな捨て駒作戦聞いたことない。」

 マツ中尉は、口調は軽いが、明らかに怒りを露わにしている。

「・・・・何でこんな捨て駒作戦を?」

「面白いことを教えよう。この作戦の責任者はレイモンド・ウィンクラー大将だ。」

 キング大尉は人差し指を立てて、口元を歪めながら笑った。



「は?」



「責任者の意見を却下する作戦本部。これはレイモンド大将の失脚のために仕組まれた作戦だ。」

 マツ中尉は断言した。



「そのためにこんな犠牲を・・・・・」

 キースは愕然とした。

 自分は正義感をもって、義務だと思った。

 何もできないでいた無力感、怒りを感じたから。

 その正義感をこんな些細なことに利用するなんて。



「お前は真面目過ぎる。そして夢想家で、きれいごとで生きている。俺の言葉に逆上したけど、わかっているんだろ?」

 マツ中尉は腕を組み、うなだれるキースを見下ろした。

「・・・・・」

 キースは認めなければならなかった。

 マツ中尉が自分のことをよくわかっていると・・・



「ハンプス准尉。君に言いたいことは・・・・万一の時はこの戦艦含め・・・・巻き込まれる前に逃げろ。」



「逃げる・・・・?」



 キースはキング艦長の言葉をオウム返しした。意味が分からない。



「そうだ。お前は逃げろ。作戦の遂行などない。生き抜くためだ。それの援護をマツ中尉がする。」

 キング艦長はマツ中尉を差した。



 要は、作戦でヤバくなったらマツ中尉に援護されながら撤退しろということだ。

「なんで・・・・」



「逃げる判断は俺かマツ中尉がするが、お前が逃げたいと思ったら逃げてもいい。」

 キング艦長は宥めるような口調だった。

「いや・・・だから・・・」

「この光景を見たものが生きている必要がある。その作戦を伝説にしてはいけない。」

 キング艦長は、納得できるはずのないキースに熱意を込めて語るように言った。

 キースはキング艦長の言葉を聞き、悲しくて不安になった。



「あなたは死んでもいいんですか?」



 キースの言葉にキング艦長はゆっくりと首を振った。

「死んでもよくない。だが、私らの死が風化するのはもっと良くない。」

 キング艦長は笑顔で言った。



 マツ中尉は無言でキング艦長とキースのやり取りを見ていた。



「ドール操作の能力が高いお前が一番生き残る確率が高い。それが何よりだ。」

 キング艦長はそう言うと、キースを羨ましむような目をした。

 少し誇らしいと思っていたドールの適性。この作戦で本当に誇れるものなのだと感じたが、それよりも寂しさが勝った。

 特別の様に扱われる。他と違う。

 自分は他の仲間と共に作戦を全うすることはできないのか。







 キング艦長との話が終わり、キースはマツ中尉と並んで廊下を歩いていた。

 足元がおぼつかない。艦内なのに、まるで宇宙空間を歩くような、床が無いような



 キースは脱力するような気分だった。

 作戦に助言が必要なのか、軍事ドームの様子と襲われた時のことを・・・苦しいが、訊かれれば報告する。いや、報告しなければならない。そう思っていた。

 だが、逃げろと言われるとは思わなかった。他の仲間を見捨てろということだ。

 生き残るためにだ。



「何で・・・・他のやつらは・・・・一緒に逃げればいいだろ。」

「逃げるさ。これからの作戦は逃げることだ。殲滅なんかどうでもいい。このドームもいつまで大丈夫かわからない。」

 マツ中尉はキースが敬語でないことを咎めず、応えた。

「万一の時の話さ。俺も大尉も死ぬつもりもないし、死なすつもりもない。だが、お前は万一の時にそんな命令が下されてすぐ飲み込んでくれる奴ではない。」

 マツ中尉は何でもないことの様に言った。



「撤退すればいいじゃないですか!?事態は変わっています。上に何を言われようとも捨て駒作戦で犠牲を出すより・・・・」



「戻れない。俺たちが集められた軍事ドームは希望にやや近いところだ。そして、今はそれよりも希望寄りに付いている。周辺の軍事ドームが怪しいとなると・・・・一番安全圏になるのは・・・・『天』だ。」

 マツ中尉の言う通りだ。正直言って、警備状況が安定しているのは、地連の宇宙内で唯一軍本部が置かれている『天』だ。まあ、地連所有の宇宙ドームが『天』以外は軍事ドームであるからだが



