あやとり

近江由

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六本の糸~研究ドーム編~

44.優しい人

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 コウヤは窓を鏡代わりにするキャメロンを不思議に見ていた。

「キャメロンおばさん。なんでそんなに気にするの?」

 コウヤがしゃべるとキャメロンは見られているのに気付かなかったのか飛び上がった。

「こ・・・コウヤ君。いたの?」

「いたよ。キャメロンおばさんはお化粧しないから鏡はあまり使わないんじゃないの?」

 コウヤの発言にキャメロンは呆れた顔をした。

「コウヤ君。あなたは何もわかっていないのね。お化粧はしなくても、身支度はするでしょ?あなた、化粧=鏡って思っているでしょ?先入観を持ったらだめよ。」

「父さんがよく言っているセリフだね。」

「そうよ。ムラサメ博士の口癖。」

「ねえ、何でキャメロンおばさんはお化粧しないの?せっかく顔立ちいいのにもったいないって母さんが言っていたよ。」

 コウヤの言葉にキャメロンは一瞬暗い顔をしたが、直ぐ笑顔になり

「私はお医者さんだから、人体に触れることが多いのよ。だから、化粧品を他人につけてしまう可能性があるでしょ?」

「へー・・・・キャメロンおばさんは真面目だね。」

「あと、私はおばさんじゃないわよ。」

「だって俺より年上じゃん」

「でも、ムラサメ博士たちよりずっと年下。」

「おばさんの定義がわからないよー」

 コウヤは降参したようだ。

「父親や母親の姉妹のことよ。」

 キャメロンはコウヤを指差し厳しく言った。

「それありきたりすぎる。近所のおばさんとかもおばさんっていうじゃん。それだよ。」

「あなた、私以上の人におばさんって言っていたら敵だらけよ。」

 キャメロンは呆れたように言った。

「そう言えば、キャメロンおばさんはどうして来たの?」

 コウヤは何か思い出したように訊いた。

「ムラサメ博士に呼ばれたのよ。今の研究は医者の知識も必要だってね。」

 キャメロンは嬉しそうに言った。

「へー。じゃあ、キャメロンおばさんは博士になるの?」

「おばさんじゃない。」

「キャメロン」

「馴れ馴れしい。敬称を付けなさい。」

「おばさん」

「先生でしょ?医者に敬称を付けるとしたら先生。」

「キャメロン先生。」

「そうよ。素直ね。あなたの数少ないいいところ。」

 キャメロンは悪意を込めて言った。

「ラッシュ先生。」

 コウヤとキャメロンが話しているところに一人の女性が入ってきた。

 彼女を見てキャメロンは顔色を変えた。

「ナツエさん。」

 ナツエと呼ばれた女性は、顔色が優れないようだが、穏やかな笑顔を浮かべていた。

 やつれた顔と骨の浮き出た腕から、病人であるようだ。

「母さん。」

 コウヤは彼女をそう呼んだ。

「ラッシュ先生が来るって聞いて、来ちゃった。」

 ナツエはそう言うと悪戯っぽく笑った。

「ナツエさんは体を大事にしてください。ムラサメ博士が聞いたら倒れてしまいます。」

 キャメロンは複雑そうな表情をしながらも必死で言った。

「主人から許可もいただいたの。なんでも、ドナーが見つかったって。」

 ナツエの嬉しそうな表情に対して、キャメロンの表情は一瞬曇ったように見えた。

「それは・・・よかった。ムラサメ博士もこれで・・・・」

 コウヤはキャメロンの様子を見て、今の彼女にあまり触れない方がいいと幼心ながらに思った。









「・・・・キャメロン・ラッシュ・・・・父さんの研究に協力していた医者だ。」

 コウヤは呟いた。

 その言葉を聞きディアはコウヤの方を勢いよく振り向いた。

「そうだ。そこまで記憶が戻っているのか。」

 ディアは安心したような表情をした。

「そして、彼女は・・・・」

 コウヤは言おうと思った言葉を思わず止めた。

「どうした?コウヤ。」

 ゼウス共和国のドールスーツを着た男が心配そうに見た。

「いや、なんでもない。」

 コウヤはこれより先を言うのが彼女に悪いような気がした。

