あやとり

吉世大海(キッセイヒロミ)

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六本の糸~研究ドーム編~

45.悪寒

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『侵入者、侵入者。施設を守れ』

「頭が・・・・うるさい!!」

 アリアは頭に響く声に怒鳴っていた。

 誰かが答えてくれるわけではないが、大声を出すでもしないと気がおかしくなりそうだった。

 頭に響く声が意識を途切れさせようとしてくる。

 この声に負け、意識を途切れさせたらこのまま動くだけになるのをアリアは知っていた。

 よろめき壁に手をついた。

「あの・・・金髪女のところに行かなきゃいけないのよ・・・・」

 アリアはさっき運ばれていったレイラのことを思い出していた。

 アリアは壁に爪を立てて爪がはがれるんばかりの力で拳を握りしめた。

「シンタロウの・・・・仇。」

 アリアはそう呟くと、歩き始めた。

 アリアとすれ違う自分と同じモルモット達。

 モルモット達はどうやら頭に響く声に従っているようだ。

「・・・・あんたの言うこと、今は聞けないわよ。」

 アリアは頭に響く声に語り掛けた。

 何か返事をするわけでもなく声はアリアの頭に響き続けた。

『侵入者、侵入者。カプセル室で確認。カプセル室及び各出入り口に向かえ。』

「私はVIPルームに向かうわ・・・・」

 アリアはそう言うと歯を食いしばった。









「様子がおかしい。研究施設に入ったからかわからないけど、周りの機械が生きている。」

 シンタロウはサブドールを慎重に動かしながら周りを見渡していた。

「・・・・そうね。さっきまで自動ドアとかも動いてなかったから」

「監視カメラとかもあるのか・・・?」

 シンタロウは周りを見渡した。

「とりあえず、進みましょう。ニシハラ大尉たちを助けないと・・・」

「そうだな。」

 シンタロウはイジーの言葉に従い、サブドールを前に進めた。

「・・・・」

 イジーは手を見つめていた。未だに震えが止まらない。

 あの時、自分が撃った男は何で笑ったのか、彼は何を嫌だと言ったのか

「・・・・すべて終わらせてから・・・・」

 シンタロウはイジーの様子を見て言った。

「シンタロウ・・・」

「そう言ったのは、イジーだろ。それに、俺はあの男が殺されたがっていたようにしか見えなかった。だからと言って撃っていいわけじゃない。けど・・・・」

 シンタロウは震えるイジーの手を握った。

「今は震えるな。俺も、イジーも震えている場合じゃない。」

 シンタロウは何かに気付いたようにイジーの手を離した。



「・・・血?」

 イジーはシンタロウの拳に血が付いていることに気付いた。

 そういえば、廊下に入ってからあんなに響いていた銃声がほとんど自分のだけだった。

「・・・弾を使いすぎるわけにはいかない。」

 イジーが何を考えたのか分かったようでシンタロウは諦めたように言った。

「あなた、素手で・・・」

「汚い手で触って悪かった。後で洗うといい。」

 シンタロウは手に付いた血を拭うと、サブドールの操作に戻った。



 イジーは初めて気付いた。

 自分の手を握っていた時も、そして、サブドールを操作している彼の手も震えていた。

「あんたも震えている・・・」

 イジーは思わず笑った。

「平気なわけ、ないだろ。」

 シンタロウも笑った。

 二人は笑いあったが、悲しそうな笑いだった。









「なんだこれ・・・・」

 キースは目の前に広がるおびただしい数のカプセルに呆然としていた。

「・・・・ドールプログラムを扱いやすくするために脳にある機械を付けます。たぶん機械を付けたものを管理するためにこのカプセルに閉じ込めていたのでしょう。」

 執事はカプセルに繋がれたコードを見て言った。

「・・・・こんだけ大量にそんなやつらが造られていたのか・・・」

「だいぶ前から用意していたと思いますね。・・・・この施設の警備や、下手したら、『希望』の襲撃の時から使われていたかもしれない・・・」

 キースはその執事の口ぶりをみて笑った。