「作戦は続行ですか?」

 作戦続行でも、撤退でも行く先は変わらないの。

 この軍事ドームでの補給が終われば、直ぐに出発だ。

 恐ろしいことに月周辺に軍事ドームはまだまだある。

『希望』は月の地上にあった。同じ地上の『天』に向かうのなら『希望』の周辺を通るだろう。

「お前たちが見たもの報告はソアレスがしてくれた。だからお前は報告しなくていい。」

 マツ中尉はキースの問いに応えなかった。

「作戦は続行ですか?」

「ソアレスから聞いたと思うが、あいつは宇宙のパトロール隊に配属される前は反社会勢力の取り締まりをしていたんだ。踏んできた場数と状況が他と違う。落ち着いている奴だから俺は隊員として欲しいと申し出たんだ。」

「作戦は?」

 キースはマツ中尉の言葉を無視して何度も訊いた。いや、無視しているのはマツ中尉だ。



「・・・・続行だ。逃げるにしても変わらない。俺に確かめなくてもわかるだろ?」

 マツ中尉はため息をつきながら言った。言葉の端に失望が見えた気がしてキースは胸がざわついた。

「中尉はどうお考えですか?」

「くそくらえだ。」

 マツ中尉はそう言うと笑った。どきりとするほど素直な顔だ。この人はこんな笑い方をする人だったのか。

 そうだ。この人は真っすぐな顔を出来る人だった。



「あなたの本音ですか。初めて見ました。」

 キースは見えないマツ中尉の本音を初めて見た。

「なんだよそれ。俺がいつでも本音を言っていないと思っていたのか?」

 マツ中尉は困ったように笑った。



「・・・蓮の花の話。あの時は本音でしたか?」

「覚えていたのか?そんな昔の話。」

 マツ中尉はキースの言葉を聞いて少し嬉しそうに笑った。

「ええ。似合わない話だと思ったので。」

「ひでえな。あれに関しては本音も何もない。ただの思い出話だ。」

 だが、目を細めて綺麗な笑顔を見せることから「ただ」のではないようだ。



「あなたは軽口が多いですから、どれが本当かわからない。この隊で行動してまだ数時間ですが・・・・・真意が見えないのもありました。」

 素直に笑われたら、キースも素直に話してしまう。こういうところが真面目なのか、嘘をつくわけでないが、隠し通すことに後ろめたさを感じた。



「隊長の真意なんて・・・お前、わかっているだろ?俺はさっき話したこと以上のことは考えてないぞ。お前と違うからな。」

 マツ中尉は相変わらず一言多いが、安心したように笑った。

「正直苦手ですよ。あなたは・・・・」



「俺はお前のこと好きだけどな。お前だって俺のこと好きだろ?」

「苦手って言っているじゃないですか!?」

 あっけらかんと話を聞いていないような発言をする上官にキースは呆れた。

「だいたい、惰性で軍にいるだろ?なんて言われた人にいい感情を抱く人は・・・」

「図星だっただろ?もう、惰性も何も言っていられないがな。生き残ることが大事だ。それに・・・・あの時のお前は戻れた・・・・いや、それも勘違いだったのかもな。」

 マツ中尉の言葉を聞いてキースは彼が素直になっていた理由が分かった。それと同時に寂しくも思った。

「俺が羨ましかったんですね。」

 そして、マツ中尉の言った「戻れた」という言葉の意味をなんとなく察した。

「もう、俺のことが羨ましくはないんですよね。きっと・・・・」

「それは俺が決めることだ。お前の能力は羨ましい。」

 マツ中尉はキースに馴れ馴れしい笑顔を向けた。



「俺はやっぱり、あなたが嫌いです。」



 マツ中尉は驚いた顔をしたが

「ははは、生き残れよ。」

 すぐに笑った。

「・・・・俺でなくて、他のやつを逃がした方がいいのでは?ソアレスは経験豊富だし、マリオはいい奴だ・・・・サリヤンは階級が欲しいらしいし、ウォルトはゼウス共和国に強い憎しみを持っている。そういうやつの方が・・・・」

「だが、ドール操作能力は抜きんでている。なにより賢い。俺よりもな」

 マツ中尉は断言した。

「え・・・・」

「青臭いところがあるくせに命令に真面目なところとかは融通が利かなくてよくないが・・・」

「それ、賢いですか?」

 キースは褒められているのか貶されているのかわからなくなり笑ってしまった。

「お前は感情を優先して考えるから、頭に浮かんだものを否定する。気付いているのに気付かない。感じたものと頭に浮かんだものは違うはずだ。」

 マツ中尉は自分の頭を指差し、キースの胸を指差した。

「頭を介して動かなかったから、生き残っているのだろう?俺はお前のその判断と判断を生かせる能力を買っている。誰よりも青臭く正義感を持つ綺麗ごと野郎のくせにな・・・」