 コウヤの記憶の中の彼女、キャメロン・ラッシュは、よく軽口を叩き合う優しい女性だった。

『ラッシュ博士を下の名前で呼ぶな。俺も許されたことは無い。』

 通信機の向こうからミゲルと名乗った男が指摘するように言った。

「そうか、お前の飼い主はラッシュ博士か。あの女、タバコと化粧臭いだろ?」

 ディアはミゲルを挑発するように言った。

「何言ってるんだディア。キャメロンは医者だからって化粧をしない人だ。」

 コウヤは驚いた。

 そのコウヤの様子をみてディアは何かを悟ったようだった。

「・・・・そうか。そこまでだったのか。」

 ディアはそう呟くと少し諦めたような顔をした。

「コウ、人は変わる。」

 ディアは辛らつに言った。

 二人の様子を見て何かを悟ったゼウス共和国のスーツを着た男は頷いた。

「人は変わる。コウヤ、お前だってわかっているだろ?変わった人を・・・」

 そこで男は言葉を止めた。

 その言葉を聞きコウヤとディアは二人とも悲しそうな表情をした。



「・・・・このミゲルどうする?」

 沈黙に耐え切れずコウヤが言葉を発した。

『ごちゃごちゃうるさいぞ。早く放せ。』

 通信機の向こうでミゲルと名乗った男が騒いでいた。

「うるさい、殺すぞ」

 ゼウス共和国のスーツを着た男はいら立っていた。

「ここの扉を開けてもらおうかと思ったが、使えなさそうだな。」

 ディアも賛成するような口調で言った。

「ミゲル、この扉の先に人はいるか?」

 コウヤは何か決心したように言った。

『人?この先は研究施設だ。この先にはモルモット室だ。』

 ミゲルは意気揚々と言った。

「こいつ殺そう。」

 ゼウス共和国のスーツを着た男はきっぱりと言った。

「・・・・ここ以外の出入り口は知っているか?」

 ディアは何かを考えながら訊いた。

『あるけど言うと思うか?』

「この状況を見よう。君は不利だ。」

 ディアはゆっくりと諭すように言った。

『・・・・そうだ。』

「君は賢いはずだ。私は大事な獲物だろ?」

『・・・・・モルモットだ』

「どっちでもいい。だが、私を連れて行くのが仕事だろ?」

『・・・・・そうだ』

「この研究施設は君のフィールドだろ?いくら私たちが戦力があろうとも、地の利は君にある。」

『・・・・・』

「君は通信を繋ぎ味方を呼ぶもいい。私たちを案内するんだ。」

 ディアはゆっくりとした口調で、最後の言葉を強調して言った。

『・・・・案内?』

「君が案内する間に味方に連絡して私たちを捕らえる動きをすることも可能だ。」

『・・・・・』

「どっちが出し抜くかの知能戦といこうか?」

 ディアは挑発するように言った。

「・・・・ふふ」

 ゼウス共和国のスーツを着た男は笑いを押し殺していた。

『いいだろう。お前は賢いらしいからな。楽しめそうだ。』

 ミゲルと名乗った男は不敵そうに言った。

「では、放そう。」

 ディアはそう言うとドールを操作し、ミゲルと名乗った男が乗ったサブドールを放した。

 解放されたサブドールはおぼつか無い動きで起き上がり歩き出した。

 それを確認するとディアは通信を切った。

 通信を切ったのを確認するとゼウス共和国のスーツを着た男は笑いだした。

「圧倒的に有利な勝負を挑んだな。あいつに出し抜ける要素なんてないぞ。」

「ミゲル君は解放されたがっていた。彼は内心命の危険を感じていた。そして、プライドの高い彼は、冷静になんて判断できない。そして、彼は、自分が賢いと思っている。」

 ディアはそう言うと不敵に笑った。

「でも、あいつが助けを呼んだりしてこっちが不利になることは・・・」

「私はハクトほどではないが察知能力はあるつもりだ。発信地が近くにあれば妨害電波があろうとも、助けを呼ぶ電波も察知できる。変な動きをしたら殺せばいい。」

 ディアは冷たく言った。

「・・・・・ディア。」

「コウ。ハクトの命がかかっている。・・・そして、それだけではない。」

「そうだ。コウヤ。あんなヘボい研究者たちのせいでこれからたくさんの犠牲が出る。」

 コウヤは二人の言葉を聞き、頷いた。