「使われていた・・・・ってことは、その時から存在していたのは知っているのか」

「あんな捨て身の作戦を一般兵に簡単にさせるわけにいかないですから。」

 執事はキースの質問に答えずそのまま周りの観察を続けた。

「うわ・・・・なんか気持ち悪い。」

「あまりに多すぎると気持ち悪いわ・・・うわー」

 リリーとモーガンは部屋を見るなり気味悪がっていた。

「まるで繭みたいですね・・・中身は何が入っていたんですか?」

 リリーは中身を察せないみたいで興味津々に見ている。

「・・・それは」

 キースが教えようと言葉を発したとき

「・・・そこにだれかいるのか・・・?」

 うめき声まじりに男の声が聞こえた。



 その声にキースは素早く銃を構え、モーガンとリリーは執事の両脇に付いた。

「・・・・誰だ?」

 キースは注意深く歩み始めた。

「・・・血痕が・・・」

 リリーは自分たちのいる入り口とは反対方向の出口付近にある血痕を見つけ顔を青ざめさせていた。

「・・・・撃ち合いってわけじゃなさそうだな・・・」

 キースは出口より先の廊下に沢山の人が倒れているのを見て呟いた。

「・・・ころ・・・して・・くれ」

 うめき声の主は絞り出すように言った。

 キースは声の主を見て銃を下ろした。

「・・・丸腰だな、その傷だと手当さえすれば生き延びれる。幸いこの施設には医療器具は豊富だろ?」

 キースの言葉にうめき声の主は笑った。

「さっきの人と同じことを言うな・・・・そうだ。この傷は治ってしまう。」

「治るのが嫌なんて・・・おかしな人だね。」

 モーガンは警戒しながらもキース達の方に近付いた。

「・・・・頭に埋め込まれた機械により、行動を操られるのでしょう。」

 執事はモーガンの警戒をよそに堂々と男に近付いた。

「ちょっと執事さん!!」

 執事は男の頭を両手で掴んだ。

「失礼、少し手術痕を見せてください。」

 そう言うと執事は男の髪をかき分け探るように頭を見回した。

 その様子をモーガンとリリーは呆然として見ていた。

「・・・・カプセルを制御する装置はありますか?」

「この機械をとれるのか?」

 男は執事の方を見た。

「取ることは不可能です。ですが、無力化させることはできます。」

 執事の言葉に男は目を輝かせた。

「案内する。実は出入口以外に制御室がある。」

 男はそう言うととあるカプセルの方を指さした。

「・・・そこの裏、スイッチ押すと制御室に入れる。」

 男は痛みに顔を歪めながら言った。

「大丈夫ですか?えっと、痛み止めとか・・・」

 リリーは急いで自身の持ってきた荷物から応急処置のセットらしきものを取り出した。

「やめてくれ、痛みが無くなったら、俺はあんたらを襲ってしまう。」

 その様子をキースは眺めながら考え事をしていた。

「・・・・モーガン。その男の両手両足を縛れ。」

 キースは冷たい口調で言った。

「え?キースさん、それはいくらなんでも・・・」

 モーガンはためらっていた。

「そうしてくれ。痛みがあってもいつ負けるかわからない。」

 男はキースの提案に賛成していた。

 それを聞きモーガンはしぶしぶ男両手両足を縛った。

 モーガンが男の両手両足を縛っている間にリリーは警戒しながら男の言った制御室へ入るスイッチを探していた。

 壁の凹凸にスイッチカバーが紛れており、瞬時には分からないようになっていた。

「スイッチ押しますね。」

 リリーは周りに確認を取り、スイッチを押した。

 スイッチを押すと壁の一部が動き制御室への道が開かれた。

「・・・・・生き残っているのはこいつだけか・・・・」

 キースは悲しそうな顔をして廊下に転がる男たちを見ていた。

「・・・・中佐ですか」

 モーガンもさすがに目の前の死体を目にし、複雑な心境になっているようだった。

「・・・・いえ、おそらく大半はあの人ではないですね。」

 執事は死体の様子を見て言った。

「そうなの?」

 モーガンは驚いた表情をした。

「順番を考えた。俺らの前に中佐、そしてその前に爆走車とサブドールの最低二人以上がいる。こいつら、みんな前からの攻撃だ。そして、そこの男も言っていただろ?さっきの人と同じことを言っているって。撃った人間とは別の誰かが入ってきてるんだ。」