 マツ中尉は差した指を上に向けて



『だったんだがな・・・』

 口の形で静かに呟いて複雑そうな表情でキースを見た。



「・・・・戻れない・・・・のでしょうか・・・」

 なりふり構わない判断が命を救う。綺麗ごとを掲げるだけでない状況。

「知らん。お前の事だろ。」

「俺の行動は、確かに隊員を救ったかもしれないけど・・・」

 キースは一心不乱になって振り回した武器と消えた命の感覚を思い出した。

「間違いだったとかいうか?」

「違った手段もあったのでは、俺は融通ではなく、自分が・・・・」

 怖いと言いかけた時、マツ中尉はキースを見て首を振った。

「間違いとか、事柄に正解不正解つけるなよ。俺が生きてきた27年間正解なんて、机の上でしか見たことない。賢いお前ならわかるだろ。起きてしまったことに正解不正解はない。今までの作戦であったのは・・・最善だけだ。」

 マツ中尉は慰めるために言ったのであろうが、途中で言葉に力が入っていた。

「・・・・そうですね。でも、俺はやっぱり考えてしまいます。」

 マツ中尉の言っていることはよくわかった。だが、手の感覚が残ることには変わらない。



「そうだな・・・・お前の状況は・・・・心で悪いと分かっていながらもアルコールが止められないのと同じだ。」

 と笑った。



「それ違います。」

「だよな。」

  



  

 ソアレスが手当てを受けている部屋に入ると

「キース!!」

 戻っていたキースを見つけるとマリオが走って寄ってきた。

 彼の後ろにサリヤンとウォルトがいる。どうやら隊員同士で話していた様だ。

 ベッドに横たわり、腕をガチガチに固めれたソアレスはよおと言い不自由そうに手を振った。

「みんなで秘密の話か?俺も入れてくれよ。」

 柄にもなく軽口が出た。

「そういうお前だって、艦長と隊長と何を話していたんだ?」

 興味津々でウォルトが聞いてきた。こいつ実は俺とマツ中尉に盛大に喧嘩してほしいのでないのか?と思ってしまう目の輝き方だ。

「喧嘩の仲裁は艦長なのか?」

 更なる発言でキースの考えは当たっていたことが分かった。

「よせよ。隊長がそんな無駄な争いするわけないだろ。ああいうタイプは視野が広くて合理的だ。」

 サリヤンは呆れたような表情で両手を広げていた。

「やけに上から目線だな。」

 そういえば、サリヤンには先ほども自分のことだが諭された。

「そうだな。まるで人のことを良く知っているみたいだ。上から目線だったらキースもだけどな。」

 ウォルトはサリヤンとキースを順に指さした。

「え?」

 キースは上から目線という自覚がなく、そんなことを言われるとは思っていなかった。

「サリヤンは他人を分かりきったという態度で上から目線だけど、キースは自分の感覚というか善悪や正義が絶対だと思っている気がする。」

 ウォルトはそう言うとマリオやソアレスにねーと同意を求めていた。

 マリオは苦笑いしていた。

「二人とも・・・・大学行っているだろ?態度というか何となくわかる。インテリの雰囲気があるからな。」

 とソアレスはマリオに同意を求めた。

「そうだな。俺は運動しかやっていないからなおさらわかる。」

 マリオはソアレスには同意をした。どうやらまだ角が立たないと思ったらしい。

「なんか・・・・俺だけがバカみたいな状況だな・・・・」

 一人だけ子供なことを言っている気がしたのか、ウォルトは口を尖らせた。

 軽口を叩き合う仲間を見て、なおさらマツ中尉達と何を話していたのかを言えないと思った。







「今回の件で念頭に置くべきことは、作戦の情報が洩れていることだ。ヴィーデが沈められたタイミングが良すぎることから警戒して損はない。このことから、作戦と違う動きをするのはよくない。」

 キング艦長はモニターに空図を写しながら話した。

「出発地点の軍事ドームは引き払われていると考えよう。連絡が取れない。そして、宇宙圏の安全地帯は、『天』周辺だと考えよう。」

 空図で『天』と書かれた地点を指した。距離を置いたところに『希望』と書かれた地点がある。

「希望周辺の探索だが、正直言うと『希望』があった地点から瓦礫はだいぶ舞ってしまっている。廃墟はあるが、周りに身を隠す瓦礫が都合よくあるとは思えない。まして、周りに軍事ドームがある。それを考慮して・・・・俺たちは『天』の港近くから地球降下を目指す。」