「・・・・そうだ。」

 コウヤはそう自分に言い聞かせるように言った。









 ハクトはレイラと向かいあい、ユイを待っていた。

「ユイ・・・聞こえてないのかもしれない。」

 レイラは音沙汰がないことから諦めたような口調だった。

「俺だと力不足か・・・・仕方ない。コウたちが来るのを待つしかないな。」

 ハクトはがっかりしたようにうなだれた。

「コウたちが・・・・今、何が起きているの?」

 レイラは状況が掴めていないようだった。

「俺とユイの救出にコウとディア、それからお前が何度も沈めようとした戦艦フィーネの精鋭たちが向かっている。」

 ハクトはそう言うと笑った。

「戦艦フィーネ・・・手強かったわ。」

「地連とゼウス共和国が手を結び、ネイトラルを潰す宣言をした。」

「ネイトラルを・・・?」

「だが、戦況は・・・・」

 ハクトはそこまで言うと顔を顰めた。

「ハクト?」

 ハクトは頭を抑えていた。

「・・・・レイラ。正気を失うなよ。」

 ハクトは絞り出すような声で言った。

「どうしたの!?ハクト!!ねえ!!」

 レイラはハクトに駆け寄ろうとしたが、ハクトは消えてしまった。

「ハクト・・・?」

 レイラは何か大変なことが起きているのを認識した。

「なにが・・・・」

 そう呟きかけたときにレイラの視界は真っ暗になった。

「ハクト・・・ハクト!!」

 レイラは夢中で叫んだ。

 何かが急に自分の意識を取り込むような、吸い込まれるような感覚だった。

 不安と恐怖と孤独が襲った。

 あの時の絶望を思い出す。

「希望」が破壊されたニュースを見た時、滞在者リストにコウヤの名前があったとき。

 でもあの時はクロスがいた。



「・・・クロス。」

 レイラはずっと探し続けている少年の名前を呼んだ。

「クロス・・・どこにいるの・・・」

 炎の向こうに消えた人。いや、消えたのは自分だった。

 瓦礫の山が壁になり、炎が彼を包むのを見た。

「私には、彼しかいなかった。」







「レイラの名前のヘッセって・・・・ゼウス共和国の総統と関係あるの?」

 クロスと「天」に避難したときに聞いてきたことだ。

 彼らと私は親がいない「希望」にある施設で育った。

「そうよ。・・・ママがそのヘッセさんの愛人だったんだって。」

「愛人って?・・・・確かなの?」

 クロスは詰め寄るようにレイラの肩を掴んだ。

「ママが言っていたんだもん。私にはそれしかわからない。」

 クロスは私の答えに笑った。どこか安心したような笑いだった。

「クロスのバトリーっていうのは・・・」

「・・・・母さんの姓だよ。」

 そう話すクロスは悲しそうだった。

「クロスは父親の姓じゃないの?」

 私は、今考えるととてつもなく無神経な言葉をかけていた。

「・・・・母さんは、父さんが嫌いだったんだ。だから、父さんの名残を僕らに残したくなかった。」

「だから名前は違うのを名乗っているのね。」

「・・・・それだけじゃないよ。母さんは父さんと同じ髪色の僕らを捨てた。」

 クロスの言葉を聞き、レイラは彼の中にある寂しさを感じた。

「でも、この目は母さんに似てるんだ。ユッタも僕も、この目が好きなんだ。」

 クロスはそう言うと笑った。

「・・・・・そうなんだ。でも、私はクロスの髪の色好きだよ。」

 そう言うとクロスは首を振った。

「レイラが好きと言ってくれるのはうれしいよ。けど、僕は好きになれないんだ。」

 クロスの寂しそうな顔を見てレイラはとても不安を感じた。

「レイラは・・・・『希望』をあんなことしてしまった父親を父親と思えるの?」

 クロスは遠慮しながらもレイラの心に刺さることを訊いた。

「え・・・・」

「もちろん、僕は君が誰を父親と思っていようが、君が大切だよ。」

 クロスは笑った。

「・・・・うん、でも、ママが父親って言っていたから、仕方ないと思う。それに、ママはパパの子供が欲しかったから、私がパパの子供なことが、全てママの幸せにつながるんだと思う。それに、血の繋がりだから・・・ママがいなくなっても、その事実は変わらないと思う。」