 キースは考えをまとめようとしているようだがまとまらないようだった。

「少佐さんの考えは正しいです。誰だとかは今は考えなくてもいいでしょう。」

 執事はそう言うと制御室への道を指差し、進むよう促す素振りをした。

「そうだな。行くか。」

 キースはそう言うと、縛られた男をモーガンと担ぎ、銃にいつでも手が伸びるように片手を開けて歩き出した。









「シンタロウ・・・やばくない?」

 イジーは広い空間に出て気付いた。

「・・・・はははー・・・」

 シンタロウは苦笑いしていた。

 周りにはサブドールの集団。

「俺、サポートしかしたことないんだ。実際に戦うのは・・・」

 シンタロウはお手上げのポーズを取った。

「そんなこと言わないで!!どうにか私も考えるから。」

 シンタロウは何かを思いついたようだが、再び考え込んだ。

「何かあるの?」

 イジーはそのシンタロウの様子に気付き訊いた。

「少し、汚い手だけどやらないよりはましだな。イジー、サブドールの通信を繋げることはできるか?」

「同じ所属の機体同士だから難しくないと思うけど、説得は無理でしょ?」

 イジーは警備兵の頭に機械が埋め込まれていたことを思い出した。

「説得じゃない。個人に働きかけるんじゃない。・・・っと」

 相談しているうちに一体のサブドールが飛びかかってきた。

 シンタロウは視界に入ったのが早かったのか即座に回避した。

「や・・・やるわね。」

 イジーは急に動いたためバランスを取れずにシンタロウにしがみついていた。

「暴走するレイラと応戦するフィーネの周辺うろうろしていたんだ。回避は得意だ。」

「イジー!!通信を繋げてくれ。」

「わかった!!・・・・!?」

 イジーは何かに気付いた。

「どうした?」

「あそこの窓、人がいる。」

 イジーは先ほど走ってきた方向にある窓を指さした。

「わかった。あっちには突っ込まないようにする。」

 シンタロウはそう言うとサブドールを操作した。

 近いところに10体、離れたところだと20体くらいのサブドールがいた。

 ただ、標的が1体であるため数はあっても一気に来れないようだ。

「一気に来てくれた方がいいんだけどな。」

 距離を取らないようにして回避し続ける。

「・・・・通信通信」

 イジーは激しく揺れるコックピット内で通信を繋げようと試行錯誤していた。

「慌てるな。幸い回避は意外と楽だ。」

「どこが!?」

 イジーはシンタロウの強がりに通信が繋がらない苛立ちを滲ませ大声で応えた。

「あいつら、集団だけど連携とれていない。同じ動きで戦うのと入り乱れて戦うのでは違うみたいだ。」

 シンタロウはサブドールをあえて距離を取られないようにしているようだ。

「ただ、慣れられると厄介だ。」

「繋がった!!シンタロウ!!」

 イジーは通信が繋がったことに喜んでいた。

「よし・・・・おい聞こえるか?皆さん。」

 シンタロウは他のサブドールに語り掛けた。

『・・・侵入者・・・殺す。排除・・・・』

 帰ってくる音声はすべてその単語たちだった。

「シンタロウ・・・これじゃ意味が・・・・」

「俺・・・・僕だな・・・・」

 シンタロウは何かを考えているようだ。

「どうしたの?」

「僕の名前はクロス・バトリーだ」

 シンタロウは他のサブドールにはっきりと言った。







 制御室に付いたキース達4人と怪我をしていた男はさっそく男の機械を制御室の機械につなげるよう試行錯誤していた。

「見て・・・・ここで制御してサブドールやドールの実験をしていたんだ。」

 モーガンは制御室についてる窓を眺め言った。

「実験場か・・・・まさに」

 キースはそう言うと窓に近寄った。

 窓の先には開けた空間があり、ドールで戦うのは十分な広さがあった。

「実験中か?」

 キースは動いているサブドールの集団を見つけて言った。

「・・・・それはない・・・・おそらく侵入者だ。」

 うめき声を交えながら男は言った。

「侵入者か・・・・」

 キースは連携の取れていないサブドールの集団に目を細めた。

「・・・・連携の訓練してないのか?」