 キング艦長の言葉に辺りはざわついた。



「この作戦はセーニョにも伝えている。ヴィーデが沈められているのを知ってから向こうも同じようなことを考えていたらしい。」

 マツ中尉は艦長の説明に付け加えるように言った。



「・・・・一番生存率が高いな。この無駄な作戦の中で一番効率的なのではないか?」

 そう言ったのはホルツ中尉だ。

 その口調から、彼もこの作戦の無駄さに気付いていたようだ。

「『天』の港付近から地球に降下がなかなかいいな。輸送船が近くにあれば何もできまい。まあ、軍からは叩かれるがな・・・・」

 マリオット中尉も同意していた。

 二人の言葉から、レイモンド・ウィンクラー大将の敵に通じているものが居るというのは確定事項だとわかる。

 作戦の説明を聞き、頷くホルツ中尉、マリオット中尉、マツ中尉

 隊長達は捨て駒と思われていると分かっていても、態度に出していなかった。

 三人の隊長を見て、キースは大人だと実感した。



 他の隊の隊員を見ても、隊長を信頼しているのがわかる。

 彼らもキース達と同様に一度出撃をしているはずだ。だが、ヴィーデが沈められたと連絡が入って戦艦に撤退したと聞いた。きっとその判断は隊長が下したのだろう。その判断が正解かは分からないが、今生きているのは確かだ。



 他の隊員と隊長達を見ていると、マリオット中尉とホルツ中尉とに目が合った気がした。



 二人もまた、キースが艦長に言われたことを知っているのだろうか・・・

 そんな疑問が生まれたと同時に罪悪感も生まれた。



 作戦は『希望』に向かいながらも徐々に『天』に軌道修正し最終的には地球降下を目指すというものだ。戦艦が沈められたことと敵の戦力を察知できない状況から、撤退するのがいいと判断したといういことだ。