 レイラは難しい顔をした。

「僕はレイラのそういうところが大好きだよ。僕とは真逆だ。僕は君ほど優しくないから。」

「そんなことないよ。私のパパは悪い人かもしれないけど、それを分かっていて一緒にいてくれるクロスが優しくないはず・・・・」

 レイラはクロスの言葉を必死に否定した。

「・・・・大丈夫。君のお父さんは、悪い奴じゃない。僕にはそれがわかる。だから、自分を軽んじることはやめて。」

 クロスはそう言ってレイラの手を握った。

「・・・・僕は、君とユッタを失いたくない。コウを失ってすごい喪失感を覚えたのは僕だけではないよ。けど、もっと怖いことを考えたんだ。」

「・・・・怖いこと・・・」

 クロスの手が強張った。







「何をした?」

 リード氏は警備プログラムが正常に動き始めているのに気付いた。

「別に、ハクト君が開いてくれたプログラムを乗っ取っただけよ。」

 ラッシュ博士は余裕そうに言った。

「何を隠し持っている?」

 リード氏はラッシュ博士を怪しむように見た。

「別に・・・・ドールプログラムの源・・・・かしら?」

 そう言うラッシュ博士は幸せそうだった。

「フィーネが最初に運び出したものと関係あるか?」

 リード氏は警戒するように聞いた。

「あはは・・・・何運んでいたか、知らなかったのよね。でも残念。それとは違うわ。」

 ラッシュ博士は笑いだした。

「ソフィ、お前は運んでいたものを見たか?」

 リード氏はソフィに訊いた。

「いいえ。あるプログラムが搭載された兵器って言われてて、開けないように・・・って」

 ソフィは何かを思い出すように言った。

「そうね。開けていたら、もっと事態は変わっていたもの。」

「ソフィ、その荷物はどうなった。」

「第一ドームに着いたら、すぐに軍に回収されたわ。それを探りにルーカス中尉が来ていたんだと思うわ。」

 ラッシュ博士は楽しそうに二人を見ていた。

「ラッシュ博士。何を運んでいた?」

 リード氏は詰問するように訊いた。

「・・・・実験だったのよ。ドールプログラムの一部を開いた状態で・・・『希望』付近を通るとどうなるか・・・・」

 その言葉を聞きリード氏は顔を青くした。

「ソフィが乗っているのに・・・」

「あら?だっていいだけフィーネを追い回したでしょ?」

 ラッシュ博士は悪びれる様子もなく笑っていた。

「じゃあ、なんでゼウス共和国に追われていたの?」

 ソフィは腑に落ちないようだ。

「私を信頼してなかったのよ。ヘッセ元総統は。だから、私が大事な大事なモルモットちゃんを地連に渡すと考えていたみたい。」

 ラッシュ博士は笑っていた。

「・・・・運んでいたのは・・・・ユイ・カワカミか・・・」

 リード氏は確信を持つように呟いた。

「当たり。」

 ラッシュ博士は相変わらず笑っていた。








「なにここ・・・・」

 イジーは扉の先にあった空間に驚きを隠せないでいた。

「・・・・これはひどいな。」

 二人の見る先には、カプセルらしきものに入った人がいた。

 そのカプセルがおびただしい数であったため、息を呑んでいた。

「・・・・こいつらがあの警備兵みたくなるのか・・・・」

 シンタロウはそう言うと周りを見渡した。

「・・・・・人いないのね。」

 イジーも同じく周りを見渡した。

「・・・・いや、やばいなイジー。」

 シンタロウは何かに気付き冷や汗を浮かべていた。

「え?」

 イジーはシンタロウの見ている方を見た。

 シンタロウは大量のカプセルを見ていた。

 カプセルの中には人がいる。

 彼らが全員二人を見ていた。

「行くぞ。」

 シンタロウはそう言うと走り出した。

 イジーもそれに続いた。

 二人が走り出すとカプセルが割れる音が響いた。

 いくつもいくつも割れたようだ。

「やばいぞ」