「しているはずだが、さきほど少しの間施設内のシステムをすべて乗っ取られていたようだ。だから、まだ立ち上がり段階だ。」

 男は気分が楽になってきたのか呼吸が整ってきた。

「あまり難しいこと考えないでください。混乱しますから。」

 執事はドールの神経接続のようなコードを男に付けコードの先にある機械を操作していた。

「・・・・頭の声が消えてきてる・・・」

「まだ完全じゃないです。リリーさん。彼の手当てを始めてください。」

 執事はリリーにそう言うと再び機械に向かい始めた。

「執事さんすごいな・・・・・あのサブドールもすごいな・・・」

 モーガンは執事に感心しながら目の前に繰り広げられるサブドールの戦いを見てた。

「・・・・回避の察知が早いな。視野が広いな。たぶん冷静な奴だ。」

 キースも感心していた。

「中佐?」

 モーガンは期待するように訊いた。

「いや、中佐なら回避の察知とか視野の広さじゃない。あのサブドールは動きを見て判断している。中佐は動く前の気配で判断する。あと、あんな平和的な戦い方をしない。」

 キースはますます頭を抱えていた。

「でも、連携が取れるようになったらやばいんじゃ」

 モーガンがそう言いサブドールの戦いに目を戻したとき



 一瞬敵のサブドールの動きが止まった。

「え?」

 キースとモーガンは驚いた。

 だが、もっと驚いたのはその瞬間を見逃さずにサブドールは近くの敵の両足を踏みつけ腕をちぎった。

 そのちぎった腕を武器代わりにし、他の敵に向かって行った。

「・・・戦い方が変わった。」

「キースさん。あの戦い方・・・コックピットを全面に押し出してくるから、下手な攻撃受けると死んじゃうよ。」

 モーガンも心配そうにしていた。





「すごい・・・」

 イジーはシンタロウの判断に驚いていた。

「やっぱり、このシステムには・・・6人の名前が効く・・・」

 シンタロウは生け捕り対象になることを考えわざとコックピットを全面に出した。

 思惑通り敵はひるむ。下手に攻撃したら殺してしまうからだ。

「でも、もし効かなかったらどうするの?」

 イジーは恐る恐る訊いた。

「・・・死んでたな。」

「え!?」

 シンタロウの言葉にイジーはぎょっとした。

「嘘だ。もし、効かないのなら、動きが止まることもなかった。名前を言って動きが止まったから行動に移した。それだけだ。」

 シンタロウはそう言うと10体目のサブドールを行動不能にした。

「・・・・これ以上は、このサブドールが持たないな・・・」

 そう言うとシンタロウは出入口を探した。

「あっち・・・・来た方向と真逆の方に生身用の出口がある。」

 イジーは見つけた出入口を指さした。

「本当だ。このサブドールを滑り込ませる。手から行く。急激に揺れるからしっかり掴まってくれ。」

 シンタロウはそう言うとサブドールを加速させ始めた。









 とてつもない寒気と気持ち悪さ、どこかで感じたことのある感覚をコウヤは感じていた。

「・・・・なんだ・・・・これ。」

「動き出した・・・警備システムが戻っている・・・」

 ミゲルと名乗った男はコウヤに押さえつけられながら呟いた。

「・・・・お前が何を言っているのかは分からないが、何かが作動し始めているのは分かる。」

 ディアはミゲルを一瞥するとすぐに前を見た。

「・・・・ディア・・・なんか、すごく気持ち悪い。」

 コウヤの訴えを聞きディアはコウヤの方を見た。

「・・・コウ?お前大丈夫か?酔ったのか?」

 コウヤの方を見た瞬間ディアの表情が変わった。

「大丈夫だけど、急に気持ち悪くなった・・・酔ったのかな。」

 コウヤはディアの様子を見て、自分の顔色が相当悪いことが分かった。

『・・・・警備システムが戻ったなら、さっきの出入り口を使えるんじゃないか?』

 通信の向こうからゼウス共和国の軍服を着ていた男が言った。

「そうだな。影君。」

 ディアが男をそう呼んだ。

「影・・・って、ロッド中佐の影ってことか?」

 コウヤはディアの安直なあだ名の命名に苦笑いした。

「ロッド中佐・・・・影?」