 けど、地球に降りてどうするのだろうか・・・・

 大気圏に入る時こそ一番防御できないのではないか。

 皆はそう思わないのか・・・・・

 作戦に対して迷っているとポンと肩を叩かれた。

 振り向くとマリオット中尉がいた。



「マリオット中尉・・・・」

 マリオット中尉はキースと目が合うと頷きそのまま立ち去った。

 彼の様子から、自分が何と言われたか知っていることが分かった。

 そう思うと、叩かれた肩に重みがあるものを乗せられた気分になった。



 マリオット中尉が立ち去った方向を見ているとまた肩を叩かれた。

 振り向くとホルツ中尉がいた。



「ホルツ中尉。」

 彼もまたマリオット中尉と同じなのだろう。



「君は悪くない。」

 ホルツ中尉はキースと目が合うと、意外なほど優しく微笑んだ。



 何か言葉を返そうと頭を働かせているうちに彼も立ち去って行った。







「ドールの整備と補給はしっかりとやれよ。」

 マツ中尉の指示通りドールの燃料は満タン、コックピット内の空気は1週間持つようにされた。

「ソアレスは・・・・?」

 不安そうにウォルトが訊いた。

 単純に考えるとあの怪我ではドールには乗れない。そもそも、戦線離脱だ。

「ソアレスは艦内に残る。あの怪我だったら腕の操作に支障が出る。」

 マツ中尉の回答にウォルトはしょんぼりとした。

 味方に見放さされた状況の心細さだ。隊員が一人でも欠けるのは寂しいだろうし、何よりも不安だ。



「見送りぐらいするぞ。」

 後ろから声がかかった。

 振り向くとソアレスが左腕を不自由そうに固められたまま立っていた。



「ソアレス!!」

 ウォルトは目を輝かせて走り寄った。



「悪いな。理論的には戦えるはずなんだが、動かすと血が出ると言われてな。厳重に止血してもらったら行くつもりだ。」

 ソアレスは左腕を固定するギブスをガンガンと叩いて言った。



「無理はするなよ。」

 マリオは顔を顰めてソアレスの左腕を見ていた。

 傷の状況を知っているため、ソアレスの言っていることが無茶だと分かっている。

「あてにしないで待っているぞ。」

 サリヤンはかっこを付けるように顎をさすりながら言った。





「ソアレスの穴は大きい、うちの隊はコーダの真下を移動する。要はコーダの守りだ。」

 マツ中尉は安心させるように言った。

 その言葉にウォルトとサリヤンはほっとしていたが、キースとマリオは違った。



 二人は最初の任務で護衛するはずの輸送船を破壊され、戻るべき戦艦も破壊された。

 そんな記憶があるため、艦の護衛というのは安心のできる仕事ではなかった。



「軍事ドームを潰そうと思っている。潰すには戦艦レベルの戦力が必要だ。砲撃だ。」

「・・・・でも砲撃っていっても、このレベルの戦艦だと軍事ドームを簡単には・・・」

「内部に入って破壊する。外からじゃない。」

 ウォルトの言葉にマツ中尉は断言した。



「内部からか・・・・それならあわよくば補給しながらできる。結構な安全策だと思います。」

 サリヤンは頷いて安全策だと自分に言い聞かせるように何度も呟いていた。



「補給しながら進める。体力勝負だが、どこから出てくるかわからない以上、軍事ドームを全て潰す。正直言って、全部占領されている可能性もある。コードで本部と連絡を取り合っていることを知っているのなら尚更だ。俺は・・・・隊長として隊員を生き残らせたい。」