 シンタロウはそう叫ぶと拳銃を取り出し後ろに向かって撃った。

「それを見てイジーも後ろに向かって撃った。」

 あまり拳銃は使い慣れていない。走ると手が揺れるのと、撃った時の反動で手が震えてうまく撃てない。

「イジーは前を向いていて。後ろは俺が撃つ。そっちは前に専念して。何かあったらお願い。」

 シンタロウはイジーの様子を見て叫んだ。

 イジーは頷くとシンタロウの前に出て走り出した。

 後ろでは度々銃声が聞こえる。

 なんとしても逃げきらないと、いくらシンタロウが器用でも彼らに勝つ身体能力はないはずだ。

 イジーは周りを見渡して武器を探した。

 カプセルの部屋を抜けて廊下らしきところを走ると実験に使うのであるか、サブドールの格納庫だった。

 格納庫の先には開けた空間があるのがわかった。そこまで逃げるか、それともサブドールを奪ってから逃げるか考えた。

 ただ、全てコードに繋がれて使えるかは怪しかった。

 だが、一つのサブドールのコードが外れていた。

 イジーはそのサブドールに向かって走り出した。

 その時目に入ったのは、サブドールに乗り込もうとしている一人の男だった。その男がコードを外したようだ。

 服装を見ると、カプセルに入っていた男の一人であるのがわかった。

 イジーは叫んだ

「それをよこしなさい!!」

 イジーの声に反応し男は彼女を見た。



 目が合った。

 男の目は血走っていた。

 イジーは反射的に銃を構えた。

 だが、血走ったその目には涙が溢れていた。

「・・・・え・・・・」

 イジーは引き金を引けなかった。

「・・・・俺・・・・やだ・・・・」

 男は口を震わせながらかすれかすれ言った。

 後ろから銃声が響いた。どうやらシンタロウが追ってくるものに銃を放っているようだ。

 このままでは二人ともやられる。

 イジーは男の目を睨んで銃の引き金を引いた。

 手に大きな振動が走った。

 振動に顔を顰めたとき、男の様子がはっきりと見えた。

 男は両手を広げ、イジーの撃った銃弾を受け入れるように笑った。



 男と目が合ってから一瞬のことだった。

 男は倒れた。

 イジーは手に残る銃の振動と頭に残る男の目に手を震わせていた。

「イジー!!」

 後ろからシンタロウの声が響いた。

 イジーは我に返った。

 いや、我から現実に戻った。

「シンタロウ!!このサブドールに乗るわよ。」

 毅然として叫んだつもりだが声が震えた。

「わかった!!・・・・!?」

 シンタロウはイジーの様子と倒れた男を見て何かを悟ったようだ。

 だが、シンタロウは変わらず急いだ様子で叫んだ。

「急ぐぞ!!イジーは俺に続け!!」

 シンタロウはイジーを押しのけサブドールに乗り込んだ。

 イジーも慌てて彼に続き乗り込んだ。







 イジーとシンタロウが出て行った後に続き、一人の男が割れたカプセルが大量にある部屋に入ってきた。

「・・・・これは・・・・」

 男は絶句していた。

「・・・・この様子を見ると・・・どうやら中に入っていたのは人か、そして前に入ったものを追って行った・・・」

 男は歩き出し、足元に血痕を見つけた。

「・・・臭いと血痕、それと倒れている者の様子から銃を撃ちながら逃げたか・・・」

 男は血痕を辿り走り出した。

「う・・・・」

 うめき声が聞こえた。

 男はその声の元を一瞥してまた進みだした。

「・・・・ころし・・・て」

 うめき声は悲痛そうにつぶやいた。

「・・・・モルモットのなれの果て・・・か」

 男はそう言うとうめき声の元に歩き出した。

「・・・・頼む。俺を・・・・」

 うめき声の元の一人の男は銃弾を受けて動けなくなっていた。

「この傷ならまだ生きれる。我に戻れているのなら自身を手当てして生きろ。この施設になら傷の手当てをする道具は揃っている。・・・まあ、私はそこまで付き合う気はないが。」