 ミゲルがわずかに反応したが、コウヤとディアに絡まれるのを避けているのか、口をつぐんでそっぽを向いた。



「名乗ってくれないのだから仕方ない。コウは知っているのか?」

『影か・・・それでいい。そう呼んでくれ。』

 男、影は納得した様子だった。

「どう呼んでいいのかわからなかったからな。納得してくれたならよかった。」

 ディアはそう言うとミゲルの方を見た。

「先ほどのお前が開けようとした扉、開けれるか?」

 ディアの問いにミゲルは顔を背けた。

「ディア、こいつ口を割らないみたいだけど。」

 コウヤはミゲルの様子に呆れながらも少し困り顔だった。

「仕掛けた勝負を無理やり終わらせたから気に食わなかったのだろう。」

 ディアはミゲルが口を割らないことを気に留める様子もせず、淡々と言った。

「お前は逃げた!ディア・アスール!!」

 ミゲルは急に大声で怒鳴った。

「とろいお前が悪い。よくもまあ、こんなやつを潜り込ませたな。」

 ディアは変わらず淡々と言った。

「影、こっちでさっきの扉まで行こうと思うが、そっちはどうする?」

 ディアは切り換えて影と話し始めた。

『そうだな、俺も行こう。ここでバラバラになるのはよくない気がする。』

 ゼウス共和国のドールと一体のサブドールは道を引き返し始めた。







「・・・・ルーカス君と誰だ?」

 男は目の前で繰り広げられているサブドールの戦いを見て呟いた。

「・・・開けた空間とはいえ、警備システムが作動した状態でこのサブドールの群れを駆け抜けていくのは難しいな・・・ましてや生身」

 男はどうやらサブドールの格納庫から覗いているようだ。

「・・・・ここのサブドールがすべて出てしまうとは勢いがあっていい敵だな。」

 余裕そうな口調だが、表情にはかすかに焦りが見えた。

「・・・・他の入り口は無いか・・・調べるか・・・」

 男はそう言うと来た道を戻って行った。

 ドゴッ

 彼が歩き去って少しすると何かが破壊されたような音が響いた。

「・・・・これはこれは・・・いい味方だ。」





「あのサブドールやりやがった・・・」

 キースは窓を眺め微妙な笑いを浮かべていた。

「思い切った作戦やるやつですね・・・」

 モーガンも微妙な笑いをしていた。

「あの出入口をああ塞がれたら他のサブドールも突っ込めないだろうな。この建物をぶっ壊してもいいなら別だが、そんなことできないだろ・・・・」

 キースはそう言うと、窓の向こうのおろおろするサブドールを見てまた笑った。

「笑っている場合じゃないですよ。どうします?他に入口は無いし・・・」

 リリーは怪我をした男の手当てをしながら困った顔をしていた。

「私なら、こんな危ない部屋を通らずに安全に進める通路を作りますね。ましてや、頭に手術をした不安定な人が大量にいるんです。」

 執事はそう言うと、向かっていた機械から顔を上げ、たった今リリーに手当てされている男を見た。

「・・・・場所は知らない。俺達には知らされないからな・・・」

 男は執事に応えた。

「・・・ですが、あるのは確実ですね。」

「ああ、俺らとは違う道を研究者たちは通っていたからな。」

 リリー、モーガン、キース、執事はみんな男を見ていた。

「いいことを聞いた。」

 彼らの後ろから一人の男の声が響いた。

 5人は声の主を見た。

「あの入り口を壊されてしまったから、その道を行きたいのだが、手掛かりはあるか?」

 男はいつもの余裕そうな表情と違い焦った表情をしていた。

「・・・・中佐。」

 4人はいつも見る彼の様子とは違うことを感じ取っていた。

「いや、別にあのサブドールに乗っていたものを責めているわけではない。警備システムが作動してしまったのだから仕方ない・・・だが」

 ロッド中佐は怪我をして倒れている男に駆け寄った。

「が・・・・」

 彼は男の首を持ち、体を持ち上げた。

「ちょ・・・ちょっとやめてください!!」

 リリーは慌てて止める素振りをした。

「・・・・・そうだな。あなたは分かりますか?」

 ロッド中佐は冷静になったが、次は執事に冷たい視線を向けた。

「・・・・この端末から内部に入れれば、施設の全容を知ることができます。・・・あなたの目的も・・・・」