 マツ中尉は隊員の顔を順に見た。







「何を話していた?」

 出撃を待つ緊張感のなか、マリオが声をかけてきた。

「マリオ・・・・」

 マリオの声色と表情に今までにない緊張が見え、キースも緊張した。



「・・・・・なんか違うな。今までも命が無いかもしれないと思ったことがあった。」

 マリオはキースの座るベンチの横に腰を掛けた。

「今までは・・・・・生きて帰ってくることが望まれていたんだろうな・・・・」

 キースはしみじみと呟いた。



「お前が深く考えずに感覚的なことを話すのは珍しいな。」

 マリオはびっくりした顔をした。

「考えるのが疲れたんだ・・・・・色々あったからな。」

 キースの頭の中はマツ中尉とキング艦長との会話のことで一杯だった。

 考え込むような疲れたキースの横顔を見てマリオは笑った。



「・・・・俺に死んだ弟がいたって前話したよな・・・・」

 ぽつりとマリオが呟いた。



「・・・・ああ。」



「弟は・・・・正義感があって、青臭かった。頭が無駄にいいせいで融通が利かない不器用な奴だった。」

 マリオはそう言うとキースを見た。



「・・・・・」

 キースは見つめてくるマリオの目を見返した。



「・・・・・キース。本当はよくないのかもしれないが、俺はお前に弟を重ねていた。」

「・・・そうだと思っていた。」

「ただ、弟は、お前ほど勘はよくなかった。」

「・・・・・」

「あいつが生きていたら、きっとお前のような成長の仕方をするのかな・・・・」

「俺は成長していない。」

 キースはマリオの言葉に首を振った。

 マリオは寂しそうにキースの様子を見た。

「悪いな・・・・・弟と重ねていたといっても、お前は俺の親友だ。」

 マリオは何かを振り払うように目線を床に向けた。



「俺も重ねられても関係ない。マリオは親友だ。」

 キースはマリオに本心を言った。

 だが、彼の目を見れなかった。

 頭の中にはマツ中尉の言葉、キング艦長の言葉が回っていた。



 幸いなことにキースがマリオの目を見れないことにマリオは気付いていなかった。





「ソアレスこれはどう使うんだ?」

 ウォルトのはしゃぐ声が響いた。



「お前はギブスのぶら下げ方も知らないのか?」

 ソアレスは輪になった布に腕と首を通して腕をぶら下げて見せた。



「・・・・ウォルトはソアレスに懐いているんだな・・・・」

 声の元を見ると楽しそうに笑うウォルトと困ったように笑うソアレスがいた。

「お前がいないときに話していたが・・・・ウォルトは父子家庭だったが、『希望』の襲撃で父親を亡くしている。」

「たしかに・・・・この隊の中だとソアレスが一番父親っぽいな。」

 キースは他の隊員たちの容貌を考えていた。

「俺だけでないんだな・・・・失った家族を誰かに重ねるのは・・・・」

 マリオはウォルトを見て寂しそうに呟いた。



「・・・・重ねても重ねなくても関係ない。俺たちは仲間だ。」

 キースは自分に言い聞かせるように言った。



 俺はお前らを置いて逃げるかもしれない。

 生き残るためにお前らを見捨てるかもしれない。

 仲間なのに捨てるんだ



 頭の中で何度も何度も言った。

 だが、不思議と頭の中でも謝ることはできなかった。



「・・・・・おい」



 不意にかかった声にキースは振り向いた。

 後ろにはサリヤンが立っていた。



「サリヤン。お前も誰かに甘えたくなったか?」

 マリオはぎこちなく笑った。



 サリヤンは首を振った。

「二人のところ邪魔して悪いが・・・・キースと話がしたい。」

 サリヤンはキースを顎で指した。

「俺と?」

「俺は?」

「・・・・・心理学か?お前が専攻したのは。それとも文化とか思想関係か?落ち着くために少し賢い話がしたい。」

 サリヤンはそう言うと有無を言わせぬ空気でキースを誘った。



「賢い賢いサリヤンは賢いキースとしか話が合わないってわけかー。くそインテリめ!!」

 憎々し気な言い方なのに笑顔でマリオは去って行った。どうやら軽口のようだ。



「・・・・あいつも難儀な奴だな。」

 サリヤンは笑顔で立ち去るマリオを見て呟いた。







「サリヤン・・・・俺実は文学部なんだ。」

「ああ、別に関係ない。」

 サリヤンはけろっとしていた。

「え?」

「俺も別に専攻は心理とか思想関係じゃない。」

 サリヤンは先ほどまでマリオが腰かけていた場所に座った。



「サリヤンはてっきり心理専攻だと思った。」

 キースは人を分かりきった発言をするサリヤンを思い出していた。

「俺の話し方が上から目線だからか?心理のやつならもう少し賢い話し方をする。人間的にだがな。」

「サリヤンは何を話したかったんだ?」

 賢い話と言った割には、学問の気配がしなかった。



「・・・・俺は、生物専攻だ。」

「生物・・・・」

「動物の競争や進化、存続についても理屈が結構好きなんだ。」

「意外だな・・・・だってお前がそんな割り切れるのか・・・・・」

「言いたいこと分かってくれて嬉しいぞ。やっぱり賢いな。」

 サリヤンは諦めたような、自暴自棄のようなため息をついた。



「・・・・わからない。」

 キースはとっさに否定した。



「キース・・・・俺は生き残るのに優れた種を残し、それ以外は糧となる・・・・それが前提のものをずっとやっていたんだ。この状況だったら何が優れているか、何が糧となるか・・・わかるだろ?」



「お前はいいのか?」

「よくないに決まっている。だが、ここでごねて存続を・・・・俺たちが生きていたことを完全に忘れられるのは嫌だ。」

 サリヤンはキースを見た。



「この状況で存続に該当するのは記憶だ。このまま犬死し、生きたことが無くなるのは嫌だ。」

「サリヤン」

「俺は階級が欲しかった。だけど俺は生きたことが無くなるのが嫌だ。この作戦で生きていたことを消されるのは嫌だ。」

「だったらサリヤンも糧にならないで・・・」

「お前が一番生き残る可能性が高い。」

 サリヤンは首を振った。サリヤンもまた、マツ中尉とキング艦長と同じことを言っていた。

「俺にどうしろと・・・」

「他の隊員たちは知らない・・・・だが、お前が逃げ切れるように俺はお膳立てをする。」

 サリヤンはキースを真っすぐ見ていた。

「サリヤン・・・・」



「俺は『希望』出身なんだ。大学は地球に行ってな・・・・両親も地球に付いてきた。ちょうどそんな時だな、『希望』一帯の空域が危険空域に入って、俺の記録を持った『希望』は消えちまった。俺の記録は無い・・・・両親もこの前病気で相次いで死んだ。俺の記録は記憶は無くなっちまった。」