 そう言うと男は怪我をした男を置いて歩き出した。

「・・・・もういやだ・・・痛みがなくなったら、我を失う。これ以上、あの人を裏切りたくない。」

 怪我をした男は泣きながら叫んだ。

「俺たちは使命だって、望まれているって言われた。でも、違った。プログラムに支配されて生きることなんだ。たのむ!!俺は・・・強くなりたかったわけじゃない!!」

 怪我をした男は続けて叫んだ。

「・・・・その様子だと、もう何人か殺しているのか?」

 男は怪我をした男を睨みつけた。

「・・・・お前は、ゼウス共和国の非情な作戦を普通の兵士にやらせると思うか?」

 その言葉を聞き男の様子は変わった。

「・・・・『希望』の破壊。『天』の襲撃・・・・その時からお前らは存在したのか?」

 怪我をした男は静かに頷いた。

「・・・・『希望』の破壊もきっと俺らだ。だが、生き残りはいない。『天』の襲撃こそ、俺らのような存在が役に立った。お前が今まで殺した兵士も何人かは俺らと同じだ。最強の軍人さん・・・」

 最強の軍人と呼ばれた男は怪我をした男の首を締めあげ叫んだ。

「お前らのせいで・・・・お前らのせいで・・・・僕らは・・・彼女は・・・彼は・・・・」

「それでいい。たのむ、俺を解放してくれ。・・・あんたにわかるかわからないが、踏みにじられるんだよ。たのむ・・・・」

 首を絞められながら、怪我をした男は笑った。

 その表情を見た瞬間、最強の軍人と呼ばれた男は手を放した。

「が!!」

「・・・・生きろ。苦しめ。」

 そう冷たく吐き捨てると進みだした。

 彼の後ろに縋るように怪我をした男は叫び続けた。

「たのむ!!たのむ!!」





「・・・これは・・・派手にやったな・・・」

 キースは目の前に転がる車の残骸と警備兵の死体を見て呟いた。

「・・・・少なくとも二人いる。誰だか知らないが味方と考えていいみたいだ」

 キースは心強さを感じながらも複雑な表情をしていた。

「執事さんの知り合いですか?」

 リリーはそっと執事の様子を見た。

「私の知り合いの知り合いだと思います。」

「そういえば、ロッド中佐の影をやっている作業着の男とかじゃないのか?」

 キースは何かを思い出したように言った。

「いえ、彼はコウヤ君やディアさんと共に入ってくるはずです。」

「でも、連絡とかは取ってないの?こんな大きな作戦をやるんだし。」

 モーガンは不思議そうに言った。

「連絡取るにしてもロッド家にあの人が出入りするのは危険ですね。」

 執事はきっぱりと言った。

「そうだな。軍上層部もロッド中佐の影の存在は警戒していた。むしろ、いぶり出そうとしていた。」

「そうなんだ。」

 モーガンは諦めたように言った。

「まして、ソフィちゃんが情報を流していたのなら尚更だ。」

 キースは作業着の男がクロス・バトリーと名乗ったことを執事に伝えた。

「・・・・そうですか。」

 執事は複雑な表情をしていた。

「とりあえず、進みましょう!!」

 リリーは扉の先を指さした。

「待って!!こいつら確か、銃を持っていたよね。」

 モーガンは倒れている警備の兵と車を覗き込んだ。

「・・・・あれ?銃の数がおかしい。弾も無くなっている。」

「たぶん、先に来たやつが銃と弾を持って行ったんだろう。結構割り切れるやつみたいだ。」

 キースは味方になるだろう人物を考えていたようだが誰も出てこないようだ。

「おそらく・・・片方はルーカス中尉だと思います。ですが、もう一人の人物については・・・」

 執事はロッド中佐に好意的だった一人の女性を思い浮かべていた。

「そうだな。だが、もう一人がわからない。サブドールを扱えて警備兵を撃ち殺せるメンタル。俺の知り合い以外にロッド中佐の信者にいるのかもしれないが。・・・・ロッド中佐かもしれないしな・・・」