 執事が続けようとしたとき

「それ以上はいい。どのくらいかかる?警備システムが作動したということは、時間がない。」

 ロッド中佐は何やら慌てていた。

「おいおい、中佐さん。慌てすぎじゃないのか?」

 キースが中佐をたしなめようと言うと、中佐はキースを睨んだ。

「警備システムは先ほどまで、ニシハラ大尉が乗っ取っていたと考えるのが妥当だ。だが、それを更に乗っ取られたということは、ニシハラ大尉に何かがあった可能性がある。」

 彼はそう言うと部屋の壁を眺め始めた。

「・・・・・2、3分待ってください。」

「・・・・ああ。急かして悪いと思うが・・・・私は冷静でいられない。」

 そう言うとロッド中佐は壁に寄りかかり一息ついた。

「・・・中佐」

 モーガンは見たこともない中佐の一面を見て驚いていた。



「待っている間、少し話さねーか?」

 キースはロッド中佐の前に立った。

「・・・・いいだろう。何が訊きたい?ものによっては沈黙するが・・・」

「あのサブドールに乗ってるやつ、知っているか?」

 キースの問いに彼は眉を顰めた。

「いや、私も気になっていた。お前らが知らないのなら、私も知らないのだろう。」

「あんたの狂信者かと思ったけど、違うか・・・」

 キースの言葉にロッド中佐は笑った。

「なんで笑うんだよ。」

 キースは笑われたことに少しカチンと来たようだ。

「君もわかっているだろ?あれだけの腕がある者がもし狂信者であったなら、軍は私の傍に置かないだろうし、監視も付く。あのサブドールパイロット、肝が据わっている。それに、警備兵を躊躇いなく撃って・・・いや、銃弾の節約なのか廊下を見るといい。殴り殺している。」

 彼の言葉を聞き、キースは眉を寄せた。

「車の残骸から銃弾を取ったのはあんたじゃないんだな。」

「そうだ。ついでに言うと、車の近くに倒れていた警備兵も私ではない。更に言うなら、あの壊された扉を抜けてから私は誰も殺していない。」

 ロッド中佐はそう言うとキースを見た。

「君の知り合いじゃないのか?」

 彼の言葉にキースは首を振った。

「心当たりがない。」

「そうか。」

 彼はキースと同じようにその人物が気になるのか考え始めた。

 キースはその様子を見て何かを考えていたようだ。



「中佐殿・・・あんた21歳って本当か?」



 キースのその言葉にロッド中佐ではなく、執事が顔を上げた。

「あなたは作業に専念してください。」

 ロッド中佐は執事に作業に戻るように言った。

「・・・悪いね。あることが頭をよぎり始めてからダメでね。ずっと頭にあるんだ。」

 キースは中佐に謝りながらも挑発するような態度だった。

「・・・・ふ、考えるのは自由だが、発言する場所を考えろ。」

 冷たい口調で言い、ロッド中佐はキースを睨んだ。

「・・・あんたの髪さ・・・どこかで見たことあると思ったんだけどよ・・・その髪色と癖・・・若い時の・・・」

「黙れ。それ以上言うと協力者といえ、黙らせるぞ。」

 ロッド中佐はキースの胸倉を掴んだ。

「・・・・わかったよ。あんたは秘密が多いな。」

 キースは表情を変えずに降参ポーズをした。

「・・・・好奇心か?それごときで入っていい領域とそうじゃないものがある。」

 彼はそう言うとキースから手を放した。

 その様子をリリーとモーガンは黙って見ていた。









「さあ、ミゲル君。操作頼むよ。」

 ディアはそう言うとミゲルをドールで握り、扉についている操作盤の前に寄せた。

「ちょ・・ちょ・・・これはドールの中から操作するしくみなんだよ!!無知!!生身でどうにかできるものではない。」

 ミゲルは叫んだ。

「ドールでは通信してだろ?そこの操作盤をいじればできるのではないか?こんなこと、誰でも思いつくぞ?なあ?」

 ディアはそう言うとコウヤに話を振った。

「ディア、お前ひどいな。俺は思いつかなかった・・・」

 コウヤは少しすねていた。

『ディア、コウヤ・・・この扉が開かれたらミゲルを盾にして進め。ついでにミゲルを案内役に使うといい。あと、簡易接続でも接続を解いたらいい。どんな手を使うかわからない連中だ。』