 サリヤンは縋るようにキースを見て語った。



「キース・・・・俺を忘れないでくれ。」

 サリヤンは縋るようにキースを見たままだ。

「お前みたいな上から目線のやつ・・・・忘れれるはずないだろ。」

 キースは声が震えた。



「俺の記憶と記録・・・・・それを地連の軍に意地でも刻んでくれ。お前が生きているだけでもいい。」



 仲間が死ぬほど絆が深まる皮肉の様に、死を近くに感じるほど心を開き、人に人間を見せる。

 ただ、自分はそこから外れている。





 心を開かれているほど、絆が深まるほど彼らと共に行くことを許してもらえなくて寂しい。



「・・・・俺、何で適合率が高いんだろう・・・・」



 仲間に触れるほど寂しさは増した。

 いくつもの戦地を共にした親友も、命を預け合った仲間たちも・・・・・

 大切なのに決定的な距離がある。それは縮められないのだろう。



「でも、お前は一人じゃないだろ?」

 呟きに声がかかった。

 優しい声だった。

「マツ中尉・・・・隊長。」

 彼がこんな優しい声をかけてくれるなんて思わなかった。

「なに泣きそうな顔をしているんだ?いつも俺に噛みついて来るくせによ。」

 マツ中尉の軽口もありがたかった。



「・・・・俺はどうすればいいんですか?マツ中尉・・・・」

 もはや隊長と呼び方を変えることはせずに呼んだ。



「単純だ。生き残れ。」

「・・・・みんなを犠牲にしてもですか・・・・?」

「そうだ。」

 キースの問いにマツ中尉は滞ることなく答えた。



「・・・・・俺は、仲間の死を踏み台にして・・・・・」

「おい。」

 マツ中尉はキースの呟きを止めた。

「俺らが死ぬなんて勝手に決めんな。」

 キースを睨んでマツ中尉は言った。



「俺はあいつらを死なせるつもりはない。お前もだ。ただ、優先する命の話だ。」

 怒りと諭しが入った声色。彼が本気で言っていることがわかる。

 その本気の声色がキースには嬉しかった。

「ですよね・・・・・そうですよね。」

 怒られたのに安心してしまったキースはその場にへたり込んだ。

 マツ中尉は慌ててキースを支えて立たせた。



「器用になれよ。ハンプス。」

 マツ中尉は呆れた様子だった。

「・・・・・俺はあなたのように器用に割り切れない・・・・自分のこともわかっていないから割り切るもないです。」

 キースはマツ中尉の言葉にすねるように答えた。かなり子供の対応だ。



「俺は器用じゃない。自分のことだってわかっていない。過大評価だ。」

 マツ中尉は苦笑いをしていた。



「ただ・・・・お前よりは器用なだけだ。」

 そう言うとマツ中尉はいつも通りの皮肉な笑い方、軽口を叩くような表情をしていた。



 やっぱり・・・・この人のことは分からない。

 分からないことが分かった。



「俺・・・・・やっぱりあなたが嫌いです。」



「嘘だろ。大好きなくせに。」

 キースの告白にマツ中尉は屈託のない笑顔をした。







『各隊配置につけ。あと10分で出港する。』

 艦内放送がかかった。どうやらこの軍事ドームから出発する様だ。



 あわただしく艦内を兵たちが歩き回る。

 その中にキースも紛れた。紛れれるうちに紛れた。



 ドールに乗り、宙に出たら彼らとは違うと考えないと引きずられる気がした。



 軍事ドームを出てホルツ隊、マリオット隊が順に出る。最後にマツ隊が出て軍艦に張り付いて警護する形で進む。

 ホルツ隊とマリオット隊は合同で次に止まるべき軍事ドームへの道を守りながら探索も兼ねる。



 頭の中で作戦を反芻する。



 ドールに乗って艦の揺れを感じる。

 艦は軍事ドームを出たようで、床に宙に出たような不安定さを感じた。



『俺はお前等の命に責任を持つ隊長だ。誰も死なせるつもりはない。だからお前等も命を捨てようなんて思うな。』

 マツ中尉の叱咤するような声が響いた。



『いいか・・・・戦況が不利になっても心が折れそうな状況になっても捨てようなんて思うな。与えられた役割で、全力で生き残れ。隊員の命を考えるのは俺の役目だ。』

 マツ中尉の言葉に誰かが息を呑む音が聞こえた。

 おそらくサリヤンだろう。図星だったようだ。



 全員の呼吸が落ち着くくらいの時間をおいて



『マツ隊出る!!』

 マツ中尉は叫んだ。



 その合図と共にキースはマツ隊の最後尾として宇宙に出た。

 そして、作戦通りにコーダの下に付いた。

 下に張り付く形で隠れる。

 コーダの動きに合わせて動く、視線は泳がせる。

 無言の時間が続いた。

 全員の緊張感が引き絞った弦の様にいつでも発射できる時を待つように張りつめられていた。



 他の隊員の緊張感を肌に感じる中、一つだけ異質なものを見つけた。



 おそらくキースにだけ感じられるものだ。

 深く探ろうとしたとき