 キースはそう言うと扉の向こうを用心するように見た。

「この先・・・なんですね。」

 リリーは息を呑んだ。

「リリーとモーガンは執事さんの両脇にいてくれ。執事さんも周りを警戒してくれ。」

「はい!!」

 リリーとモーガン、それと執事は勢いよく返事をした。

「行くぞ。」

 キースはそう言うと扉の向こうに入って行った。

 リリー達三人も後を追い扉の向こうに入って行った。










「とろいな・・・」

 ゼウス共和国のスーツを着た男はいら立っていた。

「ああ・・・・」

 ディアも同じくいら立っていた。

「あいつ放置して先に進めばいいんじゃないか?」

 コウヤは恐る恐る提案した。

「確かに、あいつを追うよりこっちで探した方が早い気がしてきた。早く潜伏させているあいつらとも連絡をとりたい。」

 ゼウス共和国のスーツを着た男は自身が送り込んだ二人のことを考えていた。

「送り込んだ?誰をだ?」

 ディアは初耳だったらしく食いついた。

「ああ、さっきの電車が止まるところあっただろ。あそこの貨物専用のところまで二人送り込んだ。」

「信頼できるものか?」

 ディアは警戒しているようだ。

「一人はお前も知っている。もう一人は知らないが・・・」

 男は考えて言葉を詰まらせた。

「両方とも知っている。ディア。」

 そう言うコウヤの様子は少し嬉しそうだった。

「知り合いか。なら尚更誰だかわからない。共通の知り合いはだいたいフィーネに乗っている。」

「イジー・ルーカス中尉とシンタロウだ。」

 その言葉にディアは目を丸くした。

「イジーちゃんは分かるが・・・シンタロウ君だと?彼は・・・」

「生きていた。そうか、シンタロウはフィーネに乗っていたからな。考えてみれば知り合いだよな。俺はシンタロウからいろいろ聞いたが、あいつ、なかなか凄い経験をしていた。だが、まだ何か隠している。」

 男はそう言うとコウヤに向き直った。

「コウヤ、あいつはお前よりずっと大人だぞ。そして、強く、器用だ。」

「はは、そう言われるなんてよっぽどなんだな。」

 コウヤは苦笑いをした。

「事実だ。あいつとイジーはお互い追われていたからお前らと合流させることはできなかった。」

 ディアはまだシンタロウの状態が掴めていないようで不思議そうな顔をしていた。

「なぜシンタロウ君が追われるんだ?」

「詳しくはシンタロウから聞くといい。どうせ、この後会うんだから。それに、お前は親友だろ?俺が聞けなかったことも聞くといい。」

 男はそう言うとモニターの向こうでもたもた動くサブドールを睨んだ。

「面倒だ。あいつをサブドールから出そう。俺が操縦する。」

「もしそうするなら、どう分ける?」

 ディアはコウヤと男を交互に見た。

「・・・・コウヤとあいつ二人きり以外だな。俺が向こうに一人で行く。ここにあいつを押し込もう。」

 男の提案にディアは頷いた。

「確かに、それが一番いいな。」

 二人だけで会話が進んでいるのにコウヤは慌てた。

「えっと俺は・・・」

「コウヤはここであいつを抑え込む役だ。あっちには俺が乗る。ディアの操縦の妨げにならないようにあいつを抑え込め。」

「わかった。」

 コウヤは何もできないもどかしさを感じていた。

「コウ、お前は記憶を戻すことに専念しろ。お前には、お前にしかできない役目がある。それは、過酷なことになる。」

 ディアはそう言うとドールの操作を始めた。

「過酷・・・」

 コウヤはディアの言った言葉に不安がよぎった。
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来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

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