 そう影の言葉を聞きディアは接続を両手だけにした。

「コウ、もしハクトに何かがあって、私が自分を抑えれなくなったら止めてくれ。」

「・・・ディア、そのことを想定して俺と同じドールに乗っているんだな。」

 コウヤは本音で話す親友の一人を笑顔で見た。

「これは影ではできない。」

「頼まれてやる・・・けど、俺はハクトが簡単にやられるとは思えない。あいつはいつも俺より前を歩いていた。」

 その言葉にディアが笑った。

「確かに、ハクトはお前より要領がいい。まあ、頑固で真面目過ぎるから人間的には損するかもしれない。だが、お前の気楽さや活発さを自分にはないものだと羨ましがっていた。彼に引け目を感じることはない。」

「ハクトが?」

 コウヤは困り顔でいつも笑っていた器用な親友の姿を思い浮かべた。

「そして、ハクトを助けてくれ。これは、私にはできないと思う。・・・・何となくだが、私は力が及ばない。」

 ディアは弱気な笑顔を浮かべた。

「何言ってんだよ。お前はドールの技術も頭も戦闘能力も俺より・・・・」

「違うんだ。きっと・・・悔しいが私には及ばない。」

 ディアが珍しく弱気なことを言っているのをコウヤは驚いた。

「そん・・・・」

「開くぞ!!どうだ!!ディア・アスール!!」

 外でミゲルが騒いでいた。

「・・・・開くようだ。気を抜くな。ここから先は・・・・」

 ディアはそう言うと自身に装備していた銃を確認した。

「・・・・みんなを助ける。ハクト、ユイ、レイラ・・・・クロス」

 コウヤはディアに笑いかけた。

「・・・そうだ。」

 ディアもコウヤに決心するように笑いかけた。

 その二人の間にノイズの混じった通信が入った。

『ディア、コウヤ。ドールから出ろ!!』

 叫ぶような声で影が言った。

 ディアは声に驚き急いで神経接続を解いた。



「どうした!!」

『妨害電波どころじゃない。洗脳される。』

「・・・・影!!大丈夫か?」

 コウヤはとっさに彼の名前を叫ぼうか迷ったが、影と呼んだ。

 影は通信の向こうで笑っているのか息の弾む音が聞こえた。

『・・・は・・・・サブドールだったら大丈夫だと思っていたが・・・・』

「妨害電波や洗脳電波とは違うのか!?」

 ディアは予想していない事態だったようで慌てていた。

『・・・何かが違う・・・・もし使うとしても施設にあるサブドールを使え。ドールは脳に作用されてしまう恐れがある。』 

「どうして影の乗っているサブドールはだめなんだ?」

『・・・侵入者と判断している可能性がある。』

「影大丈夫か?」

 ディアは操縦席から離れコックピットを開いた。

『どうにかな・・・・幸い、俺は早めに気付けた。』

「そっちに行くよ。ディアはミゲルを回収して。」

 コウヤは開かれたコックピットから出て影の乗るサブドールに向かった。

「わかった。頼む。」

 ディアは頷くと、ドールの手の中で固まっているミゲルに駆け寄った。

 コウヤは動かなくなっているサブドールを見上げた。

「大丈夫か?おい!!」

 コウヤは叫んだ。

 だが、返事もなかった。何か言っていても聞こえないだろうが、コウヤは不安させた。

「おい!!」



 サブドールの中では影と呼ばれている男が冷や汗をかいて震えていた。

「・・・・危ない・・・・サブドールからも侵入されるなんて・・・聞いていない。」

 男は無事なようだが、冷や汗と震えが止まっていなかった。

「・・・情けない・・・俺は誓った。」

 そう言うと男は顔右半分を手で掴んだ。

「・・・・ドールプログラム使用しての洗脳や妨害が精神面に与えるダメージは聞いていたが・・・・人のトラウマを探るのか・・・・」

 男は横目で外の様子を見た。

 外ではコウヤが両手を広げ叫んでいるようだった。

「・・・・あいつ、勘がいいのか悪いのかわからないな。」

 影はそう言うと笑いコックピットを開いた。

 コックピットが開くと外気が、彼の汗を冷やすように流れ込んだ。

 その涼しさが心地よく、影は思わず意識を保てなくなった。
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