 電撃という比喩が正しいのか、頭の中に何かがはじけたような感覚があった。



「前!!」

 キースが叫ぶとマツ中尉がコーダの下から這い出て前に出た。



「・・・・前方に戦闘確認・・・・・ホルツ隊応戦中。艦から離れるな。」

 前方でホルツ隊が応戦しているようだ。

 だが、キースが感じたのはもっと戦闘ではない感覚だ。



 何かが散ったようなものだ。

 例えば・・・・・





 隊員の息遣いまで聞こえる静けさ。

 その静けさとは正反対の騒がしさを前方から感じた。



 何かがひしめき合うような、しのぎを削るようなものだ。

 誰かが唾を呑んだ。



『ホルツ隊目標軍事ドーム周辺の敵を排除完了した。コーダは前方の軍事ドームに入る。周辺の警戒は怠るな。』

 マツ中尉の通信が入った。

 全員の安堵の息が聞こえた気がした。





 ドームの扉を開くときが一番警戒すべきだった。もしドームが占領されていたら中から攻撃をされる。



『全員艦から少し距離を置け。』

 マツ中尉の指示が聞こえた。



 作戦と違う指示だ。

 え?

 と思ったが何かあったのかもしれないと思い従う。

 キースだけではなかったようで、全員の動きが一瞬遅くなった。



 距離を置いたところ



 ゴゴー



 コーダが軍事ドームに砲撃をした。



『・・・・な・・・・』

 誰かが驚いたのかそんな声が聞こえた。



『これからは、外に出るときは宇宙用スーツを着ろ。』

 マツ中尉の指示の声でキースは何となく悟った。



 作戦と軍事ドームへの入り方が違う。こっちの方が安全策だが、完全に乗っ取られている前提である。

 もし違ったらどうするんだ。と以前なら言っていた。



 だが、彼らの判断が限りなく正解に近いことは分かった。





 破壊された軍事ドームの入り口部分は瓦礫を宇宙空間に撒き散らせながら中身を見せた。



 キース達が見た軍事ドームと同じだ。生きていない。



『艦から離れろ。』

 マツ中尉の声に今度は素早く従った。



 開けた入り口部分へむけて再び砲撃をした。







 破壊を尽くし、落ち着いたらコーダの前に出てキース達はドームに入った。

 キース達がドームに入っている間は周辺の敵を殲滅していたホルツ隊がコーダの後ろについていた。



 隊長含めて6人の小隊だが、4つのドールしか確認できなかった。どうやら2名犠牲にしたのだろう。



『ドーム内の倉庫で弾薬や燃料を使えるものを持っていく。二人が外に出て残りはドールで補助だ。』

 マツ中尉の指示に

『俺出ます。』

 とキースが名乗りを上げると



『だめだ。俺が出る。』

 とサリヤンが名乗りを上げた。



『・・・・マリオとサリヤンが出ろ。ただし、何かあったらすぐに逃げろ。』

 念を押すような指示をマツ中尉はした。





 しばらくすると宇宙用スーツを着たサリヤンとマリオが出てきた。



『通信機器が届く範囲で動け。合わせてウォルトも動いてくれ。キースはここで基本待機だ。何かあったら俺が行く。』



 荒れたドームの内部に消えた二人とついて行ったウォルトの乗ったドールを見て、なにやら胸騒ぎを感じた。



「・・・・・マツ中尉・・・・あの二人をいかせたらだめです。」

『どうした?』

 マツ中尉の怪訝そうに言った。



『なんだよキース。銃もあるしウォルトも一緒だ。』

 マリオのあっけらかんとした声が聞こえた。

『そうだよ。俺も一緒なんだよ。キースは心配のし過ぎだって。』

 ウォルトの上ずった声が聞こえた。どうやら極度に緊張しているようだ。



『隊長の言う通り与えられた役割の中で、全力で生き残るんだ。お前は俺たちを馬鹿にしているのか?』

 サリヤンの上から目線の声が聞こえた。



 仲間の声を聞いてもキースの不安は増した。聞くほど何かを見落としている、何かを忘れているのではないかと。



『どうした?キース・・・・・?』

 譲る気配のないキースに、マリオの声だけがキースに何かを問いかけていた。



『なるべく早く戻って来い。奥までは行くな。』

 キースの言葉を聞いて配慮したのかマツ中尉は指示を少し訂正した。



 いや・・・・違う。この人はキースの言葉を配慮したわけではない。

 直感で思った。直感で言葉を吐くのをキースはあまり好まない。

 だが、これは違う気がした。



 通信をマツ中尉だけに繋げた。



『どうした・・・・』

 マツ中尉の声は先ほど隊員に指示した声とは違った。

 冷めているというべきか、悟ったような声だった。



「誰を疑っているんですか?」

 口から出たのは言いたくなかったこと。



 作戦の連絡なしの変更、そして泳がすような真似。声色の温度差。



『お前はやっぱり鋭いな。』
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